―大助Side― 
 
くぅんっ……あ、あんっ……  
 
どうしてこんな事になっているんだろう……?  
思考がどうにもはっきりしない。  
わかっている事と言えば目の前でよがり狂っている梨紗と、  
部屋の隅で小さくなって震えている、しかし目を逸らす事の出来ない梨紅、  
そして快感を感じ続けている自分の、自分のではない躯。  
そして床に落ちている純金の、やたらと緻密な細工が施されているハンドベル。  
自分にわかるのはせいぜいその程度だった。  
 
……ひゃぅん……んんっ……  
 
真綿に頭から突っ込んでいるようなぼやけた思考でも、考えつづければ何かが思い出せる。  
――そうだ、確か「エキムの鐘」をとって来る事が今回の仕事だったはず。  
盗み自体はあっさりと終わった、はずだ……。  
 
はぁぁぅんっ……あぁっ……  
 
今回は日渡はいなかった。何故かは判らないし、今はその事を考える余裕もない。  
躯から押し寄せる快感の波はいつまでたっても快感だったし、  
目の前でよがる梨紗はさらに劣情を掻き立てる。  
 
――ぁん……うぅん……  
 
―――「エキムの鐘」  
それがこの事態を引き起こしたことは想像に難くない。  
ダークやじいちゃんは「争いがあれば、それを更に激化させる危険なもの」と言っていたが、  
こんな事態を引き起こすなんて聞いていない。  
思考がふと途切れる。後ろから突いていたのにいつの間にか、梨紗の顔が正面に見える。  
それに気づいた瞬間、押し寄せる快感は一気に増した。もう止まれそうにもない。  
止まる力もない。梨紗を犯しているのは自分なのに僕じゃない。  
 
ああぁぁんっ……も、もうらめぇぇっ……  
 
快感を享受しているしている自分と、それをぼんやり客観視している自分の意識が急に混濁する。  
あぁ、またイッてしまうのか……。絶頂を迎える寸前、急にはっきりした意識がそうとらえる。  
 
ふわああぁぁぁぁっっっんんんん!?  
 
まるで意識ごと、思考ごと、全てを吐き出すかのように躯は梨紗の体内に欲望を吐き出す。  
これまで何度その行為を行ったかは霧の晴れた思考でも思い出せない。  
 
はぁ……はぁ……はぁ……  
 
再び、霧がかかってきた思考の中で僕は、  
 
はぁ……はぁ……はぁ……  
 
という、梨紗ともう一人の自分ではない自分の息遣いを聞いていた……。  
そして霧のかかった頭はふと思う―――  
―――なんでこんな事になっているんだろう?  
 
 
 ―――絶望を告げる鐘は、すでに鳴らされていた……  
 
―大助Side End―  
 
 
 
―梨紗Side―  
 
その事を知ったのは、昼食後に見ていたニュースでの事だった。  
 
『本日、東野町第4美術館にダークからの予告状が届きました。  
 時間は午後10時、今回のターゲットは「エキムの鐘」。純金でできたハンドベルで、  
 争いが絶えなかった頃、この鐘を鳴らすとその戦いには必ず勝利していた、という  
 逸話も残っているものです。  
 またこの件に関しまして、ダーク対策課の冴原警部は―――』  
 
そのニュースを聞いた瞬間、今日の予定は決定した。  
「ダークさんの為に、一杯おめかししなきゃ!」  
そう叫んでソファーから立ち上がると、隣に座っていた双子の姉、梨紅はジト目でこっちを見ている。  
「何よ。好きな人の為に精一杯のことをしたい、って思ってるのが何か変なの?」  
少し棘を含んだ言い方に一瞬口をつぐんだ梨紅だけど、  
「ダークなんてあんな変態、さっさと警察に捕まるわよ」  
しかし負けじと梨紅も言い返す。  
好きな相手を変態呼ばわりされて黙っていられるほどあたしも大人じゃない。  
敵意を丸出しにしているのを自覚ながら梨紅の顔を正面から見る。  
「だいたいねぇ、ことあるごとにダークさんを変態呼ばわりしてるけど、  
 何か理由があって言ってるの? 推測ならダークさんに失礼よ!」  
このあたしの反論に顔を伏せ、口をごにょごにょさせている梨紅。  
しばらくそうしたかと思うと、突然立ち上がり、  
「理由なんていいでしょ! ともかく、あんな奴に会うのは認めないから!!」  
そう言い残してリビングを出て行く梨紅。  
ばたんっ、と扉が勢いよく閉められ、反響する。  
「……別に梨紅に認めてもらう必要なんてないもんっ!」  
私以外誰もいなくなったリビングで私は一人天井を仰いで叫んだ。  
恋する乙女は時に狭視野だった……。  
 
「……今夜も無事に抜け出せた♪ ダークさーん、待っててね〜」  
今日は眠いから早く寝ると嘘をついて部屋に戻り、頃合を見計らって家から抜け出した私は上機嫌だった。  
梨紅はあれから話もしてないし、晩御飯が終わるとさっさと部屋に戻っていった。  
いつもは『あんたは家にいなさい!』とか言って出してくれないのに。  
だから今日に限っては喧嘩も歓迎だ。  
ここから第4美術館までは30分くらい。歩いて行けばちょうどいい時間だ。  
ダークさんのことだからすぐに盗んじゃうんだろうな。  
そんな事を考えならが街灯の下を通り――  
「梨紗」  
「▲☆‰ё香閨浴\――ッ!?」  
はたして、梨紅がそこにいた。  
「梨紅!? どうしてこんな所に?」  
非難の眼差しを含めつつ、ばくばくいっている心臓をなだめながら問う。  
梨紅は暗がりから街灯の明かりの下に歩を進めつつ答える。  
「梨紗が何度言っても聞いてくれないから、直接あいつにガツンと言ってやるの。  
 そうすればもうあいつだって梨紗の前には現れないだろうし。  
 その方が梨紗の為なのよ。梨紗だってわかるで―――」  
「わからないわよぉっっ!!」  
 
私は思わず叫んでいた。だけど、これだけは譲れない。  
ダークさんを諦めたら、きっとあたしはあたしで無くなってしまう。  
彼を想う時、どんなに胸が高鳴るかこの姉はわかってくれない。  
わかってくれようともしない。  
彼に一目会えるかもとわかった時に、どんなに嬉しいかこの姉はわかってくれない。  
わかってくれようともしない。  
彼と二人でいる時、他に何もいらないという感情が沸く事をこの姉はわかってくれない。  
わかってくれようともしない。  
『梨紗のため』という言葉で誤魔化して、あたしの気持ちをいつも置いてけぼりにしている――  
――双子の、姉。  
「あたし、もう行くから。ついてこないで」  
そう吐き捨ててその場を去る。もうのんびりしている時間はない。  
早く行かないとダークさんが盗みを終えてしまうかもしれない。  
「―――。……梨紗」  
「ついてこないでって言ってるでしょうっ!?」  
大声を張り上げる私に、一歩前に進もうとしていた梨紅は立ち止まる。  
その驚いたような、引きつったかのような表情にも苛立ちを覚える。  
「大体、姉ってそんなに偉いの? あたしには自由に恋愛する権利もないの?  
 好きな人と一緒に居たい! 好きな人の役に立ちたい!  
 誉められたい! 笑いかけてほしい! なんだって……してあげたい!  
 それのどこがいけないのっ!? ねぇ……梨紅っ!!」  
一通り叫び尽くすと、残ったのは静寂だけだった。  
梨紅の嗚咽が聞こえたような気がしたが、前がぼやけてうまく見えない。  
自分の荒い呼吸で何も聞こえない。  
―――それ以外は私にとって静寂そのものだった。  
 
どれくらい時間がたっただろう?  
長いような短いような、永遠と一瞬の隙間。  
「それじゃ、わたし……行くから」  
その声が涙声に聞こえないことを祈りつつ、第4美術館へ向かって走りだす。  
ダークさん、ダークさん、ダークさん、ダークさん、ダークさん、ダークさん、  
ダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさん  
ダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさん  
ダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさん  
ダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさんダークさん―――  
あたしにはもう、他に何もなかった……。  
 
はぁ……はぁ……  
どこからか聞こえる荒い息遣い。聞いているとむかむかする。  
第4美術館はちょっとした山の上にある。普段ならトロッコを使うところだが、  
駅の位置と待ち時間の関係から自分の足で登ったほうが早いのは昼のうちに調査済みだ。  
はぁ…はぁ…はぁ…  
さっきより息遣いの間隔が短い。非常に耳障りだ。  
大体、この坂は何なの? そんなにあたしとダークさんを会わせたくないわけ?  
何もかも、ダークさん以外は全て敵に思えてくる。  
全ては、あたしと彼を引き裂く気なのね―――。  
街灯の下で腕時計に目をやる。  
午後10時を5分ほど回っている。急がなくては。  
街灯と言えば、何か嫌な事があったような……?  
そんな事を気にしてる場合じゃない。  
ダークさん……。  
再び走り出そうとしたとき、目の前に『闇』と言う名の漆黒が舞い降りた。  
あたしは、心に浮かべたいとしくていとしくてたまらない人の名を口に出した。  
 
「―――ダーク、さん」  
 
「やっぱり梨紗だったか。ん? 梨紗、目が赤いじゃねぇか。どうした?」  
彼は事も無げにそう言った。まるで、大怪盗である彼と、一般人である自分を同じ立場であるかのように。  
嬉しかった。ただ嬉しかった。  
何にかはわからない。彼と会えたことかもしれないし、彼が話しかけてくれた事かもしれない。  
姉や親と違って横からの会話だったことかもしれない。  
わかっていることはただ一つ。この場にいるのは、ダークさんとあたしだけってこと。  
「何でもないの。大した事じゃないわ」  
そう、ダークさんといること以上に重要なことなんて何一つない。  
ダークさんは私の全て!  
「そうか。ま、心配だから送っていってやるよ。  
 俺は女の子には優しいのがウリでね」  
…………  
………………  
……………………  
ダークさんは私の全て。それは間違いない。  
じゃぁ……  
「梨紗? ホントに大丈夫か?」  
 
――あたしはダークさんの全て?  
その考えに至った時、あたしは恐怖のあまりへたりこんでしまった。  
そしてそのまま―――  
「おい? 梨紗、梨紗! くそっ、どうしたってんだいきなり!?」  
意識は闇へと落ちていった。堕ちていった。  
深く、深く、深く―――『闇』へと。  
 
目が覚めた時、そこがどこだかわからなかった。  
ベットがあり、自分はそこに寝かされている。  
あたしの家でないことは確かだ。  
じゃぁどこ?  
「梨紗、気が付いたか」  
傍らから声がかけられる。聞き間違うはずもない。  
「ダークさん」  
振り向きながらその名を呼ぶ。  
はたしてそこには、ダークがいた。手には今回の収穫である「エキムの鐘」が握られている。  
「よかった…いてくれた……」  
心底安堵の声を漏らす。しかし、ダークは少しばつが悪そうに、  
「すまねぇな。調子が悪いの気づいてやれなくて。  
 家まで連れて行こうと思ったんだが、雨が降ってきちまって……。  
 それでとりあえず休めるところを、と思ってな……」  
そこまで言われて、やっと気づく。ここはそういうところなのだという事を。  
あたしにとっては好都合だった。あたしは、ダークさんの他にはなにもいらない。  
なにも、なにも――  
「梨紗の目、覚めた?」  
不意にそんな声とともに『アノ女』が扉の奥から出てくる。  
「おう梨紅。とりあえずは大丈夫みてぇだ。  
 お前も雨に濡れちまったからな。風邪でも引いて倒れられちまったら事だしな」  
「なによそれ」  
「あ、ああぁ……」  
ダークさんが、『アノ女』と話してる。『アノ女』の心配をしてる。  
やめて、あたし以外見ないで。あたし以外話さないで。あたし以外心配しないで。  
あたしとダークさん以外、なくなっちゃえばいいんだ。  
そうだ、みんないなくなっちゃえ。  
 
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな  
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな  
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな  
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな  
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな  
みんなみんなみんなみんなみんなみんな――――――――――――――  
「あはははははははははーーーーーーーっ!!」  
そうすればダークさんはあたし以外見ないはなさないシンパイシナイ。  
あたしだけ、あタしダけ、アたシダけ、アタシダケ……  
「ダーク、さん」  
セカイノスベテヲ  
さっきの笑い声とはうって変わって蚊の鳴くような小さな囁き。  
テキニマワシテモ  
あたしは呆然としているダークさんの傍らまで行くと、顔をよせ―――  
アタシハだーくサントイタイ  
 
―――優しくその唇を重ねた―――  
 
その時、ダークが持っていた「エキムの鐘」が床に落ち、  
りぃぃぃん……  
と静かに鳴った。  
 
 ―――絶望を告げる鐘の音が……  
 
―梨紗Side End―  
 
 
 
―ダークSide―  
 
「――なっ!?」  
俺は声を上げずにはいられなかった。  
梨紗にキスをされたから、ではない。あの忌々しき「エキムの鐘」が鳴ったのだ。  
魔力もそこを尽き、もう鳴ると思ってはいなかった鐘が、だ。  
りぃぃぃん……  
そんな音が静かに、しかし力強く頭の中にこだまする。  
これは―――マズイッ!  
俺は自分の魔力と思考を搾り取られるのを切に感じながら心の中でそう叫んだ。  
 
『エキムの鐘』  
大戦中においては自軍に確実な勝利をもたらす、象徴的な鐘だった。  
その鐘の音色が及ぼす効果は単純な2つのみ。すなわち―――  
 
思考の単純化  
感情の増幅  
 
言ってみればそんな程度のものであった。  
しかし、それで単純に攻撃衝動のみを持ち、自らの死をも厭わない集団ができあがる。  
その集団がどれだけの敵を圧倒したか、想像に難くない。  
もっとも、恐怖などの戦いに不必要な感情はもともと薬物によりほとんど感じなくなっていたが。  
 
そしてこの場には俺と大助、梨紗、梨紅の4人しかいない。  
この中の誰か――おそらくは梨紗だろう――が何らかの起因となって発動したに違いない。  
鐘に魔力は残ってなかった。それは確実だ。  
しかし、すぐ傍には極上の魔力――オレ――があった。  
クソッ!! 魔力をほとんど持っていかれちまった。  
自らの魔力が流出するのを止めるほどの魔力も残っていない自分に苛立つ。  
生来、魔力的な部分で自らを支え続けて来た俺にとって、魔力は血液のようなものだ。  
やがて、思考までも蝕まれるのは火を見るより明らかだ。  
「それまでに何とかしねぇと、俺まで……」  
そこまで考えて、目の前の光景にはたと気づく。  
梨紗は熱っぽく、潤んだ瞳でこちらを見ている。  
梨紅は何かに怯えた様にこちらの方向を見ている。  
魔力を持ち合わせていない2人は鐘の音にあっさりと取り込まれたのだろう。  
俺の事を想っていた梨紗と、突然声を上げた梨紗に一瞬怯えた梨紅。  
2人の思考はその瞬間で停止しているかのようだった。  
すなわち、永遠の刹那。  
そして、増幅された感情は今感じている気持ちを更に強固なものにしているに違いない。  
大助のことも頭をよぎったが、だんだんしこうがまとまらなくなってくる。  
おれのまりょくがぼうぎょへきになってるとおもうんだがな。  
「―――へっ、どうやらぴんちってやつか?」  
 
そんな軽口を叩くのが本当に限界だった。  
生きることそれ自体に常に魔力を消費するダークは、人間と違いものを考えるのにもそれを消費する。  
魔力の尽きかけたダークはすなわち、魔力を消費しない――できない――行動しか取れない。  
―――本能の赴くままに。  
   はたしてその対象は、目の前に「あった」―――  
 
りぃぃぃん……  
と、まだ鐘の音が頭の中で反響していた……  
 
―ダークSide End―  
 
 
 
―梨紅Side―  
 
―――涙が止まらない。  
―――言い返すことが出来なかった。  
―――追いかけることでさえも。  
―――あぁ、助けて。丹羽君……。  
―――わたし、どうしたらいいの?  
―――ねぇ、丹羽君……?  
 
『大丈夫だから、梨紅さん』  
どこからかそんな声が聞こえたような気がして、我に返る。  
『大丈夫』、丹羽君はいつもそう言って自分が無茶をする。  
そんな姿を見てわたしがどれくらいはらはらするのか考えてないみたい。  
でも、はらはらするのとおんなじくらい、ほっとする。  
あぁ、丹羽君はやっぱり丹羽君なんだ。  
そう思うとほっとする。理由なんてわからない。  
だけど、だけど丹羽君には無理をさせたくない。  
丹羽君に頼りたい気持ちと、丹羽君に心配をかけたくない気持ち。  
その両方を抱えたまま、わたしは梨紗の去った街灯の下から離れる。  
闇の中へと……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、梨紗を探したのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な妹なんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、梨紗を見つけたのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な妹なんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、ダークを問い詰めたんだっけ。  
だってそうでしょ?  
大切な妹なんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、とりあえず横になれるところを探したのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な妹なんだから。  
 
それから……それから……―――――  
 
………………  
・………  
……  
 
―――――それから……それから……それから……それから……  
 
なんだっけ?  
 
わたしの頭の中でそんな考えが延々と垂れ流されてるのをどこか遠くに自覚する。  
それは、私のこころが遠くに逃げているからできること。  
わたしの心を満たしているのは恐怖。  
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。  
狂ったように腰を振りつづける女。  
狂ったように腰を振るつづける男。  
目をそらさないわたし。  
目をそらせないわたし。  
動かないわたし。  
動けないわたし。  
こわいという事が恐怖。  
恐怖をこわいと感じる。  
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。  
 
ねぇ、たすけてよ……丹羽くん。  
わたし、とってもこわいんだよ?  
動けないくらいこわいんだよ?  
目の前の二人がとてもとてもこわいんだよ?  
ねぇ……ねぇ……ねぇ……?  
どうして何も言ってくれないの?  
丹羽くん……わたし……あなたが……  
―好き―なんだよ?  
丹羽くんがいてくれたら、どんな事だって頑張れちゃうよ?  
だから、何か言ってよ。ねぇ、丹羽くん……。  
 
ただ流れ続ける時間。  
一瞬と一瞬を繋ぐのが「時間」という概念なのか。  
あるいは単純に、無意味に、終わり無く、始まり無く、流れ続けるものなのか。  
―――未来永劫過去永劫。  
 
しかし、そこに生きる者たちにとって永遠なんてありえない。  
どんな者にだっで……どんな物にだって……。  
それに例外はなく、この無限地獄に思える状況も転機を迎える。  
ついに魔力の底がついたダークの、大助への変化によって。  
二度と戻れぬ道へと……。  
あるいは、事態はとっくに特異点を超えてしまっていたのか……。  
 
「あああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」  
 
その叫び声でループに入っていた思考が一瞬停止する。  
なに? もう考えたくないよ。こわいよ。  
目の前の光景を見るのがこわい。  
目の前の光景を見ないとこわい。  
目を開くのがこわい。  
目を閉じるのがこわい。  
わたしはどうすればいいの?  
ねぇ、丹羽く―――  
 
 
 
 
 
 
はたしてそこに、求めつづけた『彼』がいた。  
 
 
 
 
 
 
わたしの大切な妹と交わっている、わたしの大好きな丹羽君。  
「…………………は、ははは……、あははは……」  
咽が渇いた音を立てている。  
耳は、何かが崩れ去るのを聞いた。  
 
ニワクン、ワタシコワレチャッタヨ……?  
 
…………………………………  
……………………  
……………  
 
 
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、梨紗を許せないと思ったのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な丹羽くんをとろうとしてるんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、殺そうと思ったのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な丹羽くんをとろうとしてるんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、駆け寄って蹴り飛ばしたんだっけ。  
だってそうでしょ?  
大切な丹羽くんをとろうとしてるんだから。  
 
それから……それから……。  
 
えっと、それから……なんだっけ?  
そうそう、『この程度じゃ足りない』って思ったのよ。  
だってそうでしょ?  
大切な丹羽くんをとろうとしてるんだから。  
 
それから……それから……―――――  
 
 
 
………………  
・………  
……  
 
―――――それから……それから……それから……それから……  
 
 
まぁいいか。  
部屋の隅で動かなくなったモノは放っておいて。  
そんなことより丹羽君よ。  
わたしの方が丹羽君をいっぱい好きなのに、梨紗とエッチしちゃうんだもん。  
丹羽くんは許してあげるけど、梨紗はダメ。  
だからお仕置きしてあげたの。  
それも梨紗の為なのに、抵抗するなんて……。  
姉の気もちが全然わかってないわね。  
運動部の私が、梨紗に負けるはずないじゃない。  
 
まぁいいか。  
部屋の隅で動かなくなったモノは放っておいて。  
そんなことより丹羽君よ。  
ほら、梨紗にかかりっきりだったから寂しそうじゃない。  
ごめんね、ひとりにして。  
わたし、丹羽君の為だったらなんでもできるよ?  
だから、一緒にいてもいいよね?  
だから、役に立てるよね?  
だから、誉めてくれるよね?  
だから、そのためにはなんだってするよ?  
好きだから。  
 
 
 
そのあとは、丹羽君の好きなようにやらせていた。  
だって、丹羽君がしたいことだったらなんだってさせてあげたい。  
だって、丹羽君がしてくれることだったらなんだって気持ちいい。  
エッチなんて、初めてだったけど、丹羽君とだから。  
『大丈夫』だよ。  
丹羽君が『大丈夫』という時は、無茶するときが多いけど、  
わたしは無茶なんかしてないよ。  
梨紗も、ダークとエッチしてるときはこんな気持ちだったのかな?  
そうだといいな。  
だって、大切な妹だから。  
わたしは、そんな事をぼんやり頭に浮かべながら今の幸せをかみしめていた……。  
 
丹羽君がいっぱいいっぱい出すから、おなかがちょっと出てきちゃったよ。  
すらっとした身体つきは自慢でもあり、コンプレックスでもあったが、  
今はおなかだけがぽっこり膨らんでいる。  
まぁ、それはそれで幸せなんだけど。  
今日は危険日だから、子供できちゃうかもね。  
丹羽君との子供。きっとかわいいだろうなぁ。  
そこまで考えて、ふと躯に気だるさを覚える。  
ちょっと疲れたね。休もうか。  
その時、わたしはちょっとした考えを思いつく。  
丹羽君のきれいにしてあげる。  
わたしの口できれいにしてあげる。  
あ、気持ちよさそうな顔してる。  
ふふっ。丹羽君ってかわいい。  
感じてる丹羽君の顔を見てると、なんだかいたずらしたくなっちゃう。  
そうだ、軽くかんじゃえ。へへへ……。  
 
 
 
その考えが甘かった。  
自分の局部を突然襲った痛みに、鐘の音に捕らわれていた大助は  
『自分を傷つけるもの=敵』と認識してしまった。  
その結果―――  
 
「―――かはっ!?」  
突然、大助が離れたかと思うと、両手で首を持ち上げられ、  
きりきりと締め上げられる。  
小柄な丹羽君がわたしを持ち上げている。  
そっか……丹羽君、わたしを殺したいんだね?  
いいよ。丹羽君のしたい事で、私にできることがあれば何だって……。  
わたしは丹羽君が好きだから。  
わたしがどうなっても……。  
だから……だから……  
 
「…………わたしがいた事は……覚えてて……ね?  
 それが……わたしの…………たったひとつの……お願い」  
 
そして、わたしの意識は―――  
 
―梨紅Side End―  
 
 
 
―語り部Side―  
 
さてさて、物語の続きが気になるところだが、  
残念ながらもう誰かの視点で話すことはできないぜ。  
なぜかって?  
そりゃ簡単、もう誰も生き残ってないからな。  
ダークは魔力残量が無くなって存在できなくなったし、  
梨紗は撲殺、梨紅は首の骨折られて死んじまった。  
筋力が本来セーブしてる力を使うと結構なことになるんだな。  
いやはや、俺もびっくりしたさ。  
ん? 大助?  
あぁ、あいつね。あいつは自らの半身が死んだときに  
既に死ぬことが確定されてたんだよ。  
ただ、魔力との関わりが比較的疎遠だった為にちょいと  
死ぬ時間がずれただけさ。  
まぁいいじゃん、誰だっていつかは死ぬんだし。  
俺も、あんたも。  
 
とゆーか、俺は何者かを疑問に思う奴もいるだろう。  
心優しい俺は答えてやるぜ。  
「我輩は語り部である。名前はまだ無い」  
どーよ? 俺のユーモアセンスが溢れてるだろ?  
……はいはい、すべりましたさ。  
ごめんなさいね。  
じゃあ、  
「我思う、ゆえに我あり」  
これでどーよ?  
答えになってねーよーな気もするが、まぁいいじゃん。  
重要なのは今までの話で、さりげなく合いの手を入れてたってことよ。  
所々に客観的な、本人視点でない文章があっただろ?  
あれは俺がさりげに追加しておいたってワケよ。  
どーよどーよ? おかげで読みやすかったっしょ?  
感謝するよーに。  
 
あんまり俺のことばっかり話すのもなんだな。  
物語についても語っておこうか?  
と、思ったが、そんなメンドクセェ事は作者に任せとくわ。  
「僕はもう疲れたよ……。  
 なんだか眠いや……」  
とか言いつつ冬の教会の床に寝そべっておくとするか。  
 
おっと忘れてた。  
俺からお前らに一言、どうしてもこれだけは言っておかないとな。  
『今回の物語の破滅を迎えた原因、悪かった事って何だったんだろうな?』  
 
それじゃお前ら、また機会があったら会おうや!  
 
―語り部Side End―  
 

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