「――よし」  
 タイトなボディスーツに身を包む大助はバルコニーへの窓を開け放った。空には綺麗  
過ぎる満月が浮かんでいる。かすかながら灯りを放つ盾剣を手にし、正体を隠すべく新  
たに用意した顔上面を覆うゴーグルを装着し、  
「ウィズ」  
 使い魔を翼へと変え空に舞い上がる。鼻まで隠すゴーグルを付けた黒い翼の姿は、さ  
ながら闇夜に舞う漆黒の飛禽であった。  
 
 永きに渡る丹羽・光狩の宿命は彼の手によって終わりを告げた。すでに彼が怪盗を続  
ける必要はなくなっている。だが彼は続けていた。美術品好きな家族が大助の怪盗業引  
退を渋ったというのもあるが、続けていればまたあの二人に逢える。と漠然とした考えが  
あったことが一番の理由である。  
 二人はまだ生きてて、どこかにいる。いつか彼女が言っていた言葉からそう思っている。  
それしかないというのが実際のところだが、彼にはそれだけで十分だった。  
 
 
 今回は少し特異である。山中にある洋館に美術品があるのだが、数年前に崖崩れが  
起こって以来その洋館に近づくものはなく、すっかり朽ちている。そこに放置されたまま  
であった「虹の輝石」が今回のターゲットである。  
 何やら不思議な力があるというのが盗むに選んだ理由である。曰くあり気な美術品が  
二人に近づくための近道では、と彼考えている。館の上空に着き下降していく。大きく穴  
の開いた屋根から最上階の廊下に降り立った。廊下は館の吹き抜けの周囲をぐるりと囲  
んでいる。手すりから顔を覗かせ、吹き抜けが最下層、一階まで続いているのを確認して  
飛び降りる。ウィズが羽ばたき着地の衝撃を相殺する。  
 ここまでで分かるとおり警備はない。これが特異な点である。予告状は出したのだが洋  
館の主は数年前の崖崩れに巻き込まれてすでに亡くなっており、警察に通報する者がい  
なかったのだ。要するに今回はただの盗人のような仕事である。  
「あった」  
 ロビーの片隅に、力強く無数の光を放つ石があった。遥か上空より照らす月光しか光源  
はないのだが、それの放つ光は反射しているのではない光りに輝いている。まるで自らが  
光を生み出しているようである。  
「綺麗な石……」  
 砂利にまみれたロビーを音を鳴らしながら歩き、「虹の輝石」へと近づいた。念のため警  
戒は怠らないが、何か仕掛けらしいトラップはない。展示台と呼べるほど立派なものでは  
ない質素な台にもやはりそれらしいものはなかった。  
「『虹の輝石』、いただきます」  
 手にすると仄かな暖かさを感じた。本日の獲物を専用のケージに入れようとした。  
 
「待ちなさいっ!」  
「なっ!?」  
 仕事を終え気の抜けかけた不意の瞬間に高らかな声が上方より轟いてきた。振り仰ぐ  
先に見たのは、今しがた自分が降りてきた屋根の裂け目に、満月を背後に毅然と立つ二  
つの影であった。  
(警官?いや、それより……女声?)  
事態を理解しようと頭が錯綜する。が、その間に二つの影は迫りきていた。  
「たあ!」  
 短い呼気とともに二つの蹴りが飛んでくる。攻撃を仕掛けられたと気付くより早く身体  
は動き、身を翻していた。前に転がり飛び上空からの攻撃をかわし体勢を立て直す。顔  
を上げて目に飛び込んできたのは、二つの蹴りが床に着弾するところだった。視界が揺れる。  
「うわぁ!?」  
 激しい衝撃が館全体を震わせた。コンクリート製の床が二つの脚を中心に小さく抉れて  
いた。その凄まじさに冷たい汗が背中を伝う。  
 眼前数メートルで二人も体勢を立て直す。月光が薄っすらとその人影を照らし出す。  
二人は黒と白、対になる色をしたコスプレのような珍妙な衣装を着ている。と、黒い方が  
腰に下げた小さなケースが震えた。  
 
「変な気配を感じるメポ!」  
「やっぱりそうなのね」  
 どうも携帯電話を入れるそれに似ているのだが、電話を手に取るでもなく黒い衣装の  
女は会話している。その光景を奇妙に感じたのは、この場では大助だけだった。  
「プリズムストーン、あんた達には渡さないわ!」  
 びしりと指を突きつけられる。  
「プリズム? ……虹の輝石?」  
 あの二人の狙いは右手にしているこれなのか。ケージに入れる隙もなく、二人を見据  
えたままスーツの胸ポケットにしまいながら考える。  
「これ以上好き勝手にさせて堪るもんですか!」  
 黒い方が腰を落とす。後ろに飛んで間合いを取るがそれ以上の……異常なスピードで  
間合いをゼロにしてくる。  
 繰り出された拳は直撃するかと思われたが、寸前で大助の身体が常態ではありえない  
速さで、突っ込んでくる黒の軌道から逃れる。翼主の危機を察しウィズが手……ではなく  
翼を貸してくれた。  
 コンマ数秒の遣り取りだったが、それだけで相手の身体能力が己のそれを凌駕している  
と分かるには十分な時間であった。しかも相手は二人、である。  
 
 大助の懸念に応じるように白い影も攻撃を再開しかけるが、先ほどの黒と同じく携帯ホル  
ダーが小刻みに震えた。  
「ちょっと待つミポ」  
「どうしたの?」  
 訊ねる声はひどく上品である。  
「何かおかしいミポ。今なぎさが戦っているのは悪い存在じゃないミポ」  
「どういうことなの?」  
 現状の説明が行われるのだが、この遣り取りが終わる頃にはすでに決着はついていた。  
 
 間断なく繰り出される蹴り拳の一つが紙一重で避け、捌いていた大助の腹部を捉えた。  
威力は目の当たりにしたとおり痛烈、では済まされない重さだった。穴が開いたかと錯覚  
するほどの一撃に身体が折れ曲がり、視界にノイズが走る。ゴーグル越しに映る世界に  
は右脚が踵を軸に円を描く様が。  
 瞬時の判断で左腕で左側頭部を庇う。ダークの魔力によって以前と遜色ない力を取り戻  
している蒼月の盾が防御陣を展開させ、その上から殺人的な破壊力を伴った左回し蹴りが  
大助の身体を吹き飛ばす。  
「ぐぅっ」  
 壁に背中をぶつけながらも意識は保てていた。一撃で間合いが十メートル以上開いてい  
るが、これは大助にとってチャンスであった。  
「あ! 待ちなさい!」  
 戦っていた相手がいるのとはあさっての方向に駆け出した。逃げるが勝ち、ということで  
ある。  
「ウィズッ! …………?」  
 背中にウィズがいない。ので、飛べない。振り返るとぶつかった壁の辺りの床にウィズが  
転がっていた。完全に伸びていた。  
「そんなぁッ――」  
「てやああっ!」  
 隙は見逃されることなく、大助に黒い人の全力タックルが直撃した。肩が鳩尾にめり込み  
全身の感覚が激しく揺さぶられ、寸断された。衝撃で再度壁に飛ばされる。意識の途切れ  
ていた大助は顔から床に倒れ込んだ。  
 
「観念なさい!」  
「ブラック、待って!」  
 大助に飛びかかろうとするブラックを白い人が取り押さえた。  
「ホワイト!? どうしたの、放し……っ」  
「違うの! あの人は悪い人じゃないの!」  
 ホワイトの腕から逃れようと抵抗していたブラックの動きがぴたりと止まった。  
「……………………え?」  
「あの人は、ドツクゾーンやザケンナーとは無関係なの」  
「……あ、でも、いやだってメップルが……」  
 信じられないと目を丸くするブラックのホルダーがぷるぷると震えだし、中からカード  
コミューンが飛び出した。と、次の瞬間には煙に包まれ、晴れた時にはぬいぐるみのよ  
うなメップルが宙に浮いていた。  
「待つメポ! おいらは一言も敵だなんて言ってないメポ」  
「ちょっと! あんたが変な気配感じるって言うから……」  
「でも悪い奴だなんて言ってないメポ! なぎさの早とちりメポ!」  
「だ、だったら止めなさいよ!!」  
「ブラック。今はあの人をどうにかしなきゃ」  
 水掛け論になりそうな言い争いをホワイトが制すと、しぶしぶと二人は了承した。メッ  
プルという名のぬいぐるみらしきものはふてくされたままカードコミューンに戻り、ホル  
ダーに収まった。  
「でも、じゃああの人は……?」  
「さあ? とにかく手当てをしてから訊いてみましょ」  
 ブラックが頷いて壁に吹き飛ばしてしまった人に近づいているとその脚で何かを蹴飛  
ばした。目で追うと、倒してしまった彼が着けていたゴーグルであった。ということは今は  
素顔を晒してるんだ。などと考えながらその人物の傍にしゃがみ込んだ。  
 
「あの、あのぉ…………」  
 まさか自分が吹き飛ばしてしまった相手に声をかけるのはひどく気が引けたが、反省  
と自戒の意も込めてそっと肩を揺する。反応はなく、完璧に気絶している。  
「わあぁっっ! どうしようどうしよう……――っ?」  
 半泣きになりながらもとにかく仰向けにして楽な姿勢にしなくてはと動かした時、ブラッ  
クは気付いてしまった。  
「きゃああぁぁっっっ!!?」  
「ど、どうしたの?」  
 あまりの驚愕ぶりにどきどきしながらホワイトが努めて冷静を装って訊ねるが、ブラッ  
クはあわあわと驚きに身を震わせたままホワイトにしがみ付くのがやっとだった。  
「あのあの、あの人ぉ……」  
 ぶるぶると的の定まらない指先が指し示していたのは、倒れた人物の顔だった。目に  
したホワイトもさすがにこればかりは驚いた。  
「まあ、あの人今朝の……」  
「そうだよぉ! 東野二中の部長さんのぉ……」  
「彼氏の人ですね」  
 ぶんぶんブラックの首が縦に振られる。どうしてどうしてと混乱するブラックに対し、  
ホワイトは幾らか冷静さを取り戻していた。そしてこの状況をどうすればいいか考えた。  
どうすれば知りたい情報が得られ、どうすれば色々できるか。色々と。  
 
「――ねえ、なぎさ」  
「……へ?」  
 とてつもない違和感とともになぎさが顔を上げる。そこには純白の衣装を纏っている  
とは思えないほど黒い微笑みが浮かんでいた。  
「メップルとなぎさのカードを貸して」  
「え……うん」  
 どういうことかと考えたが、きっと自分には分からない賢明な判断なのだろう、と考え  
を打ち切って言われたとおりカードコミューンを差し出した。  
「何するの?」  
「ちょっと眠ってもらおうと思って」  
 言うが早いか携帯を開き、さっさとカードをスラッシュしメップルを眠らせてしまった。  
続いて手早くミップルのカードコミューンを取り出し、同じく眠らせる。  
「え? え? どうしてそんなことするの?」  
「ふふ。邪魔が入ったら嫌でしょ?」  
 笑顔は、ブラックでダークなものだった。  
 
 

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