初恋はみのらない――
「ごめんなさい」
僕はよりによって、
「私、丹羽君の気持ちには」
十四歳の誕生日に、
「応えられない…」
このジンクスに捕まってしまった…。
「大助!」
ばんっと机を叩く音にはっとして僕は顔を上げた。
「お、やっと気付いたか」
僕の周りにいる冴原と関本、日渡君の三人が心配そうな顔をしていた。
いや、実際心配そうな顔をしていたのは関本だけだった気がする。
日渡君はいつものように落ち着いて無関心といった感じで、冴原は声が弾んで、嬉しそうだ。
「何か用でもあるの?」
「ズバリ聞こう!昼休みになにがあった?」
冴原が指を眼前に突きつけてきた。ズバリと聞きすぎだと思う。
「なにも…ないよ…」
思い出しただけで胸が潰れそうに痛くなってくる。無意識に顔を背けてしまった。
「ふられたな…」
「んななな、なにをっ!!?」
無関心そうだった日渡君がいきなり確信をついた。慌てて否定しようとしたのがまずかった。
「図星か大助?かわいそうになぁ……。でも心配すんな!俺たちがちゃぁんと残念会してやるからな!」
「冴原ぁぁ…」
「……同情するよ」
関本の最後の台詞が目に沁みた。
「そうそう、忘れるところだった」
冴原の言葉に僕たち三人の視線が集中した。
「実はな、ここだけの話、今日の十一時にとんでもないビッグイベントがあるんだぜ」
「ビッグイベント?祭りでもあるのか?」
そう尋ねる関本に冴原は人差し指を立てて振った。
「違う違う。そういったもんじゃねえ。オヤジから仕入れた情報だ」
「オヤジさんから?何か事件か?」
「ああ。詳しくは知らねえけど、とにかくでっけえ事件らしい」
「へぇ……気になるな。日渡、行くか?」
「俺?いや…丹羽、お前はどうする」
「ゴメン、今日はちょっと用事あって、さ」
「そうか。なら俺はパスする」
「二人が来ないんじゃあ俺だけ行ってもしょうがないな。俺もパース」
「おいおい誰も来ないのかよ、つまんねぇな」
「また違う日に教えてよ」
「ああ。っつーわけでだ。大助!掃除当番はお前に任せた!」
「え…」
「また原田の写真やっからよ、頼んだぜ!」
「…って冴原……っ」
僕の叫びが届くより早く冴原は教室から駆け出していった。
「……同情するよ」
「ありがとう…」
「はぁ……」
美術室の前で僕は溜め息をついた。今日という最悪の誕生日を呪って。
(参るよな…。好きだった人にはふられて、掃除当番も押し付けられちゃって)
そしてもう一つ、僕の気を重くさせる原因があった。
それは十四歳の誕生日にある事を始めなければならないという丹羽家のしきたり。
多分冴原が言っていたビッグイベントもそれと関係があるに違いない。
「はぁ……」
また溜め息。いい加減気が滅入ってきた。
頭を振って気を引き締める。美術室のカードキーを差し込んで、
『ERROR』
「……うそぉ」
持ってきたカードキーを見ると、そこには『理科室』と書かれたシールが貼ってあった。
「………情けない」
それに鈍くさい。こんなんだから原田さんにもふられたんだ。
そう思うと目頭が熱くなってきた。泣き虫だなんて、ますます情けない。
キーのロックパネルのカバーを開けてパネルをタッチする。
ロックが外れる音がした。ノブを回すと何事もなかったようにドアは開いた。
美術室に入ろうとしたところで、背後から気配を感じた。
「すごいな…」
「あ、日渡君」
そういえば日渡君もここの当番だった気がする。
「丹羽、お前こんな鍵を開けられるのか」
「へ?え、あ…う、うんそうなん……いや、じゃなくてなくてぐ、偶然だよ偶然!」
そうだ、忘れてた。普通の子はこんな真似はできないんだった。
人前でやるなって母さんからしつこく言われていたのについついやってしまう時がある。
「へぇ、偶然……ね」
(今日は、厄日だ…)
(日が暮れてしまった…)
家に帰り着くころにはすっかり西日が強くなっていた。
家に着いてリビングに行くと(もちろん普通に行けたわけではないけど)、
「おかえりなさいっっ、大ちゃんっっ」
母さんが僕を抱きしめた。胸が顔に当たって、ちょっと恥ずかしい。
母さんが今日の僕のデキが満点だとか言ってるけど、今の僕にはそれを聞き入れるほどの元気がなかった。
「――それで、今日の十一時なんだけど…」
それでもその言葉だけはいやでも耳に残った。
僕は今日、その時間に犯罪者になってしまうんだ。
「…いろいろあるけど、とりあえず十時まで身体を休めておいてね」
「うん…わかったよ」
「あら?大ちゃんちょっと元気がないわよ」
やはりばれてしまった。それほど今の僕は重症みたいだ。
「大助、初仕事で緊張するのはわかるが、それでは足をすくわれるぞ」
「じいちゃん…」
じいちゃんが励ましてくれるけど、僕がこんな状態なのは緊張なんかじゃない。
「わかってるよ。じゃあ十時になったら起こして」
「起こしてって…大ちゃん夕飯は!?」
「ん…起きてからでいいよ」
そう言って僕は階段を上がり部屋へと向かった。
「……大ちゃん、様子がおかしいわ」
「初の仕事じゃ、緊張もするわい。わしも昔はそうじゃった」
「あらま、お父さんも?」
「おおそうじゃ。どれ久々にわしの武勇伝を――」
「ねえ梨紅」
梨紅の部屋に梨紗が入ってきた。
「なに?」
机に座っていた梨紅はドアのほうに向き直った。
「ん、うん……」
梨紗はベッドに腰を下ろし、そして押し黙った。
「どしたの?何か話があるんじゃないの?」
見かねた梨紅が声を掛けるが、それでも梨紗は俯いたまま黙っていた。
顔もこわばり、つらそうな表情をしている。
「……あんた、今日の昼から様子おかしいよ」
「ぁっ…」
ようやく梨紗が反応を示した。
それを見た梨紅は梨紗の隣に腰を下ろし、そっと手を握った。
「なにがあったかしんないけど、話したいから私のとこに来たんじゃないの?」
「うん…うん、そうだね」
梨紅の対応にようやく心がほぐれ、梨紗の顔に笑みが戻った。
「あのさ」
「うん」
「私、丹羽君に告白されちゃったの」
「ぇ、ぇ…ええぇっ!に、にに丹羽君があんたにぃ!?」
「うん。って、そんな驚かなくてもいいじゃない」
「あっ……う、うん、そだね。……で、それであんたなんて返事したの!」
「お、落ち着いてよ梨紅」
なぜか相談してきたはずの梨紗がなだめながら話を進めていった。
「その時は断っちゃったの」
「あ、そう…そうなんだ」
「丹羽君とは友達として付き合ってるから、告白された時はどうしていいかわからなくて…」
「そっかそっか」
大助の告白を断ったと聞き、梨紅は内心ほっとした。
「でもね、断ったんだけど、なんか……」
「え…それって」
梨紅が言おうとしたことを遮って、梨紗が頭を振った。
「よく…わからない。だから梨紅に相談しに来たのよぉ!」
後半は明らかに無理をして明るい声を出していた。
「うぅー。そんな難しいこと相談されても分かんないよ」
「あはは!そうだね。梨紅にこういう話は早すぎるもんね」
「うわっ、言ったなこのお!」
「はは、ちょ…やめてってば!」
「うるさーい!」
ベッドの上で仲良く姉妹はじゃれあった。
だが陽気にふるまっているが、梨紅は気が気ではなかった。
「――それじゃあ大ちゃん。あなたが初めて盗んでくるのはこれよ」
母さんから渡された写真には今回のターゲットである美術品とその名称が記されていた。
「淫夢の…短剣?」
なんだか…とても卑猥な気がする。
「大丈夫。大ちゃんには害はないわ」
心を読まれた気がする。それよりも、僕には害はないっていうのはどういうことだろう。
「かあさ」
「はい。じゃあこれとこれを身に着けて」
手渡されたのは真っ黒なボディスーツ、それと同じくらい黒いかつらだった。
「さすがに素顔を晒すわけにはいかないから、それで変装してね」
「変装っていったって…」
実質僕の顔を覆うものはない。かつらの毛が前にかかるていどだ。
それに背格好だって、十四歳の小柄な少年のままだ。
「この程度で平気なの?」
「案ずるな。代々丹羽家のダークを名乗る者はそれのおかげ素性を知られずに済んだんじゃ。無論わしもじゃぞ」
「素性をね……?じいちゃん、今ダークって言った?」
「おお。言ったぞ」
いつもどおりの調子で言われて危うく聞き逃すところだった。これは、とんでもない発言だった。
「ダークって、あの伝説の大怪盗のことだよね!?」
「そうよ。あら、知らなかったの?」
「聞いてないよそんなこと!」
「変ねえ…。お父さんが話しておくって言ってなかったかしら?」
「すっかり忘れとったわ」
「じいちゃん!」
「すまんのう大助。着替えながらでかまわんからわしの話を聞いとくれ」
じいちゃんの話は突拍子もなく、信じがたかった。
でも、それは本当のことで、まぎれもない事実らしい。
丹羽家の男子は代々、十四歳を迎えると怪盗としての家業を継がなくきゃいけない。
そこまでは聞かされていた。だから僕も小さいときからずっと特別な訓練をさせられた。
僕はどうしてそんなことをしないといけないのかずっと疑問だった。
そしてその答えがようやく聞けた。
怪盗ダークの末裔、それが丹羽。
ダークは危険な魔力が宿った美術品を盗み、その力を封印することに心血を注いだ。
けど一生のうちにその全てを終えることはできなかった。
だから子孫である僕たちにその役目を担わせた。
「ということじゃ。わかったか?」
「まあ、無駄のない簡潔な説明だわ」
「…よくわかったよ。じゃあ僕がこれから盗む短剣も危険な魔力が宿ってるの?」
ダークは魔力を使って美術品を封印していたと今の話から聞いた。でも僕にはそんな力なんてない。
「安心せい。そのためにウィズがおるのじゃ」
「ウィズが?」
じいちゃんが呼ぶと、僕の肩にウィズが乗ってきた。
「頭に手をかざしてみろ」
「…こう?」
言われたままにそうする。
「うわっ!」
一瞬でウィズが僕の身体をすっぽりと覆ってしまいそうなほど大きな、漆黒の翼へと姿を変えた。
「ウィズは代々ダークの仕え魔でな、多少の魔術なら使えるようになる。美術品を封印するときはそいつの羽を使うんじゃ」
「へー、ウィズが」
「さ、大ちゃん。準備は整ったかしら?」
「うん」
「それじゃあいってらっしゃい。あなたの最初のお仕事に」
「うっわー…へー…」
「なに見てんの梨紗」
テレビに夢中になっている梨紗の背中に梨紅が話しかけた。
「これこれ。四十年ぶりに伝説の怪盗ダークが復活だって」
「ふーん。あんたそんなのに興味あったんだ」
「なんとなくよ。怪盗に興味があるなんて言ったら馬鹿にされちゃうわ」
「ははっ、言えてる。じゃあ私先にお風呂入るよ」
「うん。あがったら呼んでね」
「あーい」
「そうじゃ、笑子さん」
「どうかされました?」
「今日盗んでくる淫夢の短剣にはどんな魔力があったかのお」
「忘れちゃったんですか?いやですわ」
「すまんのお。この歳になると忘れ物が激しくてなあ」
「あらあら。いいですか?あの短剣は持ち主を想う人に対して反応するんです」
「ほうほう」
「その人に剣の力が宿って……キャッ」
「おおそうじゃったそうじゃった。そんな力じゃったの。忘れとったがわしもそれが盗みたくてなあ――」
(思ったより楽だったな)
あまりにも簡単に盗みが終ったことに僕自身が一番驚いたと思う。
手提げのバックの中には、今しがた盗んできた短剣が入っている。
(警察ももっとちゃんとしなくて平気かなぁ…)
本気でそう心配してしまった。でもそうなったら僕が盗みづらくなるんだけどね。
「帰ろう、ウィズ」
漆黒の翼を羽ばたいて、僕は帰途を急いだ。
「これだけ遠回りすれば平気だよね」
念のために警官隊を避けるようにかなり迂回してきた。
「あ」
眼下には海に面した一軒の大きな家があった。見間違えるはずがない。
そこは僕の部屋から見えて、そして今日僕が玉砕してしまった人が住んでいる家。
「あ」
また声をあげた。遠目でよくわからないけど、誰かがバルコニーに出ていたからだ。
バルコニーの風を頬に感じながら、原田梨紗は星空を眺めていた。
「………丹羽君、か…」
告白は断った。しかし、今日一日考えていたことは丹羽大助のことばかりだった。
(どうして、こんなに気になるの……?)
「梨紗、お風呂」
物思いに耽っていた梨紗が振り返ると、そこには風呂上りのせいか顔が上気した梨紅がいた。
「了解」
ぱちんと手を叩き合わせ、入れ替わるようにして梨紗は風呂へ向かった。
「はぁ……」
梨紗が姿を消した後、火照った身体を冷ますために梨紅は夜風に身をさらした。
いや、本当はもう一つ、別の理由があった。そのことを頭で整理するために独りになりたかった。
(梨紗が、丹羽君に…)
そのことが梨紅の胸の内に、鉄球をぶつけられたようにずしんと響いていた。
(丹羽君は梨紗が好き…、梨紗もちょっと気にしてるし…)
二人が両思いになるならばそれでいいじゃないか、とはどうしても割り切れない。
(私…なに考えてんだろ)
「……丹羽君」
「――なっ!?」
突然バックの中から膨大な量の光りが溢れ出した。
「どうなってんだこれ!」
中を開け、光源となっているものを取り出した。
「剣が光ってる……、わぁっ!」
さらに光りの強さが増した。その光りが一条の筋を描き、ある一点へと伸びていった。
「あっちには」
それは僕がさっきまで見ていたところ。原田さんの家のバルコニーだ。
光りはそこにいる人影に向かって伸びていく。
「くっ…」
僕はそちらへと翔けだした。
(しまった。封印が……不十分だった?)
自分の不甲斐なさを呪った。そのせいで他人に、それも知り合いの家族に迷惑をかけるなんてゴメンだと強く思った。
「……ん?」
その人影がこちらを振り仰いだ。互いの視線が交差し、それが誰なのかはっきりわかった。
「原田さん、……のお姉さんっ」
剣の魔力が標的に選んだのは、よりによって原田梨紗さんのお姉さん、原田梨紅さんだった。
あっ、という顔をされた。けどその瞬間、原田さんの身体は剣から放たれた光りに射抜かれた。
「原田さんっ!!」
バルコニーへと降り立つと、今にも崩れ落ちそうな原田さんの体を抱きとめた。
「原田さん、しっかりして!」
僕は懸命に呼びかけた。しかし全然反応してくれない。呼吸が止まっている。
「原田さんっ、原田さん!」
僕がいけない。僕がもっとしっかり封印を施してれば、ここを通らなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
「原田さん……原田…」
呼びかける声が小さくなっていく。自分が諦めようとしているのが手に取るようにわかる。
(………いや、まだだ!)
そうだ。諦めることなんてできるわけがない。とにかく、何か方法があるはずだ。
(…そうだ。こういったことは母さんかじいちゃんに)
先輩になる怪盗とその娘なら、きっとうまい対処法を知ってるはずだ。
僕は原田さんを抱えたまま飛翔しようとした。そうしようとした瞬間、いきなり原田さんの目が開いた。
「原田さん!気がついたの?」
僕は声を変えることも忘れて、起きたばかりの原田さんに声をかけた。
「…………」
けど原田さんはそんな僕を見ようともせず、自分の身体をぺたぺたと触っている。身体に異常がないか調べているみたいだ。
手を動かすのをやめた。どうやら終ったみたいだ。そしてその後彼女の口から出た言葉に耳を疑った。
「……なんだ。小娘の身体ではないか」
「へ?」
なにかひどく他人染みたものの言い方で自分の身体のことを口にする原田さんがおかしく見えた。
「まあかまわんか。久々の血肉だ。愉しまなければ。なあ?」
原田さんが僕に視線を向けてきた。
それはひどく淫猥な雰囲気を漂わせ、なんていうか、誘うようなものだった。
「原田さん…どうしちゃったの?」
いつも学校にいるときの雰囲気とは全然違う。
(まさかこれって、魔力の影響……ッ!?)
答えをまとめかけた僕に、原田さんが唇を重ねてきた。
まったく予期できなかったことに、僕の思考は一瞬で停止した。
「ん、はぅ……んちゅ」
彼女の舌が僕の口内へ進入し、焦がすような熱さで中を舐め回された。
「…!」
その刺激でようやく止まっていた思考が動き出した。
原田さんの肩を掴んで引き剥がし、転がるようにあとずさった。
背中に当たるバルコニーの柵が、それ以上の後退を遮った。
「な……なにを…」
口からそれを絞りだすだけで精一杯だった。それ以上は口が空回りしてうまく喋れない。
顔が焼けるように真っ赤になっているのが体温でわかった。
原田さんが腰を上げ、僕を見下ろすようなかたちになる。
「無粋だな。女の誘いを断るのか?」
原田さんの顔で、声で不敵にそう告げる。百戦錬磨の達人みたいな余裕がある。
けどはっきりしていることがある。目の前にいる原田さんは原田さんじゃない。
「だ、誰だよお前は!」
精一杯の声でそう言った。そうしないと何かに押し潰されそうな気がしたからだ。
「大方の察しはついておろう」
彼女の指が僕の持っていたバックを指し示した。
「我はそれに宿る精、サキュバスだ」
「さ、砂丘…?」
聞き覚えのない単語に疑問符が浮かんだ。
「知らんのか?無知だのう」
「う、悪かったね」
バカにされてしまった。
「とにかく、どうしてお前が原田さんの身体にいるんだよ」
「知らん」
「知らないって…自分のことじゃないか!」
「知らんものは知らん。我はただ欲望のままに動くのみ、だ」
彼女の身体が僕の上に覆いかぶさってきた。顔が近づいてくる。また唇を重ねるつもりだ。
「ちょー、ちょっと待って!」
「なんだ汝は。いい加減素直に喰われたらどうだ?」
「そうじゃなくて!僕はお前を封印しなきゃいけないんだ。だからこんなことするのは…」
「わかったわかった。終ったら封印でも何でも好きにするがいい。今は我と愉しめ」
彼女の顔がさらに近づいてくる。
「ダメ、ダメだよそんなぁっ」
必死に声を出した。こんなことをされるのは初めてだし、かなり抵抗した。
さらに相手はクラスメイトの原田梨紅さんの身体を乗っ憑って、それで攻めてきている。これはもうモラルの問題だ。
(するのはダメだ!)
自分に必死に言い聞かせた。
「汝はわかっておらん」
僕の手が引っ掴まれて彼女の胸に押し付けられた。
「わ、わわわっ!」
うろたえる僕に彼女の顔が、本当に目の前に突きつけられた。
「わかるか、我の胸の高鳴りが。この情欲が」
ひどく熱っぽい視線で僕を見つめてくる。顔は朱に染まって、興奮しているのが伝わってきた。
「これを押さえぬ限り、我の封印などできはせんぞ」
彼女の顔は、やはり原田梨紗さんに似ていた。瓜二つだ。間近で見るとそのことがよくわかる。
「う…あぅ……」
梨紗さんと梨紅さんが僕の中で繋がりを持った時、砕け散った感情が再び集まり、形を形成してきた。
(最低だ、僕……)
原田梨紅さんを原田梨紗さんに見立てて、それでこんな感情を抱くなんて、梨紅さんを蔑ろにしているに過ぎない。
けど、一度甦った感情はそんなに簡単に消えてくれない。
(原田さん……ごめん)
「その気にならんか?まあ汝がならずとも、我が一方的に攻めてもいいがな。ん、これはかつらか。邪魔だ」
頭から黒い長髪のかつらが取られ、口内への侵入が再開された。僕は逆らうこともせず、ただ流れに身を任せていた。
今は逃げる場所も、心の余裕もありはしなかった。
原田さんの柔らかな舌が歯の裏を、歯茎を、口蓋をくすぐるように舐めてくる。
優しく這わされる舌が、脳を麻薬に浸したように蕩けさせる。
「はんん…ん、ふぅ」
口と口が離れた。熱く潤っていた唇が外気に触れて薄ら寒くなる。
「舌を出せ」
その言葉に逆らうことはできないのか、僕は口を開いて舌を少し突き出した。
また彼女の口が僕の口を塞いできた。さっきとは違い、完全に口を覆っている。
少しだけ出していた舌に絡みつくようにして彼女の舌が蠢いてくる。
その激しさに、もう僕は考えることさえ億劫になってきた。
考えることを放棄した途端、下半身に熱が集中してきた。その変化に気づかれた。
「なんだ。すっかりその気ではないか」
「はぁ……ッ」
スーツの上からさすられるだけでびくびくと反応してしまう。
指が器用にファスナーを下ろし、そこから張りつめた僕のものを引き出した。
「いいな…いいなこれは」
熱っぽい視線で犯される。さらにきつく張っていくのがわかる。
鈴口に舌が這わされ、それだけで堪えられない射精感がこみ上げてくる。
「んむ、ぷッ…ん、ん、はん…んぷ」
じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てて原田さんの頭が前後へ振り乱れ、漏れる鼻息が下腹部を撫でる。
「あぁ…ふぅぐ……」
初めて味わう女の人の口内は熱く、狭く、動かされるたびに僕の先端が粘膜と擦れあった。
包み込まれるような感覚を感じながら、限界を迎えようとしていた。
「はぁう…ッ!」
パンパンに張った風船に針で穴を開けられたように、一気に亀頭の先から精液が迸った。
「あ……ぅ…くはっ」
一人でして出すときとは比べ物にならないほど長く、多量の精子が原田さんの口内に飛び散ったに違いない。
一人のときはいつも思い描いている原田さんの、その口内に出しちゃうなんて…。
(…違う。今いるのは魔力に魅入られた原田さんで……、それに…お姉さんのほうで…)
僕がしているのは誰か、そんなことすらはっきりとしないほど意識が混濁してきた。
「ぁぁ……」
出し切ったばかりの僕自身を、彼女の口が丹念に嬲ってきた。
ぬちゃぬちゃとした音が耳の奥深くへまとわりつくように響いてくる。
彼女の口が離れると、そこには再び夜空を突き上げるように勃ったものがあった。
自分が出した精液と彼女の唾液が混ざり合ったものが薄い膜のように全体を白く濁らせている。
「若いな」
嬉しそうな声で言った彼女は立ち上がり、いつの間に脱いだのか、僕の眼前に無毛の、つるっとした股間を突きつけた。
「見えるか、ここが?」
指で自分の割れ目を押し拡げ、中の肉が、穴が見えるようにした。
薄い陰唇で隠されていたそこは、月光と僅かに漏れる部屋の明かりで照らされている。
白いピンク色をしていて、肉は厚くない。上部には陰核が、ちょこんと顔を覗かせている。
入り口付近には、小指の先ほどの小さな穴が開いていて、その周りには襞がある。
奥は暗く、闇が支配している。僕はそこに吸い込まれていきそうな、奇妙な感覚に満ちた。
「この娘、処女だ。嬉しいか?」
(嬉しい…原田さんの処女、嬉しい…奪う、僕が……?)
思い続けた彼女の、その初めてを僕が奪う。
今日ふられたばかりの僕は、そのことにひどく不条理な興奮を覚えた。
彼女の腰が落ちる。僕の先端と彼女の入り口が触れ合ったところで動きが止まった。
陰唇が亀頭の先端にぴたりと吸い付いている。
目の前には彼女の、初恋の人の悦びに満ちた顔があった。
微笑みかけるその笑顔が、燃えるような興奮を呼び起こす。
「んッ……」
笑顔を浮かべたまま彼女の腰がじわじわと落ちてきた。
焦らすようにゆっくりと亀頭が呑み込まれていく。
たまらず顔を歪めた。もちろん苦痛のせいじゃない。快楽のためだ。
先端に何かが触れて挿入が途中で止まった。彼女が上ずった声で告げる。
「わかるか…ッ……これが、処女の証だ」
「は……うッ」
「汝が、貫いて…みせい」
腕が僕の首へと回され、彼女の熱く、汗で湿った身体がぴったりと密着した。
僕もそれに応えるように彼女の腰へ手を回した。暖かく、肉づきのよいお尻が掌におさまる。
「はぁ……は、うッ!!」
ぎちぎちに締めつけるそこを突き抜けるように腰を突き出し、同時に彼女のお尻を引き寄せる。
「はうぅ…ッ」
さすがに彼女も眉根を寄せて辛そうな顔になった。
でも口からは熱い、甘い吐息が吐き出され、それが僕の首筋を艶かしく触れていく。
「いいぞ…久々の破瓜の快感……ッ」
ぐいぐいと突き当たったものを押し上げている感触に彼女が愉悦の声を上げた。
僕自身をきつく締めつけるように彼女自身が絡みつく。
先端には進入を遮るものを少しずつ、ぐちぐちと押し拡げていくのが伝わってくる。
「ああ――ッ!!」
狭い進入口が僕を呑みきることができずにぶつりと切れた。
その痛みが強すぎたのか、彼女の身体がびくっと反り返り、崩れるように僕の上体に寄りかかってきた。
気を失ったみたいだけど、僕はさらに進入を続ける。
中が切れたおかげで多少はきつくなくなったが、それでも握りつぶされそうなほどの力で締めつけられている。
「んぐぅ……」
かまわずに奥まで押し込む。濡れていた肉棒と、中から溢れてくる血が潤滑油となってずり、ずり、と挿入されていく。
苦心しながらようやく僕が全部入った。
相変わらず締めつけは痛いほどに強い。手で握るときよりもきつい。
彼女の腰を抱えたまま動き始める。
いつも手でしているように、あれを彼女でしごく。
「んぐ…ぐっ、ぅく……」
さっき出したばかりなのにもう限界が近づいている。
すぐにでも出したいという欲求が一気に首をもたげてくる。
その思いが僕の腰の動きを加速させる。彼女を強く抱きしめて腰を叩きつける。
彼女が気付いたのか、同じように強く抱きついてくる。
「はぅ…は、はぁぁ…」
胎内に出したいという想いがとめどなく湧いてくる。
「う、ぐぁ……は、らだ…さん…」
「はぁッ、に…丹羽、くんッ……はぁ――ッ!」
僕は、ついに自分の汚れた欲望を彼女の中へと解放した。
(最低だ、僕は最低だっ!)
事後処理を済ませて逃げるように帰途に戻った。サキュバスとかいうのの封印もすっかり忘れて。
魔力に魅入られていたとしても、原田さんのお姉さんとあんなことをした自分が許せなかった。
快楽の余韻に浸ることもなく、ただ後悔の念だけが渦巻いていた。
この日、
「うしっ!今日はなかなかいい画が撮れたぜ!」
僕の十四回目の誕生日に、
「俺も行きゃよかったかな…」
僕の運命は、
「ウホッ!いい男…」
歯車が軋むように、
「丹羽君、か………」
ゆっくりと音を立てて、
「…ん……?なんで私、こんなとこで寝てんだろ……」
動き始めた――――