――腰の重さと下腹のひんやりとした感触を除けば、丹羽大助の目覚めは良い。ほぼ毎朝こし摂られ
るようになり早三ヶ月、以来一度覚醒した頭は二度ねに悩まされることもない。
身体を起こし、恒例となった溜め息を吐きつつベッドから這い出して乾きかけた糊のようにかびかび
になった精液を拭き取る。着替えとともにトランクスを穿き替え、精液が付着したティッシュをもって
トイレへ向かう。家族に見つからないよう持てる技術を駆使するその姿、まさに怪盗の如し。
夢精の証拠を見事隠滅し終えた彼は何食わぬ顔でダイニングに行き、そこで家族に挨拶してトースト
に噛り付いた。テレビでニュースが流れるが、八月になってからは怪盗ダークの話題はほとんど上って
いない。
テレビを見終わる頃には時計の針は九時を指していた。事前に用意しておいたバッグを肩にかける。
中に入っているのはスケッチブックと画材と、ウィズだ。
「行ってきまーす」
言葉を残し、彼は家を飛び出した。
――その様子を、坪内は訝しげな表情で、といっても親しいもの以外にはまず気づかれないような僅
かな変化であるが、見つめていた。
「…………梨紗様」
耐えかねた初老の男性はとうとう原田梨紗の背中に声をかけた。
「なに?」
彼女は振り返りもせず答えた。薄っすらとブラジャーのラインが浮かぶシャツに短パン、そしてヘッ
ドバンドというおよそらしからないスタイルであった。
「…………お出かけでございますか?」
「うん。ちょっとね、ランニングでもしようかと」
玄関先で入念なストレッチをしながらさらっと言われ、坪内は軽いめまいに襲われた。
運動とはまったくもって無縁、絶望的なまでに深い溝と圧倒的なまでに高い山々が連なっているほどの
隔たりがあると思っていた梨紗がランニングとはとてもではないが信じられなかったからだ。
実のところではあるが、梨紗は運動が大嫌いというわけではない。その気があれば運動部に入れてい
ただろう。しかし彼女は運動を避け続けていた。というのも、なにをやっても自分より高い成果を出し
てしまう姉の原田梨紅と趣味や好みが重なってしまい、比べられてしまうことを嫌ったからだ。姉に勝
てない劣等感か、惨めさか、本人すら無意識のうちに姉とは違うものを好むようにしていた。
「さて、と」
上げた顔はそんな屈折した暗い感情とは無縁の、ヤル気に満ち満ちた輝きを帯びていた。
「あ、そうそう。梨紅には内緒ね」
この言葉はただ単に知られてから説明するのが面倒という思いから出たものだ。
「じゃあ行ってきます」
そして彼女は街のどこかで絵を描いているはずの彼を捜すために駆け出した。その先で筋肉痛に悩ま
されることになるとも知らずに。
――太陽が真上に射しかかる頃、学校のグラウンドではほとんどの運動部が午前の活動を終えようと
していた。ラクロス部も例外ではない。グラウンドで輪を作り、整理体操を行っていた。
輪の中には当然のように原田梨紅の姿もあった。夏休みに入ってから今の今まで部活には毎回顔を出
していた彼女の肌は太陽の光を存分に浴び続け、綺麗に澄んだ肌色から健康的な褐色に代わり始めてい
た。運動部に所属している女子の大半が何らかの日焼け対策をしている中、肌を焼くことにそれほど抵
抗を抱いていないのは稀有であるが、彼女らしいといえばらしい。
「ねえねえ」
部室へ戻るところに同じ二年生の部員が声をかけてきた。彼女の肌は今話題の日焼け止めクリームで
紫外線を見事にカットし、太陽の光に照らされ白く輝いている。
「梨紅もそろそろ日焼け対策したほうがいいよ」
「? なんで」
唐突にそう切り出され、梨紅は疑問符を浮かべた。
「そうそう。日焼けなんて別に気にしないし」
二人の間に程よく焼けた褐色の肌をした部員が口を出し、梨紅もその言葉に首を縦に振った。白い肌
の女子は何か言いかけたが、すぐに意地悪い笑みを浮かべた。
「な、なに……?」
「べっつにぃ。休み明けたら分かると思うよ」
少し引いている二人を残し、彼女はひらひらした足取りで部室へと去って行った。残された二人は顔
を見合わせ、首を傾げた。
練習着の袖を捲くり、日焼けの跡がどうかしたのだろうかとまじまじと観察した。
「…………ぽっきー」
真っ直ぐ伸びた腕を見て、一言だけ呟いた。
――自作のパスタを食し終えた福田律子は自分のパソコンを立ち上げた。起動するまでの僅かな時間
でいそいそと部屋の細かなところを整理整頓する。
椅子に腰掛け、特にこれといった外部機器の類はほとんど取り付けていない、いたってノーマルなパ
ソコンを操作し、早速ネットの渦中に飛び込んだ。お気に入りに登録してある大手掲示板のいつもチェ
ックしている板へ行く。
スレを覗き、気になる発言にはレスをする。荒らしや煽りにもめげず、彼女は純愛板に住み着いている。
「……私もこんな恋愛してみたいなぁ」
溜め息交じりにそう漏らした。気になる男子はいるが、彼には好きな人がいる。そのことが少し残念
だと思っていた。
「よ、横取りなんてよくないし……あわわぁ」
独りで妄想して勝手に顔を真っ赤に染め机に突っ伏した。
「はうぅ……、そだ」
彼女は自室を出ると電話まで向かい、ある番号をなれた指使いで押した。数回の呼び出し音の後、落
ち着いた温和な声が受話器から聞こえてきた。
「あの、福田ですけど真理さんいますか? はい、はい。…………あ、真理。うん私。あのさ、明日暇?
え、うん、そっか。ならいいよ、うん、またね」
電話を切ると同時に息を一つ吐いた。夏休みに入り何度か誘いをかけているがほとんど断られているからだ。
「…………怪しい」
人類の進化系のような直感的な女性の勘が働いた。再び受話器を手にし、別の友人の元へ電話をかけた。
――沢村みゆきはメガネをかけていた。それも顔半分が隠れてしまうほどの大きな丸メガネである。
彼女がカスタマイズを施したマイパソコンを使う際はいつもそのメガネをしている。
いつも覗く大手掲示板で住み着いているところは過激な恋愛板である。初めて足を踏み込む時はかな
り抵抗があったのだが、
(こ、こ、ここは年齢制限なんてないんだし)
そう言い聞かせ、震える指でクリックして以来定期的に巡回するようになってしまっていた。元来真
面目な性格の彼女は人一倍熱心にのめり込み、そういった方面の知識だけは人並み以上となっていた。
真面目すぎるが故の非行である。
今も頭に血が昇り、鼻血が出そうになるほど興奮しているのを理性で堪えながら食い入るようにパソ
コンに噛り付いていた、その時、
「みゆきちゃん、電話よ」
部屋のドアを開けて彼女の母が入ってきた。
「わぁぁぁーーっっ!!」
突然のことに身体が大きくびくついた。その際机に激しく膝をぶつけたが、とにかく急いでウィンド
ウを最小化させた。
「へ、部屋に入る時はノックしてっていってるでしょ!」
せっかく気分が乗ってきたところに水を差された彼女はメガネを外し、背後に接近していた母に吼え
るように言い放ったが、母はというとにこにこしたままみゆきに電話の子機を手渡した。
「それじゃあね」
ほほほとわざとらしいほど上品な笑い声を上げて母はすっと部屋から出て行った。母の後ろ姿を威嚇
するように睨みつけていた彼女はいきなりの事態で起きた動揺を落ち着かせるように数回深呼吸をし、
それから受話器を耳に当てた。
「はい変わりました。ああ律子。どうしたの? 真理? ……うーん、そっか。そりゃちょっとは気に
なるけどさぁ。……明日? でも…………」
結局、福田律子の熱い説得に負け、明日はあることをする羽目になった。
――雑用のため教師に呼び出されていた西村祐次はようやく帰宅するところだった。彼は内心むかむ
かしていた。どうして自分だけが夏休みの午前に呼び出されねばならなかったのかと。
呼び出すならば同じ委員長である沢村みゆきもそうするべきでしょうと教師に訴えてみたが、これく
らいならお前一人でも十分だろという沢村に対する余計な気遣いのせいで独りぼっちの午前を送る羽目
になった。
「沢村がいれば、さりげなく話しかけたりなんかして……」
独りでぶつぶつと呟く様は端から見れば怪しいものだったろうが、幸いな事に彼の奇行を気に留めた
者はいなかった。
「西村くん?」
前触れもなく突然背後から声をかけられ、呟きとともに抱いていたよからぬ妄想を急いで打ち消した。
「あ、原田さん」
振り返った先にいたのは程よくこんがり肌が焼けた原田梨紅だった。自転車を押している姿から帰宅
するところかと察した。校門に到るまでとりとめもない会話を交わした。
以下抜粋。
「そういえば休み明けたら修学旅行だったか」
「あ、そだね。どこだっけ? 南の方だっけ?」
「ああ。本当は違うところって予定だったんだけど、今年はプールが壊れたから海に変更だってさ」
「そっか。でもあたしは海になってよかったなぁ」
「なんで?」
「だって海だよ、楽しそうじゃない! 開放的な気分になって気持ちいいよ絶対」
「うむぅ……、開放的か……」
「? どしたの」
「ん? いや、何でもない。っと、じゃあここで」
「うん、それじゃ」
(……海、開放的。これは……チャンスってやつか?)
人間どこかで思い切らなければいけない時がある。彼にもとうとうその時が訪れそうである。
――カメラを携え、冴原剛は会場の一画へ急いだ。
「ちぃっ! もうあんなに集まってやがる」
彼にはカメラマン、いや今はカメコとしての意地とプライドがあった。ほかの冴えない野郎どもより
俺の方が数千倍マシな写真をとれるという自信を持っていた。
目の前に連なる男の肉壁の隙間を縫うようにして人だかりの中心へ向かう。そこには彼が追い求める
至高のコスプレイヤーがいるはずだった。
「だっしゃぁぁぁっっっ!」
中心に近づく頃には人の足元を這うようにしていた。人々の隙間から眩い閃光が連続して煌いている。
とうとう彼は辿り着いたのだ。
カメラを構えてファインダーを覗くと、ベンチにツナギ姿の一人の若い男が座っていた。
「やらないか」
レンズが粉微塵に砕け散った。
同日、同会場、あるブースには長蛇の列ができていた。列を作っているのはほとんど女性である。男
性の姿はちらほらと見える程度である。
その列を迎えているのは日渡怜。ごく一部に熱狂的なファンを持ち、画の質、話の内容のリアリティ、
そのすべてがうけている、今が旬の同人作家である。
ちなみに今回の作品は男同士の熱い友情を描いた感動巨編である。もちろんモデルとした少年にはな
んの断りも入れていない。タイトル『放課後の情事』。内容は割愛いたします。
「石井さんの様子がおかしい?」
目の前にいる二人の女子に言われたことを確認するように繰り返した。
「うん」
「そうなんだって」
福田さんと沢村さんが同じように頷いてみせた。呼び出された原因はそれのようだ。
昨日、家に帰るなり福田さんから電話がかかってきた。訳は言えないが明日、つまり今日になるけど、
少し付き合ってほしいということだった。約束の時間に商店街にあるハンバーガーショップに行くと、
昼前で混雑する店内の窓際のテーブルに僕を待つ二人を見つけ、同じように腰を下ろした。そして切り
出された話がそれである。
「最近、遊びに誘っても付き合いが悪いの」
「それは石井さんにだって都合はあるし」
「でもいっつも断るなんて今までなかったんだよ。これは絶っっっ対に何かあるはずよ」
そう言う福田さんの目は酷く強い輝きを帯びている。本人の並々ならない気迫というやつがひしひし
伝わってくる。
「ま、気になることははっきりさせといた方がいいでしょ?」
沢村さんが軽い調子でそう言い、曖昧に返事をしつつ気になったことを二人に訊ねた。
「それにしてもどうして僕しかいないの? 他にも冴原とか、原田さんとかは呼ばなかったの?」
「冴原くんは日渡くんと一緒に出かけてるんだって。梨紗はなーんか忙しいって」
「関本くんも用事あるって言ってたし、梨紅は練習試合が近いからって部活に行ってる。
西村は役に立ちそうにないから電話してない」
沢村さんが鼻でふっと冷笑するのを見て、西村泣くなと心の中で励ましておいた。
「だから僕だけ、か。それで、肝心の石井さんは?」
「そこ」
福田さんがテーブルの横の方を指差したのでつられるように視線を移した。大きなガラス張りの窓の
向こうには大勢の人で賑わう通りの様子が一望でき、その窓のすぐ前に肩まである黒い長髪を結った石
井さんの後ろ姿が見え
「近いぃぃっっっ!!」
席から跳ね上がって突っ込んだ僕はそのまま二人に取り押さえられた。
「ちょっと! 大声出したら気付かれるよ!」
「よく考えて行動してよ!」
「二人こそよく考えて場所選びなよ!」
――数分後、僕らはハンバーガーを口にしながら石井さんが動くのを待っていた。
「やっぱり待ち合わせだよきっと」
「誰と?」
「そ、それはきっと彼氏……」
顔を見合わせた二人が同時に色を真っ赤に染めた。と思ったら、
「誰? 一体どこの誰なの!?」
「知らないよ! でも、でも私たちを差し置いて付き合うなんて、許せない!」
二人がわなわなと震えだした。友達が付き合ってるんなら素直に喜んであげればいいと思うけど、世
の中そううまくいかないのだろうか。
それにしてもここのハンバーガーは美味い。一口かじるとキャベツのしゃきっとした歯ごたえの下に
あるチーズの蕩けるような触感が優しく口全体を受け止め、さらに食い付くとハンバーグの肉汁が口い
っぱいに
『丹羽くんっっ!!』
「げほっ――?!」
まったりと味わっていたところに二人の声が響いたせいでむせ込んだ。ひりひりする喉を潤すために
ドリンクを半分ほど流し込んだ。
「は、はふぅ。……なに?」
「『なに?』じゃないわよ。なんで一人だけ優雅にハンバーガー食べてんの?」
ハンバーガーに優雅も何もないと思ったけど口にするのはやめた。ろくなことにならないと思った。
「そうだよ。真剣に真理のこと見張ってないとダメじゃない」
テーブルの上に身を乗り出して迫ってくる沢村さんに思わずたじろいだ。
「う、うん。それよりほら、外見てないと……?」
誰も石井さんを見ていないのはまずいし、何よりこれ以上二人に責められるのは嫌だという気持ちか
ら外にいる石井さんに指と視線を向け、そこで彼女の変化に気づいた。
手を振り、明らかに何かに反応している。
「あわわ……うご、動くわよ」
「……」
「彼氏かな?」
固唾を呑んで見守っていると、颯爽と関本が出現し、二人は手を繋いで雑踏の中へと消えていった。
『……………………』
あまりにもあっさりと自然になんということもない様子で、とてつもなく重大で信じ難くそれでいて
目の前で起こった事実にきっかり十秒間、僕らの時が止まった。
そして猛然と店を飛び出した。
一心不乱に東野商店街(勝手に命名)を捜し回ること五分、見失っていた二人の後ろ姿を捉え、さっ
と角に身を隠した。
「まさか、あの二人が……」
今まであまり接点はなかった気がするけど、一体どこでどういった経緯で付き合うようになったか
かなり興味がある。ひょこっと角から顔を出した。
「私、知らなかった……」
低いトーンで福田さんが漏らした。仲のいい友達が付き合い始めていたことを知らなかったというの
はショックなのだろう。僕の頭の上に彼女の顔が生えた。
「不純よ、あんなの……」
沢村さんがぶつぶつ言いながら一番上に顔を出した。
「でも、こんな風に黙ってついてっていいの?」
目線を上に向けて二人に訊いた。
「黙ってないとばれちゃうでしょ」
「そうそう。これはあくまで二人を見守るための尾行なのよ」
そうだったっけと本気で考え込んだ。当初の予定がなんだったのかさえもはっきりとしなくなってい
る気がする。最初はそうだ、石井さんの怪しい行動の原因を突き止めることだった、はずだ。そしてそ
れはもう突き止めてるんじゃないんだろうか。これ以上はあまりにも二人のプライバシーを侵しすぎる
んじゃないだろうか。
あれやこれやと考えている間にも、僕の脚は目の前のカップルに惹かれるように勝手に進んで行き、
気がつけばタクシー乗り場に辿り着いていた。
「街から出る気かな?」
「どこまで行くんだろ」
福田さんと沢村さんが話しているうちに二人がタクシーに乗り込んでしまった。
「ねえ、関本たちが行っちゃうよ」
「あっ! どうしよう……」
福田さんが慌てふためく横で沢村さんがしごく当然と行った調子で言い放った。
「追うわよ」
「さ、沢村さん。やっぱりまずいんじゃ」
これ以上踏み込むことに罪悪感を抱き始めた僕は沢村さんにそう言った。けど、彼女もここで折れる
気はさらさらないようだ。
「じゃあ、丹羽くんは二人が気にならないの?」
挑まれるような視線で言われて口篭った。もちろん気になる。僕だって二人の関係がどれくらい進ん
でいるのか知りたいという気持ちが多少あったので否定することができなかった。
僕と沢村さんの視線が交わること数秒、
「ねぇ、タクシー捕まえたよ」
「ええーっ!!」
「ナイス律子!」
手招きする福田さんの側には本当にタクシーが停まっていた。沢村さんが意気揚々と歩み寄って僕を呼んだ。
結局タクシーの存在がふわふわとはっきりしなかった僕の気持ちを後押しし、一番最初にタクシーに
乗り込んだ。
「へ?」
後部座席に座ると同時に左右のドアから沢村さんと福田さんが乗ってきた。服越しに感じる二人の柔
肌と、鼻腔をくすぐる女の子の甘い匂いに思わずくらっときてしまった。
「じゃなくてっ!」
理性が崩れそうになるのを声をあげて阻止した。
「なんで前に一人乗らないの? ちょっと狭いって」
「まあまあいいからいいから」
「運転手さん、前のタクシー追ってください」
僕の訴えなんて二人の耳には届いてないらしい。それに気のせいか、左右からやけに身体を押しつけ
られている感じがする。僕が身体を少し縮めるとその倍は密着してくる。
気がつけば二人の顔がくっつくくらいに迫っていた。正直に勃起しそうになるのを堪えながらの苦しみ
に満ちたドライブとなった。
沈黙が漂うタクシーは東野町(でいいのかな?)の隣にある春日井町(創作)にまで来ていた。
春日井町は東野町と同じで美術品に対する関心が高く、良い品があるのでたまに母さんとじいちゃん
はこの街まで足を運ぶこともある。さらに近代化も進んでいて、大きな駅やデパートなどもある、この
辺り一帯の主要な街だ。
そして僕らを乗せたタクシーが走っているのはそんな春日井町のもう一つの顔、ホテル街である。
気まずい沈黙の原因はこれのせいだ。タクシーに乗った場かにの時は僕を挟んであれこれと言葉が飛び
交っていたけど、車外に派手な看板が目立ち始めた頃から口数がめっきり減り、タクシーが走る音しか
聞こえないほど黙り込んでいた。
外を流れる景色が幾分落ち着きを取り戻した時、前方を走っていたタクシーが停止した。
「停まったよ」
心身ともに異常なくらい疲弊していた僕はそう言ったついでに大きく息を吸った。今まで呼吸するの
を忘れていたかと思うほど、その一息は身体中に染み渡った。緊張が解けたのか、左右にいる二人の身
体がぴくっと震え、僕と同じように息を吸った。
「二人が出て……はわわわわぁっ!」
関本と石井さんの動きを追っていた福田さんが顔を真っ赤に染めて動揺しだした。僕と沢村さんも目
の前で起きた出来事に唖然としていた。
こんなところに来るからにはやはりそれなりのことをしでかすだろうと予想はしていたけど、実際そ
れを目撃してしまうと頭がパニックを起こしてどうしていいか分からなくなっていた。
二人は迷うことなくホテルに入った。もちろん、『ラブ』とつくホテルに、だ。
「…………追うわよ」
「いぇっっ!?」
そういう沢村さんの目は本気だ。ドアを開けて外へ飛び出して行った。
「私も行くっ!」
続いて福田さんも出て行き、車内には僕が取り残された。本当に行っていいのだろうか。
ラブホテルですることなんてあれしかないのに、それを聞き耳立ててあれこれと関わってしまうのは非
常にしてはいけないことじゃないか。頭を抱えて悩み苦しんだ。
「なあ、ボウズ……」
どうしても車外に出る気が起きない僕に声がかけられた。顔を上げると運転手のお兄さんがこちらを
向いていた。金髪に蒼い双眸、白い肌。一目見て外国の人だと分かる。
「ぼ、僕?」
訊くとその人はゆっくりと頷いた。その口から流暢に言葉が紡がれてきた。
「俺は今はこんなタクシーの運ちゃんなんて格好してっけど、本当は世界でも屈指の特殊傭兵部隊の兵
士の一人なんだよ」
「…………はぁ」
はっきり言って危ない人だと直感が告げてきた。けど、そう言うお兄さんの目はとても強く光り、嘘
を吐いてるようには思えない。
「俺はスナイパーとして今まで数えきれないほど危険な目に遭ってきた。それこそ一度や二度死んでて
もおかしくはねえ」
お兄さんの両手が宙で固定される。僕にはその手の中にはっきりとライフルの銃身が見えた。
背筋がぞわっと泡立った。
「スコープを覗く瞬間、それは命のやり取りをしてる瞬間さ。心臓を鷲掴みにされたみてえに冷や汗が
噴き出すし、恐怖が判断を鈍らせる」
その瞬間の気持ちが痛いほど伝わってくる。それは美術品と死闘を繰り広げる時の感じによく似ている。
「けどな、俺はこうやって生きてる。恐怖に負けそうになった時もあった。そんな時は何も考えないで、
ただひたすら前に進めばいいんだよ」
なんでだろう。この人の言葉を聞いていると、胸の奥に熱い、魂が打ち震えるような奇妙な感覚が湧
き上がってくる。
「今、お前はどうするか迷ってんだろ? だったら迷う必要はねえ。足を踏み出して前に進めばいいんだよ」
もうそれ以上の言葉は要らなかった。お兄さんに強く背中を後押ししてもらった僕は迷わず車外に飛
び出した。
「ありがとう、運転手さん!」
お兄さんは何も言わず、僕に向けて親指を立てた。
――余談。
「おいクルツ」
タクシーに備え付けられている物とは別に耳に付けた通信機から若い男の声が聞こえ、クルツと呼ば
れた金髪の青年はそれに答えた。
「なんだソースケ?」
彼の視線は目の前に停まっているタクシーに向けられている。通信している相手はその運転席にいる
人物だった。
「なんだじゃない。民間人にミスリルのことをほのめかすとはどういうつもりだ?」
クルツの軽い調子とは正反対に、ソースケの声は緊張に満ちたものだった。
「いいじゃねえか。ミスリルの名前出したわけじゃないんだしよ」
「しかし、それでもミスリルの情報が漏洩する可能性はゼロでは……」
「ったく、どうしてお前の頭はそう固いんだよ」
「お前が何も考えなさすぎなだけだ」
考えて行動する挙句にいつも周囲に甚大な被害をもたらすお前に言われたくねえ、と胸中で毒づいた。
「とにかく除隊届けを提出したくなかったら今後は気をつけろ」
真剣な口調で注意を促がすソースケに対し、クルツはやはり軽い調子で頷いた。ソースケにしは珍し
く溜め息を吐き、思い出したようにクルツに訊ねた。
「ところでどうして俺たちはタクシーのドライバーなどしているんだ? そういった指令を受けた覚え
はないんだが」
「作者の気まぐれだろ。余計なことは考えんな」
言われたことが理解できずに頭の中で疑問符が渦巻いていた。
「おら、さっさと車出せよ。ケツに突っ込むぞ」
「了解。まだ分からんところがあるが、その点は後で報告書にまとめておこう」
「ご苦労なこって」
そして二台のタクシーは街のどこかへ消えていった。
「ここが、ラブホテル……」
初めて目にするラブホテルの一室、その内装を気恥ずかしさと好奇心が入り交じった視線できょろき
ょろ見ていた。
イメージとしてはピンク色の照明に鼻について胸がむかむかするような匂いが漂っていると想ってい
たけど、実際は以外にも清潔な雰囲気が漂っている。壁にも床にもベッドのシーツにも汚らしいシミな
んか付いていない。本当にただのホテルに来たような感じだ。
が、これはあくまで最初に感じたもの、第一印象だ。細かいところに目をやると、やはりここはそう
いうことをするようなところなのだと再認識させられた。
ベッドの傍に一台のテレビとビデオデッキが備え付けてあり、卑猥なタイトルのビデオテープがずら
りと並んでいる。『家庭教師3』『隣のお姉さん』『母娘相姦』『教師と
(何をチェックしているんだ僕はぁッッ!)
危うくこの部屋が発する妖しい空気に呑まれるところだった。視線を留めておくと妄想ばかり膨らん
でしまいそうなのでまた泳がせた。と、部屋の隅にある木製の器具が目に留まった。その形状は女性が
出産する時に乗せられる分娩台にそっくりだ。左右に突き出た可動式の板の上に女性の脚を乗せ、ぱっ
くりと秘裂が拝めるようになっている。身体が未成熟な中学生なら二人乗せれるかもしれ
(なにをかんがえてるんだぼくはぁぁッッッ!!)
ダメだ。僕はもう人として終わってる。自分の最低ぶりに嫌気がさしがっくりと膝をついた。
「この向こうに二人がいるのね」
僕の苦悩は露知らず、沢村さんが壁の前に立って耳をくっつけた。
「…………あんまり聞こえないわね」
一度壁から離れて風呂場の方へ向かい、手にコップをもって戻ってきた。どうやら洗面所から拝借し
てきたようだ。今度は壁にコップを当てて隣の音を聞いている。
「いくらなんでも露骨過ぎるよっ」
隣の二人に悪いと思った僕は見かねて彼女に近づいた。
――その時、部屋中に女性の喘ぎ声が響き渡った。慌てて音源の方を振り向くと、福田さんがベッド
に座ってテレビを見ていた。僕の位置からちょうど画面が見え、そこには男性と女性が交わる姿が映し
「ぬぅぁに見てるのぉぉぉッッッッ!!」
超速で福田さんの横に一っ跳び。その肩を揺すった。
「…………へ?」
振り返った彼女の鼻から鮮血が一筋滴っていた。
「興奮しすぎっっ!」
すばやくティッシュを摘み取り、鼻血を拭いて栓をした。
「あぅ、あびばと(ありがと)」
思いっきり聞き取りづらい声で福田さんがお礼を言い、再びテレビへと向き直った。
「いやいやいやいや、見ちゃだめだってば!」
「んもう、ちょっとうるさいよ」
苛立たしげな声をあげて沢村さんが睨んできた。
「はぁぁ……なんで、なんでこんなんなっちゃうんだよぉぉぉッッッ!!」
二人の女子が壊れたことを大声で嘆いた。
「――隣、騒がしいね」
「そんだけ激しいんだろ」
関本と石井は隣室からくぐもって聞こえる声のような音に耳を傾けていた。ベッドの上に重なるよう
にして横になり、今まさに行為を開始しようとするところだった。
「じゃあ私たちも。ね」
「お、おお……努力する」
彼女がねだる時は大抵無事に帰れないことを身体に教え込まれた関本は少しだけ胃の上辺りがきりき
り傷むのを感じた。それでも一度知ってしまった彼女の、女性の身体にどっぷりと溺れた関本はゆっく
りと唇を重ねた。
「んん……ふゥ、んッ!」
口の隙間から漏れる甘い吐息が二人の興奮を徐々に高めだした。
「巧くなったね」
「おかげさまで」
求めるような口づけを交互に交わし、唇が混ざり合った唾液で溶けるように濡らされた。
十分に身体が火照ったところで、関本の手がまだ服に包まれている彼女の胸へと伸び、粘土を慣らすよ
うに優しく、柔らかく撫で回す。彼女の呼吸が荒くなると、身体の硬さが抜け、腕の中の女性はすっか
り熱気と湿り気を帯びていた。
彼女が誘うように上着の裾を捲くると、桜色の小さな隆起が顔をのぞかせた。
「下着つけてなかったのか」
「擦れて、気持ちいいんだよ?」
言葉どおり彼女の乳首は十分に充血していた。目を奪われ、溜め息を漏らしながらそれへしゃぶりついた。
――何なんだこの状況は。
無言でベッドに腰を下ろし、女性が激しく乱れ悶え苦しむ様を映し出すテレビに見入っている。
――三人で。
「……」
「……」
「……」
女の子と一緒にAV鑑賞という現実離れしたふわふわした感じがなんとも奇妙だ。ちらっと横を見る
と二人が上体を前に出して画面に喰らいついている。白のガーターを身に着けたお姉さんが上位で腰を
振るのを眼が血走りそうなほど見開いて、脳裏に焼き付けようとしてるみたいだ。
「はぁぁ……」
お姉さんがフィニッシュを向かえ、テープがビデオデッキから吐き出されると、沢村さんが一息吐いた。
その声が凄く艶のあるものに聞こえ、下半身がビクッと反応した。
福田さんが無言で別のテープをデッキに入れ、再び鑑賞会が始まる。これで、確か五本目だったと思う。
テレビには大人しそうな委員長がクラスの男子に輪姦されるという、女優の演技もあいまってなんと
も寒い作りのものだった。それでも二人は熱心に委員長が犯されるところを見ていた。
そして僕自身も、ビデオのデキはともかくとして、下半身は元気になっていた。散々えっちはしてき
たけどエロビデオを見るのは初めてで、他人の痴態を見るといういつもと違う行為に新たな興奮を覚えた。
が、それはともかくとして二人に下半身のテントを見られたくはないので上体を不自然なほど曲げて隠した。
目の前では女性の顔に大勢の男子が精液を降りかけるところだった。
そこで僕は横からの視線に気づいた。顔を上げると沢村さんが僕の顔を穴が開くほどじぃっと見ていた。
どうしたのか聞こうとしたけど、その眼から発せられる熱気というか殺気というか、とにかく身体にま
とわりつくような異様なプレッシャーを感じ、そして――
「丹羽くんっ」
「ああ――」
みゆきは通常の三倍の速さで大助をベッドに押し倒した。二人の裸体がベッドへと沈む。
「沢村さん、なにを」
大助が腹の上に跨る彼女から逃れようと身をよじるが、通常の三倍の力で腕を彼を押さえ込んだ。上
位をとる彼女の顔は上気し、妖しさと熱を孕んだ視線を大助に向けている。
どこで手に入れたのか、ガーターに包まれた白い脚が、歳不相応な大人の色気を醸していた。
「なにって、これからいいことするんだよ」
身動きの取れない彼に、自分から唇を重ねにいった。
「んむ――っ」
驚きの声をあげる大助の目を見つめながら、彼女はさらに唇を貪った。唇を濡らし、舌を挿入し、歯を、
歯茎を、口蓋を犯していく。その度にぴくっと反応するのを楽しみ、彼へ対する征服感を大きく肥大さ
せていった。
「気持ちいい?」
嬉しそうな笑みを浮かべて訊ねる彼女に、大助は答えることができずに喉から掠れた呻きを漏らした。
「気持ちいいでしょ? もうこんなになってるんだもん」
「はぁッ!」
後ろに右手を回し大助の血液が溜まっているそこを指先でさすると、力強く脈動する音が手に伝わっ
てきた。先端を紅弁にあてがい、焦らすように腰を回し、大助が喘ぐのを悦に入った表情で見下ろしている。
「入れたい?」
すでに二人の間には絶対の上下関係ができていた。余裕に満ちた年上のお姉さんのように言葉をかけ
る彼女に、大助は素直に頷くしかなかった。
「あは。じゃあ入れるね」
そそり立つものがずぶずぶと呑み込まれるように彼女の膣内へ陥入していった。
――「ぶっ」のような「ぼはっ」のような、とにかく例えにくい音を立てて沢村さんが鼻から鮮血を
撒き散らしながらベッドに倒れ込んだ。
一瞬だけ事態を把握できなかったけど、すぐさま肩に手をかけて彼女の身体を揺すった。
「だ、大丈夫!?」
耳元で聞いても何も反応してくれない。身体もぴくぴく痙攣している。顔色も悪い。
「貧血!? 鼻血の出しすぎっっ!?」
飛び散った鼻血を見ると、吐血でもあったんじゃないかと思えるほどの量の血が床にべっとりとシミ
を作っていた。さすがにこの量はまずい。とにかく冷静に対処しないといけない。
「福田さんっ、福田さんも手を貸してってまだ見てるのッッッ!?」
横の騒ぎはなんのその、テレビの中で凌辱される委員長をまだ見ている。
「ねえ福田さんっ!」
肩を掴んで身体を揺すると――
「福田さんっ」
「きゃ――」
律子の肩を掴んだ大助は強引に彼女を抱きしめた。放課後、朱色に染まる誰もいない教室の中では、
彼女の小さな悲鳴が一際大きく響いた。
「だ、ダメ……」
腕の中で暴れる彼女を身動きができないくらい強く抱きしめる。道徳に背く行為が外から見えぬよう
教室の隅で、カーテンに包まるようにその身を隠した。
「でも僕は、もう……」
何故か学ラン姿の大助が、これまた何故かセーラー服姿の彼女の耳元で搾り出すように囁いた。
「――僕の気持ち、知ってるよね?」
「ひゃぅッ」
大助の手が、スカートに隠れる彼女の張りのある太腿に這わされたことで咄嗟に突き飛ばそうとするが、
身体に食い込むほど強く回された彼の腕は解けることはなかった。
「ぃや、止めてっ」
「いやなの? そうじゃないでしょ」
太腿に這わされていた指がショーツ一枚で覆われたあそこへ伸びた。そこはすでに薄っすらと、指に
絡みつくような湿り気を帯びていた。
「ね? こうされたかったんでしょ」
「ち、ちが……ッ!」
抗弁しようと顔を上げた彼女の口に吸い付くように唇を重ねた。涙が滲む瞳が驚きに見開かれるのを
彼は見逃さず、心の底から悦びが湧き上がってくるのを感じた。
「好きなんだ。福田さんのこと」
「あ、ああッ」
言葉と指の二重の攻めに、彼女の胸の動悸は非常に激しくなっていた。
「私、私もっ、丹羽くんのこと――」
本心を告げようとする彼女に再び口付けた。それ以上言葉は必要ないといわんばかりに強く、淫らに、
乱暴に彼女の唇を求めた。西日のせいか、真っ赤に焼ける彼女の顔に興奮した大助はショーツをずらし、
彼女の、まだ純血を守るそこに指を挿入していった。
――こてっと倒れてしまった。デジャヴを感じた僕は、さっきより幾分早く状況を飲み込めた。
「こっちも!?」
福田さんの鼻からもどばどばと不自然なほど大量の血液が流れていた。さっき栓をしたはずなのに、
まったく意味を成していなかった。足元には殺害現場のような血だまりが一つだけできていた。鼻血を
出しながら見続けていたようだ。凄い執念だと感服した。
どうやら女子中学生二人にはここの雰囲気は刺激が強すぎたようだ。ぐったりとベッドに横たわる二
人は少し苦しそうに胸を上下させ、乱れた衣服が僕の煩悩を刺激してくる。
(――じゃなくて!!)
そうだ。まずは二人を介抱しないといけないんだ。今日何度目かの本能の暴走を寸前で抑え込んでから、
あれやこれやと貧血を起こした二人の世話をした。
ベッドにきちんと横たえ、頭に濡れタオルを置いて安静にさせた。多分、これでいいと思う。
間違ってても、まあ大分落ち着いてきているからよしとしよう。
一息吐いてベッドの端に腰を下ろして二人の様子を窺った。衣服からすらりと伸びた手足が薄く汗ば
んでいる。呼吸をする度に上下する双房の動きが堪らない。内腿に手を這わせても、今なら気付かれな
いんじゃないだろうか。
「…………」
一通り妄想し、トイレに駆け込んだ。
――息も絶え絶えといった真理の喘ぎが部屋に反響している。
「い、いッ。凄いよ関本くんんんッッ――」
後背位から秘裂の上にある窄みを貫かれ、ベッドの上で狂乱したように淫らな姿を晒していた。さす
がに十二発目ともなると、腰の動きも遅くなり、肉棒の感度もかなり鈍くなっていた。動けども動けど
も感じるのは膨張の表面を擦りあげる腸壁が与える鈍痛。射精感はどこかにいってしまい、内側を駆け
上がってくるものはない。
「あンッ、だ……めぇッ。お尻、イッちゃうぅぅぅッッッ――」
それでも彼が動き続けるのは、彼女が狂喜する様に胸の奥がぞくぞくと波打つように悦びが溢れてくるからだ。
宣言どおり、彼女が二、三度大きく身体を震わせ、括約筋が小刻みに痙攣した。噴き出す潮がお小水
を漏らした子どもが作るようなシミをシーツに描き出した。
収まりをみせない怒張を、擦られる痛みを我慢しながら引き抜いた。尻を突き出していた真理の身体
が崩れ、彼女の肛門がぱくぱくとそれを求めるように口を動かすのを見、少しだけ下半身が疼いた。幾
度の射精によりすっかり穢れた縦裂にもそそられる。
が、それ以上動く気力が湧かない彼は天井を仰いだ。
「っくはぁぁーッ。今日は、もう勘弁だぞー……」
ベッドに手をつくと、指が股間をしゅしゅっとまさぐる感覚が伝わってきた。
「…………ん?」
ひどく奇妙な気がし、視線を落とすと、そこには両手を使って竿をしごく彼女の姿があった。
「ちょっと待てぃっ! 今イッたばかりだろ!?」
「でも、まだこっちは満足してないみたいだよ?」
上目遣いで言いながら、指先で鈴口をくにくにと弄られたことで下半身の疼きが次第に強くなってきた。
「いや、でももうこれ以上やったら……」
自分が壊れてしまいそうな気がして少し躊躇ったが、そんなことは彼女に関係なかった。
「勃ってれば出ちゃうって」
彼女が腰の上に跨り、愛液と精液の涎を垂らす口に硬く張りつめたものを咥え込んでいった。根元ま
で呑み込んだあとは雁のくびれすれすれまで腰を浮かせ、また根元まで喰らっていく。何度も繰り返し
ていると、連結部から濁った液が次々と溢れてくる。
「関本くん、動かなくっていいよ。私が、イかせるからね」
「ぅぁあ……」
腰の動きが激しくなり、二人の間に幾筋もの糸が引くほどの体液が滲み出してくる。もう限界だった
はずが、彼女に、それこそ最後の一滴まで搾り出されるような上下運動のために下腹の奥から熱く滾っ
た欲望がじわじわとせり上がってきた。
「お、俺もう……」
「イく? イッちゃうの? まだダメ! 私と、一緒だよッ」
びちゃびちゃ音を立てて二人の腰がぶつかり、一度死んだ彼の動きも淫猥な空気にあてられ復活した。
下からリズムよく突き上げられ、子宮の奥まで抉られる感覚に、涎を垂らして悦びを露わにしながら彼
女は乱れ狂った。
「奥いいッッ! きゅうってなっちゃうッッ! きゅうってしちゃうぅっっ――ッ!」
悶え苦しむ声を聞き、彼は奥まで突き上げた。内臓すべてを揺り動かされる錯覚を身体に感じ、頭の
中が快楽の洪水で掻き乱された彼女は全身を収縮させ、彼の身体に身を委ねた。
「お、おい」
死んだようにぐったりとした彼女を揺さぶってみるが何も反応を示さない。完全に意識が吹っ飛んでいる。
「…………」
ここで止めようかと思ったが、一緒にイこうと言っておいて自分だけかよ、みたいな思いが渦巻き、
未だ彼女の胎内で疼きを納めたがっているものがあるので仕方なく彼女をベッドに寝かせ、正上位で腰
をぶつけて最後の射精をしておいた。
幾ばくかの虚しさが彼の胸中に残った。
「――あ……」
ベッドから立ち上がろうとする福田さんがバランスを崩し、危うく床にぶつかるというところでその
身体を支えた。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがと」
彼女の腕を首に回し、肩を抱えて立ち上がると、
「いいよ、そこまでしなくって」
そう言って腕を振り解こうとするけど、僕もここで何もしないほど無責任じゃない。
「無理はしちゃいけないよ。倒れたりしたら心配だよ」
彼女はまだ何か言いたそうだったけど、口に出させるより先に僕が別の人物に声をかけた。
「沢村さんもこっちきて。肩貸すよ」
福田さんより先に目を覚まし、ベッドに腰を下ろしていた沢村さんは顔色も少しよくなっている。
僕と福田さんの顔を交互に見て、
「……仕方ないからね」
いやいやといった感じで腕を回してきた。
「でもあの二人が何してるか、結局分かんなかったね……」
「だよね。何しにきたのか分かんないよこれじゃ……気分悪いし」
あんなことがあったらしょうがないと思いつつ、僕は部屋を出た。
「あ」
横から間の抜けた声が聞こえ、振り向くと、
「あ」
僕と同じように石井さんに肩を貸して部屋から出てくる関本とばったり出くわした。
しまったと思った。尾行のつもりが出くわしてしまっては元も子もない。適当な言い訳を考えようと
していると、まるで珍妙な生物を見たかのように関本の目が丸くなり、横に抱えた二人を見てその顔が
紅く染まっていった。
「お、おま、お前、お前らっっ! 一体何してんだよ!?」
「何って……」
「丹羽くんどうしたの……って、関本くん!?」
「んん……? うわっ、見つかっちゃったの!?」
二人も関本の存在に気付いて慌て、に、さらにその騒ぎが聞こえたのか、関本が抱えていた石井さん
が眼を覚ました。寝惚けている半眼で、見つかってしまったことに冷や汗を垂らしながら立ちつくす僕
らを捉え、一言だけ言い放った。
「…………どっちが美味しかった?」
次回 パラレルANGEL STAGE-11 同業者