夢の中。  
「……」  
「……」  
やることをやるためにここにいるんだけど、そんな気分になれない。  
「……」  
「……」  
二人を好きになってしまった自分に嫌悪感を抱いていた。  
「なあ、主」  
「ご主人様ぁ」  
座り込んでいた僕の頭上で、さっちゃんとレムちゃんが心配気な顔をしていた。  
「なに?」  
なるべく普通に答えたつもりだったけど、力がこもっていないのが自分でも分かる。  
二人が困ったように顔を見合わせてからまた声をかけてきた。  
「主が悩むのも、まあ、なんだ」  
「分かりますけど、しょうがないのですよ」  
「しょうがない、のかな……」  
僕は原田さんと梨紅さんの、どちらも好きになってしまうなんて事実を認めたくない。  
「そう、しょうがない。あの娘らは双子ではないか」  
「そうですよ。だから、どっちも好きになっちゃったのですよ」  
「双子、だから……」  
そんな安直な理由で二人を好きになるなんて、絶対に間違っている。  
頭を振って、それ以上話をする気はないという意思を示すと、二人が小さく息をついた。  
 
しばらくの間、静寂がその場を支配し、さっちゃんが軽い調子で口を開いた。  
「さて。悩みは悩み。行為は行為で割り切ってやろうではないか」  
「うんうん!それがいいですっ」  
「行為は……って、今日もするの!?」  
さすがに今日はやる気も何も起きない僕は断固として拒否した。  
「何を言うか。主が精を注がなければ我らは餓死するのだぞ」  
「そうです、死んじゃいますよ」  
「一日くらいしなくても餓死なんてしないよ。それに今日はそんな気分になれるわけないし」  
「だからその悩みごと我らにぶつければよかろう」  
「そうです、ぶつけるのです」  
「ぶつけるとかそんな、……うわ、わあぁっっ」  
僕の気持ちなんてお構いなしに二人が抱きついてきた。  
じたばたともがいても人外の力――ただの馬鹿力かもしれないが、その力で押し倒された。  
「は、放してよっ!」  
「ええい、暴れるな。主の一物を噛み切るぞ」  
「ひっ……」  
さっちゃんの脅し文句に一瞬怯んでしまった。  
その間に彼女は僕のふにゃふにゃのペニスを舌で優しく愛撫する。  
「さあさあ、こっちの相手をお願いします」  
「んんうっ!?」  
レムちゃんの腰が顔に座り込んできて隙間なく密着した。  
甘酸っぱい刺激臭が鼻腔と口内に拡がる。  
完全に股間に覆われていた顔をなんとか呼吸ができるように鼻のところまで引きずり出した。  
唇が彼女の陰唇と触れ合う位置にきた。  
「あぅんっ。しっかりクンニしてください」  
どいてほしいと言うつもりで口を動かすが、それが気持ちよかったのか、さらに股間が吸い付いてきた。  
「い、いいのですっ!」  
ほんの僅かしか動かしていないのに、レムちゃんはすぐに悦んだ。  
「ふふ。元気になってきたではないか」  
僕のペニスを見ていたのか、さっちゃんが嬉しそうに言う。  
ぎゅっとそれを握られる感覚に思わず身体が仰け反った。  
 
なんだかんだ言って結局は女性の身体に興奮させられてしまい、ひどく惨めな気分になってきた。  
ペニスを擦られるたびに声が漏れ、それがさらにレムちゃんに快感を与えていく。  
肉棒が硬くなり、快楽を求めるように強く脈打つ。  
口の中にはレムちゃんの秘壺から溢れる愛液がとろとろと流れ込んでくる。  
早く、もっと強い刺激が欲しいと願う自分がいる。  
さっきまでの暗い気分はどこへ行ったのか、すでに性欲しか頭の中にない。  
しかしさっちゃんはそんな僕を焦らし、玉を唇で挟んだり舐めたりしかしてこない。  
焦らされて溜まる欲求をぶつけるようにレムちゃんの秘唇に強く吸い付いた。  
その刺激が激しすぎたようで、彼女が逃げるように腰を浮かせた。  
僕はそれを逃がさないように両腕を彼女の腰に回して顔のほうに引き寄せた。  
この娘の反応は可愛い。やはり虐めたくなる。  
舌をいやらしい割れ目に這わせ、愛液を掬い取るように舐める。  
けどそこからは粘液がなくなるどころか次々に溢れ、口の周りをべとべとにしていく。  
舌を秘穴に突き入れると、熱い柔肉が舌先に絡みついてきた。  
膣口から尿道、そしてその上にあるクリトリスを舌で擦りあげた。  
彼女がびくびくと震え上がるのがよくわかる。  
硬くなりつつある陰核を形が変わるほど激しく舌で弄り回した。  
一際激しく背中を反らし、熱い体液が肉壺から僕の口へと垂れ流されてきた。  
レムちゃんの上体が崩れ、お尻を突き出す格好でぺたんと地面に倒れた。  
「なんだ、もうイッてしまったのか。情けない」  
未だに焦らし続けているさっちゃんが嘆息混じりにそう言った。  
「いや、構わないし」  
僕のペニスを弄っている彼女の肩を掴んで一気に押し倒した。  
「こ、こらっ!いきなり何をするかっっ!」  
驚いて喚き散らすさっちゃんを、今度は僕が力で押さえつけた。  
「いいんだよ、もう。やらせてよ」  
心の中はとても無気力なのに、下半身だけは異様にいきり立っている。  
「やら……っ!待て待て、まだ我の準備ができて」  
「いいから、さ」  
とにかく今は行為に没頭したかった。  
煩わしいことを考えるのは、また後にしよう……。  
 
 
目を覚ましていつものように処理と着替えを済ませてキッチンへ下りた。  
夢の最後、さっちゃんとレムちゃんがぐったりとして、それでも僕は二人を攻め続けていた。  
(なにやってんだろ、僕……)  
あれじゃあ本当に二人に対して僕の悩みごと性欲をぶつけたみたいだ。  
最低なことをした気がして、暗い気持ちのまま食卓についた。  
「おはよう大ちゃん」  
「よお」  
母さんと父さんに返事をして目の前に置かれた食パンを齧った。  
しばらくすると、いつものように母さんが今日の仕事の話をしてきたけど、半分以上聞いていなかった。  
「――わかったよ。それじゃ行ってきます」  
食事を終えた僕が席を立ち、鞄を手にした時、  
「大助」  
リビングでソファに腰掛けてテレビを見ていたじいちゃんが声をかけた。  
「すまんのう」  
「え?」  
何故じいちゃんが謝罪の言葉を口にしたのか、その時の僕には分からなかった。  
 
 
U-Bの教室に入るとすぐに関本が話しかけてきた。  
「よー」  
「ん、おはよう」  
「ちょい、こっち来い」  
呼ばれるまま関本の傍へ歩み寄るとがしっと首に腕を回され、  
「あれ見ろあれ!!」  
「あれ?」  
「冴原だよ!!」  
指で指し示されたほうを見ると、冴原が席に座って頬杖をついて窓の外を眺めていた。  
「……何やってんの」  
「知らねーよ。ずーっとああなんだよ」  
「……」  
ずっと窓の外を見ていたかと思うと、その視線を落として深い溜め息をついた。  
「き、奇行だ……ッ」  
「怖い、怖いんだよあいつが!!」  
関本と抱き合って教室の隅で震えていた時に不意に気付いた。  
「そういえば日渡君は?」  
「ん、ああ。まだ見てねー。欠席じゃねーの?」  
(欠席、か)  
頭をかすめたのは昨日欠席した梨紅さんのことだった。  
それに連鎖するように原田さんの顔も頭に浮かんでくる。  
(今日は、二人ともきてるのかな)  
二人のことを思うだけで胸が焼けるようになり、刺されるように痛む。  
「昨日ちょっとやりすぎちまったかもな」  
関本が言ったことに笑い、なんとか気持ちをごまかした。  
 
その日、僕は不自然なほど原田さんと梨紅さんから距離を置いていた。  
極力二人のほうを見ないように、思い浮かべないように一日を過ごした。  
放課後も原田さんに捕まらないように早々に教室を飛び出した。  
「だ、大助ぇぇぇっっっ!!」  
とても苦しげな声で名前を呼ばれ、はっと振り返った。  
そこには、まるで蛸のような冴原に絡みつかれた関本が息を荒らげて立っていた。  
「な、なんだよそれ!」  
一種異様な光景に僕も声を荒らげた。  
「俺の、俺の一生の頼みだっ。助けてくれっっ!」  
 
「――で、助ける方法っていうのが」  
「ああ。ここに来ることだ」  
冴原に絡みつかれたままの関本が言ったこことは、今僕らの目の前にある邸宅のことだ。  
「なんで、日渡くん家なのさ」  
ここに住んでいるのは、クラスメイトの日渡くんだ。  
「さーな。冴原がどうしてもここじゃないとダメだっつってな」  
関本が日渡くんの家のチャイムを鳴らした。  
軽い呼び出し音が響き、すぐに玄関扉が開かれた。  
「はい……」  
顔色が悪い日渡くんがぬっと顔を出した。  
「こんにちは」  
「よっ」  
「元気かー?」  
思い思いに声をかける僕らを、彼は家の中に招き入れてくれた。  
 
「そういえばさ」  
「なんだ?」  
日渡くんの部屋にお邪魔してから彼に訊いた。  
「両親とか家族はいないの?」  
彼の家に上がってから、家族の姿は見ていない。それどころか他に人がいる気配もない。  
「家族は両親だけだ」  
「父さんと母さんはどこに?」  
「外国だ。二人とも奔放とした性格でね、家に帰ることは稀だ」  
そう聞いて、僕は父さんのことを思い浮かべ、似ているところがあるなと思った。  
「病院には行かないの?」  
「もう行った。どうも当たり所が悪かったようだ」  
ぽんぽんと自分の頭を叩いてみせる。一歩間違えば洒落にならないところだ。  
「関本も反省してるしさ、怒らないでやってよ」  
「丹羽がそう言うならそうする。ふふふ」  
「は、ははは……」  
最後の笑みが余計だ。  
「おーい。メシできたったよ」  
関本の声が僕と日渡くんに聞こえた。  
冴原がキッチンを借りて料理を作っていたが、終ったみたいだ。  
ラーメンを持った冴原と関本が部屋に入ってきた。  
 
「というわけで、だ」  
ラーメンを食い終わって箸を置くと、冴原が僕ら三人の前で口を開いた。  
「今度はオレ様の相談を聞け!!」  
頬を赤く染めてそう言う冴原は、言っちゃ悪いけどちょっときしょい。  
「そういやさ、なんで日渡を頼ってきたんだ」  
関本が口にした疑問を僕は初めて気になった。  
「俺を頼ってるのか?」  
冴原が頷く。  
「お前の力が必要なんだ」  
「そうか。俺が出来ることなら力になろう」  
「すまねえ、日渡っっ!!」  
がしっと二人が手と手を取り合った。熱い友情の灯火が見えた気がした。  
「んでだ。これを見ろ!!」  
冴原が懐から取り出した写真を僕らの前に突き出した。  
「女の子の写真……?」  
写っていたのは、髪の長い、なかなか可愛い女の子、歳は僕らとそう違わないようだ。  
「昨日ダークから予告状が着ただろ?」  
冴原の口から、その女の子のことが語られた。  
 
(原作どおりなので略)  
 
「だから日渡!!」  
冴原が日渡くんに向き直り、頭を下げた。  
「この女の子がどこの誰か、お前の力で調べてくれっっ!!」  
一息置いて、日渡くんがノートパソコンを引っ張り出した。  
「力が必要って、それのことか?」  
「おお。こいつならこの街のいろんなことを調べてくれるからな」  
「いろんなことを……」  
それは便利だなと僕らで話していると、日渡くんが結果を伝えてきた。  
「この街の住人じゃあないようだな」  
「マジかよ……」  
冴原ががっくりとうな垂れた。  
「それに妙なこともある」  
「なんだ」  
「冴原がラガリス美術館に行ったという時刻の、そのすべての監視カメラの映像を盗み見たんだが」  
ふっとそこで息をつき、パソコンの画面から顔を上げた。  
「そんな女の子はどこにも映っていないんだ」  
日渡くん以外の三人が、その言葉に息を呑んだ。  
女の子がいない。その不可思議な現象の前に、僕らは何も言えなかった。  
 
夜。八時二十分過ぎ。  
「それが事実なら、なんとも奇妙な話だな」  
「うん……」  
「今日盗む予定の美術品に、そんな力があるのでしょうか?」  
「分かんない。母さんからも聞いてないし」  
「考えるだけ損だな。行けば分かる」  
「そうだね、それが一番だね」  
足元で転がっている警官隊の間を縫って、僕は今日のターゲットが寄贈されているところへ急いだ。  
黒髪の青年姿。背中には翼。右手には紅く光りを放つ剣。左腕には蒼く周囲を染める盾。  
二人を連れて盗みを働くのは今日が初めてだけど、驚くほど順調に進んできた。  
「ご主人様、今夜もちゃんといたしてくれるのですか?」  
「いたすって、そんな……」  
「拒否は認めんぞ。昨日はさんざん可愛がってくれたしな」  
「あ、あれは、その……」  
『今日は二人で可愛がって』「やるぞ」「あげるのですっ」  
「……死なない程度に」  
『とことんっ!』  
二人揃って辱められたのが堪えたのか、今日はいやに気合が入っている。  
(もてば、いいけどね)  
今日のところは腹をくくった。  
 
「ん?」  
「あわわっ!?」  
「あれは……」  
僕らは、目の前のあらぬ光景に声をあげた。  
今日のターゲットの展示台の上に、少女が腰掛けている。  
金色のロングのポニーテールとおとなしい感じのドレスが、風もないのになびいている。  
女の子が僕のほうを向き、そこではっきりと確信した。  
「あの子だ、冴原が見たのは」  
「ほお」  
「かわいこちゃんですねぇ」  
僕は美術品の方に、彼女の方に足を進めた。  
「……これを、盗りに来たの?」  
「うん」  
彼女の表情が悲しげに翳る。  
「だったらお願い!もう一日待って!そうしたら、渡すから」  
目に涙を浮かべながら僕に懇願してくる。  
「……ダメ?」  
そう言われて盗れるほど、僕は非情になれなかった。  
 
 
「主は可愛い、可愛すぎるぞ」  
さっちゃんが今日のことをけらけらと嬉しそうに話してくる。  
「う、うるさいっ!!」  
「お願いですぅ。もう一日待ってくださいぃ……ダ・メ?」  
「ふふ、君みたいな美人のお願いは聞くぞ?」  
「そそ、そこまで言ってないだろ!!」  
「同じようなものであろう」  
「そうなのです、同じなのです」  
家に帰り着いてからずっと二人にからかわれていた。  
美術品を取ってこなかったことで母さんに怒られると思っていたけど、  
じいちゃんが母さんをなだめてくれたおかげで事なきを得た。  
「二人ともうるさい!まったくもお」  
「ふ、それだけ元気があれば、昨日よりマシだな」  
「うんうん、昨日はひどすぎでした」  
「ぐっ……。もういいよ、勝手にして」  
夜のことを楽しみにしている二人は放っておいて、ベットで仰向けになってあの子のことを考えた。  
「……どうやってあそこまで入り込んだのかな?」  
「気になるか、あの娘のことが」  
「そりゃあね」  
「そうですか……」  
それっきり二人は黙り込んでしまった。僕もそれ以上口を開こうとしない。  
(そうだ、冴原……教えてあげなきゃ……)  
 
 
「で、冴原とかいう小僧に昨日のことを教えるのか」  
「そのつもりだよ」  
学校へ行く準備をしている間、さっちゃんと昨日のことを少し話していた。  
「いいのか。話せばいろいろと根掘り葉掘り訊かれるのではないか」  
「その辺は……騙し騙しいくよ」  
「今の間は何も考えてなかったとみていいですね」  
「だな」  
「……」  
二対一。口で勝てるわけはなく、僕は言われ放題だ。  
救いといえば、学校に連れていかないでよくなったことだ。  
(でもそれだけで大分マシだけどね)  
学校に着いて冴原の姿を探したけど、その日、冴原は学校を休んでいた。  
昨日見たあの子のことを教えられなかったことを気に掛けたまま、約束の時間になった。  
 
昨日と同じ時間、同じ場所に向かった。もちろん姿は青年のものだ。  
「結局冴原には何も言えないまま、か……」  
「仕方あるまい。間が悪かったと思うしかなかろう」  
「ですねぇ。今回ばっかりは、どうにもならないですよ」  
「……」  
釈然としない面持ちのまま、僕は今回のターゲットであったエゲートリングスが展示されているホール 
へと、  
「待ちやがれっっ!」  
やってきた時、その場に反響する大声とともに、展示台の影から一つの影が飛び出した。  
「てめえには渡さねーぜ!!」  
「――さッ!?」  
冴原だった。  
安全用ヘルメットと金属バットという装備で僕とエゲートリングス、あの子の間を遮るように立ちはだ 
かった。 
冴原がこの場にいることに軽い混乱を起こした僕に向かって冴原がバットを振り回して突っ込んできた。  
「ちょ、ちょっと待って……!」  
「問答無用ォォォ!!」  
制止しようとする声に耳を貸すことなく、冴原にバットで殴りかかられた。後ろに跳んで間合いを取り 
直すが、さらにしつこく追ってくる。  
(しつこいな)  
(しつこいですねぇ)  
(他人事みたいに言うなぁ!!)  
脳内で二人に突っ込みつつ大きく跳びあがり、無防備な彼女の背後に降り立った。  
「あ……」  
「ごめんね」  
小さく驚きの声を上げた彼女の首からエゲートリングスをそっと外し、外しかけたところで、  
「借りるよ」  
『え?』  
間抜けな声を出したのは僕と彼女。見ると、冴原が強引にエゲートリングスを引き千切って逃亡してい 
くところだった。  
「絶対、盗られねーからよ!!」  
「くっ……」  
ホールから伸びる通路に姿を消す冴原の後ろを急いで追いかけた――。  
 
「倉科瑪瑙?」  
その名前を聞いたのは、これから昨日の美術館に行こうとしていた時だった。  
「それが、あの女の子の名前なの」  
「うむ」  
じいちゃんがようやく今回の仕事の、秘密にしていた部分を僕に話してくれた。  
エゲートリングスはじいちゃんがあの子にプレゼントした物だということ。  
今回の予告状を出したのが偶然美術館でエゲートリングスを見つけたじいちゃんだったこと。  
あの女の子がエゲートリングスという美術品に囚われていること。  
そして、その子、倉科瑪瑙さんをその呪縛から解放してもらいたいということを。  
僕は思ったことを素直に口にした。  
「……じいちゃん、その子のこと」  
「それ以上言うでない。恥ずかしいではないか」  
じいちゃんが僕の言葉を遮って可愛らしく照れる姿を見て、少し吐き気を催してみたりした。  
 
「――解けた?」  
階段を駆け上がりながら、僕はさっちゃんとレムちゃんに向けて訊いた。  
「まだだ」  
「身体から離れたくらいでは解けないようですね」  
「やはり破壊するしかないと思うぞ」  
「分かった」  
冴原が逃げた方に向けて走った。行き着いた先は美術館の外壁から突き出した急な屋根であり、その上 
を冴原が綱渡りでもするように不安定に進んでいた。  
「冴原っ!」  
呼びかけると、まるで敵でも見るようにきつく睨みつけてきた。  
「しつけーな!渡さねえって……!!」  
僕に気を取られたせいで足元の注意を怠った冴原が足を踏み外した。  
「ウィズ!!」  
言葉に反応したウィズが僕の懐から高速で飛び出し冴原へ向かった。  
「おわあぁぁぁぁぁっっっ!!!」  
重力に従い落下していく冴原の身体が、地面に到達する前に運良く木の枝に引っかかった。  
衝突の勢いで木の枝は折れたけど、それがクッションとなって落下の速度が遅くなった。すかさずウィ 
ズが冴原の下へ潜り込んでその身体を受け止め、木の下の茂みの中へと姿を消した。  
「危機一髪といったところか」  
「危なかったですねぇ」  
「心臓に悪いよ……」  
 
倉科瑪瑙はエゲートリングスを持って逃げていった少年を追いかけて外に出ていた。  
彼女の耳に少年の絶叫と木の枝が爆ぜるような音が聞こえた。急いでそちらに駆け寄ると、  
茂みの一部が奇妙に荒れていた。  
「死守」  
茂みの中から人の拳が突き出し、それから人影が現れた。  
それはエゲートリングスを守ってくれた少年の、擦り傷だらけの姿だった。  
「……したんだけど、さ。」  
少年が突き出した拳を広げると、  
「悪い……壊れちまった」  
そこには片翼を欠いた鳥のような形をしたエゲートリングスが乗っていた。  
「ごめん……」  
偉そうに守るといい、その結果それを壊してしまった自分の不甲斐なさのせいで、  
その声にはまったく覇気がなかった。瑪瑙はそんな彼の手を優しく握り、そっと囁いた。  
「……ありがとう」  
それだけで消沈していた少年の心は驚くほど軽くなり、張りっ放しだった気が抜けると同時に気を失った。  
「……」  
自分のために一生懸命、我が身を省みず頑張ってくれた少年を見て、彼女は生前、小さな恋心を抱いた 
落ち着いた少年の姿と重ね合わせた。  
 
君のために……盗ってきたんだ  
 
生きていれば直接彼から渡されるはずだったそれを握り締め、瑪瑙は切なさで胸が強く押し上げられ、  
身を屈めて小さな嗚咽を漏らした。  
「もう一度……彼に……」  
「これ、壊れてるけど……」  
彼に会うことなくすべての終わりを覚悟しかけた彼女の頭上から穏やかな、力強い声が降ってきた。  
「これは君が持ってる方がいいと思う……!」  
声の主がしゃがみ込み、彼の手が欠けたエゲートリングスを握る瑪瑙の手を優しく包み込んだ。 
瑪瑙が彼の顔を見、  
その瞬間、四十年以上前、死の影が近づいている自分と時間を共有した少年との日々が鮮烈に甦った。  
今、手を握っている少年は、彼女が永い間待ち望んでいた少年だった。  
 
最後に巡り会えた事に、少女の募った思いは堰を切って溢れ出した。抑えられない恋心は目の前の少年 
が彼女の思い人とは別人だと認識できなかった。大助の首に腕を回し、彼が疑問に思うより早く唇を重 
ね合わせた。  
「ッ……!」  
「ノワッ!」  
「ハワワァ!」  
瑪瑙のいきなりの行動に三者三様の反応を示した。大助は瑪瑙の肩を掴んでばっと引き剥がした。  
「ちょ、あ、の……」  
どうしてこんなことをされたのか訊ねようとするが巧く舌が回らず、しどろもどろしてしまう。 
身体を離された瑪瑙の表情が傷付いたように曇った。  
「私のこと、嫌いですか……?」  
涙で潤んだ眼で哀願するように言われ、大助は言葉につまった。  
「きら、嫌いとかじゃなくて……、なんでこんなことを……」  
「そんなの決まってるじゃないですか」  
瑪瑙が顔を朱に染めて大助に詰め寄った。  
(やられるな)  
(やられますねぇ)  
「や、やられるって……」  
相変わらず他人事のように言う二人に対して大助は怒鳴りつけたい気分になった。しかしその間も瑪瑙 
はずいずい詰め寄ってくる。  
「消えてしまう前に、私に最後の思い出ください……」  
そう言って再び唇を求めてきた。大助はまた拒もうとしたが、直前に彼女が言った台詞が頭に残っていた。  
 
(最後の、思い出……)  
エゲートリングスが壊れた今、瑪瑙がこの世界に姿を留めておける時間はあまりない。  
言葉どおり、彼女にとってはこれが最後になるのだ。  
しっとりと潤った瑪瑙の唇を優しく受け容れた。  
(やる気だな)  
(やる気ですねぇ)  
(まあこれで娘も解放されるだろう)  
(やっちゃってくださぁい)  
いい加減二人の冷やかしに対して拗ねるように怒りが湧いてきた大助は、紅円の剣と蒼月の盾をまとめ 
て脇に放り投げた。  
(あ、こらーー)  
(ひどいですぅーー)  
後で二人に小言を言われることを覚悟しながら、瑪瑙の唇を味わうように吸った。  
「はッ、んむぅ、くん……」  
入念なキスで緩んだ瑪瑙の唇を割って入り、舌を腔内に滑り込ませる。進入した異物に対し、瑪瑙も積 
極的に舌を絡ませる。呼吸をするたびに鼻から漏れる息が二人の頬をくすぐる。舌が痺れるほど激しく 
絡み合わせる。大助の舌が瑪瑙のそれだけでなく、歯茎や口蓋を優しく撫でる。  
空いている両手で瑪瑙の緩やかに膨らんだ胸にそっと触れる。  
「ン……ッ」  
瑪瑙の身体がぴくっと震え身体が仰け反り、互いの唇が僅かに離れた。すかさず唇を貪りにいく。 
胸を触られ興奮したために呼吸が荒くなっている。甘い吐息が伝える振動が、唇を通してはっきり分かる。  
 
「服、脱いでくれる?」  
どうやって脱がせていいか分からない構造の服だったので大助が服を脱ぐように促がすとすっと腰を上 
げて服を脱ぎだした。目の前で行われる瑪瑙のストリップに興奮し、思わず大助は喉を鳴らした。 
透き通るように白い肌に彼の眼は釘付けになった。  
服を脱ぎ終え、ブラジャーとショーツだけの姿になった瑪瑙が大助の腰の上に座り込んだ。  
目の前に迫る双房をブラジャーの上からそっと撫でる。ブラジャー越しでもはっきりと分かる形のよさ。 
同じ程の胸のサイズの梨紅と比べて幾分柔らかい。揉む指を押し返すような弾力性はないが吸い込まれ 
るほどに食い込む。  
彼女の胸を直接嬲るべく、ブラジャーのホックを外して蒼白に近いと言ってもいいほどの肌色の乳にし 
ゃぶりついた。  
「あぁ……」  
乳房の先端を口に含み、瑪瑙の敏感な部分を舌で押すように愛撫する。ぞくぞくと快感が身体を巡り、 
雷撃に打たれたように震える。  
大助が彼女のショーツへ指を伸ばし、恥丘の茂みがある部分を調べる。薄っすらとした恥毛のしょりっ 
とする感触が指を通して分かった。さらに下へ指を這わせると、生暖かく湿り気を帯びた濃厚な空気が 
漂っていた。ショーツの脇から指を滑り込ませ、直接彼女自身に触れた。  
「んぅ…」  
快楽に漏れる声を聞き、大助はたまらない悦びを感じた。指に粘りつく体液を舌で舐めると、酸味を含 
んだ刺激臭が鼻を突き抜けた。  
 
大助が張りつめたテントの中から屹立するものを取り出し、腰に跨る彼女の陰部に亀頭を擦りつけた。 
充血した大陰唇が吸い付くように亀頭に絡み付いてくる。瑪瑙の腰に腕を回し、奥まで一思いに貫いた。  
「んぐッ!」  
反射的に股を閉じて大助の挿入を拒もうとするが、その時にはすでに全体の半分以上が瑪瑙の中に挿さ 
れており、ペニスを強く締めつける結果となった。  
「はぁぁ……ッ」  
それほど発育していない少女の締めつけが熱い。媚薬の中に突っ込んだような錯覚に陥りながら、大助 
は奥までペニスをねじ込むと、瑪瑙がかすれ声で喘いだ。処女の障壁を感じたようだったが、気にせず 
腰を打ちつけ出した。  
「ん、ん、ん、ん……ッ」  
腰の動きにあわせて瑪瑙の断続的な息が響き渡る。中ほどからの締まりはそれほどでもないが入り口付 
近の締まり具合はかなりきつい。搾りつくされるような感覚に襲われながらも、何とか射精を堪え瑪瑙 
を攻め続けた。背中を曲げたかと思うと、大助にしがみつき、小刻みに身体を痙攣させた。大助が塞い 
でいる穴からマグマがどろどろと流れ出し、肉茎を伝い内腿までべっとりと濡らした。  
「イッたの?」  
耳元で囁くと、脱力感に見舞われる身体を大助に預け、恥ずかしげに頷いた。  
大助の背にぞわっと寒気が走った。それは恐怖から来るものではなく、もっと彼女と愉しみたいという、 
果てることのない欲望からくる興奮のためだった。そんな自分に酔いしれ始めた。  
「はぅッ!?」  
挿入したまま瑪瑙を押し倒し、正上位に移行する。両足を肩に乗せ、激しく彼女を串刺しにした。  
一際甲高い声を上げる瑪瑙の身体はピンク色に染まり、ただただ与えられる快楽に身を委ねていた。  
 
眼を覚ました時、瑪瑙さんの姿はなかった。  
「起きたか」  
転がったまま顔を横に向けると、剣と盾も同じように地面に転がっていた。  
「瑪瑙さんは?」  
体力を消耗して重くなっている上体を起こしながら二人に訊いた。  
「主が眠りこけている間に逝った」  
「三十分くらい前でした」  
「……そっか」  
「なんだ。浮かぬ顔をしてるぞ」  
「何か気にしてることでもありますか?」  
今度は二人に訊かれたけど答えなかった。  
(僕は……)  
本当にあれでよかったのか疑問に思っていた。彼女が勘違いしていたとはいえ、僕は身体を重ねてしま 
った。そのことが胸をきつく締めつけている。  
「あー、そういえば」  
僕の気持ちが沈んでいるところにレムちゃんの軽い声が聞こえてきた。  
「瑪瑙さん、ご主人様にありがとうって言ってましたよ」  
「瑪瑙さんが……」  
お礼を言われるようなことをしたとは思ってない。けど、その一言だけで胸につっかえていたものがす 
っと引いた。彼女が笑顔でそう言う姿を思い浮かべ、胸の奥がほんの少しだけ暖かくなった。  
「何を思っておるかしらんが、早く帰るぞ」  
「そうですねぇ。あまりここにいるとあの少年が眼を覚ましますよ」  
「……あ、冴原は」  
その言葉で思い出した僕は茂みの上に落下した冴原の傍へ駆け寄った。まだ気を失ってるけど、酷い怪 
我はしていない。ほっと胸を撫で下ろした。  
「ウィズ」  
冴原の下からウィズがずるずると姿を現した。しんどそうにしていたけど僕を見るとキュッと鳴いて前 
足を振った。  
「帰ろう」  
そう言うとウィズが黒翼へ姿を変え、僕の背中へ装着された。  
 
黒翼を羽ばたかせて対空へ飛翔した。自宅へ向かい風を切っている間、ずっと冴原とじいちゃんのこと 
を考えていた。  
二人とも、瑪瑙さんのことを思っていたに違いない。そんな二人を差し置いて僕がしてしまったことは 
本当に許してもらえないことだと思う。でも、それ以上に二人が真剣に彼女のことを好きだったという 
ことが羨ましかった。今の僕には、自分の気持ちさえはっきりしない状況だから。  
「……僕は、どうなんだろう……」  
さっちゃんにもレムちゃんにも聞こえない小さな声を口の中で発した。  
原田さんと梨紅さん。二人の間で想いが揺らめいている僕は、どうすればいいんだろう。  
答えを見つけることはできるんだろうか――。  
 
 
 
次回、パラレルANGEL STAGE-08 バービキュー・パニーック  
 

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