玄関のチャイムが鳴らされる。  
まどろみかけていた意識が呼び戻され、原田梨紗は玄関まで駆けていった。  
「梨紅っ!」  
ドアを開けると同時に帰りを待っていた人の名前を口にした。  
そして、そこに立っていたのは原田梨紅ではなく、彼女を背負った丹羽大助だった。  
「丹羽くん、梨紅、梨紅は?!」  
「大丈夫。気を失ってるだけだから」  
彼は微笑むが、身体中あちこち刻まれている切り傷が痛々しい。  
「その傷……」  
「そんなことより早く梨紅さんを。雨に打たれて身体が冷えちゃってる」  
「でも、丹羽くんだって傷の手当てしないと!」  
「僕は平気。だから梨紅さんをお願い」  
梨紗の言うことをそっと断り、梨紅を床の上に降ろした。  
「服を着替えさせて身体拭いて、しっかり暖めてあげて」  
「う、うん」  
「じゃあ僕は帰るよ。それじゃ」  
「あ、待って」  
玄関から出て行く大助の背中に呼びかけるが、彼には聞こえないのか、そのまま扉を閉めて 
姿を消してしまった。  
「…………ありがとう」  
彼女は彼に言えなかった台詞を口の中で小さく呟いた。  
 
痛い。身体中がぎしぎしと悲鳴をあげている。  
ここまで歩いてこれたのは原田さんに梨紅さんを探すという約束をしていたおかげだ。  
それが終った今、僕にはもう歩くほどの気力も体力も残されていない。  
玄関を出ると倒れそうになるのを堪え、雨の止んだ世界を踏みしめて歩き出した。  
「終ったか?」  
フラフラと危な気な足取りで歩く僕を支えるように、鏡――ではなく、  
盾を抱え、剣を背負った少女がぴったりとくっついてきた。  
「うん、帰ろうか」  
ウィズを呼ぶとさっちゃんの肩からひょっこりと顔を覗かせた。  
「いける?」  
「キュッキュッ」  
身体が乾いたおかげですっかり元気を取り戻したみたいだ。元気に返事をしてくれた。  
「じゃあ帰ろう。さっちゃん、掴まって」  
ウィズが黒翼に姿を変え、さっちゃんが前から腰にしがみついてきた。  
「うんん、すりすり」  
「……さっちゃん」  
「なんじゃ」  
「どうして股間に顔を埋めて頬擦りしてるの?」  
「おお、悪い。久々の生の男を前に少し自制できなんだ」  
「まあ、いいけどさ」  
ぶわっと翼を扇ぎ、上空へと飛翔した。  
 
「ねえさっちゃん」  
「どうした?」  
前にしがみつかれると飛びにくいと言うと、渋々背中に乗ってくれたさっちゃんに訊いた。  
「どうしてそんな姿になっちゃったのさ」  
「そのことか。説明してなかったな」  
「うん」  
「レムから魔力を譲り受けた時にその量が多くてな、一時的に実体化することでその魔力を 
外へ逃がしたのだ」  
「どうして外に逃がしたの」  
「そうせねば短剣という器に収まりきれぬ魔力が漏れてしまい予測できぬ事態が起こること 
があるからな」  
「そっか。じゃあどうして短剣は崩れちゃったの?」  
「おそらく我の魔力の増強が急すぎて耐え切れなかったのだろう。それにもともと戦闘には 
向かぬ代物であったしな」  
「へー。あ、それともう一つ訊いていい?」  
「何でも訊いてみろ」  
「蒼月の鏡……じゃなくて盾、かな。とにかくさ、今も言ってたレムっていうのは」  
「ああ。察しの通りこれに宿る精霊の名だ」  
盾をこつんと叩いて答えた。  
「ちなみにレムはゴーレムと呼ばれる種族の一人だ。主も聞いたことくらいはあろう?」  
「ゴーレムって、なんかごつごつしてるあれ?」  
「そう、それだ」  
「へー。でもさ、僕が夢で見た女の子はそんなのとは全然違う細い娘だったよ」  
「見た目で判断するな。現にこやつはあの紅円の剣の一撃を防いだだろう?」  
「それって関係あるの?」  
「精霊が宿った物にはその精霊の特性が少なからず影響する。だからこれも盾として機能し 
たのだ」  
「へー」  
「勉強になったか?」  
僕より幼い女の子が得意げに聞いてくる。ちょっと複雑な気分だ。  
でも僕には魔力やそれに関する類の知識がまったくない。さっちゃんに頼ってしまうのも仕 
方がないことだ。  
 
さっちゃんと話しているとすぐ家に着いた。  
家を出たときと同じように部屋のベランダから自分の部屋へ戻った。  
ベランダに足がつくと途端に身体が重くなり始めた。  
「うっ……」  
ふらっとからだが揺れて窓にどんともたれかかった。  
「本当に大丈夫か?今日はもう休んだほうがいいぞ」  
「う……ん、そうするよ」  
窓を開けて部屋へ入った。  
「お帰り」  
「ただいま」  
のそのそと二段ベットに上りごろんと寝っ転がった。  
「その様子だと大分疲れたようだね」  
「うん……」  
天井を眺め、すぐに瞼が重くなってくる。  
「ん?そっちの少女はどちらの娘さんかな?」  
「我は主に仕える精霊だ。今は訳あってこのような姿をしている。で、貴様は誰だ」  
「僕は丹羽小介。そこで寝ている大助の父さんだよ」  
「って父さん!!?どうして僕の部屋にいるのさっっっ!!」  
がばっと跳ね起きた。  
「やっと気付いたのか」  
ははっと僕に笑いかけてくるのは紛れもなく僕の父さんだ。椅子に腰掛けている。  
「どど、どうして父さんが?っていうかいつ帰ってきたの?」  
「ついさっきだよ。ちゃんと帰るって手紙出したんだけど、笑子さんに聞いてなかったのかい?」  
「全然。そんなこと言ってなかったよ」  
「笑子さんも意地悪だね」  
「あー……、親子水入らずのところ悪いが」  
僕と父さんが話しているところにさっちゃんが口を挟んできた。  
「主よ。我のことが見つかったが、それは構わんのか?」  
 
それから父さんにさっちゃんのことを話した。  
どうして僕に仕えているか、どうして今こんな姿をしているかを。  
もちろん恥ずかしい部分は伏せてだけど。  
「ふむ。それは少しまずいかもしれないな」  
「どうして?」  
さっちゃんがこの姿になったことを話すと、父さんの表情が曇ってきた。  
「この実体化は一時的なものなのだろう?」  
「その通りだ」  
「なら、君は時間が経てば元の鞘に納まらなければいけない」  
「うむ」  
「でも、その短剣はすでに消滅している」  
「あ、そうか」  
「短剣の代わりを見つけてあげないとさっちゃんがどうなってしまうかわからない」  
「代わり、代わりの美術品か」  
「ふふん、その心配ならせずともよい」  
頭をひねって考えようとしていたらさっちゃんが自信満々といった感じで言ってきた。  
「これを使えばよかろう」  
彼女が掲げたのは、  
「紅円の、剣?」  
「それでいいのかい?」  
「うむ」  
大仰に頷いた。  
「でも、美術品は母さんに」  
「いいではないか。これはもともと主が手に入れたものだ」  
「さっちゃん……」  
「父さんもいいと思うよ。盗んでこいって言われたわけでもないんだしね」  
「父さんまで……」  
「そういうことだ。我の新しい器はこれに決めた」  
 
「じゃあ寝る前に傷の手当てをしないとね」  
「え……」  
「そんなぼろぼろの格好で明日は学校に行く気かい?」  
「あ、そっか」  
「救急箱を取ってくるから待ってて」  
父さんが腰を上げて部屋から出て行った。  
「いい親父殿だな」  
不意にさっちゃんがそう言ったので照れくさくなった。  
「うん。僕もそう思う」  
 
 
 
ふわふわと身体が軽い。――夢だ。  
「今日もするのか」  
実体化しているときくらい夢には出てこなくてもいいじゃないか。  
そう思いつつ辺りを見回した。  
「あれ?」  
いつものように梨紅さんが現れる。そう思っていた僕は間抜けな声を上げた。  
なぜならそこにはメイド服でショートヘアで眼鏡っ娘の女の子がぐったりと倒れてい 
たからだ。  
昨日の夢に出てきた女の子、つまり蒼月の盾に宿る精霊のレムさんだ。  
「君、大丈夫?」  
側に駆け寄って身体を揺すってみると、声を漏らして目を薄っすらと開けてきた。  
「……あ」  
目が合った。すると、  
「ご主人様だーっ!」  
がばっと抱きつかれた。  
「うわわわわぁっ!?」  
僕はそのまま、身体の小さな女の子に押し倒されてしまった。  
「んふぅー」  
嬉しそうに頬擦りをしてくる。  
「ま、待って待って!」  
「ふにゅ?」  
そう言うと目をぱちくりさせて首をひねった。  
「あのね、どうして僕が君の主人になってるの」  
僕が訊ねると彼女ははじけるような笑顔で答えてきた。  
「さっちゃんにあれを吸われてる時にいろいろ見えたのです」  
「あ、あれって……」  
「それでわかったのです。あなたがさっちゃんのご主人様で、だから私のご主人様にな 
ってもらうのです」  
「いや、そんな一方的に決められても……」  
「私のことはレムちゃんと呼んでください」  
「あのさ、だから……」  
「それにさっちゃんに吸われた魔力も補給しなくてはならないのです」  
「それって、つまり……」  
「それでは今日はさっちゃんに代わって、僭越ながら私が奉仕させていただきますよー」  
 
「そんな……ああッ」  
舌で胸をくすぐられて素直に反応してしまった。  
「ご主人様、敏感ですねー」  
レムちゃんの目がぎらぎらと光っている。明らかに楽しんでいる。  
それに敏感なのはさっちゃんのせいだ。すっかり性に対して貪欲になってしまった自分 
が情けなく感じる。  
「敏感なのはいいことなのです。やるほうもやられるほうもびんびんになるのです」  
可愛い見た目とは裏腹にとても過激なことを言っている。きっと彼女もさっちゃんに汚 
染されたのだろう。  
でもこんな可愛さが溢れる感じの娘は、ちょっと虐めてみたくなる。  
「じゃあさ、レムちゃんも敏感なのかな?」  
「ふぇ……きゃッ!」  
上に乗っていたレムちゃんと身体を入れ換えた。  
手を押さえつけて、さっきされたことを返すように頬擦りをした。  
「ひゃうッ、くすぐったいのですぅ」  
「くすぐったいのはいいからさ、服脱がせてもいい?」  
「も、もう本番ですか!?もっとゆっくりとしてください」  
「ダメ。もしかしてレムちゃん、言うこと聞いてくれないの?」  
「そんな悲しそうな目で見つめないでください。胸がぎゅぅってなっちゃうのです」  
「じゃあ脱がせてもいいんだね」  
「あうぅ……どうぞ」  
涙ながらに背中を向けてきた。じゃあ遠慮なく脱がしてみよう。  
さすがにメイド服の脱がし方なんて知らないけど、なんとなくでやってみた。  
背中についていたボタンを三つ外すと、さっちゃんと同じくらい白い彼女の肌が露にな 
った。  
上をはだけさせて、ぷくっと膨らんでいる胸を優しく揉んであげる。  
「んうぅッ」  
「レムちゃんも敏感だね。可愛い声」  
「は、恥ずかしいですよ、ァンッ!」  
始めは僕のほうが喰われちゃうかと思ったけど、やっぱりこんな娘は虐めるほうがいい。  
 
調子付いた僕はふにふにとした小振りな胸を揉む指に力を加えていった。  
「はぁんッ、ご、ご主人様、とっても上手ですぅッ!」  
思った以上の感じ方だ。この娘、本当は受けのほうだなと直感した。  
「そんなにいい?」  
「はいぃッ、き、気持ちよすぎて死んじゃいそうですぅッ!」  
レムちゃんの感じ方は本当に死んじゃいそうな程だ。  
まだ胸しか弄っていないのに、僕の胸に触れる彼女の背中は熱く、汗もどんどん噴き出 
している。  
「息も絶え絶えだね。苦しいかな」  
「あ、ああッ!く、るしいですッ、早く、イかせて欲しいのですッッ」  
さっちゃんでは見ることがほとんどできない喘ぎまくる姿にどんどん興奮してきた。  
「……あ」  
そこでちょっと思い当たることがあった。  
「ねえレムちゃん」  
「あぅ……なんですか?」  
胸を弄られるのをやめられたせいか、物寂しそうな表情を向けてきた。  
「君もさっちゃんみたいに、魔力がなくなってるから感じやすくなってるの?」  
そんなことがあったと思い出した瞬間、自分の実力で喘がせているんじゃないのかと不 
安になった。  
「それはさっちゃんだけですよ。私は普段からこんな感じなのです」  
でもレムちゃんの口からそう聞いたら、さっきまで抱いていた不安がすっきりと消えて 
いった。  
「そうなんだ。じゃあ僕は、自信持っていいのかな?」  
「はいです。だからお願いです、早くご主人様の、入れてください」  
入れます。  
不安の代わりに興奮がどんどん溢れてきてもう我慢できない。  
 
「お尻出して」  
突き出されたお尻にかかるスカートをぺろりとめくると、水色の縞々のストライプのシ 
ョーツを穿いていた。  
ショーツの股間部が、筋がわかるように湿っている。  
膝までショーツを下ろすと、小さなお尻に皺のよった蕾、粘膜で光る秘裂が姿をみせた。  
「きれいなお尻してるね」  
すべすべしたお尻を撫で、すぐさま割れ目に僕のを押し付けた。  
そういえば昨日無理矢理入れたときはとてもきつきつだったけど、今日は入るのだろうか。  
(なんて考えるよりまずは動かないとね)  
「ひぐッ、んんッ!」  
ぐにっとレムちゃんの中へ押し込んだ。すると昨日はあんなに挿入を拒んでいたそこにす 
るすると入っていった。  
膣がぐちょぐちょに濡れているせいだろうか、呑み込まれるように最深部まで到達した。  
彼女の膣壁は中ほどの圧迫感が強い。もともと狭い道がさらにきつくなっている。  
堪能するようにゆっくり腰を引くと、その狭いところで雁首が圧迫されて気持ちいい。  
「は、はぐぅッ、い、いいですッ」  
「僕もだよ。ほら、ほら」  
バックからぱしぱしと出し入れを繰り返すと、そのたびに快い鳴き声が耳に届いてくる。  
さっちゃんとは違う挿入感に、もう果ててしまいそうだ。  
でもまだ堪えることができているのは、レムちゃんをもっと虐めたいという虐待心のおか 
げだ。  
「はうッ、あう、んぎッ、ぐッ」  
突くたびに上げる声が性欲を煽ってくる。  
久々の攻めに酔いしれ、今回の夢はさっちゃんとやる時より長く、多くしてしまった。  
 
「ふいー」  
起きてまず出たのは欠伸ではなく、満足からくる悦びの声だった。  
(今日はちょっとしすぎちゃったかな)  
反省しつつトランクスの中へ手を伸ばした。  
「あれ?濡れてない……」  
でも今日はなぜか精子が出ていない。いつもと違っていることを訝しく思っていると、  
「おや、起きたか」  
僕の横でさっちゃんが寝ていた。驚いて身体が強張った。  
「いやしかしこう口が小さいと奉仕もしにくいな」  
「え、えっ?なに言ってるのさっちゃん!」  
「しかし現実で久々にあれを飲めたのだ。満足満足」  
「あれ!?あれってあれのことなの?!」  
自分でも何を言ってるかわからなくなってきた。  
「ふいー。今日は疲れた。もう少し寝させてもらおうか」  
そう言ってさっちゃんはまたベットに潜り込んでいった。  
「現実でも、弄ばれてたんだ……」  
なんだか急に身体がぎしぎしと痛み始めた。  
 
 
朝食は家族四人でテーブルを囲んでとった。  
母さんもじいちゃんも楽しそうに父さんと会話していた。  
僕は父さんがさっちゃんのことを言ってしまわないかどうかはらはらしてたけど、そん 
なことはなかった。  
ついでに家を出る前に、部屋で寝ているさっちゃんのことを父さんに頼んだ。  
父さんは簡単に了解してくれた。父さんに感謝しながら、僕は学校へ向かった。  
 
 
教室に入ると、  
「あ」  
僕の顔を見るなり原田さんが腕を引いて僕を廊下に連れ出した。  
「なに、なんなの?」  
腕を引かれると痛みが走る。傷が開いてしまうかもしれない。  
「丹羽くんっ」  
両手をぎゅっと握られた。原田さんの柔らかな指の感触にどきっとする。  
「昨日言えなかったんだけど、梨紅を連れてきてくれてありがとう」  
「あ……うん、気にしないで」  
手から伝わる感触にぼうっとしていた意識を連れ戻した。  
原田さんがにっこりと笑いかけてる。頭がくらくらして吹っ飛んじゃいそうだ。  
「それでね」  
また意識を連れ戻す。気付いたけど、原田さんはずっと手を握ったままだ。  
「梨紅、今日は風邪でお休みなの」  
「梨紅さんが……そっか」  
昨日はあれだけ雨に打たれたんだ。気も失っていたし、仕方ないことだと思う。  
「あの娘のこと、気になる?」  
「へ?う、うん、当たり前だよ」  
「そう…………」  
「あの、原田さん」  
なんだろう、突然しゅんとしてしまった。  
「ううん、なんでもないの。梨紅のお見舞いに行ってあげて。きっと喜ぶから」  
そう言って原田さんは教室へと戻った。  
僕は、未だにどきどきと高鳴る胸をひとなでして気分を落ち着かせた。  
 
 
 
「うん……」  
ベットの中でもぞもぞと動いているのはさっちゃんだ。  
「ふぁ、ん……、少し寝すぎたか」  
首をちょこんと出して辺りを見回す。  
「ん?おい主、どこだ」  
大助を呼んでも返事は返ってこない。部屋の時計を見ると時刻はすでに十一時を回 
っていた。  
「しまった、寝すぎたか。おいウィズ」  
「キュ?」  
ベットからもぞもぞとウィズが這い出してきた。  
「主の元へ行くぞ。一刻も早くだ」  
「あー、さっちゃん出かけるのですか?私も連れて行くのですっ」  
「レム、もう魔力が回復したのか」  
「はい。ご主人様からいっぱいもらったのです」  
「なにっっ!?貴様、何を勝手なことをしている!主は我だけのものだ。貴様には渡 
さん!!」  
「そんなー。ひどすぎですよぉ」  
さっちゃんとレムちゃんががみがみ言い合っていると、そこに小助が現れた。  
「やあ。もう少し静かにしたほうがいい。今はお父さんも笑子さんもいるからね」  
「親父殿、ちょうどよかった。我はこれから出かけるのでこれを頼む」  
「これって私のことですかぁっっ!?」  
抗議の声を上げるレムちゃんは無視して小助に押し付けた。  
「へぇ、これにも精霊が宿ってるんだ。はじめまして、かな」  
「あらら。ご丁寧にどうもなのです。レムちゃんとお呼びください」  
「……ちょっと待て」  
ウィズを黒翼に変身させようとぽくぽく叩いていたさっちゃんがある違和に気づいた。  
「親父殿。レムの声がどうして聞こえるのだ?」  
違和の正体はそれだ。普通の人間では決して聞くことのできない声を小助は聞いてい 
た。  
「ああ。世界中を旅してるとね、いろんなものに出逢うんだよ」  
小助が左手をさっちゃんに見えるようにした。  
「中指にはめている指輪があるよね。それが僕にちょっとした力を貸してくれてるんだ」  
「さすがは親父殿だ。そんなものを持っているとは」  
 
「それで、君はこれから出かけるんだよね」  
「ああ、そのつもりだが」  
「でもできればその格好で外に出るのはよしたほうがいいよ」  
小助が指摘したさっちゃんの格好は、身体の恥ずかしい部分しか隠せないようなきわど 
い服装だ。  
「我は構わないのだが」  
「大助のほうが構うと思うよ」  
「ううむ。そういったものか」  
「ちょっとここで待っていて」  
小助が大助の部屋を出て、そしてすぐに戻ってきた。  
「これを着るといいよ」  
小助が差し出したのは小学生中学年サイズのセーラー服だった。  
「ふむ」  
さっちゃんが着ている服の上からそれを身につけていく。  
「ほお、これは動きやすくてなかなかいいものだ」  
「うんうん、よく似合ってるよ」  
手にしたカメラでさっちゃんのセーラー服姿をパシャパシャと撮っていく。  
「親父殿はこんな服をどこで手に入れたのだ?」  
「世界中を旅してるとね、いろんなものに出逢うんだよ」  
そう言って小助はさっちゃんが出かけるまでずっと写真を撮り続けた。  
 
 
昼休み。  
「おい大助」  
いつもの四人で机を囲んで弁当を食べていると冴原が名前を呼んできた。  
「なに」  
「最近、原田妹と何かあったのか?」  
いきなりの質問に口からご飯粒を噴き出し、前に座っていた日渡君にかけてしまった。  
「ど、どうしてそう思うんだよ!?」  
「いんや、この頃さ、原田妹がちらちらお前のほう盗み見てるんだよ」  
「そんなこと……」  
「俺も証言しよう」  
関本が口を挟んだ。  
「今も見てるぞ」  
手にした箸で僕の後ろを指し示した。関本の箸に導かれるように僕は後ろを振り返った。  
「っ……」  
原田さんと目が合った。と思ったらすぐに反らされた。  
「な。見てただろ」  
「そんなこと言われても、ただの偶然かもしれないし」  
「お前なあ、どうせ考えるなら前向きに考えろよ。まだ脈ありなんじゃないのか」  
冴原がにやにやしながら言った言葉に思わず顔が赤くなるところだった。  
「からかうのもいい加減にしろよ」  
「オレは親友としてお前にだな……」  
「いや、ただの偶然に決まっている」  
僕と冴原が言い合いを始めようとした時に日渡君が眼鏡を拭きながら呟いた。  
 
「なぜなら丹羽、君は一度ふられているじゃないか」  
僕は五のダメージを受けた。  
「君は原田梨紗の好みではない。そういうことだ」  
僕は十二のダメージを受けた。  
「そう、そうだ!希望的観測はやめておけ。あくまで悲観的に悲愴に生きていくんだ 
丹羽っ!」  
あ、もうダメ。僕は戦闘不能になった。  
「完っ全に落ちたな」  
「日渡も容赦ないな」  
「当たり前だ。丹羽の支えになってやるのは俺だけで十分だ」  
「それ以上喋りたいなら801に行ってこい」  
関本が理解不能な突っ込みを入れている。  
僕の心はしばらく鬱がはいりそうなくらいへこんでいた。だから教室の雰囲気が変わ 
ったことに気付くのが遅れた。  
「……ん」  
教室が異様な沈黙に包まれていることにようやく気付いた僕は顔を上げた。  
みんなの視線が僕に、いや違う、僕のすぐ傍らに集中している。  
ふっと横を見ると、そこには今朝ベットの中で見たのと同じ顔の娘が、セーラー服を 
着て僕を見つめていた。  
(んな、なんで学校に来ちゃってるのっっっ!!)  
その女の子の名前が反射的に口から出そうになったのをぐっと飲み込んだ。  
クラスのみんなの前で、いろいろと面倒なことを起こしたくないと思ったからだ。  
(そうだ、すぐに教室から連れ出して、それから、それからぁぁぁっっっ)  
頭の中が混乱して何をしていいのかわからなくなってきた。  
「パパ〜〜」  
さっちゃんが突然、甘ったるい鼻にかかる声でそんなことを口走った。  
一瞬、何を言われたかわからなかった。そして僕がその言葉の意味を理解した瞬間、  
『えええぇぇ―――――――――――っっっ!!?』  
クラスの空気が一斉に震えた。  
 
「お兄ちゃん、あーんっ」  
「あ、あーん……」  
「美味しい?」  
「うん……」  
僕の向かいに座って僕の弁当にあった玉子焼きをさっちゃんが食べさせた。  
さっきまで一緒に席を囲んでいたみんなは遠くに移動している。  
クラスのみんなには親戚の子が学校まで来てしまったと、涙ながらに弁護した。  
一応信用してもらえたみたいだけど視線が、特に女子からのものが痛い。  
 
「俺と丹羽の子だ」  
 
いきなり日渡君がそう口走ったので、訳も分からないまま張り倒して教室の窓から 
捨ててしまった。  
(でも日渡君なら大丈夫だよね)  
そう納得しておこう。そんなことより今問題なのは、  
「お兄ちゃん、あーんっ」  
「……あーん」  
こっちのほうだ。  
「キュウキュウ」  
「ウィズは出ちゃダメ」  
さっちゃんの胸の谷間、というほどふくよかなものではないけど、そこから顔を覗 
かせようとするウィズに注意した。  
何故ウィズがいるか聞いてないけど、さっちゃんが勝手にウィズを使ってここまで 
飛んで来たに違いない。  
どうしてウィズはさっちゃんの言うことを聞いてしまうんだろう。  
「はぁ……」  
また僕の幸せが逃げてしまった。  
とにかく今日はさっちゃんが変なことをしでかさないようにしっかり監視しておこ 
う。  
どうも僕を困らせることが目当てみたいな気がしてるけど、それなら傍から離れる 
ことはないから好都合だ。  
午後は長くなりそうだ。  
 
「丹羽くん!」  
昼休みも残り数分というところでトイレのために席を立った。  
幸いなことにさっちゃんの周りには人がいっぱい集まっているので、彼女が自由に 
動けない。  
(今のうち今のうち、っと)  
みんなに変なことを吹き込んでも後で弁護すればいい。  
(一度も二度も変わらないってね)  
そう思って教室を飛び出した途端、廊下で原田さんに捕まえられた。  
「ど、どうかした?」  
聞いてはみたけど、何の事を訊かれるかは大体察しがついている。  
「あの女の子、丹羽君の親戚なの?」  
ほらやっぱり。  
「うん、そうだよ」  
「ホントにホント?」  
「うん」  
「ホンットーに、ホントなのね?」  
「そうだってば。他に何があるって思うの?」  
「そ、それは……ッ!」  
急に俯いてぼそぼそ声を出し始めた。  
「に、わくんが……ろ、ろろ――で、あの娘がこ、こ、恋――」  
ところどころで聞き取ることができない。  
「鯉がどうかしたの?」  
「どうもしてないっっ!!それじゃね」  
顔を真っ赤にした原田さんに怒鳴られてしまった。彼女はそのまま教室へ戻ってい 
った。  
「なんだったんだろ……」  
僕は原田さんの行動を怪訝に思いながらも、トイレへと足を運んだ。  
 
「しかし原田さんの心配も分かるな」  
「んはぁっ!?」  
背後から日渡君の声。振り返ると奴がいた、みたいな。  
制服に付いた土埃をさっさ、と払いながら日渡君が立っていた。  
「わ、わ、分かるってなにが?」  
激しく動悸を繰り返す胸を撫で下ろしながら訊いた。  
「丹羽、君は乙女心というものが分かっていない」  
「そんなの、分かるわけないよ」  
「俺には分かる」  
「えぇっっ!!」  
「彼女は不安なんだ。君があの幼女に手を出していないかとっ!」  
「そ、そんな……」  
「はっきり言ってお前の守備範囲が分からない。この俺にもだ!!」  
「いや、そんなの教えてもいないし……」  
「だが俺は信じている。お前はロリなんかじゃない、やお」  
「そこまでだっっっ!!」  
颯爽と突っ込み担当の関本が現れて日渡君を廊下の窓から蹴り落とした。  
「日渡君っっ!」  
「まあこれくらいじゃ怪我もしないから安心しろ」  
「そうだね」  
納得したので再びトイレへと向かった。  
 
午後の授業は五時間目と六時間目だけだ。でもその二つが今日は特に長く感じられ 
る。  
「絶対帰る気はないからな。しっかり面倒を見るのだぞ」  
そう耳打ちされてしまっては追い返すこともできない。それに無理に追い返せば後 
が怖い。  
さっちゃんは授業中ずっと僕の膝の上に座っているだけだ。  
本当なら教室から出されてしまうところだが、僕の必死のお願いと先生の恩情でこ 
うしていられる。  
五時間目が始まり、そして信じられないことに何事もなく終ってしまった。  
終始さっちゃんに何かされると身構えていた僕にとってそのことが以外だった。  
(でも気は抜けない。いつ、何をされるか分かったもんじゃないからね)  
固く決心した。  
 
六時間目、数学の時間。  
序盤は何事もなく過ぎていた。  
僕もさっちゃんが膝の上にいることに大分慣れてきていた。  
そのせいで気が緩んでいた。そしてことは始まった。  
もぞもぞと膝の上でさっちゃんが動いた。それ自体は別にどうってことのない動き 
だ。  
今までも授業中に何度か身体を動かしていたから別段不自然ではない、はずだった。  
「っ!」  
今までと違うのはさっちゃんの揺れるお尻が僕の下半身の、股間に擦り寄ってきて 
いることだ。  
注意しようにも今は数学の時間でクラスのみんなが静かに問題と向き合っている。  
シャーペンがさらさらとノートの上を動く音以外聞こえない中では、どんなに小声 
で言っても話の内容が聞こえてしまう。  
どう対処すればいいのか考えている間にも彼女のお尻は音も立てずにすりすりと動 
く。  
さっちゃんの背中が僕の身体にぴたっと密着する。  
小さな息遣いと柔らかな肌とそのぬくもりが制服という布越しに伝わってくる。  
僕は幼女にはそれほど興味はない。決してロリコンではないはずだ。  
なのに、その時はとても彼女の身体に興奮してしまった。  
いつもあんなことをしているせいかもしれないけど、この状況ははっきり言ってま 
ずい。  
面には出さないけど股間部がテントを張りかけている。  
数学の問題に向かって必死に理性を保とうと努力した。  
けど、僕の股間の変化を感じ取ったのか、さっちゃんのお尻が優しく優しく擦りつ 
けられる。  
幼女のお尻という新たな性欲の境地に足を踏み込みかけている。  
勃起寸前にまで追い詰められた僕は最後の手段に出た。  
「先生」  
「なんだ丹羽」  
挙手した僕を指して訊ねてくる先生に答えた。  
「トイレに行っていいですか」  
「ん。早く言ってきなさい」  
はい、と言って席を立ち、少し前かがみ気味で申し訳なさそうに教室から飛び出し 
た。  
 
廊下を音を立てないように走りながら男子トイレの個室へと駆け込んだ。  
「っはぁー……」  
安堵の溜め息が漏れた。股間の興奮が収まるまではここで待つしかない。  
「うむ。なかなかよい場所だな」  
「いいって何が……、さっちゃん!?」  
聞こえてきた声に慌てて視線を下ろすと、さっちゃんがズボンの膨らみをさすって 
いた。  
「あまり声を出すな。見つかって困るのは主のほうだぞ」  
「んぐ……」  
僕が声を呑み込んだのを満足気な表情で見届けると、ズボンのチャックが下ろされ 
て半勃ちのペニスをつまみ出された。  
「さすがにまずいって。時間だってないし」  
「案ずるな。一分で済ませる」  
小声で囁くと自信満々に言い切られた。  
さっちゃんに咥え込まれた僕のは、いつもと違う小さな口内の感触のおかげでどん 
どん血液が集まった。  
 
口の中で全開になったペニスがさっちゃんの粘膜に触れる。  
唇の締めつけはいつも以上にきつく、それが幼い女の子のものだと感じさせる。  
幼い女の子にしてもらっているということが興奮を強め、本当に一分でイッてしま 
いそうだ。  
だが彼女のほうは大きいペニスに苦心しているらしく、頭の動きも全然スムーズじ 
ゃない。  
まどろっこしい。  
そう思った僕はさっちゃんの頭を両手で掴んで乱暴に前後に動かした。  
「んッ?!ん、んん、ん……」  
きっとやめて欲しいと言いたいんだろう。  
でも、今の僕は早く出してしまいたいという気持ちでいっぱいだった。  
さっちゃんをこんな風に扱ってしまうのは信じられない。  
けど、それは多分、今朝レムちゃんという受け手の女の子とし、さっちゃんがこん 
な姿をしているせいだと思う。  
幼い口を蹂躪する感覚に酔いしれ、僕は喉奥までペニスをねじ込んだ。  
そのタイミングで先端の穴から白濁の液が堰を切って飛び出した。  
口内で暴れて脈打ち、喉へ精液を流し込んだ。  
「ちゃんと飲み込んで」  
僕が言ったことに、顔をしかめながらもさっちゃんは喉を鳴らしてそれをごくごく 
と飲んでくれた。  
徐々に硬度を失っていくペニスをさっちゃんの口から抜き取ると、急いで唾液をふ 
き取って便器に流した。  
「さっきは妙に強気でなかったか?」  
「ん、まあいいからいいから」  
「気に喰わん」  
「いいからいいから。教室に戻ろ」  
 
学校にいる間にさっちゃんから受けた、というかさっちゃんとしてしまったことは 
これだけだった。  
後は何事もなく、平穏無事にすごして放課後を迎えた。  
「お兄ちゃん、帰ろー」  
と、まだ面倒を見なくちゃいけないこともあるけど、帰れるということでかなり気 
が楽になった。  
「丹羽くん」  
と、話しかけてきたのは原田さんだ。  
「な」  
に、原田さん。と言いかけた。  
「なにおばちゃん」  
そこで僕の言うことを遮ったのはさっちゃんだ。  
「おば……」  
原田さんの眉間に皺がよってる。明らかに気に障ってる。  
気のせいか、二人の間にとてつもない闘気が渦巻いているように見える。  
これ以上はいろいろとまずいと直感的に悟った僕は急いで二人の間に割り込んだ。  
「何か用かな原田さん!」  
「あ、丹羽くん」  
僕の顔を見ると原田さんの表情がいつものものに戻った。  
「ちっ」  
後ろからさっちゃんの舌打ちが聞こえたが、とりあえず聞かなかったことにした。  
「うん。今日も一緒に帰ろうかと思って」  
不安の色が濃く現れた。無理もない。世間的には未だに女性を襲う犯罪者が町をう 
ろついているんだから。  
僕は即答して一緒に帰ることにした。  
さっちゃんがいろいろと不平不満を言っていた気がしたけど、やはり聞かなかった 
ことにした。  
 
さっちゃんが僕の腕に巻きついている。これは、まあいい。  
原田さんが僕の手をそっと握っている。これは、すごいことだ。  
今朝も少しだけ握られたけど、今はずっと握られっぱなしだ。  
(手を握って歩いてるなんて、まるで……こ、恋ぃ……)  
どきどきしっぱなしで授業の時のように今すぐ逃げ出したい気分になった。  
ここにさっちゃんがいなかったら絶対に大変なことになっていたと思う。  
さっちゃんがここにいてくれているのはそのためか、それとも、  
(ただ単に困らせるつもりでいるんだと思う……)  
意地悪い彼女の子とだ、きっとそうだろう。でも、おかげで今は助かっている観が 
ある。  
「ねえ」  
原田さんの声にそちらを向いた。  
手を握っているせいでいつもより近いところに顔がある。  
「梨紅のお見舞いにはいつ来るの?」  
「梨紅さんの……」  
「あの子もきっと喜ぶし、それに」  
「それに?」  
「今はまだ内緒」  
そう言ってえへっと笑う彼女の笑顔が眩しい。  
 
「お兄ちゃん」  
その時、原田さんとは逆の方の腕をぐいっと引かれた。  
見ると、さっちゃんがさぞかし不満そうな顔で僕を見上げていた。  
「私行きたくなーい」  
じゃあ帰っていいよと言いたいけど、原田さんの前でそんなことは言えない。  
それにみんなが犯罪者がいると思っている現状で女の子一人を行かせることはでき 
ない。  
「一人じゃ危ないわ。それに今日丹羽君が来るって決まったわけじゃないし」  
原田さんが合いの手を入れてくれる。  
「おばちゃんには訊いてないよ」  
「おば……」  
原田さんの手に力がこもる。ちょっと痛い。  
「今日は行けないみたいだし、明日まだ体調がよくなかったら行かせてもらうよ」  
「ん、そう」  
僕がそう言うと原田さんの手から力が抜けて普通に戻った。  
「ふふん」  
さっちゃんの勝ち誇った笑みが聞こえたけど、とことん聞こえなかったことにする。  
 
「よお」  
三人で仲良く、はどうかわからないけど一緒に歩いているところに声がかけられた。  
前方から聞こえてきた声に僕らの視線が集中した。  
「父さん」  
優しい微笑を浮かべて手を挙げているのは僕の父さんだ。  
父さんが原田さんに笑いかけると、彼女もぺこりと会釈した。  
「どうしてこんなところに?」  
今いるところは家から少し離れていて、散歩にしては少し遠い気がする。  
「さっちゃんを迎えに来たんだよ」  
「えー。私、まだお兄ちゃんといたいのー」  
「わがまま言って大助を困らせちゃいけないだろ。さ、行こう」  
「……そういえば、今朝、さっちゃんのこと、父さんに任せるって言わなかったっ 
け?」  
そう言った瞬間、少しだけ父さんの身体がぴくっとした。  
「どうして、学校に来ちゃったの?」  
「さ、帰ろうか」  
「うん、パパ」  
「ってもういないし!!?」  
いつの間にか父さんとさっちゃんは遥か前方を仲良く手を繋いで帰っていた。  
「……」  
「……」  
後には僕と原田さんが手を繋いだままぽつんと取り残された。  
 
結局そのまま原田さんの家まで行ってしまった。  
手を繋いだまま無言で歩いていた男女なんて、傍から見れば妙なものだったに違い 
ない。  
「じゃあ私、先に行くから。すぐ来てね」  
玄関の前でようやく原田さんが手を放して先に家の中に入っていった。  
ぬくもりが残る手を眺めていると顔が熱くなってくる。  
頭を振ってから家の中へお邪魔した。  
「お邪魔します」  
靴を脱ぎかけた時にリビングの方から原田さんが顔を出した。  
「こっち。ソファに座ってて」  
「うん」  
原田さんの家に普通に来たことに多少萎縮しながらリビングに入り、腰を下ろした。  
リビングには原田さんの姿は見当たらず、僕一人だけだ。  
緊張のせいできょろきょろと落ち着きなく室内を見回してしまう。  
(は、早く梨紅さんの様子見て帰りたい)  
無言の重圧が家中から僕にかけられているみたいで押し潰されそうだ。  
「丹羽くん丹羽くん」  
重圧を吹き飛ばすように元気な声がリビングに響いた。原田さんがドタドタと足音 
を立てて入ってきた。  
「はいこれ」  
何の前触れもなく目の前にお椀が突き出された。  
「……なに?」  
「お粥だよ。私が作ったの」  
「作った……お粥を……原田さんが!」  
「うん」  
僕の脳裏をよぎったのは以前口にした原田さんお手製のおにぎりだ。  
(あ、あれと同じような代物をまた食えと……)  
ダメだ。少し気が遠のいてきた。一人で食えと言われても食える自信がない。  
 
「どうしたの?」  
心配そうな表情で僕を窺っている。  
「どうって、な、なんで僕にお粥を出してくれたの?」  
「それは、丹羽くんに……、味見てもらおうと思ったの、うん、そうそう」  
「どうして僕が……。それにこれって梨紅さんのために」  
「いいからいいから!男の子なら文句言わないで食べるの」  
ずいっとスプーンを突き出された。  
少し躊躇ったが、突き返すこともできずにスプーンを手に取り、お粥を掬い、口に 
運んだ。  
(僕ってバカだ)  
そう思いながらお粥をしっかりと噛み締めた。  
「……」  
「……どうかな」  
「…………うん、美味しい」  
意外すぎる。普通に食えた。  
特に美味いというわけじゃないけど警戒するほどひどい味じゃない。  
「ホント!よかったー」  
原田さんが大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべた。  
「梨紅ってひどいんだよ。あんたの作ったのなんか口にできない、って言って食べて 
くれないんだから」  
「そっか」  
それを聞いて納得した。どうやら僕はさっき言われた味見のために呼ばれたみたい 
だ。  
「でもいつの間にこんなに料理が上手になったの?」  
「あのね、あの料理対決があった日からずっと練習したんだよ」  
「へえ、すごい努力したんだね」  
「うんっ!」  
心底嬉しそうに笑ってる。  
料理の毒見、じゃなくて味見だけでこの笑顔が見れるなら安いものだと思う。  
「これから梨紅の部屋に行くんでしょ」  
「うん。お見舞いに来たんだしね」  
「じゃあお粥、持って行ってあげて。昨日の夜から何も口にしてないはずだから」  
「分かった」  
「私、もうちょっとすることあるから、終ったら声かけてね」  
お粥とスプーンの乗ったお盆を受け取り、教えられた梨紅さんの部屋に向かった。  
 
言われた部屋の扉を二回、軽くノックしてから開けた。  
「失礼しまーす」  
小声でそう断ったけど返事はない。  
中に入るとベットの毛布が膨らんでいて動く様子はない。寝ているみたいだ。  
ベットの傍らに椅子が出してあったのでそこに腰掛けた。  
そこからは梨紅さんの無防備で、熱で赤みを帯びた寝顔が見える。  
昨日のことが何事もなかったように眠る顔を見ると安心した。  
(そう、昨日のことが……って、ああ!!)  
そうだった。梨紅さんには昨日のことを見られていたんだ。  
黒翼で飛翔してきて暴行犯を食い止めたり、壁を駆け上がったり、他にもいろいろ 
したかもしれない。  
(どど、どうしようどうしようっ)  
こういうときに限って助言をしてくれる人もいない。  
梨紅さんのすぐ傍で独り懊悩としてもがき苦しんでいた。  
「……ん」  
(うわあぁぁぁっっっ)  
さらにタイミング悪く、梨紅さんが起きてしまった。  
「……丹羽くん?」  
うんともすんとも言えずに、ただ椅子に座っているしかない。  
いろいろと考えなければいけないところがあるのに何をどう考えればいいかまとま 
らない。  
(そうだ。まずは昨日の言い訳を……)  
「そっか。じゃあまだ夢、見てんだ」  
「え?」  
突然梨紅さんがそう口にしたので反射的に声を出した。  
「丹羽くんってさ、なんでもできるすごい人なんだね」  
「え、え?」  
「空とか飛んじゃうし、壁を蹴って跳ね回るんだもん」  
事情がよくわからないけど、あり合わせの情報を組み立てると、梨紅さんは夢だと 
思い込んでるみたいだ。  
しかもその中での僕はなんでもできる人になってるらしい。  
昨日あったことと夢がごっちゃになってるんだ。  
 
「あたしのこと必死に守ろうとしてさ、結構かっこいいんだね」  
顔を半分毛布に隠して、恥ずかしそうにしている梨紅さんが、なんだろう、とても……。  
(この感じ……、胸が苦しくって、でも、どきどきして……)  
知ってる、この感じ。でも、違う。梨紅さんにこんな気持ちを抱くなんて、何かの 
間違いだ。  
「梨紅さんこれ。原田さんがお粥作ってくれたんだよ」  
自分の中の気持ちを必死に押し殺しながら、話を逸らすためにお粥を出した。  
「梨紗が?いい、いらないよ。夢の中にまで出てこないでよ」  
「でも食べないと。風邪、よくならないよ」  
「うー……、分かった」  
よっこらしょと上体を起こす梨紅さんの背中を支える。  
「よいしょっと。じゃあ、はい」  
梨紅さんが目を閉じて口を開いて顔を突き出してきた。  
「はい……って、なに?」  
「もー、分からないの?食べさせて」  
「ええっ!」  
食べさせるっていうことは、今日僕がさっちゃんにやられたあれを梨紅さんにする 
っていうことか。  
「いや?」  
「い、いや……そうじゃないけど」  
(参ったな)  
風邪のせいか、夢と思い込んでるせいか、梨紅さんがわがままな気がする。  
しょうがなく、スプーンでお粥を掬って彼女の口へ運んであげた。  
もぐもぐと気だるそうに口を動かし、  
「はい」  
そう言ってまた口を開いた。口に合わないということはなく、結構気に入ってくれ 
たみたいだ。  
 
梨紅さんはお粥が無くなるまで食べてくれた。やはりお腹が空いていたんだろう。  
「ごちそうさま」  
げふっと息を吐きながら言う姿を見ていると、いつも学校で見る彼女とは違ってい 
て新鮮だ。  
「それじゃ横になろっか」  
起こしたときと同じように彼女の背中に手を添えてゆっくりと横たえていく。  
寝巻きの薄い布越しに伝わる体温、呼吸するたびに動く身体、近づいた顔にかかる 
熱い吐息、  
そのすべてを意識し始めている自分に驚いた。  
(違う違う違う!僕は、僕は……)  
これは間違いだと何度も自分の頭の中で繰り返した。  
でも拭っても拭っても、その思いは湧き出すように続いてくる。  
僕の顔を見つめている梨紅さんと目が合った。  
「あ……」  
間近で笑いかけられ、明らかに僕の胸はどきんと高鳴った。  
「僕、もう行くよ!」  
これ以上ここにいたくないと思った僕は急いで部屋を飛び出した。  
後ろで僕を呼び止めようとする気配が聞こえたけど構ってあげられない。  
ここにいると、僕の気持ちがおかしくなってしまいそうな気がした。  
 
地に足がついていないような気分で原田さんのいるリビングまで転がっていった。  
「お見舞い、終ったの?」  
することがあると言っていた彼女がソファに腰掛けてテレビを見ていた。  
「うん。原田さん、することがあるって言ってたけど終ったの?」  
「終ったよ。ちょっとキッチン片付けただけなの」  
「そう」  
かなり顔が赤かったと思うけど、原田さんには突っ込まれなかった。  
それからそろそろ帰ると彼女に伝えると、少し声のトーンを落として頷いた。  
「あら、丹羽くん、お盆置いてきちゃった?」  
「……あっ」  
しまった。慌てすぎていて忘れていた。  
「ごめん、取ってくるよ」  
と言ってから、また梨紅さんの部屋に行くということにひどく抵抗があった。  
「いいよ。後で私が片付けるから」  
原田さんのその一言に、とても救われた気分になった。  
「帰るんでしょ?そこまで一緒に行っていい?」  
よく考えもせず、首を縦に振っていた。  
玄関から出て、家の前の道まで並んで歩いた。  
他愛もない話しかしてないけど、それだけで僕は満足だ。  
彼女が僕を好きだと言ってくれなくても、一緒にいられるだけで素直に嬉しいと思 
える。  
「じゃあここで」  
「うん。また明日、学校で」  
そう言って僕らは別れた。となるはずなのに、僕も原田さんもその場から動こうと 
しない。  
「……」  
「……」  
一度お別れを言った後のこの沈黙には、なんとも不快な重圧がある。  
「…………ね、丹羽くん」  
「うん?」  
この沈黙を先に破ったのは女の原田さんのほうだった。男としてちょっと情けない。  
「十秒でいいから、目、閉じてくれる?」  
「うん、いいよ」  
言われるままに目を閉じて十秒数え始めた。  
 
十、九、八、七、六、五……。  
 
その辺りで、僕の頬に暖かなものが触れた。熱い、さっき梨紅さんから感じたのと 
同じような風がそっと頬を撫でる。  
鼻にはさらさらとした、優しくて甘い匂いのする糸状のものが触れた。  
それが離れたと思うと、とたとたと地面を駆けるような音が聞こえた。  
 
……?、三、ニ、一。  
 
ぱちっと目を開くと、そこには原田さんの後ろ姿が遠くに映っていた。  
何が起きたのか理解できないで呆然と立っていた僕の方を原田さんが振り返った。  
「丹羽くーん」  
少し離れた位置だったので耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうだ。  
原田さんの声に集中して言葉を聞いた。  
「私、丹羽くんのこと好きだから!!」  
好きだから。そう言われた僕の心臓は大きく脈打った。  
その好きがどのくらいの好きかは分からないけど、僕の体温を一気に上げるには十 
分すぎる言葉だ。  
原田さんにそう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいことだ。  
(…………でも)  
素直に喜べない。  
僕の胸はどきどきしている。  
けどこのどきどきは、梨紅さんにも反応してしまったから。  
 
 
僕は、梨紅さんも好きなんだ。  
 
 
気がつくと、原田さんの姿は無かった。  
 
 
 
次回、パラレルANGEL STAGE-07 瑪瑙の予告状  
 

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