この町にある最も大きな美術館の前に一台のトラックが停まっていた。  
トラックの周囲は数名の警備員が取り囲み、厳重な警戒が施されていた。  
そのトラックの荷台から次々と荷物が搬入されていく。  
「おい、さっきので最後か?」  
作業着を着た青年が荷台の中へ呼びかけると、同じ年頃の青年がその中から答えた。  
「ああ……いや、待て。確かもう一つあったはずなんだが」  
彼は手にしたリストと館内へ運び込んだ美術品の数が合わないことに気付いた。  
「紛失したのか?いつ」  
「わからねえ。つうかあんなに警護してもらってたんだから無くなるなんて考えられねえよ」  
「けど無くなったのが事実なら隠すわけにもいかねえだろ」  
「だな。あーあ、最近はダークのせいで俺らもたいへんだってのに、また面倒起こしちまったよ」  
「まあ警察に届けりゃ探してくれるだろ」  
二人は警備員に事情を説明してからトラックに乗り込み、美術品の搬入を依頼してきた会社へと謝罪 
に向かった。  
その後すぐに警察へと連絡が行き、一つの美術品が捜索対象とされた。  
 
深夜、美術館から数百メートル以上はなれた町の一角。  
この時間帯にはまったく人通りはなく、ただ静寂が支配するような、そんなところだ。  
大通りの脇から延びる路地裏へと続く通りを少し奥に進んだ袋小路で男女が絡み合っていた。  
「っんぐ、んんんっ!」  
男のほうが女の上に覆いかぶさり、手で女性の口を押さえて声が出ないようにしている。  
薄汚いコートを身にまとっている彼が、スーツを着たOL風の女性を乱暴に犯している。  
下にいる彼女が泣き叫び、どうにかして逃れようとじたばたと身をよじる。  
男が口を押さえつけていないほうの手をすっと女の腹の上を撫でるように動かした。  
尾を引くように彼女の腹の上に赤い筋が走る。薄く皮を斬られたのだ。  
驚愕で目を見開く彼女の腹をさらに数回、同じように手で撫でた。  
次々と浮き出るように腹に傷が刻まれていく。  
それはつまり、歯向かえばこうなるという脅しに他ならない。  
彼女は目を硬く閉ざし、歯を食いしばってその凌辱に堪えねばならなかった。  
男の腰が乱雑に、膣壁を傷つけるようにしてばんばんと打ちつけられる。  
 
「ん、ん、ん、んん、……ッ」  
無理矢理な抽迭にも必死に声を押し殺してそれに堪える。  
その様に男はさらに興奮を覚える。女性の腰が折れるほどの力で強引なピストンを繰り返す。  
腰が突き刺さるたびに身体が歪み、傷口から鮮血がじわじわと溢れだす。  
男は何も言わずにただ荒い息遣いを繰り返し吐き続ける。  
「んご、んむうぅぅッッ!?」  
股間に入れられたものの異変に気付いた。  
それが彼女の中でむくむくと巨大に腫れ上がっていく。  
「んんんッ、ん、んん――ッ!」  
膣口を、膣道を、膣壁を限界まで押し拡げ、女性器を破壊するかのように巨大化した。  
彼女はその激痛に気を失い、白目をむいて昏倒した。  
がくんと力なくうな垂れる彼女の胎内に、子宮を撃ち抜くほどの勢いで大量のザーメンが放出された。  
男のもので栓をされて逆流を許されない大量の精子が女の腹の形を不気味に変えている。  
次第にものが萎えていくと、結合部にできた隙間からぶしゅぶしゅと勢いよく精子が噴き出した。  
 
 
男は町を彷徨う。闇雲に歩き回っているわけではない。明確な意思を持ち、それに従い歩き続ける。  
 
足リナイ・・・マダ、足リナイ・・・・・・  
 
 
夢。いつも見る夢。  
そして僕は、いつものように梨紅さんとしている。  
「あふ、ううんッ」  
対面座位で向かい合っている彼女の乳首を少し噛んであげる。  
甘く漏らす吐息が脳髄を溶かすように耳から入ってくる。  
「丹羽くん、ちょっと逞しくなった?」  
今夜はまだ三回しかイッてない。これは自分の中じゃすごい記録だと思う。  
「ちょっとね。なんかいいみたい」  
腰を突き上げると彼女の身体がかくっと揺れる。  
「ぅんッ、じゃあそろそろレベルアップかなぁ」  
梨紅さんが腰を引き上げ、暖かな中にあった僕のものが外に吐き出された。  
寂しい思いをする間もなく、背中を向けて僕のほうに寄りかかってきた。  
「さっちゃん、何するの?」  
後ろから彼女を抱きとめる。このとき自然と手が胸へ延びてしまうのはもはや病気だ。  
「んッ、揉まないの。丹羽くんったら気が早いんだから」  
ぷりぷりと怒った口調で注意された。  
(こうなったのもさっちゃんのせいなんだけどな)  
責任転化されたようでちょっと苦笑いが浮かんでしまう。  
「それじゃあいくからね」  
ずっと腰が落ち、そのまま一気に奥まで貫いた。  
「んぅッ!これは……」  
体位が体面から背面に変わっただけなのに、まるで別人とやっているみたいに挿入感が変わった。  
「くぅッ、気持ちいい……!」  
嬉しそうに梨紅さんが腰を動かし、なれない刺激にどんどん下半身に血が集まってきた。  
僕も負けじと彼女の胸を下から揉み上げるように愛撫し、腰を突き上げて奥まで挿入した。  
短い声で鳴いているのが僕の性欲をさらに煽り、発射寸前まで上りつめる。  
「丹羽くんッ、丹羽くんッ!」  
僕の名前を連呼しながら彼女の腰がぐりぐりと回転を交えた動きで最後の攻めを始めた。  
感じた声で名前を呼ばれることで僕のほうも興奮が高まる。  
彼女の腰の動きをもっと楽しみたかったけど、その快感の前にいつものように呆気なく吐き出してしま 
った。  
どくどくと彼女の膣内へ放出するのを感じながら、意識がまどろみ、そして堕ちていった。  
 
ぱちっと目が覚めた。いつも目覚めだけはいい。  
上体を起こすとまず確認しなければいけないことがあった。  
昨日の夜、僕はさっちゃんの力を借りて変身した姿で薬局に行き、そこで避妊具を購入した。  
寝る前にさっちゃんの指導の下、それを装着しておいた。  
僕の考え通りなら寝ている間に吐き出され続けた精子がその中に溜まっているはずだ。  
ズボンとトランクスをばっと持ち上げて一気に確認した。  
「げっ」  
無残にはち切れたコンドーム、お腹の上にべっとりと付いた精子。  
「どうやら主の精液の量が多すぎたようだな」  
「はぁ……、作戦失敗か」  
「落ち込むことはない。一晩にこれほどの量を出されれば世の女どもはよがり狂って主の僕になるぞ」  
「僕って、そんなこと考えてないし」  
「勿体ない。これほどの男などそうはおらんというのに」  
また溜め息をついた。  
そういえば溜め息の数だけ幸せが逃げていくとトレビアンの泉で言っていたけど、なら今の僕は不幸の 
どん底なんじゃないか?  
そう思うときが重くなり、また溜め息をつきそうになったけど頭を振って気を取り直した。  
「さ、後始末後始末っと」  
いつものようにティッシュで拭き取りトイレに流し、トランクスを洗濯機に入れた。  
加えて今日は破れたコンドームというおまけ付きだ。  
「また別の対策考えないとな」  
「主が射精しなければそれで万事解決ではないか」  
「それができないからあれこれ考えてるの」  
 
着替えを済ませてダイニングへ行くと母さんが挨拶と、今日の仕事の話をしてきた。  
「おはよう大ちゃん。今夜は久々にお仕事に行ってもらうわね」  
「今日はなに?」  
母さんが写真を差し出してきた。  
「これよ、蒼月の鏡。今日から展示される最新の美術品なの」  
今日から展示されるものを盗んでくるなんて、一般のお客に悪くて少し気が引ける。  
写真を手にとってよく見ると、その鏡は名前の通り蒼く、淡い光りを放っているような、そんな気がす 
る。  
「あれ?」  
蒼月の鏡が写されている写真の下にもう一枚写真があることに気づいた。  
「こっちはなに?」  
そっちの写真には蒼月の鏡の蒼さとは正反対なほど見事に真紅に輝く剣が写っている。  
写真の裏には紅円の剣と書いてある。おそらくその剣の名称だ。  
「ああ、そっちのほうはもういいの」  
「どうして?」  
「ホントはそっちが今日のターゲットだったんだけど、業者の不手際で紛失したらしいの」  
母さんがちょっと悲しそうな瞳をした。美術品が紛失したことを悲しむなんて母さんらしい。  
「それから、今日は六時を犯行予告にしたからそれまでには帰ってきてね」  
「やけに早いね」  
いつもは九時以降がほとんどなのに今日に限ってはまだ日も落ちていない時間だ。  
夜のほうが正体がばれにくく犯行もしやすいと言っていた母さんだけにそのことが引っかかった。  
「あれのせいよ」  
母さんがテレビを指し示した。  
「昨日三人の女性が何者かに襲われたの。夜の十時以降。同一犯の可能性が極めて高いそうよ」  
「へぇ」  
「大ちゃんの勇士を見にたくさんの人が集まるでしょ?あまり遅くするとその人たちが犯人に襲われる 
かもしれないから」  
「一般人を巻き込まないことも怪盗としての心得じゃ。肝に銘じておくんじゃぞ」  
「わかったよ。じいちゃん、母さん」  
食事を終えて荷物を手にとり家を飛び出した。  
「行ってきまーす」  
「六時前には帰ってくるのよ」  
母さんの声を背に僕は学校へと向かった。  
 
笑子は大助を見送ってから郵便受けを覗いた。  
数通あった手紙を取り出してざっと差出人を確認した。  
そのうちの一通に彼女の目は釘付けとなった。  
「小助さんからだわ!きゃあああ、うそーっ、うそうそーっっ」  
玄関前で年甲斐もなくはしゃぎまわる笑子の声が聞こえ、大樹は思わずちゃを吹いた。  
「な……なんて書いてあるのかしら」  
手紙には  
 
    近いうちに帰ります。     小助  
 
それだけが記されてあった。  
その簡潔な文体を笑子は信じられないといった様子で見つめた。  
(小助さんが……帰ってくる)  
 
 
教室に入ると冴原が中央に陣取ってみんなに話しをしている。  
「今日はなに?」  
「あれだよ、昨日の連続婦女暴行事件」  
関本が答え、、そういえば母さんもそのことを言っていたなと思い出した。  
「――親父から仕入れた情報によるとどうやら同一犯で間違いないらしい」  
冴原の父さんは刑事だ。僕も何度か怪盗の現場で顔をあわせている。  
「狙われた女性に共通点もなく、無差別に襲っているという線が強い」  
クラスのあちこちから女子が恐怖におののく声が上がる。  
「だから女子も夜の外出は控えたほうがいいぞ。今日はダークが現れるけど行くんじゃねえぞ」  
冴原が釘を刺したところで先生が教室に入ってきたので、クモの子を散らすようにみんな席へついた。  
 
朝と夕方のホームルームで言われたことは同じだ。  
放課後の外出は極力控え、さらに部活動も全面的に禁止ということになった。  
美術部では夏のコンクールに向けてそろそろ作業に取り掛からないといけなかったので  
活動の禁止という知らせを受けた時は溜め息が漏れた。  
(まあしょうがないか)  
他の部活だって夏にはいろいろとあるから僕がぐちぐち思っていてもしょうがない。  
時刻もそろそろ家に帰ったほうがよさそうだったので教室を出た。  
下足箱で靴を履き替えていた時、背中のほうから声をかけられた。  
「ねえねえ丹羽くん」  
「原田さん。なにか用かな」  
「あのね、一緒に帰ってくれないかな?」  
少しだけ逡巡した。時間のことが気になったけど六時前には間に合うだろう。  
「うん、いいよ」  
「ありがと。ほら、梨紅もこっち来なさいよ」  
「あっ」  
「梨紅さん」  
原田さんに腕を引かれて廊下の角から姿を現したのは梨紅さんだった。  
「あ、や、あたしはいいよ別に」  
「なに言ってるの。三人で帰ったほうが安全でしょ」  
「そうだよ。今は危険だから大勢で帰ろう」  
僕と原田さんが梨紅さんを説得すると彼女はしぶしぶといった感じで頷いた。  
(あの娘、乗り気ではないな)  
(そうだね。僕のこと嫌いなのかな)  
(それはないと思うがな)  
(なんで?)  
(我があの娘に憑依できたことがその証拠じゃ)  
(どうしてさ)  
(知らんのか?まあそっちのほうが面白いといえば面白いの)  
どういうことか何度か訊いたけど、結局さっちゃんは答えてくれなかった。  
 
日が沈みかけている頃、美術館内に潜入した青年姿の僕はじっくりと罠の一つ一つを解除して進んで 
いた。  
今日はいつもより気合を入れているみたいだ。  
(けど、このくらいならどってことないけどね)  
「しかし、今日の標的がよもや蒼月の鏡だとはな」  
「なんか知った風な口ぶりだね」  
罠を解除する手を休めることなく話しかけた。  
「知るもなにも、我がこうなる前はよく二人で遊びまわっていた」  
「こうなるって、短剣に宿る前?」  
「ああ。それが二人で遊んでおったらどこぞの阿呆に捕まってな、そのまま封じられた」  
「災難だったね」  
それからしばらくして不意に思っていたことを訊いてみた。  
「どうしてさっちゃんは話ができるの?」  
「どういうことだ?」  
「今まで僕が盗んできた美術品ってさ、さっちゃん以外は話せないのばかりだったからさ」  
「そういうことか。簡単なことだ、さっきも言ったように我はこの剣に宿るだけの精霊だからな」  
「じゃあさっちゃんは精霊だから話ができるんだ」  
「ああ。ちなみに主がこれから盗む蒼月の鏡も我と同じ存在だ。話ができるぞ」  
「( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー 」  
「精霊が宿る美術品は稀有でな。大抵はそれ自身の魔力が働いて力を行使しているだけじゃ」  
「なんか難しいね」  
「そう難しく考えるな。意思を持っているかどうか、そういった違いと考えればよい」  
「( ´_ゝ`)つ〃∩ フーンフーンフーン 」  
 
よっ、と罠という罠を解除して蒼月の鏡が展示されている大ホールへと辿り着いた。  
「今日はあまり警備がおらんな」  
確かにいつもより三割減といった数だ。  
「多分婦女暴行犯のほうに人員をまわしてるんだよ」  
声を潜めてさっちゃんと話した。  
「じゃあ頼むよ、ウィズ、さっちゃん」  
「ああ」  
「キュウ」  
ウィズの首に短剣を掛けて天井近くまで飛び立たせた。  
数名の警官が気付くがもう遅い。さっちゃんの力が解放されて警官隊に向けて強烈な光りが降り注い 
だ。  
その場にいたすべての人が、眠るようにして崩れ落ちた。  
「終ったぞい」  
「キュッキュ」  
「お疲れ様」  
僕との夢中セックスで新たにさっちゃんが身につけた力がこれだ。  
誰も傷つけることなく行動不能へとすることができるこの力は重宝してくれる。  
蒼月の鏡を守る最後のロックを難なく解除した。  
「ふぅ」  
どうにか今日もうまくいった。じいちゃんや母さんが言って聞かせるような満足感はないけどほっと 
する瞬間だ。  
「よう、久しぶりだな」  
さっちゃんが蒼月の鏡に向けて声を掛ける。  
「……」  
「おい?」  
「……」  
「これ、何とか言ってみせろ!」  
「……」  
「反応しないね」  
「まったく。どういうつもりだこやつは」  
ぷんぷんとさっちゃんが怒っている。  
「とにかくこれ盗っていくから」  
蒼月の鏡をリュックに押し込むと窓ガラスを突き破って上空へと飛翔した。  
 
「しっかし、どういうつもりかの」  
「なにが」  
「主が背負っているそやつじゃ」  
町の上を悠々と舞いながら僕とさっちゃんは自宅へと戻る途中だった。  
「なにか封印でもされてるんじゃないかな」  
「封印、封印か……」  
それからさっちゃんはしばらくの間黙り込んだ。  
「では主に封印の解除をしてもらおうか」  
口を開いたと思えばいきなりそう言われた。  
「そんな……。僕なんかに封印なんて解けるわけないだろ」  
「主ならできる。自信を持て」  
「まあ、いいけどさ」  
町の大時計は八時を指している。けっこう時間がかかってしまった。  
 
 
男は町を彷徨っていた。  
当てもなくそうしていたわけではない。明確な行動理念に基づいている。  
彼の目は一人の女の子を捉えている。  
まだ発育途中のその身体は少女ともいえるようなものだ。  
男はその日の、始めての標的として彼女を選んだ。  
なぜその子がそこにいるか、そういったことに興味などない。  
考える必要もない。それはただの獲物なのだから。  
そう、獲物。ただの餌。男の目には、それはただ動く力を得るために犯す、ただの餌に過ぎない。  
背後から忍び寄り、少女の制服を引き千切らんばかりの力で掴み路地裏へと連れ込んだ。  
 
 
コノ娘ナラ、足リソウダ・・・若ク、精ニ漲ルコノ娘ナラ、満足デキル・・・  
 
 
封印の解除を手伝わなくちゃならなくなったので、母さんにわがままを言って蒼月の鏡を譲ってもらった。  
絶対に何か言われると思っていたけど思ったより簡単に僕にくれた。  
今日はとても上機嫌だったような気がした。  
 
「で、どうやって封印を解くの」  
寝る前にベットの壁側に掛けた短剣と鏡に向けて訊いた。さっちゃん曰く、寝る前のほうが都合がいいそうだ。  
「うむ。まずは寝てくれ」  
「ね、寝るの!?なんで」  
「そうせねば夢に出れないではないか」  
「封印って夢の中で解くの?」  
「なに、難しいことなどない。いつも通りにしておればいい」  
いつも通りということは今日も僕は精を貪りとられるのか。  
「一日くらい休ませてくれてもいいじゃない」  
「贅沢言うでない。我を従えるならそれくらいの代償は毎日払え」  
「ひどい。ひどいよさっちゃん」  
涙を流しながら布団へ潜り込んだ。  
 
夢。いつも見る夢。  
けどこの時はいつもと違っていた。  
さっちゃんが本来の姿をしているし、その横に女の人が横たわっていたからだ。  
「さっちゃん、この人……」  
「ああ。こやつが蒼月の鏡に封じられた精霊だ」  
その人の顔を覗き見た。  
ショートヘアで眼鏡っ娘、メイド服を装備している。年齢的に僕とそう変わらないように見える。  
(というかさっちゃんとは正反対の容姿してるな)  
二人を見比べてみる。さっちゃんはぼいんとしていて、こっちの娘はぺったんとしている感じがする。  
「何をじろじろ見ている?」  
「い、いや別に。それより封印を解くってどうするの」  
うむ、と言っておもむろにさっちゃんが倒れている娘のお尻をぺろんと出した。  
「犯せ」  
両手でむんずとお尻の肉を掴んで左右に拡げると、本当に見事なまでの縦筋が割れてピンク色の柔肉が 
ぷっくら姿を現した。  
「お、犯せって、そんなこと言われてもっ」  
いきなりの出来事に顔を赤くして両手をぶんぶんと振って後ずさった。  
バックの体勢でお尻を突き出している娘の背中に跨るようにしてさっちゃんが誘ってくる。  
「主がせねば、こやつ一生目覚めぬやもしれんぞ」  
「んぐっ」  
「なにも無闇に犯せと言っているわけではない。こやつのために、だ」  
「その娘の、ため?」  
「ああ」  
そう言われると拒む理由がないように思えてきた。  
枷がなくなると僕のは正直に大きくなってびんと直立した。  
「素直だの」  
おかしそうにさっちゃんに言われるのが恥ずかしい。  
 
「わかったよ、やればいいんでしょ」  
それまでのことを払拭するようにわざとらしく大声でそう言った。  
くすくすとさっちゃんが笑っている。  
「そうかそうか。ならば入れてやれ」  
彼女の手がさらに割れ目を拡げ、膣壁がめくれそうなほどぱっくりと見えた。  
興奮が高まり、ペニスがびくびくと脈打ち始めた。  
「ちと待て。濡れてないと痛かろう」  
さっちゃんが舌なめずりし、突き出されたお尻に近づけていたペニスを咥え込んだ。  
「んッ」  
口内は熱く、舌使いも絶妙で鈴口をピンポイントで攻めたり、亀頭全体を撫でるようにぺろぺろとして 
くれる。  
「ほれ、これで十分だ」  
あっさりと口から僕のを引き抜いた。  
「寂しいならば早くこっちに入れてやれ」  
さっちゃんが促がすけどその必要はない。僕はもうその気だ。  
くちゅくちゅと乾いているその娘の膣口へ先端をすりつける。  
ぐっと腰を突き出すと、さっちゃんに舐めてもらったのが幸いしてずっと入った。  
しかしすぐに挿入がとまった。  
彼女の中は締めつけが強いとかそういったものじゃなくて、硬い。  
全然使い込まれてないそこは、初めて梨紅さんとしたときの感覚と似ている。  
「ふむ。穴が小さすぎるか」  
さっちゃんの指が両方からずんっと彼女の中に入り込み、穴を拡げるようにぐっと指で開いた。  
「ほれ、これで少しは拡くなったか?」  
「そんな無理矢理な」  
「かまうものか。これほどやってもまだ声さえ漏らさんやつにはこれくらいで丁度いい」  
そうかなと疑問に思いつつも少しは拡くなった穴の奥へと自らを押し込んでいった。  
ぎちぎちと食いついてくるけどさっちゃんの指が拡げているおかげで噛み付かれずにすんでいる。  
 
「おお、奥まで入ったか」  
さっちゃんの指が引き抜かれると、途端に膣壁が隙間なくぎっちりと締めつけてくる。  
「んうッ、すごい締めつけ……」  
「相変わらずこやつは……。まあいい、さあ主、はやく精を放ってやれ」  
「いや無理だよ無理。こんなに締めつけがすごいと動けないよ」  
「そうか」  
さっちゃんが僕の後ろに回りこんだ。  
「ねえ、何するつもり」  
「前立腺を刺激しようと思ってな。なに、夢の中だから少しは我慢できる」  
ずぶんと僕のお尻に何かが入ってきた。  
「んぎぃッッ!い、痛いよさっちゃん!」  
「こら、そんなに締めるな。指が折れるではないか」  
「指ッ、指入れちゃったの?!ひぐッ、痛い痛い、こねくり回さないでッッ!」  
「うん……うん、ここか。えいっ」  
「ひぐぁぁぁあッッッ!!?」  
僕の腸内でさっちゃんの指が曲がるのが伝わってきたかと思うと、途端に射精が堪えられなくなった。  
動かすこともなく、僕は彼女のなかでびゅるびゅると精液を放ってしまった。  
なんだろう、この感じは。一気に絶頂まで到達させられてしまった。  
「よく出るの。さすが前立腺効果といったところか」  
さっちゃんの言うこともわからずにぐったりと身体が重くなってくる。  
「こら、まだ終らんぞ。もっと注いでもらわんと効果が薄い」  
「ま、まだ……するの?」  
「当たり前だ。ほれっ」  
また中でさっちゃんの指が動き回り、僕のもあっという間に力を取り戻した。  
「今回はずっとこれでしてもらおうか」  
さっちゃんの声が絶望的に遠く聞こえる。その言葉が理解できないまま、僕は延々と弄られ続けた。  
 
 
 
「――あれだけ精を注いでやったというのに、あやつは目覚めぬかよ」  
ひりひりと痛むお尻をさすりながら、僕は教室へと向かっていた。  
「せっかく主の尻まで使ったというのに、まったく」  
夢の中で感じた痛みがそのままお尻に残っている。  
(もう尻なんか弄らないでよ)  
「さあな。主の反応が面白いからこれからも弄るかもしれんな」  
(絶対にダメっ)  
さっちゃんに釘を刺しつつ教室のドアを開けた。  
『…………』  
今日も冴原が中央に陣取っているが、クラス中が重い雰囲気に覆われている。  
「今日はどうしたの」  
鞄を机に置いてからいつものように関本に訊ねた。  
「今日のニュース見てこなかったのか?」  
「う、うん」  
さすがにお尻の痛みでニュースどころじゃなかった。  
「昨日もあったんだよ、婦女暴行事件」  
「昨日も?」  
二日続けてあったのは確かに驚いた。でもそれだけじゃこのクラスの雰囲気の重さが説明できない気 
がする。  
 
理解できていない僕に後ろから日渡君が話しかけてきた。  
「昨日の被害者は六名。そのすべてが東野中、つまりうちの女生徒だ」  
「そんなっ!?」  
沈黙を続けている教室の中に僕の声だけが木霊した。それを機に冴原が口を開いた。  
「で、だ。昨日も襲われた被害者の中に共通点は、ない。あるとすればうちの生徒だったってことだけ 
だ。  
そのことがよっぽど効いたのか、警察もダークそっちのけでこの事件の解決に乗り出してる」  
冴原がふっと一息ついた。  
「けどだからって安心すんなよ。いつ誰が標的になるかわからねえからな」  
その言葉は女子だけじゃなく、クラスの全員に向けられていた。  
「けどこのクラスからはまだ被害者がでていないことが救いっていや救いか」  
関本の言ったことにクラスの何人かが頷いた。  
「死者がでていないことも救いだと、そう思いたいな」  
日渡君がそう言った時に重い空気を打破するようにチャイムが鳴り響いた。  
(そうだね。そう、思いたいよ)  
(ああ。それにもし主が襲われれば、我が身を挺して守ってやる)  
(僕ならいいよ。でも、他のみんなが襲われたらって思うと……)  
(心配なら主がそいつを倒せば済む。怪盗の仕事ではないがな)  
僕が犯人を倒す。さっちゃんのその台詞が、放課後までずっと耳の奥に残っていた。  
 
 
その日の放課後は大世帯になった。  
男子は僕に日渡君に冴原に関本。女子は原田さんと梨紅さんと福田さんと石井さん。  
つまりいつものメンバーということだ。  
二人の委員長は学校でいろいろとあるということで一緒じゃない。  
「まあこれだけ固まってりゃ狙われることもないだろ」  
冴原の言うことに、しかし誰も頷かなかった。  
うちの学校の女子が襲われたことがまだみんなの胸につっかえていた。  
冴原が小さく息を吐き、それっきり別れるまで誰も口を開くことはなかった。  
 
家に帰り着くと母さんが出迎えてくれた。  
「お帰りなさい。大ちゃん、昨日の事件のことは知ってる?」  
「うちの女子が襲われた事件のことだね」  
母さんが頷く。  
「かなり危険な犯人らしいから、大ちゃんもしばらくお仕事のほうは休業よ」  
わかったよ、と頷いてから部屋にいって着替え、それから夕飯を食べた。  
テレビからは一昨日から起きている事件の特番みたいなものをやっていた。  
部屋に戻り宿題をしようと机に向かうけど、どうあっても手につかない。  
「あの猟奇事件が気になるか」  
壁にかかるさっちゃんが言うことを肯定した。  
「主も心配性だな。少し気をつける程度でいいだろう」  
「それはそうかもしれないけど」  
 
僕らの話を階下から響く母さんの声が遮った。  
「大ちゃん、電話よー」  
「はーい」  
階段を下りると母さんが子機を手渡してきた。母さんの顔がすごくニコニコしている。  
「はい、代わりました」  
怪訝に思いながらも電話の向こうの相手に話しかけた。  
「――もしもし、丹羽くん?」  
「原田さんっ!?ど、どうして」  
いきなり聞こえてきた原田さんの声に僕の体温が沸騰するように上昇していく。  
でも舞い上がって慌てる僕を一気に現実へ引き戻すようなことを原田さんが言ってきた。  
「梨紅が、梨紅が外に行っちゃったの!」  
「え……」  
「電話かかってきて、それで、友達が呼んでるとか言って、それで、それで」  
「落ち着いて原田さん。冷静になって」  
だいぶ混乱してるのが声からも伝わってきた。  
僕も彼女につられて混乱しそうになるのを堪えてなだめるような口調で話しかけた。  
僕がそうしたのが効いたようで、落ち着いて説明してくれた。  
ついさっき原田さんの家に梨紅さん宛てに電話がかかってきて、梨紅さんがそれを受けるとすぐに出 
かけると言い出したらしい。  
原田さんが問いかけると、梨紅さんの友達が今から家に帰ろうと思ったけど、一人が不安だというこ 
とで梨紅さんを呼んだということだ。  
 
「私不安で、どうしたらいいかわからなくて……」  
原田さんの声が震えている。犯罪者がうろついている町中に梨紅さんが一人で飛び出したから当たり 
前だ。  
僕は時間を確認した。七時になりかけるところで、空には雲がかかって少し翳っている。  
だからって安心できない。事件が起きる時間帯も不定期で、もしかしたらもう活動しているかもしれ 
ない。  
「原田さん、梨紅さんの服装はわかる?」  
「う、うん。黄色のシャツに青のショートパンツ。でもどうして……」  
「わかった。僕が梨紅さんを探してくるから、原田さんは家で待ってて」  
「そんな!」  
「いいから、僕を信じて」  
少し間をおいて、原田さんが受話器の向こうで小さく頷く声が聞こえた。  
「ありがとう。じゃあまた」  
「ぁ……」  
電話を切る直前向こうから何か聞こえた気がした。  
少し気にはなったけど、今は梨紅さんを探すほうが先決だ。  
急いで二階に駆け上がり、  
「ウィズ、さっちゃん、ちょっと出かけるよ」  
クローゼットの中から黒い服を取り出してそれに着替える。  
「仕事はないのではなかったか?」  
「仕事じゃない。梨紅さんを探しに行くんだ」  
「あの小娘を?危険ではないか」  
「わかってる」  
着替え終えるとさっちゃんを首に提げ、ウィズを肩に乗せてベランダから暗雲に覆われた空に飛び出 
した。  
翼と化したウィズが僕の身体を上空へと飛翔させる。  
「それで、小娘の居場所の見当はついておるのか?」  
「全然ないよ。でも探すしかないよ」  
胸の奥がざわざわして気持ち悪い。嫌な感じがして、不安で堪らない。  
 
「梨紅、ありがと」  
梨紅にお礼を言うのは、少し気の弱そうな女生徒である。  
彼女がいつものように塾へ行くと、今日から無期限の休業に入っていた。  
しかし彼女はそのことに気付かず、そこが開くのを待っていたらこんな時間になったと説明した。  
「ホント、あんたっておっちょこちょいなんだから」  
「うう、ごめんなさい」  
ぺこりと地面に額がつきそうな勢いで謝るのを見て梨紅は苦笑した。  
「いいってば、顔上げて。んじゃあたし帰るね」  
電話で呼んだ友人を家まで送り届けてから梨紅は自転車に跨り帰ろうとした。  
「待って!一人じゃ危ないよ。今日は泊まっていったら?」  
その申し出を受けて少し困った表情を浮かべた。  
「今は親もいないし、梨紅が泊まっても問題ないよ」  
「ありがと。でも梨紗を家に一人にしとくわけにもいかないから」  
この事件のせいで坪内も家族の元へ戻っている。つまり原田低には梨紗しかいないということだ。  
「そう……じゃあ気をつけてね。今日は本当にありがとう」  
梨紅は笑って手を振り返し、そしてその場を後にした。  
 
自宅までは大体七分。遠いような近いような微妙な距離である。  
七時を少し過ぎた時間だが空には雲がかかり暗い雰囲気が町全体を覆っている。  
通りには事件を用心してか、人通りはほとんどおらず、梨紅だけが自転車でそこを通っている。  
(なんか、やな感じ)  
空気がぴりぴりと張りつめたような、そんな緊張感がそこかしこから滲み出ているのを敏感に感じ取 
った。  
「さ、帰ろ帰ろっと」  
陰鬱な気分になりそうなのを吹き飛ばすようにわざと声を出してペダルを漕ぐ脚に力を込めた。  
 
 
どういうことだろう?  
先ほど目を覚ましたばかりの男はそう思う。  
昨日まではまばらとはいっても餌の姿がいくつかは見えていた。  
だが今日はどうだろう。まったく姿が見えない。  
ああ。  
男の中にどんどんと苛立ちがつのる。  
このまま何もかも破壊してしまおうか。  
それはいけない。餌がなくなってしまう。  
ああ。  
どうしよう、どうしよう、このイライラが治まらない。  
男がそう考え、行動に移そうか迷っていた時、獲物の気配を感じ取った。  
すぐにその気配のほうへ駆けて行き、そして見つけた。  
自転車に乗ってすいすいと進んで行く女の後ろ姿を。  
それも少女だ。男の好みの少女だ。  
どうするか?一気に後ろから襲い昏倒させるか?  
いやだめだ。それだと女の絶望も、絶叫も、恐怖も抵抗も甘美な喘ぎもなにも味わえない。  
それが男の望むもの。  
ああ。  
もう考えるのはやめよう。面倒だ。襲ってしまおう。  
 
男は流れるような速さで梨紅の背後へ迫り、そして右手を振り上げた――  
 
 
背後から聞こえたごっ、という鈍い音に梨紅は振り返った。  
そこには薄汚いコートを着た男の頭を壁に押しつけている黒服の少年の姿があった。  
「丹羽くんッ!?」  
その光景に驚いた梨紅は思わず脚をついて止まった。  
「梨紅さん逃げて!」  
男を押さえつけたまま大助は大声で怒鳴った。  
「逃げてって、なんで……」  
「いいから早く!」  
事情が飲み込めずにわたわたとしている梨紅に切羽詰ったようすで怒鳴り続ける。  
(っ!まずい、離れろ!)  
「――!?」  
男の右腕が振り上げられた瞬間、さっちゃんが大助の頭の中で叫んだ。  
右腕が振り下ろされる直前に押さえつける手を放して飛び退いた。  
振り切った腕の先、コートの中からは一筋の光りが放たれている。それは――  
 
「あれは……紅円の剣?」  
見覚えがあった。  
それは二日前に蒼月の盾の写真の下にあったもう一枚の写真に写っていたそれと同じものに違いない。  
あの真紅に染まる刀身の、その色だ。  
この状況下ではその色は、ありきたりな表現だけど血のように真っ赤だ。  
(なるほど。この事件の犯人とはこの美術品だったか)  
(美術品が……。そんなことがあり得るの?)  
(何かの拍子に剣の魔力が暴走したのだろう。不安定な魔力しか持たぬやつに稀にあることだ)  
さっちゃんの説明は相変わらず僕の頭じゃ要領を得ない。  
けど今は関係ない。どうにかしてこいつを梨紅さんから遠ざけないといけない。  
(けど、どうやって)  
あの長い刀身を受け止められるのは首に提げている短剣くらいだけど、はっきり言ってこれでやりあえ 
る自信はない。  
(そうだ。さっちゃんあれ、プールでやった時みたいな衝撃波を)  
(無理だ)  
あっさりと否定された。  
(彼奴を一時的に行動不能にはできるかもしれんが、それ以上は効果は望めん)  
(そんな!どうして)  
(わからんか?彼奴と我では力に差がありすぎる)  
さっちゃんが嘘を言うわけもなく、その声には緊張が満ちている。  
「くっ……」  
完全に手詰まりだ。倒す手段がない。  
 
男が梨紅さんに向き直る。僕なんか相手にしないつもりか。  
「ひっ」  
梨紅さんが恐怖に身体を引きつらせた。男が一歩一歩と彼女に近づいていく。  
黙ってみていることもできずに二人の間に割って入ろうとした。  
(……ひとつ、考えがある)  
「え」  
(ウィズ、主の部屋から蒼月の鏡をとって来い)  
(蒼月の鏡?それがあればどうにかなるの)  
(わからん。が、これは賭けだ。うまくいけば小娘を助けられる)  
「……わかった。行け、ウィズ!」  
「キュウゥッ!」  
ウィズが僕の肩から黒翼に姿を変えて上空へ飛び立った。  
それと同時に男に駆け寄って脚払いをかけて転倒させた。  
「――」  
転倒して起き上がる前の隙に梨紅さんの腕を掴み、身体を引き寄せて抱きかかえた。  
「わ、わわっ?!丹羽くんっ……」  
「黙って。舌噛むよ」  
梨紅さんを抱いたまま建物の外壁を蹴って跳びあがり、反対側にある外壁も同じように蹴り、そのま 
ま建物の屋上へ向かった。  
 
 
 
ああ。  
邪魔をされた。狩りの邪魔を、食事の邪魔を。  
ああ。  
あの少年、目障りだ。殺そう。  
 
 
屋上に梨紅さんを降ろすと目をぱちぱちして僕を見てきた。  
「あ、あの、に、丹羽くん……だよね」  
「うん」  
「今、今壁蹴ってここまで……」  
「梨紅さん」  
曲芸まがいの壁蹴りをしたせいで驚かせた梨紅さんの肩に手を置いた。  
「僕が時間を稼ぐ。それまでにできるだけ遠くに、人の家に上がりこんでもいいからとにかく逃げる 
んだ」  
「丹羽くん、丹羽くんが時間稼ぐって、どうして……ッ」  
背後でどすんと何かが落ちる音がした。それを見て梨紅さんの目が恐怖で見開かれる。  
「いい?合図したらすぐあそこの扉から逃げるんだ」  
目でそちらのほうを促がす。後ろからは足音が近づいてくるのが聞こえる。  
「あ……、あ……」  
「梨紅さん」  
がしっと肩を強く掴んで僕のほうに意識を向けさせる。  
「逃げるんだ。いいね」  
「ああ……」  
後ろから近づく音が大きくなってきた。。  
 
「行って……早く行って!」  
梨紅さんを扉のほうへ突き飛ばした。  
「に、丹羽くんっ」  
「早くっっ!!」  
僕が怒鳴ると一瞬だけ僕を見つめ、そして背中を向けて走り去った。  
それと同時に後ろから聞こえる足音も速くなる。  
梨紅さんを追うつもりだと確信していた僕は振り向きざまそいつに足をかけようとし、  
「避けろっ!」  
行動に移すより早くさっちゃんの怒号が聞こえてきた。  
「!?」  
わけもわからず、でも言われるままにその場から飛び退くと、さっきまで僕がいたところに男が右腕 
を振り下ろした。  
「なっ」  
梨紅さんを追いかけると思い込んでいた僕にはその行動が信じられなかった。  
さっちゃんが危険を知らせてくれなかったら僕の身体は二つになっていただろう。  
「どうやら主から始末するつもりのようだ」  
「それは……好都合、かな」  
強がりを言うのが精一杯だ。  
空からはぱらぱらと雨が降り始めていた。  
 
 
「雨……」  
ぱらぱらと自室の窓を叩く音に気付いた梨紗はまどろみかけた意識を頭を振って呼び戻した。  
窓へ近づき、指でなぞるように窓に触れた。  
「梨紅」  
ぽつっと姉の名前を呟いた。雨の中、まだ外にいるであろう彼女のことを思うと不安で堪らない。  
「……丹羽くん」  
続けるようにして姉を探してくれている彼の名前を口にした。  
梨紅を探しに行くと言ってくれたとき、少しばかり姉に嫉妬していた自分がいることに気付いていた。  
「最低ね、私」  
卑下するように言い、こつんと窓に額を当てた。  
「あら?」  
その時、雨の中を飛ぶ一つの影が目に入った。  
「鳥……かな」  
それにしては飛び方がおかしい。がくがくと、今にも墜落してしまいそうだ。  
梨紗には見えなかったが、その黒い鳥は首に蒼く光りを放つ何かをかけていた。  
雨は本格的に降り始め、明日までやみそうにない。  
 
 
雨を斬り裂いて男の剣撃が繰り出される。  
それを紙一重でかわしていくが、すでにいくつかの裂傷が身体に刻まれていた。  
「ウィズはまだ戻らんか!?」  
「雨が降ってるし、濡れて体力が落ちてる、と思う」  
「ちいっ。主、危ないと思えばすぐに我を抜け。体勢を立て直す時間稼ぎにはなる」  
「わかってる!」  
ウィズが着くまで魔力は温存してくれと言われたので、今はさっちゃんなしで闘わないとならない。  
僕の魔力の制御が未熟なせいで短剣を抜いた瞬間魔力の大半が漏れるからだと言われた。  
体力には自身がある。だからかわし続けられると思っていたけど甘かった。  
「くぅっ」  
男の剣撃はどんどん速くなっている。目が追いつかなくなりそうだ。  
「――あ」  
「なに?!」  
雨で濡れた屋上に脚をとられた。尻からどすんと転倒した。  
見上げると男は頭上高く右手を掲げている。  
(死ぬ……?)  
ただ漠然とそう思った。死が、僕の心臓をがっしりと掴んでいる。  
「抜けえぇぇっっ!!」  
言われるまま、僕は咄嗟に短剣を抜き放った。  
短剣が、いやそれが放つ強烈な閃光が男の右腕を受け止めた。  
僕と男の間で激しい爆音が響き、僕の身体は宙へ放り出された。  
 
頭の中にイメージが流れ込んでくる。  
制服を破かれ、地面へ押さえつけられる少女。  
ショーツを脱がせて、ただの縦筋でしかないそこに無造作に男の先端が割り込んでいく。  
少女の苦悶の叫びが男の耳に届き、そいつは悦んでいる。  
いやだ、こんなのは聞きたくない。  
けど男の動きは止まらない。腰を動かす。  
動かすたびに少女の小さな膣道が裂けていく。  
気持ち悪い。僕には不快でしかない。  
こんなことをしてこいつは悦んでいる。そのことが僕の理解を超えている。  
させちゃいけない。こんなことを、あいつにさせちゃいけない。  
(そうだ……、梨紅さんを、守らなきゃ!)  
 
朝目覚めた時のように意識がはっきりと覚醒した。  
「って、落ちてるうぅぅっっ!?」  
浮遊感を感じたと思うとすぐに下に引っ張られていく。  
「うわわあぁぁあぁっっっ!!」  
「慌てるな」  
(さっちゃん冷静すぎ!)  
もう声も出せない。体勢を立て直そうにもすでに勢いがつきすぎている。  
ただ地面に向かい一直線に落下していく。  
「案ずるな。間に合った」  
え、と思う間もなく僕の身体が上のほうから引っ張られる。  
「ぐへっ」  
かえるが潰れたような声を出し、さっきまでとは逆に身体が上昇する。  
「ウィズ!」  
「ンキュウ」  
そいつの名前を呼ぶと嬉しそうに声を上げ、僕を屋上へと運んでくれた。  
「キュウゥ……」  
僕を屋上へ降ろすとウィズが白い毛玉のように丸まった元の姿へと戻った。  
降り続ける雨に濡れて体力を消耗しすぎている。  
 
「ありがとうウィズ」  
ウィズに礼を述べて屋上をぐるっと見回した。  
「いない?」  
「彼奴め。もう動けるのか」  
「あれからどのくらい経ったの」  
「十秒かそこらだ。まだ遠くまで行っておらんはずだ」  
「わかった」  
急いであいつを追おう。さっき頭に過ぎった嫌なイメージみたいなことはもうあっちゃいけない。  
「待て」  
駆け出そうとする僕をさっちゃんが呼び止めた。  
「ウィズの努力を無にする気か?あれを、蒼月の鏡を身につけい」  
眠っているウィズの横には薄暗い今でも淡く光りを放つ蒼月の鏡が転がっている。  
「身につけるって?」  
「裏側に腕へ固定するためのものがついておる」  
「本当だ」  
鏡の裏にはさっちゃんが言ったとおり腕に丁度はまるように器具がついている。  
「昨日そいつと一緒に壁にかけられたとき気付いた。おそらくそれが本来のそれの使い方だ」  
がきんと腕に鏡を装着した。こうやって見ると、鏡というよりも……。  
「いや、そんなことより早く梨紅さんを探さないと」  
「あの小娘を追っていったと思うか。まあ間違いなかろう」  
ウィズを雨に濡れないように懐に入れて、僕は梨紅さんを追って駆け出した。  
「探しながらでいい。我が言うとおりにそれを使え。それを――」  
 
「はあっ、はあっ、ん……は、はぁっ」  
梨紅は走り続けていた。ただがむしゃらに、大助が言ったように逃げていた。  
雨で濡れた服の重さがラクロスで鍛えた梨紅の体力を吸い取るように消耗させていく。  
(なによ、なんなのよあれって!)  
自分の身に降りかかった非現実な出来事に混乱し、どうしていいかわからずにただ走り続ける。  
闇雲に走り回ったせいで、そこが居住区から少し離れていたことに気付かなかった。  
「あうっ」  
足を滑らせて前のめりに濡れた地面に激突した。  
「うう……」  
痛くて、気持ち悪くて、理解ができていないが、それでも大助が言ったから、彼女は走り続けよう 
とした。  
だが、雨が降り続ける中で微かに、しかし聞き違えることのない音が梨紅の耳に届いた。  
「あ――」  
ぱしゃぱしゃと水を踏みながら、前方の闇から人影がすっと現れた。  
「あ、あっ」  
意味のない音だけが喉から漏れる。這うように後ろへ下がっていく。  
(丹羽くん……は?)  
あいつがここにいるということは、つまり、そういうことなのか?  
梨紅の中でどうしようもないくらいぽっかりと大きな穴が開き、そこから虚無感が押し寄せてくる。  
男が駆け寄ってくる。もう無理だ、諦めだけが梨紅の胸を占めた。  
「――くさん!!」  
 
 
ああ。  
またあの少年だ。  
せっかく獲物が目の前にいるのに、彼がまた立ちはだかった。  
獲物を守るように上空から降り立ち、また立ちはだかるのか。  
あれだけ傷を負わせ、恐怖を植えつけ、それでも立ちはだかるのか。  
いや。  
止めを刺さなかったほうが悪いか。  
大丈夫、安心しろ。次こそちゃんと仕留める。  
これで最後にしよう。  
こちらに向かってくるその頭に、右腕をぶち込んでやろう。  
あんなに短い剣を構えても無駄だとわからないのだろうか。  
腕を振り上げ、そして狙った一点に振り下ろした。  
 
 
 
「――今だ、防げ!」  
さっちゃんの掛け声にあわせて左腕をかざした。  
装着した蒼月の鏡が振り下ろされてきた紅円の剣の剣撃を受け止めた。  
腕にビリビリとした衝撃が伝わる。  
(けど、斬れてない!)  
 
 
蒼月の鏡なら防ぐことができる。そう思った瞬間、  
 
パリィィィン  
 
「割れたぁっ!?」  
鏡が音を立てて粉々に砕けた。  
「いや、これでいい……と思うがな」  
「なにそれっ……?」  
腕に残った鏡の装飾部が光りを強く放ちだした。  
淡くぼんやりとするだけだった光りがその町の一角だけを蒼く染める。  
「これって……?」  
「ふふん。喜べ、賭けは我らの勝ちだ」  
勝ちとはどういうことか飲み込めない僕の頭の中にさっちゃんとは別の声が聞こえてきた。  
「あら?おはよーございます」  
「んんっ!?」  
その妙に間延びしたような呑気な声がまったくこの場にそぐわない。  
「やっと起きたか、レム」  
レムっていうのは、今頭の中に聞こえた声の人物のことなのか?  
「あ、さっちゃん!おひさぁ」  
「挨拶はいい。目覚めて早々ですまんがお主の魔力をすべて我によこせ」  
「えぇっ!?なんでどうして!ってもう吸われてるうぅぅーー……」  
腕の装飾から魔力がしぼむように小さくなり、右手にした短剣に爆発するほどの力が集中していくの 
が僕にもわかる。  
 
「うわあぁぁぁぁっっっ!!」  
逆手に構えた短剣で薙ぐように男の腹部へ斬りつけた。  
眩い閃光が視界を奪う。  
耳をつんざくような不可聴の音が周囲の建物に亀裂を生じさせる。  
そして金属が地面へ落ちる甲高い音がかろうじて聞こえた。  
白い世界に覆われていた視界がが少しずつ現実の世界を捉えだす。  
斬りつけた体勢のままの僕の足元に、真紅の刀身をした剣が雨に打たれていた。  
短剣を鞘に収めて右手でその剣を拾い上げた。  
「やった……の、かな?」  
その問いかけに答えてくれる声はなかった。けど、僕にはわかっていた。  
「……は、はは。そっか、やったんだ」  
そう思うと急に足腰から力が抜けて、建物にもたれるようにして腰を下ろした。  
「紅円の剣、いただきました」  
怪盗らしくそう言っておいた。しばらく、このまま動けそうにない。  
遠くのほうからばしゃばしゃと水飛沫を立てて駆け寄ってくる人の姿が目の端に映った。  
「丹羽くん!」  
動けない僕の顔を梨紅さんが覗き込んできた。  
「大丈夫!?あ、ああ大丈夫じゃないよねっ、こんな切り傷いっぱいで……ッ!」  
「無事で、よかったよ」  
石みたいに思い左腕をなんとか上げ、彼女の頭をそっと引き寄せた。  
「ホントに、よかった……」  
「に、丹羽くん、……ぅぐっ、ひぐっ」  
心底安心した僕がそう囁くと、堪えてきたものが決壊したように梨紅さんがしゃくり上げた。  
「もう大丈夫だから。絶対に」  
なだめるようにして、彼女にずっと声をかけ続けた。  
降りかかる雨をひどく鬱陶しく感じてしまう。  
 
 
しばらくそうしていると、泣き疲れた梨紅さんが僕に寄りかかるようにして寝息を立て始めた。  
僕もそのまま寝てしまいたいと思ったけどさすがにそうもいかない。  
「ウィズ」  
名前を呼ぶと僕と梨紅さんの間からウィズがもぞもぞと姿を現した。  
「飛べるかな?」  
雨はまだ降り続いている。ウィズは首をぶんぶんと横に振った。  
「そっか。じゃあ歩いていくしかないね」  
立とうとしたけどまだ身体中が軋むように痛い。  
「まだ動けないか。いててっ」  
再びどすんともたれかかった。その時、首から提げた短剣が音もなく崩れ去った。  
「…………え?」  
僕が疑問に思っている間にも短剣は、砂が風に飛ばされるようにさらさらと、この世から消え去った。  
「さ、っちゃん?」  
呼びかけても答えは返ってこない。  
「さっちゃん?ねえ、さっちゃん!」  
首だけを廻らせて周囲に何度も呼びかけた。  
「なんだ、騒々しいぞ」  
どこからか答える声がした。  
「え、さっちゃん……?」  
けど、何か違うと思った。その違和感の正体はすぐに察しがついた。  
僕が訝しく思ったのは、その声がいつものように直接頭に響くようなのじゃなくて、肉声が耳から聞 
こえてきたからだ。  
それになんというか、口調は間違いなくさっちゃんだけどすごく若々しい、というか幼い感じがする。  
「呼んだか?」  
梨紅さんの影になって見えなかったところからぬっと人影が生えてきた。  
「え、え、ええぇぇぇっっ!!?」  
その容姿は、彼女特有の小悪魔的な雰囲気を残しつつ、それを小学校中学年まで引き下げたような、 
そんな感じだ。  
もちろん彼女というのはさっちゃんのことだ。  
「どうし、どうして、って、あれ……?」  
混乱したせいか、なんとか保っていた僕の意識はぐんぐんと引きずり込まれて堕ちていった、  
 
 
雨が降り続ける中、一人の男が傘も差さずに一軒の家の前に立っていた。  
その家の表札には『丹羽』と書かれている。  
「久しぶり、かな?それとも……」  
何と言って家に入ろうかなどと考えつつ、彼は玄関のドアを開けた。  
 
 
 
次回、パラレルANGEL STAGE−06 幼女との死闘  

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