夢――夢の中。
今日も今日とて僕はさっちゃんに犯されていた。
「どうしたの丹羽くん?そんな突きじゃあたしイかないよ」
「んあぁ、む、無理だよ……」
四つん這いになってお尻を突き出している梨紅さんの後ろから攻めている。
ように周りからは見えるかもしれないけど、実際は彼女の手の上で踊らされているだけだ。
「ほらほらぁ、こんなのどう?」
彼女が腰を回すと僕のペニスが胎内でこねくり回されて耐え難い射精感が一気にこみ上げてくる。
「ふぁぁッ!」
情けない声を出して僕の尿道からどぷっと大量の精液が彼女の膣道内へと流れ込んでいった。
「丹羽くん、だらしないよ」
「んくっ……」
肉の壁が僕からさらに精を吸い出すようにうねうねと波打つ。
これをされると僕のがまたむくむくと膨らんでいく。
夢の中でのさっちゃんの性戯のせいで果てることが許されない。
「これで七回目だよ。早くあたしをイかせてよぉ」
その口調はとっても甘くて、でもその余裕ぶった姿勢が悔しい。
「んぎぎぎぃッ!」
梨紅さんのぷっくらとしたお尻の肉を両手で掴んで形を変えるほど強く揉んだ。
「んあッ、ちょ、ちょっと丹羽君!?」
「今度からは僕が攻めるからね!」
今まで梨紅さんの腰で弄ばれるだけだった僕はそれを覆すように自分から攻めだした。
「ンンうッ!ふ、ははっ、積極的だなぁ主よ」
にたにたと意地悪い表情で僕のほうを振り返った。
「何度も遊ばれるだけじゃ気が済まないからね」
強がってそう言った。実のところもう八回目の絶頂が近づいてきている。
それだけ梨紅さんの――それともさっちゃんのだろうか、膣内は熱く、濡れ、締まる。
「そのような台詞は一度でも我をイかせてから口にしてもらいたいな」
うりゃ、とさっちゃんが腰をくねらせると正直者の僕のは素直に吐き出してしまった。
「不甲斐ないの」
その一言に男としての僕の自信は砕け散ってしまいそうだった。
溜め息を一つついてからティッシュでザーメンを拭き取ってトランクスを穿き替えた。
結局、僕がさっちゃんを満足させられたのはプールがあったあの日だけだった。
それから後はそれまでのように、いやそれ以上に激しい攻めで僕を虐めてくる。
それに比例するように吐き出される精液の量も増えてしまっている。
「まあしばらくすれば主も一人前の男になれるじゃろ」
「そうかなぁ」
「そうじゃ。なんせ我が直々に性の手ほどきをしておるのだからな」
「それが困りものなんだけどね」
登校の準備を済ませ、朝食を食べにキッチンまで下りていった。
母さんとじいちゃんに挨拶を済ませて席に着くと母さんが話しかけてきた。
「大ちゃん、今日は調理実習よね?エプロン持った?」
「うん、持ったよ」
「ほほう。で、何を作るんじゃ?」
「カレーだよ」
「そう。じゃあお夕飯はカレー以外のものにしなくちゃね」
しばらくして、母さんが唐突に切り出してきた。
「ねえ大ちゃん。最近欲求不満かしら?」
思わずパンを喉に詰まらせるところだった。慌てて牛乳を流し込んだ。
「い、いきなりなに言い出すのさ」
「だって、最近大ちゃんのパンツが……」
「っ!!」
僕が夢精したトランクスのことを言っているのだろうか。というかそれ以外考えられない。
トランクスにこびりついた精子はティッシュで拭き取り、そのティッシュはトイレに流している。
だからばれることはないと思っていたけど、僕の考えが浅はかだったのか?
(そ、そうだ。母さんの目を誤魔化せるわけがなかったんだ……!)
体中から汗が噴き出し、そわそわと挙動が怪しくなっていく。
急いでパンを口に詰め込み、何か言われる前にキッチンを飛び出した。
「ごちそうさまっ」
そのまま鞄を部屋までとりに行き、そのままの勢いで家を出て行った。
「行ってきます!夕飯楽しみにしてるよ」
大助が家を出た後、笑子は穏やかな笑みを浮かべて彼の行く先を見ていた。
「大人に……なったのね」
「何のことじゃね、笑子さん?」
「お父さんはもう枯れ果てているからいいんですよ」
「すまんのう。最近耳が遠くて聞こえんのじゃ」
「あの子もお父さんに似てきた、って言ったんですよ」
学校に行く途中、僕はある対策を思いついた。
(そうだ、あれだよあれ。避妊具)
「それがどうかしたのか?」
(あれでカバーすれば夢精してもトランクスにも付着しないからどんなに出しても母さんにばれないよ)
「ふむ、それが主の思いついた対策か。悪くはないの」
(だろ?じゃあ機会があればいつか買おっと)
「主の小遣いで足りるか?」
(んん……、どうだろ。その辺は誰かに訊いてみようかな)
朝からそんなことを考えながら学校へ行くなんて、僕はただのエロガキじゃないか。
教室は今日の調理実習の話で持ちきりだった。
いつものように四人で輪になってぐだぐだと話をしている。
「もう夏だぞ。なのにどうしてカレーなんだ?」
「確かにな。熱すぎて堪らないだろ」
「だが夏の食欲増進にはカレーなどはいいとこの前あるるー大辞典で言っていたぞ」
「うん。それに自分で作るんならきっと美味いと思うし」
「ま、火傷しないように気をつけないとな」
「お前らの中で料理できるやついるか?ちなみに俺はダメダメだ」
関本が訊いてくると冴原が一番に答えた。
「ふん、愚問だな。オレに不得意な分野はねえ」
「すごい自信……。僕は、まあ普通かな。自分で作ることはそうないけどね」
「俺は料理はしないからな。インスタントがほとんどだ」
日渡くんがそう言うと冴原が身を乗り出して熱く語りだした。
「んなのはダメだ!いいか、料理というのはだな(中略)だから今度暇あったらお前んち行って作って
やるぜ」
「そうか。なら機会があれば頼む」
そんなこんなで楽しいひと時はあっという間に過ぎるのであった。
「きゃああぁぁぁぁっっっ!!」
本日何度目だろうか、調理実習室に原田さんの悲鳴がこだまするのは。
「またお前か原田ァ!」
そしてそれと同じ数だけ加世田先生の怒鳴り声が響き渡る。
「小麦粉を焦がすなと何度言ったらわかる!!」
「ご、ごめんなさいっ」
ぺこぺこと原田さんが頭を下げる様をちらちらと見ながら、僕は人参の皮を剥いていた。
「梨紗ったらまたやってる」
目の前でジャガイモの眼を取っている梨紅さんが同じ数だけ溜め息を漏らす。
「ったく、料理に対する真剣さってやつが欠けてるからああなるんだ!」
左隣で玉ねぎをきざんで涙を流す冴原が同じ数だけ僕にそう言ってくる。
実習は四人一組でまとまってカレーを作るように班分けされている。
僕がいる班のメンバーは冴原と梨紅さん、そしてもう一人が委員長の沢村みゆきさんだ。
沢村さんは僕の右隣で小麦粉をしゃもじでこねている。
実はその日までカレーに小麦粉を使うとはまったく知らなかった僕。
そのことをこの班で言ったら三人から一斉に突っ込まれてしまった。
(なんか、僕以外はみんな料理できる人ばっかだな)
改めて沢村さんの手つきを見ると、手首のスナップがよく効いて、滑らかな動きで小麦粉が見事に
形を変えていく。
「丹羽くん、自分の手元見ないと危ないよ」
沢村さんの手元を見る僕を彼女自身が注意してきた。
「ごめんごめん。上手に小麦粉混ぜてるからそれ見ててさ」
「これくらい少し練習すれば誰だってできるよ。やってみる?」
そう言って僕のほうに小麦粉の入ったボールとしゃもじを差し出してきた。
「じゃあちょっとだけ」
二つを受け取って、さっき沢村さんがしていたように見よう見まねで手を動かした。
「違う違う」
すぐさま注意されてしまった。
「もっと手首のスナップ効かせて……力入れなくていいから、こう」
沢村さんが僕の手を取って事細かに教えてくれる。
それを聞き逃すまいと真剣にその教えを噛み締めていく。
「うん……そうそう。大分上手になってきたよ」
「そうかな。沢村さんのおかげだよ」
「丹羽くんが飲みこみいいんだよ。器用なんだね」
「へへ、ありがとう」
(なによなによ、でれでれしちゃって……)
原田梨紅は苛立っていた。
(あ、あたしだって、教えてくれって言ってくれればもっといろいろ教えてあげるし)
丹羽大助に沢村みゆきがいろいろ教える様を見て、軽く嫉妬していた。
(そんでそんで、ああ、あたしのこともいろいろ教えてあげるよー、なんて言っちゃったりして、
ってキャー!)
ちょっと最近大助のせいでいけない妄想が拡がりつつあった。
「――原田姉、手元見とかねえと……」
(でも料理か。丹羽君、あたしが作ったりしたら食べてくれたりするかな)
「おいっ!」
「え……きゃッ」
目の前にいた冴原が突然声を上げた。実際はさっきから呼びかけていたが、梨紅にはそう思えた。
その拍子に手を滑らせ、左手人差し指の指先を少し切ってしまった。
「わ、わりい。大丈夫か?」
怪我の引き金を引いてしまった冴原が心配そうに声をかける。
二人の騒ぎを聞きつけ、大助と沢村が梨紅の側へ駆け寄った。
「梨紅、血が出てるよ!早く手当てしないと」
沢村の言葉に頷いてエプロンのポケットから絆創膏を取り出して指に巻きつけた。
梨紗が怪我をしたときのために持ってきたものを自分が使うことになって少しだけ惨めな気分にな
った。
「大丈夫?」
「平気。もう大丈夫だから」
素っ気無く告げて調理へと戻った。
大助は梨紅に突き放されるような言い方に戸惑った表情を浮かべたが、沢村が促がすとしぶしぶ作
業へ戻った。
素直に言いたいことが言えなかったことをひどく後悔する梨紅であった。
僕らのカレーのデキは上出来だ。加世田先生からもクラスで一番だというお墨付きだ。
(あの三人が揃ってまずいのができるわけがないんだけどね)
後から聞いた話によると、梨紅さんと沢村さんはクラスの女子の中じゃ料理上手で知られているそ
うだ。
僕一人だけがこの班で少し浮いている気がした。
原田さんの班はというと、まあ、言うだけ酷かもしれない。
先生から(原田さんだけが)こっぴどく注意を受けてしょんぼりしている姿が印象的だった。
――昼休み、とんでもないお誘いを僕は受けることになった。
「私の家に料理食べにこない?」
原田さんの口からそんなことを言ってもらえるなんて夢にも思っていなかった。
「といっても私の手料理だから全然自信ないんだけど」
「そんなことないよ!行くよ行く行く」
意気込んで答えた。
「嬉しいっ。じゃあ今度の日曜に私の家に来てくれる?場所わかるかな?」
その後二、三言葉を交わしてから原田さんは向こうへいった。
「それじゃ期待しないで待っててね」
「うん、期待して待ってるよ」
すっかり舞い上がって有頂天になっていた。
(日曜か)
「楽しみだの」
(さっちゃんも行くの!?)
「当然だ。主に寄る害虫は取り払わねばならんからな」
(原田さんは害虫なんかじゃないよ!)
「あやつの料理のことを言ったつもりだがな」
(うぐっ)
否定できない自分が悲しかった。
「料理、料理か」
自分の席に腰掛けて日渡はぶつぶつと呟いた。
「面白いことになりそうだな。なあ丹羽?」
さっきの二人の会話を盗み聞きしていたのは言うまでもない。
「っていうわけだから、今度の日曜丹羽くんが家に来ることになったの」
それからきっちり五秒、梨紅は席から跳ね上がり梨紗に詰め寄った。
「な、な、な、な、な、な、な」
眼を白黒させて声にならない声を出してわたわたしている梨紅に言ってくる。
「だからお姉さまぁ」
「ひッ……」
梨紗が、何かをお願いする時の声を出す。
そしてさすが双子。何をお願いするつもりか瞬時に悟った。
(料理を教えてもらうつもりね)
大助が訪れることになる数日間の間に特訓するつもりだ、それがわかった。
そんなことになれば大助の中でさらに梨紗の株が上がっていくことは目に見えている。
(そうは、させるもんですかっっ!!)
「そっか。じゃああたしもなんか作ろっかな」
「…………え?」
「だって梨紗の料理だけじゃせっかくきてくれた丹羽くんがすぐ帰るじゃない」
「そ、そこまで言うかな!?」
「だって事実じゃん」
「そんなことないもん!」
「じゃあ証明してみなさいよ」
「わかってるわよ、見てなさい梨紅!」
「それじゃせいぜい頑張ってね。変なのができないようにね」
「むかーッ!ぜっっっっったい美味しいの作るからね」
梨紗の台詞をひらひらとした態度で受け流して梨紅は教室から出ていった。
「本当に見てなさいよ。丹羽くんも梨紅もぎゃふんと言わせてやるんだから……っ!!」
並々ならぬ決意であった。
(やった。これで丹羽くんにあたしの手料理食べてもらえるじゃん!)
策士梨紅は見事梨紗の計略から脱し、さらに大助に料理を披露することとなった。
(これであたしの株が急上昇、ゆくゆくは丹羽くんのお、おおお、お嫁さん……なんちゃって、
キャー!)
このところ壊れ気味の梨紅だった。
「――そうか!原田妹もついに改心したか!」
「はい。是非ともあなた様の下で料理の修行がしたいのです」
冴原にぺこりと頭を下げて料理の修業を頼み込むのは梨紗である。
冴原の説得は思いのほか簡単すぎた。
「冴原先生……料理が、したいです……」
その一言で冴原は容易にオーケーしてくれた。
「わかった、オレに任せろ。週末までにわお前を一人前の料理人にしてやる」
「ありがとうございます。しかし、私は一人前の料理人では満足できません」
「どういうこった?」
「せめて、あの原田梨紅に勝るとも劣らない実力を身につけたいのです」
「原田姉に……」
冴原は少しの間逡巡した。梨紅の実力は今日の実習の時間で十二分に理解できていた。
「辛い、修行になるぞ……」
「覚悟の上です」
「そうか。ならば何も言うまい。オレについて来い、原田妹!!」
「はい、師匠!!」
ここに、なんとも奇妙な師弟関係が結ばれてしまった。
日曜日、午前十一時――
「へー。ここが原田邸か」
「……」
「なかなか大きな家だな」
「……」
「悪いな、誘ってもらって」
「……」
「私二人の家初めて来たよ」
「……」
「うん、私も」
「……」
「まったく。どうしてあたしが料理作りにこないといけないかなぁ」
「……」
原田邸の玄関前には僕と冴原と関本と西村、石井さんに福田さんに沢村さんの姿があった。
「やあ、遅くなってすまない」
僕らの後ろからのん気に遅れて現れたのはみんながここに集まる元凶となった日渡君がやってきた。
「遅いぞ日渡。企画の立案者が遅れんじゃねえよ」
企画の立案者。いつの間にか日渡君がそういうことになっている。
その企画というのは『女子対抗・クッキングバトル選手権』という、当初の予定から大分かけ離れ
たものになっていた。
(普通に原田さんの手料理が食べたかったんだけどな)
「諦めい。あの小僧、なかなかの策士だな」
(はぁー……)
「本当にすまないな。うん、どうやらみんな集まっているな」
日渡君がざっとその場にいる全員の顔を見回してから原田邸のインターホンを押した。
ばたばたと中から二人分の足音が聞こえてくる。
扉が開かれると原田さんたちが中から出てきた。
「やあ二人とも。今日はお呼びいただい」
『消えろおぉぉぉぉぉっっっーーーー!!』
二人の拳が日渡君の顔面へ炸裂し、どういった原理か、彼が宙を舞い、僕らの頭上を越えて地面
へ激突した。
『…………』
全員が起こった出来事を理解できずにただただ唖然としていた。
『丹羽くんいらっしゃい!さあこっちへ!!』
「あ、ちょっと、ちょっとぉ」
二人に腕を引かれ、僕は家の中へ連れ込まれた。
「さあみんな」
『ぬぅをっ!!?』
置いてけぼりに去れていた彼らに頭から血を流し吐血しメガネ割れて悲惨な姿の日渡が言う。
「俺たちも中に入ろうじゃないか」
先陣を切って日渡がずんずんと原田邸に上がりこんだ。
残りのみんなに躊躇いが見られるが、おずおずと彼の後に続いていった。
「俺の記憶が確かならば」
暗闇の中で一条のスポットライトの光りが日渡君を照らす。
「かの有名な料理人、道端三郎太はこう言った」
「誰だよそれ」
「僕も知らないよ」
テーブルに座らされている僕ら男子はこそこそと囁きあった。
「『口に入ればみな同じ』と」
『なんじゃそりゃ!』
みんなで一斉に突っ込むが日渡君は気にする様子もない。別にいいけどね。
「それでは今回のバトルの出場者の紹介に移らせてもらおう」
六つある入場門の一つからスモークがもくもくと噴き出した。
「無駄に凝ってるな」
「ああ無駄だな」
「金の無駄だな」
「無駄だね」
とりあえずみんなで無駄を連呼した。
スモークの向こうからは女子が一人歩み出てきた。
「がさつな性格とは裏腹に案外料理が得意、委員長・沢村みゆき」
「日渡君泣かすよ?」
「暴言だ!謝罪と賠償を要求するっっ!」
「西村も熱くなるなよ」
続いて別の入場門から同じようにスモークが噴き出す。
「その実力は如何ほどか、クラスメート・石井真理」
「どもども」
手を振る石井さんにみんなで振り返した。
「こちらも実力は未知数、クラスメイトその二・福田律子」
「うわ、ひどい紹介されてる?!」
「ああひどいな」
「可哀想だな」
「司会失格だな」
「降板したほうがいいね」
とりあえずみんなで日渡君を責めた。
「……続いてはこの日のために特訓しました。原田妹こと・原田梨紗」
「ふふん」
「なんか妙に自信ありげだな」
「あたり前だ。オレが懇切丁寧に教えたんだからな」
「へー。じゃあ期待できそうだね」
そして日渡君が最後の選手の紹介に移った。
「実力は折り紙付き。原田姉こと・原田梨紅」
「ここって、うちのダイニング……だよね」
「ああそうだな」
「ダイニングだな」
「間違いないな」
「変わってるけどね」
ダイニングの異様な変貌ぶりに梨紅さんが驚いてるのが伝わってくる。
「ちなみにここのセットは『調理の達人』をイメージしたものにしている」
「どこから資金調達したんだ?」
「セット、食材、食器、その他諸々はすべて俺の提供だ。原田家の両親が不在ということだが坪内
氏にも無断で改装しておいた」
「この変わりようはあんたのせいか!?っていうか坪内には相談しときなさいよ!!」
梨紅さんが怒っている。家をこんな風にいじられればあたり前か。
「では選手の紹介も終ったところで本日の勝敗の決め方を教えておこう」
すっと姿勢を正して日渡君が告げてくる。
「料理は一品。それをもって丹羽・冴原・関本・西村の四人の票を最も多く獲得した者の勝利とする」
「はい、しつもーん」
「なんだ関本」
「一番の女子が複数いた場合はどうすんの」
「その場合は俺の独断と偏見で勝者を決めさせてもらう」
『ひどっ!!』
とりあえずみんなで突っ込んだ。
「まあこれを機会に女子の諸君も男子のハートを射止めてくれ」
「これってそういう企画なの!?」
沢村さんが訊ねると日渡君は大仰に頷いた。
「では一位の者には一日だけ男子一人を好きに扱える権利も与えよう」
「異議ありっっ!!」
ばん、と音を立てて席を立ったのは関本だ。
「それは男子の尊厳を明らかに無視している!」
「待ったっっっ!!」
西村が同じようにして席と立ち関本に反論した。
「俺は別にいいと思う!」
「それでも委員長かお前は?!」
「今はそんなことは関係ないっ!!」
わーわーと二人が言い争うのを軽く聞き流して司会者は話を進めていく。
「それじゃあ外野は無視して調理のほうに取り掛かってくれ。制限時間は三十分だ」
ちーん、と手にしたトライアングルを鳴らし、戦いの火蓋が切って落とされた。
原田梨紅は燃えていた。
(これを気に、一気に丹羽君に近づくんだから)
並々ならぬ気迫をみなぎらせ、また板の上の鯉を切り刻んでいく。
(あたしが優勝すんだかんねっっ!)
原田梨紗も燃えていた。
(修行で会得した明鏡止水の境地、ここで見せてあげるわ)
指に巻かれた無数の絆創膏が修行の厳しさを彷彿とさせる。
(優勝は私のものよっ!)
福田律子もなぜか燃えていた。
(ここで丹羽君と近づけばもっと出番が増えるっ)
ただのクラスメイトからヒロインの座へと上り詰める絶好の機会である。
(優勝はいただきよ!)
石井真理さえも燃えていた。
(男子を好きに、男子を好きに、男子を好きに、男)
実はすきものの彼女だった。
(子を好きに、男子を好きに、男子を好きに、男子)
沢村みゆきもやはり燃えていた。
(委員長として、男子を好きになんてさせてなるもんですか)
委員長としての責任感に燃えていた。
(あたしが優勝して、それから…………ぽ)
「…………つまらんな」
(なにが?)
「誰も彼も真剣に料理に取り組みおって。つらまん」
(それはそういう企画なんだし)
「もういい。我は寝る」
(せっかく来たのに?)
「ああ。それではこの下らん企画が終ったら声をかけてくれ」
(はいはいわかったよ)
それに、さっちゃんがいないほうがゆっくり楽しめるかもしれないし。
「なんか言ったか?」
(いや、別に)
「さて、もう料理が完成したわけだが」
「相変わらず展開が早いな」
「無駄のないストーリー展開だと言って欲しいな」
「さいですか」
日渡君と関本の掛け合いもそこそこに梨紅さんが皿を持って現れた。
「丹羽くん、召し上がれ」
どすんと僕の前に皿を置いた。
「こ、これはっ」
「鯉の刺身か」
「美味そうだな」
「早速いただくか」
僕らは鯉の刺身を一切れ口に運んだ。
「――!」
「う、美味い」
「確かに」
「こりこりとした食感。さらに鯉の新鮮味を(中略)さすがだ、原田姉」
「ふふんっ、これで優勝はあたしのもんね」
「見事な一品だった。それでは次の選手」
「はい」
てくてくと現れたのは原田さんだ。
「さあ丹羽くん」
また僕の前に皿が置かれた。
「こ、これはっ」
「お、おにぎり……」
「おにぎりだな」
「オレが教えたとおり、見事なデキだ」
それは見事とは言えない、と思う。
(か、形が……)
「まあ重要なのは見た目じゃないぞ。さあ、お前ら食え」
冴原がそう勧めてくるので、おずおずとそのおにぎり、のような芸術的な多角形をしたものを手に取り口にした。
「……」
「…………」
「………………」
「どうかな?」
原田さんが期待したような目で僕を見てくる。でも、これは答えていいのだろうか?
「すまん原田妹」
「えぇ、なんで?なんで冴原君が土下座しちゃうのっ!?」
すべてを察した、というか始めからわかってたと思うけど、とにかく冴原が土下座で謝った。
「とりあえず君はもう退いてくれ」
「ち、ちょっと待ってよ。私まだ感想聞いて――」
騒ぎ立てる原田さんを日渡君がどこかに連れて行った。
「少し問題が発生してしまったがさして重大なことではない。では次、福田律子選手」
口の中がもっさりひりひりしている僕――おそらく他の三人もそうだと思うけど――は、とにかく口直しがしたかった。
「はいはーい」
福田さんが調理を終えたものを両手に抱えて現れた。
『なんかもくもくしてるっっっ!?』
一斉に席を立って突っ込んだ。
「当たり前だよ、お鍋だもん」
『熱っっ!!』
夏だというのに鍋ですか、福田さん。
「ささ、召し上がれ」
でんと置かれた鍋を取り囲むように僕らは移動した。
『うぐっ!』
ごぽごぽと気味が悪いほど沸騰している。
「これは……」
「熱湯と言ったほうがよくないか?」
こぽっ
「おわあぁっ、かかったぁっっ!!」
「西村!」
いけない。西村の腕がしゅうしゅうと硫酸をかけたようにただれていく、ような気がした。
「無理だ、これは無理だ」
「撤収させてくれ、頼む日渡」
「いや食ったほうが面白そうじゃ」
日渡君がすべて言い終わる前にみんなで殴っておいた。
「さて、次は石井真理選手、どうぞ」
さっきこてんぱんに殴られたはずの日渡君が五分後には何事もなかったように司会進行している。
タフだ。
「はーい」
石井さんが鍋を抱えて姿を見せた。
「鍋はもういい。別のものを食わせてくれ」
みんなの気持ちを関本が代弁してくれた。
「これは鍋じゃないよ。スープだよ」
そう言って石井さんがテーブルの上に鍋を置き、その蓋を開けた。
蒸気がもくもくと立ち上り、それが薄くなり中の具が目に入った。
『すっぽんかよ!!』
「遠慮せずに全部食べてね」
にこにこと彼女の浮かべる笑みが、怖い。
「さ、精力を養ったところで次、沢村みゆき選手」
「はいよ、ってなんかみんな目が血走ってる!?」
料理を持って現れた沢村さんが僕らの様子に驚いている。
石井さんのすっぽんスープをいただいたせいでみんなぎんぎんになっていた。
「違うぞ沢村。血走っているのは目だけじゃな」
「余計なこというな委員長」
自爆しそうな勢いの西村の口を関本が塞いでくれる。
「ま、まあいいけどさ。んじゃはいこれ」
沢村さんがみんなの前においた料理はカツ丼だ。
「お、原田姉以来のまともそうな料理じゃないか」
「そう、じゃない。美味いに決まってるさ」
「食う前から決めつけんな」
「でも本当に美味そうだよ」
期待しつつカツ丼を口にした。
「……うん」
「いいな」
「普通に美味いね」
「さ、沢村ぁぁっっ!!」
西村だけ泣き叫んだが、僕らも泣きたいくらい美味かった。前フリが前フリだっただけに。
「みんな喜んでいるところすまないが次で最後だ」
久々にまともな料理が食えて満足している僕らに日渡君が言った。
「あれ。おかしくねーか」
「どうした冴原」
「いや、原田姉妹に石井に福田に沢村。全員終ってるじゃねえか」
「ホントだ」
僕らが疑問に思っているところに日渡君の不敵な笑いが響く。
「まさか……」
「そう!まだ俺の手料理が残っているぞ」
どどんと僕らの目の前に置かれたのは、
「カレー?」
「ああ、カレーだな」
「夏なのに」
「カレーかよ」
「ちなみに季節の風味をふんだんに取り込んだ夏野菜カレーだ」
スプーンで少しだけすくい取ってみた。明らかにどす黒く渦巻くオーラを発する食材が入っている。
「ささ、冴原ぁ、これは一体なんだ!」
「知らねえ、見たこともないぞこんなの」
「どこから調達してきたんだよ」
「食えない、食えないよこんなのっ」
「遠慮するな。さあ食え、食せ!」
「絶対無理だ!命に関わる」
「そうだ、まずはお前が先に食え」
「俺が食えばみんな食うというんだな?約束したぞ」
ぱくっと平然とスプーンを口にした。変わった様子も無く、彼は元気に生きている。
「約束だ、さあ食え」
「普通……みたいだな」
「ああ、そうだな」
「じゃあみんな一斉に食ってみるか」
「そう、だね」
それでも、本能的に危険を察していたのか、僕らはスプーンの先端にちろっと付けたカレーを一口だけ口に含んだ。
四時間後――
原田邸のリビングで僕、沢村、関本、西村は腹を抱えて悶え苦しんでいた。
原因は言わずもがな、あれのせいだ。
それを作った張本人は女子全員から殴り倒された挙句に坪内と呼ばれた初老の人物に車のトランクに押し込まれて去っていった。
「大丈夫?」
原田さんの心配そうな声がリビングに響くが、それに答える気力のある者は誰もいない。
女子が総手でグロッキー状態の男子を介護してくれたことがちょっと嬉しかった。
でもその代償がこの苦しみとなると、釣りが大分でてしまう。
冴原にいたっては体中にへんな発疹が浮き出ている。死ぬんじゃないだろうか?
(ああやばい……、意識が……。なんでさっちゃん助けてくれない、の)
こうして僕らの第一回クッキングバトルは悲惨な結果に終った。
「ははっ、それは災難だったの」
「笑い事じゃないよ、ったく。今も頭がずきずきしてるんだから」
すでに時刻は夜七時を回り、太陽も消え入りそうに沈んでいる。
身体に変調をきたして死にかけていた僕らに梨紅さんと沢村さんの二人がお粥を作ってくれた。
それを口にした途端冴原の血色はよくなり、僕らも身体中あちこちに痛みがみるみる退いていった。
それでもまだ微妙な痛みが身体を苛んでいる。
「まともな夕飯を食えたんじゃ。それで満足しておくんだな」
「人事だと思って。でもお粥は本当に美味しかったよ」
「ならそれで善し、じゃな」
「まあね」
帰途についていたところ、ふとさっちゃんが訊ねてきた。
「だが主。もし途中で中止にならなければ誰に票を投じるつもりだったのだ?」
「誰って、それはもちろん料理が一番美味しかった人にだよ」
「だからあの娘たちの中で誰に投じるのだ?」
「だから、それは……」
ほんのちょっと言いよどんだのは口に出すのが少しだけ気恥ずかしかったからだ。
「それはもちろん――――」
次回、パラレルANGEL STAGE-05 狂気