エロパロANGEL第2話
家に帰り着いた僕は母さんに短剣を押し付けるようにして部屋に戻った。
ベットの上で布団を被ってうずくまった。
(最低だ、僕は最低だ!なんで……っ、くそぉ!!)
頭を抱えて自己嫌悪に陥っていた。
「どうして、あんなこと……」
原田さんのお姉さんとあんなえっちなことをしてしまうなんて。
僕が好きなのは、原田梨紗さんのはずなのに。
「どうしてだよ……」
(それだけ主の性欲が強かったのだろ?)
「…………へ?」
布団をはねのけて周囲を見回した。今、女の人の声が頭の中に響いた気がした。
(何を慌てておるか?)
「へ、へ?」
その声は耳から入ってきているものじゃない。
直接頭の中から聞こえてくるような、そんな声だ。
(しかし、なんだ。主の中はいづらいな。はやく元の短剣に戻してくれんか?)
「ぼ、僕の中ぁぁっっ!?」
その後、冷静さを失った僕をなだめてくれた彼女――さっちゃんと呼べ、らしい。
そのさっちゃんが今の僕の状態を説明してくれた。
僕が原田梨紅さんとつながった時、彼女の意識が僕の内在する魔力に惹かれて僕のほうへ逆流してきたということだ。
「じゃ、じゃあ僕の頭の中にはずっとさっちゃんがいるの!?」
そんなのは嫌だ。僕が何をやるにしてもずっとさっちゃんにそれが筒抜けになるってことになる。
(案ずるな)
不安で焦っていた僕を落ち着かせるようなさっちゃんの声が聞こえた。
(さっきも言っただろう。短剣さえあればすぐにそちらへ戻る)
「わかった!!」
「母さんっ!!」
「あら、どうしたの大ちゃん?」
二階から駆け下りるとリビングでくつろいでいた母さんに声をかけた。
「あの短剣僕にちょうだい!」
「え?あれが欲しいの?」
「うん」
「でも大ちゃんに短剣なんて、ちょっと危なくないかしら」
「そんな……、どうしても欲しいんだよ、お願い」
僕は必死に母さんに頼み込んでいるけど、どうやら母さんは剣を渡すことに抵抗があるみたいだ。
確かに子どもに刃物は危険だけどこればかりはどうしても譲れない。
「いいじゃないか笑子さん」
必死な僕の姿を見かねたのか、じいちゃんがそう言ってくれた。
「でも……」
「始めて盗んで記念の美術品じゃ。大助もいろいろと思うところがあるんじゃろ。のう」
「じいちゃん……」
「……わかりました」
じいちゃんの説得が効いた母さんがリビングから姿を消し、しばらくして短剣を胸に抱えて戻ってきた。
「はい、大ちゃん」
「う、うん。ありがとう母さん」
本当はさっちゃんを戻したら返すつもりだったけど母さんが僕に短剣を渡すといろいろと言ってきた。
ようするに、大事にしなさいという、それだけのことだった。
(そんなに言われたら返せなくなっちゃうじゃないか)
心の中でぼやきながらも、僕は短剣を大事に自室へと戻っていった。
「あの子に短剣を返しちゃって大丈夫かしら?」
「なに、心配せんでも平気じゃて。大助なら大事に美術品を扱ってくれるじゃろ」
「でも、万一怪我でもしたりしたら」
「笑子さんは心配性じゃの。いつまでも子ども扱いしとると一人前の怪盗に成長できんぞ」
「……怪盗の母親も大変だわ」
笑子は深く溜め息をついた。
「うむ、やはり慣れ親しんだこの中が一番居心地がよいわ」
頭の中にいたさっちゃんに言われたとおり剣を取り返し、それを額に当てて意識を集中させた。
すぐに頭からさっちゃんの声が消えてその声が手に持った短剣のほうからしてきた。
僕はそのままベットの上に寝そべった。今日一日がとても長く感じられた。
「疲れたか?」
「うん。すごくだるい……って、なんで僕たち普通に会話してるの?」
そういえば初めて盗んだ時はこんなことは起きていなかった。
眠りそうな頭を回転させて疑問を口にした。
「ああ。主と交わったときにその魔力の一部が我に新たな力を与えたのだろう」
「交わった、か……」
またさっきのことが頭を過ぎった。
思い出すたびに下半身が僅かに疼き、罪悪感で胸が痛む。
「思い出して興奮でもしたか?」
「す、するわけないだろ!」
半分だけど当たっていたのが癪に障った。僕の気持ちが見透かされているようで気に入らない。
「大体なんでさっきから『あるじ』とか言ってるのさ!」
「汝の逸物が気に入ってな。我の主に決めたのだ」
「気に……!嫌だよそんなのっ、またさっきみたいなことが、あったり……」
「思い出して硬くなるとは、精力絶倫だな」
けらけらと意地悪くさっちゃんが笑う。
「う、うるさいっ!大体、原田さんとあんなことした時、最後に僕の名前呼ぶなんて悪趣味だよ!!」
「ん……ああ」
そこで初めてさっちゃんが言いよどんだ。
「?」
「いや、そのだな」
「うん」
「入れられたときに破瓜の痛みに堪えられなんでそのまま気を失ってしまってな」
「……それって、どういう……」
「つまり主がハァハァ言って腰を動かしていたのはあの小娘が相手だったということだ」
「んーー……」
天井を見つめながら、原田梨紅はぼんやりと考えていた。
その手にはバルコニーに落ちていた黒髪のかつらが握られている。
(なんであんな夢見ちゃったかなぁ……)
その夢は現実離れしていて、しかし妙に生々しいものだった。
(誰かと目が合って、それから気ぃ失って、気付いたら丹羽君と……)
そこまで思い出すと下腹部が熱く疼きだした。
ひりひりと痛む股間が、その夢が現実のものだったのではないかと思わせる。
(ダメダメっ!そんなこと、あるわけないんだから)
夢だと思い続けている出来事を必死で否定する。
(丹羽君は梨紗が好きで、梨紗だって丹羽君のこと気にしてるんだからっ)
自分の出る幕ではない。そうわかっていても抑えきれない想いが梨紅の胸の中で膨れ上がってきていた。
「んん…………?」
ハードな一日を乗り越えてぐっすりと眠っていた僕は胸の動悸が激しくなっているのに気付いた。
「なんだ……」
ベットに貼り付いていた上半身を起こすと、そこは見覚えのない広い空間だった。
「ど、どこだここ?」
よく見ると僕が寝ていたところもベットじゃなくてはっきりしない淡い色の床の上に裸でいた。
「裸ぁっ!?」
あり得ない。状況を確認しようにも周りはただただ広い空間が地平の向こうまで続いていた。
「これって」
(夢、だよね……)
普通に考えればそういうことになる。
でもそれにしては五感がはっきりとしすぎている。現実と全然変わらない。
「そう。これは夢だ」
背後からから今日聞いたばかりの声が聞こえてきた。
「さっちゃんっ、うわわ!?」
振り返ると大人の女性、でも悪戯っぽい表情のせいで子どものような印象の人がいた。
僕が沫を食ったのは彼女が着ていた服が肌の大部分を露出するようなきわどいものだったからだ。
目に入れないように赤くなった顔を両手で覆った。
「他に隠す場所があるだろう」
「わわわっ!!」
綺麗な指が示す先は僕の股間。彼女の大胆な格好を見て興奮してしまったらしい。
「どうやって僕の夢にまで出てきたんだよっ」
「我は淫夢だぞ。主と意思が通じる距離ならば時を問わずいつでも中に入れる」
「そんなの迷惑すぎるよ!」
「つれないことを言うな。まだまだ元気そうではないか」
鋭い視線が僕の股間に突き刺さる。
「ちち、違うよこれはっ!早く僕の中から出てってよぉ」
「違うのは主のほうだ。本当は」
「早く出してくれ、だろ」
「えっ……!?」
また背後から声が、今度は腕を首に回されてすぐ耳元で聞こえた。
「は、は、は、原っ……」
それは僕が初めてを奪い、僕が初めてを経験した人だった。
夢の中に原田梨紅さんが出てくるという事態に混乱してしまう僕に彼女の鋭い視線が向けられた。
「狼狽えるな。我だ、我」
「さ、さっちゃん?」
その言葉に原田さんそのものの声をしているさっちゃんが頷いた。
「悪趣味すぎるよそれは!!」
「そうか?主とするときはこの姿のほうが悦ばれると思ったのだがな」
「するって何を」
「主は鈍感だのぉ。これに決まってるではないか」
「あっ……」
原田さんの指が僕の肉棒に絡みついてきた。
「こういうことが好きなのだろ?」
「うぐぅ」
原田さんの指がさわさわと動いて僕のものを刺激する。
「こういったことも我の務めだ」
「あ、ああぁぁッ」
「うわああぁぁぁぁッッッ――」
大声を上げて上体を跳ね上げた。
「うきゅうぅっ!?」
ウィズの声が跳ね上げられた布団から聞こえた。
「あ……」
周囲を見回すとそこは見なれた僕の部屋のベットの上だ。
「夢……」
どうやらあれは本当に夢だったようだ。あの夢のあまりの生々しさに現実と誤認しそうだった。
「ん?」
まさか、とは思ったけど嫌な予感がした。
パンツの中へ手を入れた。指先には生暖かくて粘っこい液体がへばりついた。
「……やっちゃった」
母さんたちにばれないように後始末を終えて学校に行く準備を始めた。
「学校か?」
紐をつけて壁にかけていた短剣、さっちゃんが僕に話しかけてきた。
「そうだよ」
準備をしながらなので適当に会話していく。
「なあ、我も連れていってくれんか?」
「馬鹿なこと言わないで。さっちゃんがいると邪魔だよ」
「邪魔とはなんだ!主の行動をしっかり把握するのも我の務めだ」
「ああそう。じゃあ行ってくるよ。ウィズ、さっちゃん、大人しくしててね」
「きゅう」
「あ、こら待たんか!」
部屋のドアを大きな音を立てて閉めた。階段を下りるとキッチンに用意してあったパンをくわえた。
「いってきまーすっ!」
「いってらっしゃい、大ちゃん」
「気をつけるんじゃぞ」
「はーい」
ばたばたと家を飛び出した。ようやく一人になれて安堵の溜め息が漏れた。
「まったく、家の中じゃ居場所がないよ」
母さんに短剣を返そうかと何度も考えたけど、今さら返すのも気が引ける。
美術品大好きな母さんに、あんなにねだって返してもらったものをさらに返したとなると、考えただけでぞっとする。
結局あれは僕が持っておくしかない。そう思うと我知らず、長い溜め息が漏れていた。
「つまらん」
ぶすっとした声でさっちゃんが不満を漏らした。
「きゅう?」
「貴様もそう思わんか?」
ウィズに同意を求める。
「きゅうきゅうっ」
あっさりと同意する。
「そうかそうか。ふふふ」
もしもその時さっちゃんに顔があったなら、口の端を最大限につり上げて不敵な笑みを浮かべていたことだろう。
「ならばちとばかし協力せい」
「あ、丹羽君」
上靴に履き替えている僕に声がかけられた。
「原田さん」
原田梨紗さんが僕のほうを見て笑っている。その笑顔についつい顔が赤らんでしまった。
でも僕は昨日、彼女にふられてしまった。
(いろいろあってすっかり忘れてた……)
昨日のことを思い出すとなんだかいたたまれない気持ちになって、すぐにでもその場から去りたかった。
「おはよう」
「う、うん、おはよう」
彼女のほうはというと全然いつもと変わらない調子だ。
昨日あんなことがあった男子を前にしてどうしてこんなに自然にできるんだろう。
「ねえ丹羽君」
「え?」
原田さんが何かを言いかけたとき、
「あ……」
彼女の後ろから現れた原田さんのお姉さんと目が合った。
不自然なほどに慌てて視線を逸らした。
「ぼ、僕先に行くよ。それじゃあまた」
「あ、待って!」
原田さんが呼び止めようとするけどそれどころじゃない。
お姉さんのほうを見た途端、下半身が素直すぎるほど敏感に反応してしまった。
ばたばたと転がるようにして二人から離れていった。
原田梨紗は小さく溜め息をついた。
「行っちゃった」
ちょっとだけ勇気を振り絞って話しかけたが彼は逃げるように去っていった。
「やっぱり気まずいのかな」
それが普通の反応だ。彼が告白してきたほうなのでなおさらだ。
(断らなきゃ、よかったかな……)
今になって昨日のことが悔やまれてきた。
原田梨紅は少しだけ腹が立っていた。
(な、なによあれ)
自分と目が合った途端、彼は明らかに慌てて行ってしまった。
(なんか……ムカつく)
それが普通の反応だ。彼とあんなことをした夢の後ならなおさらだ。
「ほら、行くよ梨紗」
夢とのギャップが胸をきつく締め付けた。
一匹のウサギのような毛玉のような妙な生き物が街中を駆けていた。
その首からは不釣合いな大きさの飾りをつけている。
「いた、痛いぞウィズ!我の身体が削れるではないかっ」
「きゅううぅー」
飾りをがりがりと地面に擦りつけながら、ウィズと呼ばれた生き物は颯爽と走り続ける。
「使い魔なら主の所持品をもっと丁寧に……っ!」
石段を駆け上がると首飾りはかんかんと小気味よい音を響かせた。
その音が気に入ったのか、ウィズは身体を大きく動かして駆け上がっていく。
「貴様ぁ、覚えておれよ」
「きゅうっ」
怒りの声と喜びの鳴き声を上げ、一本と一匹は学校へと向かっていた。
教室へ入るといつもと様子が違った。
冴原が教室の中央で机に腰掛け、冴原が語る話をみんなが真剣に聞き入っている。
机に鞄を置くと、側にいた関本に声をかけた。
「おはよ」
「おお」
「冴原、なにやってんの?」
「昨日の話、覚えてるだろ」
それは冴原が嬉々として話していた怪盗ダーク、つまり僕のことだろう。関本が続けた。
「それで昨日自分が見てきたことを得意気に話してるってわけさ」
「ああ」
関本からの説明を受けてから冴原の話に耳を傾けた。
「――そしてとうとう犯行予告の十一時!上空からやつが現れたっっ!!」
おぉーっと、みんな合間合間で面白いくらい反応している。
「漆黒の闇の中でさらに暗い光りを放つ翼をはためかせ、現れたのが、こいつだぁっっ!!」
ばっと懐から取り出した写真を、なぜか女子のほうに向けてかざした。
「きゃーッ、カッコいいぃぃっ!」
「惚れちゃいそー」
「端正な顔立ちがいいわっ」
みんなが、女子だけだけど、思い思いに述べる感想に思わず頬が緩んでしまう。
「何故君が照れる?」
「ひぃいぃぃぃっ!?」
耳に息を吹きかけられた。こんなことをするのは彼しかいない。
「ひ、日渡君……。おはよう」
「僕らの間に挨拶はいらないさ」
「お前は妙なこと口走るなよ」
「は、はははは……」
日渡君はこんなことをいつもしてくる。関本が止めてくれるおかげでまだ手は出されていない。
「ところでお前らさ、ダークのことどう思うよ?」
「ダークねえ」
「うーん……」
僕にとっては難しい質問だ。自分のことだからあまり悪く言いたくはない。
「女子の間じゃ結構話題になってるみたいだぞ」
「へえー、そうなんだ」
「これは俺もうかうかしていられないな」
「…………」
「…………」
「……冗談だ」
日渡君が言うと冗談に聞こえないところが怖い。
「梨紅、梨紗、おはよー」
石井さんの声に思わずそっちのほうを見ようとしてしまった。
(いけないいけない!もう気にしたらいけないんだ!)
そうやって何とか自分に言い聞かせる。
「あんたたちはこの怪盗ダークのことどう思う?」
今度は福田さんが写真を持って原田さんたちのほうへダークのことを聞きにいった。
(ううぅぅぅ)
ダメだとは思いつつもついつい聞き耳を立ててしまう。
「私は別に興味ないな。話題にはすると思うけどさ」
そう言うのは原田梨紗さん。
「私も。泥棒なんてどうでもいいし」
これは原田梨紅さん。
二人からの酷評に少しだけ沈んでしまった。
「……ウィズ」
「きゅ?」
「……ここはどこだ?」
「きゅうぅ」
学校に向かっていたはずが、いつの間にか見慣れぬ山林へと迷い込んでいた。
「迷子か、貴様迷子か!?」
「きゅっ!」
なんとも力強い眼差しでウィズが頷いた。
「この阿呆があぁぁぁぁっっっ!!」
昼休み、今日は僕が呼び出されていた。
「なっ、なんか用事?原田さん……」
僕を屋上に呼び出したのは原田梨紅さんだ。
昨日の一件以来どうしても彼女を正視できない僕は手すりに手をかけて背中を向けていた。
「これ。……丹羽君、忘れてない?」
彼女が鞄の中から取り出したのは黒髪のかつらだった。
「え、えと……」
それを原田さんの家に落としていたことをすっかり忘れていた。
原田さんはじっと僕のほうを見据えている。
「あの……」
(原田さん、昨日のこと全部覚えてるんじゃ……)
それなら謝らなきゃいけない。でも、認めてしまうことが原田さんのためなのか。
「ぼ……っ」
それに認めるだけの度胸も僕にはない。
(……ダメだ!!ごめん原田さん!!)
「ぼくのじゃない!」
嘘をつくことにまた彼女に対する罪悪感がつのった。
「…………そう」
それだけ言うと彼女はすたすたと歩いていって屋上から姿を消した。
「あっ」
その時なぜか僕は呼び止めようと声を上げてしまった。
(……いや、よそう)
これ以上話して、それで嘘で塗り固めてしまうのは卑怯だ。
胸が苦しいのを堪えて、僕は彼女を見送った。
「や、やっと着いたか」
「うきゅぅ」
心身ともにぼろぼろといった感じの一匹と一本はようやく東野第二中学校へと辿り着いた。
「だ、大体だな、貴様がそんなちんちくりんな姿だから苦労するのだ、まったく」
「きゅう?きゅうきゅうっ」
まるで僕にいい考えがあるよ、といった風にウィズが得意気な顔をした。
「ん?なんじゃなんじゃ……うおお!?」
ウィズの身体が眩く光り輝いたかと思うと、次の瞬間には丹羽大助へと姿を変えたウィズが光の中から現れた。
「ほう、ウィズは変身能力があったのか」
「うん」
「言葉まで話せるか。これは便利だの」
「ダイスキ、探す」
「そうだの。探すとするか。ちなみにダイスキではなくダイスケじゃ」
「うん、ダイスキッ」
「こりゃダメか……」
「はぁ……私ってバカだな」
階段を下りながら梨紅は自分がとった行動について考えていた。
「大体あれは夢なんだし、気にするだけ無駄よ無駄無駄」
ただの夢。何度も自分にそう言い聞かせている。
だが、あれが夢じゃなかったら、と思う自分がいることにも気付いていた。
夢のことを思い出すたびに顔が真っ赤に染まってしまう。
溜め息をついて顔を伏せた。
どすっ
「あっ!きゃっ!?ご、ごめんなさい、ぼっとしてて……?」
下を向いて歩いていたために人とぶつかってしまった。
すぐに謝って、顔を見て驚いたように目を白黒させた。
「に、丹羽君っ!?」
そこにはさっきまで屋上にいたはずの大助が、首から細長い飾りをつけてにこにこと立っていた。
「な、なんで下にいるのっ!?だ、だって屋上に……っ」
しどろもどろでうまく喋れなくなっていた。
「そうか。屋上か」
さっちゃんが確認するように繰り返した。
その声は梨紅には、それどころか周りの生徒にも聞こえない。
「よし、行くぞウィズ」
「屋上?ダイスキっ、ありがと」
「だいす……っ!!」
ウィズは梨紅に感謝の意を現すために飛びついた。
「ひ、ひぃぃっっ!?」
ウィズからすると胸に飛び込むつもりだったのだろうが、今は人型。
自然と抱きつくような格好になってしまった。
梨紅はというと、信号機のように体中がぱっと赤くなった。
「おうおう。ウィズも大胆じゃの」
「こ、この浮気者ぉぉぉッ!!」
「キュッ!?」
梨紅の鉄拳がウィズの顎を的確に捉える。鈍い音を立ててウィズは崩れ落ちた。
顔を真っ赤にした梨紅はばたばたと逃げるようにして教室へ戻った。
「何じゃあの小娘は?ヒステリーか?」
昼飯を食べることも忘れて屋上で一人、ぼけっと時間をすごしていた。
深い溜め息が漏れ続ける。最近溜め息をつくことが多くなってる。
昨日今日と目まぐるしくて疲れが溜まる一方だ。
屋上の階段をドタドタと駆け上がってくる足音が聞こえる。
ここで昼を食べる人もいるのか、そう思った。
「戻ろう」
手すりに預けていた身体を離し、出入り口へと向かう。
「あれ?」
扉が開いている。そしてそこにはなぜか鏡があって、僕の姿を映している。
「ダイスキーっ」
「うわぁっ!?」
鏡の中の自分が妙なことを口走って駆け寄ってくる。首にかけた飾りがぷらぷらと揺れている。
「さっちゃんじゃないか――っ!!」
自分に抱きつかれて僕は転倒した。
受け身は取れたけどコンクリートの床に叩きつけられた背中がじんじんと痛む。
「あいたたた……、あれ?」
ふと見ると抱きついてきた僕が消え、胸の中でウィズが幸せそうな顔でうずくまっている。
「よう主。久方ぶりだの」
「学校くらい一人にさせてよ!」
さっちゃんが、ウィズが僕になったこととなぜ学校に来たかを説明してくれた後に発した台詞がこれだった。
「何度も言っておるだろ。主の側にいるのが我の務めだと」
「だからってここまでこなくてもいいじゃないか」
ウィズを頭に乗せて短剣に向かって怒鳴りつける様は、他人から見ればただの電波さんに違いない。
でもこれは僕にとっては大問題だ。
「大体さっちゃんといていいことなんてあるの!」
「ああ、あるともさ」
「例えば?」
「そうだの……、何か困ったことはないか?」
「原田さんとの関係。気まずくて生きた心地がしないよ」
「それは無理だ。諦めろ」
「じゃあ学校に来ないでね」
「わわわ、待て待て!ほ、他にないかっ」
ちょっと頭をひねって考えた。問題問題……、
「そうだ。原田さんにかつら捕られてさ、それでダークとして怪盗ができないんだよね」
「怪盗の子孫が物を盗まれた?なっとらんな」
鼻で笑われてしまった。
「そんな言い方ないだろ。……ていうかかつらを僕の頭から捕ったのってさっちゃんじゃなかった?」
「覚えとらんなあ」
このとぼけた言い方、間違いなく覚えてる。
「とにかく!我がそれをどうにかできれば一緒にいてもかまわんのだな?」
「う……ああいいよ。できるんならね」
数分後
「どうじゃ?これで文句なかろう」
本当にどうにかしてしまった。
鏡には黒髪長身。僕とはまったく違う青年の姿が映っていた。
さっちゃんが言うには、ウィズの変身能力を自分を媒介として僕の姿を変身させた、らしい。
あの夜僕と交わって増強した魔力のおかげだとも言っていた。
「まあこの程度の変身など今の我には屁でもないわ」
鏡に映った自分の姿にまだ驚いていた。
「それでは明日からは我も学校に連れて行くのだぞ。いいな主?」
約束は約束だ。僕は首を縦に振った。
「そ、その代わり、学校にいる間は無闇に話しかけないで。それが条件だよ」
「わかったわかった。明日から頼むぞ」
その日の午後の授業中、僕の言いつけを守ったのか、さっちゃんはずっと静かだった。
(まあこれなら別にいいか)
迷惑をかけてこないなら問題ないと思った僕は明日からさっちゃんを連れてくることにした。
「丹羽君、一緒に帰ろ」
突然の原田さんからの誘いの言葉。
「え、あ、の……」
「嫌……かな?」
そんな言い方をされて断ることなんてできない僕は誘われるままほいほいとついていってしまった。
原田さんは真っ直ぐ帰らずに通りをぶらぶらと散策した。
「丹羽君。これ可愛いと思わない?」
彼女が手にしてのは明るい色をした腕輪だ。
「う、うん。原田さんに似合うと思うよ」
「本当?嬉しいっ」
(か、可愛い……)
にこっと微笑んで無邪気にはしゃぐ彼女にくらくらと酔ってしまう。
「主はあの娘に惚れとるのか?」
「か、関係ないだろ」
「何が?」
原田さんが不思議そうな顔で僕を見つめてくる。
いつもの調子でさっちゃんに返したのがまずかった。
「ううん、なんでもないよ」
笑ってごまかした。
「よかったらそれ買ってあげよっか?」
鞄の中から財布を取り出そうとすると原田さんが言ってきた。
「そんな!別に気にしないで。自分で買えるから」
「そ、そう?」
(原田さんのためなら少しくらいのお金は惜しいと思わないけどな)
「初々しいのぉ」
(う、うるさいっ)
その時、少し開けた鞄の中からウィズが飛び出した。
「あ、こらっ」
ぴょんぴょんと器用に跳ねて僕の頭の上にちょこんと陣取った。
「それ丹羽君のウサギさん?かわいい」
原田さんがウィズにきらきらとした目を向けてきた。
「うん。ウィズっていうんだ。小さいときからずっと一緒に暮らしてるんだ」
「ペットか。いいなぁ。ねえ、ちょっと抱かせて」
「いいよ」
頭からウィズを掴み取ると原田さんが差し出した手に乗せた。
その時少しだけ触れた手にどきんと胸が高鳴った。
「ふわふわして気持ちいい」
ぎゅっとウィズを抱きしめる。
「きゅう」
ウィズも原田さんの胸に埋もれて気持ち良さそうに鳴いている。とても羨ましい。
「丹羽君はいつもウィズを連れてきてるの?」
「ううん。今日は僕の後をつけてきて学校まできちゃったんだ」
「嘘つき」
(さっちゃんは黙っててよ!)
「つれないのぉ」
頭の中でさっちゃんがちょっかいを出してくるのが嫌だけどなるべく気にしないようにする。
「そっか。連れてきてるんだったら毎日会えたのにね」
ウィズノ頭を撫でながらそう話しかける。
(だ、だったら、僕の家に……)
そう言いたくても一度ふられた身という負い目がその一言を喉の奥で詰まらせる。
その日は二人で並んで帰っただけで、何の進展もなかった。
「――丹羽君誘って帰るから何かと思えば……」
二人を遠くから監視するようにつけていたのは部活が休みの原田梨紅だ。
「で、ででで、デートだなんて、そんなぁ」
遠くから見る限り、彼女の目にはそう映っていた。
「ううぅぅぅ……」
これから自分はどうするべきか、彼女は真剣に考え出していた。
「ふんふんふーん♪」
大助と別れた後、原田梨紗は上機嫌のあまり鼻歌を歌ったりしていた。
今日少しだけ彼と一緒にいて、それだけで昨日ははっきりとしなかった自分の気持ちに気付いていた。
「今度はどこに誘っちゃおうかな」
ウキウキとした気分で彼女は家へと帰っていった。
「準備はいい?」
「ああ」
「きゅう」
今日のターゲットとなる美術品が展示されている美術館から数百メートルは離れているビルの上に僕はいた。
家に帰り着くなり母さんに『今日はここに言ってきてね』と言われた。
そういうことは朝のうちに言っておいて欲しい。
「母さんも人遣いが荒いよ」
「浮かれて帰った主にはちょうどいい薬ではないか」
「余計なこと言わないで!ほら、いくよ」
図星を突かれてドキッとしたのを隠すように宙に身を躍らせた。
「ふふ、可愛いのお」
「きゅうぅ」
眩い光りが身体を覆う。同時に背中から翼が、姿は青年の男子へと変わっていた。
力強く翼を羽ばたかせ、月明かりが照らす闇の中へと身を翻した。
(今日は、いい仕事ができそうだ)
次回、パラレルANGEL STAGE-03 夏だ、プールだ、スク水だ!