D・N・ANGEL  

「おかしいな〜この辺だって聞いてきたんだけどな」  
ある土曜の休日、梨紅は手書きの地図を片手にキョロキョロしながら道を歩いていた。  
昨日、風邪で学校を休んだ大助の御見舞いに行く為、冴原から地図を書いてもらって来たのだが、   
目印がよくわからず道に迷っていた。  
初めて大助の家に行くことにドキドキしていて、目印に気づかず通りすぎてしまっていたのだった。  
「もしかして迷っちゃった……」  
見知らぬ町を見回していると、少しずつ心細くなり、うつむいていった。  
「……りくさん、……梨紅さん、梨紅さ〜ん」  
「えっ、丹羽君」  
遠くから聞こえてくる声に振り向くと、大助が手を振りながらこちらに近づいてきた。  
不安にかげっていた瞳に輝きが戻り、急ぎ足で大助に駆け寄った。  
「丹羽君、もう風邪大丈夫なの?」  
「うん、まだチョット咳が出るけど、もう大丈夫だよ。それより梨紅さんはこんなところでどうしたの」  
「あ、えーと……あの、先生に昨日のプリントを持って行くように頼まれたから………」  
梨紅は少し焦ったように口ごもり、消え入るように話すと顔を見られないように伏せてしまった。  
  そうじゃない。大助君の事が心配だから来たのに……  
  どうして素直になれないんだろう  
自分の気持ちをごまかしている言葉が心に影を落とした。  
実は昨日、冴原君が先生からプリントを持っていくよう頼まれたのを聞き、お見舞いに行く口実として  
自分から代わってきたのだった。  
しかし、そのことを大助に知られたくない為、くだらない嘘をついてしまった心苦しさに黙り込んでしまった。  
「わざわざ持ってきてくれたんだ、ありがとう。家すぐそこだからあがっていってよ」  
「……うん」  
自分の為に来てくれたことに、大助は喜んでいたが、顔を伏せた梨紅の気配がおかしいのに気づいた。  

「梨紅さん、どうかしたの?」  
大助は、心配そうに梨紅の顔を覗き込んだ。  
「…大丈夫?……何かあったの?」  
「…ううん…なんでもない」  
梨紅より背の高い大助には、うつむいた梨紅の表情がよく見えなかったが、様子がおかしいのは感じ取れた。  
大助はしゃがむようにして姿勢を下げ、上目づかいで梨紅の顔をうかがった。  
   急にどうしたんだろう。さっきまでいつもの梨紅さんだったのに  
   なにかいやがる事をしただろうか  
   なにか怒るような事言っただろうか  
   どうしたんだろ…、僕が何かをしたのだろうか…  
ダークの事で秘密ごとの増えていく大助は、普段から後ろめたさに満ちているため、梨紅の態度がおかしいのは自分の所為ではと一人で焦り、勝手に自分を追いつめていった。  
「………」  
大助が心配そうに自分の顔を見つめている。その表情はしかられた子犬みたいにかわいく、情けない表情だった。  
しかし、瞳は真っ直ぐにこちらを見つめ、自分の言ってくる言葉を受け止めようと必死だった。  
梨紅は自分のことが嫌で落ち込んでいるのに、そんな自分のために一生懸命になってくれる、こんなにも思ってくれている大助に自分の素直な気持ちを話したい。そして、この想いを伝えたいと思った。  
   ……私は、…丹羽君が、……好き。  
梨紅は自分の心で呪文のようにつぶやき、勇気を振り絞って声に出した。  
「…丹羽君、…ごめんなさい」  
その言葉をつぶやいたとたん、梨紅の瞳が揺らいで涙があふれ出した。  

「っ!……どうしたの」  
突然泣き出した梨紅に大助は驚き、立ち上がると肩に優しく手をおいた。  
梨紅はその手に右手を添えると握りしめてきた。  
「…ごめんなさい、私、さっき嘘ついたの。丹羽君のお見舞いに来たのに恥ずかしくて嘘ついたの」  
そう一気にしゃべると、ゆっくりと涙で濡れた顔を上げ、又、小さく「ごめんなさい」と言った。  
大助はそんな梨紅がたまらなく愛おしく、肩においた手で思わず抱き寄せた。  
「あ……」  
いきなり抱きしめられた梨紅は小さな声をあげ、驚いた表情で身体を強張らせたが、すぐに力を抜き  
大助に身体を預けるようにした。  
大助は梨紅の身体を支えると、「気にしないでいいよ」と優しくささやいた。  
「う……うん、ごめんね」  
大助の胸元で優しく耳に響く声を聞くと、顔を埋めるようにして頷き、また謝った。  
いつも元気で輝いている女の子が、こんなにも小さく柔らかい身体をしていて、とてもいい匂いがすること  
を知り、抱きしめたまま二度と離したくないと思った。  
胸元にある頭が動くと柔らかな髪がふわりと揺れた。そしてこちらを見上げる瞳は潤み、唇は濡れていた。  

ドキン!  
あまりの可愛さに、このままキスしたいと思った瞬間、胸が高鳴り大助は我に返った。  
いけない、このままではダークに変身してしまう。  
慌てて手をゆるめ梨紅の身体を離すと、「どうしたの」と、きょとんとした梨紅から目をそらしながら  
「誰かに見られたような気がした」と、瞬間的に思いついたいいわけを口にした。  
「ふーん」と怪訝そうにこちらを見つめている梨紅の視線にきまじめな大助はギクリと反応したが、  
それ以上は追求してこなかった。  

その後、大助の家に行って笑子さんお手製のお菓子でお茶を楽しんだが、まだ病み上がりと言う  
ことで梨紅は早々に帰ることになった。玄関まで見送りに出た大助に「早くよくなってね」と笑顔で  
言って帰っていく後ろ姿から「意気地なし」とドスの利いた声が聞こえてきた。  

梨紅を見送った後、大助はしばらく部屋に閉じこもり、ダークの血筋を恨みつつ、さめざめと泣いていた。  

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