D・N・ANGEL  

 妹を憎くあらば我こひめやも  

そこは暗かった。ただ、暗かった。  
一すじの光もそこには見出すことができない闇の中で、梨紗はそろそろと手を前に伸ばし、  
どこにもぶつからないその手をさまよわせながら梨紗はゆっくり足を踏み出した。  
見えない地面を足先でさぐり、一歩一歩あゆみを進めた。  
ここがどこか、自分はなぜここにいるのか、そのどちらもわからなかったけれど、ひとつだけはっきりしていることがあった。  

こわい……  
この場所から一秒でも早く抜け出したい。  

周りを取り巻く闇が怖いのではなかった。お化け屋敷などは大の苦手なはずの自分が、  
不思議とこの闇自体は怖くないのだ。むしろ自分の身体を優しく包んでくれているような気さえした。  
見たくないものを見なくてすむように、そっと梨紗の目をふさいでくれるのだ。  
黒い闇。  
それは梨紗が惹かれてやまない彼の色だった。彼と同じ名前を持つ色だった。  
だから、彼女は闇を恐れてはいない。  
ならどうしてこんなにもこの場所を怖いと思うのか。  
答えはひとつだった。そしてそれを、梨紗は以前からうすうす気づいていた。  
彼は――彼の力は、少女の傍にずっといてくれるわけではない、ずっと守ってくれるわけではないということを。  
ここには、絶対に見てはいけないものがあるのだ。  
今は彼が助けてくれて、この目が光を知らないようにしてくれているけれど、  
彼の力が突然及ばなくなったとき、そのとききっと見なくていいものを見てしまう。  
だから彼が梨紗にふわりと寄り添っていられるうちに出口を探さなければ。  

梨紗は彼のことをあまりよくは知らなかった。  
彼はいつだって自分に甘いセリフをくれるけれど、彼自身のことを語ろうとはしなかったせいで、  
梨紗は会うたびに(それだってたまにしか会えないし)もどかしさに身を切られるような痛みにさいなまれるのだ。  
きっとダークさんはあたしに大きな隠し事があるんだわ。  
テレビで見た彼を、この人だと思った。  
彼に好きだといった。  
そのとき彼はキスをくれた。  
想いのこもった優しいキスだった。  
そのとき初めて友達という言葉の残酷さを知った。  
ずっとそばにいてと泣きながら願ったこともあった。  
彼がこのまま消えてしまうのではないかと、自分がなにか大事なことを間違うのではないかと、  
その悲しい予感をなによりも確かな彼の存在で否定してほしかったのだ。  
彼が信じられないわけではない。  
だがそれがわかっていてもどうしようもないことというのはあるものだ。仕方のないことなのだ。  
彼に恋をしてからずっと、甘い幸福感とともに大きな空を流れることなくとどまる真っ白な雲のような不安が胸に育っている。  
青い澄んだキャンバスをむくむくと膨らんで塗りつぶそうとするその白はどこか光にも似ていた。  
彼女の不安は正しかった。  
梨紗は知らなかったけれど、彼女が誰よりも愛するあの漆黒の羽の怪盗は永遠に消えない『終わりのない存在』であると同時、  
宿主には決してなることができない『自由のない存在』でもあったのだ。  
テイマーとよばれる彼の宿主である丹羽大助の肉体はダークを受け入れてくれると同時に彼を閉じ込める檻の用でもあった。  
大助はダークになることができるけれど、ダークが大助自身になることは決してないのだ。  
江戸時代から続く怪盗の名家、丹羽家の遺伝子の中に生きて様々な美術品を盗んできたダークは、本当にほしいものを手に入れられないという業を背負っていた。  

梨紗は役に立たない目を閉じ、しばし彼の端正な横顔に思いをはせた。  
いつだったか――彼が一言ぶんだけその魂に触れさせてくれたことがある。  
「俺は、一番ほしかったお宝を目の前でもう一人の自分に盗られるのを、いつもいつも黙って見てることしかできないんだよ」  
その言葉を聞いたとき、もっとこの人に触れたいと思った。理解したいと思った。抱きしめてあげたいと思った。  
あたしと、ダークさんは、おんなじ。  
本当にほしいものは、いつだってもう一人の自分のものになっちゃうのよ。  
梨紗は目を閉じたままつぶやいた。  
「もうひとりの、じぶんのものに……」  
そのときかちり、という音がした。  
まるでその言葉が鍵であったかのように、一面の黒の中に細い白線が投げ込まれた。  
その白はみるみるうちに広がっていき、たちまち闇を覆いつくした。  
彼女の大好きな怪盗はもうどこにもいなかった。  
いや……!  
見たくないの、気づきたくないの!  
やめて、目を、目をつぶらなきゃ……!!  

(まったく、どうしてあなたはそうなの)  
(梨紗ちゃんも、少しは梨紅ちゃんを見習いなさい)  
(えらいわねぇ、お姉ちゃんは。それに比べて妹の方は……)  
(なによ、もてるからっていい気になってんじゃないわよ、このぶりっこ!)  
(双子でもこんなにちがうのね)  
(そんなわがまま言わないでちょうだい、あなたと違って梨紅はそんな子じゃないわよ)  
(梨紅じゃなくてあんたが外国に行っちゃえばよかったのに)  

やめて、やめて、やめて……!!  
お母さん。親戚の人。近所のおばさん。クラスメイト達。  
様々な人の顔が万華鏡のように現れては、少女を責めた。  

梨紗は耳をふさぎ、がくがくとくずれそうに震えるひざを叱咤するとくるりときびすを返して駆けた。  
姉と違って運動が得意でない彼女はすぐに息が切れたけれど、決して足を止めることなく走った。  
背中から声が追いかけてきたけれど、ぎゅっと手を握り締めてただ走った。  
私の欲しいものは、欲しかったものは、一番欲しかった宝物は。  

(好きです!)  
(友達なんて思ったこと一度もないよ)  
(だって僕は、原田さんのことが――)  

丹羽君!  
少し頼りなげで、いつもおどおどしていて、気弱で、あんまり『男の子』らしくなくって――そして底抜けに優しかった。  
梨紗は彼のことが好きだったけれど、それは女の子同士の友達のように好きと言う意味で、  
第一彼は梨紗の好みのタイプとはまるきり正反対だった。  
そういった対象として見たことはないはずだった。それに自分にはダークという最愛の人がいる。  
それなのに今ここで彼の顔が浮かぶのはなぜだろう。  
いや、彼は本当に『彼』なのか?  
自分の知っている『彼』なのだろうか?  
大助が梨紅ではなく自分に、自分に――笑いかけている。  

梨紅ではなく梨紗を見てくれる、それが嬉しかったのかもしれない。  
いや、嬉しかった。  
そうだ、自分は嬉しかったのだ。  

小さいころ、梨紗は男の子にいじめられていた。  
梨紗の容姿はまるで精巧な人形のようなかなり恵まれたものであり、おまけにしっかりした勝気な姉とは違いおとなしくて夢見がちな少女だったため、  
「嫌いだからいじめる」のではなく世間で言うところの「気になる子ほどいじめてしまう」という類のものだったが、  
まだおさない梨紗にはそんなことわかるはずもなくどうしてあたしのことぶったり髪の毛を引っ張ったりするんだろうと泣いたものだった。  
髪が長いのがいけないのかとも思った。ショートの梨紅は髪を引っ張られることがなかったからだ。  
けれど髪を切ったら『あたし』も『梨紅』になって、『梨紗』はいらないんだということをよりはっきり思い知らされそうで嫌だった。  
だから梨紗はお母さんに髪の毛を結んでもらった。  
最初の1日は、髪形を変えた梨紗を男の子たちはもじもじと遠巻きに眺めているだけだった。  
これでもう痛くないと安心した。  
しかし次の日、真っ赤な顔をしたわんぱくな男の子の一人がつかつかと後ろから歩み寄ると、ツインテールにした髪を両手で引っ張った。  
「やっ……」  
梨紗は痛みで抗議の声を上げた。目には涙がじわりと浮かび上がってきた。  
一人が始めると、ほかの子供たちもそれに勇気付けられたようにまた梨紗をからかいだした。  
今度は引っ張られないようにお団子にしてもらおうと、次の朝再び母親に懇願した。  
母親の返事は「否」だった。  
ただでさえ忙しい朝に、そんなことをしている時間はないというのだ。  
どうしてもやりたいのなら、自分で結びなさいと言われた。  
梨紅はそんなわがままを言って困らせたりしないのに、どうしてあなたはいつもそうやって自分勝手なの、とも言われた。  

梨紗は震える手でたどたどしく髪を結ったが、慣れない手つきで作ったお団子はとてもお団子と呼べるような代物ではなくぐちゃぐちゃで、  
男の子たちのいじめのたねとして格好のターゲットを提供する羽目になった。  
しゃくりあげ、うつむく自分を梨紅がかばってくれて、惨めになった。  
助けてくれた梨紅が不本意にもかっこいい王子様のように見えて、ますます惨めな気持ちになった。  
断っておくが、梨紗は梨紅のことが嫌いだったわけではない。いや、むしろ大好きだった。  
しかし、だからこそつらかった。いつもいつもかなわない。それを思い知らされるのが恐怖だったのだ。  
そして、梨紗は梨紅に変わる自分の王子様を求めるようになった。自分だけの王子様を。  

もう梨紗は王子様を見つけたのだ。  
その人につりあう『お姫様』となるべくずっとずっと自分を磨いてきた甲斐があったというものだ。  
梨紗は心の中で呼びかけてくるかのような大助の隣にダークを思い浮かべた。  
ダークさん、あたし、あなたが――好き。  
すると心の中のダークは梨紗に答えてくれた。名前を呼んでくれた。  
「梨紗」  
彼の声は先ほどの次々に浴びせられた刃物のような言葉によってできた傷をいとも簡単に癒してくれる。  
「はらださん」  
え?  
「原田さん」  

梨紗は自分が信じられなかった。  
あれほど鮮明に焼きついていたはずのダークの姿が、だんだんと大助の姿とだぶってゆき、  
いつしか二人の境界線はあいまいになっていた。  
梨紗は足を止め、うつむいていた顔を上げた。  
そこに大助が立っていた。  
梨紗が、みるたびに「やっぱり丹羽君って好きだな」と思う、あのいつものほんわりとした笑顔を浮かべて。  
彼の背中には翼があった。ダークと同じ漆黒の翼が。  

丹羽君、  
にわくん、  
ニワクン、  

ニワクンガダークサンダッタノ?  

「に……」  
踏み出そうとした梨紗の足は凍りついた。  
「原田梨紅さん」  
大助は、いつだって梨紗に向けていてくれたはずの笑顔を、もう一人の自分へと向けていた。  
「梨紅さん」  
ああ、また。  
本当に欲しいものはいつだってもう一人のあたしのものになっちゃうのよ。  

 
 

梨紗は飛び起きた。  
窓は開いていて、入り込んでくる風が栗色の長い髪をさらさらとなでていった。  
「くしゅん!」  
一つくしゃみをすると梨紗は自分の身体を抱きしめた。  
「さむ……」  
昨日の夜ダークを思いながら屋根裏でタロット占いをしていたのだが、どうやらいつのまにか寝てしまったらしい。  
机の上にはひろげっぱなしのカードが並んでいる。  
夜中のうちに風によって位置が変わったそれは、もともとの占いの結果をとどめていなかった。  
あの時出たカードは、なんだったかな。  
梨紗はそのカードの絵柄を思い出そうとした。  
しかしそれはかなわず、なじみのカードたちは何も浮かんではこなかった。  
キィ……と窓がなり、梨紗は開けっ放しの窓を見た。  
いないとわかっていてもダークの姿を窓の外に探し、それからため息をつくとゆっくりと窓を閉めた。  
自分の部屋に戻ると、ネグリジェから学校の制服に袖を通す。  
こういうときに梨紅と同じ部屋でなくてよかったと思う。  
支度が済んだので階段を降りリビングのドアを開けると、テーブルの上にはトーストとハムエッグ、紅茶にサラダという朝食が乗っていた。  
ただし一人分だ。  
母親は鼻歌交じりに食器を洗っていた。  

「やっと起きたのね。さっさとご飯食べちゃいなさい」  
「はーい……ねぇ、梨紅は?」  
「朝錬があるからって言って、誰かさんと違って早起きしてもう出たわよ」  
母親にしてみれば何気ない言葉だろうそれが、今朝は梨紗の胸をつきんと痛ませた。  
「テレビつけてもいい?」  
「またあなたは……ご飯食べながら見るのははしたないわよ」  
「でも、どうしてもニュースが見たいの」  
たとえ叱られたとしても梨紗はこれだけは譲れないのだ。  
「もう、しょうがないわね……少しだけよ」  
「ありがとう!」  
テレビをつけた梨紗は、チャンネルをローカルのニュースに変える。  
ダークさんの予告状は、今日も届けられていないのかしら。  
このごろダークは全然予告状を出さず、それは警察関係者や一般市民にとっては喜ばしいことなのだろう。  
美術品を盗むとき以外、普段彼がどこで何をしているのかなんて梨紗にはわからなかった。  
だから梨紗はずっと彼と会えていない。  
それであんな夢を見ちゃうのよ。  
彼に会いたい。声を聞きたい。抱きしめてキスして欲しい。もっと触れあいたい。  
気持ちと身体がここにちゃんとあるということ、消えてしまわないことを確かめあいたい。  

梨紗は少しだけトーストをかじった。  
天気予報によると今日は一日中晴れなのだそうだ。  
夜は満天の星が降るように見え、絶好の観測日和だという。  
紅茶でトーストを喉に流し込んで梨紗はつまらないCMの終わりを心待ちにした。  
CMがあけると並んだニュースキャスターが頭を下げた。  
そのとき、やや興奮した様子で画面左側の女性ニュースキャスターがしゃべりだした。  
「えー、ただいま入りました情報によりますと、  
『本日午後10時、覚醒(めざ)めの彗星をいただきにまいります』  
というダークの予告状が東野百貨店に届けられたということなんですが……  
えー、現場の松下さーん?」  
画面が切り替わってやや小太りの男性リポーターがところどころつっかえながら紙片を読み上げた。  
梨紗はもはやトーストそっちのけで、一言も聞き漏らすまいと画面を食い入るように見つめていた。  
ダークさんが来る。  
今夜は会えるかもしれない!  
「はい、こちら東野百貨店八階にあります宝飾展会場前です。  
えー、ここでは、今月7日より『世界の宝飾展』が行われる予定で、  
『覚醒めの彗星』はこの展覧会の目玉であるネックレスです。  
あ、こちらがそうですね。カメラさん、ちょっと寄ってもらえますか」  
ブラウン管いっぱいに澄み切った青の巨大な石のついた首飾りが映し出された。  

それと同時刻。  
大助は早口でまくしたてるニュースキャスターの言葉を聞いて、口に含んでいたコーヒーを噴出した。  

「か、母さん! また勝手に予告状出したのっ!?」  
「そうよー大ちゃん。今日の10時よ、遅れないでしっかり頑張ってね」  
「が、頑張ってって母さん……」  
「お義父さま。はい、お茶ですわ」  
「おう、すまないの笑子さん」  
大助の祖父である大樹に湯飲みを渡す母笑子。  
「無視するなー!!」  
「いやん、なに怒ってるの大ちゃん」  
笑子は両手を口の前に持っていきぶりっこぽーずでいやいやをした。  
「このごろずっと変身しなくてすんで安心してたのにっ」  
おかげで大助はこのごろ警察にも同級生の日渡にも追いかけられることのない平穏な学校生活を送れていたのだった。  
まあ、日渡には追いかけられない代わりに始終観察されていたようなのだが。  
「それはこのごろめぼしい美術品がなかったからよぉ。大ちゃんの変身体質が直ったわけじゃないし、安心するのはまだ早いわ!」  
「なんでそんな嬉しそうなの母さん……」  
朝からぐったりとした疲労を感じながら大助は言った。  
「母さんはいつでも大ちゃんの幸せを願っているのよ」  
「ほんとかなぁ」  
だったら率先してトラブルの中に息子を投げ込まないで欲しいんだけど。  
「ま、母さんを疑うの!? 母さん悲しい! そんなこに育てた覚えはないわよ大ちゃん!」  
「ご、ごめん……」  
大助は母の勢いにたじたじとなり、とりあえず謝った。  
「ま、それはそれとして。大ちゃん、時間はいいの?」  
「え、あ、あ――――!?」  
時計の針はすでにいつも家を出るはずの時刻を過ぎていた。  
「やばい! いってきまーす!!」  
ああ、朝ごはん途中までしか食べられなかったよ……。  
そして大助は今日も己の不運を嘆くことになるのだった。  

 

大助は大急ぎで走ったが、普段乗っている時刻の電車には結局間に合わなかった。  
ううっ、原田さんと違う電車かぁ〜……。  
朝からついていない。大助はがっくりと肩を落としケーブルカーに乗り込んだ。  
いつもと違う電車は少し混んでいて、席も全部埋まってしまっていた。  
仕方なく大助は近くの手すりにつかまった。  
ほんとに、ついてない……。  
しかしである。  
「あ、あれ?」  
乗り込んできた客の中に大助の想い人であるロングヘアの少女の姿があったのだ。  
前言撤回、今日はついてる!  
「は、らださん?」  
「あ、に、丹羽君……」  
気のせいだろうか、彼女の顔はどこか赤いような。  
「おはよう、原田さん」  
「おはよう」  
にこっと笑ったその顔はやっぱり可愛い。可愛すぎる。  
そんな梨紗の後ろからどどっと乗客が続いて二人を押し流そうとした。  
「きゃ……」  
ぎゅうぎゅうと押されて梨紗は苦しそうだ。  
大助は梨紗をかばいたかったが、下手に動くと流されてしまいそうで耐えるのが精一杯だった。  
ようやく人の波が収まったとき、大助と梨紗の体は向き合う形でお互いに密着していた。  
梨紗のさらさらの髪が、自分の肩にかかりそうなほど近い。  
左胸なんか、梨紗が後ろから押されるたびにふにふにと大助の腕に当たるくらいだ。  
あ、いい匂い……  
大助は高鳴る鼓動を必死で抑えた。  
「ご、ごめんね丹羽君」  
彼女が謝ることは何もない。  
むしろ大助にとってこのシチュエーションはおいしかった。  
しかし変身体質のせいで素直に喜べないのがつらい……こんな公衆の面前で変身してしまっては大変なことになるだろう。  

 

「大丈夫、原田さん」  
「う、うん……この時間の電車って混むのね」  
耳元で囁くようにつむがれる梨紗の声に心拍数がはねあがる。  
耐えろ耐えろ耐えろ!  
大助は心の中で呪文のように「平常心、平常心っ」と唱えた。  
「そうだ、どうしたの? 原田さんいつもこれより前の電車のはずなのに」  
「あの……ニュース見てたら遅れちゃったの」  
「ニュース?」  
嫌な予感。  
「うん、ダークさんのニュース。今日東野百貨店に覚醒めの彗星をとりにくるんだって」  
梨紗はさびしそうに笑った。  
彼女にこんな顔をさせているのはもうひとりの自分で、大助の思いは複雑だった。  
制服の短いスカートの裾から出た梨紗のすべらかな足が大助のズボンの上に押し当てられる。  
互いの体温が伝わりそうだった。  
聞こえてはいないだろうか、こんなにもうるさい心臓の音が。  
彼女に。  
彼に。  
梨紗はどうして自分がこうなってしまったのかわからなかった。  
いつからだろう、大助が他の女の子――特に片割れである梨紅――に笑顔で話しかけるたび、なんともいえないもやもやとした気分になったのは。  
いつからだろう、梨紗がダークのことについて大助に尋ねるたび、彼がどこか物言いたげな顔で相槌を打つようになったのは。  
今から思えば、あれもあれも――確かに妙だった。不思議なことはたくさんあった。  
ねえ教えて、ダークさんは丹羽君なの?  
丹羽君は、ダークさんなの?  

 

大助はどんどんと上昇する体の熱をもてあましていた。  
やばい、ぜったいにやばい!  
これ以上密着していたら自分は確実にダークへと変身してしまうだろう。  
大助は早く駅に到着することをただひたすら願った。  
二人の呼吸が融けて混ざり合いそうなほど目の前にある梨紗の桜色の唇を直視し続けるのは一種の拷問だった。  
ようやく到着を告げるアナウンスが車内に流れ、大助はつめていた息をほっと吐いた。  
ぷしゅぅ、という音を立てて開いたドアへとホームに降りる人々が殺到する。  
「苦しかったね、丹羽君」  
「あ、そ、そうだね……」  
安心して気を抜いたのがまずかった。  
顔を上げた大助の目に、上目遣いの梨紗の顔のアップが飛び込んできたのだ。  
大助の変身ゲージは一気に臨界点を突破して、もはやあと数秒自我を保つのも危うかった。  
大助は死に物狂いで電車を飛び出すと身を翻して飛ぶように駆けた。  
「丹羽君……!?」  
梨紗の驚いた声が聞こえたがそれを気にしている余裕はなかった。  
背が伸び、髪の色が変わり、声が変わり、そして――人格が変わる。  
樹の影にたどり着くとようやくダークは足を止め、人心地ついた。  
「やっべー……危なかった」  
口元に手を当てひとりごちる。  
ダークはしばらく樹に寄りかかって息を整えると、大助に戻るために梨紗を思い浮かべた。  

「あれ、戻ってる?」  
気づいた大助は辺りを見回した。  
「げ、ここ……」  
いくら慌てていたとはいえ、通学路からさほど離れていない脇の林だった。  
「誰にも見られてないよね」  
彼を探しに来た梨紗が運良く彼を見つけ、側で立ち尽くしていたことに大助は気づかなかった。  

 

赤く光るパトカーの回転灯。その周りには大勢の警官がいた。  
東野百貨店の報道員がつめかけ、口々にカメラに向かってしゃべっていた。  
10時の鐘がなる。  
夜空に煌めいている筈のたくさんの星々はサーチライトにかき消されてしまっていた。  
「予告の時間になりました! 果たしてダークは、ダークは来るのでしょうかっ!?」  
(はいはーい、来てますよっと)  
「警部、覚醒めの彗星は今度の宝飾展のメインとなる大事なものなんです! 絶対に守っていただきたいのです、どうかお願いします」  
「わかっています支配人、ご安心ください! この冴原、誠心誠意お守りさせていただきます!」  
おろおろとガラスケースのそばで警官にすがる支配人に、冴原父は胸をたたいて見せた。  
今日はなぜか『あのくそ生意気な総司令殿』もいらっしゃらないし、彼はやる気満々だった。  
(おーおー、はりきっちゃって)  
ただ、彼ははりきりすぎると空回りし失敗しやすいものだということを学習していなかった。  
(猪突猛進は、足元すくわれるぜ?)  
ダークはこっそりとほくそえんだ。  
「警部! ダークがあらわれましたっ!」  
「なにぃっ、どこだ!?」  
「あちらですっ、さあはやく!」  
「よし、俺に続け! 今日こそやつをとっ捕まえてやる!」  
「はっ!」  
その掛け声とともにどたどたと足音を響かせて警官たちはフロアから姿を消した。  
現場に残ったのは支配人の影だけだった。  
「ナイス、ウィズ」  
ダークは変装をとくと舌を出し、まんまと『覚醒めの彗星』を手に入れることに成功した。  

ゆうゆうと翼をはためかせながらダークは己の内側へ声をかけた。  
「なんか今日はちょろかったな、なぁ大助?」  
(そうだね……日渡くんもいなかったし)  
「ウィズもご苦労さん」  
ウィズが囮としてダークの姿になり、それに警官が気をとられている間に支配人に扮したダークが『覚醒めの彗星』を盗む。  
ころあいを見て普段の姿に戻ったウィズと合流してここを離れる。  
ダークの作戦をいつも見破って先回りしている日渡がいなかったこともあって、今度の仕事はかなりうまく行った。  
でもすこしうまくいきすぎやしないか。  
結局最後まで姿を見せなかった日渡の事が気になって仕方がなかった。  
きっと何かが起こるような、そんな予感がしていた。  
それが今起こるのか、明日起こるのか、それとももっと先に起こるのかはわからなかったけれど。  

家路の途中でダークは羽を休めるために地上に降り立った。  
「きゅ」  
黒翼からうさぎ(?)の姿に戻ったウィズのふわふわの毛並みをなでてやるとウィズは嬉しそうに鳴いたが、突如何かに気づいたように耳をピンと立てた。  
「……梨紗」  
「夢じゃないよね? ほんとのダークさん? やっと、やっと会えた……!」  
そう言うと梨紗はぽろぽろと涙をこぼした。  
「ずっと会いたかった、会えなくて寂しかった! ひょっとしたらもう2度と会えないんじゃないかって、すごくすごく怖かった!」  

「ごめん」  
そう言うとダークは泣きじゃくる梨紗の肩をそっと抱き寄せた。  
こんなに自分のことを想ってくれている彼女の気持ちが素直に嬉しかった。  
「ダークさん、ダークさん……!」  
梨紗はダークの名前を呼び続けながら彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。  
「ダークさんは消えたりなんかしないよね、大丈夫でしょう? あたし――あたし、ダークさんのこと好きでいてもいいよね……!」  
「梨紗、俺は……」  
腕の中の梨紗は思い切り背伸びをして彼の唇と言葉を封じた。  
目をつぶる暇がなかったダークはゆっくりと離れてゆく唇のぬくもりと、少女の涙にぬれたほほを見た。  
「梨紗」  
「ダークさん、あたしお願いがあるの……」  
「何?」  
ダークの瞳が、涙をたたえた梨紗の瞳とぶつかる。  
彼女の目はしたたらんばかりにきらきらと光り、それはさながら今夜の星のようでも、覚醒めの彗星の青い輝石のようでもあった。  
「否定して欲しいの……ううん、証明して欲しいの」  
「何を?」  
「何を――? きっと、全てを……」  
ダークは心が急激に渇いていくのを感じていた。  
そう、俺はこの渇きを潤してくれるものをいつだって求めていた――。  
梨紗の震える唇が意味のある言葉を導き出すのを、ダークは奔流のごとき感情の中で見つめていた。  
「あたしのことを、抱いてください」  

口の中が、からからだ。そして心も。  
耐え難いうずきに頭の中が侵食されてゆきそうになる。  
あふれでる、言葉では言い表せないほどの気持ちの熱さにくらくらとめまいがした。  
ダークはその熱に浮かされたように手を伸ばして梨紗の右ほほに触れようとしたが、途中ではっと我に帰ったように、びくり、と腕を宙に固定した。  
「やっぱり、あたしじゃだめ? あたしじゃあなたの宝物にはなれない……?」  
「違う!」  
ダークは叫んでいた。  
そうじゃない。お前が嫌いなんじゃない。  
でも、お前は。お前は俺でいいのか。  
俺は、俺はこのままお前を抱いてもいいのか?  
「……いいのか、本当に」  
やっとのことで外に出した声は悔しいほどかすれていた。  
「いいの。もう決めたの、あたしの全てはダークさんのものよ。  
あたしは……ダークさんの宝物になりたい」  
そう言って彼女はこれ異常ないくらいの極上の笑顔で微笑んだ。  
その顔は掛け値なしに美しかった。  
まさしく宝と呼ぶにふさわしい少女がそこにはいた。  
もう迷いはなかった。  
ダークははじかれたように一度止めた手を伸ばすと、今度は自分から彼女に口付けた。  

ダークは再び濃紺の空を飛んでいた。  
そして彼の腕の中にはいとしい少女の小さな温かい身体があった。  
「寒くないか?」  
ダークの気遣いに梨紗は嬉しそうに頬を赤らめた。  
「ううん、平気……ダークさんがこんなにそばにいてくれるから、とってもあったかいわ」  
二人は梨紗の家を目指していた。  
町の明かりは時計がその針を進めるごとにひとつ、またひとつと減っていき、隠れていた星々が次第にその美しい姿を現し始めた。  
ばさばさと舞う黒い羽に包まれて、梨紗はこれ以上ないほどの幸福の中にいた。  
ベランダに降り立った二つの影の背の高いほうが、もう一人を大切そうにそっと腕の中から下ろした。  
ここは、「怪盗ダーク」としての彼が初めて彼女を見つけた場所だった。  
「きっともう、みんな寝てるわ」  
「親に叱られないか」  
そう問うと、梨紗はいたずらっぽく首をすくめた。  
「こっそり抜け出したからばれてないはずなの。でも、ちゃんと玄関から出たから窓の鍵を開けておくのを忘れちゃった」  
くすりと笑った梨紗とともにダークも笑った。  
月と星の光を浴びながら、二人は今日3度目のキスをした。  

 

星がひときわ輝いて、月が笑った気がした。  
求め合うふたつの身体がある、それだけで十分だった。他には何もいらなかった。  
ダークはまるでコップに口をつけるように梨紗の唇を自分のそれで覆った。  
表面を触れ合わせるだけだった幼い子供のしぐさは、しかしだんだんと大人の男の深いものへと変化していった。  
余裕などとうになかった。  
噛み付きそうなほど何度も何度も、ダークは上唇と下唇を包み込んだ。  
どこか必死なほどのそのキスを、梨紗は全て受け入れた。  
ぬるりとした生暖かい舌が入ってきたときには少し緊張したけれど、おっかなびっくりながら自分の舌を差し出した。  
たとえ稚拙な動きでも自分に応えようとしてくれる梨紗が、ダークは嬉しかった。  
ダークは左手で梨紗の後頭部を支えキスを続けたまま右手を胸のふくらみへ、  
そしてそこからブラウスの一番上のボタンへと辿り着かせた。  
梨紗の身体からはそろそろ力が抜け始めていた。  
百戦錬磨の(そして好きでない相手にでもキスのできてしまう)ダークと違い、  
片手で数えられるぐらいしかキスの経験のない梨紗は明らかに翻弄されていた。  
ダークにあわせて無理をしていたのだ。  
二つ目のボタンをはずしたのとちょうど同時に梨紗はよろめいた。  
そうしてやっと、ダークは自分がやりすぎたことに気づいた。  

「悪い……どうも、理性がとんじまう」  
「――謝らないで。あたし、は、幸せだから」  
ダークに身体を預けながら梨紗は本当に幸せだった。  
今までいつもするりと通り過ぎていってしまうだけだった彼が、初めて全てをぶつけてくれるなんて。幸せだった。  
「もっと、していいのよ? ダークさんのしたいように、して」  
梨紗の言葉は呪文のようだった。  
ダークは感じた――欲望の歯止めがきかない。  
「ダークさんのしたいようにあたしもされたいの」  
その言葉を聞いたときの身体の熱さは、魔力が発動するのに似ていた。  
「全部、受け止めるから」  
ダークは上着を脱ぐと上半身裸になった。  
黒い衣装がふわりと翻ってバルコニーの床に広がった。  
梨紗の腰に手を回して身体を支えゆっくりとその上に横たえた。  
「……ダークさんの服が汚れちゃう」  
「かまわねえよ」  
自分の黒い装束の上に、白いブラウスの梨紗が寝ている。  
ボタンをはずすのももどかしくダークは梨紗の上に覆いかぶさるように腕をついた。  
「梨紗の服もしわになっちまいそうだな……ごめん」  
「かまわないわ」  
梨紗は笑った。  
「ぐちゃぐちゃになったっていい」  

ぷちん、ぷちん。  
ひとつづつボタンがはずされていく。  
梨紗は安心したように黙って目を閉じて、されるがままになっていた。  
「目、開けてくれ」  
「……どうして?」  
「俺が見ていたいんだ、梨紗の目を」  
ダークの両手が全てのボタンをはずされたブラウスの隙間へしゅすりと入り込み脱がせようとすると、  
梨紗も彼の行為を手伝うように心持ち上半身を浮かせてブラウスを引き落としやすくした。  
服がはだけ、梨紗の折れそうなほど華奢な白い肩があらわになった。  
目をひらいた梨紗はその視線をダークの裸の胸に固定した。  
そこには先ほどダークが盗ってきた覚醒めの彗星がまばゆい光を放っていた。  
ダークが身動きするたびにちゃりちゃりと音を立てる首飾り。  
その名のとおり地上における星のような輝きでダークの胸元を飾っていたそれを梨紗はよく目に焼き付けておこうと思った。  
そうすれば頑張れるわ、きっと。  
だってあたしは、これから星を見るたびにあなたのことを思い出すことができるでしょう?  
あなたの大きいけれど繊細な手とか、呼吸する音、あたしを溶かしそうなぐらいあつい体温も。  
梨紗はくすくす笑い、むき出しの肩がそれにつれて震えた。  
「星に手が届きそう」  
手を真上に伸ばして梨紗はダークの首に触れた。  
ダークはその手首をつかむと、少女のやわらかな指を口に含んだ。  
「あ……」  
梨紗は恥らうように声を上げた。  
夜空には本物の星がそれこそ降り注ぐほどに光っている。  
けれど。  

「星ならここにあるだろ?」  
「……え?」  
「お前だよ。俺にとっての星は、オマエ。」  
ダークはにっと笑い、  
「もうダークさんはいっつも口が上手いんだから」  
そう言った梨紗も心のそこから嬉しそうに、本当に本当に嬉しそうに笑った。  
覚醒めの彗星の青い色がいっそう濃くなったのに二人は気づかず、互いの手を甘噛みした。  
「梨紗の下着、すげー梨紗って感じがするよな」  
「なあに、それ」  
今梨紗の上半身を覆っているものはブラジャー一枚だけだった。  
白の生地にピンクのレースで小さな花が描かれており、胸と胸の間には小粒のパールビーズをあしらった小指のつめほどの大きさのリボンがついていた。  
「女の子らしいって言うか……」  
「かわいいでしょ? 実はお気に入りなの」  
「でも俺は中身のほうが好きだけど」  
ダークはそう言うと梨紗の背中に手を差し込みぷちんとホックをはずした。  
肩紐をずらしブラジャーを取りはらってしまうと、今度こそ梨紗の腰から上を隠すものは何もなくなった。  

丸い白桃を割ったかのような両乳房の一番盛り上がったところにピンク色のつぼみがついている。  
流石に梨紗は恥ずかしいのかもじもじと落ちつかなげに視線を伏せた。  
そんな梨紗をダークはまじまじと見る。  
(プールのときも思ったけど、こいつ実は結構胸あるよな)  
本人は梨紅に胸囲が5ミリほど負けていることを気にしているらしいが、14歳でこれならたいしたものだと思う。  
ダークの視線に耐えられなくなったのか梨紗は両腕で肩を抱き胸を少しでも隠そうとした。  
「……俺の好きにしていいって言わなかったっけ?」  
「で、でも……は、恥ずかしいし」  
あんまり見ないで、と少し身体をよじって梨紗は言ったが、ダークにしてみればもっと見ていたかったぐらいなのに隠されてしまっては不満だった。  
「恥ずかしくなんかねぇよ、こんなにかわいくて綺麗なのに」  
ダークは顔を落とし梨紗の白くて細い首筋に軽く吸い付いた。  
「ひゃ……」  
「あ、そうか」  
ダークはふと気づいたように顔を離してひとりごちるようにつぶやいた。  
「ここにつけたらまずいよな。制服じゃ隠れないだろうしな」  
「ダ、ダークさん?」  
きゅうっと胸の前で交差された腕をダークの大きな手がつかみ、隠されていたふくらみを星空の下にさらした。  
そのまま地面に押し付けるようにして顔の横に固定すると、ダークは自分の頭の位置を少し下げた。  
間近で見る少女の胸はミルクのように真っ白で、少女が身体をほんの少し揺らすたびにやわらかそうに震えた。  
寝ていても、広がって無くなることもなく綺麗に盛り上がっているその胸をダークは舌で舐めた。  

「きゃっ……! ダークさん、く、くすぐったい……」  
「それだけ?」  
若干意地悪っぽく口の端を吊り上げながらダークは言い、だんだんぷっくりとたちあがってきた桜色の乳首の片方を口に含んだ。  
「あ、な、なんか、くすぐったいんだけど、でも、なんか、なんか、変!」  
舌先でころころと転がしてやるたびに、蕾は口の中で硬さを増していき、それと同調するように梨紗の声もぶつぶつと途切れたり大きくなったりした。  
「どういうふうに変?」  
「そ、そんなの、言えない! は、恥ずかしいしっ……!」  
「ききたい。言って」  
やわやわと反対のふくらみを揉み解すと梨紗ののどからは切なげな息が漏れた。  
「ひゃぁん! あの、か……身体の奥が、じんってして、きゅんってするの……」  
「気持ちいい?」  
「わ、わかんないよぉうっ……」  
梨紗の声は明らかに初めて感じる感覚に困惑していて、ダークは苦笑した。  
でもま、こういうのも悪くない。  
「ならわかるようにしてやるよ」  
「えっ、きゃ、きゃあ!」  
乳首を軽く噛んでからその歯を少しずつずらしていき、あちこちに痛まない程度の強さで歯を立てていくと、やがて到達した耳たぶも甘噛みしてやる。  
真っ赤になった梨紗の反応をダークは満足げに眺めた。  

ちゅ、ちゅ、とダークは身体へのキスを繰り返し、そのたびに梨紗は身をすくめた。  
「ぅん……」  
その仕草の可愛らしさといったら!  
(うわ)  
ダークは思わず赤くなった顔を背け、そして言いにくそうに切り出した。  
「あー。えーと」  
「……?」  
きょとんと見上げてくる表情も可愛らしい。  
そんな梨紗の様子に、ダークはますます強まる願望を口にした。  
「あのさ、……やっぱキスマークつけてもいいか?」  
ただでさえ大きな梨紗の目がさらに見開かれた。  
「キスマークって女の人の口紅の痕のことでしょ? ダークさん、つけられるの?」  
「……」  
今度はダークの目が丸くなる番だった。  
「……梨紗、ひょっとして知らねぇの? キスマークのつけ方」  
「え、え? 違うの?」  
二人の間につかのま微妙な沈黙が訪れた。  
どうやら梨紗は本当に勘違いをしていたらしく、軽く混乱しているようで、その表情はまるで『頭の上にクエスチョンマークがふよふよと飛んでいる』かと錯覚してしまいそうなほどだった。  
さすがお嬢様、と妙なところでダークは感心した。  
この様子から察するに、自分に『抱いて欲しい』と懇願したことはおそらく彼女にとってものすごく勇気のいることだったろうに。  
「仕方ねぇな――じゃあ俺がキスマークがなんなのか教えてやるから」  
「あ、は……はい」  
梨紗は真剣な表情で身構えた。  

(見えるとこじゃさすがにまずいだろうなぁ……どうすっかなー)  
つってーとやっぱ――――胸か。  
と、心の中で決意するとダークは梨紗の心臓の辺りに唇をつけてマシュマロのような肌を吸った。  
「つっ……」  
梨紗は予想外の痛みに思わず小さく声を上げてしまった。  
(キスマークつけるのって結構痛いのね、知らなかった)  
ただ、そんなことを言ってダークが気にでもしたら嫌だから、思っていても口には出さない。  
そろそろか、とダークが顔を上げると、そこには赤くうっ血した点が残った。  
「できた。見てみ」  
梨紗は首を傾けるとおそるおそる胸元を覗き込んだ。  
「これがキスマークなの?」  
あざみたい、と梨紗が言うと  
「あー、まー似たようなモンだけど。でもこれは『俺の』っつー印だから」  
梨紗は自分の左胸に浮かび上がった『ダークのお手つき』のマークを何か考える風にしばらく見ていたが、おもむろに視線をダークに戻した。  
「あたしもダークさんにつけてもいい?」  
その顔の可愛さはいっそ凶悪なほどの破壊力で、ダークは思わず「反則だろー!!」と叫びそうになった。  
やべえこいつかわいい。まじかわいい。  

 

「ダークさん?」  
ドリーミングトリップ中のダークに梨紗は怪訝な顔で呼びかけ、ダークははっと我にかえ……というか夢から現実の世界に帰ってきた。  
「あ……ああ、いいぜ、つけても」  
「本当!? ありがとうダークさん!」  
きゃあっと嬉しそうな声をあげて梨紗はダークの首に抱きついた。  
ちょっとこれは……胸が生で当たるんだが。  
いや、当たるというよりも押し付けられているといったほうが正しいか。  
とはいえふかふかで気持ちのいいその感触を、野暮なことを言ってわざわざ遠ざけることもあるまい。  
「じゃあ同じところにでも――」  
「あ、あのね、あたしつけたい場所があるの!」  
「どこ」  
「首!」  
にっこり笑って即答する梨紗は恋する乙女の風体で指を顔の前で組んで首を傾けた。  
「……だめ?」  
むろん、断れるはずがない。  
昔から映画とかドラマとかで憧れてたの、首筋に赤やピンクのルージュの痕を残すって、と目を輝かせながら話す梨紗にはすでにがっちりとした『キスマークといったら首』という固定概念が植えつけられているらしかった。  
うまくつけられるか自信ないんだけど、やってみたいな。  

ダークはYesの意思表示に首筋にかかった己の髪の毛をかきあげはらった。  
梨紗の唇が触れる。  
「そう、それで強く吸って」  
ダークに言われたとおりに梨紗が彼の肌を吸い上げる。  
この淡い痛みさえも心地よい。  
「できた!」  
ややあって聞こえてきた声に様子が気になったものの、しかし自分では首についた痕を見ることができないのでどうなっているかはわからなかった。  
おそらくこの位置だと、明日大助に戻って制服を着たときに隠れず困ると思うのだが、そこはダーク、相棒のことは誰よりも良くわかっている。  
“あの”大助が首筋にキスマークをつけるような行為なんてできるわけがない、と、周りは思うはずだ。  
「虫に刺された」とでも言えばみな納得するだろう、と本人にたいして失礼極まりないことをダークは考え――そうしてそこまで考えて、ダークは重要なことに気がついた。  
「梨紗、あのさぁ、ゴムは持ってるのか?」  
「ゴム……って何ゴム? 髪留めのゴム? それとも輪ゴムとか?」  
「ゴムっつーか……コンドーム、っつーか……ようするに避妊具」  
「え……」  
梨紗にも一応中学校の保健体育での知識はある。  
流石に「コンドームって何?」とまでは尋ねてこなかった。  
「やっぱさ、こういうのってちゃんとしたほうがいいと思うんだよな。俺、お前のこと大事にしたいし」  
確かに、梨紗はまだ14歳、中学二年生だし、妊娠などしたら大変なことになる。  

梨紗はダークに抱いてもらうという目的だけで頭がいっぱいで、それが根本的にどういうことなのかまでは考えが回っていなかったのだろう。  
今の状態で続けることは出来ない以上、行為はここで終わってしまうのだろうか。  
それはあまりにもあんまりだ。  
ここまできておあずけとは――つらすぎるではないか。  
これは恋愛百戦錬磨の彼にとっては情けないことなのだが、なにせダークにしてみれば実に40年ぶり(!)の女の肉体なのだ。  
それが愛しい少女の身体ならなおのこと。  
そろそろ自身の我慢も限界に近かった。  
なのに、ここにきて行為中断の危機、加えて恋愛遺伝子を無理をして押さえ込んでいるためにそろそろ魔力が尽きかねない。  
「ど……どうしよう、ダークさん?」  
梨紗は不安げにダークに指示を求めた。  
キスから先、彼女には未知の領域だったので、不安になるのも当然だろう。  
(ちくしょー、このままじゃ伝説の大怪盗ダークの名がすたるぜ――って、そうだ!)  
どうして今までこんな単純なことを思いつかなかったのか、それだけ自分もまわりが見えていなかったのだろうか。  
(そうだよ、俺は怪盗なんだから、こんな窓の鍵くらい1秒で開けられるんだよ)  
「梨紗、両親の寝室ってどこだ?」  
「え? 2階の左から2番目の部屋、だけど……今パパは外国に行ってて、ママが一人で寝室を使ってるの。でも、どうして?」  
「ああ――まあ、ちょっとな」  
そう言うとダークは、上半身裸でスカート、その下のパンティ、それにソックスと靴を身につけているという、  
とても彼の欲を掻き立てる姿で座り込んだままでいる梨紗を立たせると、下に敷いていた彼の上着を拾った。  

「梨紗の部屋はどこにある? 続きはそこでやろうぜ。俺もあとからすぐ行くから先行って待ってろ」  
ダークは慣れた手つきで窓の鍵をはずし、音を立てないように開け、梨紗を先に促すと自分も家の中に入り、再び音を立てないように閉めた。  
「あたしの部屋はこの部屋の隣なの。もう一つ隣が梨紅の部屋になってるから、梨紅を起こさないように気をつけないと」  
「それよりまず母親を起こさないようにしねーとな……」  
「何か言った? ダークさん」  
「いや、別に何も。んじゃちょっと行ってくる」  
「うん……はやく、戻ってきてね?」  
「もちろん」  
一刻も早く続きを!  
それが今のダークを駆り立てている思いの全てだった。  
タイムリミットは迫ってきている。  
今夜のターゲットは、魔力を秘めた美術品ではなく『コンドーム』というなんとも情けないものだったが。  

 

胸がずきんずきんと痛み始めている。  
本格的にしゃれにならなくなってきたらしい。もう魔力がない。  
――はやくしねーと大助に戻っちまう。  
それこそ本当にしゃれにならない。  
今ここで、この状況で戻ったとしたら、梨紗をあのままほうって逃げるか、正体がばれるのを覚悟で事情を話してはいお開き、か二つに一つだろう。  
それは絶対に避けたい状況だった。  
「はやく……しねーと……」  
苦しそうに胸をつかんだダークは、知らず声に出してしまっていた。  
「……ここだな」  
今は母親が一人で使っているという、梨紗と梨紅の両親の部屋。  
広い部屋だった。  
どかん、と置かれた大きなダブルベッドにかけられた布団は母親が寝ているのだろう盛り上がっていて、耳を澄ませばかすかにかすかに、すぅすぅという寝息が聞こえる気もした。  
ちらりと長いウエーブがかった髪の毛が見え隠れする。  
薄闇に目を凝らすと、大きな鏡のついたドレッサーがあった。  
(おっ……)  
近づいてその引き出しを音もなく開けていくと、下の一番大きな引き出しの中に救急箱が入っていた。  
それも開けると、中には絆創膏や包帯、頭痛薬、体温計などに混じって小さな袋が数個入っていた。  
端のぎざぎざした正方形の、しかし中に入っているものの形状は円形のその袋をダークは一つ失敬した。  

あとは目的を果たして部屋を出るのみ、だったのだが。  
「あなた……」  
その声にぎくりとしてダークはたちどまった。  
見つかったか!?  
「ん……」  
寝返りを打ってこちらを向いた母親の顔が、闇に慣れた目に良く見えた。  
双子の母親はかなり若かった。  
大助の母である笑子もかなり若いが、梨紗と梨紅の母親はその上をいっていた。  
そしてあの二人の母親なだけあって、やはり美しかった。  
ダークは息を潜めてしばらく様子を伺っていたが、しかし何も起こらない。  
「なんだ、寝言かよ……」  
気が抜けて、ほぉーっと息をついた。  
それがいけなかった。  
気が抜けたせいで、ダークは大助に戻ってしまったのだ。  
ただし、『中身』――だけ。  

ダークの黒い髪が、ダークの端正な顔の周りになびいている。  
そして目線はいつもより高めで、でも声は少年の声だ。  
そう、この身体は『ダーク』のままだ。  
なのに、意識は『大助』である。  
以前にもこういう中途半端な変身は何度かあったが、まさかこんなときに!  
「どどど、どうしよう」  
そうは言いながらも、実は大助はすでに先ほどの寝室を離れて、その足を梨紗の部屋に向けていた。  
だって、原田さんをあのままにしておくわけにはいかないじゃないか。  
大助は心の中でそう言い訳して、辿り着いた梨紗の部屋のドアをノックした。  
手の中にはダークがさっき盗ったコンドームの袋がある。  
ダークに押さえつけられていて(だからダークは余計に魔力を消耗した)、さっきまで見えるのは闇ばかりだったけれど、声は……少しだけだが、聞こえていた。  
だから今が大体どういうことになっているのかはわかる。  
僕の大切な宝物が、もう一人の僕のものになろうとしていたってこと。  
切なかった。  
切な過ぎて涙が出そうだった。  
見せないようにしてくれたのは、ダークなりのせめてもの思いやりだったのかな。  
わかっている。  
僕は、そんな相棒を裏切ろうとしてるってこと――  
「ダークさん?」  
囁くような梨紗の声が聞こえてきて、ダークの姿をした大助は部屋に入り、後ろ手にそっとドアを閉めた。  
ごめんダーク、ごめん、こんなの卑怯かもしれないけど、原田さんのこと渡したくない。  
だって僕も、僕、僕……、原田さんが、好きなんだ。  

ベッドのふちに、毛布を羽織った梨紗が腰掛けていた。  
「待たせてごめん」  
声紋がパスになっているキーを開けたりなどするため、そういう訓練を受けていたので、出そうと思えばダークの声も出せる。  
「戻ってきてくれて、安心した」  
ほっとしたようにこたえる梨紗は、先ほどまで不安と戦っていたのだろうか。  
ひょっとしてまた、ダークが自分の前から消えてしまうのではないかという不安と。  
大助の心の深いところで、魔力を使い果たして疲労しきったダークが泥のような眠りについているのがわかる。  
当分目を覚まさないだろう。  
窓から差し込む月明かりに照らされた梨紗の横顔がとても綺麗だった。  
「続き、しようか」  
吸い込まれるように大助は彼女にキスをした。  
心臓が張り裂けそうなほどどきどきしたけれど、やはりダークが出てくる気配はまるでなくて。  
梨紗の肩にかかっていた毛布がはらりと落ちると、裸の胸がほの白く浮かび上がった。  
自分は精一杯虚勢を張ってダークらしく見えるようにしなくてはいけないのだ。  
は、原田さんと、こういうことできる日が来るなんて、思ってもみなかった……。  
うわっうわっ、キスしてるよ、胸とか触っちゃってるよ、いいのか僕!  
夢じゃないのかな、これ……。  
梨紗の胸は柔らかくて手触りがよく、大助はいつしか揉み解すようにその感触を楽しんでいた。  
「んっ……」  
鼻にかかったような甘い声が梨紗から漏れ、その声を聞くと大助はなんだか嬉しくなった。  

大助は、身もふたもない言い方をしてしまえば、梨紗の顔がとても好きだ。  
実際彼女を好きになったのは一目ぼれに近かったと思う。  
同じクラスになって、すごく可愛いなと思って、気がついたら彼女の姿を目で追うようになっていた。  
そうするといろんなことに気がついた。  
普段も可愛いけど、にっこり笑った顔は極上だってこと。  
友達と他愛ないおしゃべりに興じるときの声が鈴のように耳に心地いいこと。  
髪をかきあげたときに少しだけ見える首がびっくりするほど白いこと。  
その手がとてもやわらかそうで小さくて細いこと。  
そして、彼女が電車を降りるときに小さい子の手助けをするような優しい女の子だってこと。  
彼女の笑顔が気になって、彼女の傍らの友達と話す声が気になって、それから彼女の仕草が気になって、それらすべてをまぶしい思いで見つめていた。  
それは周りの人間――冴原や梨紗の友人たちにはばればれだったみたいだけど、  
肝心の彼女は大助のことを友達と信じきっていて、男心をまったくわかっていない彼女は、ダークに恋をしてからこっち、  
大助に対してその天然さゆえかあまりにも残酷で、それで結構大助も傷ついたりしたけど。  

彼女は可愛かったから、とてももてた。  
なのに彼女は誰も相手にはしていないようだった。致命的に鈍かったのかもしれない。  
それに彼女には理想の王子様を追い求めるようなところがあって、子供っぽいだけのクラスメートたちになどきっとなんの魅力も感じなかったのだろう。  
そんな彼女が、今、大助の意識を持つダークの腕の中にいる。  
身体はダークだけど……でも……この瞬間だけは梨紗は大助のものなのだ。  
大助の好きな、可愛い顔を赤くして、目を潤ませて、切なげに眉根を寄せて、時々こらえきれない声を発している。  
もっと欲しい。  
もっと近づきたい。  
もっともっといろんな顔が見たい。いろんな顔を見せて欲しい。  
もっともっと、願望は尽きることなく大助の胸をあふれさせて、衝動は抑えきれなくなる。  
自分にこんなに肉欲があったなんてと驚く。  
どちらかというと大助は弱気で引っ込み思案で、キス一つでもう心が決壊しそうなほどぎりぎりだったのに、今は彼女と繋がりたくてたまらない。  
現金なのかな、僕。  
こんないやらしいこと考えるようになるなんて、恥ずかしいと思うのに。  
思うのに、彼女の身体の全部が知りたい。  

それは食欲にも似ていた。  
圧倒的な飢餓感。  
何もかもを食べ尽くしたいような、そんな感じ。  
だから自然と大助は梨紗の身体に口をつけていた。  
「やんっ……」  
噛み付いて咀嚼したいという、それは獣の衝動だった。  
どうすればこの疼きを収められるだろう。  
とりあえず衝動に素直に従って、大助は梨紗の乳房を軽く噛んだ。  
そして、うっすらと赤くついた歯形をぺろぺろとなめた。  
梨紗は気持ちいいのかとろんとした目をしている。  
大助の手は円を描くように梨紗の胸をまさぐり、もみしだく。  
こんなんじゃたりない。  
大助はダークの大きな手を梨紗のすっかりくしゃくしゃになってしまったスカートに触れさせた。  
梨紗の腰を持ち上げてスカートを脱がせると、フリルのついた下着が顔を出した。  
そっと足の間に手をやるとそこは少し湿っていた。  
大助は安心した。と同時に嬉しかった。  
「気持ちよかった?」  
こくりと頷いた梨紗を見て大助はますます満ち足りた気分でするりと梨紗の足から下着を引き抜く。  
「っ……あ」  
梨紗は流石に恥ずかしいらしく足を閉じてもじもじしている。  

「ひぁ」  
ダークの指が大助の意思をもって、梨紗の閉じた足の間に入り込もうとする。  
梨紗は羞恥に身体がちぢこまって、足をきゅっと閉じてしまった。  
「足……開いてよ」  
「やぁん、だ、だめぇ」  
いやいやをするように梨紗が頭を振るので、大助は仕方ないか、とまず外から攻めることにした。  
ゆっくりと足を撫でさすっていく。  
下の方から丹念に、ゆっくりと、靴下を脱がせてからつま先、甲、ふくらはぎ、膝や膝の裏を手のひらで撫でていく。  
梨紗が息をつめた音が聞こえた。  
そしてふとももへ、だんだん上へ手を移動させていく。  
梨紗の肌は磨いた大理石のようにすべすべしていて、触れている指先が心地よいのを大助は自覚した。  
みっともないくらい、興奮している。  
好きな女の子のあられもない姿にどきどきしている。  
梨紗がわずかに腰を浮かせたのを大助は見逃さなかった。  
身体の奥から湧き上がってくる初めての感覚に戸惑っている、ダークにこのまま身を任せていいのか迷っている、そんな風だった。  
もう少し。  
もう少しで鍵が開く。  

大助は手を梨紗のふとももの下に差し入れ、ぷにゅっと指で尻を触った。  
その丸みを堪能するように内側から外側へと撫で上げると、梨紗が腕をぎゅっと握ったらしい気配がして、大助は顔を上げて梨紗の目を捕らえた。  
「どうしたの?」  
「……」  
梨紗は真っ赤になって、涙のにじんだ目で大助にうったえた。  
「……いじわるね」  
「原……梨紗が素直じゃないからだよ」  
「だってっ……、……っ、つらいのっ……」  
うええん、と泣き出してしまった梨紗に流石に大助もぎょっとした。  
いつだって、自分は彼女の涙に弱いのだ。  
「ど、どうしてほしいの?」  
おたおたと取り乱しそうになりながら大助は尋ねた。  
カーテンがふわりと翻った気がした。  
手で顔を覆い、しゃくりあげながら梨紗が言う。  
「お願い、じらさないでぇっ……」  
そのお願いをきいてあげない理由など大助にはあるはずもなかった。  

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