Dクラッカーズ  

 カツーン。  
 グラスがリビングの床を打つ鋭い音がした。  
「景ちゃん!」  
 梓の叫びが非道く遠くに聞こえてやっと、景は自分がたった今落としたグラスと  
似たような状態であることに気が付いた。  
 打ち付けた右肩が痛い。  
 梓ちゃんが夕食を作りに来てくれた時くらいは起こらないでいてくれ。そう願って  
いたが、やはりそううまくはいかない。  
「景ちゃん、大丈夫?」  
 景は答えることが出来なかった──空気を掴むようにしてうずくまる。梓に  
助け起こして貰い、景は震える手で胸元のペンダントをまさぐった。カプセルを  
取り出し、一錠だけ口に含む。本当はもっと欲しかったが、自分にカプセルから  
手をひいて欲しいと願っている幼馴染みの前ではこれ以上の服用はできなかった。  
噛み砕き、嚥下すると徐々に胸を抉るような苦しさが治まっていった。霞む目で  
見上げると、不安げな表情の梓と眼が合った。彼女は今にも自分の方が気を失って  
しまうのではないかと思えるほど真っ青な顔をしていた。  
「……」  
 そんな顔をしないでくれ。そう言いたかったが声が出なかった。梓は景を支えると、  
ソファまで連れて行ってそっと寝かせた。その肩まで毛布を掛けるとグラスを  
拾い上げる。グラスには縦に真っ直ぐ、一本のひびが入っていた。まるで景の今の  
状態を暗示しているかのようだった。  
 重度のカプセル常習者である景はしばしばその中毒症状に苛まれる。肉体的な痛み  
だけならばまだいいが、発作はたいていの場合、鬱状態も併発した。疲労と絶望感。  
自分はもう長くない。そう思うことは一度や二度ではなかった──そして実際その通りだった。  
梓もそんな景の状態に薄々気付いているようだった。彼女はグラスをテーブルに戻した後  
真っ直ぐ景の側に来て、その手をただ握りしめた。景が発作を起こしたとき彼女はいつも  
そうしていてくれる。それだけで、景の心の嘆きは幾分かでも晴れた。  
 それでも。  
 こうしていられる時間が後どれだけあるだろう──景の心にはいつもその思いが  
渦を巻いていた。カプセルを服用することで操れる悪魔。景にはそれを使ってやらなければ  
ならないことがあった。もとより自分の身など顧みないと決意していた。しかし。  
 景は目の前にいる梓を見つめた。彼女は見られていることに気付くと、安心させるように  
景の手を強く握りしめてきた。  
「……」  
 決意は梓を前にするといとも容易く揺らいだ。次に発作が起きたときにはもう、こうして  
触れ合うことなどできないかも知れない。あるいは一目会うことすらかなわないかも  
知れない──  
「ねえ、景ちゃん。もういいよ……」  
 景の心の内を知ってか知らずか、梓は呟くように言った。繋いでいない方の手で  
景の額に触れ、落ちかかった髪を掻き上げる。  
「景ちゃんが何のために悪魔狩りなんかしてるのか知らないけど、もういいよ。もう充分だよ」  
 梓の声は景の心に突き刺さった。景は表情をゆがめた。七年前の決意が今にも瓦解  
しそうだった。  
「それ以上言わないでくれ」  
「景ちゃん!これ以上続けたら、景ちゃん、本当に死んじゃうわ!」  
 梓は叫んだ。心の底からの悲鳴──梓のこれまで溜め込んできた想いが爆発した  
ようだった。梓はあらん限りの本音を全て景に向かってぶつけてきた。  
「こんな風になっちゃうために生きてきたの?こんな歳で、こんな所で、他に何にも  
なくって──たったひとつの目的さえ遂げられればそれでいいって言うの?そうじゃないでしょう?」  
「……」  
 景は毛布の中で苦笑した。そうだ。彼女の言うことは正しい。  
 自分は馬鹿だ。しかしそれを認めるわけにはいかない。景は歯を軋らせた。  
「黙れ──」  
 叫ぶが早いか、景は繋いでいた手を強く引いた──不意を付かれた梓が胸の上に  
倒れ込んでくる。景はそのまま彼女の肩に手を回した。  
「景ちゃん……っ!?」  
 開きかけた唇を自分の唇で塞ぐ。梓の両目が見開かれた。反射的に抵抗しようとした  
身体を強く抱きしめて封じる。逃げる舌を捕まえる。多少強引に絡ませると、梓の身体から  
だんだんと力が抜けていった。  
 彼女の柔らかい髪に触れ、ポニーテールをまとめていたゴムをほどく。手の甲に  
ばさりと髪が落ちてきた。唇を放し梓を見る。梓はようやく我に返ったようで、  
慌てて掌で唇を隠した。頬がみるみる朱に染まる。  
 毛布越しに抱きしめる。梓が混乱しているのが手に取るようにわかった。景は薄く  
笑った。いつもリードされてばかりいるのだ、たまにはこちらに主導権を回してくれても  
いいじゃないか──。つい今し方服用したカプセルの影響で、景の気分はひどく高揚して  
いた。悪ノリという言葉に相応しく、景は普段の彼からは考えられない暴挙に出た。  
「ま──待って──」  
 景は梓の制止を振り切った。梓の力が緩んだ隙に上半身を起こし、手首を掴むと身体の  
位置を入れ替える。栗色の長髪がソファに散った。彼女は泡を食ったような表情で瞬きした。  
「何……する気?」  
「イイコト」  
 『ウィザード』の顔で景は笑った。ブラウスのボタンを手早く外していく。  
「ちょ……ちょっと、景ちゃん──怒るわよ!?」  
 梓は耳まで真っ赤になって怒鳴った。梓は護身術を身に着けており、女性にしては  
力も強い方だ。細身の景になら充分勝てる自信があった。景もその事実はわきまえている。  
しかし景はちょっと笑ってこう言った。  
「じゃ、梓ちゃん。抵抗してみたら?」  
「……!!」  
 馬鹿にしてるわね!?と憤慨し、梓は腕に力を込めた。しかし梓の予想に反し、腕は  
まるで手首を固定されたように動かなかった。  
「あ……あれ?」  
 見ると、腕に黒い帯が螺旋状に巻き付いている。黒い帯は景の影から伸びていた。  
それは景がワイヤーと呼んでいる影だった。梓は目を丸くする。景が覆い被さって  
いるせいで梓の身体には景の影が掛かっていた。「ちょっと……まさかこれ」  
「そう」  
 景が悪戯っぽい笑顔を見せた。梓は思わず眼を剥いた。  
「ふ……普通こんなことに悪魔使う!?」  
「僕の影なんだから、僕の勝手だろ?ワイヤーは厳密には悪魔じゃないしね」  
 指で彼女の髪を梳く。鎖骨にいくつかキスを落とすと彼女はわずかに声を上げた。  
「景ちゃん、やりすぎよ……っ……んっ」  
 言葉は途中で途切れた。景がブラジャーの隙間から手を侵入させたからだ。  
もう一方の手を背中に回してホックを外す。胸の双丘が露わになる。ゆっくりと  
手を動かすと小さく悲鳴が上がった。  
「もっと声、出したら?」  
 言いながら更に責める。梓がびくんと身を震わせた。  
「だ、だって……ここ、マンションでしょ?」  
 梓はうろうろと視線を彷徨わせた。胸を晒している恥ずかしさに、正面切って景の  
顔を見られないらしい。  
(そりゃそうか)  
 景はくすりと笑った。可愛い。  
「いいんじゃないか?聞きたい奴には聞かせてやれよ」  
「声上げるのはわたしなのよ!?……ってちょっと景ちゃん、貴方前と言ってることが  
違うわよ!」  
「あれ、そうだったっけ」  
 景が外聞だの何だのとだだをこねたのは最近のことだったが、本人はあっさり  
忘れたふりをした。  
色づいた先端を口に含む。もう一方の乳房は掌で撫で上げた。  
「あ……やっ!」  
 梓が感覚と羞恥に身悶える。感じているのは間違いないが、まだ悲鳴を押さえているのが  
わかった。景の瞳に、彼がハイになっている時特有の軽い嗜虐心が覗いた。  
「なら出させてやる」  
 言うが早いか、ブラウスの胸元を完全にはだけさせる。完全にむき出しになった肩は  
抜けるように白い。  
「景ちゃんっ!?」  
 梓の悲鳴に近い声を、景は完全に無視した。舌先を胸の頂点から腹部へ、ゆっくりと  
下ろしていく。  
「あ……あっ」  
 わずかだが梓の喘ぎが大きくなった。  
 スカートは裾周りが広いので脱がせる必要はなかった。まず太股に触れ、そこから指を  
滑らせていく。片手は相変わらず乳房の上だ。梓は内股を這い上がってくる感触に、次に  
触れられる場所を嫌でも認識させられた。無駄だと解っていても、逃げ出したくて身じろぎする。  
「景ちゃん、駄目っ……あっ!」  
 景の指がショーツの上から秘所に触れた。梓の身体が跳ねる。景は指をそのまま強く  
撫でるように動かした。  
「やっ……あ……あんっ」  
 梓は耐えきれずに身をよじった。景はそんな彼女の身体を頬で感じながら指先を更に  
動かした。次第に、景はその陵辱的な行為をやめられなくなっていった。梓にもっと  
声を上げさせたくて、景は一心不乱に手を動かした。湿っていくそこを柔らかい布越しに  
よく揉みほぐしていく。  
「は……ん……っ!くっ……!」  
 梓は激しく身悶えしながら、それでも強く唇を噛んで必死に耐えていた。景の髪が肌に  
触れるだけで感じているのに、その意志の強さはどこから出てくるのか。景は少し悔しくなって、  
乳首を軽く噛みながら手をショーツの下に滑り込ませた。  
「っあ!?」  
 声が漏れる。梓が髪を振り乱した。必死に足を閉じようとするが敵わない。茂みを掻き分け景の  
指がゆっくりと侵入してきた。時間を掛けて揉みほぐしていたため、そこは既にたっぷりの蜜で潤  
んでいた。  
 花弁をなぞり、蕾を嬲る。もぞもぞと動いて進んでいく指に、梓はたまらず声を上げた。  
「あっ……やあっ!あああぁっ!」  
 指が秘裂を割って入ってくる。何の遠慮も無しだ。その指を急に何度も動かされ、梓は  
悲鳴を上げた。身体全体が痙攣する。梓は軽く達した。  
「──やっと声が出たな」  
 景の声。  
「どう?気持ちいい?」  
「……駄目、よ……こんなの……ずるいっ……」  
 涙目で喘ぐ。中途半端に脱がされた肢体は梓にその気がなくても、景を誘うには充分過ぎた。  
指はまだ入ったままだ。達したのに抜いてくれない。  
「景、ちゃん……いつからこんなに意地悪になったのよ……」  
「あれ?梓ちゃんこそ、昔は僕なんかよりずっと意地悪だっただろ」  
 梓の涙を舌で拭う。彼女はぴくんと反応した。  
「梓ちゃん、よく僕のクッキー盗んで食べたじゃないか。月に一缶、こっちは大事に大事に  
食べてるのに、梓ちゃんってばいつも意地悪して沢山食べたり、缶を隠したり……  
この間だって。まさか高校生にまでなって梓ちゃんに同じことされるとは思ってなかったよ」  
 代わりに梓ちゃんを食べたっていいよね?と小首を傾げる。  
「そ……それは……」  
 梓は慌てて弁解しようとした。確かに先日、七年ぶりに物部邸の旧家跡に不法侵入した  
際、七年前と同じクッキーが置いてあり、梓はそれを悪戯心で食べてしまった。……しかし  
だからといって身体で支払えというのはいかがなものだろう。  
「んんっ!」  
 急に襲ってきた快感に梓は呻いた。景が挿入していた指を抜いたのだ。梓にはもはや  
抵抗する気力はなく、ぐったりとソファに身を預けるだけだった。  
 靄の掛かったような瞳で景を見る。景はたった今まで彼女の中にあった指をぺろりと舐めた。  
梓はその瞳に、自分と二人でいる時の景ではなく、普段の景に通じる何処か暗く乾いた  
光を見て取った。学校にいるときの景にしろ『ウィザード』としての景にしろ、他者、  
第三者に対する景は冷厳で俯瞰的、あるいはもっと直接的に、否定的と言ってもいい観念を  
持っている。今の景にはその雰囲気が漂っていた。梓はたまらなく不安になった。  
 景が一瞬目を伏せた。顔を上げる。鋭い双眸に梓は言葉を失った。  
 景は再び梓の上に覆い被さってきた。梓の頬に手を添える。視線と視線が重なった。  
景はもはや笑っていなかった。瞳で解る。  
 本気だわ……。梓はわずかに顔を青ざめさせた。頬に添えられた手が首筋に降りてきた時、  
梓は覚悟を決めて囁いた。  
「景ちゃん。今の景ちゃんには、わたし抱かれたくないよ」  
 首筋の手が止まった。  
 景は眼を見開いた。首筋に触れた手がほんのわずか震えている。その瞳に突然悲痛な  
色が灯った。  
「……」  
 決心が挫けそうになる。梓は心を鬼にした。  
「……景ちゃん、これが最後だと思ってるでしょ?自分はもう駄目だと思ってるでしょ?  
そんなつもりで抱くなら願い下げよ」  
 今夜の景の強引さ。瞳の光。それらは全て彼の不安が起因になっているのだろう。  
 梓は叫んだ。この言葉の本当の意味が景の心に届いて欲しいと全身全霊で祈りながら。  
「わたしはそんなの嫌!そんな気持ちで抱かれるくらいだったらわたし、景ちゃんのこと  
拒否するわ。この影を解いて、今すぐ家に帰して」  
 梓にとって景は手の届くところにいるようで実はそうではない、ブラインド越しにしか  
触れられない存在だった。どんなに好きでも、どんなに想っても、今の景は梓の知らない  
場所に棲んでいる、まさに塔の上の魔法使いだった。今にも塔の上から飛び降りてしまいそうな  
魔法使いは例え女王でもどうすることもできない。地上から見上げているしかないのだ。  
なら、せめて──  
「──君の言うとおりだ」  
 沈黙を破ったのは景だった。彼は微かにかぶりを振った。  
「ごめん。……ちょっと調子に乗りすぎた」  
 俯き加減でそう呟く。その言葉と共に梓の腕にまとわりついていた影はするすると  
景の影へと戻っていった。  
「……」  
 戒めから解放され、梓は身を起こした。景は黙って梓の肩に毛布を掛けると顔を逸らした。  
その顔には梓に拒否された悲しみと寂しさがありありと浮かんでいた。梓は胸が締め付け  
られた──そして一瞬の後、それは爆発的な怒りに変わった。  
(やっぱりわかってないんじゃない!)  
 その手が鋭い勢いで伸びる。景は完全に不意を付かれたようだった。逃げかけたその  
身を捕らえて引き寄せる。逃げられないよう頬を両手で固定すると、梓は思い切り景の  
唇を奪った。毛布が床に舞い降りた。  
「!」  
 今度は景が慌てる番だった。制止しようと口を開きかける。その歯の隙間に素早く舌が  
侵入してきた。そのまま景の口内を蹂躙していく。  
「……んっ……!」  
 景は思わず声を漏らした。そのキスは先程景が梓にしたそれよりも数段深いものだった。  
キスをするということに慣れていないらしく──その事実は景にとって喜ぶべきことなのかも  
しれないが──上手いとは言えないが、その行為には烈火の激しさがあった。  
 景は頭がくらくらした。長いキスがようやく終わり、梓の唇が離れていく。しばらく  
放心状態だった景ははっと我に返った。一気に頬が熱くなる。これってのはつまり、いわゆる……。  
「セ……セクハラじゃないのか、梓ちゃん!?」  
「あ!あんなことしといてそーいうこと言うわけ!?わたしのがセクハラなら景ちゃんのは  
強姦よ、強姦!」  
 梓はきっぱりとのたまった。彼女自身相当恥ずかしかったらしく、真っ赤な顔に複雑そうな  
面持ちを見せている。肩で息を切らせて彼女は言った。  
「別に景ちゃんのことが嫌だって言った訳じゃないでしょ!?」  
「え……」  
 景は目を丸くして梓を見つめた。梓は眉をつり上げて怒鳴った。  
「景ちゃんのその後ろ向きな考え方が嫌なの!最後の思い出に、みたいなその態度に腹が立つの!  
それじゃ本当に最後になっちゃうかも知れないじゃない!わたしはそれが嫌だって言ったのよ!」  
 人の話はちゃんと聞きなさい!と叱りつけてくる。しかしその声は段々と小さくなっていった。  
はだけられたブラウスの胸を握りしめながら梓は呟いた。  
「景ちゃん、そう言う眼してるんだもの……わたしは拒否するしかないじゃない」  
 梓は景が命を投げ出すつもりでいるのを知っている。それが近いというのも解っている。  
しかし梓はそれを納得できない。  
 梓は景の首に腕を回した。強く抱きしめる。  
「だからもし景ちゃんが目的を果たした後、無事に戻ってきてくれるなら……もう一度  
元気な顔を見せてくれるなら、わたし……」  
 言葉はそこで止まった。梓は腕を回したまま身だけを少し離す。  
 間近に梓の顔があった。景は一瞬息を呑んだ。梓の切なげな瞳を見て、金縛りに合ったように  
動けなくなった。  
「梓ちゃん……」  
「約束、してくれる?」  
「……」  
 景は沈黙の末、かすかに頷いた。  

 一度達した梓の体は火照り、体温が上がっていた。冷たい指で景が触れるとそれだけで  
彼女は感じたように呻き声を上げた。  
 口付けをしていく。額、頬、肩、胸──順々に。梓は覚悟を決めたような表情でぎゅっと  
毛布を握っていた。景が耳元で声をかける。耳に掛かってくる息に梓は思わず肩をすくめた。  
「そんなに緊張しなくてもいいよ、梓ちゃん」  
「そんな事言ったって……」  
 手の握力は緩んでいない。景は軽く溜息をつくと、いきなり梓の脇の下を撫で上げた。  
「きゃっ!?」  
 梓の身体から力が抜けた。その隙にブラウスの中の背中に手を入れる。梓の体はわずかに反るよ  
うな体勢になった。こうすると女性はなかなか身体に力を入れられない。景は梓の背中を撫でなが  
ら、目の前に突き出た胸を愛撫し始めた。  
「あっ……ああっ」  
 甘美な声が漏れる。上下している梓の胸は白く柔らかかった。堪らなくなって舌を這わせる。胸  
の頂点を重点的に責めるように配慮しながら丁寧に舐め上げていくと、梓は身を捩らせてさらに声  
を上げた。  
 梓の身体から力が抜けたところを見計らって背中の手を下ろしていく。スカートの下に手を入れ、  
肌着の掛かった尻に触れるとやや強く揉む。手の動きは自然に大胆になっていった。  
「ああ、んあっ、あっ」  
 声の間隔が短くなってきた。自分の愛撫で感じてくれているのが嬉しくなり、景は梓の身体全体  
に触れていった。  
「んっ、は、あっ!」  
 梓の反応が大きくなった。やがて両手はゆっくりと下へ降りていった。景の目が下半身に向かう。  
「梓ちゃん、脚、開いて」  
 スカートを捲り上げ、太股に手を添えながら景が言う。梓は逡巡した。やっとの事で喋る。  
「……や……恥ずかしい……」  
 ショーツをまだ付けているというのに、消え入りそうな声で言う。景は思わず苦笑した。  
「わかった」  
 短く言うと、景は無理に押し込まない程度に、手を閉じた腿の間に滑らせた。急激な手の動きに  
付いていけなかった梓が身悶えた。  
「っあっ」  
 腿の隙間が緩んだ。するりと手を滑り込ませる。梓はわずかに脚を閉じようとしたが、それ以上  
の力で押し返すと抵抗しなかった。ゆっくりと両足を押し広げる。景はショーツを取り払った。ピ  
ンク色の花弁が顔を出す。溢れた蜜がその花弁を彩っていた。  
 思わず見とれる。しばらくすると震える声がかかった。  
「景、ちゃん……あんまり、見ないで」  
 梓は顔を真っ赤にして口元に手を当てていた。可愛いと素直に思った。普段は強気で向こう見ず  
な彼女がこんなに恥じ入る姿はついぞ見たことがない。いつもこうだったらいいんだけどな、と内  
心思いながら尋ねる。  
「してほしいってこと?」  
「……そうじゃ、ないけどっ……ああっ!」  
 言い終わらないうちに花弁の内側を音を立てて吸われ、梓はびくんと身を震わせた。景は外側か  
ら内側へと順々に舌を絡ませていく。大きく舐め上げ、舌を動かして蜜を絡め取る。  
「ひ、あん!やあっ!あっ」  
 舌を動かすたび、梓がくぐもった悲鳴を上げた。彼女の上げる声は綺麗で艶があった。景はいつ  
の間にか引き込まれていった。  
 再び指を入れる。今度は二本。巧みに内壁を擦り上げる。梓の喘ぎが大きくなった。たっぷりの  
蜜が指を伝い落ちてくる。そろそろいいかな、と景は見当を付けた。囁く。  
「梓ちゃん、入れてもいいかい?」  
「あっ……はあっ……あ……」  
 梓は止まった指にようやく息をついた。握りしめた両手が細かく震えている。その唇が小さく開  
いた。  
「あ……あのね……景ちゃん。わたし……その」  
「?」  
「…………なの」  
「え?」  
 声が小さくて聞こえない。聞き返すと梓はこの世の終わりのような顔をして叫んだ。  
「は……初めてなのっ!二回も言わせないでよ……!」  
「え……」  
 景は驚いて眼を見開いた。  
 梓は帰国子女で、七年もの間アメリカにいた。日本に比べてアメリカの風紀は開放的だ。  
加えて梓は、誰の目から見てもおおよそ魅力的と言える容姿をしている。つまり彼女には、  
アメリカに住んでいた時既に恋人の一人や二人いてもおかしくない状況だったのである。  
景も当然そう思っていた。七年前までとは違い、彼女はもう自分一人のものではないと  
心の底では諦めていた。たった今まで。  
「……どうして?彼氏とか、いなかったの?」  
「うん。──正直、わかんない。なんか、気が進まなかったって言うか……」  
 梓は火照った顔で少しだけ笑った。  
「変だよね、わたし……きゃっ」  
 景は梓を抱きしめた。殆ど無意識の行動だった。  
 梓がどうなのかはわからない。だが、景は小学生の時からずっと梓が好きだった。それを自覚し  
ていた。梓が渡米から色々なことがありすぎて恋などする暇もなかったのは事実だが、七年間ずっ  
とその想いは消えなかった。一度は諦めざるを得なかったその想いに、梓は応えてくれた。  
「け……景ちゃん……?」  
 梓は戸惑いながら景を見た。景はまるで昔の頃のようないとけない笑みを浮かべて言った。  
「わかった……なるべく優しくする」  

「あっ……!」  
 梓が激しい吐息を漏らす。景は彼女の痛みを出来るだけ抑えようと、そっと腰を進めていった。  
梓の声が高くなる。容赦なく締め付けてくる内壁に、景の身体にも快感が走った。  
「っ……」  
 すぐにでも彼女を貫きたくなるのを耐えて、更に奥へと進ませる。梓が身体を強張らせているの  
を感じて景はその頬を撫でた。  

「大丈夫?力、抜いて……」  
「……ふ……くっ」  
 声は答えにならなかったが、身体の力がやや抜かれた。頬を撫でる手が梓の両手で握られる。応  
えるように、景のそれが薄い膜を突き破り、梓の最奥まで到達する。梓が声にならない悲鳴を上げた。  
 くずおれたその身体を優しく抱き上げる。梓は景の胸にもたれかかって荒い息を付いた。  
「……痛い?」  
 思わず尋ねるが、それが間抜けな問いであることにすぐに気づき、景は思わず渋い顔になった。  
痛くないはずがない。そんなこちらを察したのか、彼女はすぐに答えを返してきた。  
「大丈夫……大丈夫よ。でも、もう少し、待って」  
 その言葉に、景は朝露を口に含むように、唇で梓の涙を拭った。  
 梓が大きく息を付く。荒かった息は段々と収まっていった。景はその間ずっと頭を撫で、背中を  
さすってやっていた。梓の眉間に寄っていた皺がようやく薄らいだ。見計らって声を掛ける。  
「動くよ」  
「……うん……」  
 すがりついてくる梓を身体全体で感じながら、景は少しずつ腰を動かしていった。締め付けられ  
る快感に、景も我知らず声を漏らしていた。  
「っ……く……!」  
「ああっ!あっ……ふあっ!」  
 梓が身を反らし、声を上げて喘ぐ。痛みを訴えるような声が、回を重ねる事に少しずつ快楽の喘  
ぎに変わっていくのがわかった。秘所からは溶けるような蜜が溢れ出し、景のそれを包み込んでい  
く。更なる快楽を求め、景の動きはどんどん大きくなっていった。突き上げるように腰を動かし、  
彼女の中を侵していく。  
「ふぁっ……っ……ああっ!景ちゃん、わたし、もう────あああああっ!」  
 のけぞっていた梓がひときわ高く喘いだ。体中から力が抜けたように景につかまっていた腕が解け、ソファの上にくずおれる。あられもない姿をソファに横たえ、梓はぐったりと息をついていた。むき出しの胸が上下している。  
「──イった?」  
「……あ……っ……ごめん……先に、イっちゃって……」  
 はっと気が付き、慌てて謝る梓に堪らない愛おしさを感じ、景はくすりと笑う。  
「謝ることないよ。もう少しさせてくれれば」  
「えっ……待って、わたしまだ──きゃあっ!」  
 梓の腰に手を添え、景は再び動き始めた。度重なる律動に梓は耐えきれず、身を捩って声を上げる。  
「はっ!あっ!あ……駄目ッ、景ちゃんっ──あああっ」  
「──……!」  
 景も絶頂へと近付いていた──身体の芯から沸き上がってくる快楽に、景は不思議な安心感を感  
じていた。カプセルを何十錠同時に噛み砕くよりずっと心地良い、優しく激しい快感。どれだけの  
量のカプセルがもたらす快感にも耐えられるはずの景の心は、梓とのもたらす快感にいとも簡単に  
呑み込まれていった。  

◇◆◇◆◇  

 景は一人漫然と窓の外の月を見ていた。  
 視線を月からすぐ隣へと移す。景の腕を枕にして、梓はすっかり落ち着いた表情で寝息を立てて  
いた。その寝顔に、景はしばらくの間見入った。そっと声を掛けてみる。  
「梓ちゃん」  
 答えはない。  
「梓ちゃん?」  
 梓は深い眠りに付いているようで、二度の呼び掛けにぴくりとも応じなかった。それを確認し、  
景はその言葉を初めて唇に乗せた。  
「──好きだよ」  
 好きだよ。  
 その言葉を、何度必死の思いで呑み込んだか知れない。声になれば薔薇の香りのようにあまやか  
なその言葉は、声となるまでは薔薇の刺のように鋭利だった。呑み込むたびに景の心はずたずたに  
切り裂かれた。だがそれは決して口にしてはならない禁じられた言葉だった。  
 胸の奥が痛んだ。  
 こんなことは──こんなことはもうこれきりにしなければならない。自分の立場をわきまえなけ  
ればならない。彼女を巻き込むことは終わりにしなければならない。  
 既に幾度か危険に晒してしまった。これ以上彼女を自分に近付けたら、今度こそ取り返しのつか  
ない事態になってしまうかも知れない──想像しただけで心臓にナイフを突き立てられる思いがし  
た。景は鋭く瞳を細めた。そんな事は絶対にさせない。  
 守る。必ず守ってみせる。  
 景は透明な表情で梓の頬に口づけた。  
「……ん……」  
 梓はうっすらと目を開けた。彼女は数度瞬きをして頬に触れた。  
「景ちゃん……?」  
 梓は景の横顔を窺い見た。その時には景は既に、密やかな漆黒の眠りに落ちていた。  

◇◆◇◆◇  

 梓はいつもよりややゆっくりとした、少し頼りない足取りで学校へと向かっていた。視線は真っ  
直ぐ前より少し下を向いて、しかし何も見ていない。昨晩の出来事。その余韻からまだ抜け出せて  
いないのである。まるで夢を見ているような気分だった。  
 梓は朝方まで景の部屋で過ごした。景は、送っていくから夜のうちに帰った方がいいんじゃない  
かと提言したが、梓はどうしてもやりたいことがあった。朝、素肌の上にワイシャツを着て彼にコ  
ーヒーを淹れてあげるというアレである。景には呆れた顔で沈黙され、あまつさえ映画の見過ぎだ  
と言われたが、「だってずーっと憧れだったんだもの!」という執拗な主張で何とか決行に漕ぎつけ  
た。しかし景のワイシャツを借りたのはいいが、景は男性としては小柄な方で梓とはあまり背丈が  
変わらないためシャツの裾がかなりきわどい位置だったり、コーヒーを濃く淹れすぎて景をむせさ  
せたりして、結果としては散々だったのだが。  
「……」  
 それらが涼しい朝の道を歩いていくごとに思い出され、梓はひそかに赤面した。  
(……今日、どんな顔して景ちゃんに会おう)  
「梓さぁぁぁぁん」  
 声と共に、突然肩に手が置かれた。  
「わあっ!」  
 声を上げて後ろを見ると級友の姿があった。  
「ち……千絵!」  
 長い黒髪の美人である──梓の一番の親友である海野千絵だ。正義の使徒たる探偵を本気で目指  
している変わり者である。眼の下に隈があり疲れた表情をしていて、徹夜明けか何かと見える。し  
かし身体から滲み出る雰囲気はその印象とは一線を画していた。体には精神力がみなぎっており、  
どこか超絶的ですらある。彼女は開口一番こう言った。  
「梓さん。私は見たわ」  
「な、何を!?」  
 千絵はふっ、とニヒルに微笑み、肩に掛かった髪を後ろに払った。様になっていた。  
 そしておもむろに原子爆弾を投下した。  
「あなたが今朝方、物部君の家の方角から帰ってくるのをね」  
「!!」  
 ──何故、それを!!  
 酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせる梓を見て、千絵は確信の笑みを浮かべた。  
「やっぱり……物部君のところにいたのね。遂にやったのね、梓さん!親友として祝福するわ!」  
 流石に声は低くしていたが、興奮を押さえきれない様子で梓の手を取る。その証拠に彼女の鼻腔  
は限界まで膨らんでいた。梓は必死で言い逃れようとした。  
「ま、待って!何で知ってるの……じゃなくて、何でそうなるの!?だいたい千絵、け……物部君  
ちの場所なんて」  
「あっまーい」  
 彼女はちっちっち、と人差し指を振って見せた。  
「最近新たな依頼を受けて道に偶然張り込んでいたのよ。まだ調査の段階だったから梓さんには声  
を掛けなかったんだけど──それに場所なんて学校名簿の住所を見れば大体見当が付くわ」  
 徹夜明けにも関わらず、彼女は順序立ててすらすらと述べた。隙がない。  
「……」  
 梓は完全に沈黙した。駄目だ。彼女は頭がいい。言いくるめるのは無理だ──絶望的に天を仰ぐ。  
この件が知られてしまったが最後、向こう3ヶ月は確実にネタにされる。それは、それだけは勘弁  
して欲しい。何とか突破口を……。  
 そう思ったまさにその時、話題の渦中に存在する人物が歩いてくるのが見えた。千絵が、あ!と  
声を上げる。千絵はその人物に向かいこの上なく嬉しそうな表情で挨拶した。  
「もっののっべくん♪おはよう!」  
 ……最悪だ。  
 梓は目眩を覚えた。景は千絵の勢いに少々面食らいながら「お……おはよう」と返した。  
 景はすっかり普段の、『図書室の住人』物部景の顔になっていた。縁の厚い眼鏡を掛け、制服をき  
っちり着込んでいる。まるで昨日のことなど無かったかのような変貌ぶりに梓は少し不安になった。  
 千絵はにやにやしながら梓と景を見比べた。周囲に他の登校者がいないか見回して──彼女の最  
後の良心だろうか──景にこそっと囁く。  
「昨日、梓さんと一緒だったでしょ?」  
 景の眉が、片方だけぴくりと跳ね上がった。彼はおろおろしている梓を見て、すぐに状況を察し  
たようだった。冷静に問いを発する。  
「どうしてそう思うの?」  
「どうしてって……とぼけても無駄よ、物部君」  
 千絵は梓に話したことと同様の証拠を述べる。景は黙って聞いていたが千絵の陳述が終わるとすぐに口を開いた。  
「姫木さんがどんな恰好をしてたのかは知らないけど、ジョギングとかだったんじゃないのかい?」  
「私服だったわ。コートにスカートだったもの」  
「なら単に散歩に出てたとか」  
「一抱えくらいある鞄を持ってたわ!散歩でそんな物持ち歩くわけないじゃない」  
「彼女の家がその方向なら、ちょうど僕の家の方向にはコンビニがあるね」  
「朝方に!?鞄よ!?」  
「僕は彼女の私生活なんて知らないから。朝方に勉強でもしてたんじゃないのかい?それに最近は  
ビニール袋を貰わずに手持ちの鞄で買いに行く人だっているだろ」  
「〜〜〜〜!!」「……」  
 梓はそのやりとりをぽかんと聞いていた。梓の知る限り最も優秀な頭脳の持ち主である千絵が、  
理詰めで景に完全にやりこめられている。  
 景は紡ぎ出す屁理屈だけならば軽く千絵を越えていた。流石だ。流石古参の勇士『ウィザード』だ。  
梓は変なところで感心した。千絵はもはやショート寸前だった。今にもこめかみから  
ケトルの音を立てて蒸気が噴き出してきそうな様子である。  
 しかし景の完璧なとぼけようにも呆れた──口先三寸とはまさにこのことだ。  
千絵が惨敗を喫してすがりついてくる。  
「梓さあああん!何とか言ってやって頂戴!」  
「いや……助けを乞われても困るんだけど、実際のところ」  
「名探偵ならぬ迷探偵だね……」  
 景は溜息をついた。だいたい景は梓や千絵とは別のクラスで、千絵とは梓を通しての  
知り合いだ。  
こんな問いかけをすること自体少々失礼に当たる。千絵はそういった礼儀には気を払う  
タイプの人間なのだが、彼女としては二人に掛かった容疑はほぼ確定であるらしい。勿論、  
景と梓が互いに憎からぬ中であることも気付いている。つまり自分は完全に『梓の彼氏』と  
して扱われているのだ。  
 ……参ったな。  
 そんな内心を欠片も表に出さず、「じゃあ」と挨拶をすると景はいつもの歩幅で歩き始めた。  
千絵がその後ろ姿を見ながら悔しそうに歯ぎしりする。  
「くう〜……自白を引き出せなかったのは痛いわ」  
「自白って、千絵……」  
「状況証拠だけじゃ大抵の場合裁判に勝てないのよー!」  
「……」  
 もういいや、と梓は肩をすくめて諦めた。千絵はこうと思ったが最後、真実を求めて  
猪突猛進する性格だ。今更自分が何を言っても始まらない。幸い卑猥な目的ではなく、  
梓の幸せに関することだから純粋に知りたがっているのである。無下には出来ない。……だからと  
言って本当のことを話すのも何というかまあ、アレだが。  
 千絵は景にやりこめられたのがよほど悔しかったらしく、拳を握りしめて決意新たに叫んだ。  
「こうなったら梓さんサイドから尋問よ!それしかないわっ」  
「ちょ、ちょっと、千絵!」  
「覚悟しておいてね、梓さん──私の流儀には反するけど、水原にも協力して貰うんだからっ!」  
 言うなり携帯を取り出し物凄い速さでメールを打ち始める千絵。梓が慌てて手を伸ばして  
止めようとするが、千絵は携帯を限界まで頭上に差し伸べて逃げながら画面も見ずに器用に  
メールを打つ。しかも指の動く速度は全く変わっていない。梓は驚愕に眼を見開いた。  
「千絵!ずるい、それ人間業じゃないわよ!?」  
「ほほほ、悔しかったら止めてみることね、梓さん……って、きゃーっ!?」  
「あああっ、千絵っ!」  
 千絵が派手に転ぶ音を後ろに聞きながら、景は長い長い溜息をついた。まだまだ不安要素は  
山ほどある──どうやら、梓の言うとおり、自分はまだ簡単には死ねそうもない。  

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