しかし、いかに力んでみても、顔に熱が溜まるだけで指先一本動かせない。歯を食いし  
ばって唸り続ける一号を、ラミアは苦笑気味に見下ろした。  
「女の子がそんな顔して」  
「女の子である前に、私は一人の従者なのです」  
 汗が滲んできても、一号はなおも体を動かそうと踏ん張り続ける。しかし、力はただ無  
闇に拡散していくばかりで、少しも四肢に伝わってくれないのだった。  
「まったく」  
 ラミアは呆れ顔で、頭に手を当てた。少しの間目をそらし、右の角を撫でながら何事か  
考えている様子だったが、やがて苦笑気味にため息を吐いた。  
「仕方ないわねえ」  
 それこそ仕方なさそうに呟きながら、ラミアはゆっくりと近づいてくる。一号は荒い呼  
吸をしながら、一体なにをするつもりだろうと内心身構える。ラミアはベッドのそばに歩  
いてくると、屈みこんでじっと一号の顔を覗き込んだ。一号はとっさに、ぎゅっと目をつ  
むった。  
「あら。ちょっと、一号ちゃん。どうしてお目目つむっちゃうの」  
「その手には乗りませんよラミア様。また、あの魔眼というものを使うおつもりなのでし  
 ょう」  
 一号はずばりと言った。相手の企みを見抜いて、ちょっと得意げな気分である。しかし、  
返ってきたのは苦笑だった。  
「違うわよ。だいたい、一号ちゃんもう動けないじゃないの。これ以上魔眼でどうするっ  
 ての」  
 言われてみればそのとおりである。しかし、一号は目を開けなかった。  
「その手には乗りませんよラミア様。そんなことを言って私を油断させるおつもりなので  
 しょう。」  
「だから違うわよ。頑固な一号ちゃんが疲れない内に眠ってもらおうと思っただけよ」  
「ほらやっぱり。あの魔眼というもので私を眠らせるおつもりなのですね」  
 一号は勝ち誇って言った。普段人を出し抜くことなど出来ない分、気分は悲しいほどに  
爽快である。ラミアのため息が聞こえてきた。  
「あのね一号ちゃん。そういうの、なんとかの一つ覚えって言うのよ」  
「なんとかってなんですか」  
「それを言ったら多分傷つくと思うから、言わない」  
「なんだ、ラミア様だって知らないんじゃないですか」  
「違うってば。なんかいきなり刺々しくなってない一号ちゃん。ひょっとして怒ってる?」  
「当たり前です」  
 叫びながらつい目を開いてしまって、一号は慌ててまた目蓋を閉じる。一瞬覗いたラミ  
アの顔は、面白がっているようにも困っているようにも見えた。一号は何故か気恥ずかし  
さを覚えた。  
「勝手なことしてごめんね一号ちゃん。だけど、今の状態で動いたら本当に倒れちゃうわ。  
もう少し、休養が必要なのよ」  
 
 ラミアはゆったりとした口調で語りかけてくる。一号は、髪を梳くようにそっと頭を撫  
でる手の平の温もりを感じた。  
(あったかい)  
 そんな風に優しく頭を撫でられるのは、一号にとって初めての経験だった。心地よさに  
気持ちが安らぎ、視界が閉ざされているせいか、だんだんと眠くなってくる。  
「おやすみなさい」  
 ラミアの穏やかな声音が遠ざかっていく。一号の意識はいよいよ溶け込んでいき、  
「って、違う」  
 一号は絶叫しながら、カッと目を見開いた。視界一杯に、驚きを露わにしたラミアの顔  
が広がる。  
「そんな、これでも眠らないだなんて」  
「またなんか変な技使いましたね、ラミア様」  
 睨みつけると、ラミアは痛切な表情で自分の手の平を見下ろした。  
「夜魔族四十八手その七、夜魔が撫でれば魔王もおねむとまで言わしめたこの必殺愛撫が  
 破られるとはね」  
「ひょっとして適当に言ってます」  
「ええ、割と。まあそれは置いておくとしても」  
 ラミアは諦めのため息を吐きながら、一号に笑いかけた。  
「凄いのね一号ちゃん。そんなにエトナちゃんを探しにいきたいんだ」  
「当然です」  
 一号は一片の迷いもなく断言した。ラミアはわずかに目を細める。  
「少し休んでからでもいいじゃない。その間だって、あたしが代わりに探してあげるし」  
「それでは駄目なのです。是が非でも、私自身が探し当てて差し上げなければ」  
 そして、出来るならば、あの細く頼りない体を精一杯に抱きしめてやりたい。その思い  
は、こうして体の自由を奪われても、いや、だからこそ尚更強くなってくるようであった。  
「とにかく、ラミア様がどんなに止めたところで無駄なことです。私はエトナ様を探しに  
 いくのですから」  
 一号は宣言すると、また体を動かそうとあがき始めた。しかし、やはり前と同じく、無  
駄に頭が熱くなるだけだった。  
 そのかたわらで、ラミアはただ黙っていた。少し頭を傾けて、右の角をゆっくりと撫で  
ながら何やら思案している様子だった。  
「決めた」  
 ほんの少し経って、ラミアは小さく呟いた。それでも少しためらう様子を見せ、「あん  
まり、こういうことはしたくなかったんだけどなあ」などとため息混じりに呟きながら、  
屈みこんで一号に体を寄せてくる。  
 
 何をする気だろう、と緊張する一号の前で、ラミアは手早く布団を剥ぎ取った。包帯だ  
らけの体の上に、魔界病院特有の簡素なローブを羽織っただけの一号の体が露わになる。  
「こうして見ると」  
 ラミアはしげしげと一号の体を眺めながら言った。  
「一号ちゃんて痩せっぽちよねえ。ちゃんとご飯食べさせてもらってるの」  
「いいえ」  
「即答されると余計に可哀想だわ」  
 ラミアは哀れむように目を細めながら、ローブ越しに一号の体を撫で始める。ゆっくり  
とした丁寧な手つきで、足のつま先から頭のてっぺんまで、全身をくまなく。一号は、か  
すかなくすぐったさを感じた。また眠らせるつもりかと疑ったが、どうやら違うようだっ  
た。そのとき、触れられた場所の痛みが和らいできているのに気がつき、一号は顔を輝か  
せた。  
「傷を治してくださっているのですか」  
 しかし、ラミアは一号の問いに答えなかった。ただ、何かを企んでいると思しき微笑を  
浮かべたまま、じっくりと一号の体を撫で続ける。一号は不安に顔を強張らせた。  
「ラミア様、一体何を」  
「一号ちゃんがあんまり頑固なもんだから」  
 ラミアは笑った。  
「お姉さん、ちょっと強引な手を使わせてもらうことにしたの」  
 どこか含みのある口調である。一号はさらに緊張して、ラミアの一挙一動を注意深く見  
守る。そのとき、不意にラミアが一号の体から手を離し、顔を上げた。深く透き通った青  
い瞳と、目が合う。  
(いけない)  
 魔眼を警戒して、一号は再び固く目を閉じる。  
「あら一号ちゃん、お目目閉じちゃっていいの」  
「その手には乗りませんよ」  
 先ほどの問答がまた繰り返されるかと予想したが、違った。  
「そう。それじゃあ、こっちも好きにさせてもらうわね」  
 
 何のことだろう、と思う間もなく、一号の鼻先に熱っぽい吐息がかかった。驚き、目を  
開けたときにはもう遅い。視界いっぱいにラミアの微笑が広がった。  
「いただきます、なんてね」  
 冗談っぽく呟くと同時に、ラミアは一号の唇に自分の唇を押し付けてきた。動けない一  
号に、逃れる術などあるはずもない。ラミアは一号の後頭部に手を回し、さらに強く唇を  
押し付けた。強引ながらも、巧みなキスだった。ラミアの舌は、まるでそれ自体が一つの  
意志を持った生き物であるかのように、一号の口内にそっと侵入してきた。一号が舌を引  
っ込めるよりも早く、絡みつき、吸い上げ、あるいはくすぐる。まるでこちらの感覚を読  
んでいるかのような、絶妙な舌使いである。息苦しさ以外の何かによって、一号の後頭部  
が熱を帯び始めてきた。その頃になって、ラミアはようやく顔を離した。二人の間に架か  
った唾液の橋を指にからめ、さらに舌で舐めとる。その動作一つ一つが、やけに魅惑的に  
感じられた。息を荒げている一号を見下ろして、ラミアは満足げな微笑を浮かべた。  
「なかなかのお味じゃない。こっちの方はどうかしら」  
 一号の反応を楽しむように話しかけながら、ラミアはそっと、一号が着ているローブの  
胸元をはだけさせる。下には何もつけていない。服によって押さえつけられていた乳房が、  
柔らかく震えながら外気に晒される。自分の肌が驚くほど敏感になっていることに気付き、  
一号は小さく息を漏らす。ラミアが片眉を少しだけ上げた。  
「あら、例によってぺたんこかと思ってたけど」  
 面白がるような笑みを浮かべながら、右手の指についた唾液をこすりつけるように、一  
号の乳房を撫でさする。  
「結構グラマーなのね一号ちゃん。ほら見て、手の平からこぼれそうよ」  
 ラミアは、ほとんど握りこむような力を手に込めてきた。ただでさえ敏感になっている  
ところに強い刺激を与えられ、一号は小さな悲鳴を漏らしてしまった。  
「やめてください、ラミア様」  
 潤んだ瞳でラミアを見上げながら、途切れ途切れに弱弱しく抗議したが、ラミアはやめ  
るどころかますます嬉しそうな笑みを浮かべるだけだった。  
「そう言われると、ますます止めたくなくなっちゃうわねえ」  
「そんな」  
「そういう訳だから、ちょっとごめんね」  
 ラミアはブーツを脱いでベッドに上がり、横たわる一号の両脇に膝をついた。そのまま  
かがみこみ、一号に顔を近づけてくる。一号には、ラミアが何故そんな無理な体勢を取っ  
たのかがよく分からなかった。  
 
「何をなさるおつもりですか」  
 怯え混じりに一号が問うと、ラミアは苦笑した。  
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。変なことなんてしないから」  
「これが変なことでなくてなんなんですか」  
 ラミアは、一号の顔を覗き込んできた。目を細めて妖しく微笑み、囁くように言う。  
「気持ちいいことよ。とってもね」  
 ラミアは四つんばいのような格好のまま器用に腕を動かし、一号の腹部の中心から乳房  
の間までを、そっと指で撫でた。乾ききらない唾液が、一号の肌に細い筋を残す。一号は  
くすぐったさ以外のなにかを感じて顔をしかめた。ラミアは先ほどよりもさらに執拗に、  
一号の乳房を弄り始める。ただ揉みしだくだけではなく、撫で回し、あるいは乳首をつね  
るように摘み上げた。慣れない刺激に一号が声を上げても、お構いなしに行為を続ける。  
その内、一号の頭は未知の刺激に苛まれてぼんやりとしてきた。  
(一体、ラミア様はどういうおつもりでこんなことをなさっているんだろう)  
 わずかに残された思考力をかき集めて、必死に考える。  
(強引な手をつかう、なんて言ってたけど)  
 そのとき、一号の頭の片隅で閃くものがあった。  
 ラミアは夜魔族である。彼らあるいは彼女らが、大抵は娼婦のようなことをして生計を  
立てていることは、一号でも少しは知っていた。そして、彼らが精気を吸い取るという特  
技を持っているということも。  
(つまり、わたしの精気を吸い取って完全に動けなくしてしまおうと)  
 一号は内心震え上がった。しかし、抵抗する術はない。  
 ラミアはまだ、一号の乳房を弄り続けていた。一号の乳首を優しく、時に少し強くこね  
回している。一号の脳がますます熱を帯びてくる。その内、一号の乳首が硬くなったのを  
確認して、ラミアは満足げな微笑を浮かべて手を離した。  
「終わりですか」  
 わずかな期待をこめて聞いたが、ラミアはアッサリと首を振った。  
「まさか。むしろここからが本番よ」  
 ラミアはまだ一号の下半身を覆い隠していた掛け布団を完全に取り払った。ベッドに乗  
ったまま体の向きを変えた。いかにも柔らかそうな曲線を描くラミアの尻が、一号の視界  
を覆い隠した。そのせいでよく見えなかったが、一号はラミアが自分が着ていたローブを  
さらに引き剥がし、ついに下着にまで手をかけたのを感じ取った。  
 
「やめてください、ラミア様」  
 このまま精気を搾り取られてはたまらないと、一号は半ば無駄な抵抗を試みる。すると  
ラミアは、ちらりと肩越しに振り返って、悪戯っぽく笑った。  
「それじゃあ、競争しましょうか」  
 言いながら、一号の下着をずらし下ろす。  
「一号ちゃんが勝ったら、やめてあげる」  
「なんの勝負ですか」  
 頭も舌もうまく回らない状態で、一号は聞いた。ラミアは微笑みながら答える。  
「イカせっこ」  
 何のことだろう、と考える間もなく、一号の陰唇をラミアが押し開いた。  
「ほら、一号ちゃんもやりなさいな。上半身は自由にしてあげるから」  
 言われると同時に、上半身の自由だけが戻ってきた。一号は慌てて上半身を起こし、ラ  
ミア同様彼女の服に手をかける。夜魔族特有の、下着のような衣服である。焦りながらず  
り下ろし、夢中でラミアの尻を自分の方に引き寄せる。  
「一号ちゃん、意外と乱暴なのね」  
 ラミアの軽口に応じている暇もなく、一号はラミアの陰唇に指をあてがう。やり方はよ  
く分からないが、一号とて女性である以上、どういうときに気持ちよさを感じるのかは分  
かっていた。  
「駄目よそれじゃ。もっと優しくね。こんな風に」  
 たしなめるように言いながら、ラミアが一号の陰核を指で弄り始める。こんな風に、な  
どと言うだけあって、その指使いは絶妙であった。一方の一号は、こういうことをするの  
が初めてなのに加え、ラミアからもたらされる快感が想像以上だったために、うまく行為  
に集中できない。遠慮がちに舌を這わせたり、ラミア同様陰核を弄ってみたりするのだが、  
どうにもうまくいかなかった。その内に、熱と快楽で意識が混濁し始め、ついに一号は口  
を半開きにして涎を垂れ流したまま、再び布団に倒れこんでしまう。ラミアの忍び笑いが  
遠くに聞こえた。  
「あらあら、一号ちゃんたら、だらしないのねえ。それじゃ、存分にお楽しみ頂こうかし  
 ら」  
 ラミアの責めは一段と激しさを増した。指だけでなく舌も使いながら、徐々に一号の意  
識を昂ぶらせていく。一号は理性を飲み込もうとする快楽の波に必死に抗ったが、それも  
限界があった。  
(駄目、これ以上、そんな、おかしくなっちゃう)  
 それこそ、意識を保つだけで精一杯な状態である。涙と涎どころか鼻水まで垂れ流しの  
まま、一号は舌を出して必死に喘いだ。そのとき、かすむ視界の向こうで、ラミアが肩越  
しに意地の悪い微笑を投げかけてきたのが見えた。  
「苦しそうねえ一号ちゃん。ほーら、そろそろイッちゃいなさい」  
 楽しそうに笑いながら、ラミアは今までよりも強く、一号の陰核を摘み上げる。その瞬  
間、絶頂に導かれた一号は、今まで聞いたこともないような自分の絶叫を聞きながら、深  
い闇の中に落ちていった。  
 
 水底から水面へと浮かび上がるように、一号はゆっくりと意識を覚醒させた。  
(あれ。えーと、何がどうなって)  
 意識を失う前の記憶を辿り、一号は瞬時に跳ね起きる。一体どれぐらいの時間気絶して  
いたのか、と周囲を見回すと、傍らの椅子にぐったりともたれかかっているラミアと目が  
合った。  
「ああ、おはよう一号ちゃん」  
 ラミアはどこか疲れたように笑いかけてくる。一号はラミアに文句を言うことも忘れて、  
出し抜けに叫んだ。  
「どのくらい寝てました、わたし」  
 するとラミアは、辛そうによろよろと手を上げて、指を二本立ててみせる。一号は目を  
見開いた。  
「二日もですか」  
「違うわよ」  
「じゃあまさか、二十日とか二ヶ月とか、え、もしかして二年とかじゃないですよね」  
 一号が焦って聞くと、ラミアは皮肉げな笑みを浮かべて答えた。  
「ああ、確かに、そのぐらいの間介護生活続けてたら、このぐらいは疲れるかもしれない  
 わね」  
「どういう意味ですか」  
「勘違いしてるわよ、一号ちゃん」  
「なにを」  
「二十分」  
 一号は、ラミアを凝視しながら彼女の言葉を頭の中で反芻して、眉根を寄せた。  
「は」  
「だから、二十分」  
 ラミアはため息混じりに答える。  
「一号ちゃんが寝てた時間」  
 一号はさらに十数秒ほど、無言で今の言葉を反芻した。隣の病室から、相変わらず数人  
が騒ぐ声が聞こえてきている。実際、大して時間は経っていないらしい。  
「ええと」  
 何か言わなければ、と思い、一号は口を開いた。しかし、何を言っていいのかよく分か  
らない。ラミアはただ疲れた様子で微笑んで、こちらを見つめている。  
「だって、ラミア様、私の精気を吸い取ったのでは」  
 不用意にそう言うと、ラミアはあからさまにショックを受けたように、口元を手で覆っ  
た。  
「ひどいわ一号ちゃん、あたしのこと、そんなひどいことする女だと思ってたのね」  
「え。いや、そうではなくて」  
 一号が慌てて弁解しようとすると、ラミアは口から手を外して小さく舌を出した。  
「なんてね。冗談よ、冗談」  
 安心させるように軽い口調で言いながら、ラミアは立ち上がって伸びをした。  
「でも実際、思ったよりも疲れたなー」  
 さらに、首を回したり肩を揉んだりして、何やら疲れを取っている様子だった。一号は  
混乱しながらも口を開く。  
「あの」  
「なあに」  
「ラミア様、一体どういうおつもりであんなことを」  
 単刀直入に聞くと、ラミアはからかうような微笑を浮かべて、椅子に座り直した。悪戯  
っぽく目を輝かせながら、首を傾げて一号の瞳を見つめてくる。  
「あたしが一号ちゃんの精気吸い取って、動けなくしようとか考えてると思ってたでしょ」  
「でも、あの状況ではそうとしか」  
「ごめんごめん、別に説明しなくてもいいかなーと思って」  
 ラミアは気楽に手を振った。  
「実際は逆だったのよ」  
「逆、ですか」  
「そう。あんまり知られてないけどね、あたしたちって、精気を吸い取るだけじゃなくて、  
与えることもできるのよ」  
 初耳だった。よほど意外そうな表情をしていたのだろう、ラミアは一号の顔を見ておか  
しそうに笑った。  
 
「知らなかったでしょ」  
「はい」  
「そうよねえ。実際、あんまりそういうことする夜魔っていないし。わざわざ体液の交換  
とか、そういう面倒くさいことした上に自分の精気を分けてあげるなんて、どう考えても  
割に合わないものね」  
 そう言いながらも、ラミアの顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。それは、自分のして  
いることに、確かな自信や誇りを持っている顔だった。  
「ごめんね、回りくどいことしちゃって」  
「いえ、そんな。でも、出来れば最初から教えて欲しかったです」  
 そうすればあんなに取り乱さなかったのに、と、一号は少し恥ずかしい気分になる。す  
るとラミアは意地悪そうな笑みを浮かべて、足を組んだ。  
「だって、教えちゃったらつまんないじゃない。役得よ、役得」  
「つまんないって、そんな」  
「可愛かったわよ、一号ちゃん。あんなに頑張って抵抗すると思ってなかったから、お姉  
 さんも張り切っちゃった」  
 自分が涎やら鼻水やらを垂れ流しにして必死に喘いでいたことを思い出し、一号は俯い  
て布団の端を握り締めた。あまりの羞恥心に、顔から火が出そうだという表現が間違って  
いないことを知る。  
「でもね」  
 椅子の脚が床と擦れる小さな音が、一号の耳に届く。思わず顔を上げた途端、一号は歩  
み寄ってきたラミアに抱きしめられていた。  
「折角だから、気持ちよくなってほしいって思ったのも本当なのよ」  
 その声は、意外なほどに優しかった。一号は思わず、ラミアの胸の間から、彼女の顔を  
見上げる。ラミアはにっこりと微笑んで、一号の頭を撫でていた。ほつれてぼさぼさの髪  
を梳くような、ゆっくりとした手つきだった。  
「魔眼を使ったときに、完全に意識を奪わなかったのはね、一号ちゃんがどれだけエトナ  
 ちゃんのことを思ってるのか、確かめるためでもあったの」  
「わたしの気持ちを」  
「そう。完全に体の自由を奪われて、それでも諦めないぐらい決意が強いなら、あたしの  
 精気を分けてあげてもいいかなって」  
 ラミアは手を止めると、体を離した。一号を見つめる瞳は、深く静かな愛情に満ち溢れ  
ていた。  
「本当は、止めたかったんだけどね。あんなひどい怪我をしたあとだもの、ゆっくり休ん  
 でいるのが一番なのよ」  
「でも、傷は回復魔法で癒せるのでは」  
 一号の反論に、ラミアは苦笑して首を振った。  
「回復魔法っていうのは、いわば傷を塞ぐだけの応急処置的なものなの。骨折は治せても、  
失った体力……今は精気って言った方が分かりやすいかな。精気までは戻せないのね」  
「だから、あんなことをしてラミア様の精気を分けてくださったのですね」  
「そう。まさかこんなに疲れるとは思ってなかったけど」  
 ラミアは小さな吐息を漏らしながら、ベッドの傍らの椅子に座り直す。仕事をやり終え  
た後の満足感が漂う彼女の姿を、一号はじっと見つめた。  
(そう言えば)  
 一号は、ラミアが行為の前に一号の体を撫でていたことを思い出した。  
(あれは、やっぱり傷を治してくださっていたんだ)  
 同時に、いろいろなことに気付き始める。  
 たとえば、脱がされていたローブがきちんと直されていることや、意識を失っている間  
ちゃんと布団を被っていたこと。それに、行為の最中、ラミアが一度も一号の体に跨った  
り、のしかかったりしなかったこと。そうした方が、ずいぶんやりやすかっただろうに。  
(あんな無理な体勢を続けていたのは、私の怪我を気遣って下さっていたからだったんだ)  
 一号の胸の奥から、不思議な温かさが湧き上がってきた。その温かさは、じんわりと穏  
やかに一号の全身に広がっていく。  
 
 一号は、椅子に座り、目を細めているラミアを見つめ直す。そうやって改めて見てみる  
と、彼女が夜魔族という言葉の印象とはかなり違った雰囲気の持ち主だということが分か  
った。  
 確かに、体つきは起伏があるし、それを隠すどころかむしろアピールするかのような衣  
装のせいで、性的な魅力はかなりある。  
 だが、ラミアの顔は、頬のラインがふっくらとした優しい輪郭を持っており、美人とい  
うよりは愛嬌のある顔つきと言う方が似合っていた。二重目蓋の目にはあまり鋭さがなく、  
むしろ少し垂れ気味ですらある。  
 要するに、快活で遠慮のない性格に反して、ラミアの外見は実に穏やかな印象を与えて  
くるのだった。今の一号にとっては、そういう印象である方がむしろしっくりとくる。  
(優しい方なんだな)  
 そんな風に一号が見つめていることに気付いたのだろう、ラミアはきょとんとしてこち  
らを見返してきた。  
「どうしたの、なんだかぼんやりしてるけど」  
「ラミア様」  
「なあに」  
 ラミアは小さく首を傾げる。一号はベッドの上で正座すると、勢いよく頭を下げた。  
「ありがとうございます」  
 ラミアは一瞬、垂れ気味の目を大きく見開いたあと、どこか照れくさそうな表情で手を  
振った。  
「止めてよそんな。あたし、大したことはしてないわよ」  
「いえ、考えの足りない私に、エトナ様をお探しするチャンスを与えてくださいました」  
「あのね一号ちゃん、あたしはたまたまここにいただけであって」  
「いいえ、誰もがこんなには親切にしてくださらないことぐらい、頭の悪い私にだって分  
 かります。ラミア様は、私にとても大きなことをして下さいました」  
「いや、だから」  
 ラミアはなおも反論しようとしたが、やがて唇をむずむずとわななかせ、耐え切れなく  
なったように顔を赤くして、両手を大きく振った。  
「分かった、分かったわよ。一号ちゃんがあたしに感謝してるのは分かったから、そんな、  
尊敬するような目で見ないでってば」  
「どうしてですか」  
「そういう視線には慣れてないの」  
 照れているというよりも、ほとんど怒っているような口調である。しかし、一号はなお  
も食い下がった。  
「どうしてですか。ラミア様はこんなに立派なお方なのに」  
「だから、そういうの止めてってば。よし、分かった」  
 ラミアはまだ顔を赤くしたまま立ち上がり、一号の肩を力強く叩いた。  
 
「あたしが精気を分けてあげたお礼として、ちゃんとエトナちゃんを探し当てること。い  
 いわね」  
「え、でも、それは」  
「いいの。あたしだってエトナちゃんには聞きたいことがあるし、まあ万に一つもないと  
 は思うけど、危ないことに巻き込まれてないとも限らないしね」  
 そう言って、ラミアはようやく本調子を取り戻したように、明るく笑った。  
「だから、一緒に手分けして探しましょう。ね」  
 一号は少し考えて、大きく頷いた。  
「分かりました。では、後できちんと何かお礼をさせて頂きますので」  
「気にしなくていいってば、そんなの」  
「いいえ、いつか必ず」  
「はいはい。まあ、今はとりあえず、早くエトナちゃんを探しに行きましょうよ。あ、そ  
 うそう」  
 ラミアは狭い病室の隅に置かれている箱から、何かを取り出して一号に放ってきた。  
「なんですか、これ」  
「なんですかって、一号ちゃんの服よ。一応洗っておいたから。っていうか」  
 ラミアは呆れたように続けた。  
「凄い汚れまくってて、ニ、三回水に浸けてもまだ汚れが浮いてきてたんだけど」  
「洗っていませんでしたからねえ」  
「どうして」  
「エトナ様が、『あんたには野良犬みたいな汚い格好がお似合いよ』と仰ったもので」  
 さすがに、ラミアもその答えには呆れ返って言葉も出ない様子であった。一号は手早く  
服を身につけた。そして、着ていたローブを丁寧にたたみ直し、ついでに乱れた布団もき  
っちり直してから床に足を下ろした。  
「それでは、早速出発いたしますので」  
「うん。頑張って。わたしはちょっと休んでから行くから」  
 椅子に座り直すラミアの横を通り抜け、一号は病室のドアの前に立つ。一度振り返って、  
ラミアに頭を下げた。  
「本当にありがとうございました」  
「気にしなくていいってば。それより、ちゃんとエトナちゃんを探し出してあげてね」  
「もちろんです。では」  
 と、ドアノブに手をかけたところで、一号ははたと止まった。  
「どうしたの」  
 怪訝そうな声に振り返り、首を傾げる。  
「いえ、どこから探せば良いのでしょう」  
「ああ、そうか」  
 ラミアは笑った。  
「まずは分担を決めておかなくちゃね。なんの手がかりもないに等しいから、結局しらみ  
 つぶしになりそうだけど」  
 そのとき、隣の病室から、一際大きなざわめきが聞こえてきた。ラミアは少しだけ眉を  
ひそめて、そちらの方を見やる。  
「なんだか、さっきからヤケにうるさいわねえ」  
 そう呟くのと、ほぼ同時に。  
「お前、それ、エトナ様じゃないかよ」  
 という叫び声が、ざわめきを突き破ってこちらの病室まで届いた。  
「エトナ様」  
 その単語に素早く反応し、一号はドアを蹴破らんばかりの勢いで病室の外へと飛び出した。  
 
 
「あーあ、行っちゃった。まあいいか、隣だし」  
 一号が出て行ってしまったあと、ラミアは独りごちた。思った以上に疲労困憊していて、  
しばらく動く気にはなれない。傍らのベッドが誘惑しているような錯覚すら覚えるが、さ  
すがに横になって寝る余裕はない。  
「それにしても」  
 ラミアは眉根を寄せた。隣の病室の方をちらりと見ながら、呟く。  
「あの子、どうしようもないクズのはずなのに」  
 精気というのは、体力と言い換えてもいいぐらい、生き物が生きるのに必須とされる、  
根源的な力のことである。  
 それは悪魔だけでなく、小さな虫にも存在している。もちろん、悪魔の活動に必要最低  
限な精気の量は、虫のそれよりもはるかに多い。  
 だから、ラミアは一号に精気を分け与えても大丈夫だと考えたのである。  
 ラミアとて、齢3000以上の悪魔。それに比べれば一号はまだ生まれたてに等しく、  
なおかつどうしようもないクズである。だから、ほんの少しの精気を分け与えるだけで、  
十分元気にしてやれると予測していた訳だ。  
 だが、現実には、一号に精気を分け与えることで、ラミアは動くことが億劫になるぐら  
いに疲れ果てていた。  
「昨日の事件と言い、エトナちゃんの失踪と言い、何だか変なことばっかりだわ」  
 そういった、いくつもの不可解な事実が、ラミアの心を妙にざわつかせる。  
「悪いことが起きなきゃいいけどね」  
 ラミアは小さく呟き、椅子に腰掛けまま目を閉じた。  
 
 
           次  回  予  告  !  !  
 
      ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行った一号ですが、  
         隣の部屋で彼女の身に起きた出来事とは!?  
 
        1.たくさんの新キャラと遭遇する  
 
        2.たくさんの新キャラに挿入する  
 
        3.たくさんの新キャラに挿入される  
 
       例によってこの中の一つだけが正解です。  
    正解者には特に何もありませんので気楽に挑戦してください!  
   それでは次回、八月十二日頃更新予定の女帝フロンに乞うご期待!  
 
 
 
   ※読者の皆様へ  
 
    この物語は二次創作です。  
    設定、人物の性格等、原作と著しく異なる部分がございますが、  
    笑って見逃せば何の問題もありませんっつーか見逃してください。  
 

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