身震いするエトナを牽制するように、フロンの手が動く。しなる鞭がエトナの目の前の  
床で跳ね返り、乾いた音を立てた。  
「駄目ですよエトナさん。これからは、わたしの許可なしに動いちゃいけません」  
 フロンは小さな唇を尖らせる。余裕を見せつけてやるつもりで、エトナは笑った。  
「冗談。あたしがいつ何をしようがあたしの勝手」  
 言いかけたエトナの頬を、フロンの鞭が素早く叩く。狙いは正確だった。頬の表面と唇  
の端の肉が擦り切れ、焼けるような痛みがじわりと広がっていく。  
「汚い言葉を吐くのはこの口ですか」  
 小首を傾げたフロンが、口を開こうとしたエトナの顔に鞭を叩きつける。先ほどと同じ  
ところを再び叩かれ、あまりの痛みに声を上げそうになった。フロンは歯を食いしばって  
痛みに耐えているエトナに素早く近づくと、容赦なく傷口を蹴り飛ばした。衝撃でエトナ  
の体が吹き飛ばされ、頭から壁に叩きつけられる。一瞬、意識を失いそうになった。頬の  
痛みと頭の芯を揺らす鈍痛に耐えながら、エトナは必死に顔を上げる。フロンは右手に鞭  
を持ったまま、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。彼女はエトナの目の前で屈みこ  
むと、心配そうな表情でエトナの頬の傷にそっと左手を添えた。  
「女の子の顔に傷をつけちゃうなんて。ごめんなさいねエトナさん、鞭使うのって初めて  
なんですよ。痛かったですか、ひどい傷ですよ」  
 エトナは鼻を鳴らした。  
「そう思うんだったら汚い手で触んないでよね」  
 フロンはにっこりと笑った。その表情のまま左手の爪を立て、エトナの傷口をさらに深  
く抉る。エトナは悲鳴を上げた。  
「汚いのはエトナさんの言葉遣いですよ。もう、あんなに警告してあげたのに。やっぱり  
エトナさんみたいなお馬鹿さんには、体の方にしっかり教え込まないとだめみたいですね」  
 不満げに言いながら、フロンはエトナの顔から手を離した。脇腹を無造作に蹴り飛ばし、  
エトナをうつ伏せにする。激しく咳き込むエトナを気遣う様子も見せず、フロンは短く何  
事かを呟いた。小さな声に反応して、石壁から鎖つきの手枷が現れ、エトナの両手をがっ  
ちりと押さえつける。フロンは鎖を引っ張り上げてエトナを立たせると、ちょうど彼女が  
立ちっぱなしになるぐらいに鎖の長さを調整した。  
 
 
 両腕を支点として、鎖で吊り上げられたエトナは、フロンに背中を向けたままの姿勢で  
立ち尽くすしかない。背後から、フロンの含み笑いが聞こえてきた。  
「エトナさん、お尻が汚れてますよ」  
 ストレートな表現に、エトナは顔をしかめる。フロンの触手に腸をかき回されたままの  
状態だ。生温かい感触から想像するまでもなく、腸液や血で肛門の周りがひどい状態にな  
っていることは疑いようがない。下手をすれば、排泄物がかき出されている恐れすらあっ  
た。しかし、フロンはぴったりとエトナの背中に身を寄せ、鞭を足元に放り投げると、  
「えい」  
 と冗談のように呟きながら、エトナの肛門に右手の人差し指を差し入れてきた。反射的  
に背筋を反らすエトナの耳元で、フロンが笑う。  
「敏感になりましたねエトナさん。それに、お尻の穴がずいぶん広がっちゃってるみたい  
ですよ、ほらほら」  
 声に合わせて、フロンの指が小刻みに蠢く。触手に嬲られたときほどではないものの、  
異物が直腸を無遠慮に動き回る不快感と痛みに、エトナは歯を食いしばって必死に耐えた。  
反撃しようにも、この体勢では噛みつくことすらできない。フロンは人差し指だけでは飽  
き足らず、中指も躊躇いなく突っ込んできた。肛門が無理矢理押し広げられる痛みに、食  
いしばった歯の隙間から荒い吐息が漏れ出す。フロンが無邪気な歓声を上げた。  
「すごいすごい、指二本すっぽり入っちゃいましたよ」  
 フロンはエトナの耳に顔を近づけると、悪戯っぽく囁いた。  
「いっそのこと、腕全部いれてみましょうか」  
 横目で睨みつけると、フロンは吹き出した。  
「冗談ですよ。いきなりそんなレベルの高いことする訳ないじゃないですか。そういうの  
は、後のお楽しみです。ですから」  
 フロンは、エトナの直腸に差し入れた二本の指を鉤のように曲げ、思い切り持ち上げた  
肛門の内側から無理矢理下半身を持ち上げられ、エトナは痛みに小さく声を漏らす。フロ  
ンはちょうどエトナが爪先立ちになるぐらいの位置まで彼女の臀部を持ち上げると、舐め  
るような声で囁いた。  
「まずは指だけで気持ちよくしてあげますね」  
 制止する間もなく、フロンの指がエトナの直腸を激しくかき回し始める。二本の指を握  
りこむだけの単純な動かし方ではない。腕ごと回転させたり、さらに深く指を突き込んだ  
り、あるいは一気に引き抜いたり。逃れようにも、下半身から力を抜くと肛門がフロンの  
指に引っかかって更なる痛みがもたらされるため、エトナは否が応でも爪先立ちを続ける  
しかない。無理な姿勢と断続的な痛み、そしてわずかな快感に体が震え、半開きになった  
口から、荒い息が零れ落ちる。耳をくすぐるフロンの吐息もまた、興奮したようにかすか  
に弾んでいる。  
 
 
「どうです、なかなか気持ちいいでしょう」  
「こんなの、少しも」  
 肛門に差し入れられた二本の指が強く曲げられる。エトナは反論を続けることができず  
にくぐもった声を漏らした。  
「我慢しなくてもいいんですよ」  
 楽しげに呟きながら、フロンは二本の指を一息に引き抜いた。ようやくつま先立ちから  
解放されて、エトナは大きく息を吐く。だが、気を休められたのはその一瞬だけだった。  
ほとんど間髪いれず、エトナの眼前に、背後から二本の指が突き出される。フロンの右手  
の、人差し指と中指。先ほどまでエトナの肛門を蹂躙していたそれらは、水っぽい腸液に  
よって、鈍く光っている。その視覚的な嫌悪感と、わずかに漂ってくる悪臭に、エトナは  
顔をしかめた。  
「エトナさんのお尻の中をかき回したせいで、指がこんなに汚れちゃいました」  
 困ったようなフロンの声音は、すぐに嬉しそうな響きに変化する。  
「きれいにしてくださいね」  
 フロンが言わんとすることは、いちいち確認するまでも理解できた。舐めろと言ってい  
るのだ。冗談じゃない、と内心で憤慨し、エトナは固く口を閉じる。フロンが肩越しにこ  
ちらを覗き込んできて、困ったように眉尻を下げた。  
「舐めてくださらないんですか」  
 当たり前だ、という意志をこめて、エトナはフロンを横目でにらみつける。そんなこと  
をするぐらいなら、鞭で叩かれる痛みに耐えた方がまだマシだとすら思う。するとフロン  
は、落胆したようにため息を吐いた。  
「もう、何度も何度も言ってるじゃないですか。エトナさんは、わたしの言うとおりにし  
なくちゃ駄目なんです。ほら、お口開けてください」  
 催促するような声に、エトナは従わなかった。それどころか、さらに固く唇を引き結ぶ。  
「仕方ないですね」  
 フロンは苦笑するように呟き、左手でエトナの口をこじ開けた。下顎に全力を込めても  
びくともしないほどの、凄まじい腕力。焦るエトナの背後で、フロンがくすぐったそうに  
笑った。  
「ほら、エトナさんが素直に言うこと聞かないから、今度は左手が涎でべとべとになっち  
ゃうじゃないですか」  
 言いながら、フロンは右手の人差し指と中指を、ゆっくりとエトナの口内に近づける。  
エトナは必死に身をよじったが、下顎を固定するフロンの左手の力は想像以上に強く、頭  
だけがどうやっても動いてくれない。汚れた人差し指と中指が口内に侵入してくるのを、  
エトナはただ震えるような心境で受け入れるしかない。  
 
 
「はい、エトナさんのお尻の中の味、たっぷり味わってくださいね」  
 どこまでも優しい声音で言いながら、フロンは二本の指をエトナの舌に擦りつけようと  
する。逃れようとして必死に舌を引っ込めたが、フロンは容赦なくエトナの舌に指を擦り  
つけた。今まで味わったことのない、吐き気を催すほどに不快な苦味が、舌の上にじわじ  
わと広がっていく。ぎゅっと目を瞑るエトナを横目に、フロンはさらに数度ほど二本の指  
をエトナの舌にこすり付けた。  
「どうです、おいしかったですか」  
 満足げに言いながら、フロンが指を引き抜き、下顎を解放する。エトナはこみ上げる嘔  
吐感に任せるまま、数回咳き込んだ。嘔吐こそしなかったが、いま舌に残っている苦味よ  
りなら、胃酸の味のほうがよほどマシに思える。背後でフロンが笑った。  
「さ、準備運動はこのぐらいにしておきましょう」  
 嫌な予感を覚えて振り向くと、フロンは拾い上げた鞭を手の中で短く鳴らしたところだ  
った。  
「いい声、聞かせてくださいね」  
 にっこり笑いながら、フロンは勢いよく右手を振る。空を切ってしなる鞭がエトナの臀  
部をしたたかに叩き、乾いた音と共にひりつくような痛みをもたらした。歯を食いしばっ  
て痛みに耐えるエトナをあざ笑うかのように、フロンは再度鞭を振るう。  
「ほらほら、ご主人様の言うこと聞かない悪いワンちゃんには、たっぷりお仕置きしちゃ  
いますよ」  
 フロンは軽やかな笑い声を上げる。数を重ねるたびに、エトナの体を打つ鞭の勢いは強  
さを増していく。悪いワンちゃん、という形容に従ってか、フロンは特にエトナの尻を重  
点的に叩いた。鞭についた棘によって、じょじょにエトナの臀部の肌が擦り切れていく。  
奥歯を噛んで悲鳴をこらえていたエトナだったが、痛みをごまかすことはできなかった。  
出来ることといえば、鞭の痛みから少しでも逃れるために、下半身をよじることだけであ  
る。  
「エトナさんたら、そんな風にお尻振っちゃって。本当にいやらしいんですから。鞭が欲  
しいんでしたら、まだまだたっぷりあげますよ」  
 それこそ犬と遊んでいるときのような楽しげな笑い声を上げながら、フロンはさらにエ  
トナの尻に鞭を打ちつける。  
 あまりの痛みに目に涙が滲んできたところで、ようやく鞭の雨が降り止んだ。エトナの  
目には見えなかったが、臀部がかなり無残な状態になっていることは想像に難くない。こ  
うしてただ立って、空気に傷口をさらしているだけでも尻全体がひりひりと痛む。  
「あらあら、エトナさんのお尻、真っ赤になっちゃって、まるでお猿さんみたいですよ」  
 フロンが、エトナの尻にそっと手を添える。ただ触れられただけだというのに、反射的  
に体が反り返るほどの痛みが尻の表面を駆け回る。  
 勝手に溢れてくる涙を拭うことすらできず、エトナは血が出るほど強く唇をかんだ。そ  
うやって尻の痛みから意識を逸らさないと、とても耐えられそうにない。  
 
 
「痛いでしょう、エトナさん。さあ、そろそろ素直になってもいいんじゃないですか」  
 フロンは穏やかに語りかけてくる。エトナは内心恐怖に震えた。もしもここで首を横に  
振れば、今度は尻に爪を立てられるかもしれない。この状態でそんなことをされたら、ど  
れほどの痛みが襲ってくるのか想像することすらできない。  
 しかし、そう予想していながら、弱味を見せることは絶対に出来ない。エトナは覚悟を  
決め、無理矢理唇を吊り上げた。涙の跡は隠しきれないだろうが、それは諦めるしかなか  
った。  
「馬鹿じゃないのあんた。散々脅してくるからどんなことするのかと思ったら、所詮この  
程度ってわけ。期待はずれってやつね。こんな調子じゃ、千年経とうが一万年経とうが、  
このあたしに頭下げさせるなんて不可能よ」  
 声が震えないか心配だったが、意図したどおり余裕たっぷりの声音を出すことができて、  
エトナは少しだけほっとした。あとは、すぐに襲ってくるであろう激痛に耐えるだけだ。  
 しかし、数秒経っても、フロンは何の反応も見せなかった。爪を立てるどころか、尻を  
叩くべく手を振り上げる気配すらない。不思議に思って肩越しに振り返ると、フロンは例  
の中身のない微笑を浮かべたまま、じっとこちらを見つめていた。  
 次にどうするべきか、考えているのだ。エトナがそう気付いたときには、フロンはもう  
踵を返して歩き出していた。身を強張らせるエトナの前で、フロンはゆっくりと壁に歩み  
寄った。この狭い部屋唯一の光源である壁付燭台の蝋燭を、見せつけるような優雅な動作  
で取り外す。エトナは目を見開いたまま硬直していた。フロンが何をするつもりなのか、  
いちいち考えるまでもない。爪を立てる、などという生易しいものではなかった。  
「SMの定番といえば、これですよねー」  
 フロンは楽しそうに、手の中の蝋燭を少し上げてみせる。周囲を頼りなく照らし出す炎  
はとても小さく頼りなげだった。しかし、放たれる熱気は肌を焦がすほどに強いように、  
エトナには感じられた。  
 フロンはエトナのすぐ後ろに立つと、尻の傷跡の中でももっとも傷つけられた部位の上  
で、蝋燭を傾けた。しかし、蝋はすぐには垂れてこない。  
「ごめんなさいね、これ普通の蝋燭ですから」  
 フロンが申し訳なさそうに言う。しかし、答えている余裕はエトナにはなかった。想像  
を絶する痛みをもたらすであろう、小さな蝋一滴。それが眼前で垂れ落ちるのをただ待っ  
ているしかないというのは、精神がヤスリで削り取られるような凄まじい苦行であった。  
「あ、そろそろ落ちるみたいですよ」  
子供のようにはしゃいだ声。エトナは先ほどよりもさらに必死で身をよじろうとしたが、  
それよりも先にフロンに臀部を押さえつけられた。  
「駄目ですよ。お仕置きはちゃんと受けていただかないと」  
 フロンの笑顔に気を取られたその一瞬、エトナの尻に凄まじい痛みが走った。激痛、と  
いう言葉で表現できるようなレベルではない。空気に触れるだけでも痛みを感じる、むき  
出しの肉に熱い蝋が垂れ落ちたのだ。こらえることなど到底できずに、エトナは全身の力  
を振り絞って絶叫した。そうでもしないと気が狂いそうだった。  
「ああ、なんて素敵な悲鳴かしら。やっと聞かせてくださいましたね、エトナさん。ほら、  
もっといい声を聞かせてくださいよ」  
 うっとりとしたフロンの囁きが、やけに遠くに聞こえた。溶けた蝋がさらにニ滴、三滴  
と垂れ落ちてエトナの肉を焦がしていく。体の中身が全て飛び出しかねないほどの勢いで  
何度も絶叫している内に、エトナの意識はいつの間にか途切れてしまった。  
 
 
 かすかに、金属がこすれる音が聞こえた。無機質な冷たい感触が全身のいたるところを  
刺激し始める。エトナはこじ開けるようにして、重い瞼を押し上げた。すぐ目の前に、フ  
ロンがいる。上機嫌に鼻歌を歌いながら、エトナの体に鎖を巻きつけていた。エトナの両  
腕は相変わらず手枷に押さえられたままだった。だが、手枷から伸びる鎖は天井に打ちつ  
けられている。エトナは先ほどとは違い、両腕を天井に向けて伸ばした姿勢で立たされて  
いるのである。  
「あ、やっと起きたんですね」  
 フロンは一度作業を中止して背を伸ばすと、咎めるように唇を尖らせた。  
「駄目ですよエトナさん、いくら痛いからって、調教の最中に気絶するだなんて。おかげ  
で折角の蝋燭が無駄になっちゃったじゃないですか」  
 そう言われて、ようやく意識を失う前の記憶が蘇ってくる。蝋が傷口を熱するあまりの  
痛みに、気を失ってしまったのだ。ひりひりと痛い尻の表面に、固まった蝋がこびりつい  
ているのを感じる。エトナは唇を吊り上げた。  
「なに勘違いしてんのあんた。気絶したんじゃなくて、寝てたのよ。あんたが一生懸命考  
えた調教とやらが、あんまりにもありきたりで退屈だったもんだからね」  
「あんなにいい悲鳴を上げてたのに」  
「ない知恵絞ってもあれだけしか考えつかないあんたがあまりにも可哀想だから、ちょっ  
と付き合ってやったのよ。ありがたく思いなさいよね」  
 エトナの嘲笑を、フロンは微笑で受け止めた。  
「それでこそエトナさんです。次も頑張ってくださいね」  
「次、ね。今度はあんまり退屈させないでよね」  
 表面では欠伸混じりの態度を崩さないまま、しかしエトナは内心の動揺を抑えるのに必  
死だった。  
 エトナの体を何重にも取り巻いている鎖は、いずれもぴんと伸びきった状態で壁に打ち  
付けられている。エトナは身じろぎすらできない状態である。間違いなく、暴れられるの  
を防ぐための処置だった。つまり、これからフロンが行おうとしているのは、あまりの苦  
痛にのた打ち回らざるを得ないほどの行為だということである。フロンが薄暗い壁際で屈  
みこんで何かを探しているのを、エトナは固唾を飲んで見守った。小さく上下する喉仏の  
上を、生温かい汗がゆっくりと流れ落ちていく。  
「あ、ありました」  
 フロンが小さな歓声を上げて振り向く。その小さな手に握られているものを見て、エト  
ナは体を固くした。  
 それは、何の変哲もない、黒い鉄の棒だった。  
「これから、エトナさんに印をつけてあげますね」  
 黒い棒の先端を手で撫でながら、フロンはゆっくりとこちらに近づいてくる。  
「エトナさんは家畜ですから、わたしのものだっていう証明を、きちんと体に刻んであげ  
ないといけないんです」  
 説明しながら、フロンは小さく詠唱し、鉄の棒の先端に火を灯した。火は鉄の棒を熱し  
て、十数秒ほどでほどで消えてしまう。フロンは陽炎により空気を揺らめかせている鉄の  
棒を槍のように構えると、エトナの胸の辺りに突きつけた。  
 
 
「まず一つ目です」  
 鉄の棒が、ゆっくりとエトナの肋骨の間に押し付けられる。エトナは必死に悲鳴をこら  
えた。フロンは押し付けている鉄の棒をひねり、さらに強くエトナの体に沈み込ませてく  
る。十秒ほどそうしてから、フロンは押し付けたときと同様にゆっくりと鉄の棒を離した。  
見下ろすと、肋骨の間に小さな印がついているのが見えた。一対の、開いた翼を象った印。  
「二つ目」  
 間髪いれず、フロンはエトナの太ももに鉄の棒を突きつけてきた。次いで、胸、腕、手  
の平、脇腹など、数か所に、フロンが言っていた印が焼き付けられる。エトナは歯を食い  
しばって耐えるしかない。とは言え、先ほど蝋を垂らされたときに比べれば苦痛は少ない。  
少なくとも、悲鳴をこらえられる程度には。  
「十二個目です。次で最後ですよー」  
 エトナの肩に押し付けていた鉄の棒を引き寄せたあと、眉尻を下げたフロンは、唇に人  
差し指を押し当ててエトナの全身を見回した。  
「最後はどこにしましょう。迷いますね」  
 しばらく眉根を寄せて考え込んでいたフロンは、不意にエトナの下腹部の辺りに目を止  
めると、嬉しそうに大きく頷いた。その視線を追ったエトナは、極限まで目を見開いた。  
「最後ですから念入りにやりましょうね」  
 フロンは機嫌よく笑いながら、空中に出現させた炎の中に鉄の棒を差し入れている。エ  
トナの全身から血の気が引いた。心臓が肋骨から飛び出すほどの勢いで暴れ回り、喉の奥  
がからからに乾く。だというのに、背筋には幾筋もの脂汗が滲んできている。右手に持っ  
た鉄の棒を丹念に熱し終えたフロンは、エトナのそばに屈みこむと、空いた左手をエトナ  
の股に伸ばす。成す術もないエトナの陰唇を優しい手つきで押し広げ、フロンは含み笑い  
をもらした。  
「さ、エトナさんの大事なところに、素敵な印をつけてあげますからね」  
 熱された鉄の棒がゆっくりと近づいてくるのを、エトナはただ見下ろすしかなかった。  
理性が耐えろと命令を下しているが、本能がその命令を全力で拒絶しようとしている。激  
痛の恐怖が迫ってくるにつれて、エトナの瞳に涙がせり上がってきた。半開きになった口  
から細かく震える呼気が絶え間なく漏れる。そんなエトナの恐慌を楽しむかのように、フ  
ロンは鼻歌を歌いながら、鉄の棒の先端を近づけてくる。そして、戯れに虫を殺す童子の  
ような声で、言った。  
「えい」  
 
 
 エトナが耐え切れずに目をつむったのと、腹部の辺りから激痛が襲ってきたのとは、ほ  
ぼ同時だった。しかし、その痛みは腹の内部からではなく、表面から発生している。痛み  
と恐怖に晒されながらエトナがゆっくりと目を開くと、こちらを見上げているフロンと目  
が合った。  
「なんちゃって」  
 少し意地の悪い口調で言いながら、フロンが小さく舌を出す。鉄の棒は、エトナの下腹  
部に押し込まれていた。さらに力をこめて数回ひねったあと、フロンはエトナの体から棒  
を離した。  
「はい、おしまいです」  
 笑顔で言いながら、フロンが鉄の棒を床に放り投げる。乾いた音を立てて転がるそれに  
は見向きもせず、フロンは惚れ惚れとした表情で顎に手を当て、十三箇所に印が焼き付け  
られたエトナの全身を眺め回した。  
「我ながらいい仕事をしましたね」  
 数度満足げに頷いたあと、フロンは悪戯っぽく微笑みながら、エトナの顔を覗き込んだ。  
「ごめんなさいねエトナさん、そんなに怖かったですか」  
 子供をあやすように言いながら、フロンはエトナの後頭部に腕を回して顔を近づけてく  
ると、彼女の目尻に残る涙を優しく舐め取った。ねっとりとした感触に、エトナは顔をし  
かめる。  
「よしよし、よく頑張りましたね。偉いですよ」  
 どこまでも優しい声音で囁きかけながら、フロンはエトナの頭を愛しげに撫で回した。  
「これでエトナさんはわたしのもの。痛いのが気持ちよくなるように、しっかり調教して  
あげますからね」  
 わずかに顔を紅潮させながら、フロンは何度も何度もエトナの顔に口づけする。温かく  
湿った唇の感触と、頬を撫ぜる熱い吐息。心の底からの愛情がこもった、情熱的なキスだ  
った。それだけに嫌悪感は凄まじく、胃の底から吐き気がこみ上げてきたほどだった。  
 フロンは涎でべとべとになるほどエトナの顔にキスを浴びせたあと、ゆっくりと顔を離  
した。少し潤んだ瞳を穏やかに細めながら、エトナに問いかけてくる。  
「どうですかエトナさん、わたしの奴隷になってくださいますよね」  
 エトナはフロンの顔に唾を吐きかけた。どこまでも優しい微笑を湛えるフロンの頬を、  
泡立った涎が滑り落ちる。フロンは表情を崩さないまま、袖で涎を拭った。  
「いいですよ。時間はいくらでもありますからね」  
 フロンはそっとエトナの頬を撫で、踵を返した。同時に、エトナの体に巻きついていた  
鎖が音も立てずに消失する。唐突なタイミングで体の支えを失い、エトナは膝から崩れ落  
ちた。自分でも驚くほどに、体に力が残っていない。苦痛の時間がようやく終わったと認  
識したことで、緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。エトナはうつ伏せの姿勢のま  
ま何とか顔を上げ、閉じかけた扉の向こうからこちらをのぞきこんでいるフロンをにらみ  
つけた。  
 
 
「それでは、また、今度」  
 優雅にすら見える仕草で一礼して、フロンは扉を閉じる。外から差し込んでいた光が遮  
断され、部屋に元の薄暗さが戻ってきた。フロンがいなくなり、その靴音が遠ざかってい  
くのを確認してから、エトナは顔をしかめた。強くを保つ必要がなくなった瞬間、全身を  
苛む様々な痛みに、勝手に涙が零れ落ちる。涙と鼻水を流しながら、エトナはうめき声を  
漏らした。  
「ちくしょう、ちくしょう」  
 痛みと悔しさに唇を噛みながら、エトナは扉を睨みつける。  
「あのクソ天使、絶対ぶっ殺してやる」  
 怨嗟を吐き散らしながらも、エトナは冷静に思考を巡らせる。  
 とりあえず、今回は何とか屈することなく耐え切ることができた。素直に従う振りをし  
ておいて復讐のチャンスを狙うという選択肢もあったが、一度その策が失敗している以上、  
事は慎重に運ぶ必要がある。  
(まずは、限界まであいつの調教に耐える。そうしてから従う振りをすれば、心の底から  
服従を誓ったと思わせることができるはず)  
 そうして完全に油断したところで、殺してやればいい。  
(だけど、あたし一人じゃ無理だ)  
 エトナは舌打ちした。フロンが想像以上の化け物であることを、先ほど思い知らされた  
ばかりである。たとえ相手が完全に油断していたとしても、エトナ一人で殺すのはおよそ  
不可能に思える。  
(ゼンだ)  
 エトナは、部下の中でも一番の力を持つ魔人の、厳しい顔を思い浮かべる。  
(しばらく調教に耐え抜いたあと、従順に従う振りをして、まずは外に出る。そうしてか  
ら、ゼンに命令して機会を窺えばいい。殿下を適当に騙せば、チャコの力だって利用でき  
るかもしれない)  
 城内の強力な悪魔を集めれば、いかにフロンが馬鹿げた力を持っていようとも、必ず殺  
せるはずだ。力が全ての魔界なのだ。強大な力を持ち、なおかつ天界の思想を魔界に持ち  
込もうとしているフロンの存在を、目障りに思っている悪魔は必ずいるはず。  
(やれる)  
 エトナは自分の企ての成功を確信して、一人唇を吊り上げた。  
(あたしは、あのふざけた天使を必ずぶち殺せる)  
 一つ問題があるとすれば、自分がフロンの調教に耐え抜くことができるか、ということ  
。調教と称している以上、フロンにはこちらを殺すつもりはないはずだ。とすれば、結局  
は精神力の問題になってくる。  
「それなら大丈夫。あたしは強い悪魔でしょう、エトナ。誰よりも、強い悪魔。あたしは  
強い悪魔。強い悪魔であるわたしが、あんな腑抜けた女に負けるはずがないんだ」  
 
 
 声に出して自分に言い聞かせている内に、少しは気が落ち着いてきた。同時に、忘れか  
けていた痛みが再び全身を苛み、エトナは歯軋りする。特に尻の痛みがひどい。空気に触  
れているだけでもひりひりするのだ。ひどい状態になっていることは想像に難くない。  
(大丈夫ですか、エトナ)  
 尊敬する前魔王の優しい声を思い浮かべて、エトナは微笑んだ。泣きじゃくる自分の頭  
を撫でる、大きな手の平。だが、前魔王の声は、いつしか違う声に置き換わる。  
(大丈夫ですか、エトナ様)  
 不安げな女の声。こちらを恐れつつも心の底から心配しているのを感じさせる、聞きな  
れた声音だった。  
「なんで、一号の声が」  
 必要以上に苛立っていることを自覚しながら、エトナは弟子の声を頭から追い出そうと  
する。しかし、声が消えるどころか、一号のイメージはさらに明確に形を持ってくる。  
(大丈夫ですか、エトナ様)  
 泣きそうなほど不安な声音が、頭の中で響く。目を潤ませながら、救急箱を手にしてお  
そるおそるこちらに歩み寄ってくる、薄汚れたクズ天使の姿すら、見える気がした。苛立  
ちをつのらせながら、エトナは頭の中で反論する。  
(うっさいなあ、このぐらいかすり傷だっての)  
(でも)  
(うっさいって言ってんのが分かんないの。頭悪すぎんのよあんたは。あたしの視界から  
消えないと殺すわよ)  
 脅しつけると、一号は悲鳴を上げて陰に隠れてしまう。だが、それでも心配そうな表情  
で、こわごわとこちらを覗いているのだ。最終的にエトナは根負けして、ため息混じりに  
言ってしまう。  
(ほんっとにうざったいわね。いいわよ好きにしなさいよ。そん代わり失敗したらお仕置  
きだからね)  
 すると、一号は顔を輝かせてこちらに近づいてきて、いそいそと傷の治療を始めるのだ。  
繊細な手つきで軟膏を塗り、優しく包帯を巻きつける。痛くないですか、大丈夫ですかと  
いちいちうるさく聞きながら。そうして治療を終えると、最後にもう一度聞いてくる。  
(大丈夫ですか、エトナ様)  
(いちいち聞かないでよねうざったい。大丈夫に決まってんでしょ、大した傷じゃないん  
だから)  
 そうやって邪険に扱って、お礼どころかねぎらいの言葉すらかけてやらなくても、一号  
はこちらが無事であるというその事実を確認しただけで、心底ほっとした嬉しそうな笑顔  
を浮かべるのである。  
 そういった一連のイメージが、意識して考えることもなく自然と頭に浮かんでくること  
に、エトナは苦笑した。  
「馬鹿じゃないの。今更あのクズ天使に何を期待してるんだか。今だって、ひどいことす  
るあたしがいないのにせいせいして、思う存分羽を伸ばしてるに違いないんだから」  
 口ではそう言ってみるものの、心の底で「そんなはずはない」と否定している自分がい  
ることに、エトナは自分で驚いていた。  
「なによ、あんな奴。クズでグズで頭は悪くて、あたしのストレス解消以外には役に立た  
ないくせに」  
 一応、格好をつけるためにそう呟いてみたが、言葉の内容とは裏腹に口元は微笑んでい  
る。悪くない気分だった。  
 そのとき、不意に間抜けな音が響き渡った。エトナの腹の音だった。  
(お腹すいたな)  
 意識を失ってからどのぐらい経っているのか分からないが、朝飯を食べて以来、何も口  
にしていない。  
(すぐになにかお作りしますね)  
 また、一号の声が脳裏の蘇る。いそいそとエプロンをつけて、炊事場に向かっていく背  
中もすぐに思い浮かんだ。  
(まずかったら承知しないからね)  
 口ではそう言いながらも、今日は何が出てくるんだろうと期待している自分がいる。食  
後の紅茶も楽しみだ。  
 そうやって取り留めのないことを考えている内は、ほんの少しだけ痛みが和らぐような  
気がした。満ち足りた気分に包まれながら、エトナはいつしか深い眠りに落ちていった。  
 
 
「参りましたねー」  
 壊れかけた窓から差し込む月明かりのみが光源の、薄暗い廊下を歩きながら、フロンは呟  
いた。  
「さすがエトナさん、やっぱり一筋縄じゃいきません」  
 周囲に人影は見えない。魔王城の下層部分、今では使用されていない一角だ。魔王の気  
まぐれで広さや構造が頻繁に変わるとすら言われる魔王城だから、こういう部分も数え切  
れないほど存在している。そういった場所を探検するのもフロンの楽しみの一つで、エト  
ナを閉じ込めていた部屋もそういう経緯で発見したものだった。もっとも、そのときは実  
際に使用することになるとは想像もしていなかったが。  
「あの部屋から出られるはずはないから、時間はたっぷりあるんですけど」  
 気まぐれに姿を消すことなど日常茶飯事のエトナだ、行方不明になったからといって探  
そうとする者などいないだろう。フロンはそう考えている。  
「うーん、だけど、どうしたらいいんでしょう」  
 フロンは首を傾げた。一応、今日の調教で、今まで学んだ知識は全て出し尽くしたつも  
りだった。これだけやれば自分に屈服して奴隷になるだろうと踏んでいたのだが、エトナ  
は少しも屈する気配を見せない。  
「どんな風にしたら、エトナさんは骨の髄まで肉奴隷になってくださるのかしら」  
 フロンは腕を組んで考えたが、いい考えは少しも浮かばなかった。自分にはそういう方  
面の知識が著しく欠けているのだ、と、今更ながらに気付いた感もある。  
「どうして今までちゃんと勉強してこなかったのかしら」  
 それが、非常に不思議に思えた。  
「お困りのご様子ですな」  
 不意に後ろから声をかけられて、フロンは振り向いた。いつの間にか、夜の闇の中に三  
つの人影が佇んでいる。  
「どなたですか」  
 首を傾げながら問うと、三人は窓から差し込む月明かりの中に出てきた。まるで、闇か  
ら溶け出してきたかのような、薄暗い印象を持った三人組だ。真ん中に立っていた老人が、  
深々と礼をする。  
 
 
「我々は皆、あなた様の理想に共鳴する者です、天使フロン様」  
「まあ」  
 フロンは胸の前で手を組んだ。自分が掲げる愛の理想に賛同してくれる悪魔がいるとは、  
驚くと同時に嬉しい事実だ。改めて、三人の姿を観察する。  
 声をかけてきた老人は、引きずるほど裾の長いローブを着込んだ、魔術師だった。落ち  
着いた声音と礼儀正しい物腰から考えて、かなり高位の魔術師らしい。だが、それ以上に  
特徴的なのは、右と左の目玉が全く違う方向に向いていることだった。その上、どちらの  
目もこちらを見ていない。この二つの瞳のせいで、老人はどこか正常さを欠いた、不気味  
な雰囲気を漂わせていた。  
 老人の右隣にいるのは、髑髏を象った頭巾を被った、中肉中背の男である。頭巾は頭部  
全体を覆っているが、目と口の部分だけが少し大きく開いており、それ故に男がにたにた  
と笑っているのが見て取れた。薄汚れた地味な色の服に身を包んでおり、ベルトの両脇に  
吊った、大きな道具袋が印象的である。  
 老人の左隣にいるのは、闇と同化するような黒衣の男だった。全く装飾のない、ぴっち  
りとした黒い衣服に身を包んでいる。頭を剃り上げているらしく、毛髪が一本もない。し  
かし均整の取れた長身と背筋を伸ばした立ち姿、そして刃物のように鋭い瞳は見事な調和  
を保ち、全体的に研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を与えていた。  
 頭巾の男はエド、老人はゲイン、黒衣の男はルーカスと名乗った。  
 三人とも、フロンにとっては見知らぬ者達である。その上、三者三様にどこか異様な雰  
囲気を漂わせていた。  
 だが、フロンは全く疑うことなく彼らを信用していた。元々あまり人を疑ったりはしな  
い性格であるが、今回はそもそも疑うという考えすら抱かなかった。  
 まるで、昔から彼らを知っていたかのような信頼感が、フロンの頭の隅に存在している。  
(どうしてだろう)  
 フロンはほんの少しだけ、不思議に思った。だが、  
(気にしなくてもいいか)  
 すぐに、そんな風に考えが修正された。  
 そう、重要なのは、協力者が得られたということだ。彼らに相談すれば、もっといい知  
恵が出せるに違いない。フロンは微笑みながら、彼らに事情を話すべく口を開いた。  
 
 
             次  回  予  告  !  !  
 
    夜魔族のラミアによって病院に運ばれた一号は、ベッドの上で目を覚ます。  
         包帯だらけで目覚めたクズ天使が取った行動とは!?  
 
      1.エトナの身を案じ、大怪我をものともせずに探しに出かけた。  
 
      2.エトナに犯されかけたことを思い出しながら自慰に耽り始めた。  
 
      3.そばにいたラミアに犯されかけた。  
 
            3つの選択肢の内、一つだけが正解だ!  
   次回予告クイズ、全問正解者にはサンドバッグにもなる等身大一号人形が  
          プレゼントされるぞ! 頑張って脳みそ絞れ!  
 
    それでは次回、七月十五日頃更新予定の女帝フロンに乞うご期待!  
 
 
 
     ※読者の皆様へ  
 
      この物語は二次創作です。  
      設定、人物の性格等、原作と著しく異なる部分がございますが、  
      笑って見逃せば何の問題もありませんっつーか見逃してください。  
 

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