目の前に緑が広がっている。  
草木が生い茂り、花が咲き乱れる。  
(魔界にも、こんな所があるんだ…)  
一人の衛生兵が立っていた。  
名をディルと言う少年は、ただただその光景に見とれていた。  
すると…  
肩をトントンと 叩かれた。  
「はい…?」  
右に振り返ると…  
プニッ。  
ほっぺたに手がのめり込んだ。  
顔を正面に戻して…  
プニッ。  
左からやっても同じだった。  
「…何やってるんですか?」  
振り返るとそこには一人のヒーラー。  
クスクスと笑っている。  
「すみません。あまりにもディル君が景色に見とれてるものだから…」  
「…ルウさん。ひどいですよ…」  
ヒーラー…ルウを見つめるディル。  
だが、その視線に恨みや憎しみといった感情はない。  
「これもスキンシップですよ。」  
ルウは地面に屈んでそう言った。  
「夫婦同士の…ね。」  
そのルウの艶っぽい言葉に、ディルは顔が真っ赤になった。  
 
きっかけは六年前。  
ディルはとある軍の一員として戦いの日々を送っていた。  
もともとその軍は回復要員も多かったし、一方的な戦いが多かったから、ディルの出番は一度もなかった。  
そんなある日…  
軍からはぐれ、ディルはあてどなく戦場をさまよっていた。  
ディルが昼寝をしている間に軍が移動してしまったらしい。  
(どうしようかな…)  
そう考えていたその時…  
横で物音が鳴った。  
とっさに身構えた。  
その時…  
猛烈な冷気が体に打ちつけられた。  
たまらず吹っ飛ぶディル。  
「やれやれ…どこぞの貴族の息子かと思えば…」  
茂みから声がする。  
そこには一体のヴァンパイア。  
「雑魚ですか…期待して損しました。」  
そう言って手を構えるヴァンパイア。  
青白い冷気が手のひらに集まる。  
ディルは動けなかった。  
冷気で体の感覚がなかった。  
それだけではない。  
怖い。  
体験したことがない、死の恐怖。  
体がすくんで、動けない。  
「消えなさい。」  
手の冷気が輝いた。  
途端…  
悲鳴が上がった。  
 
ヴァンパイアの腕が、無くなっていた。  
「まったく…罪もないのに一方的に殺そうとするとは…」  
また、茂みから声がする。  
「ヴァンパイア失格ですよ、あなた。」  
一人、ディルの横に立った。  
ヒーラーだった。  
その手には抜き身の刀が握られていた。  
(ヒーラーが…刀…?)  
ディルはアンバランスなその女性に両目を奪われていた。  
「き、貴様は…!?」  
ヴァンパイアも、何が起きたか分からない様子だった。  
「散歩途中のヒーラーです。」  
そう言ってにっこり微笑むヒーラー。  
そして刀を一閃。  
次の瞬間…  
斜めに斬られ、ヴァンパイアは地面に転がっていた。  
 
「懐かしいですねぇ…」  
ルウが感慨深げに呟いた。  
「ヴァンパイアを切り捨てたのは良かったんですけど、私がその前に潰した軍が、まさかディル君の所属していた軍とは…」  
あははと笑いルウは楽しげに言った。  
「まぁ、僕の軍が村を荒らしたり略奪してたんですから、当然と言えば当然なんですけど…」  
危なかった、とディルは思う。  
もし軍にちゃんと付いて行ってたら…  
想像しただけで寒気がする。  
「そのままほったらかしにするのはあまりにも酷でしたから、私が引き取って…」  
今に至る。  
「結婚して下さいって大声で叫びましたしね…ディル君、大胆。」  
あたふたと焦るディル。  
いつもこうなのだ。彼女のペースにずるずると引き込まれてしまう。  
 
彼女は別の魔界で前はサキュバスをやっていたらしい。  
次にソードマスターをやって、気まぐれでヒーラーに転生。  
地位と強さが求められる魔界で、これほど自由奔放に生きられる彼女に自分は惹かれたのかもしれない。  
ディルがぼんやりそう考えていたら…  
「そろそろ帰りましょうか?」  
ルウが立ち上がってそう言った。  
すでに日が傾きかけている。  
「あ、そうですね。」  
そう返事をして気を取り直した。  
彼女の隣を、ディルは追いかけるように付いていった。  
 
家に着いた。  
「ただいま帰りましたよ〜」  
言いながら靴を脱いで上がろうとするルウだったが…  
「ルウさん。靴はちゃんと揃えて下さい。バラバラになってます。」  
すかさず入るディルの指摘。  
「むう…」  
リターン。靴を揃えるルウ。  
するとそこに…  
「義父さんお母さんおかえりなさい。」  
奥から足音が迫ってきた。  
まだ幼い顔つきを残している商人。  
帽子もかぶっていないし、職業着も着ていない、ただ商人の眼鏡を掛けた少女。  
「あ、シーナ。ただいま帰りました。」  
この商人…シーナはルウの娘。  
だがルウとディルの娘ではなく、ルウの前の夫の娘で、前の夫が病没してからはルウが一人で育てていた。  
「お母さんまた靴放り投げたでしょ。」  
じーっとルウを見つめながら、シーナが口を開いた。  
「むう…分かりましたか…」  
「普通分かるよ…」  
そう言って呆れ顔になるシーナ。  
せかせかと靴を並べるルウ。  
その二人の様子をディルは微笑を浮かべて見ていた。  
 
(…それにしても…)  
こうして見てみると、とても家族とは思えず、仲の良い兄弟にしか見えない。  
人間に換算すると、ディルは22歳、ルウは37歳、シーナは15歳。  
ディルとルウが夫婦には見えない。  
「…?何見つめてるんです?」  
きょとんとした顔でルウがディルの顔をのぞき込んでいた。  
「あ…いや…何でもないです。」  
しどろもどろになりながらも、かろうじてそう答えた。  
少し首をかしげながらも、ルウは居間へと歩いていく。  
「…あ、そうだ!!義父さん!!」  
二人だけになった玄関で、シーナが急に声をあげた。  
「またお料理作ったよ!!味見して!」  
そうはしゃぎながらぐいぐいとディルの腕を引っ張るシーナ。  
「はいはい。今日は何を作ったの?」  
引っ張られながらも尋ねるディル。  
「えーっと…白身魚の歌舞伎炒め!!」  
目を爛々と輝かせ、シーナは言った。  
「どんな料理なのかな…?」  
口で呟くディル。  
それは本心でもあった。  
 
「ごちそうさまでした。」  
箸を置き、手を合わせるディル。  
(歌舞伎炒め、美味でございました。)  
心の中で付け足しながら、食を終えたルウの横で、シーナが  
「それじゃ行ってきます!」  
鞄を持ってシーナは言う。  
彼女は定時制の学校に通っている。  
「気を付けて行って下さいね。」  
ルウの言葉に手を振って答えるシーナ。  
ドアがバタンと閉まり、足音が遠ざかっていった。  
 
夜道を歩いていく。  
そこら辺に明かりはあるので、つまづいたりはしない。  
シーナの手には鞄とヌンチャク。  
ヌンチャクは母親のルウからたびたび指導をしてもらっている。  
そのたびにシーナは思う。  
(お母さんって魔王ゼタ様より強いんじゃないかな…)  
学校の校長先生である女魔道師はゼタの元配下だったらしい。  
ゼタが本に変わってからは見切りをつけてさっさとやめてしまったらしいが…  
そんな校長先生が家に来たとき、折りしもルウと練習中だった。  
そのときに、  
「…ゼタ様より太刀筋が速いなぁ…」  
ぼんやり呟いたのを覚えている。  
とはいえ、普段の立ち振る舞いからは想像もできないが。  
ふと、時計を見る。  
(…時間ギリギリだ!!)  
シーナは焦って夜道を駆け抜けていった。  
 
いそいそと食器を片付け始めるディル。  
当番制となっていて、ルウとディルが交互に片付けをやっている。  
暇なルウはその間に風呂を用意する。  
なんとも家庭的な風景だった。  
「お風呂できましたよ〜」  
ルウの声が聞こえた。  
「あ、ありがとうございます。」  
丁度ディルも片付けを終えたところ。  
「ディル君が先に入って下さい。私は部屋を片づけますから。」  
ルウが風呂場から顔を覗かせる。  
「いいんですか?ルウさんが先に…」  
そういって譲ろうとするディル。  
「それとも…」  
ディルの耳元にルウが唇を近づける。  
「一緒に入りますか?夫婦同士で…」  
ほんのり上気した声。  
「い、いえ!!僕が先に入ります!!」  
顔を赤らめたディルが脱兎の如く風呂場へ入った。  
一人残されたルウは、  
「残念です…」  
心からそう呟いた。  
 
風呂に入る。  
温かいお湯が全身を包み込み、とても心地よい。  
だが、気を抜けない。  
(いつルウさんが侵入してくるか…)  
分かったものではないからだ。  
本来風呂はくつろぐ為に入るのだが、風呂に入っても気を使わなければならない。  
その事にディルは苦笑した。  
ぬるっ…  
風呂の隅がぬるぬるしている。  
ため息をついた。  
「ルウさん掃除怠けたな…」  
今度から自分がやろう。  
そう思った時…  
ガラッ。  
外のガラス戸が音を立てて開いた。  
ディルに緊張が張り詰める。  
かといってどうしようもないのだが。  
鍵は外側からしか掛けられない。  
(諦めようか…)  
とうとう諦めがついた。  
再度、ため息をつく。  
 
途端…  
風呂場のガラスが開いた。  
「どうも〜」  
ルウが入ってきた。  
体にバスタオルを巻き付けているが、そのせいで豊かな体は目立っていた。  
「やっぱり入ってきましたか…」  
本日三度目のため息をつくディル。  
「いいじゃないですか〜」  
言いながらバスタオルを取り払うルウ。  
白く透き通った裸体が美しい。  
(…駄目だ駄目だ!)  
顔をブンブン振りながら考えを消す。  
前を見ると、ルウが髪を洗っていた。  
普通より大きめの胸が揺れ動いている。  
ディルの頭がボーッとしてきた。  
(…なんか…のぼせてきたなぁ…)  
頭が少しのぼせてきたからか…  
目の前が霞んできた。  
 
その直後…  
「ディル君…」  
後ろに回り込んでいたルウにディルはおもいっきり抱きつかれた。  
柔らかなものが二つ、頭に当たる。  
ブーーッ!!  
その不意打ちにディルはギャグマンガのように盛大な鼻血を出した。  
(頭が…クラクラしてきた…)  
すると…  
「おっと…」  
そうルウが呟き手を頭に置く。  
途端、意識が鮮明になってきた。  
「あれ…?」  
治癒魔法をルウが使ったらしい。  
「そう簡単に逃がしはしませんよ…」  
そう言いつつしなやかな腕をディルの体に巻き付けた。  
「屈服するまでこれを繰り返して上げますから…フフフ…」  
たぶん、今のルウにはかなり悪魔的な表情が浮かんでいるのだろう。  
ディルは背筋に寒気を感じた。  
 
「…ち、ちょっと待って…」  
「それー」  
胸が背中に擦り付けられる。  
純情なディルにはかなり効果的だ。  
また鼻から大量出血。  
そして治癒魔法。  
続いてルウの攻撃。  
こうかは ばつぐんだ!!  
「今日の私は積極的ですよ〜」  
ルウはさらに攻撃の手を早めた。  
ディルは生き地獄を体験していた。  
(シーナ…もし居るのなら助けて…)  
 
「くしゅん!!」  
シーナがくしゃみをする。  
「どうした?風邪か?」  
隣の席の魔界厨師が尋ねる。  
「…いや、何でもないよ。」  
ティッシュで拭きながらそう答えた。  
(…誰かが助けを求めてるような…)  
気のせいだろう。そう思うことにした。  
「それよりラーズ君そろそろ当たるよ?問題解いた方が良いんじゃない?」  
ノートを指さしながらシーナが魔界厨師のラーズに助言した。  
それに対してラーズは首を横に振り…  
「…全ッ然分からん。」  
そう言って肩を落とした。  
今日は数学。  
商人を志すシーナにとっては重要だ。  
だが腕と食材を選ぶ肥えた目が求められる魔界厨師にはあまり関係がない。  
故にラーズには分からないのだった。  
「…しょうがないなぁ…見せて上げるよ。ただし、貸しにしとくね。」  
そう言いつつノートを広げた。  
商人の卵だから損得の計算はちゃっかりしていた。  
「じゃあ後でなんかおごるか…」  
言いながらノートを写すラーズ。  
(…貸しにしなくても良いんだけどね…)  
つい癖で言ってしまう。  
なんだが、悪いことをした気がした。  
 
「…粘りますね…」  
既に三十分が経過した。  
さすがのルウも疲れてきた。  
ディルは既に死にかけていた。  
ルウの乳房も真っ赤になっている。  
(…そうだ。)  
ルウは閃いた。  
このまま無理矢理やっても多分ディルは耐えるだろう。  
ディルの体をこちらに向ける。  
既に成すがままになりつつある。  
ディルは意識が混濁していた。  
目の前にはうっとりしたルウの顔。  
(…あれ?)  
ルウの顔が大きくなってきた。  
(少し…ヤバくなってきたかな…?)  
幻覚かと思っていた。  
すると…  
唇が重ねられた。  
柔らかい感触に目を見開くディル。  
顔が近づいてきていたのだ。  
舌が侵入してくる。  
「ん…ふっ…」  
舌が絡まったり、歯を撫でられたり。  
いつの間にか意識が戻り、ディープキスに没頭していた。  
ルウから唾液が送り込まれる。  
ぬるぬると舌にまとわりつく唾液を、飲み込んだ。  
ちゅるん、と舌が離れる。  
(…あれ?)  
何故だろうかと、ディルは思った。  
ルウが、悲しげな顔をしていた。  
 
「…どうして拒むんですか?」  
(…え?)  
そう尋ねられた。  
「…それは…」  
言葉に詰まった。  
体を交えるのは夫婦として当然のこと。  
それをなぜ拒んでいたのだろうか。  
「…私…そんなに魅力がないですか?」  
ルウの目から涙が一筋流れた。  
「そんなことないです!!」  
ガバっと湯船から上半身が起きあがる。  
心の底からそう思う。  
「じゃあ…どうして?」  
涙で潤んだ目が向けられている。  
(…それは…)  
何故だろうか。  
「くだらない…意地をはってました…」  
そうだったのだろう。  
あの時助けてくれたルウの面影が…  
こういう行為で崩れるのをどこかで恐れていたのだろう。  
「じゃあ…」  
ルウが口を開く前に…  
その唇をディルが塞いだ。  
「夫婦の…スキンシップを…」  
唇を離してディルが言う。  
ルウの熱が残っている、その唇で。  
「やりましょうか…」  
ディルがはっきりと言った。  
 
途端…  
ルウがにっこりと笑った。  
だが明るい笑顔ではなく…  
獲物が罠にかかったような…  
「…え?あの…ルウさん…?」  
「えーい」  
ざばーん!!  
お湯が大きく波打った。  
先ほどとは逆、ディルがルウに押し倒されたような形になる。  
「引っかかってくれましたね…」  
妖艶な顔をしてルウが言う。  
「…あ!!まさか…」  
驚いた表情のディルにルウが頷く。  
「情に訴えかければ乗ってくれると思ってましたよ…」  
引っかけられた。  
「ひ、卑怯だなぁ…」  
だが何故だか、ディルに怒りや憤りなどの感情はなかった。  
意地を張るのをやめたからか。  
むしろこの状況を楽しんでいる。  
「ふふふ…双方の合意の元のスキンシップですからね…文句無しですよ。」  
普段は細目のルウが目を開けていた。  
本気だ。  
「ぼ…僕も負けませんよ!  
二人は一体何をやる気なのだろうか。  
風呂の中で決闘でもやる気なのか。  
そこで二人とも改めて顔を見合わせ…  
ルウがクスクスと笑いだした。  
「まあ…気楽にいきましょう。」  
微笑んでディルにそう言った。  
 
 

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