彼女は走っていた。
後ろだけでも気配が2つ。いずれも殺意を含んでいた。後続の部隊も居るだろう。
彼女の白い着物も所々擦り切れ、純白の肌には幾分か血が付いている。
魔王の軍に追われ、ここまで逃げてきたのだ。
(…ここで捕まると、何をやられるか想像はつきますね…)
暴行、強姦、そして一生慰み者にされるか殺されるか。
生憎だが、彼女はまだそんな未来は見たくない。
(まったく、こんな事になるなら殿下の元で自堕落な生活をしていればよかった…)
頭の中でそんな事を考える。そうしないと、ある感情に染まりそうだったから。
すると、目の前に一筋の光。
出口だろうか。
多少の安堵感が体を駆け巡るが、足を動かす事に集中する。
あと少し…
その時…
足に激烈な痛みが走った。
(!?)
何が何だか分からず、その場に倒れ伏す。
足を襲う灼熱の痛み。
見ると、太股から血が吹き出していた。
「一撃で仕留めるかよ!!」
「なぁに、足狙えば一発よ一発!!」
下卑た笑い声と話し声。近付いてくる。
幸いまだ遠くだ、木陰に身を隠し、止血する。
袴の布を裂き、出血部分のやや上に巻き付けて血を止めた。
その間に、右腕に抜き身の刀を握り締める。
手が汗で湿っている。
近付く気配が一つ。木の陰からそっとそちらをうかがう。
手にはライフルが握られているが、引き金ではなく銃口を握っていた。
完全に油断している。
彼女は立ち上がり、刀を両手で握り締める。
身長が低いことが幸いしてか、草木に隠れてまだこちらに気付いていなかった。
先手必勝。
腰を深く落とし、疾風の如き速度で肉薄。
斜め下から上へと銀閃が煌めき、断末魔の声を上げる間もなく倒れ伏す。
視界の隅にもう一人。こちらには既に気付いている。
跳躍。
ガトリングガンが火を吹き、空気を裂いてこちらへと迫り来る銃弾。
小さな舌打ちをしつつ、弾をかいくぐる。
頬を霞め、腕にめり込む銃弾
だが、戦闘という極限状態で気分が高揚している彼女にはさしたる痛みではない。
相手の肩を蹴り飛ばして転倒させ、すかさず首をはねる。
鮮血が、白い着物を赤く染めた。
気付けば、辺りが赤く染まっていた。
腕は血みどろで動かせず、胸元ははだけ、乳房があらわになっていた。
いたるところに銃創と切り傷、もはや誰の血かも分からない。
それでも、彼女は笑っていた。
また、気配がする。今度は一人。
(…どうせなら、闘って死ぬ)
決意と共にゆらり、と立ち上がる。
ろくに力が入らない腕で布を胸に巻き付ける。
刃の欠けた刀を腰だめに構え…
「…んぅ」
彼女…ルウは目を覚ます。
目を擦りながらも辺りを見回す。
家の中。横にはディルが安らかな寝顔を見せていた。
(確か…無理矢理やっちゃったんでしたっけ…)
ムードも何もなかった。少し反省する。
(…それにしても)
あの頃を夢に見るとは思わなかった。
前線で刀を振るい、剣の達人として敵を斬り伏せていたあの頃。
なにより…
(…あの人が、まだ生きていたんでしたね…)
懐かしい気持ちになる。
何となく立ち上がり、壁に立掛けてあった刀を手に取った。
鍔元も、切っ先も、反り身の刀身も全て、新品同様。
(…久しぶりに訓練しますか)
今夜は、眠れそうになかった。