<魔界のプリンセス……?>
1
「殿下ぁ、あたしの戸棚にあった、銀河宇宙月見そば知りませんか?」
「……お前な。なんでオレさまがそんなもの知っていなくてはならんのだ」
「いや、殿下、ついさっきまでずっと寝てたんだし、おなか減ってるかなって。
それに殿下、意地汚そうだし」
「バカもの! 知るかっ!!」
「ふーん、おかしいなー……でも、たしかに殿下のおなか、ふくれてないみたいだし……」
「人の腹を遠慮なくジロジロ見るな。しかもなでるな、くすぐったい! お前には家来の自覚が」
「うーん、隠してたりしませんよね?」
「においを嗅ぐな。……頬擦りするな! うわ! やめろ! ズボンを下げるな!
こ、こら……! 握っ……あぅ」
「おやつがなくて口寂しいから、殿下ので遊びたくなってきましたー。ほーれ、つんつん」
「なんだそのムリヤリ展開、いっ!」
「くふふっ、ちゅ? ちゅぱ……れろ」
「やめ、はっ……や、め……」
(大事にとってあったから期待してたけど、あんまり美味しくなかったわ、エトナ)
ラハールの妹はTVを観ながら思った。
ここは、ラハールの寝室の、さらに奥にある小さな隠し部屋。
冷暖房、バス・トイレ完備。悪魔の部屋なのに風呂がある。すごい。
ただし部屋は汚い。部屋の主である彼女の足許にも、使い魔の魔界ウサギのぬいぐるみが
魔力を切った状態で転がっている。そいつに盗ませてきたカップ麺の空容器も転がっている。
座っているソファもボロボロ。きれいな状態なのは彼女自身ぐらいだった。
ふわふわのドレスを着た、精緻な人形のようにかわいらしいゴスロリスタイルの幼女。
深い青の髪は足首までまっすぐ伸びていて、整った顔が無表情のまま、画面を見ている。
2
表情を表す相手も、名前を教える相手も、ラハールの妹にはいなかった。
だから、表情も名前も彼女にはない。ぬいぐるみにも名前はない。
何不自由なく育てられたわがまま娘みたいな姿だが、家具も、服も、ぬいぐるみを操って盗み、
自力で集めたものだ。観ているTVも盗んだもの。映っているのは暗黒メロドラマや
ローゼンクイーンの魔界TVショッピングではなく、
『ふふ……殿下、こんなところに垢が溜まってますよ。きったなぁい』
『お、オレさまは……悪魔だぞ、しかも魔王だ、風呂になんか、ぁぁ……』
幼い魔王を嬉しそうになじり、そのかわいらしい『ペニス』をくりくりと弄んでいる
家来の少女と、上ずった声で懸命に尊大な態度をとる魔王の少年の痴態。
彼女は城のほぼ全域にカメラを仕込んでいる。たいていのアイテムは城中から部品を集めて作れる。
超天才だから。
そんなバカな、と思うかもしれないが、そもそも魔界ではまともな者は生きていけない。
バカなことしか起こらない。
言葉も道具も魔法も、姿を隠し、誰にも見付からずにひとりで生きていくことも、
彼女と同じ髪の色をしているのが、彼女が生まれたときからずっと棺桶で昼寝を続けていた
ラハールという少年ひとりだということも、
自分が、どうやら魔王クリチェフスコイの娘らしいことも、
知ったときには、魔王はとっくに死んでいた、ということも、
全部自分で学んだ。生まれてから今まで、たった2年少しの間に。
生まれてすぐ親に捨てられることの多い魔族は幼児期がとても短く、あっという間に
第一次性徴ぐらいまでを迎える。だがそれにしても、彼女の知能は異常だった。
暗黒議会は、転生や作成によって得られない生まれつきの力の持ち主には、特殊な称号を付ける。
彼女を知ったら、議会はこう呼ぶだろう。
転生で手に入れられる素質を遥かに超えた、総合的異能力……超天才と。
3
超天才の幼女は、ぬいぐるみと同じ、ボタンのような瞳で、TVの中の兄と家来を見つめている。
『あらら、殿下! すっごくかたくなってきちゃいましたよ? 皮から出られなくて、苦しそう?』
『ふー、ふーっ、ふぅーっ』
ちゅっ、と、ついばむように、包皮から真っ赤な顔をのぞかせている亀頭を口でいじめるエトナ。
『ぱんっぱんになっちゃって、ぺちゅ、ぺろ』
冷たい言葉と、あたたかい唇と、熱い舌で。
『ほら、なんとか言ったらどうなんです、殿下? かわいい反応しちゃって、
これじゃまるで木のマタから産まれるアーチャーみたいじゃないですか。
まさか魔王さまの息子が、夜魔のひとりも夜伽に誘わなかったなんてこと……』
ラハールは玉座の肘掛を必死に握りしめながら、襲ってくる快感に耐えている。
『……あんな、ムチムチども……近付けさせられるっ……か、はぁっ……』
『は? なんれふって? はむぷ』
『うぁ!』
皮の内側に舌を差し込み、ラハールの表情を上目遣いに見ながら、エトナは執拗な責めを加える。
エトナの目に『そんな弱点があるのか、いいこと聞いた』という光がきらめいた。
エトナはラハールの秘密を探り、つけこむための有利な情報を手に入れようとしている。
昼寝中のラハールに長い間毒薬を飲ませてきたし、人目を避けて何者かと連絡をとっていた。
それと関係があるのだろう。
城にいる者のたいていのことは、観てきた映像を通して知っている。
知らないのは死んだクリチェフスコイと、ずっと寝続けていたラハールのことぐらいだが、
(でも、起きたならおにいさまの弱みも簡単に握れるわ。今みたいに。
情報を制する者は、すべてを制す。わたしは部屋にいながらにして、魔王城の真の支配者。
その気になれば、部屋を出るまでもなく、いつでも城のすべてを牛耳ることができる。
話したことなんかなくても、心なんかわからなくても、行動を観ていればわかる。
つまらないやつばっかり。強いやつも弱いやつも、魔族もモンスターもみんなすぐに無様な快楽に溺れる。
例外は奴隷のプリニーぐらい……まったく、なにが楽しいのだか)
4
彼女自身、一度真似してみたことがある。
その時のことは、よく覚えている。エトナが、ラハールの口に毒を流し込むのをやめた日。
迷いに迷って、ラハールの口許に持っていった薬を床に叩きつけ、
『魔王さま』
そう呟いて、突然ラハールに口づけた。一瞬、食べようとしているのかと思ったぐらいの強く激しいキス。
ラハールの寝顔を見ながら、エトナが自分を慰めることはそれまでにもあった。
想い人である魔王の面影でも見たのだろう。エトナは他の魔族とちょっと違う、と
一目置いていたが、それで幻滅した。
しょせん感情と肉欲に支配された、くだらない女か、と思ったものだ。
でも、寝ているラハールに手を出したのは、その日が初めてだ。
『クリチェフスコイ、さまぁ……』
離した唇から、つうっと涎の糸を垂らしながら、エトナは眠ったままのラハールのズボンをずらす。
半勃起状態のペニスを取り出して馬乗りになり、スカートの下に隠れた性器にあてがう。
『くっん、魔王さまの、あはぁ……』
ラハールよりは年上とはいえ、エトナもおせじにも発達した身体とはいえない。
小さくても男の子のラハールを身にねじ込むように受け入れ、ぞくぞくと背筋を震わせる。
『きゅ! んふ、あ』
身体を激しく振り立てる。上体を伏せ、顔と顔をくっつけるようにしながら、胸元の
ジッパーを下ろす。骨の上に、薄く肉がついているだけの、控えめな胸をあらわにすると、
寝ているラハールの胸に擦り付けた。
『はっ、はあっ……!』
ほっぺたを真っ赤にして、腰を力いっぱい叩きつける。
濡れた肉がぶつかる音がする。
両手で薄い胸をつまみ、自分をいじめるように激しくこね回す。
『んふぅ、まおう、さまひゃあっ……!!』
しなやかな背中やお尻を伝い、うねるシッポの上を跳ねる汗が、ランプの光を照り返す。
きれいだった。
きもちよさそうだった。
嬉しそうに笑うエトナを、初めて見た。
涙を流しているエトナを、初めて見た。
妹は、画面を凝視したまま、思わず足を開いていた。
5
「……!」
パンツの股布をずらし、ぴったりと閉じたわれめの中に指を差し込む。行為は何度も
見ているので、このわれめの奥に性器があるのは知っている。
しかし、つっこんでみると、中にあったのは痺れるような痛みだけだった。びっくりして指をひっこめ、
怖くなって慌ててヒールをかける。あたたかい光がおなかの下を包み、ほぅ……と力が抜ける。
ちょぉおおおおおおおおおお。
うっかり、おしっこを漏らしてしまった。
たぶん、ヒールの必要はなかった。でも、続きをする気にもなれなかった。
痛いものは痛いし、おもらしまでしてしまったのだ。天才なのに。
(あんなくだらないこと、二度とやるもんですか)
そう思っていた。
「……?」
今、TVで、快感に耐えるラハールの姿を見るまでは。
行動を観ていれば、弱点などすぐわかる。しかし、心の中までは監視カメラで覗くことはできない。
エトナがあの時、どんな思いで、薬を飲ませるのをやめたのか。
どんな気持ちで腰を動かすのをやめ、未練のある顔をしたまま、ラハールのペニスを抜き、
いそいそと衣服を着け直して寝室を離れたのか。
どんなつもりで、あの時とは違って目を覚ましているラハールのペニスをしゃぶっているのか。
エトナの丹念な責めは続く。
サイドから唇で、ちゅちゅっ、と挟み、
やわらかい幅広の舌で裏からこするように舐め上げ、
喉の奥まで届くほどにきゅうううっと頬張り、
ずずる、と、絞り上げるように吸いながら引きずり出し、
レザーグローブの指先で竿や袋、そして肛門までも撫で回し、
敏感な亀頭にちくちくと八重歯を立てて遊ぶ。
『んっ、はー、はー、はー』
ラハールは歯を食いしばることも忘れて喘いでいた。
TVを通してその表情を観ていた彼女は、長いスカートをたくしあげ、パンツを下ろして片足を抜いた。
6
自由になった足を広げて、二度といじらないと思っていた部分におずおずと手を伸ばしていく。
「……」
いきなり内側に入れるのは怖いので、われめの周辺の盛り上がったところを少しずつ撫でる。
ぎゅっ、と、肉越しに押し込むように刺激してみる。痛みとは異なった、むずむずするような感覚。
指を2本、3本と使って、じわじわと広げたりしながら、徐々に内側をさすっていく。
知らず知らずのうちに、それまでつまらなそうに引き結ばれていた口が、半開きになっていく。頬が熱い。
われめの内側の、肌と違う傷のような色と感触になっている部分に、指が触れる。
そのとき、それまで感じたことのない電流のようなものが、背筋を駆け抜けた。
やや遅れて、おしっこの出そうな衝動がやってきたので、ぐっとこらえる。
天才は、同じミスは繰り返さない。
じわりと、指を濡らす温かい液体。ちょっと漏らしてしまったのか、と思いながら、
指先をこすり合わせてみる。
にちゃあ、と小水ではありえない感触がする。
「!!……!?」
『ああ、あうううー』
慌てる彼女をよそに、TVの中ではラハールが頭を振って快感の波に耐えている。
ペニスの先から、透明にぬめる液体が、とろとろ流れ、エトナの額や鼻先を濡らしていた。
「ぁ……」
あれだ、と彼女は思った。
彼女は今、ラハールと一緒の感覚を感じている。
ごくん、と自分が唾を飲み込む音を聞きながら、彼女はまた指先をなすりつけていった。
さっきの液体のおかげで、あまり痛くない。じーんという痺れも、慣れると病み付きになってくる。
身体の内側から、また少し熱い液が染み出てくる。その助けを借りながら、少しずつ深く、指を進入させていく。
7
「ぅぁ」
彼女は徐々に、意志では止められない、得体の知れないものに捕まりかかっていた。
言葉を発したことのない口から、声にならない声がもれる。
画面のラハールも声をもらす。
『えっ……エトナ……も、もう、なんだかっ……!』
『はーい』
んぱっ、と口を離し、エトナは呆然とするラハールに向けて、微笑んだ。頭の後ろで手を組み、背を向ける。
『……エトナ?』
『殿下。次期魔王ともあろうお方が、家来の口ごときでイッちゃったらダメですよね?』
『!?……な……』
画面の中でぽかんとするラハールと、自分は同じ顔をしている、と彼女は思う。
『だから、今日はもう、このへんで』
『ま、待て!』
かかった、という顔をして、エトナは振り向いた。
『なんですかぁ、殿下』
『……オレさまは、そのイク、というのがよくわからん』
『……………………は?』
呆気にとられていたエトナだったが、その顔がゆっくりと邪悪な笑みになる。
『じゃあ、しばらく手でしごいてみて下さい』
『し、しごくだと?』
『はい。魔王なんですから、自分の手でイッてみましょう』
(何、このチュートリアル)
『そ……そういうものなのか……よし』
妹に画面の向こうでつっこまれていた兄は、思い切りだまされていた。
自分のペニスにぎこちなく触れる姿は魔王らしさなんかカケラもなく、みっともなかった。
ぴんと張り詰めた包皮をスライドさせて、不慣れなオナニーを続ける少年魔王。
『んっ、んっ』
だが、それを観ていた彼女のおなかの奥に、何かがキュウッと集まるような感覚が生まれた。
8
たまらなくなって、もう一度彼女は指を差し入れ、ぬるい粘液を熱心にすくって、今度は
上の方をいじってみた。映像で観る『クリトリス』ほど発達してはいないが、それらしき
盛り上がりの中に小さな粒が確かにあった。ぐりぐりと指の腹を押し付ける。
「ぁっ……ぁっ……ぅぁぁっ」
さっきと比べものにならない電流が走った。もう手を止めることができない。
『はふ、はうっ、くぅっ』
画面の中のラハールが、同じように激しくペニスを掴んだ手を上下させる。
『うっ、うぅっ、えとな、えとなぁっ、もうっ』
『はいはい、そのまま最後までがんばっちゃいましょうー』
「ぁっ……ぉ……ぃ……ゃん」
興奮の中で、呟いた。
「おにいちゃん……!」
生まれて初めて、言葉を口にした。
その瞬間、それまでかろうじて残っていた緊張が、快楽に呑み込まれる。
開いていた足の間、指のすぐ下から、さっきまで染み出ていたものと違う液が勢いよく放物線を描いた。
ぷしゅ、ちゃあああああああああああああーっ……
ラハールも、ぐぐっと背を丸めて、
『くああっ!!』
ペニスから、おびただしい量の白濁した粘液が噴射された。
どびゅるっ、びゅーっ、びゅーっ、びゅっ……
魔王の息子がする、おそらく初めての射精。
それは誰に受け止められることもなく、玉座の間の豪奢な絨毯をびちゃびちゃと空しく汚していった。
『あぅっ……これ……これが……』
エトナはそれを、背筋をぞくぞく震わせ、自分の指先をしゃぶりながら眺めていた。
『そう……それが、イクってことなんです、殿下』
ラハールを思い通りに動かした満足の笑みを浮かべていても、最後までしなかったエトナ。
(なんだか寂しそう。わたしも、あんな顔しているのかしら)
9
「……もう」
死ぬまでこの部屋で生きていけると思っていた。誰にも会わないまま、城のすべてをコントロールして。
でも、そんなのは無理なことだ。
なんで屈強な魔族が、あんなに無防備に肉欲にとらわれるのか、わかってしまった。
みんな、ひとりは、寂しいのだ。
「もう、おに……さま……こほっ! こほっ!」
慣れない声を出したので、喉が痛かった。
妹はソファを立ち、傍らに置かれた魔界ウサギのぬいぐるみを抱き抱え、魔力を通した。
丸いふたつの目が光り、ギザギザの歯が並ぶ口のあたりから、甲高い声がした。
『オニイ様ニャ、マカセテラレネェ!!』
エトナみたいな女にいいようにいじめられてる魔王では、ダメだ。
(わたしが支えてあげなくちゃ。そばにいて、支配してあげなくちゃ)
自分の身体より一回り小さいぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。
この子はちょっと前まで、自分と同じくらいの大きさだった。
もうすぐ彼女は、出入り口を通れなくなるほど、身体が大きくなるだろう。
この部屋は居心地がいいが、一生を過ごすには、ちょっと、寂しすぎる。
(部屋を出よう!)
ラハールの妹の、無表情だった目に、決意の光が宿った。
鼻もひくひく動いた。
(……おしっこくさいし。この部屋)
<おしまい>