「どうです? 殿下もそろそろ身をかためては?」  
「……なんだと?」  
 ある日、唐突なゾンちゃんの提案にラハールは目を点にした。  
「殿下ももう1500歳。魔王たる者がいつまでも一人身でいるのもどうかと」  
「……何が言いたいのだ? 言いたい事があるならはっきり言わんか」  
「結婚しましょう、殿下」  
 
     ぼすっ  
 
「―いたたた……殴る事ないじゃないですか」  
「くだらないことを言うからだ」  
 ためいきを吐いて肩を落とすラハール。  
 このゾンビに限らず、腹心達はラハールに対してやたらフレンドリーだ。  
 魔王となった今でも『殿下』と呼んでくるのもその中の一つ。  
 父親が現役だった時もこんな感じだったのだろうか?  
「で、何なのだ?」  
「はいはい、えーっとですね、殿下もそろそろ奥様をもらわれてはいかがかと」  
「おくさまぁぁ?」  
 嫌そうな顔で答えるラハール。  
「そうです」  
「非常に面倒だな」  
「あーもしかして、もうあの堕天使の娘と結婚の約束とかしちゃってます?」  
「なっ……! そんなことしているハズがなかろう!」  
 顔を赤くして力いっぱい否定する。  
「なら問題ありませんねー」  
 
 ラハールの動揺など気にする風もなく、飄々とゾンちゃんは続ける。  
「この私が殿下にぴったりの女性を探し出してみせましょう」  
「だから面倒だと……」  
「魔王にはイイ女というものがデフォですよ?」  
「む……そうなのか」  
「 そ う な ん で す 」  
「まぁ……結婚するかどうかはオレ様が決めればいいわけだしな。勝手にするがいい」  
「はーい」  
 かくて、多少強引にラハールのお嫁さん探しが始まるのであった。  
 
 
 
♪ぴんぽんぱんぽーん♪  
 
―あーテステス―  
―こちら魔王城、こちら魔王城―  
―今日は重大なイベントの開催をお知らせするっス―  
―翌日正午より 『第1回 チキチキ魔王ラハールのお嫁さんグランプリ』 を開催するっス―  
―参加希望の方は、今から城門前に集合するっスー―  
 
♪ぴんぽんぱんぽーん♪  
 
 
 
「……おい」  
「うわっ!? な、なんスか殿下っ!? これはゾンちゃん様に言われて―」  
「………………『様』をつけんかバカ者ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  
「そこっスかぁぁぁぁぁーっ!?」  
 
 
「……」  
「……」  
―魔王城のテラス―  
 放送をしたプリニーの足を掴んだまま、ラハールは呆然と城門前を眺めていた。  
 魔王城は溶岩の堀に囲まれたように建築されている。  
 歩いて城へ行くには、溶岩の上の一本道を通るしかないのだが―  
「……何なのだ、この悪魔どもの数は」  
 その道を埋め尽くすがごとく、悪魔悪魔悪魔。  
 いや、中には悪魔ではない者もいるようだが。  
「……すごい数っスねー」  
 逆さづりにされたままのプリニーも魂の抜けたような声を出す。  
 
「聞きましたよー殿下。お嫁さん募集してるんですって?」  
 ポカーンとするラハールに、いつの間にか隣に来ていたエトナが話し掛ける。  
「いや……オレ様は別にそんなにノリ気ではないのだが」  
 えーと……こいつらは……オレ様の……その……希望者ってことなのか?  
 目の前の現実をいまいち信用できていないラハールは眉間にしわを寄せて答えた。  
「うわーすごいですねー。老若男女、ペタンコにムチムチ……あっ、天使までいますよ?」  
「ほう、天使まで……って、男はいないだろっ!」  
「いますよ? ホラあそこ」  
「バカなっ!? しかも魔人だとっ!?」  
 エトナが指をさした方を見て、ラハールは頭を抱えるのであった。  
 
「ま、魔人て……おいエトナ」  
「はい?」  
「丁重にお断りしてこい」  
「イヤです♪」  
 こんな楽しそうなこと誰が止めますか、とでも言いたげなエトナ。  
「……命令だ」  
「そんなに嫌なら殿下ご自身が言えばいいじゃないですかー」  
 それが出来ないからお前に頼んでいるんだろうが。  
「ぐぅ……ならば呼んでくれるだけでいい、オレ様の部屋に通せ」  
「うわー殿下ってば手が早いですね。ベッドメイクさせときましょうか?」  
「違うわっ!!」  
「はいはい分かってますって♪ じゃあ殿下は先に部屋に行っててください」  
「あー……うむ」  
 頭痛のする頭を押さえながら、ラハールは自分の部屋へ戻っていった。  
 
「失礼します」  
 2度、ドアをノックした後に野太い声が響いた。  
「うむ、入れ」  
 出来れば入って来るなと言いたいところだが、仕方ない。  
「―って貴様はオレ様の弟子ではないかっ!!」  
 入って来た魔人を見て、開口一番そう叫ぶ。  
「はっ……そうですが」  
「何をトチ狂っておるかっ! お前は何のために城門前におったのだ」  
「……殿下のおy」  
「あーいい、言わんでいい」  
 頭痛がひどくなった気がする。  
「殿下……」  
「あー、なんというか、な。カエレ」  
「殿下……私は」  
 魔人はそう言いながら自分の背に手をまわす。  
「な、何をする気だっ!?」  
 逃げ腰。  
 今のラハールを形容するならば正にそれである。  
「私は……」  
 
―ジィィィィィィ  
 ファスナーを下げるような音が聞こえた後。  
 魔人の姿をしたモノは床にくたりと沈んだ。  
「私は……」  
「お、お前は」  
「私は……以前殿下に魔人として転生するように言われました……  
 ですがどうしても、侍である自分を捨てきることが出来ずに……」  
「着ぐるみを着ていたというわけか……」  
 魔人には中の人がいた。  
 そしてそれは侍―もちろんラハールの弟子だった。  
「すみません殿下。主君の命令に背いてしまったばかりではなく……今まで騙してきてしまい」  
「もうよい」  
「……え?」  
「まったく……魔人に求愛されるかと思って身構えてしまったではないか」  
 やれやれ、とためいきをつく。  
「あのー?」  
「なんだ」  
「お怒りではないのですか?」  
「怒るもなにも呆れたぞ。よくもまぁ『どうしようもないクズ』のクセに今まで騙し通せたものだ」  
「……殿下のお側にいたかったから」  
 がんばっちゃいました。  
 なんて頬を染めながら言っちゃう侍。  
「……ハァ?」  
「私は殿下のことが好きです」  
 
「すっ!? すすすすすすすすすすすすすきぃっ!?」  
 さらりと告白もしてしまう侍。  
 対して、ラハールはもうどうしようもないくらい動揺している。  
 まぁ確かに、城門前にいたのだからラハールにそういう感情は持っているだろう。  
「はい。ですから魔人になるのは抵抗がありましたし……」  
「な、なななな……」  
「殿下。私を殿下のお嫁さん候補として認めてはいただけませんか?」  
「あ、あああのな……」  
 
 
 
 
 
 
「話は全て聞かせてもらいましたっ!!」  
 
 
 
 
 
 
「むっ!? 何者だっ!?」  
 どこからか聞こえてきた声に身構えるラハール。  
「あぁなんて素晴らしい愛っ!! 師弟愛を超えて男女の恋仲にまで発展するなんて……ビバ愛っ!!」  
「………フロンか……出て来い」  
 魔界で、こうも恥ずかしげもなく愛を連呼できる者を、ラハールは彼女以外に知らない。  
 どうも今日はいつもよりテンションが高いような気もするが。  
 
「こんばんは、ラハールさん」  
「って、どこから出てくるのだ貴様はっ!!」  
 ラハール愛用の棺桶ベッド。  
 蓋がゆっくりとずれて、隙間からぴょこんと赤いリボンが現れ……フロンは登場した。  
「えーっと、盗み聞きしてしまったみたいですいません」  
「まったくだ」  
 ジト目になるラハール。  
 横を見れば侍もフロンを白い目で見ている。  
「そ、そんな……お2人ともそんな恐い顔しないでください」  
 引きつった笑顔のフロン。  
「で……何でお前はそんなところにいるのだ?」  
「えーっとですねー……ちょっとだけおひるねでもしようかなーと思ったらぐっすり寝てしまいまして……ってそんなことはいいんですっ!」  
 いや全然よくない、そう思うラハールと侍。  
「ラハールさん? まさかあなたはこの申し出を断る気じゃないでしょうね?」  
「な、なに?」  
「せっかく女の子の方からアピールしてくれているというのに……魔王として恥ずかしくないんですかっ」  
「いやオレ様は別に……」  
「あなたに愛はないんですかっ!?」  
 ねぇよ。  
 そう答えたかった。  
 
「そ、そんなことを言ってもだな……」  
「もう……とにかく認めてくださいっ!!」  
「わ、わかった」  
 この状態のフロンには逆らわない方がいい。  
 そんなことは200年の生活で解りきっている。  
「はい、それでいいんです……よかったですね」  
 にっこりと侍に笑顔を向ける。  
「それではわたしはこのへんで……」  
 そそくさと部屋を出て行こうとするフロン。  
 だが―  
「……邪魔……しましたね?」  
 そんな侍の呟きにびくりと肩を震わせるフロン。  
「さ、さぁ? わたしには何のことだか……」  
「……まぁいいですけどね。負けませんよ?」  
「うぐ……ば、バレバレでしたか?」  
「さすがは堕天使とったところですか」  
「そ、そんなことないですよー」  
 
「おい、何をコソコソ話しているのだ?」  
「「い、いえ別に」」  
 ?マークを浮かべていたラハールに、2人は異口同音に答えるのだった。  
 

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