「おいフレア」  
「何ですかラハール様?」  
 フレアと呼ばれた少女、赤魔法使いは杖を磨くのを止めて振り向いた。  
「議会へ行って弟子の申請をしてきてくれ」  
「はい? 弟子の申請……ですか?」  
「うむ。オレさまも色々と忙しくなってきてな……弟子でも増やせば多少は楽になるだろうと思ってな」  
「……何であたしが行くんですか?」  
「お前はオレさまの弟子であろうが」  
「ですがラハール様が、自身の弟子をお探しになるのですから直接―」  
「オレさまはこれからパトロールだ」  
「……なんですかそれぇ」  
 呆れた表情で呟くフレア。  
 それもそのはず、『パトロール』とは言うものの、実際はただのこづかい稼ぎとストレス発散。  
 そこらへんのチンピラをしばいて金品を強奪するというものだ。  
「では頼んだぞ。心配しなくてもマナは大量にあるからな」  
 そう言って、ラハールは自分の部屋へ戻っていった。  
「はふん……あたしもいい師匠を持ったもんね」  
 ためいきをひとつ吐いて、フレアは愛用の杖をまた磨きだすのであった。  
 
「むぅ……今日は手頃な獲物がいないな……」  
 ひょーいひょーい、と飛んで走ってまた飛んで。  
 どうも今日はカモがなかなか見つからない様子。  
 ラハールは辺りに注意を払いつつ一人ごちた。  
「ふん……ブレアの森の方にでも行ってみるか」  
 
「はっ―はっ―はぁっ―」  
 少女は追われていた。  
 何に……ってそりゃあ悪者にである。  
 お約束である。  
「ふははははは、無駄無駄、無駄なんですよっ」  
 追うのはヴァンパイア。  
 逃げる少女を嘲笑い、彼女の前方に回り込む。  
「ひぃっ」  
「やれやれ、鬼ごっこは終わりにしましょうかお嬢ちゃん。こっちも忙しいんでね」  
「な、なんでわたしを追いかけるのぉ?」  
「何でって? 別に理由なんか大したことじゃないんだよ」  
 じり、と少女との距離を詰める。  
「ただ、ペットが欲しくてね。夜魔族の君はうってつけ、というわけさ」  
「た、たすけて……」  
「ふん……力もないのに一人でうろうろしてる君が悪いんだよ……」  
「ひっ……っく……」  
「泣いても無駄無駄。このブレアの森に逃げ込むとは……君も頭が悪いですねぇ」  
 実際には、ヴァンパイアがここに追い込んだのだが……どうもこいつは性格が非常によろしくないようだ。  
「おとなしく……私のモノになりなさいっ!!」  
 
「そこまでだっ!!」  
 
 今まさに少女が襲われんとする瞬間、上空から声が響き渡る。  
 ヴァンパイアは空を見上げるが……如何せん木の枝と葉っぱが絡み合っていて何も見えない。  
「くっ、何者だっ!?」  
「はーっはっはっはっ!!」  
 ばぎばぎばぎっ、と枝をへし折り飛び散らせ、声の主は着地した。  
 ちょうど少女の盾になるような位置に降りたラハールを、ヴァンパイアは忌々しげに睨みつける。  
「貴方はっ! ラハールっ!!」  
「様を付けんか、無礼者っ」  
「フン……む? 貴方一人ですか? ……これはいいですね」  
 
「……はっ」  
 夜魔族の少女は我に返った。  
 あまりにも素晴らしいタイミングで助け(?)が入ったことで、逆に呆然としていたらしい。  
「う、うわぁーんっ」  
「おうあっ!?」  
 気がつくなり、少女はラハールの背中に飛びついた。  
 そしてこの際、夜魔族である彼女が、まだ少女であることが幸いした。  
 『ぺたんこ』だったのだ。  
 もしも彼女が『むちむち』であったら、ラハールは卒倒していたかもしれない。  
「い、いきなり何をする貴様っ!?」  
「あ、あたし、悪いやつに追われてたのっ! たすけてっ!」  
「ほほぉ……いくらで?」  
 にやり、と笑みを浮かべて問いかける。  
 ただ……邪悪というよりも、からかうようなその表情は……彼が成長した証だろうか。  
 
しかしこの状況で、見た目自分よりも幼い少女に金を要求するとは……やっぱり外道である。  
「えぇっ!? ……えと……その……」  
 予想外の返答に、おろおろとする少女。  
「あぅ……えと……あ、あたしのおこづかい全部あげるっ!」  
「うむ、上出来だ」  
 
「さて、そろそろいいですかな?」  
「ふん、わざわざ待っているとは……意外とお人好しだな?」  
「いやいや、そんなことは……ないんですよ?」  
 ヴァンパイアがそう言うと、茂みからさらに数人のヴァンパイアが姿を現した。  
「……なるほど」  
「ここで貴方を倒せば……私達の名もあがりますしね」  
「よってたかってガキを追い掛け回すような者に、オレさまは負けんぞ」  
「それはやってみなければ、解りません」  
 
「おいガキ」  
「は、はいぃ?」  
「名は何というのだ?」  
「でぃ、ディズィー……」  
「よし、ディズィー。そのままオレ様にしがみついているがいい」  
 そう言うと、ラハールは自分のマフラーでディズィーの目を覆った。  
「きゃあっ!?」  
「しっかり掴まっていろよっ!」  
 
―いくぞ!  
―フッ! 所詮一人、しかもお荷物つきとあっては……  
―くだけろぉっ!  
―ぎゃー  
―まず一人っ!  
―ラ、ラハール! おのれ卑怯なっ!  
―そう誉めるなっ ハーハッハッハッハッハッ!  
―ぎゃー  
―ぎゃー  
―二匹三匹っ!  
―こ、こいつ、強いじゃなーい  
―まだまだいくぞぉぉぉぉっ!!  
 
 瞬殺。  
 勝敗はあっけなくついた。  
 結局のところ、ゴロツキはチンピラで雑魚だった。  
 ラハールは森を出てから、ディズィーに巻いていたマフラーを外してやった。  
 血の海を見せないようにとの配慮なのかどうかは、彼にしか解らない。  
「終わったぞ」  
「ほゎー……」  
 ゆらゆらと頭を揺らして呟くディズィー。  
 どうもイイ具合に脳がシェイクされたようだ。  
「おい」  
「もゅー……」  
「こら」  
「にゅー……」  
 
びすっ  
 
 ラハールはでこぴんを放った。  
 
「わっ!?」  
「いい加減正気に戻れ」  
「こ、ここはどこっ?」  
「ここは森の外だ……というかそろそろオレさまの背中から降りろ」  
「あ、ご、ごめんなさい」  
 ディズィーは顔を赤くして、ラハールにしがみついていた腕を離した。  
「ふぅ……ではオレさまはもう行くぞ。盗るモノも盗ったしな」  
 盗るモノとは、ヴァンパイア達の金や装備等である。  
「あ、あの」  
「む? 何だ?」  
「あのひと達……しんじゃったの?」  
「…………手加減したからな。運が良ければ生きているだろう」  
「そう、よかったぁ……」  
「お前変な奴だな。自分を襲おうとした奴らだぞ?」  
「そうだけど……」  
「フン……では、さらばだ」  
 
「まって!」  
「ぐぇっ―」  
 ラハールが歩き出そうとする時、ディズィーは思わず彼のマフラーを引っ張った。  
 すると当然彼の首は絞まる。  
 苦しそうな声を聞いたディズィーは慌てて手を離す。  
「あっ、ごめんなさい」  
「げほ……何のマネだこれは?」  
「えと……その、あの……あっ! ほら、おかねおかねっ」  
「む?」  
「たすけてもらったから、お礼のおかねっ。ね?」  
「……別に助けたつもりはないぞ。ちょうどいいカモがいたから狩ったまでだ」  
 そっぽを向くラハール。  
 感謝されることには未だ慣れていないようで。  
「でも……」  
「お前みたいなガキから金を搾り取れるものでもないしな」  
「こどもじゃないもんっ!!」  
「解った解った。じゃーな、お前も早く帰るがいい」  
 
「だからまってってばっ」  
「うぐぇ―」  
 ラハールはまたも首を絞められた。  
「あ、ごめんなさい」  
「貴様、そんなに魔王剣の真髄が見たいか……」  
 ヌラリ、と愛用の剣を抜くラハール。  
 目も心なしか据わっている。  
「あぅあぅあぅあぅ……」  
「冗談だ」  
 ひでぇ。  
「で、今度は何なんだ? 手短に話せ」  
「家までおくってって」  
「却下だ!」  
「なんでぇっ!?」  
「めんどくさい」  
「……ふぇぇ」  
「だぁぁぁぁぁっ! 泣くなっ! あぁもうっ……はぁ、送って行けば良いのだろう?」  
「うん♪」  
 
 
「うわぁ、おにいちゃんのマントって羽になるんだね」  
「違うぞ、これはマフラーだ。しかも羽がマフラーになるのだ」  
「ふーん? ねぇおにいちゃん」  
「む?」  
「あたし、せなかに乗るんじゃなくて、おひめさまだっこがいいなー」  
「……キリモミ5回てーん」  
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
 
「ただいまー」  
「あ、お帰りなさいディズィー。随分遅かったのね?」  
 ディズィーが家に入ると、大人の夜魔族が奥から出てきた。  
 むちむちだ。  
「うん。途中でわるいひと達におそわれちゃってー」  
「あらあら。でも無事だったみたいね?」  
「えへへー、おにいちゃんにたすけてもらったのっ」  
「おにいちゃん?」  
 
「おい、貴様が母おうがぁっ!」  
 繰り返す。  
 彼女はむちむちだ。  
 どうもラハールは心の準備が出来ていなかったようで。  
「あら魔王様。こんなところでどうしたんです?」  
「い、いや、こいつがここまで送ってくれだのと言うものだからな」  
 魔王様、逃げ腰。  
 それにしてもこの母親、目の前に一応魔王がいるというのに、まるでご近所さんと世間話でもするか 
のような口ぶりである。  
 肝が据わっているいうかなんというか。  
「まぁ、それはお手数をおかけしました。ありがとうございます」  
「う、うむ」  
「わるいひと達ををやっつけてくれたのも、おにいちゃんなんだよっ」  
「そうだったの。魔王様……重ね重ねありがとうございます」  
 丁寧にお辞儀をする大人夜魔族。  
 だがそんなことをすると……  
 
たゆゆん  
 
 揺れる、弾む。  
 
「う、うむ」  
 ラハールは顔色がすぐれない。  
 魔王軍にも夜魔族がいないことはないが……やはり苦手なものは苦手なのである。  
「で、ではオレさまはもう帰るぞ」   
「そうですか? ご一緒に夕食でもいかがですか?」  
「いや、遠慮しておく……」  
「おにいちゃん帰っちゃうのー?」  
「あぁ……というか貴様、いいかげん魔王様と呼べ、魔王様と」  
「えー……」  
 『おにいちゃん』という呼び方が気に入っているのか、ディズィーは不満顔だ。  
「まさか貴様、オレさまのこと知らないのではあるまいな?」  
「そんなことないけど……じゃあ、おにいさまっ! これならいいでしょ?」  
「却下だ」  
「なんでよぅっ!」  
 
「それではさらばだ。おいディズ子」  
「?」  
「母親は大事にしろよ」  
「え? ……うんっ」  
「よし」  
 彼女の返事に満足したのか、ラハールはにやりと笑ってから彼女らの家を出て行った。  
 
「……おにいちゃん……」  
 ディズィーはラハールがいなくなった後も、彼の出て行ったドアを見つめていた。  
「ねぇディズィー」  
 そんな彼女の頭をなでながら、母親は優しく話し掛けた。  
「魔王軍から求人広告が出てるんだけど……」  
 
「帰ったぞ」  
「あ、おかえりなさいませラハール様」  
「うむ。おいフレア、オレさまの弟子の申請はしておいたか?」  
「はい」  
「で、見つかったか?」  
「はい」  
「……早いな。まさかどうしようもないクズで申請したのではあるまいな?」  
「そんなことないですよぉ。ちゃんと天才クラスで申請しましたって」  
「それならいいがな」  
「なんでも、あちら側も『ラハール様の弟子なら是非』ってことみたいですよー?」  
「そうか……ふふん、これもオレさまの人徳というものだな」  
「師匠に人徳なんてありましたっけ?」  
「何か言ったか」  
「いえ何も。明日にでも顔見せに来るそうです」  
「ほぅ……まぁ良い、さっさと飯にするぞ。腹が減って死にそうだ」  
「師匠、今日は何か収穫あったんですか?」  
「……いや、特に何もなかったな」  
「あはは、ざんねんでしたね」  
 
べしっ  
 
「うきゃっ」  
「ふん」  
 
 ……くくっ、耐えるのよフレア。明日になれば……明日になれば師匠に一泡吹かせてやれるのよ……  
 ……んふふ、師匠もあたしが『リリス』で申請したとは思ってないでしょーからね……  
 日頃のちょっとしたお返しってやつですよ……んふふふふふふ……  
 
べしっ  
 
「はきゅっ」  
「何をにやにや笑っているのだ。飯だと言っておるだろうが」  
 
 
― その夜 ―  
 
「……すかー」  
「ラハール様」  
「……すぴー」  
「ラハール様っ」  
「…んむ?」  
「夜分遅くに失礼します」  
「―賊かっ!?」  
「い、いえ、私は賊などではなく……」  
「ふん……このラハール様の寝室に忍び込むとは、いい度胸をしているなっ」  
「ですから、私は」  
「しかし夜魔族ごとき、今更恐れるに足らんわっ!」  
「…………あのー、動けますか?」   へ/  
「はーっはっはっ……何ぃっ!?」   ( ゚д゚)  
「動けないですよね?」  
「き、貴様っ! 何をした!?」  
「何をって……ちょっとした魔法を☆」  
「ぐっ……貴様、何者だ……」  
「ふふふ、そんなことどうでもいいじゃないお兄ちゃん……それよりも……♪」  
「うわきさまなにをするやめ―」  
「きゃん☆ お兄ちゃんってば意外に―」  
 
「……」  
 ゆっくりと、ラハールは目を開けた。  
「夢、か……」  
 はぁ、とためいきを一つ。  
 とてつもない悪夢だった。  
 魔王である自分が夜魔族ごときに……  
「ふんっ、ばかばかしい!!」  
 愛用の『かんおけベッド』の蓋を蹴り上げ叫ぶ。  
「さぁメシだメシだ!!」  
 気分を変えるように、そう言ってずんずん歩いていこうとする……が、数歩行ったところで立ち止まる。  
「……」  
 なんとも言い難い表情のラハール。  
「……サイアクだ」  
 とりあえず状況を理解した彼は、脱衣所へと急ぐのであった。  
 
 
 
 
 
 
俺的SSの補足説明  
 
・弟子をつくる場合・  
条件を提示して、それに合う者を魔界より探す。  
高ランクの者ほど探すのが困難でマナも必要になる。  
 
 
・夜魔族・  
親子の関係はある。  
が、女性だけの一族なので、父親や結婚などの概念があるのかは謎。  
 
 
 

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