宇宙空間からは何の音も聞こえないはずだが、今、カーチスはその真空の世界から悲鳴を聞き取ってい 
た。  
 
「た、助けてくれ! あ、悪魔だ!」  
「ひぃぃ! ば、バケモノ!」  
 
その声を聞きながら、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。  
「はっ、わざわざ獲物を逃がす余裕まで見せてやがるのか……面白い」  
地球防衛軍がその全戦力をもってして魔界に攻め込んで、わずか数日である。  
当初はその大艦隊により、魔界制圧など容易いことと思われていたのだが……つい先ほど、魔王ラハー 
ル自らが出撃してきたことで全てが狂った。  
奴はたった一人で地球防衛軍艦隊を次々に粉砕しており、見る見るうちに戦力は激減してしまっている。  
魔王という存在を見くびっていた――それは、この遠征に随行してきた防衛軍の構成員全てが悟ってい 
ることだが。  
ただ一人。カーチスだけは、敵の強さに昏い笑いを浮かべながら、楽しそうに口元を歪めていた。  
 
……ここは宇宙戦艦ガルガンチュア、その艦内である。  
地球最高峰の科学者カーチス――彼はまた、科学者としてだけではなくもう一つの名前で呼ばれていた。  
 
すなわち、地球勇者。  
 
本来の地球勇者、キャプテンゴードンと熾烈な戦いを繰り広げてもう4年になる。  
実力は互角――また、地球勇者としてあくまで地球を、人類を守る為に戦っていたのだから、直接ゴー 
ドンと決着をつけることは今までにはなかった。  
しかし今回の遠征では、先発のゴードンは魔王に組し……ついに、二人の戦いに決着がつくことになる 
のだ。  
 
このペースで護衛艦隊が破壊され続ければ、あと数時間でガルガンチュアに魔王の軍勢は辿り着くだろ 
う。  
その時こそ、本当の地球勇者の名がどちらに相応しいかが分かる。  
第三メイン通路の窓から外を眺めつつ、カーチスはその時を想像して乾いた笑みを浮かべていた。  
「もうすぐだ。俺が正しいのか、ゴードンの奴が正しいのか……」  
呟きながら、彼は手元のロケットを見つめる。  
その中には、最愛の妻と娘の写真が収められている――が、彼は決して写真そのものを見ようとはしな 
い。  
「今の俺の姿など、あいつらには見せられないからな……」  
僅かに自嘲の色を滲ませつつ、カーチスはまたそう呟く。  
しかし、すぐにその色を打ち消すと、彼は通路に目をやった。  
――いつからだろうか、彼の近くには冷たい目をした女性が佇んでいる。  
だが、彼女の服装はこの最先端技術の塊であるガルガンチュアには、まるで似合わないものだ。  
まるでファンタジー物語か何かにでも出てくるような鎧をまとい、そして何より――背中に、白い翼が 
生えている。  
「――ふん。天使か」  
カーチスは、そんな彼女の姿を見ても驚く素振りもなく吐き捨てる。  
「何の用だ。俺よりも、カーターに用事があるんじゃないか」  
侮蔑の色を隠そうともしないカーチスに、彼女……カーチスが天使と呼んだ女性は、相応に軽蔑の視線 
を向ける。  
「その司令官殿の命令だ。お前だけでは頼りないから、我々天使兵部隊が補佐につけとな」  
「ほう。それは有難い話だが……」  
――はっ。  
カーチスは、心の中で――否、はっきりと全身で不快感を表しながら、天使を睨む。  
「天使如きの力など、俺は借りるつもりはない。魔王を倒すのは勇者……人間の役目だろう?」  
「その勇者は、いまや魔王の手先と成り果てたようだが……?」  
「奴は偽者だ! 俺こそが、真の……」  
そこまで言いかけて、カーチスは天使の顔に冷笑が浮かんでいるのに気づく。  
「貴様……!」  
「偽者はお前だろう。勇者にもなりきれない哀れな機械人形め」  
――天使は、悪魔を邪悪と切り捨て、人間を下等生物と見下している。  
その事実はカーチスにとってさほど意外ではなかったが、それでも不快なものは不快だ。  
 
「確かに、俺の身体の七十パーセントは機械さ。人間未満の鉄くずかもしれん……  
 だがな、俺のこの魂は、決してゴードンなんかにも劣っちゃいない!」  
「魂の価値は我々天使が決めるものだ。お前などが判断するものではない」  
――どこまで。  
どこまで、この天使は――  
「勝手に見下すのは結構だがな、その天使にだって裏切り者が出てるじゃねえか。  
 お前ら天使も、俺達人間と変わりがないってことだろう!」  
「奴は天使見習い。とるに足らぬ存在だ」  
「はっ、言い訳だけはご大層なもんだな。……もういい、お前の力は借りないと言ったはずだ。  
 さっさとカーターのところにでも戻れ」  
――ちっ、俺としたことが……  
柄にもなく熱くなってしまった。カーチスは頭を振りながら、天使を見もせずにそう告げる。  
カーターのやり口、この天使と手を組んでの行動は気に入らないが、かといって一応は味方である彼ら 
を裏切るつもりはない。  
要するに自分はゴードンとの決着をつけられさえすればよいのだ。  
カーター如きが何を目論んでいようとも、知ったことではない。……だが。  
「……ならば、せいぜいお前は魔王どもの力を削ぐがいい。捨て駒としては役に立ちそうだな」  
「捨て駒――だと」  
「どうせお前の力では奴らは止められまい。我々天使兵部隊が相手をする前に、僅かなりとも……」  
「……そうか。よくも……そこまで言ってくれるな」  
どうやら、この天使はよほど自分の実力に自信があるらしい。  
人間などは初めから相手にもならないと考えているのか。――舐められたものだ。  
「……そうだな。戦いの前のこの渇きも、少しは癒しておきたいところだ」  
「何?」  
――ここまで来てしまったのだ。天国にいる妻と娘も、もう自分を見捨てているだろう。  
「俺の身体の七十パーセントは機械だが……三十パーセント、生身の部分は残っている。  
 こういう部分こそ不必要なものだと思ったんだがな、案外俺も生身へのこだわりはあるらしくてな… 
…」  
「……何を言っている?」  
「そうだ、天使。お前、名は?」  
「クリエムヒルト……」  
少しだけ不安そうな顔で、天使――クリエムヒルトはカーチスを見ている。なんだ、そんな顔も出来る 
んじゃないか。  
 

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