それは小さな願いでした。
望んだのは可愛い妹。
それも世界を変えることができる高機能を持った妹。
だけど、現れたのは触手を持った人造悪魔。
出会い、戦い、大きな力を越えて。
狂気に満ちた断罪でも切れない鋼鉄の絆を手に入れた。
夢の中で始まる新たな日々。
魔界戦記ディスガイア4始まります。
闇が蠢く魔の世界がある。
魔界と呼ばれるその世界の最下層。
そこにそれはあった。
罪を犯した悪魔たちの贖い場所である刑務所。
そして、罪を犯した人間たちの贖いの始まりであるプリニー工場。
ここは『地獄』。
蝙蝠の翼を生やしたペンギンのぬいぐるみのような生き物であるプリニーたちは
ここで生まれ、ここから『出荷』されていく。
もちろん完成したらすぐに出荷というわけではなく、プリニーたちは
プリニーとしての心構えや規則、役割を出荷日までその魂に叩きこまれることになる。
その任を負うのはプリニー教育係という役職の者だ。
魔界においてはなりたくない職業No.1であるプリニー教育係だが、
表立って軽蔑する者は少ない。
なぜなら現在その任に就いているのは、若くして『暴君』と恐れられ、
魔界最強とされる魔界大統領を打倒して政拳奪取を行い、さらには
神にさえ刃向かった吸血鬼――ヴァルバトーゼ閣下だからである。
「そこでアタシはゾンビたちに言ってやったわけよ――『お前はもう死んでいる』ってね!」
「さすがはおねえさまデス! そこに痺れる憧れるデス!」
そんな『畏れ』の象徴でもあるプリニー教育係の屋敷。
主の部屋へと続く廊下に、魔界には似つかわしい黄色い声が響く。
胸を張って自分の戦果を意気揚々と告げるのは風祭フーカ。
プリニーをモチーフにした帽子がトレードマークの中学生の少女だ。
そんなフーカに尊敬の眼差しを向けるのは小柄な女の子。
フーカの妹であり自称ラスボスのデスコである。
彼女たちはヴァルバトーゼがいるであろう彼の部屋へと和気藹々と足を運んでいた。
「それにしても、本当に『おにいさま』はおねえさまの『お願い』を聞いてくれるのデスか?」
「……まあ、ヴァルっちならなんとかなるでしょ」
答えつつ、フーカは複雑な気持ちになる。
デスコのヴァルバトーゼへの「おにいさま」という呼称についてだ。
デスコがヴァルっちのことをそう呼ぶようになったのはここ数日のこと。
何があったかは知らないが、この妹は彼のことをそう呼ぶようになったのだ。
何か――何かあったのか。
フーカにしてみれば、デスコとヴァルバトーゼに何かあったところで
知ったこっちゃないが――あの執事や天使と戦うときは助太刀するぜ程度
には考えている。
ただ。
なんとなく――寂しいのだ。
デスコが自分の妹であることに関しては最初は嫌々だったが
紆余曲折あって今は認めている。
自分の妹。
欲しかった妹。
まさかラスボスを夢見る人造悪魔が妹になろうとは露ほどにも思わなかったが。
……いや、世界制服を手伝ってくれる高性能な妹が欲しいって言ったのは自分だっけ。
なんにしても妹は妹である。
そして、その妹が自分以外の人間に――正しくは悪魔だが――親愛の情を向けている。
それは別にかまわないが。
おにいさまとして――慕っている。
これがフーカを複雑な気持ちにさせるのだ。
……そりゃあ自分もヴァルっちやフェンリっち、アルティナちゃんのことを仲間として
親しく思っているけどさ。
絶対に声にして口にはしないが。
……絆ってそんなもんじゃん?
心で通じ合ってればそれでいい。
でも、デスコはアタシの……アタシだけの……。
そこまで思ってフーカは勢いよく顔を振って「ムキーッ!」と叫びをあげた。
「どっどうしたのデスかおねえさま!?」
「……なんでもないわ」
突然の奇行に驚いて心配そうな目を向ける妹に姉は呼吸を一つ。
なんだ今の?
アタシは何を想った?
しばし思考してみたがこの感情に当てはまる言葉が見つかることなく、
フーカはまあいっかと吐息とともに肩をすくめた。
その時だ。
前方にある彼の部屋の扉が音もなく開いた。
そこに姿を現したのは、
「アルティナちゃん?」
勝気な顔をした天使なのだがどこか様子がおかしい。
「あれ、ヴァルっちのマントよね」
「そうデスね……おにいさまのマントですね」
フーカはおにいさまという言葉に反応する自分の感情を無視して、まじまじとアルティナを見つめる。
そう、まずおかしいのは天使の格好だ。
彼女はいつもの胸元を大きくはだけさせた服装なのだが、その上から内側が赤い漆黒のマントを纏っていた。
それはどう見てもあの吸血鬼のものだった。
そして気になるのは、彼女の笑み。
前方にいるフーカたちに気づいていないようで、うつむけた顔の口元をほころばせている。
何かいいことがあった――そんな笑みだ。
「どっどどどどどいうことデスか、おねえさま!?」
「おっおおおおお落ち着きなさいデスコ!! こっこういうときは素数を数えればいいってパパが言ってたわ!」
しかし、中学三年生のフーカには素数が何かわからなかった。
デスコもまた同様である。
「デッデスが、どことなく濃密なラブの匂いがするデス!」
フーカもまたその匂いにはついては自慢の嗅覚がすでに察知していた。
中学三年生である。
恋に恋するお年頃。
あの暴君を取り巻く戦争に参戦して略奪愛もいっかなーとかつい先日にも思っていたりするぐらいには
情緒も成長しているわけであるが。
そんな彼女が『男の部屋から出てきていかにも何かありましたうふふと頬を染める女性』の姿を見て
気にならないはずがない。
高鳴る鼓動を抑えながら呟くように言う。
「これは何があったか確かめる必要があるわね……」
「はいデス! できるだけ詳細に聞き出す必要があるデス!」
「ええ、行くわよデスコ! あくまでも自然に」
「はい、おねえさま! あくまでも自然に!」
二人は頷き合い、偶然出くわした風を装ってアルティナに話しかけた。
「やっほー、アルティナちゃん元気―」
「こんにちはデス、アルティナさん」
びくっとアルティナの肩が震えたのを二人は見逃さなかった。
「あっあら、こんにちは二人とも。吸血鬼さんに何か御用ですか?」
フーカは苦笑した。
いきなり話題の選択肢を取られたのだ。
これは慎重にことに臨まなければならない。
「うん、ちょっとねー。……ところで、アルティナちゃん」
「なんですの?」
平静を装ったであろう天使の声にフーカは自分に言い聞かす。
……警戒心を解くのに必要なのは笑顔。そしてできるだけ遠まわしに、間接的に、それとなく聞き出すこと。
まずは軽いジャブ。
「そのマント、ヴァルっちのでしょ? 『徴収』でもしたの?」
「えっ、いえ、そういうわけじゃ……」
悲しいかな、嘘をつけないのが天使の性である。
徴収という言葉に苦笑するアルティナにフーカは二発目のジャブを放つ。
「それ前から気になってたのよね。ちょっとアタシにも羽織らせてよ」
手を伸ばしてマントの裾を掴む――が、困った顔をするアルティナに拒否された。
「そっそれはちょっと……困ります」
「なんで? なんで困るの?」
これは純粋に疑問だった。……少し羽織るぐらい、いいじゃんと。
「そっそれは……」
頬をわずかに赤くする天使の様子にフーカは目を細め「何かある」とデスコに視線を送る。
それに気づいたデスコは「了解デス」と頷き返すことで返事にする。
その間の時間は刹那。
さっとアルティナの後ろに回り込んだデスコが触手で天使の身体を絡め捕り、
「あっ、んっ」
と天使が嬌声を上げたその隙にフーカはマントを奪い取った。
見事なチームワークであった。
……さすが姉妹ですね、と後にアルティナはさめざめと語る。
そしてフーカは見た。
天使が慌てて自身の身体を抱き締めるように胸元を隠すより早くそれを確認した。
彼女の白い首筋に浮かぶ――赤い斑点を。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フーカはアルティナの肌に浮かぶ赤い斑点の正体を知識として知っていた。
とは言っても、それは伝聞でしか知らないし、実際に見たのはこれが初めてで、今目の前にあるのを見ても
これが噂の……という程度の認識でしかない。
「あれ、アルティナさん虫にでも刺されたのデスか? 魔界の虫には気を付けたほうがいいデスよ」
それをまったく知らないデスコにとっては虫さされにしか見えないのも仕方がないことだ。
自分もそのことを知らなければ虫さされと思っていたことだろう。
そこでフーカは一つの事実に気づく。
つまり。
アルティナの首筋にそういうものができちゃうようなことがあの密室で繰り広げられたわけである。
そして、それを隠すためにヴァルバトーゼからあのマントを借りるなり貸し出されたりしたのだろう。
…………。
えー何々そういうことそういうことなの!?
うわー気づいちゃったよアタシ。顔が火照るー。
テンション上がってキターッ!!
「違うわよデスコ」
弁解するアルティナとは反対にフーカは大人の余裕を取りつくろって言う。
「アルティナちゃんはヴァルっちに吸われたのよ」
「ちょっフーカさん!」
「吸うってついに血を吸われたデスか?」
まあ彼は吸血鬼なのでそう思われるのも当然であろう。
しかし、フーカは首を振って否定し、チッチッチと人差し指を左右に振り、
「そうじゃなくて、その、血というよりは、女の子の大事なところ、とか?」
「フーカさん!」
末尾が疑問形なのは照れ隠しである。
……だって、よくわからないし。
自分でも何言ってるんだろうとは思わなくもない。
「ええー! アルティナさんはヴァルっちさんに乙女の大事なところを吸われたデスか!?」
「デスコさん、声! 声が大きいです!」
口に人差し指を当ててしーしー言うアルティナ。
だが相手が悪かった。続けてフーカはしれっと言う。
「吸うだけじゃなく……揉まれたり?」
「なっなんと! アルティナさんは大事なところを吸ったり揉んだりされたのデスか!?」
「もっ揉むとか吸うとか、ふっフーカさん、女の子がはしたないですわよ!?」
天使の言葉にフーカはにやりと悪魔じみた笑みを浮かべる。
「初対面の男に自分は処女ですと言ってのける人に言われたくないわねー」
この言葉にアルティナの動きがぴくりと止まる。
だらだらと汗がにじんでいるようであった。
「どうしてそれを……?」
目に見えてうろたえるアルティナだがフーカたちは無情にも言葉を交わしていく。
「ヴァルっちさんの回想シーンで見たデスよ」
「自分で自分のことをカワイイとか、ねえ……」
「よっぽど自分に自信がないとなかなか言えないデス! さすがはアルティナさんデス!」
「わたくしは処女ですからっキリッ。あ、今はもう処女じゃないんだっけ?」
「黒歴史! これが黒歴史って奴デスか!?」
アルティナは言葉とともによよよと床に膝をついた。
「いや、それは、その、若気の至り、なのに……」
そんな天使の姿に、
……よし、これくらいでいいだろう。
とフーカはごくりと唾を飲み込む。
ちらりと横目でデスコを見ると、力強い頷きを返された。
うん、イケる!
呼吸を一つ挟み、フーカは遠まわしに尋ねようとイイ笑顔で、
「アルティナちゃん、ヴァルっちとヤっちゃったの?」
時が止まった。
この場の誰もが言葉を失った。
フーカは「やべ……直球すぎた」とイイ顔なまま冷や汗たらり。
デスコはそれ以上に冷や汗を流し、「今日の夕食もまたイワシデスか……」と現実逃避して
ことのなりゆきに身を任せることにした。
そして、アルティナはというと――。
ぼふっ。
そんな爆発音とともに顔を今まで以上に真っ赤にした。
「なっなっなっ何を言ってるんですの――――――!?」
「あーもうじれったいわね! 正直に言いなさい! ヤったんでしょヤっちゃったんでしょ?」
「だっだから何を!?」
「そういうのもういらないんだってばー!」
叫び、フーカはうずくまるアルティナの胸を叩いた。
下からすくい上げるように。
発育の良い天使の胸がぽよーんと大きく揺れる。
「ぼいーん!」
「きゃっ、何するんですの!?」
「これであんなことやこんなことしたんでしょ!? 観念して白状なさい!
だいたいこんな、胸を強調するようなエッチな服を着るなんて、嫌味か――――!!」
「淫乱デス! パパが言ってたデス。こういう服を着る女の人のことを淫乱と呼ぶって言ってたデス!」
「それについてはあのクソオヤジを尋問する必要があるわね……。でもまああながち間違いではないわ。
今のアルティナちゃんは泥棒天使あらため……そう――淫乱天使よ!」
「いっ淫乱天使!? やっやめ、やめてくださいフーカさん! わっわわわたくしは!」
「なんと!? 淫乱と天使のギャップですごいエッチな響きに聞こえるデス!」
「デスコ、アルティナちゃんを拘束しなさい!」
「了解デス! おねえさま」
「でっデスコさんまで! ちょ、どこ触って、ひゃんっ」
「全部喋るまで放さないんだからねっ、むきー!」
じゃれあう天使とプリニーもどき、そして自称ラスボス。
その姿は仲の良い姉妹のようであったという――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………、やりすぎたわね」
「…………、やりすぎデスね」
引きつった顔をするフーカとデスコ。
彼女らの視線の先には、
「……はぁ、はぁ、はぁ、お願いですから、もう、やめて……」
息荒くとろけた涙目で二人を見上げるアルティナがいた。
二人の心に得体のしれない何かが沸き起こる。
「やっやばい、アルティナちゃん見てたらなんか変な気分になっちゃった……」
「デスコもデス。なんかこうモンモンを通り越してムラムラしてきたデス……」
フーカはふと思う。
そういえばアタシ、なんでこんなことしてるんだっけ? と。
「さっきから何をやってるんだお前らは……」
後ろからの呆れたような声に三人が振り返る。
そこにいたのは、この屋敷の主である暴君ヴァルバトーゼ閣下だった。
両肩からは、スペアだろう、アルティナが纏っていたのと同じマントを羽織っていた。
「あっ、ヴァルっちじゃん。そうそうアタシ、ヴァルっちに用があるんだった」
涙に濡れた天使にマントを返却し、フーカはそもそもここに来ることになった用件を思い出して
ヴァルバトーゼの方を向く。そこでフーカは見た。
彼とアルティナの視線がぶつかったとき、二人が恥ずかしそうに顔を逸らしたのを。
「なっなんでもありませんわ、ヴァルバトーゼさん」
「そっそうか……」
「……」
「……」
イラッ☆
熱い。熱すぎる。これが惚気という奴か。
だからフーカは蹴った。この温暖化を一刻も早く止めるために。
具体的にはヴァルバトーゼのすねを。
「ぐはっ」
しかし悲鳴を上げたのはフーカだった。思わずうずくまり足の甲をさする。
「なんつー硬さしてんのよ!」
「バカモン!! イワシを食い足りないからだ! イワシを食ってカルシウムを蓄えろ!」
理不尽だぁと涙をうっすらとにじませるフーカ。
と、まてよと思考に「待った」をかける。
アルティナはこのイワシ馬鹿のことを何と呼んだか。
疑問の先、答えが口から出ていた。
「ヴァルバトーゼ……『さん?』」
名前にさん付けで呼んだことにじっとアルティナを見つめる。
「なっなんですの?」
「アルティナちゃん、さっきヴァルっちのこと、ヴァルバトーゼ『さん』って……」
「呼びましたが何か?」
「……ふーん」
「そのニヤニヤした笑みはなんですの!?」
「いやだから、ふーんって」
「ふーんデス」
「デスコさんまで!?」
フーカとデスコがニヤニヤした口元を消し、手を取り合って向き合った。
フーカが声を低くしてささやくように言う。
「アルティナ……」
それを受けて、デスコがアルティナの口調をまねる。
「吸血鬼さん……」
「アルティナよ、俺のことは名前で呼んでくれないか……?」
「はい、わかりましたわ。……ヴァルバトーゼさん」
「それでいい。アルティナ……」
「ああ、ヴァルバトーゼさん……」
がばっと姉妹は抱き合う。そして同時に黄色い声を上げた。
『きゃー♥』
銃声が響いた。
何事かと見れば、アルティナが目を弓にして煙を上げる愛銃をこちらに向けていた。
笑っている。
が目は笑っていない。
「ずいぶんとからかってくれましたわね、二人とも、覚悟はできていて?」
「ごっごめんなさいデス! やるならデスコを! おねえさまは見逃してくださいデス!」
「デスコ……――ってそういうセリフはアタシの後ろで言うもんじゃないでしょうが!」
アルティナを放置して言い合い――フーカが一方的にまくし立てていただけだが――を始めた姉妹に
彼女は嘆息する。――とヴァルバトーゼが腕を組み、視線をこちらに向けていた。
「アルティナよ。それぐらいにしておけ。一応お前は天使なのだろう」
「一応じゃありません! 正真正銘の天使です」
「フッ、そうだったな」
「もう!」
そこで二人分のジト目に気づき、天使と吸血鬼は喉に何かが詰まったような咳をした。
「とっところでフーカ。俺に何か用があったのではないか?」
暴君閣下の言葉にフーカは「ああっそうだった」とスタンプを押すように両手を打った。
「見習いからでいいからさ、アタシにもプリニー教育係をやらせてくれない?」
彼女の言葉に「なぜだ?」とヴァルバトーゼは眉を寄た。
フーカは頬をかき、
「いや、あのさ、この前話したように世界制服が当面のアタシの目標なんだけどさ、
それにはアタシとデスコだけじゃ手が足りないのよね。でもって自分の配下は自分で育てたいじゃん。
だから教育係になってその技術を身につけようと思ってね」
「お前の目標は自分の死を受け入れることだ」
「だから、アタシは死んでないっつーの!」
フーカの死について本人と議論しても埒があかないことを重々知っているので
ヴァルバトーゼはすぐに話題を変えて議論を打ち切る。
「そういえば、お前はプリニー殲滅部隊だったな」
「ええ、そうだけど」
そういう設定だった。
思えばずいぶんの昔のことのような気がする。
「お前には既に自分の部下がいるだろ。まずはそいつらを完璧に鍛え上げろ。
話はそれからだ」
「完璧に鍛え上げたら教育係をやらせてくれるのね」
「ああ、見習いからだがな」
言葉とともに、フーカは胸を張って指をヴァルバトーゼに突き付けた。
「いいわ、約束よ!」
それを受け止め、ヴァルバトーゼも不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、約束だ」
二人の交わした約束にデスコとアルティナも自然と笑みを漏らす。
約束。
自分たちを象徴する言葉があるとするならまさにそれだろう。
約束を守るという意志が自分たちを結びつけた。
それは結束の言葉だ。
「よし、それじゃあ今から特訓よ! 行くわよデスコ!」
「はいデス! おねえさま!」
子どもたちは駆け出し、フーカは大声で配下のプリニーたちを呼び集める。
疾走し、風になる中でふと思う。
――もし仮に、アタシが自分の死を認めたら、デスコはどうなるのだろう。
人間の都合――その人間こそが自分の父親なのだが――で生み出された人造悪魔。
世界制服を目的に作られた生物兵器。
彼女は人間の都合で生まれ、人間の都合で捨てられた。
自分に会えたことを彼女はとても喜んでいた。
それがプログラムされたものだとしても、その気持ちを無碍にはしたくない。
自分がプリニーになってもそんな彼女と今と同じ関係でいられるだろうか。
わからない。
わかりたくない――が。
横目で隣を疾駆するデスコを盗み見る。
――アタシがプリニーになればデスコはまた一人になってしまう。
捨てられたと思うだろうか。
やけになって世界制服でもするのだろうか。
でももし――自分がいなくなってもデスコは大丈夫と思えるようになったら?
なったら……?
どうだというのだろう。
だけど、浮かんでは消える数多の疑問の中で、ただ一つはっきりしていることがある。
これが現実だったとしても夢だったとしても、こうして自分は生きている。
ラスボスの姉であり、未来の魔界大統領の姉貴分であり、天使を友達に持ち、
神をも打ち破った暴君とそのシモベを戦友に持つ奴なんて、宇宙広しと言えども、
自分ぐらいのものだろう。
妹を想い、仲間を想い、未来のバカップル候補をからかい、自分は明日へと進む。
アタシは、『ここ』にいる。
風祭フーカはここにいる。
少女は爽やかな笑顔で屋敷を飛び出す。
その顔は魔界の空には似つかわしい晴れ晴れとしたものだった。
Fin