プリニー教育係室。  
地獄の炎が照らすその部屋の中には今、二人の男女の影があった。  
「さあ、どうぞ。  
 わたくしの血を吸ってください。   
   
 暴君ヴァルバトーゼ  
 ……わたくしの吸血鬼さん」  
ヴァルバトーゼと呼ばれたその青年は驚いた様子で目を見開いていた。  
「ア、アルティナ……」  
一方、アルティナという女性はどこか緊張したような微笑みを浮かべている。  
「はい」  
青年は一つ咳払いをして続ける。  
「俺は、だな……。  
 俺はそのようなことで約束が果たされたとは認めんぞ」  
「だいたいだな、それではお前を怖がらせたのは俺ではなく神の方ではないか。  
 俺が自分の力でお前を恐怖のどん底に突き落としてこそ、約束は果たされるのだ!」  
ヴァルバトーゼは顔を赤くしてそう言い切る。  
その言葉を聞いたアルティナは目を閉じて微笑み、答え始める。  
「いいえ、あなたの力です。  
 わたくしが恐怖を感じたのは、あなたが死んでしまうかと思ったから。  
 本当に怖かった、足が震えてまともに立てなかった」  
「あなただからそうなった。  
 全て……あなたのせい。恐怖を感じたのも、  
 あなたなしでは立っていられなくなってしまったのも、全部……」  
震えた声でそう言い終えると、アルティナは目をゆっくりと開けた。  
炎が二人の顔を赤く照らしていた。  
「アルティナ……」  
ヴァルバトーゼはアルティナに近づくと、その不自然に細い腕をゆっくりとのばす。  
背にまわした手の片方を頭にやり、華奢な天使の体を優しく抱き締める。  
「吸血鬼さん……」  
アルティナも昔とは違い痩せこけてしまった吸血鬼の体を抱き、顔をその胸に寄せる。  
お互いに無言のまま、静かな時間が過ぎていく。  
400年間の思いをを分かち合うように━━━━━━  
 
 
ガタッ  
「うわあーーー!」  
 
突然の大きな音と声に驚いた二人が抱き合ったまま顔を向けた先には、  
見慣れた人影たちが転がっていた。  
 
「いったー! 何すんのよデスコ!」  
「お、お姉さま、違うデス!  
 デスコはエミーゼルさんに押されたデス!」  
「僕のせいじゃない! フェンリッヒの奴がいきなり僕の首を締めてきたんだ!」  
「か、閣下、違うんです。これは、アホどもが閣下に迷惑をかけないように見張ってて」  
「何それ。言い訳?見苦しいわよフェンリっち」  
「だまれ小娘、俺は……」  
 
驚き呆然としていた二人を他所に、にぎやかな罪のなすりつけ合いは進んでいく。  
「フフッ」  
吸血鬼の腕の中の天使が嬉しそうに笑う。  
「どうした? アルティナ」  
「本当に変わったお仲間さん達だな、と思って」  
吸血鬼も笑って言う。  
「何を言う。お前も俺たちの仲間なんだぞ」  
「あら、わたくしも変わっていると?」  
「ああ、俺を恐れなかった人間など変人で十分だ」  
「吸血鬼さん……  
 やっぱり、あなた少しイジワルになったんじゃありませんか?」  
抱きしめる腕に力を入れ、何かを決心したように深呼吸をし、ヴァルバトーゼは口を開く。  
「今こうしていられるのは、お前のおかげだ。  
 お前のおかげで俺は約束の大切さを知ることができた。  
 魔力を失ったからこそ、かけがえのない『絆』を得ることができた!  
 お前がいたから俺はここまで来れたんだ!」  
「だから、謝る必要はない。  
 むしろ、礼を言いたいぐらいだ」  
アルティナもまた強く抱き締め、涙ぐんだ目で笑う。  
「イワシに巡り合えたからだっておっしゃってたじゃないですか」  
「まあそれも事実だが」  
 
「うっひょー! 来た来たーー! ついにヴァルっち大告白!  
 『400年間の時を越え再開した二人は、さまざまな困難を乗り越えついに!』  
 キャー! ラヴよ、ラヴだわ!」  
「デスコもなんだかテンション上がってきたデス!」  
「僕も何故かなんだかドキドキと涙がとまらない!」  
「閣下! 何を!  
 そんな泥棒天使、早く血を吸って捨ててきてしまってもいいぐらいです!」  
「フェンリっちは早く閣下離れをしないとねー」  
「っ……殺す! 今日という今日は絶対に殺す!」  
 
地獄  
━━━魔界の底辺と言われるそこには、いつまでも楽しそうな声が響いていたという。  
 
 

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