「おい、相棒。こいつは一体なんの真似だ?」  
 ベッドの上に手錠で拘束されたギグは、僅かに顔をしかめつつ尋ねた。  
 ついさっきまで、いつものようにダメットと言い争っていたはずなのだが、気が付いたらこの有様だった。  
 どうやら後ろから殴られて、気を失っている間に部屋まで連れてこられたらしい。  
 死を統べる者である自分が不意を突かれてしまったのは、それだけ彼女に心を許している証拠か。  
「…………」  
 リベアはなにも答えず、ギグに顔を近づけるとその頬にキスを落とした。  
「おい、相ぼ――」  
 返事を拒むように、リベアの唇がギグの唇を塞ぐ。入り込んできた舌が、懸命にギグの口内を愛撫する。  
 首に手を回して必死に縋りつくリベアの熱っぽい表情が愛おしくて、ギグは舌を差し込んでリベアの舌を蹂躙する。リベアは驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに悦びに目を細めてそれを受け入れた。  
 互いの唾液を存分に貪り合って、ようやく二人の唇が離れる。間にかかった淫靡なブリッジを舐め取り、ギグは再度尋ねる。  
「それで、なんだってこんな真似したんだよ?」  
 今のキスといい、普段の彼女らしからぬ行動だった。リベアは基本的に無欲で、与えられれば遠慮するし、滅多に自分からなにかを求めようとはしない。  
 リベアは俯いて、感情を抑えつけたような声で呟いた。  
「……ギグ、最近ダネットと仲がいい」  
「そうかあ? 顔合わせる度に喧嘩してるような気がするんだが」  
「口喧嘩するとき、二人とも楽しそう」  
「まあ、あの馬鹿をからかうのはそこそこ楽しいけどな」  
 ギグの言葉に、リベアは「ほら」と悲しそうに顔を歪める。  
「ギグ、私よりもダネットの方が好きなんじゃないの?」  
 今にも泣き出しそうなリベアの表情に、ギグは呆れてため息を零した。ああ、今日はそういう日か、と。  
 確かにリベアは基本的に無欲だ。しかし、月に一度ぐらいの割合でそうじゃなくなる日がある。  
 そうなった時のリベアはまさしく独占欲の塊で、ギグが女性と話していると――たとえそれがレナ様であっても――問答無用で連れ去り、こうして部屋に閉じ込めて体を求めてくるのだ。  
 普段は自分がその立場だから、ギグには今のリベアの気持ちがよくわかる。  
 だからこそ、必死に自分を求めてくれる彼女がどうしようもなく愛おしかった。  
「バーカ」  
 手錠の鎖をあっさりと引き千切り、リベアを抱きしめる。死を統べる者であるギグに、そもそもこの程度の拘束は無意味だった。  
 真紅の髪を撫で、柔らかい唇にキスをして、余計な心配だと教えてやる。  
「俺は相棒しかいらねえ。お前さえ傍にいるなら、他にはなにもいらねえよ」  
「ギグ……」  
 それでも、リベアの表情は晴れない。当たり前だ。誰よりも愛しいからこそ、奪われることが怖くなる。それはギグも同じだった。  
「ならよ、俺を独占できるいい方法を教えてやろうか?」  
「ギグを、独占……?」  
「簡単なこった。相棒が俺のガキを産めばいいんだよ」  
「私が、ギグの赤ちゃんを……?」  
「ああ。そうすりゃもう俺には相棒しか見えなくなるし、誰も相棒から俺を奪おうなんざ考えなくなる」  
(それに、相棒を狙ってやがる馬鹿共も、さすがに諦めるだろうしなあ?)  
 心の中で、ギグはククク、と嗤う。リベアがギグに近づく女性を許せないように、ギグもリベアに近づく野郎が許せない。  
 既に自分は、リベアのものになっている。だから、リベアも自分のものにする。そうギグは決めていた。  
「ギグの、赤ちゃん・……私が、ギグの赤ちゃんを……」  
 リベアの顔から憂いが消える。代わりにその表情が、愛しい人を求める情欲で赤く染まり、溶けていく。  
「産みたい……、ギグの赤ちゃん、欲しいよ……」  
 ぎゅうと、抱きつく力を強めて、リベアは疼く体をギグに擦りつける。自分だけが知っているその甘い声音に、ギグの理性ももう限界を超えていた。  
「ああ、たっぷりと産ませてやるよ……」  
 愛する人の全てを欲する衝動に身を任せ、二人は唇を奪い合いながらベッドに倒れこんだ。  
 
「はぁ……」  
服を脱がせて胸をやさしく撫でると、リベアの口から悩ましげな吐息が漏れる。  
ギグは普段からは想像もできないほど優しい手つきで、リベアの体を優しく愛撫した。  
「んぅ……!」  
巨乳と言うほどではないがそれなりに大きな胸を右手で包みこみ、もう片方の胸の頂に舌を這わせる。  
「いいか? 相棒……」  
耳元で甘く囁いてやると、リベアは忙しく呼吸を繰り返しながら「……足りない」と答える。  
「もっと……、もっと……」  
もっとして、とリベアはねだるように背中に回した手を強める。艶やかな嬌声に背筋がゾクゾクと震えるのを感じながら、ギグはリベアの体を愛撫し続けた。  
里の皆が知れば卒倒しそうだが、『そういう日』でなくとも、交わる時のリベアは積極的だ。  
そこに至るまでは散々照れるし抵抗もするが、一旦行為が始まれば必死に溶け合おうとするかのように縋りついてくる。  
「ん……は、ぁあ……っ」  
リベアの声が、徐々に切羽詰まったものへと変わっていく。焦れたように体を揺すり、少しでも互いの隙間を埋めようと抱きついてくる。  
ギグの舌がリベアの体に唾液を塗りたくっているが、肝心な所には一度も触れていない。太腿まで舌を這わせても、まるで逃げるように離れてしまう。  
「ギグ……っ」  
「なんだ、相棒?」  
全てを承知した上で、ギグが唇をつり上げて笑う。しかしその瞳はあくまで優しげで、それがリベアの体に燻る炎を更に燃え上がらせる。  
リベアの中はその瞳同様、完全に潤みきっていた。ただ募る一方の熱に、リベアは怯えたようにギグの名を何度も呼ぶ。  
「ギグ、ギグ、ギグ」  
愛情と情欲に濡れた瞳から、涙が一筋零れ落ちる。それを舌で舐めとってやると、ギグはようやくそこに手を伸ばした。  
――くちゅ  
「あ、あぁぁぁぁ……!」  
優しい手の感触と淫らな水音に、リベアが体を小刻みに震わせながら軽く達する。指を差しこめば、中の暖かい肉が離すまいと絡みついてきた。  
その感触に昂ってくる衝動を必死に抑えながら、ギグは指を何度も擦りつける。押し込めば更に奥に導こうとし、引き抜こうとすれば拒むように締めつけられる。  
「い、やぁ……」  
 
しかしリベアは、首を横に振りながらギグの腕を掴み、指を抜こうとした。それに怒る素振りも見せずに、ギグはリベアの紅い髪を撫でる。  
「何が嫌なんだ、相棒? こんなに締めつけてんのによ?」  
「これじゃ、いや……これじゃ、なくて」  
「これじゃなくて、なんだよ?」  
わかっていて尋ねるギグを一瞬、責めるような目でリベアは睨んだが、すぐに欲望が勝った。  
「ギグのが……欲しいの」  
不完全燃焼の快感に声が震え、息も絶え絶えになりながらリベアは欲する。  
「ギグの、赤ちゃん、欲しいの。だから……」  
「……っ」  
リベアの言葉に、ギグの体が一瞬強張る。ぎりぎり堰き止められていた欲望が溢れかえり、目の前の少女を貪りたいという衝動が中で暴れ狂う。  
全身が、心が、ただひたすらに彼女を求めていた。  
「ああ、そんなに欲しけりゃ……」  
服を脱ぎ捨て、自分のものをリベアのそこにあてがう。  
「くれて、やるよ!」  
「あ、あああぁぁぁぁ!」  
そしてリベアの最奥まで一気に貫いた。  
ほとんど悲鳴に近い嬌声が上がり、リベアはギグの背に爪を立てた。体を突き破るような快感と、空虚だった穴を埋められた満足感に体が震える。  
しかし、それでもまだ足りなかった。  
快楽を味わう時間さえ惜しいと言わんばかりに、ギグがリベアの奥へと何度も突き上げる。リベアもギグの背に足でしがみついて、一生懸命腰を振って応える。  
もうまともに喋ることもできずに、二人は互いを貪り合う。  
そのまま溶け合ってしまえというほどに――否、必死に溶け合おうとしていた。  
肉体という隔たりすら煩わしい。その体を砕いて魂を引きずり出そうとするように激しく欲望を相手に叩きつけ、叩きつけられた欲望を貪欲に喰らう。  
熱と快感が限界まで高まり、ふと二人の視線がはっきりと重なり合う。  
言葉は不要だった。  
唇を重ね、舌を絡め合いながら、二人は達する。  
「が、ああぁ……!」  
「ふぁ、ぁぁぁあああああ!」  
最奥で二人の欲望を溢れ、混ざり合う。  
入れた時以上の満足感に一度熱が収まり、しかしすぐに更なる欲望が二人をかき立てる。  
余韻に浸る間も惜しんで、二人は再び互いを貪り始めた。  
 
 
「……………………ヤリ過ぎると太陽が黄色く見えるって、マジだったんだな」  
それが翌朝目覚めての、ギグの第一声だった。  
あれから一体どれだけ交わり続けてたのか、さすがの破壊神でもよく覚えていない。  
ただダメットと口喧嘩しているところを捕まったのがお昼過ぎだったので、相当長い時間だったのは確かだ。  
自分の下半身を見てみると、さすがに絞りつくされて朝勃ちもしていない。  
隣に視線を移すと、リベアが何とも幸せそうな顔で眠っている。  
愛しさが込み上げてくるのと同時に、一抹の不安がギグの胸を締めつけた。  
他人に言われたら速攻で半殺しにするが、自分が乱暴でわがままな性格だという自覚はある。  
別に反省なんかしていないし、変わるつもりもない。ただ、それが目の前で眠る少女を傷つけることになるのだけは嫌だった。  
彼女には、幸せであって欲しい。しかし幸せにできるのは、自分以外の男かもしれない。  
誰かに彼女を奪われることは絶対に嫌だ。誰にも渡したくはない。しかし自分の元に留めようとすることが彼女を傷つけるとすれば、一体どうすればいいのだろう。  
(情けねえなー、おい)  
二百年前の自分が見たら、嘲笑を通り越して激怒するに違いない。  
しかし、悪い気はしなかった。  
それほどまでに隣で眠る少女が、愛しいのだから。  
「ん……」  
リベアの形良いまつ毛が震え、深紅の瞳がゆっくりと開かれた。  
そしてギグの姿を映し込むと、その目が喜びに満たされる。  
しかしそれもつかの間、リベアは顔を瞳の色以上に真っ赤に染めて、枕に突っ伏した。  
どうやら、素に戻ったらしい。  
「どうしたんだ? あ・い・ぼ・う?」  
「……うー」  
ギグが悪戯っぽく笑って尋ねると、リベアは枕からわずかに目を覗かせてギグを睨む。怒っているというよりは、単に照れているだけのようだ。  
「何だよその目は? ……後悔、してんのか?」  
答えがわかっていても、声に棘が混じってしまう。ひょっとしたら、少し震えていたかもしれない。  
リベアは驚いたように目を見開いた後、柔らかく微笑みながら首を横に振った。  
ギグの胸に額を当てて呟く。  
「後悔なんて……するわけ、ないよ」  
噛みしめるように、想いを込めてリベアが呟く。紅い瞳に見つめられて、ギグは赤くなった頬を誤魔化すように視線を逸らした。  
たっぷりと愛情を注がれたお腹を軽く撫でながら、リベアはまた微笑んだ。  
「赤ちゃん……できたかな?」  
「んなもん、何ヶ月かしねーとわかんねーだろうが。まあ、これだけヤレばさすがにできてんじゃねーのか?」  
「そっか……。でもこれで、ギグは私のものだよね?」  
――んな真似しなくたって、俺はとっくにお前のモンだよ。  
悪戯っぽく笑うリベアに、思わずそう返しそうになってギグは開きかけた口を慌てて閉じた。  
訝しげに見上げてくるリベアに、ギグは代わりに唇をつり上げて笑う。  
「お前こそ、これでお前は完っ璧に俺様のモンだってこと、わかってんのかよ?」  
ギグの言葉に、リベアは半眼になって睨んできた。軽く膨らませた頬が、不満を訴えている。  
「あんだよ? 言いたいことがあるならはっきり言え」  
その反応が気に入らずギグが眉を顰めると、リベアはギグの胸にもう一度顔を埋めた。  
「……こんなことしなくたって、私はとっくにギグのものだよ」  
「――――っ!」  
自分が思ったのとそっくり同じことを言われ、ギグはもう誤魔化しようがないくらい顔を真っ赤にした。しかし恥ずかしさよりも、ずっと強い愛しさが込み上げてくる。  
ギグはリベアの顎に手を添えて上を向かせると、唇を重ねた。交わっている間のような激しいものではなく、ただ重ね合わせるだけの優しいキス。それだけで、切ないほどの暖かさが胸を満たしていく。  
触れる肌の柔らかさも、そのぬくもりも、別々の体になったからこそ感じられるものだ。  
しかし時々、一つの体を共有していたあの頃に戻りたいと思うことがある。  
別々の体となった今では、相手の心の奥底を知ることはできない。だからどうしようもなく不安になるのだ。  
だがその不安も、こうして触れ合っていればどうでもよくなった。  
体が離れても、心は誰よりも傍で寄り添っている。何の疑いもなくそう思えた。  
一抹の不安が過ぎ去ると、また欲望が込み上げてくる。  
「その様子じゃあ、まだ足りねえみたいだなあ、相棒?」  
唇を離して挑発的な笑みを浮かべるギグに、リベアは潤んだ瞳で笑って答える。  
「うん……もっと、愛して」  
身も心も重ね合わせながら、二人は互いを抱きしめ合った。  
 
 

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