(…ん?あれ?横に何かある?)  
 
(…ダネット?ええと、なんでダネットが居るんだっけ?)  
 
(ああ、そうだ。思い出した…)  
ガジル達との決着から、まだそれ程の日は経っていなかった頃の話。  
 
これからきっと良くなると、明るい予想が出来るはずの世界で、僕たちが手放しで喜ぶ事はなかった。  
別れに犠牲に、裏切り。優しすぎる裏切りにしても、どっちにしたって傷付いて、傷付いて。  
最後の最後になって、心にぽっかり穴が空いた。涙を流したのはダネットだけじゃない。僕だって。  
ちょっと意地悪だけど、頼れる仲間で、戦いの場では戦友で、先輩で、一人の夜には話し相手になってくれた、ギグ。  
 
ギグまで、居なくなって。  
 
 
つい最近の事だった。  
「お、お前に話し相手がいなくなって、淋しがってると思ったから来てやったんです!む、昔は一緒に寝てたんですから今更恥ずかしがる事はありませんよ!」  
半ば強引に、こう言ったその日の夜からダネットは僕のベッドに潜り込むようになった。  
強引にと言ってもイヤと言う程でも無いかったから、追い出したりはしなかった。ただ、話し相手になりに来たと言いながらいつも何も話さずに、すぐに背中を向けてしまうのが不思議だった。  
そう思いながらも僕は、最後には熟睡していた。何故か僕が起きている間にダネットの寝息を聞くことはなかったけど、ダネットの事だから僕の後にはしっかり熟睡するんだろうと思いながら、僕はいつも先に夢の世界に落ちる。  
 
今夜は月の光が眩しくて、たまたま目が覚めてしまった。覚めたと言ってもまだ夢うつつと言う感じで、きっと端から見ると起きてるのか起きてないのか解らない、そんな風に見えると思う。  
 
(…ダネットは寝てるのかな?)  
暗闇、と言っても目が慣れて薄暗い位の天井を見ながら、意識だけゆっくり起こしていく。  
 
体を横に倒すと、背中を向けていないダネットが居た。  
(ダネット…?)  
唇が微かに動いている。  
 
「レナ様…」  
 
「パパ…」  
 
「ママ…」  
 
「ギグ…」  
 
(…)  
月の光が、ダネットの瞼から落ちた何かに反射した。  
 
--------  
(…ここは?)  
風が優しく通り抜ける一番最初の故郷、封印されていた記憶の中の街。廃墟になる前は賑わっていたとまでは行かなくても、故郷と呼ぶに相応しい、優しい場所だった。  
白い壁の教会は日光を眩しく反射して、目を差した。どれだけ走り回っても空の青さと彩りの雲は自分を追い掛けてくれた。  
今日も良い日になりますように。  
アピス信仰はお前には難しくて解りづらいったしれないが、とにかく神様が見ているから悪い事はしないようにしよう。それ位の認識で良いと言ってくれた父。  
昼食の支度が出来たと大きな声が聞こえた。自分を呼び止める、力強くても優しい声の母。  
 
小さな女の子が居た。とても見覚えのあるその子は、茫然と足元の血だまりに涙を落としていた。  
(なんでまた…こんなのをみせるんですか…)  
 
小さな女の子は泣き止み、やがてどこからともなく表れた老人に手を引かれていった。  
(レナ様…)  
老人のもう一つの手には、人間族の男の子。  
「仲良くするんですよ。あなた達は姉弟みたいなものなのですから…」  
割と無口な男の子と、その男の子に興味津々な女の子。そして見守る老人。  
新しい、自分にとってもう一つの家族ができていた。  
 
「私がお姉さんですね!」  
「僕は…弟?」  
限られた者しかいない里では、すぐ皆が顔見知りになった。喧嘩なんかすればニュースになり、悪かった方はレッドフォッドのゲンコツを受けたかと思えば。  
風邪を引けば里中が心配し、母親代わりの人は尽きっきりの看病をしてくれ、薬の手配は里中の者でする程だった。  
旅立つ間際になると生傷が絶えない毎日で、同じ相手と訓練し続けた。  
第二の、いや、第一第二なんて比べようの無い故郷。  
 
小さな子供達はいつの間にか大きくなって、里を出た。一人の付録を連れて。  
「おい!セプーメス!」  
「うるさいです!」  
「まあまあ」  
最初は気に食わなかった。肩書きも危険そのもので、母親代わりの人の頼みでしぶしぶ。  
なのに結局、助けられっぱなしだった。あの人にも、アイツにも。  
 
世界は、旅は決して悪いものじゃなかった。喧騒の絶えない街なみに、果物の並ぶ商店街。テーブルに山の様に並べられた…ポタポタ。  
今まで交流の無かった種族の水の満ちる幻想的な宮殿を見たかと思えば、砂漠のオアシスにあった崩壊寸前の村で、砂煙に塗れながら壁の補修をしたり。  
出会いも数えきれない程に。  
 
その中で生まれてしまった別れ。  
最愛の人の死は、信頼していた仲間の裏切りによって成されてしまった。  
最後まで優しかったあの人も、もう居ない。  
 
「ダネット…いい子…ね」  
(レナ様…)  
 
その傷が癒える暇は無く、次の別れはあった。  
 
最後の最後で格好つけた大馬鹿。神をぶっ殺すと意気込んで、神と一緒に消えた大馬鹿。  
アイツと一緒の体に居た…大馬鹿。これ位馬鹿と言っていれば必ず来るアイツももう居ない。  
 
(…ギグ)  
 
悪い旅では無かった筈なのに、別ればかり目立ってしまった事。そこから思うのは、もう絶対別れたくないという事。  
恥ずかしさを堪えて毎晩来ているのは、少しでも目を離したくないから。  
目を閉じてる間は、存在を温もりで感じられるから。  
 
(お前だけは…)  
 
何かが温かい気がした。  
------  
 
 
「…ん?お前…?」  
ダネットの目が開いた。  
「…なんですか?これ?」  
「…心配だったから」  
手を繋いでみた。ダネットの手は意外と温かいのと、思った以上に柔らかい。  
それと結構…ドキドキする。  
「心配?何がです?…あ」  
目を擦ろうとして気付いたみたいだ。びしょびしょの枕と腫れた瞼。どんな夢を見たのかは聞かない事にする。  
「こ、これはなんでもありませんよ!」  
「…」  
「…って言ってもどうしようも無いですね…」  
 
 
「…お前だけは居なくならないで下さい」  
「うん」  
「それと…ですね」  
「…」  
「ずっと…私と居て下さい」  
「うん…ってそれって…」  
「…」  
大変な勘違いをしそうだった。  
(…いや、勘違いじゃないんじゃ)  
目の前で真っ赤になってる女の子(ダネット)と男の子の僕。  
どこかでギグが「何やってんだ?…やってやれよ」って言った気がした。  
僕の中にギグが居た頃の名残があるのかも知れない。  
ダネットはもう一度目を瞑った。  
 
「ん…」  
 
 
(…柔らかい)  
 
「ずっと…ですからね!ずっとですよ」  
「解ってる」  
(ほら、まだやる事あんだろ?)  
頭の中の声に従って、本能的に。  
抱きしめてみると、ダネットの体は凄く女の子なんだって解った。僕とは全然違うすべすべした肌に、僕の胸を押し返しそうなぽよぽよした膨らみに。  
「あ…」  
「どうしたの?」  
「お前って結構男っぽいんですね。昔とは大違いです」  
「ダネットこそ」  
「…あんなことやこんなことしたいんですか?」  
「僕はあんまりそーゆー事知らないんだけどね…赤ちゃんが出来る位で」  
「そうですか…私もお母さんになるんですね」  
ちょっとそれを言うには気が早すぎる。それと「する」には僕にもダネットにも…知識が足らない気がする。  
(大丈夫だって。俺達神がその体の仕組み作ったんだからな。任せろよ)  
と、誰かが言った気はしたけど。  
「いいの?」  
「いいですけど、ちょっと…」  
「?」  
「…レナ様とパパとママにお誓いを立ててから…」  
 
 
時折アドバイスしてくれる頭の中の声を聞きながら、僕はダネットを。  
 
(前から思ってたがこのセプーメス、イイ体してたな。感覚共有できて良かったぜ)  
 
「お、お前がこんなにすごいとは思いませんでした…」  
失神してしまったダネットからは、久しぶりに熟睡の寝息が聞けた。  
 
あれから一年。復活した(してしまった)レナ様と、何故か久々という感じのしない新たな命として生まれたギグ達と一緒に、僕達は穏やかな暮らしをしている。  
ベビーラッシュは…とにかく日頃無理させているダネットに感謝する事は多い。  
それでも、夕飯の席で顔を赤らめるダネットを見ると、蛋白質の奇跡を発動させたくなってしまう。  
ダネットのお父さん、お母さん、娘さんは元気です。  
 
(おいババァ、最近アイツら頑張りすぎじゃねぇか?)  
(良いではないのですか?それにダネットから聞いてますよ?時々感覚を共有しては…)  
(…役得だ)  
 
 
終わり  
 

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