「あーもう諦めた」  
『いきなり何だよ、相棒』  
 全身を泡まみれにして私は呟いた。その独り言にギグが反応する。  
 クラスター様のお屋敷の浴場は、それはもう豪華だ。  
だけど、それをろくに見ずにお湯を浴びて全身を洗ってはいお終い。どんな浴場だって、やることはいつもと変わらない。  
 それでもやっぱり女だという事は忘れられないし、お風呂でやりたいことは沢山ある。  
例えば、女同士で会話。普段の会話では駄目。大事なのは裸の付き合いってやつ。  
 ダネットとヨストは……種族的にどうか分からないけど、  
ドリーシュはきっとゆっくり湯船に浸かって肌の手入れをしていたりするんだろう。他人の事も気になるのだ。  
 だけどその光景をギグに晒すわけにはいかないし、結局は自分ひとりの問題になる。  
 一時でいいから、女の子してたあの頃に戻りたい。多くは望まない。  
『肉体を手放す気にでもなったのか?』  
「まさかね。ギグに裸見られるのをね、諦めたようかなって」  
 最初の頃はあらゆる抵抗をした。まずは視覚を封じて体を洗った。感触はどうしようもないから諦めたけど。  
自分の身体は自分が一番知っているものの、洗いたい場所が満足に洗えないんじゃ、ただの行水だ。  
ただでさえ上半身の露出が多い服を着ているし、自分で見ていないところが汚れたりしていたら、困る。  
 うっかりミスで自分の身体を見下ろしてしまった時は、ギグの反応が恐ろしくて心が休まらない。  
茶化す言葉で恥ずかしさは倍増だ。  
 要は、言葉が出なくなるくらいに見飽きてくれればいい。  
 そして、あの宣言に至った。  
『クックック……どーぞどーぞ、お構いなく?』  
「じゃあ、目を開けるからね」  
『ん?』  
 お湯を頭からかぶって、泡を流し落とす。  
「ちゃんと、見てよね」  
『んん!?』  
 今更ギグは慌てた声を上げる。いつもは見えたら見えたで何か言うくせに。  
 諦めたとは言ったものの、いきなり自分の目で見せる勇気までは持てなかった。  
曇りのない鏡に映った、椅子に腰掛けた自分。曲線で構成された身体。膨らんだ胸。へそ。そこから、自分の目で見下ろして……鏡に目を戻す。  
「どう?」  
 自分とのにらめっこは、時間が薄められて引き延ばされた気分だった。  
 
椅子に触れているお尻が冷たくなってきた。水滴が滴る音だけがする。そこにギグがポツリと一言。  
『モノはいい』  
「……それだけ?」  
 出会ったばかりの頃に浴びせられた言葉がそのまま返って来た。  
「もっと酷いこと言われると思った」  
『そりゃあ、言いてぇことはある』  
「む、胸が小さいとか?」  
『ねーよりはマシだが、んなもん邪魔なだけだろ』  
「私としては、もっと大きくしたい」  
 乳房を下から持ち上げて、落としてみる。重力に従ってふるふると震えた。  
『……あのなぁ。揺れて痛ぇんだよ! もっと丁寧に扱え!』  
「あ、ごめん」  
 私が痛ければギグも痛い。……のだけれど、こういうのには慣れてたので、この感覚は全然気にしていなかった。  
ギグにとっては『自分には無いモノが揺れてる』不思議な感覚に受け止められているのだろうか。  
「それにしても、丁寧に扱えって」  
 くすりと笑みがこぼれた。  
『将来的にオレのもんになる体だろうが』  
「じゃあ、その将来のギグの体に何かリクエストはある?」  
 まさか、酷いこと考えてるんじゃないだろうな。しばし考えるように唸った後、ギグは言った。  
『いつオレ様が頂いてもいいように、しっかり清めておくんだな』  
「うん、そうする。……そういえば、ギグが私に言いたかったこと、何だったの?」  
『よく見てみるとエロい』  
「――っ!」  
 ……胸は無いよりマシとか、丁寧に扱えとか、エロいとか。  
ほとんど自分が聞き出したんだけど、まさかギグからそんなセリフ聞けるとは思わなかったから。  
不意打ちだよ。  
『おい相棒っ! のぼせながら湯冷めなんて器用な真似してんじゃねぇっ!』  
「ううう……ギグがそんなこと言うから……」  
『諦めたんじゃねーのかよ! 風邪引くだろうが! 衰弱した不良品の肉体はごめんだぜ!』  
 それはごもっとも。しかし、ぶり返してきた羞恥心に私は体を縮こまらせたまま動けずにいた。  
 はたして、ここからどう動けばいいのか。広い浴場に小さく響いた、くしゃみがひとつ。  
 
<おしまい>  
 

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