「はぁ…」  
こういう時、眠れれば良いと思った。無駄にずっと起きてるから、起きてなきゃならないから色々な事を考えてしまう。  
暗闇が怖い訳が無い。僕はファントムだ。  
だから暗い時にする事は、考え事。一人で居なきゃならないから、考え事。  
今、一番考える事は…  
 
「…すぅ」  
夢の世界の…彼女の事。親友二人の遺した娘で、おそらく僕がファントムである以上、一生付き合って行く相手。  
僕は彼女の保護者で、同時に彼女は僕の主人。  
 
…それだけなのか?  
 
またいけない言葉を思い浮かべてしまった。  
最近、彼女を意識した自分を、認めてしまった所がある。  
色々理由を付けては避けてきた。保護者だから、とか。僕はファントムだから、とか。言い聞かせて自分を冷静にした、つもりだった。  
けど、幽霊にも一応時の流れはあるらしくて、僕の思考だけが変化を続いてた。  
年を取らない体と、追い付いて来た彼女。精神的な成長。  
今じゃ対象にできる程の時間を、彼女は進んできた。  
 
僕たちの距離は、生者と死者と言う絶対的な境界で分け隔てられている。  
僕の実体化と言う技は、その壁を超えられ無かった。  
体温も無く、感触も擬似的な物でしか無い。ただ存在を見せる為だけの技にしかならない。  
 
「アッシュ…」  
「…」  
「アッシュは…ファントムなのに…」  
 
 
毎晩聞く彼女の寝言と、見てしまう涙。僕の名前は、何度も呼び出されていた。  
 
 
全てが終わって、マローネが沢山の人の信頼を手に入れた日。  
これで僕の手から離れていくかも知れないと、少し淋しく思った時。マローネは誰よりも、僕に感謝してくれた。この言葉だけで僕は、今までの関係を続けて行こうと心に誓えた。  
つもりでいた。  
 
昼間、久しぶりにお化け島に帰ってきて、マローネの「感謝」の抱擁を受けた、その夜。  
部屋の隅でくつろぐ僕に、寝間着の彼女が寄って来ていた。  
 
 
「ね、ねぇ?アッシュ?」  
「うん?」  
「お願いがあるんだけど…」  
「なんだい?」  
「あのね…昼間の…もう一回したくて…」  
「?」  
「そ、それでね!今度はコンファインしてから…したいなって…」  
昼間の時、僕は実体化の状態で彼女を受け止めていた。  
コンファインをした場合は、状態が大きく違ってくる。感触もはっきりして、僕は限りなく人間に近い存在で彼女に触れる事が出来る。  
 
正直、正気でいられる自信が無かった。  
「え!?…ええと…」  
「…ダメ?」  
「構わない…けど」  
 
 
二度目の抱擁は、一度目と違って暖かい感触を僕に伝えた。まだまだ成長途中でも、ちゃんと女らしく成長したマローネが、僕の腕の中にいた。  
 
確かにコンファインした甲斐はあったと思った、矢先だった。  
 
「アッシュ…」  
「うん?」  
「…何も感じない?」  
「ううん、ちゃんと温かいよ?」  
「それだけ?」  
僕を覗き込むマローネの瞳が、今までと違っていた。何か不安そうで、目が離せなくなる瞳。  
 
「…」  
「…」  
 
無邪気さが消えて、僕に何かを望む様な目をしていた。  
返事が、難しかった。  
 
沈黙が、これ以上無い位息苦しい。両方が動けない、そんな雰囲気があった。  
 
「君は…」  
「…」  
「君は…ヘイズとジャスミンの娘」  
「…っ」  
「僕は…二人の友人で、君の保護者のアッシュだ」  
「うっ…ぐすっ」  
けじめはつけるつもりでいた。マローネの前でそれを口に出す事。これだけ思っていても、その心構えを変えるつもりは無かった。  
 
実際のマローネは、僕の理性を簡単に打ち砕いた。僕がマローネを泣かせる事なんて有ってはいけない。  
マローネの瞳に涙が溜まるのを、  
僕は、誰よりも。  
 
望まない。  
 
「…けど」  
「…え?」  
「もう、泣かせたくない」  
「…アッシュ?」  
「…目を瞑って」  
「あ…」  
「…いい?」  
「…うん」  
何をするかは、マローネも解ってたと思う。触れた場所は柔らかく、始めての緊張からか小刻みに震えていた。  
 
「ん…」  
「ん…」  
 
永く、感じた。  
 
「アッシュ…」  
「ごめん…やっぱりあの二人に悪い気もするな…」  
ほんの少し、二人の怒った顔がよぎった。  
「…ううん。お父さんもお母さんも、アッシュなら良いって言ってくれると思うわ」  
「そうかな?…」  
「…私の気持ちだけじゃ駄目なの?」  
「あ…ごめん」  
「もう!」  
マローネの膨れっ面を見て、ほんの少し緊張が和らいだ。  
 
「…アッシュ?」  
もう一度、探る様な目が覗いた。マローネの表情には、もう緊張が戻っていた。  
「…私…ね。アッシュに全部あげるって…」  
「え…あ…」  
「わ、私も成長したから、それくらい知ってて…」  
「マ、マローネ!」  
「良いの…決めてたから…」  
「…お母さんになっちゃうかも知れないんだよ?僕…そういうの知らないし…」  
「い、良いの!アッシュと私の赤ちゃん、お父さんとお母さんも喜ぶと思う!」  
 
むしろ怒られると思った。  
それでもマローネの純粋さは止まるつもりが無いみたいで、僕も応えた。  
 
「じゃ、じゃあ…」  
「わ、私のベッドで…」  
 
二階への階段が、信じられない程長かった。  
 

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