本日の昼食は邪悪学園の食堂名物、魔界サーモンのムニエル(500HEL)。
値段に反比例して味も量も申し分ない、学食人気メニューだ。
無精なプリニー達が調理したにしては中々に美味しいそれを食べながら、私こと魔法剣士のアリアは、ふと窓の外を見た。
「おいコラ、てめぇデカイ図体して通行の邪魔なんだよ、おぉ?」
私の見知った顔が、数人の優等生に囲まれてカツアゲされていた。
優等生が「デカイ図体」と言った通り、カツアゲの標的になっている私の知り合い、重騎士のジョナサンは中々に長身だ。
加えて、普段からゴツい黒鎧を着けているものだから、廊下なんかで見かけると結構目立つ。
ジョナサンは優等生達に対し、両手をひらひらと動かして何かを喋っていた。
優等生の大きな声ならともかく、ジョナサンの声は窓越しだからあまり聞き取れないが、どうやら「話し合い」で解決しようとしているようだった。
ここから分かる通り、ジョナサンは「不良」である。
元々の性格からか、滅法強い斧使いのクセしてあまり戦いを好まないし、性格だって温厚そのもの。
だが、ジョナサンを囲む優等生達はそれが気に障ったのか、はたまた調子に乗ったのか、さらにジョナサンに絡んでいく。
いよいよ優等生達が手を出すか否か・・・そこでジョナサンが、溜め息をついたように見えた。
次の瞬間、重い音が数回・・・。
ジョナサンに絡んでいた優等生は、一人一回ずつ延髄にチョップを喰らって昏倒した。
正確無比な手刀で優等生を昏倒させたジョナサンは、手をぷらぷらと振ってからもう一度、大きく溜め息をついたようだった。
――こんな奴になるなんて思いもしなかった。
小さい頃から姉弟同然に育ったジョナサンは、昔は身体も小さくて気も弱い、ホントに悪魔なんだろうかと思ってしまうくらいの弱虫だった。
いつも私の服の裾を掴んで後からついてきて、低級の悪魔にちょっと驚かされたくらいでピーピー泣く。
よく近所のチビッコに泣かされていたのを慰めたり、報復してやったりしたものだというのに。
『アリアねーちゃ〜ん、びぇ〜!』
『ジョナサンどうしたのー、おねーちゃんに言ってごらん』
それがいつものやりとりだった。
・・・・今ではあの通りだ。
ピーピー泣いてた泣き虫は成長して、寡黙な「男」になっていた。
けっこーなレベルの不良で、たまに校庭で飼ってる動物の世話をしてるのを見たりする。
一号生筆頭のマオさんからはかなり信用されてるっぽいし(私もだが)、昔からは想像もできないくらいに強くなった。
こちらに気付いたジョナサンが、ひらひらと手を振ってきた。
口元まで覆う鎧で表情はあまり分からなかったが、薄く細まった目で微笑んでるのがわかった。
こっちも手を振って応えながら、私は少し溜め息をつく。
「時間の偉大さを感じるわね」
「確かに、姉さんが片肘ついて焼き魚頬張るなんて光景は昔は考えられなかったですから」
むか・・・。
独り言のつもりだったが、いつの間にやら近くの席に座っていた顔見知りがそれに律儀に答えてきた。
「えぇ、私もあんたの口の悪さがそこまで加速するなんて考えてなかったわ、ヒューイット」
振り返りつつぎろりと睨んでやる。
向かいの席では、純白のロングコートに身を包んだ青年が、しゃきっと背筋を伸ばしてシーフードサラダをつついていた。
アーチャーのヒューイット、私の実弟でジョナサンとは同い年の親友。
ちなみに昔ジョナサンを一番よく泣かしていたのはこいつだったりする。
それが今や親友とは、やはり流れた時間は大きい。
こいつもこいつで、姿勢やら言葉遣いやら態度やらは、不良のように隙がない。・・・が、本質的には超ドSな優等生だ。
俗に言う「ワルぶっている」というやつである。
「冗談です。確かに僕だってジョナサンがあんなに変わるなんて思ってませんでしたからね」
「やっぱりそう思う?」
そう言いながらもう一度窓の外を見ると、もうジョナサンはいなかった。多分、授業に行ったんだろう。
再び視線をヒューイットに戻すと、その顔はなにやら含んだ笑みを浮かべていた。
「なによ・・・・?」
「いえ・・・・あいつね、結構モテるみたいですよ?」
にやにや笑いながら、ヒューイットはずれていた眼鏡を人差し指で持ち上げる。
・・・・へー、そうなの。
まぁ、ジョナサンも鎧のせいで分かりにくいけどスラリとした長身だし、顔立ちだってシャープに整ってる。
人間界じゃ少し前に「チョイ悪」が流行ったそうだし、魔界は今それが流行ってるんだろう。
不良がモテるってことは・・・・もしかして、このヒューイットも・・・?
「隣り、いいかしら?」
そんな私の思考を遮るように、隣りの席の机にティーカップがコトリと置かれた。
続いて私の隣りの席に腰を下ろしてきたのは、これまた私の見知った顔。
私の親友という位置づけになる、僧侶のリナリーだった。
隣り大丈夫かと私に訊いた割には、私に話しかけてくる様子はなく、そわそわもじもじ、時折ティーカップに口を付けつつ、と落ち着きがない。
見るともなしに、リナリーの視線を追うと・・・・・・・ヒューイット。
よくよく見ればちょっと顔を赤らめてるし、・・・・あらあら、マジですか。
「あぁ・・・リナリーさん、姉がお世話になってます」
ちょっとばかりアクティブさに欠けるリナリーが話を切り出せないのを見て、ヒューイットが助け舟を出す。
姉がお世話になってます・・・・とは、中々に不良っぽい社交辞令だ。
しかもこの、白い歯をうっすら見せたすがすがしさ120パーセントの「好青年☆スマイル」。
うぅむ、我が弟ながら見事な男前ぶり。思わず殴りたくなる。
それに対し、リナリーはますます顔を赤らめる・・・・あちゃー、見てらんないわ。
「あ、うん・・・えっとね、ヒューイット君」
「はい、なんでしょう?」
――やんわり目を細めるな! 歯を輝かせるな!
「あぅ・・・・・」
――そこ! さらに赤くならない!
「わ、わたしね・・・武器を・・・弓に変えようかな・・・って、思うの。それでね、ヒューイット君に・・・・えっと・・・・」
そこまで切り出すのが限界のようで、リナリーはそこまで言い終えると両手をもじもじといじり出す。
対し、ヒューイットは笑顔を崩さずに答えた。
「えぇ、僕でよければいくらでも教えますよ。先にプリさんの所で待ってて下さい、僕も食べ終わったらすぐに行きますから」
「あ、ありが・・・ありがと・・・う・・・・・」
礼を言うのもそこそこに、「多分これ以上赤くなったら死ぬんじゃね?」というレベルまで顔を赤くしたリナリーは、ティーカップも放置したままで席を立って走り去った。
まぁ、あの大人しいリナリーがあそこまで言ったんだから上出来だろう・・・相手がヒューイットな辺り、目はかなり曇ってるみたいだけど。
だがまぁ、恋する乙女が美しいというのは本当らしい。
最近リナリーが綺麗になってきたと思ったら、そういう事だったのね。
知らず、本日何回目かの溜め息がこぼれば。
「はぁ・・・、私にもイイ感じで熱上げられるオトコ、いないかなぁ」
そんな私の言葉に対し、今度はヒューイットは溜め息をこぼす。何よ、その反応は。
「まぁ鈍感というか何というか・・・脳を回す分の栄養が「そっち」にいってるんですかね」
訝る私の神経を、聞こえよがしの皮肉がちくりと刺す。
ヒューイットの視線は、冷ややかに私の胸・・・分かりやすく言えば乳に注がれていた。
皮肉を受け入れるわけじゃないけど、確かに私の胸はかなりデカいらしい・・・・が、脳の栄養云々は聞き捨てならない。
「失礼ね、少なくとも全身赤色のニジっぽい奴よりはマシよ。・・・・っていうか何あんた、姉の乳で欲情?」
「まさか。すくなくとも胸の豊かさでは姉さんよりはリナリーさんの方が勝ってますし」
さらりと受け流すヒューイットは、小さく「ごちそうさまでした」と言って席を立った。
「まぁ、僕には助言くらいしかできませんし、基本的には姉さんで解決してください」
トレイを持って立ち去ろうとするヒューイットの背中に、言葉をかける。
「なに? リナリーに弓のレクチャー?」
「まぁ建前上は・・・」
こらこら、学級会で何する気よ、あんたは。
「不安になる言い回しね」
「では『姉さんより豊かな胸の持ち主を襲って骨抜きにしてきます』とはっきり言った方が?」
うわー、親友の貞操の危機。
でも別に私は助けません。それが悪魔。っていうかそれを阻むと別次元にいる色んな人が怒りそうだし。
半分くらいは絶句してる私を置いて、ヒューイットは立ち去ろうとする。
が、その前に私はヒューイットに貰うべき言葉があることを思い出した。
「ヒューイット、あんた自分で言った助言、忘れてるわよ」
ぴたり。
ヒューイットの足が止まる。
「あぁ、失礼しました」
そういってヒューイットは振り返り、
「庇護欲って、時間が経つと情愛に変わるそうですよ。相手の成長を感じるなら尚更だそうです」
涼しげにそういい残して、今度こそ去っていった。
へー・・・・そう、・・・・・はぁ、なるほど・・・ねぇ。
庇護欲・・・情愛に・・・・成長を感じて・・・・ふむ・・・・
まぁ、けっこー・・・・背も伸びて・・・・肩幅も・・・・・
強くなったし・・・・男前にもなったし・・・・・・
モテるでしょうね、確かに・・・・あいつの言った通り・・・・・ふむ
うん、助言はかなり核心をついてたみたいね。
私、かなり動揺してるみたいです。
<続く>