「・・・・・・最悪ね」  
ベッドの上で半身を起こしながら一人つぶやく。  
最高に最悪な気分。  
ヒューイットの馬鹿から妙なアドバイスを貰ったせいで、ジョナサンの事が頭から離れない。  
マオさんに連れられてアイテム界に潜っている時でも、ふと廊下ですれ違った時でも、傍にジョナサンがいるとついつい目がいってしまう。  
 
悪魔らしくピンととがった耳だとか、  
光に透かしても茶色にならない、真っ黒な髪とか、  
鎧に隠れていても、雰囲気を漂わせるたくましい腕とか、  
 
触ってみたいなぁ、とかバカなこと考えてみる。  
おかげで、敵に囲まれてピンチに陥って、そこをまたジョナサンに助けられるから、さらにジョナサンに意識がいっちゃうという悪循環。  
しまいには眠っていても夢の中にジョナサンが現れて、何を言うでもなくうっすら微笑み続ける。  
どんなに成長しても、その穏やかな笑顔だけは小さなころの弱虫ジョナサンと変わらない。  
それに不覚にもドキンとして目が覚める・・・・・・で、寝不足。  
 
本日も例に漏れず、夢の中でジョナサンに超近距離から微笑まれて、史上最高の心臓バクバクでお目覚め。  
すごい量の汗もかいてるし、脚の付け根あたりは、汗とは別でちょっとベタベタしてる。  
なにやってるんだろ・・・・今日はただでさえ、修羅アイテム界に潜るから体調は万全にしないといけないのに。  
 
とりあえずお風呂入らないと。  
まだシパシパする目をこすって、私はバスルームに入った。  
 
 
   
―――そして数時間後  
 
 
 
「あ〜も〜〜〜〜! 最悪・・・・」  
近くの酒場でカウンターにうなだれる。  
顔だけ持ち上げてメニューを見るともなしに見ていると、それを遮るような形でグラスが置かれた。  
中ではゆらゆらと、液体がアルコール特有の屈折を湛えている。  
身体を起こして、カウンターからグラスを差し出した男を見る。  
「僕のおごりです、遠慮なくどうぞ」  
まぁ、このくだりまでなら悪い気分ではない。  
・・・・・ただし  
「悪魔にセブンスヘブン(第七天国)飲ませようとは良い趣味ね、ヒューイット」  
その紳士が弟のヒューイット(バイト中)でなければの話だが。  
寝不足と修羅アイテム界での疲れで、けっこう鋭くなってる眼で睨みつけるが、ヒューイットは涼しげにシェイカーを振り出した。  
・・・というか、これだけ疲れてる私に対して、なんで同じ場所で戦ってたこいつは、まだバイトするなんて余力を残してるんだろう?  
(確かこいつのレベルって、私より1000くらい上だっけ・・・・・あー、なんか腹立つ)  
とりあえずは寝不足のせい、ということにして、私はグラスを手に取った。  
 
まぁ、度数の高いお酒だし、泥酔したい今日には丁度いいかもしれない。  
なにせ今日「も」ジョナサンに目がいきがちになって、修羅達にかなりヤバい局面まで追い詰められた。  
それを助けてくれたのは例によってジョナサンだったし、マオさんからは怒られるわ、勇者と王女様の新婚カップルからは本気で心配されるわ、サルバトーレさんからは「使えん奴め」とか言われるわ。  
(一応サルバトーレさんよりは強いんだけどな、私)  
まぁ、最近ではおなじみになってしまった一日だったわけだ。  
思い起こすとまた恥ずかしい一日。別れを告げるべくグラスを勢いよく傾ける。  
喉と身体を灼く甘美な劇薬。一気に全部飲み干して、叩きつけるようにグラスを置いた。  
「お見事」なんて笑み混じりなヒューイットの言葉も聞こえないふり。  
 
ああ、でもこのセブンスヘブンってほんとに強いお酒だわ。  
なんだかいい気分。一杯飲むたびに、私の周囲の世界から音が消えていくような感覚。  
 
二杯目。  
「姉さん、それ何杯も飲む酒じゃないですよ・・・」  
聞こえない聞こえない。  
 
三杯目  
「ほら、も・・・目が据わ・・・て・・・・・あぁ、いら・・・しゃいジョナ・・・ン」  
んー、視界が回り出してきた。っていうか今、誰か入ってきた?  
 
四杯目・・・  
「アリ・・・さ・・・・・・・し・・・かり・・・ヒュー・・・ット、悪・・・けど水」  
んふふ、いーきぶん。ありゃ、じょなさん・・・きてたんだ。  
わるいけど、ありあねーちゃんは、ただいまでいすいちゅーでーす・・・んふふ。  
 
 
 
そして五杯目・・・  
ここで、意識が途切れた。  
 
 
 
 
 
 
そして今、酔い潰れて目を覚ましたらそこが酒場じゃないってのは、どういうビックリなんだろう?  
 
 
 
 
 
目覚めたのはいいけど、どーにも頭が痛い。やっぱり調子に乗って飲みすぎたようだ。  
「目、覚めた・・・?」  
横合いからの声に振り向いてみれば、そこにはジョナサンがいた。・・・・・なんで?  
(・・・・・・あ、鎧姿じゃない)  
なんで? とか混乱してる割に、変なところに気がいってる私。  
ジョナサンはいつもの黒鎧ではなく、簡素な室内着を身にまとっていた。  
いつもは隠れている口元まではっきり見える。  
精悍な顔も、広くなった胸板も、意外と絞られている全身が・・・全部、見えた。  
 
「起きて、平気?」  
椅子に腰掛けて本を読んでいたらしく、ジョナサンは手元の本を机に置いて近寄ってくる。  
「あ、え・・・・え? ジョナサン・・・・? なんで、ここに?」  
「ここ・・・俺の部屋」  
あーはいはい、そりゃあなたの部屋ならあなたがいて当たり前よねあっはっは・・・・っは・・・・はぁ!?  
慌てて周囲を見渡す。うん、確かに私の部屋ではない。間違いなく違う。  
「酒場でアリアさん、酔いつぶれて・・・ヒューイットに頼まれて運んできた」  
「えっと・・・送ってくれって?」  
「いや、酔っ払いで店の景観が台無しになるから持っていってくれって」  
・・・・あんにゃろう。  
「そ、そう・・・・で、なんでジョナサンの家に?」  
「俺も、アリアさんの家まで送ろうと思ったんだけど、ヒューイットが・・・」  
またあいつ・・・?  
「酒臭い奴を家の中に入れるなって。それで、俺の部屋に・・・・・」  
よし、あいつ今度会ったらオメガスター決定。  
一人で憤怒の炎を燃やしていると、ジョナサンはすっくと立ち上がった。  
どうしたのかな、なんて訝る私を尻目に、そそくさとジャケットを羽織るジョナサン。  
「え? ジョナサン、出掛けるの?」  
何気なく言った私に対して、ジョナサンは少し気まずそうに答える。  
「アリアさんかなり酔ってたから・・・・看病で、ついてたけど・・・・やっぱり、まずい。一応オトコと・・・オンナだし。気分悪いの直るまで自由に使って・・・合鍵、置いとく」  
寡黙なジョナサンにしては珍しく一気に言い切ると、彼はそのまま部屋のドアを開いた。  
 
 
「あっ・・・・・」  
その背中を呼び止めようとしても、なぜか言葉が出てこなかった。  
「アリアさん」・・・・もう昔みたいに「アリアねーちゃん」だなんて呼んでくれない。  
「オトコとオンナ」なんて言って、昔のような気持ちではないんだと、痛いほどに思い知る。  
自分の事を「俺」という・・・・あぁ、もうジョナサンは「男の子」から「オトコ」になったのね。  
もう泣き虫ジョナサンじゃないんだ・・・私は、もう「優しくて大好きなねーちゃん」ではなくなったんだ。  
 
何ともなく手を伸ばしても、彼にそれが届くことはない。  
広くなったはずの彼の背中がやけに小さくて、それは、彼が遠ざかっている事を私に思い知らせる。  
ぱたん・・・・。ドアの音が、やたら小さいはずなのに、この一人の部屋ではよく響いた。  
 
それを合図に・・・・・  
「あ、れ・・・・・」  
涙が出た。  
 
 
もちろん嬉し涙じゃないけど、でも悲しいわけじゃない。  
ただ、ただ大きな、感情の高まりが形になったもの。  
その涙が私に気付かせたものは、ヒューイットの助言と同じで・・・・  
私が昔と変わらず、いや・・・・・昔とは全く違う意味で、  
 
―――ジョナサンが大好きだってこと。  
 
 
 
ぼろぼろ涙を流すのがなんだか悔しくて、身体を投げ出すように、再びベッドへ横になった。  
枕に顔を埋めて、身体を丸める。  
「・・・・・」  
その枕から、ジョナサンの匂いがした。  
小さい頃じゃれ合ってた時には感じなかった、確かな「オトコ」の匂い。  
すんすんと嗅ぐたびに、私の頭からは酔いの痛みが抜けて・・・代わりに、もっと厄介なものが入ってくる。  
あぁ、頭がぼーっとして・・・・お腹がキュンキュンってしてくる。  
なんだか、頭を・・・感覚を、ジョナサンに犯されてるみたい。  
脚の付け根が自分でもわかるくらいに、じんわりしてる。  
好きな男の枕の匂い嗅いで濡れるなんて、私・・・すっごい変態さんみたい。  
でも止まらない。ジョナサンの匂いで、身体が熱くなってくる。  
 
もっと、もっと変になっちゃいたい・・・・  
「オナニー・・・・しよっかな?」  
しよっかな? とか言ってる割に、指の行動は早かった。  
 
 
 
<続く・・・・っていうか続け>  
 

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