空。  
たなびく雲が柔らかな黄金色に包まれ、静かに通り過ぎていくのを、フロンは見詰める。  
見えるのは、それしかなかった。  
背に回る腕は、力が込められ苦しいほどで。肩を握る手は熱く、時折震えた。  
抱き締めてくる男の呼吸と胸の上下が、貼りついた布ごしに伝わる。  
夕日が最後のきらめきを放つと、醸し出された赤紫が辺りを緩やかに暗色へと深めていく。  
緑野の匂いを帯びた風が重く流れ、長い金の髪を滑らせた。  
少女の眼に、男のきつく結ばれた唇が映る。それが解けて紡がれた言葉に、フロンは息が出来なくなった。  
「なんで、そんなことを言うんだ!?あんた四日前、オレ様をフッたじゃないか……!」  
血さえにじんでいるかのような問いに、自分がいかに残酷なことを告げたかを悟る。  
「役目?使命!?知るかよ、天界も魔界も!償わなければならない罪も!それは、あんたの望んだことじゃない!!」  
「でも私はカギなんです。二つの世界を、つなぐ――」  
だが、開いた唇にアクターレの唇が重なり、一切の否定が封じられた。  
 
――ラハールさんの訪れはいつも唐突。夜の静寂に、短く叩きつけるように――  
――日が続いたと思えば、半月以上も間が開いて――  
フロンの髪は、頭の横に緩くまとめられ、身体の下には男のコートが敷かれていた。  
細かな気遣いを当然のように行うアクターレに、少女は戸惑う。  
翼や尾も気にしてくれる優しさに、彼の女性に対する慣れを感じ、どうしてか落ち着かなかった。  
胸部に、じわじわ染み出すような悦が続く。  
首のリボンは紐解かれ、露わになった乳房に男の舌があった。  
弾かれ続けるそこは甘く痺れ、反対側は指が丁寧に擦り上げている。左右の入れ替わる空白さえ暖かみに満ちていて。  
こんな優しい愛撫を、フロンは知らなかった。  
――ラハールさんがジッパーを下ろしたら、顔を埋める――  
――零れ出てきたら、それを飲む――  
彼女が学んだのは、男の舐め方、吸い方、触り方。  
脚のふるえが止まらず、反射的に膝頭を強く擦り合わせたことに、フロンは困惑した。  
下肢に、耐えられないほどの興奮を覚えているのに気付いたからだ。  
体とショーツの境に現れた蜜の存在も、彼女をひどく驚かせる。  
自らの変化が信じられなかった。感覚を疑う間も、続けざまに吸われ「あっ」と発した声とともに、溢れた雫がシルクの紗布を重くした。  
腹部へと、舌先が想いを綴るように下りていく。何気ない場所すら、唇があたると心地良さに、肌が応える。  
遠くばかりを探るようなもどかしい刺激かと思うと、不意に指が、鋭く高い波を胸にかえしてきて。  
かろうじて声を堪える間に、また服はゆるみ、身体が夜気に晒される。  
男は、柔らかな金の飾り毛に指を絡め、大切に梳いた。  
「なぁ、これ解いてくれよ」  
足の間からしっぽを手にしながら、フロンに願う。  
彼女の尾とレオタードは、意思によって一体化しているからだ。  
だが、フロンが頭を左右に振った。自ら解いて見せるなど、恥ずかしくて、とても出来なかった。  
そんな彼女にアクターレは、怒るでもなく尾に触れる。ピンクのリボンは、微かな衣擦れをたてて形を失った。  
フロンの体が、大きく揺れる。  
「な…何してるんですか!?」  
「何って……。まさか、触ってもらったことないのか?」  
質問の意味が汲み取れず、少女の表情は不安げなままだ。  
男が眉を、きゅっと顰める。明らかに苛立つ気配。だが眼はすぐに和らぎ、愛撫が再開された。  
両手で大事に尾を持ち、先を口内に含んだのだ。  
「…あっ!」  
熱が伝わり、ぞくりとフロンの背を興奮が突き抜ける。  
それは、巧みな舌戯だった。  
裏も表も曲線も縁も、ゆるゆると這っていく舌に意識がさらわれた。皮膚に昇るのは細かく強い、あわだち。  
「ん、ん…あぁ、ん…」  
堕天して三年。突然生えたしっぽを、少女は振る以外に使い道を知らず、まして感度があるなど考えもしなかった。  
それが今、尾は触れられた刺激を簡単に悦に変え、呼吸を乱れさせてしまう。  
細長いラインを辿るように、何本もの指が行き来する。長く、まっすぐ流れるように指の間をくぐらせ、軽く微かに捻りながら遡る。  
バラバラに絡んだ指…吸い付くように包み込んでくる、手の平の厚み。  
どこか馴染むのは、髪の毛の一房を弄ぶ感覚に似ているからと気付く。  
 
蠢く舌が、指の戯れに続いていく。フロンは、ハッと眼を見開いた。  
ついばむ唇が、根元へ向かってきているのだ。  
女性器に顔を近づけられる羞恥に、慌てて一体化を解いた。  
なのに。  
「きゃ!?…だ、駄目です!」  
茂みを掻き分け、口付けてくるではないか。  
「…ここにキスされるのも、初めてか…」  
息が充血した陰核にあたる。  
「待っ!ふ、あぁっ」  
身を捩って後退る少女に、男は。  
「逃げないでくれ!あんたを…連れてってやりたいんだ、最後まで」  
女の体の、行き着くところまで。  
彼は、口に出さずに手を握り、懇願するよう彼女を見つめた。  
 
俯く少女を前にアクターレは数ヶ月前、出会った当初の頃を思い返していた。  
久々に出会った、熱く語れるヒーローマニア。  
それが可愛い女の子なことに、男の心は少しばかり浮き立った。  
大人しげな印象は最初だけ。話が高じると、たちまち顔は紅潮させ、ひたむきなまでにヒーローを論じる。  
彼女の素直な姿に好感を覚えていたが、間近で見るうち、その魅力に心くすぐられた。  
アクターレは己の内側で、急に食指が蠢くのが分かった。  
ファンなら、少しばかり“構って”も平気だろう…と計算が働きだす。邪な心が、密かに欲望をたぎらせた。  
少女の紅く澄んだ瞳が細くなり、そこにふわりと光が弾むのを眺める。  
さらさらと揺れる淡いピンクの上着を脱がせる算段は、すでに組みあがってた。  
男は大きい手振りで視線を逸らせ、半歩進めて距離を縮める。  
案の定、フロンは接近に気付かない。  
「ですから、戦隊全員がピッタリ揃えてキメるには、出だしに工夫が必要なんですよー!」  
彼女の耳に、微かに息が当たるように。  
「…そうだね」  
と呟くと、フロンの体が弾かれるように反応した。  
感度の良さに感心しながら、スッと身を引く。  
訝しげに少女は、何か…変?と思いながらも、気のせいですよね、と心のなかで払い消す。  
アクターレはその時間を計ってから、ゆっくり微笑んだ。  
女の子を安心させる笑みを、男は心得ていた。優しい顔と口調と態度で振る舞えば良い。  
今まで失敗したことなど無いのだ。  
「おや、疲れちゃったかな?」  
囁きに含まれる声の艶を、フロンの心臓はダイレクトに受け取った。しかし、彼の変わらぬ表情に、自分は自意識過剰なのかもと恥ずかしくなる。  
意識しだすと、途端に頬が熱くなった。  
誰かに赤面した顔を見られはしないかと、周囲に目を走らせる。人の気配の無さを確認した途端、男と二人きりだと気付く。  
離れようとした少女の膝が、カクッと揺れた。  
「大丈夫かい?」  
好機と手を差し出す。押しつけぎみにならぬよう、しかし避けにくい位置に。  
案の定、フロンはそれを断ろうと体を引いた。  
「…きゃぁ!」  
ヒールが災いし、不安定な体が後方へと転ぶ。  
予想外のことにアクターレも慌てるが、フロンは自発的に男の手を握るのが躊躇われ、結果、助けを拒むことになった。  
ならばと、男も思考を変える。  
「立ちたくないのかい?でもそこじゃ痛いだろ。だったら…」  
アクターレは真横に足を伸ばして座り、少女を自分の膝に引っ張り上げた。  
「こっちにするんだな」  
驚いて声も出ないフロンに、先手を打って諭しにかかる。  
「変なことされないか、心配かな?」  
「い、いえ、そんな…!」  
「キミが上に乗っている状態で、悪さなんて出来ないさ」  
乗り方次第だけどな? と、それは聞こえぬように。  
 
羽を思わせる軽さと、弾力のある肉感。  
座っているせいか、フロンのほっそりした体は、先程よりも小さく見える。  
だがその時、アクターレは彼女の胸に秘められた不安定さを、感じ取っていた。  
けれど、彼に内面まで踏み込むつもりはない。いま楽しめればそれでいいのだ。  
「…可愛いな。天使っていうのは、みんな キミみたいに優美で華奢なのかい?」  
アクターレのストレートな言葉にどきりとするフロン。口説きに、ではない。天界での記憶に心が痛んだのだ。  
だがその隙に、髪の毛へ口付けされ、戻り掛けた顔色がまた赤くなる。  
「堕天使と言うけど、ぼくはキミのどこが『堕』ちてるのか、わからないよ…」  
 
考えを打ち切り、アクターレは現実に立ち返った。  
「余裕を持たせて…そうだ」  
フロンは言われるまま、彼の熱した楔に、しっぽを巻き付ける。  
奉仕や従うといったものではない。彼の求めた行為が、二人で気持ち良くなるためのプロセスと信じられたから。  
これまでだって、そうだったから。  
事実、男性器を巻くことに精神は高揚し、溶けるような感触を拾い上げる。  
――ラハールさんが離れていくのは、満足させてあげられないから――  
――エトナさんを追ったラハールさん。二人を仲直りさせてしまった私――  
自分達はカギ、天界と魔界をつなぐカギ。  
背負ったものへの責任、守りながら変えていく使命、重責を…強く感じた。  
その日以来、二つの世界を愛で包もうと色んな努力を行ってきた。  
けれど同時に育っていったのは、責務を果たさないラハールに対する、焦れ。  
――大丈夫、ラハールさんには愛があります――  
――愛があれば、どんな困難も乗り越えられるはずです――  
しかし、いくらそう信じても。フロンは常に、どこか苦しかった。  
その時だ。  
『何でも愛の範疇にしていたら、それこそ真の愛を逃してしまうぜ?』  
それを口にしたのは、肩で風切るダークヒーロー。  
二人で居たのに、一瞬誰が喋っているのか判らなかった。  
悪魔の彼が、愛を語るなんて。  
愛の見解を示してくれるなんて。  
呪縛が自縛で、まやかしだと彼が諭してくれるなんて。  
……周囲の誰も乗ってくれないヒーロー談義。  
冷めた目、頬に汗。  
貼りついた笑い、肩をすくめて。  
なのに彼は最初からヒーローで、自分の心を沸かせてくれた。  
楽しくて、魅せられて。いくら夢中になっても許される。  
それどころか、熱するほどに喜んでくれる。こんな心が満たされることなんて無かった。  
だから。以前の自分なら考えもしない卑怯な方法を選び、これまで続けてきたのだ。  
好きだと言われて。…断るしかないのに。  
拒んでおいて、それを今日。  
『こうしてアクターレさんと会えたのも、カギの役目を授かったからこそです。使命に感謝ですね!』  
なんて…酷いことを。  
 
アクターレの目に映った芯芽は、彼女と同じくらい慎ましやかで、愛らしく見えた。  
この小さく、傷つきやすい一点に触れる男が自分だけと聞いたのを思い起こし、何もかも忘れて食らい付きそうな衝動を無理に抑える。  
そっと優しく、いたわるよう舌をあてた。紙一重の刺激で痛みに変わる敏感な場所だけに、慎重に。  
「あ…ん、ああっ…あ!」  
声に苦痛の響きは無い。それどころか、しっぽは別の生き物のように、忙しなく絡み出してきて男を煽った。  
 
一定のリズムで吸い付かれ、うねる悦にフロンの体が傾ぐ。  
吸い付く…そう。秘部に当たるのは、人の唇と舌。  
今更と思うけれど、恥ずかしくてたまらない。  
そんな所の味まで知られてしまった。  
もう愛撫なんてしないでと思うのに、絶え間なく駆け上がるぞくぞく感に振り回され、言葉にならない。  
「…くっ…あんん…っ」  
焦りも苦悩も惑いすら、瞬くような愉悦に洗い流された。  
 
じくじく重くなる波に、絶頂を意識するフロン。  
乱れた息の下、淡い期待と不安が入り交じる。  
しかし、急にかさの増した濁流に、恐れが勝った。  
「やっ…!」  
止めようと身じろぎ、強張った手でフロンは必死に男を押さえる。  
「ごめんなさい、止めてください!」  
「どうしてだ?」  
「こ、恐いんです。アクターレさん…私、イクの恐い…っ」  
か細い声をのどで詰まらせ、おののき震える。  
「大丈夫だ、恐くなんかない。ほら掴まってな」  
「でも!」  
「ごめんな…けどあんたがイクまで、止めるつもりはない」  
「え…あっ、嫌!?」  
先程とは打って変わって強引に。泉に舌が、浸された。  
 
アクターレは知る限りの知識を動員して、頂上への道を探った。  
彼女の反応は、さっきよりいい。声もしどけない。僅かではあるが花芯も膨らんでいる。  
けれど、すぐなはずの目的地に辿り着ける気配が無かった。  
つのる恐怖と緊張が、まだ覆せないのだ。  
これでは続けたところで、苦しい思いをさせるだけ。  
アクターレは身を起こし、避妊具を取り出した。  
内側から高める必要があると感じたからだ。  
未発達の性感では、内と外は繋がりが薄いことがある。そのため外で無理な場合、中でイクのはもっと難しい。  
しかし、体の緊張を解くため、あえて内側を刺激することにした。  
静かに深く、息を吐く。  
胸に悔恨がわだかまる。  
“諦めると決めただろう、引き返せ”と咎める声に背を向けた。  
ゴムの袋を噛み、指で端をピッと裂く。唇で少し押し、摘みだした中身を性器にあてるまでに、先端を潰して。  
するりと取り付け、ピチピチッと引っ張り、装着を終えた。  
 
男の慣れた手付きに、唖然とするフロン。  
こんなところでモタつくなど有り得ない、としてきた彼の常識が、少女の心に波紋を呼んだ。  
――いつも持ち歩いてるんですか?――  
――随分早く、付けられるんですね…――  
熟れすぎた果実に爪をたてたように、何かが溢れて滴り落ちる。  
底から、ぐうっと迫り上がるものの正体が、フロンにはまだ分からなかった。  
 
少女は、堕天の理由を聞かれた日の記憶を手繰る。  
相手はラハール一人だったが、男の肌をくぐり、フロンは性というものを理解するようになっていた。  
容姿こそ幼さの抜けぬものの、その奥に、しっかりと、知識も理解も携えて。  
魔界という土壌で、現れては荒れ狂う生々しい欲を過敏に察知し、自衛するようになっていた。  
だから、判ったのだ。  
「どこが『堕』ちてるのか、わからないよ…」  
問われた時に、男の意図とするものが。  
少しためらった後、気持ちを整え彼に告げた。  
「あの、アクターレさん!私、聞きたいことがあるんです。質問にお答えしたら、教えていただけますか…」  
そんな自分を意外そうに見た彼を、フロンは忘れられないでいた。  
嬉しいけれど、肩透かしされたような、複雑な顔。  
真剣な瞳で正面から向かっていると、いいよ、と涼やかな声がした。  
 
「えっ、愛?」  
思わずフロンは聞き返していた。  
「あるんだろう?あんたには、燃え上がる真の愛が!」  
軽薄だった風情が抜けていた。  
時間をかけて打ち明けた事情と悩みに、本気で答えてくれたのだ。  
しかも、愛という単語を中央に据えて。  
喜ぶのは早計と、彼女は自戒した。思いこみの激しさを以前から自覚していたから。  
二、三の遣り取りの後、アクターレは首を傾げた。  
「何で、そんな卑下するんだ?」  
「だって私、男性を満足させられないんです…」  
口調が責めるものになるのを感じ、抑えようと語尾を濁す。  
「違うな。あんたが方法を知らないだけさ」  
否定の言葉が、フロンには闇夜に灯った明かりのように道を示して見えた。  
 
それから十数分後。  
アクターレはフロンの目線を確認してから、指を彼女の内側に潜り込ませた。  
「ほら、締めてみな。…そうか。あんたは、右のここから盛り上がっていくんだな。なら、上手くすると、こっちの粒々に当てられるぜ」  
口では普通に説明を続けていたが、アクターレは彼女が判らなくなっていた。  
身持ちの堅い子なのに、どうして触らせてくれるんだと。  
男として見られてないのかと疑い、そんなはずはないと考え直す。自暴自棄か、それとも好意か。  
転んだ彼女が、男の手だからと自分を拒んだのは、ほんの少し前。  
それが今、自分の膝の上に脚を広げて座り、体をいじらせている。  
レオタードの局部をめくる手を除けもせず、露わにされた女唇に指を飲ませて。  
アクターレの背筋に、ひたひたと後悔が這う。  
暗殺命令、人間勇者、天界、堕天、カギと使命…最後は促して聞いてしまった。  
内面まで踏み入る気など無かったはずなのに。  
「力抜かずに、少し動いてみな」  
「…はいっ」  
性技を覚えようと努める姿が、いじましかった。  
心の離れた恋人を取り戻したい、その為なら多少のことは厭わない。  
こんな女の子もいるのかと、少し心がざわついた。  
「…そう、上手いじゃないか」  
純粋な想いを見守りたくなったり、刈り取りたく思ったり…矛盾を感じながら、彼女に男を喜ばせるすべを教えて、日を終えた。  
 
彼とフロンは、話をするだけのほうが多かった。  
“方法”を教えて貰ったのは、片手で余るぐらい。  
欲望があるのは分かるのに、彼は行為に移ろうとはしなかった。フロンも移そうとしなかった。  
あの日も、話だけで。帰ろうと歩き出した時、足元で金属音が鳴った。  
「あっ、ペンダントが…!」  
堕天使となったフロンに、首飾りは必要のないものだった。  
今は、魔界にいても、力を吸われて死ぬ危険は無い。それでも、思い出の多いペンダントを、身から離すことはなかった。  
そっと拾い上げた鎖に、いつもの手触りは無くて。  
それはロケットで、開いた内側には、見知らぬ子供達と女性の写真が入っていた。  
「か、返してくれ!」  
一瞬掴み損ねるほどの慌てぶりに、意表をつかれる。  
「奥さんとお子さん…ですか?」  
「違うっ!それは、母ちゃんと……」  
スターのイメージに似合わない呼び方に、バツが悪く感じたのだろう。ふて腐れた表情で口元を押さえ、あらぬ方向を見やる。  
フロンの頬に笑みが零れた。それも、とびきりの笑顔。  
「家族愛ですね!!」  
さっきまでの空気を吹き飛ばす勢いだった。軽やかに語尾が弾む。  
悪魔の家族が幸せそうに寄り添い、手を繋いでいる写真など初めて見たため、フロンは興奮していた。  
やはり愛を語る人は、愛を教わって育ったのだと。  
この写真の人達も、愛を知っている。彼が自分に語ったように、この人達もどこかで愛を広めている。  
 
フロンは嬉しくて仕方がなかった。  
「呆れないのか?」  
おずおずと聞く彼が、不思議だった。  
「呆れる?どうしてですか?」  
「仮にも、ダークヒーローが…悪の伝道師が、家族を大事になんか…」  
「いいえ、これは愛です!愛に悪魔も天使も関係ありません!」  
胸に手を添え、喜んでいる彼女が、男には信じられなかった。  
紅い瞳が熱を持って見つめるから、呼吸も出来なくて。  
近すぎて逃げ場が無い。邪な心が醜く思え、恥ずかしくてならなかった…。  
写真を見ても笑顔でいてくれたフロンに、心惹かれた。  
いや、初めから惹かれていたのだ。  
ただ覚悟を決めるところまで来ただけのこと。  
他の男のものと抱かずにいたのも、見守りたいわけじゃない。  
…わかっていたのだ。  
けして、手放せなくなると。  
 
二人は互いに同じ記憶を辿っていたとも知らず、目線を重ね、また逸らした。  
アクターレが局部を合わせた瞬間、彼女に硬い緊張がはしる。  
張り出したエラに、入口の粘膜がひくつくのがわかる。  
ゴムの潤滑効果を見込みつつ、苦痛をあたえぬよう、時間を費やして埋めようとした。  
ぐっと狭まっては、招き入れようと蠢く秘腔。  
半分飲み込んだ花のいやらしさに、陰茎が更にいきりたつ。  
「あ、ぁ…ふ…っ」  
上ずる声は、いつしか涙を含んでいた。  
楚々とした彼女の奥が、これほど淫らに溶け崩れ、男を絡めて離さないと知るのは自分と…――ラハールだけ。  
力ばかりが突出した威圧的な少年の陰に、心が灼けつく。  
振り払うように腰の動きを強め、深く貫いた。  
情欲に駆られるまま、穿つ。  
彼女の内側が自分のかたちに拓いているのを思うと、そこでも興奮した。  
「んっ!あ…あぁ!」  
揺り動かす度に手のなかで踊る乳房は、透きとおるように白く、膨らみは少し幼い。  
しかし、すべらかな手触りは例えようもなく、弾力は指を押し返すほどだった。  
上に乗せたら、キレイだろうと思う。肢体のラインを愛で、揺れを楽しんでみたかった。  
だけどまずは、彼女を天上に連れて行かなくては。  
行き過ぎる前に動きを止め、フロンの体を休ませた。苦しげな呼吸が収まるのを待って、行動を開始する。  
淫唇を広げ、芯芽を擦った。  
「えっ、アクター…は、ぁあ…んっ」  
声はほどけ、体に力が入らないようだ。  
睫毛から涙滴が零れる。  
内側は燃えるように火照り、ぐうっと締めてくる。締め上げられたところに波打たれ、声が出そうになった。  
本気で意識を持っていかれそうだ。やばいな教え過ぎたぜ、と自嘲する。  
打ち付けたいが、彼女の集中が途切れてしまう。それでは意味がない。  
気持ちをこらえ、迫り来る衝動を耐えた。  
「…っあ、…は、あっ…っ」  
次第に強張っていく彼女の体に、手応えを覚えた。  
角度とリズムと強さを変えぬよう、指を擦り続ける。  
アクターレの手が震え、汗が髪にほつれた。  
彼女の体は、今やどこもかしこも力が込められ、熱く浮き上がっていた。  
「っ…ぅ…っ…はっ」  
脚に筋が見えた、次の瞬間だった。  
「――あ、あッ、ああ――あっ!!」  
フロンの体が、がくがく大きく震え、手足の先まで跳ね上がり、揺れた。  
「んっ!んうぅっ、っ――!」  
全身に広がった歓びが、乱反射を繰り返す。  
一、二分経っただろうか。緩やかに意識の戻ってきたフロンが男を見る。  
「…ぁ、何……わ、私…?」  
アクターレは微笑むと、彼女の頬に唇を触れ、涙を吸った。  
 
彼女の余韻のなかに、突き入れる。  
夢見心地だった表情が、また悩ましげに変わった。  
先程、かろうじて切り抜けた以上の悦。内側のあらゆる場所が蠢き、こらえきれない快美の連続が生まれ、圧倒された。  
しなる裸身の奥に、突くと締まる場所を見つけた。反応の良さから、感じる力が伸びているのを覚り、ひどく嬉しくなる。  
フロンもまた自分の変化を感じ取っていた。  
暖かな湯が染み出るような。それでいて、じくんじくんと疼くものに驚く。  
「ん…んっ、は…はぁっ…ん」  
腹腔からの喘ぎは、男の体に低く響いた。  
「声、変わってきてる。…可愛いな。感じてるのが分かるぜ」  
「そんな…やっ!あ、ああ…」  
彼はもう一度「可愛いよ」と繰り返した。  
耳に語りかける言葉の優しさに、仰け反るフロン。男は、そんな彼女の額の汗をそっと拭い、はりついた髪を整える。  
 
ふと、アクターレに疑問が湧いた。  
今まで、こんなに相手を愛おしく思いながら、可愛いと告げたことがあったろうか?  
腕の中の柔らかな存在に、こんな胸苦しくキスをしたことも。  
言葉自体はどれだけの女性に囁いたか、分からない。  
そのうちの何度か…女の指を飾ろうとしたことがあった。  
だが、脳裏をよぎるのは、ぐしゃぐしゃの雑誌記事。  
ファン、あるいは共演した女優の名とともに、曲解されたものを事実と突き付けられ、責められた。  
開き直って、相手を次々変えて…それで楽になるはずもなく。  
痛みだけを繰り返して、アクターレは自分に求められているのが、富と人気、知名度だけと知った。  
そして最後…数十年前。  
大事にしてきた家族を、悪し様に言われた日。  
女性と連れ添う未来を、バカげたことと打ち棄てたのだ。  
 
フロンを想うだけで、意識に熱が混じり込む。本気がどういうものか、今更教わった気がした。  
甘い香りに胸を満たす。打つ度に雫の零れる潤んだ場所に、早さを変えて奥へ。  
「あっあっ、はっ、は…んんっ」  
閉じられた瞳、涙の伝う頬、震える唇、耳まで赤くして懸命に。  
弾む胸、しがみつく手、広がり波打つ髪、膝に絡む尾。あまりに綺麗で目が奪われた。  
再び彼女の体の燃える気配があった。発汗から、ひょっとすると二度目の波を越えさせれるかと思ったが、開発には時が必要で。  
急に男の目が眩んだ。勝手に体が昇りつめていく。意識は飛ぶ寸前だった。  
いくら自分を抑えても、保ちそうにないと諦めた時。  
「はっ、あっあんっ、ア…クターレさん…!」  
「!…フロンッ」  
がむしゃらに、スパートを掛けた。  
彼女が望むなら、形の保つ限り応えようと。  
意地や計算なんか、どうでも良くなった。汗が飛び、髪が散る。  
立て続けに、深い場所を狙う。きつく、激しく、獰猛な抽送。  
背に小さな軽い痛み――爪?  
驚いたことに、彼女の震えが痙攣に変わったではないか。  
フロンが最奥で、自分の性器で絶頂を得ている――!  
「…っ……ぅ、っ…」  
すすり泣きに似た喘ぎと同時に、強烈なうねりが襲い来る。陰嚢もろとも吸い取られてしまいかねない衝撃。  
一瞬の空白ののち、男は噴き上げるように白液を迸らせていた。  
 
少女をアクターレは大切に、抱き締めた。  
「綺麗だ、フロン」  
彼女の瞳が惑い伏せられる。しかし、その寸前、小さく熱が宿るのを、男は見逃さない。  
「駄目だ、そんな顔しても。もっと夢中になるだけだ」  
アクターレはロケットを握り締めた。  
ずっと隠さなければならかった、自分の大切な部分…家族。  
悪魔の家族は、たいがいが放任主義だ。親のを倒して跡を継ぐのが普通で、憎みあいも当然のこと。  
親を気遣い、弟妹を思い、いつも会いたいという気持ちは、蔑まれるものだから。  
それをフロンは、優しく扱ってくれたのだ。自分が思うのと同じように、大事に。  
そして、今度は自分がフロンを大切にする番だと。  
 
「教えてやりたいんだ。あんたがどれだけ、いい女かって」  
双方が服を身に付けた後、囁くように始まった男の告白は長かった。  
アクターレの口から溢れた想いは、フロンにも響いていく。その真摯さは疑いようもなく、経緯も納得のいくものだった。  
その終わりは早口で、しかしまっすぐ向けられていた。  
「好きになってくれるだろ。オレ様のこと」  
積み重なった気持ちが、かえって少女の口を閉ざしていた。  
決断も保留も、出来ない。  
だが心を推し量る間、耳に届いた男の声に、フロンは動けなくなった。  
「天使なら、オレ様を救ってくれよ…」  
天使という名称に、救うという願いに。  
一気に体が冷えていくのに手の平にだけ、汗が浮く。自分がどんな顔をしているのか、見当もつかなかった。  
アクターレの眼が紫色に陰る。  
「…そうだったな。あんたは、ラハールのために…」  
言わなくてはいけなかった。自分は堕天使、天使とはもう役割が違うのだと。  
そしてあれは彼のためじゃない。  
…あなたを誘っていたの、と。  
けれど、心の奥底で自分を嗤う者がいた。  
ラハールさんを繋ぎ止めれもしないのに、この人に愛し続けて貰えると思ってるの、と。  
フロンは、にわかに立ち上がった。  
わからなかった。  
私には、使命が、カギが…思考はループするばかりで。  
立ち上がったはいいが、やはり口が開かない。  
「もう、悩まないでくれ…悪いことしたな」  
ぐらりと世界が傾いた気がした。  
 
弾かれるように、少女は走り出していた。  
足は止まらなかった。何度も転びかけ、途中からはヒールを手にして駆けた。  
えづくような息にむせ、喘ぐ。  
悪いことをしたのは…本当に悪いことをしたのは。  
漆黒の塊じみた後悔に圧される苦しさで、心が叫んでいた。  
――どうして私、ラハールさんのところに向かってるの。どうして――  
――好きな人から、走って遠ざかってるの――  
 
行き着いた答えに、嗚咽が漏れた。  
耳元で、男の声が甦る。  
『それこそ、真の愛を逃してしまうぜ?』  
――愛を騙って、悪いことしたのは、私――  
拭っても拭っても。手はいつまでも、濡れ続けた。  
 
 
まだ深い夜のなか、男はゆっくり息を吐いた。  
薄い膜のように張った雲の隙間に滲む光が、去ったばかりの少女にも降っているはずだった。  
来週から約束の時間を、ここ以外の何処で過ごせばいいのか。  
考えることさえ、出来そうになかった。  
 
【終わり】  
 
 
 

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