広々とした平原に、魔物達の群れと、魔物と人が混在した軍勢が対峙していた。魔物
達の方は支配者が変わり居なくなったと思われている、魔界で暮らしている者。混在し
た方はとんと忘れ去られ、いまだにいまいちな知名度を誇る魔王、ラハールの軍勢だ。
その中で先頭を切った侍が手を振る。どうやら続けという合図らしく、後ろに数人の戦
士と一人の小柄な青魔法使いが駆ける。
青魔法使いのサフィールの前方を侍が走る。軍の中でも最高の実力を持ち切り込み役
を務める、リンだ。先輩で魔法の師匠である星魔法使い、リズと同期になる。
リンがゆっくりと刀を構える。歩くような、違和感の無い動き。そのまま口を開いた。
「凛、参る! 続けっ!」
よく通る声で叫ぶと共に刀を横に振りかぶり、魔物達へ突進していく。
――銀光一閃。
大きく踏み込みながら一文字に斬りつける、すべてが一挙動で完成された動き。数体
を残して魔物達が消滅する。続いて、優しい、まるで包み込むような声が響く。
「たゆたう水の力よ……」
斬りつけた動きを補うように、サフィールが魔法を解き放つ。弱った残りの魔物達に、
地面から追い討ちの巨大な氷が突き出た。氷は正確に直撃し、魔物達は完全に消滅した。
軍勢の皆が歓声を上げる中、リンが一人立ち尽くす。怜悧な視線をサフィールに向け、
ゆっくりと歩み寄っていく。
「サフィール、後で私の部屋に寄ってくれない? 大事な用事があるの。――そう、大
事な」
「はい、別にいいですけど。どうしたんですか?」
サフィールの問いに、リンの目が細められる。まだ戦地にいるせいか、表情は険しく
て鋭い。体から無駄な力は抜けているが、双眸からは強い意志の力が見受けられる。し
かしサフィールには、その顔が戦地に居るのに柔らかいものに思えた。
「二人きりで、誰も居ない場所で話したいの。駄目かしら?」
「了解です」
別段断る理由も無く、素直に頷き、そのまま魔王城へと帰還する列に加わった。
祝い代わりのラハールさまの賛美歌が鳴り響く魔王城内。戦闘を終えた者達がぞろぞ
ろと時空ゲートから現れる。出迎えに来た者達に、一際目立つ人物が居た。美しい金髪
に、つり眼がちな表情。ぴんと伸びた背筋に、きっちりと正面を見据えた顔。星魔法使
い、リズだった。リズは、帰還してきた者達に見知った人物がいたので声を掛けた。澄
ました声が響く。
「あら、サフィールお帰り。きちんと役目は果たせたのかしら?」
それに、柔和な笑顔を浮かべながらサフィールが答えた。
「あ、先輩。ばっちりですよ。相変わらずリンさんが凄い勢いで斬りこんでいくので、
とっても楽ちんでした」
「彼女は強いから。相手が宇宙魔族でもお構い無しよ。一対一ならアルゴスとかでも狩
れるじゃないかしら」
リズが、これであの癖さえなければね、と小声で呟いた。
「え?何がですか?」
内容が聞き取れなかった様子のサフィールが問い返してくるが、リズは何でもない、
と押し返した。そのまま話題を切り替える。
「そういえば貴女、この後に何か予定は無いの?無かったら一緒にお茶でもしない?」
言われたサフィールはそうそう、と言った表情で応じる。
「あ、先ほどリンさんに呼ばれてたんですよー。まだ時間が有りますけど、遅れたら嫌
なので、お先に失礼します」
そのままゆっくり歩み去るサフィールを見やりながら、リズの心に不安が浮かぶ。
「リンの呼び出しって……まさかとは思うけど……」
魔王軍兵舎女子寮の中に、その場所はあった。
その部屋は散らかっていた。と言っても、ごみ等が落ちている訳ではなく、床などを
見れば、目立つ埃等は落ちていない。代わりに散見されるのは、おそらく脱ぎ捨てたで
あろう緋の袴や、動きやすく限りなく軽量に切り詰められた千早。各種日用雑貨と合わ
さって、見事な混沌を形成している。その中で、布団の周りと、窓際に置かれた対面す
る形で椅子が置かれているテーブルだけは美しさを保っている。
布団の上に、浴衣姿の一人の女性が寝転がっていた。魔王軍の切り込み隊長である、
侍のリンだ。すらりとした長身を横たえたまま、寝ぼけ眼で何処を見るとも無しに欠伸
をする。流れるような黒髪は、乱れるもいいところのくしゃくしゃっぷりだ。顔が怜悧
なため、惚けたと言うより、瞑想をしているかのようだ。
ドアをノックする音がする。
「リンさん? サフィールですけど」
その声を聞いたリンは立ち上がり、軽く伸びをする。その動きも一つ一つが洗練され
ていて、その分寝癖の黒髪に、寝ぼけ眼が相乗効果で不揃いな印象を与える。
「いらっしゃい。鍵は開いているわ」
「はい、失礼します」
鉄扉を開けて、穏やかな花に良く似た少女が入ってきた。少女は入ってくるなり、呆
気に取られた顔をする。
「ぷっ。リンさん、その髪、どうしたんですか? 折角の美人が台無しですよ」
綺麗に乱れた髪を見やってサフィールが鈴のように笑う。つられてリンの顔も緩んだ。
「一応、気を付けるようにはしているのだけど、どうしても関心が薄れてしまうの。部
屋もこの有様だしね。座って。特に見るものは無いけれど、歓迎するわ」
そう言ってついと視線を向けた先には、先ほど戦闘で使っていた衣服や雑貨が所狭し
と放置されている。テーブルの窓際側に座りながらサフィールが又笑う。豊かな髪が少
し揺れた。
「だってリンさん、この部屋あんまり使わないでしょ? いつも修錬場やアイテム界に
一人で潜ってるから、使う暇なさそうだし。余り使わないなら、散らかりぎみになるの
は仕方ないかと」
「……それ、フォローのつもり? まぁ、貴女みたいな客人が来たときに少し困るけれ
ど」
リンも対面側に座りながら話を続ける。
「掃除はやってるから綺麗なんですけど、どうして片付けはやらないんですか?」
「休むのに使う場所だから、清潔な必要はあれど整頓されている必要は無いのよ」
「そんなもんですか?」
「そんなものよ。貴女達みたいに食後のティータイムを楽しむ人たちとは感覚が違うと
思うわ」
それを聞いたサフィールは、少しだけ真面目、といった顔で説明を付け加える。
「でもあれも重要なんですよ〜。男性の精神鍛錬みたいなもので、女性の場合は心を凪
に保たないと巧く魔法が使えなくなるんです。……知ってると思いますけど」
「……ええ、リズから聞いたわ。軍に入りたての頃は、どうやったら一番効率的にリラ
ックスできるか考え続けて、挙句の果てに寝不足になって魔物にボロ負けしてたわ。…
…本人はそんなことおくびにも出さないけど」
興味深い話を聞いた、という顔をするサフィール。何かに気付いて、斜め後ろの窓際
を注視する。リンに背中を見せたまま、話を続ける。
「へぇ〜、そうなんですかぁ。ところで、この黄睡蓮は? リンさん、余りこの部屋使
わないのに。お花は手入れが大変ですよ?」
「それはね……」
リンは穏やかに口を開きながらサフィールに近づく。そのまま、ゆっくりと後ろから
抱きすくめた。長身のリンの手は、緩やかに腰に周り右耳へと顔を近づける。
「リンさっ……」
サフィールが花を見つめたまま、後ろからの手の感触と、耳元の暖かい息に驚く。
「貴女の為に今日、生けたの。貴女にとてもよく似合うと思って」
よく通る声がいつもとは違う、艶のある響きを含んでサフィールに届く。戦場で見せ
る姿と違うけれど、根幹に流れるものは同じ、芯の強さを感じさせる。リンの顔が直ぐ
脇まで来ていて、少し振り向けば頬と頬が密着してしまいそうだった。リンのきりりと
した唇が、優しく動いた。
「私がどうして今日、この場所に貴女を呼び出したか、解る?」
「……えーっと……今なんとなーく実感してます」
「嫌?」
問いと共に、右手が喉に伸びてきてくすぐる。左手は髪を梳いていて、まるであやす
ような語調だ。蟻が這うように喉から顎、顎から耳へと手繰っていく。サフィールは陶
然とした表情でそれを受け取っている。
「リンさんには前から憧れていたから、平気です……」
「じゃあ、これも?」
耳から滑る様に戻り落ちながら、指が肌を引っ掻いていく。強くも弱くも無いその程
度が、ささやかに少女の官能を刺激する。こそばゆさは次第に蕩ける刺激に変わる。
「……ぁっ」
僅かに甘い声が出て、サフィールは身を震わせた。右手の愛撫は強くなるのに、左手
は優しく髪を梳き、頭を撫でる。じわじわと、安らいだまま快楽が増していく。右手は
鎖骨へと伸び、首までのラインを強弱をつけて優しく弄ぶ。甘えたような声を出して喘
ぐサフィールに、リンがそっと囁く。
「ここは兵舎よ。余り騒ぐと、隣に聴こえるかもしれないわ。隣に住んでいるのは……
エメロードだったわね。彼女、神経質だから、何か言われるかもしれない」
「エメロードさんが……?」
サフィールは不安そうに問い返す。けれどその顔は火照ったままだ。時々息が途切れ
て体を震わせる。リンの手は、喋りながらも巧みに動く。変化に富んで、少女の官能を
捕らえて離さない。
「そう。でも彼女、神経質なのと同時にとっても優しいの。そして私の事をとても良く
知っている。だから、貴女との秘め事が終わって、貴女がこつこつと足音を響かせて帰
った後、きっとすぐにドアがノックされる」
リンは、段々と手を大胆に動かす。初めは柔らかな愛撫から、鋭くなっていく。耳元
で囁き続けながら。
「そして彼女は言うの。――「リン、また!? また女の子連れ込んで、その……いや
らしい行為に及んだって言うの!?」って」
サフィールの顔が羞恥に染まる。しかしすぐに快楽に押し流されて、艶やかに歪む。
「いやぁっ……リンさんのいじわる……」
リンの右手は鎖骨で遊ぶのを止めて、胸元へと滑り落ちる。僅かに膨らんだ下着と、
周囲のきめこまやかな肌を巡る。下着の縁をたっぷりと、焦らすようになぞると、肌と
下着の境界線をこじ開けるように指先を這わせた。指先は膨らみの頂きに、そっと触れ
る。
「はぁっ……」
「いい声よ、サフィール。もっと響かせて……。貴女の声、とても綺麗だからすぐに誰
か判るわ。貴女とエメロードは知り合いよね? 確か、色々面倒を見てくれたんじゃな
かったかしら」
辿り着いたリンの指が、滑らかに弄ぶ。撫でる動きを基本に、周囲を押し込むように
ほぐす。左手は額から髪をかきあげ、耳を通って顎まで触れて、また額に戻ったりして
いる。度合いを増す右手と、変わらない左手の落差がサフィールの理性を押し込めてい
く。やがて両手は滑らかに左右の脇腹を通って、臍の辺りで組み合わさる。互い違いに
なった指が、たっぷりと時間をかけながら解けて、サフィールの肌を動く。再び組み合
わさって、優しく抱擁する。耳と唇が触れそうな距離で、リンが囁く。
「ねぇ……キス、していいかしら」
「……」
サフィールは無言でこくりと頷いた。後ろから抱かれているためにリンに表情は見え
なくても、口から漏れ出る熱い吐息は、彼女の高ぶりを示していた。リンが、うなじに
唇を近づける。緩やかに息を吹きかけ、サフィールにこれから始まる行為を予感させる。
びくりと震えた体に、少し強く両腕で腰を包むと、慌てた様にサフィールが喋った。
「あの……別に、怖かったわけじゃないんです……その、ちょっとびっくりしちゃって
……」
「わかってるわ」
そのまま、首筋に唇を触れさせた。
「……っ!」
最初は、唇で叩くように口づけする。何度も場所を変えて、その度に間隔も変わる。
髪とうなじの境界や、鎖骨の窪みに唇を散らせていく。少し唇を尖らせただけの慎まし
やかなキスが、じりじりとサフィールの胸を熱くさせる。リンの引き締まった口元が、
少し開いて近づいて、触れては離れる。
繰り返すたびにリンの口元が開いていく。最初は突っついていたのに、段々押し付け
る風になる。一度の間隔が長くなった。やがて、サフィールの肌に押し付けられた唇の
間から赤い苺を思わせる舌が伸びて、口付けの度に細やかな肌を撫でていく。リンは軽
く耳たぶに唇を押し付けて、そのまま喋った。
「ねぇ……」
「ひゃっ!?」
「貴女の顔、見たいわ。いいかしら」
「……あっ、はい……」
リンは答えを確認すると、サフィールの腹部や臀部を撫でながら、体を一回転させる。
くるりと回ったその後に、二人の視線が交じり合う。サフィールは、頬を染め、見上げ
、リンは、目を細め、見下ろしていた。
「可愛いわ、サフィール」
その言葉にサフィールはさらに頬を染める。
「リンさん、わたし、わたし……!」
「こ……こらっ」
サフィールがリンに顔を近づけ、この場で一度も触れ合っていない唇同士を合わせる。
正面同士で少し撫でると、サフィールは顔を傾けて、深く唇を繋ぎ合わせた。
怒りというよりは困惑した声でリンが抗議するも、サフィールは聞かずに、唇で触れ
ながら、ゆっくりとリンの後ろに手を回し、強く強く抱き寄せる。唇を離すと、体全体
で抱きしめた。
「リンさんっ……リンさんっ……」
「サフィール……あっ」
サフィールの力に想いに応えるように、リンが体を震わせた。
「リンさん……どうしたんですか?」
「抱きしめられるの……弱いのよ」
「気持ちいいんですか?」
「…………ええ」
リンが恥ずかしそうに言う。それを聞いたサフィールは、穏やかに笑った。赤みが差
した頬と熱い息遣いの上に乗ればその顔はたちまち艶っぽさへと変わる。蕩けた瞳と火
照った身体は、今目の前の、黒髪の麗人に向けられていた。
「もっと、ぎゅーっとぎゅーっとしちゃいますね」
「貴女だって、こんなにくすぶっているわ」
リンがサフィールと顔を近づけ、キスをする。大胆に開かれた口から伸びた紅い舌は、
容易にサフィールの口内へと辿り着き、欲情を掻き立てようとする。舌の先で歯をノッ
クしたり、口腔の天井を突く。緩急鋭鈍、快楽に繋がらない様な動きも全てを火種にし
て、サフィールの身体を焦がそうとする。舌同士をなぞり、口の中を隅々まで染めよう
とする。サフィールも応えて、互いの口腔内を、違う人物の舌が踊る。先端同士で押し
付けては、側面同士で絡める。サフィールがさらに強く強く抱きしめるせいで、リンは
何度も力が抜けて、舌が留守になる。その隙を突いて、サフィールの舌が暴れる。お返
しとばかりに伸びたリンの腕が、時折痺れた様に震えながらも、足の間のサフィールの
秘裂へと服を縫う。
「ふあっ……!」
リンの指がサフィールの秘所に触れる。快感でびくりとした身体が口付けを断った。
開いた口から漏れ出るのは官能の響き。リンの指が怪しく蠢いて、蜜が漏れ出す中を掻
き回し、興奮で強く主張する丸い芽を押し潰した。再び声を上げようとするサフィール
の小さな唇を、リンの鋭い唇が埋める。快楽の証の声をさらに快楽を生む口で塞いで、
リンは愛撫を続ける。空いた手は抱きしめたり、耳をくすぐったりした。
不意に、サフィールが笑った。リンが怪訝に思ったのも束の間、
「きゃっ!?」
今度はリンが快楽に襲われた。震える肢体がキスを止める。ほとんどしがみ付くよう
な状態でリンを抱きすくめているサフィールが、膝をリンの秘所へと押し付ける。硬い
膝で秘所を抉られ、抱きしめる力を強くされ、可愛い声が漏れた。一旦離れて二人は顔
を見合わせる。
「可愛いわ、サフィール」
リンが笑った。美しくも鋭い、怜悧な笑みで。妖艶な雰囲気を宿らせながら。
「綺麗です、リンさん」
サフィールが笑った。穏やかで柔らかな、花のように。優艶さを身に纏いながら。
二人は共に、ついばむように、頬や額にキスをする。幾度か繰り返すと、どちらとも
なく目を閉じる。深い口付けと同時に、先程までの続きを始める。けれど、さっきまで
とは違った。リンは、抱きしめられて、膝で秘裂を抉られながらもサフィールを口付け
を続け、サフィールはリンの手がどんなに艶かしく動いてもリンを抱きしめ続ける。快
感に何度身体が震えても、互いにその快楽を押し合うように愛撫を続ける。
次第に愛撫が激しくなる。サフィールの膝はまるで打ち上げるようになり、リンの指
はもう三本ほどがサフィールに埋まっている。唇は感覚がぼやけ、ふやけた間から、混
ざり合った唾液が糸を引いて、二人の浮かされた肌にしなだれ落ちる。舌の動きは荒々
しくなって、相手を貪るようだった。リンのもう片方の手も色々な場所を引っ掻いてい
き、サフィールの丸みを帯びた臀部を掴み、撫で、突付く。キスの時折息を継ぐ度に二
人は上り詰めていった。
「リ……リンさっ……わたし、おかしくなっちゃう……」
「私もだからぁっ……一緒に……キス……」
快楽の頂へ上り詰める直前に、二人は深く口付けをする。ただ結ばれるのが目的のキ
スが、最後だった。
不意に、二人が同時に大きく震える。駆け巡る快感が、より一層二人の唇を繋ぐ。そ
れと共に口付けも離れて、一緒に座り込んだ。そのまま肩を寄せて、相手に寄りかかる。
リンが強く抱き寄せた。
「もう少しこのままで、いいかしら」
「はいっ、もちろん」
――数時間後。
長身のリンにまるでエスコートされるかのように現れたサフィールに、リズは頭を抱
えて、
「またね、またなのね!?」
「そういきり立たないでよリズ。無理強いはしてないわ」
「はいっ♪」
「はぁ……」
リズのため息が、虚空に消えるのだった。