ある日、男戦士と女戦士が、なかよく暇を持て余していた。  
 切り立った崖っぷちに陣取り、吹き上がってくる風に髪を遊ばせながら、眼下に広がる魔界をのんび 
りと眺めていた。  
 戦いが頻繁に起こる魔界では、こういう時間は貴重である。  
 気持ちよさそうに目を細める女戦士を横目で見ながら、男戦士がぽつりと切り出した。  
「なぁ……前から気になっていたんだけどさ」  
「ん、なに?」  
 一拍ためらった後、思い切ったように口を開く。  
「お前、その格好何とかならないか?」  
「は?」  
 言われて自分の姿を眺め回す。  
 肩剥き出し、腹剥き出し、腿剥き出しの、かなり露出度の高い恰好だ。だが、  
「そんなこと言ったら、あんたも一緒じゃないの」  
「いっしょじゃねーよっ」  
「どこがよ」  
 まぁ腿こそ出していないが、露出度では似たようなもんだ。が、問題はそういうことではないらしい。  
「だから、その、ベルトっ!」  
「へ?」  
 男戦士は真っ赤に染まった顔を、あさっての方に逸らしつつ指摘する。  
「おれは首のところで繋がってるからいいけど、お前の引っ張ったらずるっていきそうだろっ!」  
 まぁ確かに。ぺたーんとした胸はとっかかりも少なそうで、引いたらあっさり落ちそうだ。  
 みるみる女戦士の顔が赤くなる。  
「な、な、なに考えてるのよあんたっ!」   
「考えるだろっ、普通っ! 目の前でそんな恰好でうろちょろされちゃあっ!」  
 と、言われると。今まで普通だと思ってきた恰好が、途端にやらしいものに思えてくる。  
 くるりと体の向きを変え、視線を落としてうつむいてしまった。  
「な、なによっ、いいじゃない……みんなこうなんだから……」  
「……よくねーよ」  
 男戦士の小さな呟きは、女戦士には届かなかった。  
 
 そして、吹っ切ったように明るい声を出し、  
「それにいいのよ。どうせあたし、もうすぐ転生するから」  
「え、マジで!?」  
「ふふーん、結構マナたまったからねー。強くなるなら、そろそろ上を考えないと」  
 男戦士の方は、まだそれほど貯まってはいない。もうちょっとマナが貯まればランクを一つ上にでき 
るのだが。  
「上級職に転生か? それとも……べつのに転職するのか?」  
「んー、やっぱり侍かなぁ。剣士としての最高峰だよね」  
 胸のベルトもサラシに代わって安心だ。  
 男戦士は短くため息をつく。  
「いいよなぁ、お前。俺なんか転職しようにも……どうもなぁ」  
「なによ、転職嫌い?」  
「そーじゃなくてよ、あんまりいいのがない」  
「忍者は?」  
「おっさんくさい」  
「ストライダー」  
「地味だ」  
「格闘家」  
「剣を極めたい」  
「思い切って僧侶とか」  
「おれは変態じゃねーっ!」  
「じゃあ、後は……魔人?」  
「マナたりねぇ……」  
 それに人として、あんな姿にはなりたくない。どんなに強くても。  
 あとは潜水服を被ったような一般兵とか、およそ向いているとは思えない魔法使いとか。  
 だが、戦士のままで転生を重ねても、侍として成長する彼女にはついていけないだろう。男として、 
それは情けない。  
「あーあ、どうしようかなぁ……」  
「あ、もう一つあるじゃない」  
「え、なに?」  
「――盗賊」  
 間髪入れず『盗みなんかやれるかっ!』と返ってくるかと思ったら、意外、男戦士は呆然としている。  
 
「どしたの?」  
「あれ、女じゃなかったのか……?」  
「はぁ?」  
 女戦士の顔には『あんたバカぁ?』と書いてあった。  
「なに言ってんの、魔人の転職条件に上がってるの、男ばっかりじゃない。盗賊だって入ってたでしょ 
?」  
「あああああっ! 言われてみればああっ!」  
 ごろごろごろと、無様に地面を転がる男戦士。  
「なに、今さらショック受けているのよ……」  
「俺は、今の今まで野郎のことを『お、ちょっと可愛いじゃん』なんておもっていたのかあああっ!」  
 ぴく、と女戦士の体が小さく震えた。  
「――なに、それ?」  
 はっ。  
 と気づいてみたが、もう遅い。  
 恐る恐る振り向いた先には、激怒のオーラを纏った女戦士が仁王立ちしていた。  
「あ、いや別に、お前に比べてよわっちいところが保護欲をそそって可愛らしいなーとか、関西弁がツ 
ボだなーとか、この前盗ってきた剣をプレゼントしてくれたときに不覚にもときめいてしまったりとか 
そーいうことは全然……」  
「ひゃっぺん生まれ変わって死んでこいこの変態ドアホうっ!」  
 拳檄炸裂。  
 格闘家に転生した方がよいのでは、と思うほどの見事なアッパーが男戦士を吹っ飛ばした。  
 男戦士は悲鳴を上げつつ、眼下の崖下に墜落してゆく。  
「まったく……ほんっと、バカなんだから……」  
 なかなか素直になれない2人がいい仲になるまでには、まだ相当な時間が必要なようである。  
 そして、男戦士が女戦士の戦闘力を越えるのにも。  
 

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