2004年 8月半ば。 太一中3 ミミ光子郎中2
八神太一はあせっていた。
夏前で、これまでずっと続けていたサッカーを事実上引退し、本格的な‘受験生’となったわけだが、
しかしそれまでサッカーともうひとつ大事なこと―――デジタルワールドに関すること―――に全力を投じていたために
はっきりいって勉強はおろそかになっていた。
2003年の事件で、デジタルワールドとそこに住むモンスター達が一般に広く認知されると
当然そこに関する新たな法律や、いろいろなことを考えなければならなくなり
そして今現在それはデジタルワールドに対してあまり知識をもたない大人たち、エライ人たちに委ねられていた。
それでも光子郎はそれに積極的に関わり(デジタルワールドに詳しい、匿名の存在としてだが)、
太一もそうしたい、それを手伝いたいということを光子郎に言うと
「それなら勉強してください。勉強していい大学に行って下さい。
ああいう大人たちは学歴のない子供のいうことなんて聞きませんから。」
と冷たく言われ(いや、光子郎としては普通の言い方)
それまでおろそかにしていた勉強を、しかもかなり全力でしなければいけない状況に陥っていた。
そして今太一が挑んでいたのが英語。はっきりいって、苦手だった。
こんなわけのわからん言葉よりデジ文字覚えたほうが将来的に役に立つんじゃないかなどと思いつつ
しかしそれは受験に必要なものなので、この夏から通い始めた塾に出された山のような問題を
魅惑的な窓の外の夏の景色を眺めつつ、こなしているのであった。
今現在彼は家に一人。
両親はどこかにでかけ、妹のヒカリもパートナーのテイルモンをつれてどこかに出かけていた。
誰もいないほうが気も楽だし、邪魔されなくてすむが、しかし不便なこともあった。
ピンポーン
チャイムが鳴った。
今この家にいるのは太一一人なので、太一が自分ででなければいけない。
せっかく集中してんのに邪魔しやがってなどとぶつぶつ言いつつ玄関へ向かい、
そしてどちらさまですかーと言いながら扉をあける。あけるとそこにいたのは
「太一さーん!」
「・・ミミちゃん!?」
ミミだった。
太一の記憶には、ミミは8月1日にあわせて日本に帰ってきていて
その日は騒ぐが、選ばれし子供たちの中には今年は受験生組みが多いということもあり、
しばらくは日本にいるつもりだが、わりとすぐにアメリカに帰る、という情報があった。
そんなことを頭の中で考えているとミミが
「太一さん!どうして光子郎くんってあんなんなんですか!ちょっと聞いてくださいよぉ!」
と大声を出すので、
「わ、わかったから。とりあえず落ち着いて」
などと言ってあわててミミを中に入れた。
「それで、一体どうしたんだよ?」
ミミは太一に注いでもらったジュースをぐびっと飲み、たん!とグラスをテーブルに置いた。
そこでハァッと一度ため息をつき、話はじめた。
それによると、
1日以降はホテルに泊まったり、京の家に泊まったりして過ごしていたミミだったが(太一と同じく受験生である空の家は遠慮したらしい)
もうすぐアメリカへ帰国するということで、最後の何日かを今のところ彼女の最愛の恋人であるらしい光子郎の家で過ごしていたのだが
そこで光子郎と一悶着あった、らしい。
原因はミミの話からでは太一にはよくわからなかったが、なんとなく想像はついた。
いつものことだ。パソコンに夢中の光子郎がミミのことを無視したとかそんなことだろう、と。
そしてそんなことをミミは早口で捲くし立て、一人で延々としゃべった挙句
「なんで光子郎くんって、こんなかわいい彼女の前であんな態度とれるのかしら!」
と怒気を吐いたところでやっと一息ついた。
正直言って勉強の続きに戻りたいと思っていた太一が(さっきまで面倒だと思ってた英語を、今はやりたいと思うようになっていた。)
「はぁ、でも光子郎だって、べつにミミちゃんのことが嫌いとかそういうわけじゃないと思うんだよ。」
などと、適当にフォローすると、
「じゃあなんで光子郎くんは人の話聞いてくれないんですか!」
とミミは返し、こんどは太一の分のジュースをぐびっと飲んだ。
散々愚痴ったせいか、そこでちょっと落ち着いたミミはふと神妙になって
「あ、ごめんなさい。こんなこと太一さんに愚痴っても意味ないですよね。」
と言い、やっと静かになった。
「いやべつに愚痴とかはかまわないんだけどさ、あのさ、、」
「え?なんですか?」
と言ったところでミミは、太一が勉強中だったんじゃないかということに気づいた。
「あ!もしかして太一さん勉強中でした!?ごめんなさい!すぐ帰ります!」
「あ、いや別に平気だけど、、えーっと、あのさ、ミミちゃん英語わかる?」
「英語ですか?もっちろん!光子郎くんにも教えてあげてるんですよ!」
と言い、そこで今光子郎にムカついてることを思い出し、再び険しい顔に戻った。
「あ!じゃあ英語教えてよ。今ちょうどやってんだんだよ」
と太一が言うと、ミミは
「いいですよ!もう光子郎くんなんかには教えてあげないから、太一さんだけに教えてあげます!」
などと言い、太一は苦笑しつつ、ありがとうと返した。
流石に普段から英語で会話してるだけのものがあるせいか、ミミの教え方はとても上手だった。
それまで太一が暗記モノとしか認識してなかった文法の問題もミミのおかげで、するする飲み込めて
太一の勉強は一気に捗った。
そしてそのまま何時間がすぎ、そろそろ日も暮れかかったころ
「ただいまー。」
ヒカリが帰ってきた。パートナーのテイルモンもいっしょだ。
玄関で見慣れない靴を見つけたヒカリは
「おにいちゃーん?誰かいるの?」
と声をかけると部屋から、
「はーいヒカリちゃーん!お久しぶりー!」
とミミがでてきた。
「ミミさん?お久しぶりです。どうしたんですか。」
とヒカリが尋ねたところで
「おーう、ヒカリー。おかえりー。」
と太一がダラっとでてきた。さすがにお疲れのようだった。
「太一さんに英語教えてあげてたのよ〜。やっぱ太一さんは違うわねー、光子郎くんみたいに反抗しないし」
ミミによると、
ミミに英語を習ってる最中の光子郎はどうにも負けるのが悔しいのかやたら反抗的らしいのだが、それはこの際どうでもいい。
「そうなのか。それはよかったな。勉強は捗ったのか?太一」
とテイルモンが口を挟むと、太一は
「おかげさまでー。」と力なく返事して、ジュースを飲んだ。
「そうそう、それでヒカリちゃんはどこ行ってたの?タケルくんとデート?」
といきなりミミがヒカリに聞くと、ヒカリはびっくりして
「ち、ちがいますよ!そんなデートとかじゃないですよ!」
とあわてて否定して、後ろで太一がブっとジュースを噴き出した。
「ヒカリ!そういやどこ行くか聞いてなかったけど、タケルとデートなんかしてたのか!?」
「もう、おにいちゃんまで!デートなんかじゃないです!テイルモンもいっしょだし!」
「え、いやわたしは、」とテイルモンが何かを言おうとしたが、テイルモンはさっとヒカリに抱きかかえられてしまった。
ちなみにテイルモンはパタモンといっしょにタケルの家でお留守番させられたのだが、それもこの際どうでもいい。
「きゃー、やっぱりタケルくんっていいわよねー。お顔も綺麗だし、リードしてくれるし!光子郎くんなんかとは大違いだわ!」
とミミが一人で盛り上がり、太一がくそうタケルのやつめなどとつぶやくと、ヒカリが
「光子郎さんとなにかあったんですか?」
とミミに尋ね、そこからまたミミの光子郎に対する愚痴が始まった。
数時間前に太一に話したのとおそらく同じ話が再び繰り返されたが、そのときも話半分に聞いてた太一はここにきて
ちょっと真面目に聞くと、どうやら明日ミミが帰るにも関わらず、ミミが光子郎に話かけても
何かパソコンをカタカタやっていて、ぜんぜん相手をしてくれなかったらしい。
あぁやっぱそんなことかと太一が思ったとき、
ピンポーン
再びチャイムが鳴った。
と同時に声が扉の向こうから飛んできた。
「太一さん!ミミさんいませんか!」
光子郎だ。
「お、ミミちゃんお迎えがきたみたいだよ。」
と太一がミミにふると
「今更何しにきたのよ!」
とミミは扉に向かって大声を出した。
玄関を開けるとそこにはだいぶ走ったのか、息を切らして汗をかく光子郎がいた。
「なんで急にどっかいっちゃうんですか!」
「光子郎くんがあたしのこと無視するからでしょ!」
「いつ無視したんですか!」
「さっきよ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着けよ。」
と太一が呆れ顔で間に割ってはいるが、光子郎とミミはキバを向いて睨み合う。
「ミミさんが調べてって言ったんじゃないですか!」
「なにをよ!」
「電車の時間を!」
「電車?」
そこでミミが急におとなしくなった。
「ミミさんが明日帰るから電車の時間調べて、って僕に言ったんじゃないですか!
それで調べてたらいつの間にかいなくなってるし!」
と光子郎が主張して、
「えーっと、ミミちゃん。そういうことかな?」
と太一が聞くと、ミミは
「あー、えっと、そういうことです。」
と言い、一瞬の間のあと
「ごめんなさい!」
と頭をさげた。
「だってさ。光子郎、許してやれよ。」
「はぁ、仕方ないですね。。もうミミさん!帰りますよ!太一さんにもちゃんと謝ってください!」
と言うと、ミミは太一に謝ったが、太一は英語教えてもらったし、ありがとうと返し、
そしてミミは光子郎に連れられて帰っていた。
見ていたテイルモンはなにがなんだかよくわからないようだったが
ヒカリはなんだか親子みたいねとつぶやき、
テイルモンをつれて自分の部屋に入っていった。
太一に疲れを残した、暑い夏の日の出来事だった。