部活終りの、夕方の帰り道。
オレンジ色の道を歩いていると、ふと、通りがかった公園で見知った男性を見かける。
公園にあるベンチに腰掛けた、20代前半の若い男性。
整った端整な顔に、男性にしてはやや長めのサラリとした明るい茶髪が吹く風で揺らいでいた。
私はそっと彼に近づき、声をかける。
「こんばんわ、啓人さん」
「…ああ、小春か。こんばんわ」
私の声に、瞳を閉じてジッと風を感じていた彼は、やっと私に気付いて…
ニッコリと、昔と同じ笑みを浮かべてくれた。
彼は松田啓人。私の兄の友人で、昔一緒にデジタルワールドを冒険し…
あの戦いで、誰よりも強く頑張った人。
「久しぶりだね。学校帰り?」
「はい。さっき、部活が終わりましたから。啓人さんは、ここで何を?」
「ちょっとした散歩かな。この公園に来たら…色々思い出して来ちゃって……」
フッと、笑みのまま啓人さんは公園を懐かしそうに眺める。
あれからもう10年以上…あの中で一番幼かった私も、いまはもう中学生になりました。
…まあ、私が一番小さいのは何年経とうが変わらない事なんですけどね。
啓人さんの笑顔…昔と同じ、明るくて優しい微笑み。
でも、全部が同じというわけでもなく…あの頃の子供っぽさや、
あどけなさの少なくなった、大人びた静かな…そして温かな笑み。
男の人に言うのもちょっと失礼かもしれませんが…一言で言うなら……綺麗でした。
啓人さんも兄さんも、皆それぞれ成長して…大人になって……そして…
「たしか、来月でしたね…留姫さんとの結婚式」
「…うん…」
私の出した話題に、啓人さんは少し照れたように笑みを浮かべて、夕焼け色の空を見上げた。
長い時間の間に生まれた感情。仲間から恋人へ、そして恋人から…更に、もう一段上へ…
けど、初めて彼が留姫さんと付き合ってることを知った時は、私だけじゃなく他の皆もかなり驚いてました。
だって、あの時の戦いから、誰もが啓人さんは樹莉さんを選ぶと思ってたから……
…でも、啓人さんはずっと自分の気持ちを考えて…そして、気付いて答えを出しました。
気弱で押しの低い啓人さんですけど、やっぱり大切なことは真剣に考えて、
そして気付いたからには、その思いは真っ直ぐに、決して揺るがせずに伝える。
多分、そんな啓人さんだからこそ、留姫さんも彼の気持ちに応えて…
……樹莉さんも、素直にそれを認めたんだと思います。
皆が二人の関係を知った時、あの人だけは、驚かず、それどころか、とても良い顔をしていたのを覚えています。
…………逆に兄さんはしばらくの間平静を装ってなんとなく沈んでましたが。
まあこれはそう気にしなくても良いですね。
そんな兄さんに、樹莉さんがかける言葉が、見せる笑顔が、前よりずっと増えたのも…
それが単なる慰めの意味だけじゃないのも………ちゃんと見えてますから。
「そういえば、この公園で啓人さんと留姫さんが初めて会ったんですよね」
「うん…まあ、あの時はギルモンを狙って襲ってきたってカンジだったから、
あんまり良い出会い方とは言えなかったけどね」
苦笑しながらそう答えるが、すぐにまた懐かしむように微笑む。
「けど…あの出会いがあったから、今がある……本当に感謝してるよ。あの時、この場所で彼女に出会えた事を」
ハッキリと、留姫さんと出会ったその場所を見つめて言う。
…って、そこまで迷いなく言われちゃうと流石に聞いてる側は少し恥ずかしいんですが…
それからまたしばらく話していると、吹く風が急に冷たく感じてきた。
気付けば、夕方色だった空がもう随分と暗くなっていた。
「そろそろ寒くなってきたね。暗くもなってきたし、今日はもう帰ったほうがいいよ」
「わかりました。それじゃあ、また…結婚式、ちゃんと招待してくださいよ?」
「大丈夫。言われなくても、そのつもりだから。というか、招待し忘れでもしたら
留姫になに言われるかわかんないし」
「あは、確かにそうかもしれませんね」
短いやり取りで、私はゆっくりと公園の出口へと歩いていく。
そして、出口に近づいたそのときに、振り返って私はやや声を上げて一言言った。
「本当におめでとう御座いますっ、幸せになってください!」
私の声に啓人さんは一瞬驚いたような顔をしたけど、
…すぐにまた笑顔で「ありがとう…」と返してくれました。
…………………。
…啓人さん、今日は話さなかったけど……私も…好きな人が出来たんです。
同じクラスの、普段は余り目立たない大人しい人。
けど、とても優しくて、真っ直ぐで、純真で。…顔、少しだけ…啓人さんに似てるんです。
あの頃の私は、当たり前ですけどこういった感情は全然知らなくて…啓人さんと留姫さんが
付き合ってると知った時も、それなりに知識はあっても羨ましいと言ったくらいでした。
けど…自分も好きな人が出来て、なんとなくその気持ちがわかった気がします。
好きな人が出来て…その人と一緒になれたら…結ばれることが出来たら……
それはすごく素敵で…幸せなことなんだと、なんとなくですが、わかりました。
だから、言わせてください。
おめでとう御座います。 どうか、どうか…お幸せに―――