俺はちょっと人の中に入ってくのが苦手だ。  
小憎らしいとか言われてる俺だけど、何つーか微妙に気が引けちまうんだよな。  
特に楽しそうに話をしてる奴等の中に入るのが一番苦手かもしれねえ。  
もともとなのかもしれねえし、そういう負い目なのかもしれねえ。  
 
けど。  
 
なんでか知らねーけど、そんな俺にコイツはよく声かけてくるんだよな。  
「そんな所で何をしているんだ、インプモン?」  
電柱の上から行きかう人間を、ただ何となく眺めてたら、いつの間にか後ろの電線に立っていたレナモンから訊かれた。  
「うおっ!イキナリ後ろから話しかけんなっつーのッ。散歩だよ、散歩。つーか、オメーは何やってんだよ?暇なのかぁ?」  
 
俺は驚いて片足を電柱から踏み外しそうになったけど、尻尾を使って重心を戻した。  
あ、でも驚いたからって、ちょっとイヤミっぽい台詞だよな。もう少し柔らかく言っても良かったかもしれねえ。  
そんな俺の台詞に怒ったのだろうか、レナモンがちょっと黙り込む。  
「……いや、お前の姿が見えたから、何をしているのだろうと思って。驚かせたのだったら済まない」  
 
謝られた。こっちが嫌な事言ったのに、逆に謝られんのって何かヘコむぜ。  
僅かにハァとため息をこぼして、なるべく明るくしようと気張る。  
「はんっ!この俺様がこんな事で驚くとか思ってんのかよ。もーちょっと頭使えよな」  
「…そうか」  
 
………ってそんだけかよ!?コイツ話しかけてくるわりに会話が続かねーぞ。  
その後も微妙に沈黙しているレナモン。ホントに何だっての。  
俺は仕方なく話題を振ってやる事にした。  
 
「あ〜…そういやお前、何日かちょっと見なかったけどどっか行ってたのか?」  
「ああ、ルキが家族と泊まりの旅行に行っていたので、私もそちらへ一緒に」  
旅行かよ。いいな。俺も行きたいかも。  
「泊まった先が温泉地ということらしくて、私も風呂をいただいてきた」  
 
「風呂だぁ?つーかデジモンが風呂ってよお。バレたら大事じゃねえのか?」  
そーなったら色々面倒な事になるだろうな。ヘタすりゃ追い出されるかもしれねえ。  
「ルキの母上が私の為に風呂を一つ貸しきってくれた。  
それに堂々としていれば意外と問題ない。理解のある人間も多いぞ」  
 
そういや俺もアイとマコの書置きを読んでくれる奴を探してたときに、  
デジモンだってのを気にしないで、教えてくれた人間がいったけな。  
結構デジモンの事も知られてきたし、何とかなるもんなのか?  
それはともかく。  
 
「俺は風呂とかより美味いメシが食いてーぜ」  
「旅館に泊まったが料理も中々のものだった。ルキのつくる料理には劣るがな」  
結局は自慢かよ。まぁ、別に自分のテイマーが自慢なのは俺も同じだから構わねーけど。  
 
「……なぁ、インプモン。もし良かったら―――――」  
ゆっくりとレナモンが何かを言いかけ、そこで途切れた。  
チリチリと肌が、感覚が、神経がうずく。  
俺が感じているって事は、間違いなくレナモンも感じてるって事だ。  
 
「デジモンか」「みてーだな」  
人が話してる時にタイミングよく現れやがってよぉ。  
「私はルキの所に行く」  
そりゃそうだな。テメーのパートナーが最優先だ。何かアイツって危なっかしいしよ。  
 
俺の仲間の女テイマーの気の強そうな顔を思い浮かべて思う。  
そしたらレナモンが苦笑気味に笑った。考える事は同じってかよ?  
「来るなら、早く来いよ。俺がさっさと終わらせちまう前に」  
「ああ」  
 
そう言って俺はレナモンに背を向け、空へと跳んだ。  
「―――――インプモン進化!」  
風を切って、黒い羽で俺は飛ぶ。  
 
ベルゼブモンへと進化した俺は、レナモンからみるみると離れていった。  
 
私は人と話すのが苦手だ。  
話そうと思えば話せない訳ではないのだが、  
自分から声を掛けるのは何か無意識の内に遠慮してしまう癖がある。  
しかし、何故だろうか。アイツとは、そんな事を気にもせずに話ができる。  
 
「そんな所で何をしているんだ、インプモン?」  
少し離れていた場所からインプモンの気配を感じて来た私は、そう話しかけてみた。  
インプモンが勢いよく振り向く。その拍子に小さな足場の電柱の上でバランスを崩した。  
慌てて尻尾を引っ掛けて体勢を立て直すインプモンは、少し…可愛らしい。  
 
「うおっ!イキナリ後ろから話しかけんなっつーのッ。散歩だよ、散歩。つーか、オメーは何やってんだよ?暇なのかぁ?」  
……どうしよう。不機嫌だ。いや、私がそうさせてしまったのか。  
確かに気配を殺した者に、突然背後から話しかけられたら怒って当然だ。  
そうだ。まずは謝ろう。これ以上インプモンと喧嘩をしたくない。  
 
「……いや、お前の姿が見えたから、何をしているのだろうと思って。驚かせたのだったら済まない」  
精一杯の謝意を込めて言ったつもりだったが、インプモンに溜息をつかれてしまった。  
背筋が僅かに寒くなる。未だかつて、これほどの寒さを感じたことはない。  
 
「はんっ!この俺様がこんな事で驚くとか思ってんのかよ。もーちょっと頭使えよな」  
「…そうか」  
反射的にそう答えていたが、これは気を使われた、ということでいいのだろうか?  
もし、そうだとしたなら、ちょっと嬉しい。  
 
何だか頬が無性に熱い気がする。これは絶対頬が赤くなっている筈だ。  
私はそれを悟られまいと気取られぬように顔をうつむかせる。  
少し間を置かないと危ない。そのまま私は口を閉ざした。  
 
「あ〜…そういやお前、何日かちょっと見なかったけどどっか行ってたのか?」  
そんな何も言わない私は気にせずインプモンが尋ねてきた。  
困った。しかしここは答えなければおかしいと思われてしまう。  
まだ頬は熱いが、頼むから気付かれないでくれよ。  
 
「ああ、ルキが家族と泊まりの旅行に行っていたので、私もそちらへ一緒に」  
そうなのだ。ルキとその母上と祖母殿との旅行に私は同行していた。  
今こうしてインプモンと話しているのも、旅行で少し会っていなかったから、  
わざわざ何処にいるのか気配を探ってから会いに来たためなのだ。  
 
インプモンが私の話を興味深げに聞いている。やはり会いに来てよかった。  
「泊まった先が温泉地ということらしくて、私も風呂をいただいてきた」  
「風呂だぁ?つーかデジモンが風呂ってよお。バレたら大事じゃねえのか?」  
確かに。私もそう思って最初はどうにか断ろうとしたのだが。  
 
「ルキの母上が私の為に風呂を一つ貸しきってくれた。  
それに堂々としていれば意外と問題ない。理解のある人間も多いぞ」  
私のような者の為にもったいない事をしていただいた。  
だがルキと一緒に入った露天風呂というのはとても気持ちよかった。  
 
あんまり気持ち良さそうだったのだろう。  
後でルキに家に帰ったら、またお風呂に入ろう、と言われてしまったぐらいだ。  
「俺は風呂とかより美味いメシが食いてーぜ」  
あまりにもらしい言い草。小さな体だがインプモンはかなりの大食いなのだ。  
 
「旅館に泊まったが料理も中々のものだった。ルキのつくる料理には劣るがな」  
何度か食べさせて貰ったが、私にはそちらのほうがずっと美味い。  
ルキは多分言っても信じてくれないと思うけど。  
ちょっと不器用につくりだされる料理は、魔法がかけられたように素晴らしく美味いのに。  
 
…そう言えば、以前タカトの家で皆と一緒にパンをつくった記憶がフト蘇る。  
粉まみれになったが、皆で出来立てのパンを食べたんだった。  
私は記憶力はいい方だ。作りかたはほぼ完全に覚えている。  
多分ルキの家の設備でもパンは焼けると思う。  
 
材料はタカトに頼めば分けて貰えるだろう。いざとなったら自力で調達してもいい。  
……頑張って、みよう、かな。  
「……なぁ、インプモン。もし良かったら―――――」  
 
私が作ったもので良ければ、食べてみないか?  
 
そう言葉を続けようとして、続きを言う事は、叶わなくなった。  
少し遠くから感じる。このリアルワールドを脅かす存在が現れたという事を。  
「デジモンか」「みてーだな」  
何故、こんな時に、現れるのだっ。顔には表さないが、内心怒りが満ちた。  
 
だが私の怒りなど、この際後回しだ。  
「私はルキの所に行く」  
恐らく今頃、ルキのデジヴァイスにデジモンの反応が出ているだろう。  
そして急いでそこへと向かう筈。危なっかしいところは、相変わらずだ。  
 
「来るなら、早く来いよ。俺がさっさと終わらせちまう前に」  
「ああ」  
苦笑する私に、多分同じ事を考えていただろうインプモンが言った。  
 
そう言ってインプモンは私に背を向け、空へと跳んだ。  
「―――――インプモン進化!」  
風を切って、黒い羽で彼は飛ぶ。  
 
ベルゼブモンへと進化した彼は、みるみる私の手の届かぬ場所へといってしまった。  
 
 
 
 
余談だが、この後すぐさまルキと一緒に究極進化してサクヤモンになった私は、  
ベルゼブモンが到着するのとほぼ同時にデジモンを倒してしまって、彼を呆れさせてしまった。  
 
……どうしよう。彼はあまり戦わない者の方が好みなのだろうか。  
 

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