タカルキバレンタイン ホワイトデー編
ずっとずっといっしょにいると……―――――
ケータイの着メロが鳴った。
学校からの帰り道。
電車でタカト達の通う公立のとは別の私立の中学に通ってるルキは、中学生にあがったときに母親にケータイを持たされた。
それでなくても新しもの好きの母だ。
電車に乗って中学に通う娘に、携帯電話のひとつぐらい持たせたがるのも無理はない。
ルキも別にケータイを持つこと自体が嫌なわけではなかったので、ありがとうと素直にそれを受け取っていた。
母親は素直に受け取ってくれたルキにえらく感動していたようだったが。
ディスプレイを覗いた。
03……
知らない番号だった。
普段電話をかけてくる友達はもちろんメモリに登録してあるし、
怪しい電話にはでないように、という注意も受けていた。
でも気になる番号。どこかで見たことあるような番号でもあった。
どこだっけ?思い出せない。
考えているうちに自分で設定した着信メロディは止まった。
あ、止まっちゃった。
思い出せない自分と勝手に止まるメロディに、ちょっとむっとした。
だけどわざわざ知らない番号にこっちからかけ直すのはちょっと怖いし、なにより癪だ。
結局むっとした気持ちのままポケットにケータイをしまい、ルキはまた歩き始めた。
新宿中央公園。
かつてルキが小学生でデジモンクイーンで、そしてレナモンのパートナーだったとき冒険の中心だった場所。
普段わざわざ通ることはないけど、でも今日はなんとなく立ち寄ってみた。
当時一緒に冒険した男の子がギルモンホームと名付けた場所は、今はコンクリートの壁に囲まれて、
中に入れないようになっている。
理不尽な大人たちのその行いに、ルキ達はかなり憤ったが、結局それはルキ達にはどうすることもできなかった。
それでもなんとかコンタクトをとろうと送ったメッセージの返事もなく、
本当にあの冒険はあったんだろうか。なんて考える夜もあった。
でもあの冒険はあったんだ。
ルキにはそういう確信があったし、他の面子もそう信じているだろうと、ルキは思っていた。
懐かしい。まだ、タカトの言っていたゲートは開いてるんだろうか。
そんなことを考えながら、感慨にふけっていると
…あの夕陽に、約束したから…――――
また着メロがなった。
あわててケータイを取り出した。
さっき見た番号と同じ番号だった。
こんどはルキは躊躇わなかった。
「もしもし?」
「あ!ルキ?もしもし、今平気?」
懐かしいと言えば、懐かしい声だった。
そして声を聞いて思い出した。この番号は松田ベーカリーのものだ。
普段ケータイから電話することなんてない番号だ。登録してなくても無理はない。
「…あんた、自分の名前ぐらい名乗りなさいよ。」
「え?あ、ごめんなさい。。えっと、松田タカトです。」
「わかってるわよ。」
わかっていた。忘れるはずがないその声。
「えぇー、わかってるならいいじゃん。。」
そんなことを小さくタカトが呟いたが、ルキは聞こえてないフリをした。
「それで、なんの用?」
ルキが訊ねた。
「あ、そうだ。今ルキ平気?あの、中央公園に来れないかな。渡したいものがあるんだけど。」
渡したいもの。大方の見当はつく。今日はホワイトデーだ。
ルキはバレンタインデーにタカトに手作りのチョコケーキをあげた。ので、当然それのお返しだろう。
「もういる。」
電話口の向こう、ちょっと離れたところでえぇっ!?という声が聞こえた。
まったくベタな驚きかたするんじゃないわよ、と思ったが口にはださないでおいた。
「えーと、じゃあちょっと待っててくれる!?すぐ行くから!」
そうルキに告げて、電話は切れた。
待つって、どこでよ。けっこう広いわよこの公園。
そうは思ったが、家電からかけてくるタカトはもちろんケータイを持ってないわけで、連絡のしようがないので
そのままそこで(ギルモンホームの前で)待っていることにした。
どうせタカトの家からは10分もかからないだろうし。
3月の風は、都内の女子中学生らしくミニスカートを穿いたルキには、まだまだ肌寒かった。
「あの、ごめん。。」
「…遅すぎるわよ」
タカトが来たのは、結局30分近くたってからだった。
それまで寒さにたえじっと待っていたルキは、さすがにイライラも募り、
おそらく全力で走ってはいたんだろうタカトを思いっきり睨んでいた。
なんなのよ。あんたは。
そうだ。なんなんだろう、あたしにとってのタカトって。
バレンタインデーにケーキを渡す前からずっと考えていた。
ルキはタカトに聞いてみようかと思った「あんたはあたしのなんなのよ。」。
でもそれは、いきなり質問するには支離滅裂すぎだし、そもそも今現在かなりムカついてるので、
とりあえずツンとしといた。
「あの、これ、いる…?」
タカトがおどおどと差し出したのは、近くの自販機で売っていたホットココアだった。
タカトなりに気を使ったらしい。
「…ありがと。」
そう言って受け取った。
イライラはイライラでルキの中にあったが、それとは別に気を使ってくれるタカトを素直に嬉しいと思う気持ちもあった。
ルキは、このときはじめてもっと自分に素直になりたい、と思った。
「とりあえず、あそこに座らない?」
そう言ってタカトがそばにあったベンチを指差した。
ん、と言って、ルキはタカトに促されるままベンチに座った。
ベンチに腰掛け、ココアを一口飲んだ。
おそらくまだ買ったばかりのココアはまだだいぶあったかくて、冷えた身体を内側から温めてくれた。ような気がした。
タカトもその隣にすわると、紙袋を一つとりだした。
松田ベーカリーと書いてある。店のものだ。
「それで、あの、これ。バレンタインのお返し。ケーキおいしかったよ、ありがとう。」
と言って、タカトが取り出したのは、
ひらたくした球?に(ルキはメロンパンかと思った)、トゲのようなものを2本生やしたおかしな形のパンだった。
おかしな形ではあったが、ルキはそれが何を意味してるのかをすぐ理解した。
「……レナモン?」
「うん!わかる?よかったー、あんま自信なかったんだけど。」
似てないわよ。あたし以外はわかんないわよ。
そう思ったが、それも口に出さないでおいた。
ルキがそのいびつなレナモンパンを見つめていると、タカトが「じゃーん」と言ってもうひとつパンを取り出した。
ニヤニヤしながらタカトがそのパンをルキに見せた。
自分にレナモンパンを渡してきたんだ。タカトの分はもちろんタカトのパートナーに似せたものだろう。
とは思ったが、
「…さすがにそれは似てなさすぎよ…。」
「えぇっ!?…これでもがんばったんだけどなぁ…。」
タカトが手に持つパンは、ギルモンとは程遠いメロンパンにトゲトゲを生やしたようなものだった。
「もっと練習しときなさいよ。」
そう言って、ルキはレナモンパンを一口齧った。齧ったときのルキは、自分では気づいてなかったが微笑んでいた。
パンを一口齧ると、中からトロっとしたまだあったかいチョコがでてきた。
作りたてなんだ。と、思った。
もう一口齧った。あったかいチョコが冷えた身体に、ココア以上に染みわたる。
「おいしいじゃない。」
それはルキの素直な感想だった。
横でパンを齧るルキをどきどきしながら見つめていたタカトは、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を作った。
「ほんと!?うわー、ルキがおいしいって言ってくれたよー、よかった。僕も食べよう。」
どういう意味よ、と思ったが黙っておいた。
ルキは、なんでこんなに黙っとこうと思うのかしらとちょっと自問したが、それは結局どうでもいいことだったので、
やっぱり黙っておいた。
「うん、よかった。ちゃんと焼けてる。」
タカトが自分のギルモン?パンを食べながら言った。
「いやー、実はさっき電話したときは、まだ焼いてる途中だったんだよね。
まさかルキがもう公園にいるなんて思わなくてさ。
っていうか、なんでルキは公園にいたの?」
「…べつに。なんとなく。」
なんとなく、と言えばなんとなくだった。
なんとなく、久しぶりに公園に来たかったから。なんとなく、思い出に触れたかったから。
なんとなく、タカトのこと思い出したから。
自分はタカトのことをどう思ってるんだろう。
夜、眠れずに一人で考えることがあった。
こんなとき、レナモンがいれば相談にのってくれたかもしれないのに、とも思った。
タカトは小学生のとき、最初は戦って、いっしょに戦うようになって、いっしょに冒険して、いっしょに眠って…
それだったら、ジェンもそうじゃない。3人いっしょだったじゃない。
でもなんでタカトなんだろう。
タカトへの気持ちは高まる一方だった。その原因もわからないまま。
恋、ってこういうものなのかしら。あたしがタカトに恋って、どういうことよ。ふざけんじゃないわよ。
なんでタカトなんかに…、タカトなんか……
「…キ、ルキ?」
は、っと気がついた。タカトが呼んでる。
「な、なによ。」
「なにって、大丈夫?なんかボーっとしてたけど…。」
「大丈夫よ。」
そう言って手に持ったパンをまた齧った。
パンは幾分か冷えていて、中のチョコは固まりはじめていた。
タカトのほうをちらっと見た。見るとタカトは既にパンを食べ終えていて、口のまわりにうっすらチョコがついていた。
それを見て、小学生のまんまなのあんたはと思ったが、そのタカトがいきなり
「ルキ、一口もらっていい?」
と断っておきながらルキの返事もまたずに、ルキの持っていたレナモンパンの
わざとなのかはどうかはわからないけど、ルキの齧っていた部分を齧った。
目の前で間接キスされたルキはそのままかたまってしまった。タカトと間接キス…
口をもぐもぐしながら、
うん、ちゃんと焼けてるなどと呟くタカトは、それを飲み込むとそのままそっぽを向いて黙ってしまった。
そっぽを向かれたルキはどうすることもできずタカトの側頭部を見詰めていると、
突然タカトが立ち上がって、
「じゃ、ルキ。あの、僕、帰るからさ。えーっと…」
などとごちゃごちゃ言いだしたが、とっさにルキはタカトの腕をつかんで、
「まだ帰んないで。」
と言った。
冷たい風が吹いた。
中学生になって、色気がでてきたルキに上目づかいで「帰んないで。」なんて言われたタカトは、その魅力?にやられ、
すっかり困惑してしまった。
するとルキは付け足すように、
「このパン食べ終わるまで…、待って。」
と言った。
そんなこと言われてまさか帰れるわけないタカトは、おとなしくルキの横に再び座った。
二人の間は沈黙だった。気まずい空気のなか、ルキはひとりでパンを食べ、タカトは落ち着きなさげにあたりをきょろきょろと見回した。
幸いなことに、二人のほかにはその場には誰もいなかった。
ルキがパンを食べ終わった。
せわしなく体を動かしていたタカトがそれを確認して立ち上がろうとしたが、
それをまたルキが止めた。
「えっと、ルキ?」
「まだいて。」
今度はルキは俯いていた。
どうすればいいかわかんないタカトは、再びルキのとなりに座って、そしてルキの両のかたをつかんで、ルキのほうを向き、
「ルキ」
と呼び掛けた。
俯いていたルキが顔をあげた。
二人の距離はもうほんの数cmだった。
思わず顔が赤くなる。緊張する。
だが、次の瞬間、
「!」
タカトが目をつぶりルキに顔を近づけると、ルキも瞼を閉じ、
そして二人の唇が重なった。
それはほんの数秒のできごとだった。だがルキにはそれが数秒以上のずっと長い時間に感じられた。
タカトと本当のキスをした。初めてのキス。
タカトのほうから近づいてきて、そしてタカトのほうから離れた。
タカトが離れたので瞼を開くと、タカトも瞼を開いていて、そして視線が交わった。
するとみるみるタカトの表情がかわっていき、
「ごめん!」
謝られた。
「なんで…、」
なんであやまるの。と言おうとした。だが声がかすれて出なかった。
そして気づいた。ルキは涙をながしていた。
中学校の制服の袖で涙を拭うと、タカトも泣きそうな顔をしていた。怒らせたと思ったようだった。
一通り拭うとタカトがまた
「ほんとごめん!いきなりこんなことして!」
と言って謝った。
でももうルキの気持ちははっきりしていた。
「いいわよ。嬉しかったから。」
タカトが、へ?という顔をした。
でもその顔はすぐに別の表情に変化し、そして意を決したように、
「あのさ、ルキ。僕、ルキに言いたいことがあるんだ。」
もうキスしちゃったのに、なにを勿体つけてるのよ。と思ったが、それもまた口に出さないでおいた。
どうやら自分は、タカトにだと言えないこともあるらしいというのが、ようやくわかってきた。
「えっとさ、あの、僕は、その、えっと…、えっと、ルキのことが、好きです。」
そこまで言って、タカトは一息ついた。
恥ずかしそうにもじもじしゃべるタカトは、今のルキにとっては愛しい以外なんの感情もわかないもので、
「…あたしもよ。」
とすぐに返事した。
するとタカトはまた笑顔をつくり、
「じゃあ…」
と、何か言おうとしたがすぐにルキが
「もう一回して。」
と言った。
もう一回、と言われてタカトは相当困惑したようだった。
さっきは勢いにまかせてなんとかなったが、いざするとなるとかなり恥ずかしいものだった。
再びルキの肩に手をかけたタカトは、そのままもじもじしていて、なかなか近づこうとしなかったが、
しかし待ちきれなくなったルキはついに、
自分からタカトの首に手をまわし、そして唇を重ねた。
重ねるだけではとどまらず、さらに自らの舌をタカトの舌と絡めた。
もちろんディープキスというものを知ってはいてもやったことないルキは(もちろんタカトも)それ以上のことはできなかったけど、
そうして再び離れると、タカトは顔を真っ赤にして
「……甘い。」
と一言感想を述べた。
「…なんでそんな感想なのよ。はじめてなのに。」
「だってチョコの味しかしなかったよ…。」
と言われて、まぁルキも実際そうだったので、そこは大目に見てやることにした。
そんな光景を、樹里は茂みの陰から眺めていた。
さっきたまたま通りがかったら、タカトくんとルキがキスしてる。
そして今またキスした。はっきり見てしまった。
「そっか、タカトくんそうなんだ…。でもあたしも負けないから。」
そう呟き、音も立てずに樹里はその場から立ち去った。
季節はそろそろ春を迎えようとしていた。