『空に目を向けてみよ 遥か高みへ 今まさに闇の中で星星が蠢いている  
永劫の時が過ぎ去り、それ故とうとう 監獄の壁を破り、旧き者どもが甦る  
彼らは戻ってくる、人々は知るであろう 彼らはこちらへ新たな恐怖を知らしめるために』  
 
 
休み時間…ボーっと窓の外を眺めていたルキの耳に、奇妙な歌が聞こえてきた。  
振り向いて見てみると、同じクラスの生徒がふざけたようにその歌を歌っていた。  
歌詞は全て英語。しかし中学に入ってきてからは英語は得意分野となっていたため全部とまではいかないが大方理解は出来る。  
 
 
『恐怖、畏怖、怯え、絶望の極み  
甚大な、極大な、究極な絶望の極み  
海から、地の底から、空から、その全てから彼らは戻ってくる  
彼らはこちらへ新たな恐怖を知らしめるために』  
 
 
悪趣味……  
頭の中で和訳しながら、聞いているルキはまずそう思った。  
どこか悲しいメロディーで同じ歌詞を数回繰り返し、生徒は歌い終える。  
聞いていた生徒の友人は「なにその変な歌?」と聞き、  
それに生徒は笑いながらパソコンの動画でたまたま見つけたと簡単に答える。  
何気なくその後も会話を聞いていたルキだったが、しばらくして興味がなくなり再び視線を窓に移す。  
が、生徒達の会話はやや大きめの声で話され、聞く気は無くても耳に入ってくる。  
途中後ろからクトゥルフやらインスマスやら聞きなれない単語が聞こえたが、やはり興味は湧かない。  
しかし、不意に聞こえた「これ、クリスマスソングの替え歌なんだって」という言葉に、少しだけ意識が動く。  
別にさっきの悪趣味な歌がクリスマスソングだったことに驚いてるわけじゃない。  
ただ言葉に入っていたクリスマスという日が、もうじき来ることを思い出しただけだ。  
 
「…クリスマス、か…」  
 
取り出した携帯のカレンダーを見て、改めてその日が来週であることを確認する。  
正直、小学校の頃クリスマスという日を心から楽しんだという記憶があまり無い。  
自分が幼かった頃…父が傍にいた頃は、まだ無邪気にはしゃぐことが出来ていた。  
しかし…父が隣から消えてしまって以降は、楽しさよりも何かが足りないという孤独感があった  
成長するにつれて必死に理解し、諦めようとしても、まだどこかで引きずっている…  
…だが、仲間と…タカトと出会ってからは、その孤独感がかなり消えた。  
冷たい態度をとっても、突き放すように喋っても、彼は自分の傍にいて、優しく笑ってくれた。  
パートナーのレナモンとはまた別の形で、彼には救われたと思っている。もっとも、それを言葉に出来る勇気はまだないが。  
昔に比べて、ずっと素直に笑ったり、楽しんだりできるようになったと自分でも感じる。  
 
「…クリスマス……誘ってみようかな」  
 
ポツリと呟いたその瞬間、頬が熱くなったのが自分でもなんとなくわかった  
丁度彼らの学校も先日冬休みに入ったと樹莉から聞いた。自分のところも明後日には終業式をやる。  
だが…タカトが素直に来てくれるかどうかは正直わからない。  
彼の家はパン屋をやっており、この時期はクリスマスケーキなども販売している。  
しかも結構人気があるらしく、そうなれば当然店を手伝っているタカトも忙しくなり出かける暇もなくなってくる。  
仮に誘いに乗ってくれたとしても、彼の性格のことだから「折角だから皆も…」というかもしれない。  
別にそれでも構わないのだが……一年に一度のその日を、タカトと一緒にいたいと思ってしまう。  
その気持ちの理由には…一応気付いてはいる。だが、それも口にする勇気がやはり無い…  
高揚する気持ちと不安を頭の中で行き来させながら、窓の向こうの空を見る。  
先ほどまで雪が降っていたため厚い灰色の雲が空を埋め尽くしていた。  
そんな薄暗い空を見つめていた、その時――――  
 
ザァァァ……  
 
一瞬。  
クラスメイト達の話し声でざわめいていた中で、その音だけが異様に際立って耳に響いた。  
 
「え………?」  
 
思わず呟いて辺りを見る。しかし、周りにその音を出すものは無い。  
そもそもこの教室の中にいてその音が聞こえるはずが無い。  
…結局その場は気のせいと決めて、特に気に止めないことにした。  
 
一瞬だけ聞こえた  
 
波の音を  
 

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