「楽器演奏?」  
 
そういいながらルキは隣を歩くタカトの顔を見た。  
空は徐々にオレンジ色に染まり、偶然買い物帰りで出会った二人を同じ色の光が照らす。  
 
「うん。今度また新入生が入るからさ、その歓迎会みたいな感じで、学年ごとにそれぞれ出し物をするんだって。で、2年生が全員楽器を使った演奏会」  
 
ルキの問いに、タカトはいつもの柔らかな笑みを浮かべながら応える。  
あの忘れることの出来ない日々から、しかし時間は流れ…少年達もいつの間にか中学生となっていた。  
時間とともに離れそうになったり、かと思えばまた近づいたりを繰り返しながら、いまでも彼らの絆は続いている。  
そしてその時の道中で、この二人は友達、仲間から更に……もう一つ上の関係となっていた。  
気づいたときには、いつの間にか彼に惹かれてて……悩んだ末にぶつけた想いは、真っ赤になりながらもしっかりと受け止められた。  
仲間だった頃とは違う、好きという感情……以前には無かった、一緒にいるだけで感じる温かさが心地いい…  
照れくさくて表には出さないが、偶然会いこうやって隣同士で歩いているのもお互い嬉しかった。  
 
「曲は音楽の先生が作曲したオリジナルなんだけどね。あ、一般の人も見に来ていいんだって」  
「ふぅん……で、アンタはどの楽器使うのよ」  
「えっと……」  
 
タカトは一旦言葉を切ると、改めて言う。  
 
「フルート、やることになったんだ」  
「フルート?」  
 
楽器の名前を聞いた瞬間、思わずルキは聞き返してしまった。  
別にその楽器を知らないわけではない。  
澄んだ音色を出すその横笛は当然知っている。知ってはいるのだが……  
 
「なんか…アンタがそれ吹いてる姿が想像できないんだけど…」  
「えー、酷いよルキ」  
 
タカトはどちらかと言えばあまりスポーツなど活発的なことはしない。  
そういう意味では楽器というのもそれなりに彼には似合うのかもしれないが…  
部活でも小学校の頃から好きで…そして彼のパートナーとの出会いのきっかけでもある、絵を描く事のできる美術部に入った。  
元々好きなことの飲み込みは早いようで、今ではすっかり昔のような落書きの様な絵ではなく、風景画や人物画など素人目から見てもかなり上手く画けるようになった。  
ちなみに以前『いつかルキの絵も描きたいなー』と恥ずかしげもなく言われて、赤くなりながらデコピンしてやったのは別の話。  
 
「やっぱり慣れないことだから、練習しないとまだまだ駄目だけどね。けど、最初の頃よりは上手くはなったと思うよ」  
「…その演奏会、やるのはいつ?」  
「来月の19日だから…丁度日曜だね。……あのさ、ルキ…」  
「良かったら見に来て、でしょ?」  
 
少し照れたようなタカトの言葉を、僅かに笑みを含んだルキの言葉が遮った。  
気がつけば、いつの間にか互いの家への分かれ道まで来ていた  
 
「…ま、日曜なら特に用事はないし……折角だから見に行ってあげるわよ」  
 
ぶっきらぼうに喋ってはいるが、それが照れ隠しであることは向こうも知っているため、途端にパァっと笑みが深くなった。  
こういうところは、口には出さないが相変わらず無邪気というか、子供っぽいと感じる。  
 
「けど、折角聞いてあげるんだから、ちゃんとした演奏しなさいよ」  
「始めからそのつもりだよ」  
「じゃ、一応期待しとく」  
 
そう言って自分の家へと歩き出そうとしたそのとき、不意にぐっと肩をつかまれて引き寄せられ…  
 
「…ありがとう……」  
 
すぐ耳元で、優しくささやかれた次の瞬間には、再び見慣れた笑顔でじゃあね、と駆け足で去っていく。  
笑顔が赤く染まっていたのは、夕焼けの聖ではないだろう…もっとも、自分は多分それ以上に赤面しているだろうが…  
 
「…………ばか」  
 
頬を昼間より少し涼しくなった風が吹き抜ける。しかし、それは一気に上昇した体温を冷やすには足りず。  
たった一言でこうなってしまうのだから、彼より優位になるのはまだ先になるだろう…  
だが……それも悪くは無いと、密かに思っている自分がいた…  
 
 
 
数週間後……  
 
『タカトくん、結構熱心に練習してるみたいよ』  
「本当?ならいいんだけど」  
 
たまたま電話する機会があり、久しぶりにジュリと話していた。  
女同士ということも会ってか、タカトとは違った形で信頼が強く、今でもちょくちょくだが連絡を取っている。  
しばらく話し込んでいると、話題はあの演奏会の話になっっていた。  
 
「2年生全員って事は、ジュリ達も楽器演奏するんでしょ?何使うのよ」  
 
自分の学校は中学もそのままエレベーター式で上がったが、タカトを始め彼女や他の仲間たちも、クラスこそ違えど気付けば結局同じ中学に入学していた。  
 
『う〜んと、私とジェンがヴィオラで…ケンタくんがクラリネットで、ヒロカズくんがカスタネット』  
「カスタネット!?」  
 
思わずタカトの時とは違う意味で聞き返してしまった。  
フルートやヴィオラなら吹奏楽曲のような物をやると思ったが、それにカスタネットが入っているとどんな曲か想像しにくい…  
 
『他にもシンバルやハープや鉄琴とか…なんか音楽室の楽器ほとんど使う気みたい』  
「…それ、どういう曲なの…?」  
『まあ…結構いい曲だよ?私は、ジェンと同じ楽器で練習できるから結構…嬉しいんだけどね』  
 
声に若干の苦笑と…その後に照れ笑いが含まれる。  
彼女もまた、流れる時間の中で仲間以上の関係を持つ者が出来た…それも、自分より早くに。  
タカトと付き合いだした頃、正直ジュリの事を気にかけていたのだが…その翌日に彼女が自分たちもと普通に公言したのでかなり驚いた…  
 
「そっちは上手くやってるの?」  
『それなりに順調とだけ言っときます』  
 
少しばかり皮肉を込めて言ってみると、さらりと受け流される。  
だが声の感じからして、順調というのは嘘ではないらしい。  
 
『そういうそっちは?』  
「それな―――」  
『人の真似は良くないと思うワン』  
「う………」  
 
逆にこちらが受け流そうとすると、即座に語尾とは裏腹な油断ない声で遮られた。  
小学生だった頃はまだかわいらしく聞こえたが、今のは顔で笑って目が笑ってないのがハッキリ目に浮かんだ…  
…電話越しのはずなのに目の前で迫られてる感覚になってるのはなんでだろう…?  
 
『…まあ、タカトくんの様子見ればいちいち聞かなくても大体は分かるけどね』  
「……アイツ、なんか変な事言ってないでしょうね…」  
『それは大丈夫。普段は皆にこうゆうことは言わないし。あ、そういえば……』  
 
不意に何か思い出したように、ジュリは話を変える。  
 
『タカトくん、課題曲以外にも別の曲練習してるよ。むしろそっちのほうが熱心にやってるかも』  
「何やってるのよアイツ……」  
『あれ?タカトくんから聞いてないの?』  
「は?」  
 
ジュリの言葉に首をかしげる。ただ、声の調子から何か楽しそうな感じがする。  
子供が何か悪戯を企んで、それを隠しているような…そんな感じだ。  
 
「ジュリ…何か知ってるでしょ」  
『まあね。けど、今は教えてあげない。当日直接タカトくんから聞いたほうがいいよ。そっちのほうが……嬉しいから』  
「え……」  
 
最後にスッと優しくなった声……  
 
『じゃあ、私そろそろ家の手伝いしなきゃいけないから。今日話せて楽しかったよ』  
「え、ちょっとジュリ待っ―――」  
 
向こうが話そうとする前に電話を切る。  
受話器を置き、クスッとジュリは小さく微笑んだ。  
 
「まあ…一ついえるのは、『愛されてるなあ』って事ぐらいかな♪」  
 
 
 
 

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