「そいつとのメール楽しい?」  
 マイケルは皮肉のつもりで訊いたはずだった。  
 「もちろん」  
 しかし彼女はマイケルの方を見もせずに(いつもの微笑みすらなく!)モニターに掛かりっきりで意にも介さない。  
 「なんていったっけ、あの、背の低い赤毛の彼」  
 背の低い、という形容詞にやっと彼女はマイケルの方を向いて言った。  
 「私のこーしろーくんよ」  
 その目が少しむくれている様でマイケルは少々怯んだが、それをスマートに切り抜けられる程度に彼は大人だった。  
 「そうそう、その“ミミのコーシロ”。なんてラブレターを寄越した?」  
 「ラブレターじゃなくて明日の同窓会の連絡。マイケルはこの連休に旅行行くんでしょ?写真撮ってきたら見せっこしよーね。」  
 ウインクも器用に決めて彼女はまたデスクトップの液晶モニターに向かった。  
 マイケルは本来なら真っ先に彼女を誘い、いつもの仲良しグループでバーベキューなどを楽しむ予定にしていたのだが、その前にメールの話を切り出され、結局言えずじまいだった。  
 メールとはつまり、チビで赤毛の“ミミのコーシロ”から送られてきた、面白みのない業務連絡のようなそっけないメール。天気とニュースと勉強とパソコンの話しか書いてない学級日誌みたいなつまんない内容。  
 彼女は時々それをマイケルに見せこれが彼女に送るメールに見える?とこちらがフォローに回らざるを得ないほど散々に扱き下ろすくせ、三日くらい経つともう返事を出している。……返事は一度も見せてくれないけれど。  
 「ばかばかしいほど日本に帰るんだね。まるで家と学校を往復するみたいに」  
 「ええそうよ」  
 「いつまで続くのかな」  
 さもわざとらしくため息をついて、マイケルはライブラリのソファから立ち上がる。  
 「……えらく突っかかるじゃない」  
 「恋敵だからね」  
 肩にブックバンドで縛った教科書を引っ掛け、マイケルは振り返りもせずそれだけ言い捨てて図書室を出て行った。  
 「――――――――よく言うわね、popular boy」  
 彼女は小さくため息ひとつ付いただけで、また文法と表現にうるさい彼氏にメールを打ち始めた。  
 
 彼がそこに戻ったのはもう6時も過ぎた頃だった。明日の旅行のスケジュールを立てながら談笑していたせいで、すっかり辺りはオレンジ色に染まっている。  
 戻ってきたのには訳がある。  
 図書室のペーパーバックの中に明日行く行楽地の地図や案内が載っていることを司書が教えてくれたのをこれ幸いと、初めて向かう土地に不安を抱いていた仲間の一人がリーダーが取りに行くべきだと囃し立てたおかげでマイケルは一人図書室に舞い戻ったというわけだ。  
 「……あきれた」  
 あれからもう2時間半は経っている。なのに彼女は悠々とまだそこに座っていた。  
 「ミミ、そんなに長いラブレターじゃ読むのに一週間掛かっ……」  
 椅子の背もたれに手を掛けて振り向かせようとしたマイケルの手に力が篭ることはついになかった。  
 ピンクにしたら彼氏に叱られたと染め直した茶色の髪。手入れが行き届いているのだろう、夕日に照らされて艶やかに輝くその髪はくすんだ金髪のうちのママならきっと家中のドレスと交換にしたって欲しがるに違いない。  
 マイケルはぼんやりそんなことを考えた。  
 「……この髪もコーシロのものか」  
 “コーシロのミミ”。  
 「服も褒めない、髪も褒めない、アクセサリや笑顔すら褒めない。  
 お前のために彼女が選んで、お前を喜ばせるために日本へ行くのに」  
 苛立たしい、とマイケルは思った。彼女はまっすぐお前を見ているのに、何故お前はそれに答えない。  
 「僕ならシャイな彼女が僕に飛びつくまで褒める。褒めて褒めて、僕の嬉しい気持ちの100分の1でも伝えるぞ、チビ助」  
 惨めだ。まるっきり道化師だ。いつもの彼女の笑顔じゃない。メールを書いているミミは“コーシロのミミ”になっている。寂しそうで恥ずかしそうで少し怖くてちょっと可愛い、百面相。そこに僕は居ない。  
 「――――――――こういうの、ムカつく、っていうんだっけ?日本語で」  
 ディスプレイにはマイケルの読めない漢字がたくさんの文章が長々と表示されている。  
 彼女の長い髪を少し持ち上げてマイケルは首筋にキスをした。髪を同じように持ち上げないと見えない場所に。  
 「明日には消える、ミミ」  
 そっと髪を元に戻して自分のカーディガンを彼女の肩に掛け、バックナンバーは無かったと言い訳しよう、そう思ってマイケルはそのまま図書室を後にした。  
 「僕は彼ときみが喧嘩すればいいと思ってるのかな、それとも何事も無くきみが帰ってくればいいと思ってるのか」  
 どっちでもいい、と“popular boy”は独り言を締めくくった。  
 
 
 その日は雨が降っていた。  
 「おねーさまー!会いたかったー!」  
 「みーやーこーちゃーん!」  
 呆れ顔のその他大勢を放ったらかしで、高テンションシスターズが勢い抱きつき再会を喜ぶ。  
 「この天気になんつー元気……」  
 大輔は出遅れて感情の持って行き場を失い、バス停の前で一人ぶーたれる。  
 「まぁ確かにこの湿度であの元気は凄いわよね」  
 フォローのような、そうでないような、曖昧な合いの手を入れたヒカリはなんとも言えない表情で笑った。  
 「いつもなら晴れなのにね、8月1日」  
 「こんな日もあるさ」  
 空はおかしな方向に話が転がらないように雰囲気を修正し、ヤマトがそれを補強した。それを黙って見ている太一は誰にも気付かせないようにため息を吐き、さっと表情を立て直す。  
 「さ、感動の再会は後々!ぱーっとやるぞ!」  
 太一の声にそれまでざわめいていた全員が拳を突き上げる。  
 『おー!』  
 うろたえるミミと光子郎を除いて。  
 「えっ?ちょっ……なに?なにが始まるの?」  
 きょろきょろと辺りを見回すミミの様子にいち早く気付いた丈が当たり前のことを訊ねるようにミミに言う。  
 「あれっ聞いてない?今年はあの例のキャンプ場で一泊するんだよ。みんな大荷物だろ」  
 あの日のトレードマーク、青いスポーツバッグをポンポンと叩きながら丈が椅子から立ち上がった。  
 「えええええー!?き、聞いてないわよ!!あたし、明日帰らなきゃいけないのに!!」  
 座ったまま取り乱すミミを尻目に、またまた、と言いたげな顔でタケルが笑った。  
 「光子郎さんがそんな大事なこと言い忘れるなんて。騙されませんよミミさん」  
 「もう半年も前から決まってたんです、光子郎さんがそんなミスをするわけがありません」  
 伊織も黄色いリックサックを背負い込みながら、まるで信じていない。  
 ただ京が一人引きつり笑いをしている。  
 「……京さんから連絡行ってますよね……?」  
 賢に尋ねられた固まったまま動かない光子郎がようやく解凍され、まだ痺れの収まらぬ舌を無理やりに動かして答える。  
 「……言い忘れてます、カンペキに……」  
 
 「ひっどーいホントに置いてけ堀なワケー!?せっかく帰ってきたのにーッ」  
 皆が済まなさそうにバスに乗り込みながら、それでもすでに心はキャンプ場、というなんともいえない表情で窓から手を振る。ミミはそれに抗議の声を上げながらも、絶対にいっぱい写真取ってきてよね!と注文を忘れない。  
 「この恨みは忘れませんよ京くん、精々楽しんできてください」  
 こめかみに青筋を立てながら光子郎が最後まで説教を食らってた京に追い討ちをかける。  
 京は振り返ることもなく、ただ一度バスのステップに足を掛けたまま止まり、低い声で言った。  
 「イーじゃないですか泉先パ〜イ。恋人との時間が増えたと思えば〜」  
 はっと光子郎が京をもう一度見たときにはすでにバスのドアは閉まっていた。  
 「それじゃミミさん光子郎さんいってきまーす!」  
 「土産ちゃんと買ってくっから心配すんなよ光子郎〜ミミちゃんあとよろしく〜」  
 現サッカー部キャプテンと元サッカー部キャプテンが気楽に手を振って、バスが動き出した。  
 「あんまりだわー!あんまりだわー!あんたたち覚えてなさいよーッ!」  
 停留所で地団太を踏んだミミがバスの陰が消え去った頃、ハァとため息をついて光子郎を振り返った。  
 「こーなったらこっちはこっちで楽しんでやるんだから!ねぇこーしろーくん!」  
 光子郎の黄色い傘を雨が叩いている。光子郎は特別な表情もなく、ただぼんやりとバスの行ってしまった道の向こうを見ていた。  
 「どうしたのよ」  
 訊ねる耳の声にも反応はなく、腹立ちの収まらないミミは光子郎の視線を阻むように立ちふさがった。  
 「ちょっと!きーてんの!?」  
 「えぇぁっ!?は、はい、聞いてます、聞いてます」  
 「ゼーッタイ!みんながうらやましがる様なことして遊ぶのよ!」  
 「あ、はい。でもこの天気ですしね、明日帰るんでしょう。何して遊びましょうか」  
 よそ行きの顔、余所余所しい声、心ここに在らずの光子郎。  
 「光子郎くん」  
 ミミはトーンを落とし、キッチリと正しい発音で光子郎を呼んだ。  
 「なんですか」  
 いつもの彼ならその不自然に気付いただろう。が、今の彼はそれに気を回せるほど精神的余裕が無かった。  
 「腹が立たないの」  
 「立たないわけじゃないですがもう済んじゃった事だし、しょーがないです」  
 「しょうがない。そうね、仕方ないわ。で、京ちゃんに何を言われたの」  
 
 お気楽で純真で享楽主義のミミだが、決して彼女はバカではない。我がままで周りを困らせる事はあっても、迷惑は掛けないように本人が気を使っているのは、側に居れば小学2年生でも気付く。  
 「な、なんですか急に」  
 「このおっきな目は節穴じゃないのよ」  
 「あのー、話が飛躍しすぎて理解できな――――」  
 そして、苦笑いと後ずさりで誤魔化そうとする光子郎の逃げる場所に先回りする程度に要領がいい。  
 「……ついさっきまであたしと同じように怒ってたわ。置いてけ堀食って腹立ててたの。  
 それがバスのドアが閉まってから急に無口よね。どうして突然怒りが収まったのかしら?」  
 「それと京くんに何の関係が」  
 「……京ちゃんがバスに乗るの最後だったわ。それまで光子郎くんはいつも通りだったはず。で、バスが行って光子郎くんがヘン。  
 素直に考えれば京ちゃんが原因よね、でもバスに乗った彼女は特に変わりなかった。てことは喧嘩じゃない、ああなんか言われたんだなと考える。  
 この推理おかしい?おかしくないわよね?無理のない推論だと思わない?思うわよ、少なくともあたしはそう思うの」  
 さらに言えば得意分野を盾に立てこもりがちな恋人の陣地に乗り込んで、彼のルールに従って勝負できるくらい気風もあった。  
 あんぐりと口をあけ、一旦停止ボタンを押されたように光子郎は彼女の流れるような口上を聞くばかり。  
 「まだ無駄な白をきるつもり」  
 じろりと光子郎を睨め上げるその表情には、恨みがましさは見当たらない。  
 「何を言われたの」  
 勘繰って無理やりにその表情に名を付けるとするならば、二律背反。アンビバレンツ。  
 「――――――くだらないことです。  
 ミミさんとの時間が増えてよかったじゃないかとね、言われただけで」  
 かしかしと掻く後ろ頭に回された手の動きにつられて、黄色い傘がユラユラと大きく二三度揺れた。その度にパラパラ落ちる雨音が少し乾いて変化する。  
 「たったそれだけでションボリなんて光子郎くんらしくないわ。他に何かあるんでしょ」  
 光子郎は特に勘が鋭いという方ではない。人並みに感付き、人並みに鈍い。だからこそ通常は呆れるほど鈍いくせに、時に超常現象並みの勘を発揮するミミの恐ろしさに降参したのだろう。  
 「……アメリカ行くとそんなに勘が鋭くなるもんなんですか」  
 「女って怖いってパパがいつか言ってたわ。仕草一つで隠し事がばれるって。  
 でも簡単なの、パパ何かやましい事があるとそわそわするの。そんでママやあたしの顔色を窺うのよ。  
 光子郎くんはね、俯いて深呼吸する。それから空っぽの顔で上手に笑うわ」  
 心臓がどうにかなったのかと思うほど彼の大きく脈打った。思わず会ったこともない彼女の父に“精神感応者を家族に持つとはさぞご苦労の多いことでしょう”と、とぼけた遺憾を表明するほど。  
 
 「…………別に言いたくなきゃ訊かないわ。  
 ええそうよ、いくら恋人でもプライバシーは尊重しなきゃね。コンフィデンスを侵害する気はないわ、だってあたしは他人のシークレットを暴くような恥知らずじゃないもの、ねぇそうでしょう光子郎くん。あなたの好きな子はそんな浅ましいビッチじゃなかったはずだわ」  
 何度も何度も同じ意味を重ねる彼女。うんざりするトートロジー。まるで追い込むような。  
 「……常々自分を素直じゃない部類の人間だと自覚はしてたけど、ミミさんも相当……」  
 まだ雨は降っている。傘に振り落ちる雨粒の強さは変わらない。  
 「お生憎様、あたしはいつも素直よ。誰かさんと違って自分の欲しいものくらい解ってる」  
 きらきら光る目。睨み上げるような挑戦的な表情……だというのに、イライラした顔に今にも零れそうな水溜りを目尻に作って、ミミはトゲトゲしい台詞を吐いていた。  
 「ヤキモチはもっと解りやすく焼いてください、焦げるとおいしくない」  
 「上手くあしらわないで!はぐらかすつもり!」  
 こうなってくると手におえない。なのに彼女のテンションは天井知らずだ。  
 「あたしは怒ってるんじゃないのよ、ただモーレツに悲しいだけなの。  
 あたしに話せないのならもっと上手に隠しなさいよ、それがエチケットってもんじゃない?  
 ええそうよヤキモチ焼いてるわ、悪い?だってあたしこーしろーくんのこと好きなんだもの。好きな人が自分に自分とは別の女の子と隠し事してたら、しかもそれを知っちゃったら悲しくなるの」  
 それが女の子ってものよ。突き放した結び言葉にさえ刺が見る。  
 眉間に皺が出来てないだろうか。溜息が出るのさえ押え切れない。光子郎だって置いてけ堀を食った上に鉛の台詞を投げ掛けられ、追い打ちとばかりにミミからの叱責まで受けてはたまらない。  
 「道端で喚かないで下さいよ、みっともない」  
 「みっともないですって!」  
 「ほらまた大声……」  
 目尻がぐっと釣りあがったミミの青筋が見えるようだ、と彼は思った。静かに落ち込む事も許されないのか。そんな悠長な苦笑いを噛み殺している暇などもちろん与えられるべくも無い。  
 「そうね!いっつもあたしばっかりエキサイトしててごめんね!」  
 ついにミミは一人で歩き出してしまった。どこへ?そんなこと光子郎が知るわけがない。そして多分、ミミ本人にさえそれは当てはまるだろう。なのに、光子郎は間抜けにも訊ねてしまった。  
 「ど、どこへ……」  
 「知らないわよ!」  
 こういう時、光子郎は勇ましい彼女の背を見て歩くしかない事を知っている。隣に並べば怒るし、ついて行かなきゃもっと怒るんだから。  
 雨はまだ降っていて、二本の傘がぱさぱさ鳴り続けている。  
 
 雨の海浜公園というやつは、とても物悲しいなぁと光子郎は思う。ミミのワインレッドのストライプが入った派手なクリーム色の傘を見てもそう感じる。  
 ふと振り返ったミミと少しだけ目が合った。彼女がこの黄色の傘を見てもそう思うのだろうか、と己が傘を見ると、薄い黄緑の流線が意匠として入っているのを見つけて、コレも意外に派手だなぁと呟いた。  
 ミミはぼんやり雨に曇る海の向こうに視線をやりながら、あたしなんであんなに腹立ててたんだっけ?と謎めく自分の感情を不思議に思っていた。それから、いつもだったら何か話し掛けてくれるのになぁ、怒っちゃったかなぁ、とそろそろ不安になっている。  
 二人は5メートルくらい離れて、傘の柄を頼りにするように雨の中に立っていて、ミミはぼんやり海の向こうを、光子郎はぼんやりミミの傘の柄を見ていた。  
 本当は5分位だったような気もするし、2週間くらいそこにそうしていた様な気もする。  
 でも随分そこに居るような感じは錯覚ではなく、ミミのショートブーツはぐっしょり濡れていたし、光子郎のズック靴に到っては水溜りの中に突っ込んだかのようになっていた。  
 「こーしろーくん」  
 「はい」  
 「……帰ろっか」  
 ミミがそう言うや否や、傘を畳んで光子郎の傘を取り上げた。どうやら相合傘をやるつもりらしい。  
 「もう持ってもらわなくても」  
 光子郎がそう言って、黄色の傘を取り返す。  
 「頭、つっかえませんよ」  
 ほらね、と光子郎が誇らしげに傘をミミに捧げて持った。なるほど、ヒールのあるブーツを履いているミミの髪形を阻害しないであまる高さに傘がある。ミミは少しだけ感心してにやっと笑った。  
 「少し前なら京ちゃんにも追い抜かされかねなかったもんね」  
 言ってしばらく返事が無かったあたりで、ミミはしまったと思った。なんでわざわざここで京ちゃんの名前を出すかなアタシ。  
 「……………………」  
 案の定、少し持ち直したかに見えた光子郎の表情は元の薄暗くぼんやりしたものに戻っている。  
 「い、いや、あの」  
 「ミミさん」  
 「……はい……」  
 「そのヤキモチの焼き方ちょっと怖い」  
 「……ごもっとも……」  
 「何がそんなに気に食わないんですか。」  
 「……訊かれても困るわよ。あたしだってわかんないもん」  
 
 「僕が浮気してるとでも言うんですか。まあ百歩譲ってそういう無駄で無根拠な想像を許可しましょう。  
 何故相手が京くんなんですかね。僕なんかしましたか?彼女に不必要に近付いた事なんか賭けてもいいですが、絶対にありませんよ。」  
 百万が一にも僕にその気があったところで、一乗寺くんが許す訳ないでしょうが。……という台詞は、なんだか取り返しのつかない齟齬が発生するような気がして、光子郎は寸での所で飲み込んだ。  
 「だーかーらー!根拠とかそーゆーロジックじゃないんだってば!  
 わかんないの!わかんないけど!女の勘なの!なんかこーしろーくん怪しいの!  
 でも実際は全然怪しくなくて!いつも通りで普通なんだけど!あたしがなんか怪しいって思うから!京ちゃんと喋っててもなんかイライラすんのよーっ!」  
 キーッと悲鳴を上げて、ミミが地団太を踏んだ。水滴が跳ね上がって、ショートブーツが更に濡れる。  
 「…………ああ。」  
 光子郎がポンと手を打つ。  
 「……なによ」  
 逆立って振り乱した髪をぐしぐしと抑えながら、ミミが恨めしげに視線を上げた。  
 「僕が空さんと喋っててもそう思いました?」  
 「ちょっとはね」  
 「ヒカリちゃんとは?」  
 「……んー、あんまり?」  
 しばし眉をひそめてミミが答えると、光子郎が声を上げて笑う。  
 「な……なによっ」  
 「なんとなく分かりました。」  
 「……ど、どういうこと?」  
 「教えません。自分で考えてください」  
 満足げにそう言って、光子郎は笑い顔のままそれ以上ミミが何を言っても答えなかった。  
 ミミはミミで、色々質問をするたびに光子郎の顔が緩んだり火照ったりするのを見てるのが楽しくなってきたので、なんだか考えるのも馬鹿馬鹿しくなって追求をやめた。  
 「こーしろーくんてさ、意地悪いね」  
 「ミミさんはへそ曲がりですよね」  
 「根性悪」  
 「お子様」  
 「偏屈」  
 「ガキ」  
 黄色い傘が揺れながらもやの中を進んでゆく。まだ雨は降っている。  
 

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