『おー、どうした光子郎』  
 「どうしたじゃありませんよ。あのあとミミさん宥めるのに骨が折れましたよ」  
 『とか何とか言ってぇ、今隣にいるんじゃねぇのかぁ?』  
 「……後で太一さん達からもちゃんと謝っといてください。」  
 『おーう任せとけー。こっちは今やっと雨上がったからなー駐車場で花火してんだ。ヒカリに言ってちゃんと写真撮ってもらってるから楽しみにしてろよ』  
 「……太一さん、お酒飲んでるでしょ」  
 『馬鹿言うなよ!俺がそんな……イヒヒヒヒヒ!飲んでねーって!ほんと!』  
 ――――――ダメだ。丈さんや空さんは一体どうしたんだろう?光子郎は鈍い頭痛を感じながらも、二人のしっかり者の名前は口にしなかった。  
 『そーだ、京ちゃんに替わってやろうか?』  
 まずい、と思った時には手から携帯電話が飛んでいる。オカルトだ。  
 「太一さん!そんなにあたし達の仲に波風立たせて面白いの!?」  
 『……えぇぇ…?…』  
 そこまで!!  
 光子郎は思うが否か、気付いた時にはミミの手からむしり取った自分の携帯電話を壁に投げていた。  
 「きゃーっ電話ーっ!!」  
 「何てことするんですか!」  
 「えええー!?アタシのせいなのこれ!?」  
 ミミが飛びついた携帯電話のそばにへたり込みながら悲鳴を上げる。  
 「違う!電話取って!太一さん!」  
 光子郎にしてはオーバーなリアクションでジタバタ喚き、事の重大性をアピールしているらしい。単に泡食ってるだけという説もある。  
 「……いーじゃん別に。相変わらず細かいこと気にする男ね。――――――それとも、みんなにあたしと一緒に居る事を知られたらなんか不味い事でもあるのかしら」  
 しれっとミミが唇を尖らせて携帯電話を拾い上げ、ドレッサーに置いた。携帯電話は通電している事を知らせる光もなく、沈黙し続けるばかりだ。  
 「こんな時間に一緒に居る事が非常識なんです!」  
 「たまに日本帰ってきたらコレよ。もうちょっとフレキシブルに人生を楽しむように心掛けないと、老けるわよ」  
 
 「……ねぇ。まだ怒ってんの」  
 ぶっすーっと膨れた光子郎は返事をしない。  
 「だからごめんなさいって、謝ってるのに」  
 ミミがベッドの上に正座して、スツールに腰掛けてそっぽを向いてる光子郎に何度も話し掛ける。  
 「意外にしつっこいわね」  
 喧嘩さえ吹っ掛けるような事を言っても、光子郎は膨れっ面をゆがめない。  
 しかし、ミミのホテルの部屋から出て行こうともしない。  
 ……ったく、いったんへそを曲げると長いんだから……ミミが溜息を飲み込みながらあきれ返った。  
 「首筋」  
 「は?」  
 「キスマークがある」  
 「……あー?」  
 光子郎がようやく立ち上がり、ミミの座るベッドの側にやってきた。まるで強迫でも始めるような態度だ。  
 「京くんがね、そう言うんですよ。ミミさんの左側の首筋にあるって。僕はミミさんを信じてますから虫刺されじゃないですかって言いました。そしたら時間があるんだから問い詰めてみたらどーですかって返事が返ってきて」  
 光子郎がベッドに膝をかける。ミミはその圧迫感にジリジリと後退するしか術がない。  
 「明るくて気のいい京くんをそーゆー皮肉めいたことを言う人間にしてしまった自分に腹が立った。素直で可愛い後輩がどんどん捻くれて行く原因たる自分の采配の悪さに絶望してる。  
 だからミミさんが京くんに嫉妬するのは完全にお門違いだし、もっと言えばその見当外れのジェラシーさえ喜んでる自分のクズぶりに落ち込んでるだけ。」  
 分かって貰えましたか。もはやヤケクソ気味に光子郎が早口でそんなことを言ってベッドを離れた。  
 そしてまたスツールに戻る。  
 「…………つまり、八つ当たりなのね?これ。」  
 そーです。やや軟化した声が心なしか萎れているような気がした。雨の上がった窓の向こうにあるくすんだ夜景に視線を馳せる光子郎を見ながら、ミミが大きく溜息をつく。  
 「可愛そうだから慰めてあげようか」  
 ウフン、思わせ振りな作り物の溜息を光子郎の耳元に投げ掛けたミミが嗤う。  
 「ミミさんは本当に意地悪ですね」  
 ムッとしたようで、何処となく寂しそうで、でも一歩も引かない頑固な性格。  
 「当たり前よ、優しくなんかしてあげない」  
 
 大きな目は伏せがちで  
 「キスマークの事実関係を是非確かめたいものです」  
 赤い髪は湿気を含んでささくれている  
 「虫刺されよ」  
 濡れたように光る唇と  
 「その虫はきっとウェーブの掛かった金髪で背が高くて美男子なんでしょうね」  
 しわくちゃになったシャツの襟元が  
 「覚えがないわ」  
 触れるか触れないかの緊迫した状況。  
 「そうでしょうとも、眠っていましたからね、虫と」  
 眉に掛かる髪は視線を遮ってはくれなくて、そっぽを向く事の出来ない顎先は微動だにしなくて、薄暗い部屋に止まった空気と息苦しい熱気、空気清浄機ではかき混ぜられない重苦しい雰囲気。  
 「信じてくれないの?」  
 二人はそれをおもちゃにしている。  
 「堂々とした態度ですね、まるで開き直りだ。困ったな、ちっとも妥協点を探れない」  
 忍び笑いに隠した嫌味と不安と憐れな虚栄。光子郎は自分というものはよくよく自己嫌悪の種が好きなのだなと飽き飽きする。  
 「もうたくさん!ウンザリするわ、嫉妬深くてイヤになっちゃう!何を白状すればいいの?何もいう事なんてないのに!……なんて風に怒ってほしいの?だったら残念、ミミはもう小学生の女の子じゃないもの」  
 それをミミが目ざとく見つけては時に拾い、時に踏みつけ、或いは飲み込んでしまう。ミミ自身、よくもまあこんな面倒臭い作業に慣れる事ができたものだと自分自身に感心した。  
 「――――――怖い。」  
 独白ともただ漏れたとも付かぬ言葉を受け、ミミが失笑する。  
 「お互い様」  
 弱々しいオレンジ色の電気の光、止まった空気、二人分の鼓動(自分のほうが少し早い気がする)、閉じられない目、懐かしい香り、蕩けそうな体温、いつもの肌触り。  
 呼吸を整えて、目を閉じ、頭の中をリセットにして、さぁ口に出せ。自己完結で終ってはいけない。苦しむ道に互いを引き込む道理などないはずだ。逃げてはならない、有耶無耶にしてはいけない。問題を明らかにし、必要ならば速やかに謝罪すべきである。  
 光子郎はそこまで考えてムッとした。  
 ……謝罪?…………誰が誰に。  
 
 黙っている。天井を見上げている。覆い被さるのはいつも私の方だな、とミミは声に出さず念じていた。喧嘩はともかく、臍を曲げた彼を諌めるには自分が謝ったり透かしたり、とにかくご機嫌を伺っているような気がする。  
 事実は恐らく半々、もしくは光子郎が妥協案を提示する方が若干ほど多いのだろうが、彼女の問題にしたいのはその強度である。下らない意見の行き違いや然程重要でない主張などは、ほぼ確実に毎回光子郎が折れた。  
 例えばモスバーガーのライスバーガーと普通のハンバーガーのどっちが美味しいかとか、映画で一番注目すべきは技術かストーリーか?とか、キスをする前にスカートの中に手を突っ込むなとか、そういう類の諍いはスグに解決する。  
 けれど、こと自分の意思が封殺されるようなこと、例えば嫉妬とか寂しさとか滅多に無いけど自慢とか、そういうことが無視されたと彼が感じる時、ミミが戦慄に似た感情を覚えるほどに光子郎は激昂、または解決に執着する。  
 『つまりまあ、外面ほど大人じゃないのよねこのヒト』  
 黙っている。布団と自分の身体に伏している。簡単だからこうしている訳じゃない、と光子郎は言い訳がましい頭の中に眉を顰めている。喧嘩はともかく、議論になると彼女の精神論と焦点の飛躍が少々鬱陶しい。  
 事実は恐らく彼が議論と思っている事柄の大方は単なる意地の張り合いで、だがそれを受け入れてしまっては彼にはもはや自己証明の術がなくなってしまう。なあなあでやっていくには几帳面すぎるのだろう。  
 自分の意見や主張を感情や流れではなく、理路整然とした理論と理由で理解させたいと彼は思う。なんとなく、でなく少しでも長く続く明確な公式として意見を共有する事が相互理解、つまり解り合うことだと信じているから。  
 自分がどう考え、相手がどう思ったのかを解き明かし、出来ればそれを平均化して互いが持つ。それこそが重要な事だと思う。齟齬や思い違いが少なければ少ないほど、問題点は生まれにくくなる。  
 『彼女には隙が多いんだよな、鈍感っていうか』  
 「こーしろーくん」  
 ミミが口火を切った。  
 「あたしは嫉妬はするけど浮気はしないし、こーしろーくんの性格に腹は立てるけどキライになったりはしないわ、多分。あ、この多分ってのは未来はどうなるかわからないって意味じゃなくて、推定ね」  
 それを受けた光子郎は、しばらく自分の文章を推敲してから口を開く。いつも通りに。  
 「僕は詮索はするけど頭から決め付けたりはしないし、ミミさんの言葉を全部真に受けませんが出来る限り善処はします。ただし安心してもらっては困ります。努力は双方向でないと意味がないですから」  
 「つまりまだ納得してないぞってことねそれ」  
 「そっちこそ不確定要素をちらつかせてます」  
 「あたし泉くんのこと嫌いだわ」  
 「僕は太刀川さんのこと信用してません」  
 「……よくも……言ったわね……!」  
 「――――――お互い様じゃないか。」  
 
 睨み合い、誹りあう、いがみ合いというものに彼らは縁遠い。なぜなら彼女達はそれが最も嫌いだから。  
 泡のように次々浮かぶ罵りの言葉と上げ連ねれば限りない相手の欠点、それから自尊心。  
 鉛の感情はべったりと絡み合っていた彼と彼女の身体を容易に引き剥がして振り回す。紅潮した二人の頬がそれぞれ天井と床に向かって汚い中傷を吐き出そうと待ち構えている。  
 「嫌い!今あたし自分のこと大っ嫌い!」  
 先に叫んだのはやはりミミだった。  
 「言いたいこと言ってるはずなのにちっともいい気分じゃないもの!すっきりしない!どんどん嫌な気分が溜まって…!…本当に言いたい事じゃないことをわめいてるだけ……出てこない、一番言いたい言葉が自分でも解らないの……」  
 潤んだ瞳が零れたのかと錯覚する。目に溜めた雫が滴り落ちて、半分閉じかけていた瞼が持ち上がったように、ビリビリ帯電していた光子郎の頭が痺れから解放されたような気がした。はっと息を呑む。  
 「でも謝ったりするのは違う気がする。だってあたし悪くないもん。こーしろーくん以外に身体触らせないもん。なんで信じてくれないの?なんで疑うの?なんで許してくれないのよ!?  
 あたし……あたしだって会えなくて寂しいのに……いっつも自分一人だけ可哀想な振りして……  
 でも!これがわがままだって!もう解るのよ!ミミちゃんもう小学生じゃないもの!  
 でもどうしたらいいのか分からない!うまく説明できない!上手に話せない!  
 あたし光子郎君のこと好きなの!でもほんとは嫌いかもしれない!あたしのこと嫌いな光子郎君は嫌い!でも嫌いたくないし!嫌って欲しくないの!でもそんな事考える自分が卑怯でイヤなの!」  
 後半は泣きながらグズグズに崩れた言葉で、それでも必死にミミがいつも大事に手入れしている髪のほつれさえ気にも留めず振り乱し、続ける。一番伝えるべき胸のうちを捜して。  
 「あたしのこと許して……!」  
 急いて渋滞を起こすセリフを取り違えた、とミミは焦った果てに出た単語を頭の隅で呻き悔いた。許して欲しいのは首筋の跡でなく……  
 「許してって、覚えてない事をですか。それとも、嘘をついたこと?」  
 案の定だ。  
 「――――――――――――ちっとも解ってない」  
 絶望的。  
 「解ってますよ。」  
 半笑いの声。  
 「解ってないわよ!」  
 癪に障る。  
 「解ってる」  
 言い切る無知。  
 「じゃあ全部間違ってるわ!」  
 
 ずるいでしょう、と光子郎は大の字のままの手足を微動だにさせず舌を出した。僕はずるいでしょうと、無能や無体をひけらかさんばかりに笑う。  
 組み伏せて蹂躙するのは楽しい。表情も見せず、言葉も掛けず、力任せに押し付けて自由を奪うのは何とも言えぬ胸のすく思いと目も眩むような多幸感で満たされる。  
 彼は自分の手の平の上で慌てふためく彼女を見るのは堪らなく気分が高ぶった。充実のリアリティは現実を蝕み、言葉を曇らせている事も知らず。  
 「嬉しい」  
 「……はぁ?」  
 「あなたの怒ったり泣いたりする顔、素敵です」  
 その日、彼女ははじめて暴力衝動と言うものを理解することになる。感情が目や口でなく全身から吹き上げた刹那のことだ。  
 手が熱く、痒く、痛い。ビリビリ振動している。息が乱れて視界が歪んでいた。  
 「あ……あたし……こんな腹立たしいの、は、は、はじめて……ッ!  
 イライラ……ムカムカする。あたしのこと馬鹿にしてるの?それとも、遊んでるの?心外だわ!ファックよ!  
 あたしが頭に血が上ってるのを眺めて喜んでるってわけ?……ふざけないでっ!」  
 彼女の振り抜いた左手が真っ赤に染まって、彼の打たれた右頬は夕焼けほども色づき、痛々しい。  
 「……ぼくは、ただ……」  
 「ただ?なによ?全部わかってるんでしょ!?じゃあいいわよそれで!頭の中で全部解決しちゃいなさいよ!  
 だったらもうあたし要らないわよね!一人で全部出来るんだったらミミなんかいらないんじゃん!」  
 荒れ乱れる彼女の動揺の幾ばくかを光子郎が推測でき、身体をようやく起こした頃、ミミは既に議論も対話も出来ない状態だった。  
 「ちょ、ちょっと待って」  
 「待つ?いいわよ待ってあげる!でもいくら待ってもどうせ無駄!どこまで行っても平行線よ!何をどうしたって結局同じ生き埋めだわ!  
 いつもそう!あの冒険の時だってそうだった、何度言っても何度話しても何度でも綺麗サッパリ忘れちゃうのよ!」  
 「お、落ち着いて下さ」  
 片肘を半分突きながら片手で広げ、ちょっと待ったの格好をする光子郎の格好はすこぶるマヌケだったのに、ミミはそれを意に介そうともしない。もはや何も見えていないのは明白だ。  
 「あたしばっかり必死で嫌になっちゃう!いつもそう!ホントは気になるくせに涼しい顔して知らんぷりしていいとこだけもってくの!ずるい!卑怯!卑劣!臆病者!きらい!きらい!だいっきらいっ!!」  
 わあん、と泣きたかった。大きく口を開けて大粒の涙を流して全身の力を抜いて、聞き分けもなくわあぁんと。だがミミはそれが出来なかった。今までは自然に何の問題もなく出来ていたはずなのに。  
 ……思えば、そんな風に泣いたのはいつが最後だったかすら思い出せずに肩を落としてベッドの上に蹲る自分が、ミミにはなんだか可哀想に思えた。  
 もうこんなことで自分の言いたい事を有耶無耶にしてちゃダメだって解ってるのに、他にどうすればいいのか分からない。きちんと言葉に出来ない。  
 ちゃんと考えて、考えて、冷静にしてるつもりなのに……最後はみんな自分でダメにしちゃう……!  
 
 男というのは大抵の場合、こういう局面に非常に弱い。感情を感情のまま感情で受け止められない。何とか順序立てて理解しようと試みはするが、ソレが出来ないから今の状況なのだと分析出来る耐性がないと、ただうろたえるしか方法がない。  
 光子郎も例に漏れず宥め賺す技術はおろかその発想も無く、ただ泣くしかしないミミがだんだん哀れになってきた。  
 寂しいのだろうか。悲しいのだろうか。辛いのだろうか。……不甲斐ない自分の為に。  
 「……ミミさん」  
 名を呼ぶ。  
 返事は無い。ただ部屋に広がるのはすすり泣く声。居た堪れない。  
 「あなたの怒ってる顔も、泣いてる顔も、もちろん笑ってる顔も……全部好きなんです。全部見たいんです。全部独り占めにしたい。……手段や場合を問わなかった事は心から謝ります。  
 でもミミさんの嫌いなところも、イヤな所も、全部好きなんです。……好きなんだ……」  
 理解されないと思うけれど、僕は君さえ居ればいい。後は何も要らない。……でも、君が居なくちゃダメなんだよ……  
 ぽつりぽつりと落とされる言葉がすすり泣きに砕けて消えてゆく。  
 泣いてるミミの肩を抱くように光子郎がグッと力を込めて覆いかぶさった。ミミの涙がシーツに散って染みになる。  
 「泣かないで。泣かれたらどうしていいのか分からない。  
 理解できるようになるから。諦めずに解読するから……言葉で話して、言葉で伝えて」  
 独白のような、懺悔のような、許しを乞うような、光子郎の言葉の裏には、彼のまだ認めざる卑屈と傲慢が隠れている。そして見知らぬ支配欲と征服欲すら。  
 「……言葉じゃなきゃダメなの?光子郎くんの理解できる言葉で喋れなきゃ、解って貰えないの?」  
 ミミは知っている。直感と経験で知っている。自分の不自由と限界を知っている。  
 「抱きしめたりキスをしたり、えっちするのはじゃあなんなの!?」  
 言葉じゃなきゃ意味が無いなんていわないでよ!解読しなきゃ解らないなんて言わないでよ!  
 ミミが光子郎の腕の中で叫んだ。掠れがちな上擦った声で。  
 ビクッと一度大きく震えた光子郎の腕が、力を失う。全身でしがみ付いていた筈の腕の力が抜け落ちてしまう。  
 「寂しいから!?会えなかった時間を埋めるため!?気持ちいいから!?あたしを自由に出来るから!?  
 あたしは違うわ!言葉に出来ないことを身体で喋ってるつもりだった!愛してるって!頑張ろうねって!元気出してって!」  
 やっぱり何も解ってないんじゃない!  
 最後のセリフを叫んだ時、ミミの体に光子郎の重みはどこにも残っていなかった。  
 ただ荒い息つぎが続くホテルの一室のベッドの上にぼんやりとした顔……否、ぼんやりとしか出来ない顔で、光子郎が力なくへたり込んでいた。  
 

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