「なんでそういうこと言うのよっ!!」  
「待ってヒカリちゃん!僕はそんなつもりじゃ……」  
「もういい!タケルくんなんてキライっ!!」  
そう言うとヒカリは踵を返し、人混みの中へと消えてしまった。  
怒鳴りつけられたタケルは後を追いかけることも出来ず、ただその場に立ち尽くした……  
 
「はぁ……」  
家に帰り、自分の部屋に戻ったヒカリは、深くため息をついた。  
「…なんであんなこと言っちゃたんだろ……」  
自分とタケルは恋人同士…今日もいつものようにデートをし、いつものように時間を過ごした。  
しかし、ちょっとした事から口喧嘩となり、相手が一番聞きたくない言葉を…そして、自分が一番言いたくない言葉を言ってしまった。  
「明日、謝ったほうがいいよね……」  
自分に言い聞かせるように、ヒカリはポツリと呟いた。  
その時――――  
 
ザァァ……ザァァ……  
 
「えっ……!?」  
突然、背筋を冷たいものが走り、一瞬だけ……波の音のようなものが聞こえた。  
「いまの……!?」  
辺りを見回すが、当然部屋には自分しかいない。  
パートナーのテイルモンも、今日はデジタルワールドに行っている。  
思わずD-3を握り締め、辺りを警戒するが…それ以降悪寒も、波の音も聞こえることは無かった。  
「気の…せい……?」  
僅かに声が震えているのが、自分でもわかった…  
『ヒカリー、夕飯出来たぞー』  
居間のほうから聞こえる太一の声にようやく警戒を解くと、ヒカリは部屋から逃げるように出て行った…  
 
翌日、教室…………  
 
「あの、タケルくん…昨日は―――」  
休み時間にヒカリはタケルに謝ろうと、話しかけようとした。が―――  
「あ、大輔くん、明日なんだけどさ……」  
タケルは聞こえなかったように、大輔のほうに歩いていく。  
その後も…………  
「タケルく――――」  
「伊織くん、この間の事なんだけどさ…」  
「タケルくん、昨日は―――」  
「あ、先生。それ運ぶんなら手伝いますよ」  
と、タケルはヒカリの声を幾度も聞き流していた。いや、聞こえないフリをしていた。  
――避けられてる……――  
少し考えれば、誰でもそう思う。結局、その日は二人とも一言も会話をせず…視線すら合わせずに、帰宅してしまった。  
「やっぱり私……嫌われちゃったかな……」  
再び深いため息をつき、ヒカリは帰り道を歩いていった……  
 
その夜………  
暗い東京湾から、音も無く“それ”は陸へと這い上がった。  
ぬめりのある軟体動物のような触手を、鎖やリングで人型に真似た“それ”は、紅い血の色の瞳を見開きゆっくりとその場を徘徊する。  
 
オオオオォォ……アアァァァァ……  
 
唸り声か、怨嗟の声か、“それ”は不気味な音を口から発すると、その身体が変化していく。  
数メートルはある巨体が徐々に縮んでいき、それにつれてその姿も次第により人の者に近づいていく。  
しばらくすると、異形といえる“その者”は、一人の少年の姿となっていた。  
サラリとした金髪と、深い青の瞳が、夜の星の光に僅か輝く。  
少年は口元を小さく笑みの形に歪めると、不気味に呟く……  
 
「“花嫁”よ……私はまだ…諦めてはいないぞ……」  
 
 
…なんで僕はこんなに意地を張ってるんだろう…  
ヒカリちゃんは昨日から謝ろうとしているのに……  
自分ももう高校生だというのに…大人気ない…  
「ねえ…タケルくん……」  
「あ、ごめんヒカリちゃん、僕この後すぐに練習に行かないと…」  
「そう…じゃあ、頑張ってきてね」  
「うん……」  
まただ……本当なら急ぐ必要なんてないのに……また彼女を避けてしまう。  
彼女の話を聞いて、自分も謝ればそれで済む話なのに…  
「僕って、こんな強情なヤツだったっけ……」  
ため息と共に出た呟きは、誰もいない廊下に寂しく響いた…  
いや、本当は一人だけ廊下の陰に、気配も無く少年が佇んでいた。  
少年は部室へと歩くタケルの背を見送ると、ニヤァ…と不気味な笑みを浮かべる。」  
その顔は…いや、服も、身長も、全てが…タケルと同じだった…  
 
そしてまた時間が過ぎ、空が茜色に変わり、そして漆黒へと変わっていった。  
「はぁ……また言えなかった…」  
ベットに転がり、天井を見つめながら、ヒカリは幾度目かのため息をつく。  
(まさかずっとこのままなんじゃ……)  
そんな不安が心に広がっていったその時、突然Dターミナルにメールが受信される。  
ヒカリはその送信相手の名前を見ると、思わず目を開き、慌てて部屋から出て行った。  
「おい、どこ行くんだヒカリ?」  
「ごめん、ちょっと学校言って来る。すぐに戻ってくるから!」  
 
『ヒカリちゃん、あの時は本当にゴメン…いきなりこんなことを伝えるなんて失礼なんだけど…これから  
学校に来てくれないかな。出来れば、一人で……そこで改めて謝りたいんだ…君を…避け続けちゃったことも。  
それと、渡したいものもあるんだ。教室で、待ってるね…  高石 タケル 』  
 
(なんでわざわざ学校なんだろう…?それもこんな時間に…)  
そんな考えも頭に浮かんだが、それ以上にタケルからのメールに嬉しさを感じ、歩みを速めた。  
しばらくすると、ヒカリは自分とタケルが通う学校の前に着いた。  
が、当然その校門は閉まっている。  
「来たはいいけど…入れる分けないよね…」  
思わず自分にツッコミのようなものをいれると、一応その校門に手を掛ける。  
と、その瞬間、その門はキィと金属音と共にあっさりと開いてしまう。  
(え…ウチの学校こんな無用心だっけ…!?)  
そう思いながらも、ヒカリはそのまま校内に入っていった。  
その瞬間…ガチャッと重い音をたて、校門の鍵はひとりでに掛かった…  
学校の中には当然明かりは付いてなく、夜の闇が一面に広がっていた。  
恐る恐る進んでいくと、やがて教室に着く。もちろんココにも電気はついておらず、闇と僅かな星明りが、  
部屋の輪郭をなんとか認識させた。  
と、それによって気付いたが、普段あるはずの机が一つも無く、その代わりに…部屋の中央に、一人の影が佇んでいた。  
「来てくれてありがとう…ヒカリちゃん…」  
その影が僅かにこちらを向き、聞きなれた声で静かにそういった…  
 
「タケル…くん…?」  
聞きなれた声を聞き、目を凝らしその影を見る。  
サラリとした金髪、深い蒼の瞳、普段と何一つ変わらない、自分の恋人がそこに佇んでいた。  
ただ一つ違和感があるのは、彼が『闇』の中にいるということが、酷く自然に見えるということ…  
普段は明るさがあるから彼らしいといえるほどなのに、目の前にいるタケルは、『闇』があるからこそ、存在しているとさえ感じられる。  
「タケルくん…なんで、わざわざこんな時間に…しかも学校で…?」  
暗い教室の中に入りタケルに近づくと、ヒカリはとりあえずいま頭にある疑問を問いかける。  
「ココなら、お互いの家に行くより近いと思ってね。たまにはコレくらいのスリルがあってもいいと思うけど?」  
暗くて表情はいまいちわからないが、応える声は明るい感じがする。ヒカリは再び違和感を感じた。  
タケルは謝るために自分をココに呼んだ…少なくとも普段の彼ならこんな話し方はしないだろう。すると、  
タケルはゆっくりとヒカリに歩み寄る。  
「タケルく……っ―――!?」  
近づき、ようやくタケルの表情が認識できた。しかし、その瞬間…ヒカリの背を言い様のない悪寒が走る。  
一歩一歩近づくタケルの顔は、恐ろしいほど冷たく、そして邪悪に笑っていた…いつの間にか蒼の瞳が、血のような紅に変わっていた。  
――タケルくんじゃ…ない…!!――  
ほとんど本能的に、ヒカリが目の前の相手を危険と悟る。  
反射的に飛び退くようにタケルから離れようとする…が、その前にタケルの腕がヒカリの肩を掴んだ。  
ギリッと痛いほどに強く掴まれ、肩に鈍い痛みが走る。だがそれ以上に、掴んだタケルの腕が、まるで死人のような冷たさを持っていた…  
「『ふっ…流石に気付いたか…だが…もう遅い…』」  
ヒカリを見据え、口から出た声は…もうタケルのものではなかった…  
タケルの声と、低い重低音の男の声が重なり合った、不気味な不協和音だった。  
「『私はずっと待っていたのだ…ソナタを…私の花嫁とするこの“時”を……!!』」  
「ひっ………!!」  
必死でヒカリは腕を振りほどこうとするが、到底出来るはずが無く…ドサッとそのまま押し倒された…  
 

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