指先に唾液のつり橋  
 息が切れる、胸が苦しい  
 熱い舌が首筋をぬるぬる這う  
 ささやかなおっぱいに光子郎くんの指が埋まる  
 ガラスに映る自分の顔が真っ赤で物欲しげで  
 はずかしくて思わず薄い胸板に抱きつくと  
 陶酔していた熱い腕に意識が灯り  
 それを一瞬切ない、と思った。  
 
 光子郎くんの手があたしの腰に伸ばそうかどうしようかと迷っている。あたしは全身に回ってる彼の毒が心地よくて、彼に残る微かな正気が癪に障った。  
 彼があたしの身体を触るようになって、あたしの身体は変わってしまった。視線が合うだけで嬉しかった小学生の頃、手が触れるだけで感情のメーターが振り切れそうになって、彼の唇を思い出すだけで幸福だった。  
 なのに今は触れてもらえなくちゃ我慢できない。足りないような、欠けているような、不完全な気さえして、あの頃の漠然とした焦燥よりもっと、猛烈で鮮明な欲求が全身を駆け巡る。  
 頭が命令する。『手に入れよ』と。だからあたしはミニのスカートをはく。小さなTシャツで体の線を強調する。唇を染めて髪を洗う。  
 そして彼は罠に落ちる。  
 まるで自分が罠にはめたみたいな得意顔して。  
 「アッ……いや……!」  
 スカートの上からお尻をまさぐる指は四本、もう片手は既にTシャツの裾から紛れ込んで悪さをしている。  
 「どうして」  
 「公共の往来でなに考えてんのよッ」  
 「ミミさんと同じことを、少々」  
 腰を抱き寄せて、ぎこちなく太ももを割り入ってくるスラックスの肌触り。  
 「ばかばかばか!これ以上したら太一さんに言っちゃうんだから!」  
 「なんて言うんですか?光子郎くんが電車の中でお尻を触ったりおっぱいを触ったりして声も上げられないミミを苛めるんですって?」  
 恥かしい格好。足はみっともなく開いて光子郎くんにもたれ掛かり、だらしなくも桃色吐息。電車が揺れるたびにぐっと押し付けられて光子郎くんとあたしの凹凸が消える気がして、嬉しかった。  
 「僕、太一さんに手が届きますよ。呼びましょうか」  
 随分もってまわった意地悪言うのね。  
 でもだって、こんなの許してたらいけないわ。  
 でもだって、これじゃあたしが罠に落ちてるみたい。  
 でもだって、離れてるのが怖いんだもの。  
 欲しい物と恥かしさがごちゃ混ぜになった最高潮であたしは思わずセーブも忘れて怒鳴り声を上げる。  
 
 「止めりゃー済む話でしょ!離しなさいよせめて手だけでも!」  
 その声に自分自身の身体がビクッと引き攣った。  
 「……あれ…っ…」  
 あたしは身体を起し、ぐるぐるぼやけながら回る視界をしばらく眺めて、ここが自分の部屋だということを認識した。  
 「こー、しろ……くん……」  
 居る訳はない。  
 居る訳がないのだ。アメリカのアパートの部屋になんか。  
 「な、なんつー夢見せんのよーっ」  
 時計は既に夕方を通り越した午後7時。パソコンでメールを打ってからあと本を読みながら寝転がってたのが4時くらいだったかな。  
 頭を掻いて立ち上がり、違和感。あらやだ生理始まっちゃったかなと大慌てでトイレに飛び込んであたしはまた自己嫌悪した。  
 「……女の子にも夢精ってあんのかしら」  
 最後に会ったのが3ヶ月前かぁ。  
 溜息ついてシャワーを浴びて早々とパジャマに着替えてもう一度メールを書くことにした。タイトルはもちろん「光子郎の馬鹿」。  
 次に会える一ヵ月後の冬休みに、あたしの身体を変えちゃった責任をどう取ってもらおうか。考えるだけで背筋に震えが来ちゃう。  
 
 それまでは夢の中で  
 光子郎くんの指や唇  
 肌の記憶を辿って  
 わき腹が弱いこととか  
 一緒にお風呂に入るのが好きなこととか  
 何度もリピートしながら  
 光子郎くんのことを思い出すわ  
 だから光子郎くんもエッチな夢ばっか見てちゃダメよ!  
 

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