夜も暮れて日付もそろそろ変わろうかという深夜。高速の高架下で一体のデジモンが必死に逃げ惑っていた。  
が、  
[[ベビーフレイム!!]]  
 
暗闇からの攻撃により、バランスを崩しその場に倒れこむ。デジモンは窮地から逃げようと足腰に力を加えた。  
はずが下半身に束縛を感じるだけで半歩も動きはしなかった。  
 
・・・デジモンが先ほどに反しゆっくりと頭を上げる。血潮の赤が目にとまり、それと真逆な青と境界を切り取る純白が視界に入った。  
それこそが自分を今追い詰めるテイマーの姿であった。  
 
「テメェ…」  
彼が口を開く。その眼光が途端強くなり、デジモンはますますその場を立ち去る術を失う。  
「テメェ“バステモン”の仲間か」  
「バステモン!?し・・知らねぇ!!オレはただ迷った…グァ!!」  
言い切る前にデジモンは頬に拳を食らい、進化した“ライズグレイモン”の一撃によりデジタマへと戻っていた。  
 
 
捕まえたデジタマを回収すると、ジオグレイモンのテイマー“大門 大”は次の獲物の所在を知るため、オペレーションへ回線を開く。  
「次は…D4地区か。分かった、すぐ行く」  
 
数日前、謎のレイプ魔デジモン“バステモン”に囮となった“藤枝淑乃”がさらわれてからというもの、大は連日連夜をデジモン捜索に費やしていた。  
だが問題はそのバステモンではなく、ともにいた翼竜デジモン“セーバードラモン”。そしてその進化系“オニスモン”にある。  
不意打ちとはいえ、たった一撃で大敗したのだ。自他ともに認める腕前を持った大には屈辱的であった。  
 
「兄貴ぃ〜少し休もうよ〜」  
ジオグレイモンの退化系、パートナーのアグモンが側で心配するが大は聞きはしない。  
「うるせぇ!!さっさと行くぞ」  
しかし、前を向いた大は歩みをやめた。その視界に異質なものが見えたからだ。  
 
異質…とは語弊かも知れない。“彼女”自体は何の違和感も無い。少し明るい外巻きの栗毛。スッと整った顔立ち。  
だが彼女の瞳は生気を失ったためか鈍く澱み、何よりもその身に纏うはずの衣類は名残もなく足に纏わりつくだけだった。  
 
止まった足を踏み出し、大は彼女に駆け寄った。肩を抱くと粘着質の液体が手のひらを汚し、骨身から冷やされるような悪寒が走った。それを降り落とそうとそのまま乱暴にゆする。  
「オマエ家は…!!自分の名前…分かるか?」  
肩をゆすられたからか、大の言葉が分かったのか、彼女はその眼に長髪の少年を映すと重々しく口を開いた。  
 
 
「………竹之…内……空……」  
 
 
「存在しない?……一体どういう事だ。」  
『Digital Accident Tactics Squad』通称『DATS』の本部。オペレーションルーム。長官である薩摩は目の前の少年“トーマ・H・ノルシュタイン”の報告を受け、顔をしかめる。  
「はい。日本、アジア、その他各国のデータベースにアクセスしても“タケノウチソラ”のデータは無いんです。もちろん同姓同名の人物は何人かいましたが…」  
トーマは資料を見回す。その表情は暗いままだ。  
「“彼女”に該当する人物は現在のところありません。」  
「それで存在しない…と」  
薩摩の首にぐるりと巻き付いているデジモン。クダモンも冴えない顔をする。  
 
「……これは仮説ですが、」  
漂いだした沈黙をあえて破るようにトーマは続ける。  
「彼女は淑乃と同じように別次元からバステモンにさらわれ、何らかの方法で脱出したのではないでしょうか」  
「待て、まだバステモンが関わっているとは…  
「いえ、先ほど行ったスキャニングで彼女の体からバステモンのデジモン反応が検出されました。彼女が今回の事件に関わっているのは明白です。」  
 
 
「ともかく、」  
薩摩が再び口を開いた。  
「彼女の意識が戻る事が先決だ。容体は?」  
「はい。医務室の大からは何の連絡も…」  
オペレーターの白石からの報告を受け、薩摩は「そうか」と力なく席についた。そのときにやっと自分が立ち上がっていた事に気付いた。  
 
 
 
どうやってあそこから抜け出たのか…そんな事は関係なかった。  
ただスキがあって、自分はそこにろくに動かない体を無理矢理押し込んだ。  
転がるように走って、転んで、走った。  
頭で考えるより本能で動いた。体が軋んで肺を吐きだしそうになった。それでも、少しでもアイツの…バステモンの気配のない所を探して走った。  
 
汗だか涙か分からないもので視界も遮られ、ただひたすら逃げまどったころ、とうとう行き詰まりに入って私の体は派手に倒れた。  
ガシャンと鉄が鳴る音がして格子に思いきりぶつかった。  
 
「そ…空さん!!?」  
 
幼さを少し残した少年の声がして慌てて顔を上げる。  
「一体…どうしたんですか!!」  
少年――“泉 光史朗”は肢体の片側を繋がれているためか私より少し上の視点で肘をつき、こちらを覗きこんでいる。  
 
「行かないと…アイツが……」  
立ち上がろうとするけれど、力が入らず膝を折るように倒れこむ。  
「そんな体で無理ですよ!!」  
「だけど…」  
言いきらないうちに鉄格子の下を何かが転がり出てきた。  
手に取ると見慣れた六角形が指に吸い付く。デジヴァイスだ。  
「その中にここの座標を入力してます。」  
光史朗くんが笑った。顔や口の端には青アザや切れた跡が残っていた。  
「ここから無事に出れる可能性は無いに等しいです。だけど0%ではありません。  
オニスモンは言いました。『元の世界へ帰るゲートはある』と。」  
 
行って下さい!と彼は叫んだ。  
叫んだはず。ただ私は走り出していて声すらまともに聞き取る事すら出来なかったけれども。  
 
 
 
白い天井。鼻をくすぐる薬品の匂い。ハッキリしない頭の奥で空が思い出したのは、よく見知っているお台場中学校の保健室だった。  
部活でケガをした後輩を送ったり、授業を抜け出して昼寝にくる幼馴染みを迎えにきたり、よく…とまではいかないが、やっかいになった場所。  
懐かしい…暗闇の中で屈辱を受け続けた空にとっては、そこには木漏れ日のような平穏が流れていた。  
 
「気がついたか?」  
真っ白な視界が、ふいに陰る。  
少し吊り上がった翡翠色の眼。ヤマトとはタイプが違うが整った顔立ち。サラリと長い髪を上だけ縛った少年は、特撮なんかで見るような奇妙なスーツは着ているがそれ以外見た目は普通の人間だった。  
 
「気分は…具合悪いか?あっ!喉渇いてるだろ!!待ってろ今なんか持ってきてやる」  
コロコロと表情を変えて少年は話しかける。と言っても一方的で空が返事をする間などない。  
そんな彼を目線で追いかけるように体を起こした。  
 
そこはもちろん空の知る場所ではなく、学校のものよりもまだ一回り小さい部屋にベッドと薬品棚がポツリと置かれた簡素な部屋だった。予想はしていたが思わずため息を漏らす。  
 
「俺は“大門 大”。ここはDATSの医務室だから安心しろ」  
そう言って彼は紙コップを手渡す。中のお茶を一口含むと、喉の渇きが和らぐ。  
 
その後、大は一通りの事を教えてくれた。デジモンによる被害を取り締まるDATS‐Digital Accident Tactics Squad‐という組織。数日前に多発していたバステモンによる強姦事件。そして、その囮となって消えた一人の少女・・・  
 
空を除いてバステモンに囚われた少女は3人。太一の妹のヒカリ。先日連れられてきたミミ。そして、  
「私…知ってる。その淑乃さんを」  
藤枝淑乃…大から聞くまでは名前すら知らなかった少女。彼女は毎晩、空を『食べに』くるバステモンの玩具のひとつ。女性の体液しか摂取出来ないのと彼女が苦しげに笑っていたのはつい先日だった。  
 
「ちょっ…どういう事だよ!!それ」  
「仕方ないわ。バステモンは自分の快楽のためなら人すら簡単に殺す」  
「そういう事じゃねぇ!!なんでアイツが…!!」  
 
自分の仲間が目の前の少女を犯していた事実。行き場のない背徳感のせいか、大はまともに彼女を見れずに床に視線を落とす。  
 
「……許さねぇ」  
大の掌はいつしか固い拳に結ばれていた。  
こちらが見ても痛々しいほど爪を深く突き刺している。  
「ぜってー殴り倒してやる…!」  
スパン!!と逆の掌に拳が収まる音ががらんどうな部屋に鳴り響いた。  
その眼は怒りで燃え、さらに翡翠を濃くする。思わず空はその眼に魅入った。  
ゆらゆらと緑の硬玉の中で炎が燃えたぎる。それは角ばったデータで出来ており、暖色で彩ったデータを空は目で必死に追った。  
 
ゴクリ…喉元を激しく鳴らす。先ほどお茶をもらって潤ったそこはカラカラに渇き、別の水分を必要に求めていた  
それは本能による欲求であり、また別の力の働きでもあったが、  
大の腕を掴んだ彼女にとっては、もうそんな事は関係なかった…  
 

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