「家が寒いんだよ」
「そうですか。」
光子郎の友達で、先輩で、共に世界を救った仲間の太一が泉家に訪れたのはつい先ほど。
やってきた理由を訊ねてみれば、‘家が寒い’などというよくわからないもので勝手に太一はあがりこんできた。
寒いんなら暖房でもなんでもつければいいじゃないですかとは言ってみたものの、しかしなにやらごにゃごにゃとはぐらかされて
結局彼は光子郎の部屋にいる。
「なぁなんで光子郎の部屋って炬燵ねーの?」
「ないものはないんです。」
なんでぼくの部屋に炬燵があるんですか。そう訊ねようかとも思ったがしかしややこしくなりそうなのでそれはやめた。
今光子郎はパソコンに向かってものすごいスピードでタイピングしている。
勝手に上がり込んできた太一は寒い寒い言う割にそれほど厚着をしているわけでもなく、部屋の中をうろちょろしている。
一通り部屋の中を眺め終えた太一は、勝手にまた光子郎のベッドの座りこみ、なにやら指先をしきりに弄っている。
というか。
「勉強しなくていいんですか。」
光子郎が訊ねた。
何しろ八神太一は高校3年生で、大学受験の最初の壁であるセンター試験を1ヶ月後に控えた男なのだ。
普通受験生と言えば、この時期予備校やら図書館に引き籠って死ぬ気で勉強してそうなものだが。
だが彼は。
「光子郎もしてねーじゃん。」
悪びれもせずそう言う。
「僕は受験生じゃないから関係ないですよ。大丈夫なんですかセンター試験対策」
ちなみに高校2年生である光子郎は日頃の内申点のおかげで、今のところ推薦入試にまったく問題はない。
「、だってよぅ…。」
太一が壁を背に項垂れる。
だってじゃないですよ。あなたは僕たちにどれだけ心配させれば気が済むんですか。今も昔も。
光子郎は小さく独りごちた。その言葉は太一には聞こえてはいない。
スタートメニュー、終了オプション、シャットダウン。光子郎のパソコンの画面はブラックアウトする。
光子郎の座っている椅子がくるりと回転し、それに連られ光子郎も体の向きが変わる。相も変わらず項垂れる太一のほうを向く。
そうすると太一がはっと顔をあげ、光子郎のほうを向く。目が合う。
まったくこの人は。
「どうしたんですか。」
光子郎がまるで呆れたような口調で言う。責められているわけでもないのに、太一はしゅんとする。
やれやれと思い、光子郎は立ちあがる。そして太一の元へ赴く。
「どうしたいんですか。」
再び訊ねる。微妙に言葉が変わっている。
そうして太一は口と身体を同時に動かす。
「こうしたい。」
そう言いながら、光子郎を抱きしめる。
光子郎はそれを受け止める。踏ん張って自分より体重のある太一を支える。
そうしてしばらくすると太一はまた自らその腕を解き、光子郎から離れる。
「これでいいんですか。」
「あぁ、すっげーあったまったよ。」
そう言い、へへ、と照れ笑いする太一を見て、光子郎は自分も甘いなぁ、と思う。いつものことだけれども。
「じゃあ俺帰るわ。アグモンたちにも宜しく言っといてくれ。」
玄関で靴を履き、彼は自らのパートナーを通して今でもデジタルワールドと連絡を取り合う光子郎にそう言う。
「はい、勉強がんばってくださいよ。」
「おうー、じゃあな」
バタン。ドアが閉まる。太一の駆ける音が響き、それはだんだん遠くなる。
まったく、何しに来たんだろう。
それは、ほんの数十分の出来事だけれども。
きっと寒いのは冬のせいだけではなかったのかも知れない。