「お兄ちゃん。」
「あぁ、わかってる。」
「タイチー、まだー?」
「わかってるって。」
ガサゴソ、と大きく飛び出した引出しの奥を探る。
小学生のときから物置同然に使用されてきた勉強机は、今も昔もモノに満ち溢れていて、探しものは簡単には見つからない。
しかし一番下の一番大きいそれを取り出してひっくり返すと、
中に入っていたいつのものかわからないプリント類や、懐かしい玩具が飛び出してきて、
そしてそれらと一緒に目当てのものがでてきた。
「あった!」
「あったー?ほらもう早く行こうよー、みんな待ってるよ。」
玄関で兄の探しものを待ち続けたヒカリと、そのパートナーのテイルモン、太一のパートナーのアグモンが声をかける。
「悪い悪い!よし、行くぞ!」
言うや否や、自分を待っていた3人(正確には、1人と2匹)をおいて太一は駆け出した。
「あ!お兄ちゃん!」
「もう、仕方無いな」
「うわ、タイチー!待ってよー!」
今日は8月1日。彼らにとって、かけがえのない大事な記念日。
久々に集まった仲間たちは、微妙に変わっていたりいなかったり。
太一がいろいろと気にかけていた空とヤマトは相変わらずのようで、
光子郎とミミも相変わらずで、京と賢は前にも増して親密なようで。
丈は未だに勉強に追われていて、大輔と賢は未だにサッカーを続けていて、伊織も高校受験だとかで勉強に忙しいようで。
そして…
「ヒカリちゃん」
「タケルくん!」
ヤマトの弟のタケルは、小学生のときにこっちに引っ越してきて以来近所には住んでいるものの、
ヒカリとは別の私立の高校に通っていて、会うのはなかなか久しぶりらしい。積もる話もあるものだ。
「たけりゅー!みんなのところに行こうよー!」
パタモンがパタパタと羽ばたきながら声をかける。が、
「うん、パタモン、ごめんね。ちょっと先に行ってて。」
タケルに冷たくあしらわれた(もちろんタケルに悪意があったわけではないけれど)パタモンは、臍を曲げながらガヤガヤと喋る
パートナーたちの輪に加わった。そこにはもちろんテイルモンもいた。
人間たちが人間たちで話をする一方で、現実世界に住みついたデジモンたちもデジモンたちで喋る。
暑いのが苦手なゴマモンやガブモンなんかはわりとへばり気味だけど、ブイモンやピヨモンなんかは話に花を咲かせている。
近所に住んでいても会う機会がそうあるわけではない。
現実世界でデジモンたちが生活するにあたっての環境はまだそんなに整ってはいなくて、
それでもパートナーとともにいれればそれでいいという健気な彼らは、強く逞しく現実世界での生活を送る。
木陰で空とミミが作ったという弁当を食べた。
1日に合わせて帰国してきていたミミは空の家に泊まっていて、今朝いっしょに弁当を作ったらしい。
小学生のときは筆舌に尽くし難い味覚のストライクゾーンを持っていたミミは、しかしちゃんと空のお手伝いができたようで、
特に自分が作ったものを光子郎に食べさせようとして場を和ませていた。
変わらないなぁ。太一が独り言ちた。
変わらないわよ。太一の独り言に空が返した。
常に腹ぺこのアグモンは次は何を食べようかと目を輝かせていて、相変わらず集団があまり得意でないヤマトは黙り気味だ。
いつまでもこうだといいなぁ。それは太一の小さな願望だった。
そうこうしているうちに日も暮れて。
またねー!と京が元気に手を振り、それに賢がくっついて行く。
そろそろお開きだ、というところで光子郎とミミ、空とヤマトはそれぞれどこかへ消えていき、
残ったメンバーもぽつぽつと帰り支度をする。
「太一さん!また今度サッカー教えてくださいね!」
たぶん一番相変わらずな大輔がそう太一に言うと、すでにサッカーを引退した太一は
「お前のほうがもううまいよ」
と返し、大輔がいやそんなことないっすよーへへへと照れる。ほんとにかわらないなぁこいつは。
それぞれに別れの挨拶をすませ、太一もヒカリと帰路につく。
その帰り道にて、
「なぁヒカリ。」
太一がヒカリに呼びかけた。
高校生になっても、ヒカリは太一のただ一人の妹で、大切な存在で。だから聞きたいこともある。
「なぁに?」
テイルモンとちょっと前を歩いていたヒカリが太一のほうを振り返る。
「お前、タケルとはどうなんだ?」
どうなんだ?って聞かれても、という表情をヒカリが作るが、しかし
「なぁに?お兄ちゃん、もしかして妬いてるの?」
ヒカリがふふっと笑う。
あーもうこいつは、と太一が思うが、しかし若干否定できない部分もあるので、
「ばかそんなんじゃねぇよ」
とちょっと乱暴に言ってみるが、ヒカリは
「大丈夫よ。心配しなくても、お兄ちゃんがヒカリの一番だから。」
そう満面も笑みで言う。
成長して大人の色香も見え出したヒカリにそんなことを言われると思わずこみ上げるものがあるが、
そんな太一のことは露知らず、アグモンは呑気に
「タイチぃー、おなかすいた〜」
と言うので、あーもう!と気を吐いて
「アグモン!走るぞ!」
と言って太一は走りだした。
ヒカリが笑ってる横でテイルモンがあきれた顔をするのも毎度のことだった。
そんな9年目(あるいは6年目)の、8月1日だった。