2000年3月ごろ 光子郎小5 ホワイトデー前  
 
午後9時も回り、ようやく一日の主婦業に一区切りがついたころ。  
台所で洗い物を終え、さてお風呂にでもはいろうかしらと思った香恵の背中越しに声がかかった。  
「あの、お母さん。」  
彼女の息子の光子郎だった。  
いつもは夕食を終えると自室にこもり、パソコンを弄っている彼が珍しく部屋をでてきていた。  
「あらどうしたの光子郎。お風呂にはいるの?」  
「あ、いえそうではなくて。ちょっと聞きたいことがありまして。」  
「あら、なにかしら?」  
光子郎が尋ねごと。珍しいことだった。  
パソコンが得意な光子郎は、疑問があれば自分でインターネットに尋ね解決することがほとんどで、  
彼の両親に尋ねる、ということはあまりなかった。  
香恵は少し前まではそのことに不安を覚え、あるいは悲しい思いをしていたこともあったが、  
しかし半年ほど前の出来事で一気に距離が近づいた今では、そのことに対する不安はあまり感じなくなっていた。  
彼女は、光子郎の笑顔は昔みたいな作り物ではなく、だいぶ自然に笑うようになった、と感じていた。  
   
「あの、ホワイトデーって、何をしたらいいのでしょうか。」  
「ホワイトデー?」  
それは光子郎には初体験のイベントだった。  
昔から他人と距離をとる彼は、男友達はおろか女友達もほとんどいなかったので、  
バレンタインデーにチョコをもらうということもなく、必然的にホワイトデーにお返しをするなんてことはなかったが、  
今年は事情が違った。  
「太一さんの妹のヒカリさんと、同じサッカー部の空さんと、同じクラスの、えっと、太刀川さんにチョコをもらったんですけど、  
 今日学校で太刀川さんにホワイトデー期待してるなんて言われちゃって。僕、どうしたらいいんでしょう。」  
「あらあらそんなにたくさん。大変ねぇ。」  
「えぇ。こういうの初めてだから、どうしていいかわからなくて。」  
香恵も驚きだった。  
もちろん彼女の息子は、光子郎一人なので、  
自分の息子がホワイトデーのお返しに悩んで相談されるなんてことも初めてなので、彼女もどうしたらいいのかわからなかった。  
だが、そこは人生の先輩。  
「そうねぇ。ヒカリちゃんはクッキーとかどうかしら。かわいいのを買ってお返しすれば、きっと喜んでくれるわよ。」  
「クッキー、ですか。そうですね。いいかもしれません。えっと、空さんはどうしましょう。」  
「武之内さんは、ハンドタオルとかどうかしら?彼女、スポーツするでしょ。」  
「なるほど。そうですね。えっと、いくらぐらいの買えばいいんでしょう。」  
「値段はいいのよ。光子郎がちゃんと武之内さんに似合うようなのを選んであげれば。」  
なるほどな、と光子郎は思った。  
モノより気持ちとは何かで読んだことはあったが、こういうことなのだろうかとちょっと考えさせられる部分を感じた。  
「そうですか。わかりました。探してみます。えーっと、それから、太刀川さんはどうしたら。」  
「・・・ふふふ。それは光子郎が一番わかってるんじゃない?」  
「え?どういうことですか?」  
わかってるんじゃない、と言われてもよくわからなかった。ミミさんの欲しいもの?  
「ふふ、光子郎?なんでヒカリちゃんや武之内さんは下の名前で呼んでるのに、ミミちゃんだけ苗字なのかしら?」  
「え?いや、えっと、それは、、」  
光子郎はあせった。  
そういえば、特別意識してたわけではないけど、香恵の前でミミの話をするときは何故かいっつも太刀川さん、と呼んでた。ような気がした。  
なんでだろう、と自問してみたが、答えはよくわからなかった。しかし考えていると  
「あらあら光子郎、照れなくていいのよ。好きなんでしょう?ミミちゃんのこと。」  
といきなり香恵にいわれて、あせった。  
すぐにいやいやそんなことは、と全力で否定しようとしたが、言葉がでなかった。  
それよりも、好き、という二文字が光子郎の頭を支配した。  
 
僕がミミさんのことを好き?  
 
よくわからなかった。でも、もしかしたらそうなのかもしれない、と思った。  
が、照れもあってか、あまり肯定はしたくなかった。  
「えーっと、いや、それは、僕はべつに・・・、」  
「いいのよ光子郎、あせらなくて。誰だってそういう風に思うことはあるんですから。」  
「はぁ」  
はぁ、なんて気の抜けた返事をしてしまったが、しかしそんなことはどうでもよかった。  
何もかも見透かされているような気になり、そしてやがてそれは半ばあきらめの気持ちへと変わっていった。  
そして、  
「・・でも、僕、どうしたらいいんでしょう。それでも太刀川さん・・、ミミさんに何をお返したらいいのか・・」  
「大丈夫よ。どんなものでも、光子郎の気持ちがこもってれば、それでいいんだから。」  
ちょっと考えて、でもすぐに、モノより気持ち。そうだなと光子郎は確信した。  
「・・わかりました。相談にのっていただいて、ありがとうございました。」  
「いいのよ。がんばってね。」  
「はい。」  
そう返事して、光子郎は部屋に戻っていった。  
 
香恵に、息子をもつ幸せというものを感じさせる出来事だった。  
 

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