「はい、おしまい」  
「ってて……ありがとう、リナリー」  
 
最後の包帯を巻き終えると、アレンくんは申し訳なさそうに苦笑を零す。  
5日ほどの任務を終えて帰ってきた彼は案の定、体のあちこちに大小様々な傷を負っていた。  
医務室に行くようにしつこく言ったにも関わらず、「このくらい平気です」と言って聞かなかった彼を、私は半ば強引に手当てしたのだった。  
 
「まったくもう、ちゃんと手当てしなきゃダメっていうのは、アレンくんを思ってのことなんだからね?」  
「そ、それは分かってるけど……」  
「けど、何?」  
 
口をへの字に曲げて、どこか納得のいかないような声を出す彼の顔を覗き込む。  
するとその子犬みたいな表情が一変、にやりと楽しげな笑みを浮かべたかと思うと、  
がしっと腕を掴まれて引き寄せられ、次の瞬間には彼の腕の中に抱きすくめられていた。  
その状況を呑み込むのに数秒かかって、私はやっとの思いで声をあげる。  
 
「きゃ……ちょっと、なに!?」  
「5日間もリナリーに会えなかったんですよ? 寂しくて少しでも一緒に居たいと思うのは当然じゃないですか」  
 
さらりととんでもないことを言い放って、アレンくんは怪我を負った腕など気にも留めずにますます私の身体をきつく抱きしめた。  
当の私はというと、動揺してしまって目が回りそうで。  
必死に、彼の胸に手を当てて身を離そうと試みるけれど、彼の力のほうが数倍上回っていた。  
 
「怪我の手当てに行く時間を惜しんででも……少しでもリナリーと一緒に居たいんです」  
「……う……わかったから、ちょっと……あの……」  
「リナリーは、僕が居ない間、寂しくなかったの?」  
 
今度はまた、寂しそうな子犬みたいな声を出すアレンくん。  
髪に彼の指が透かし入れられる感覚がして、背筋が僅かに粟立った。  
心臓が嘘みたいにすごいスピードで全身に血を送っている。  
ころころと変化する彼の態度に私はいよいよ降参して、抵抗する手の力を抜き、その大きな胸にそっと額を押し当てた。  
 
「……寂しくない、わけ……ないよ……」  
 
そんなこと、わざわざ訊かなくたってわかってるくせに。  
あなたは、私と想いが通じ合った初めての人で。そしてそれはきっと最初で最後のことで。  
だからあなたが隣に居ない日は、私がどれだけ不安で寂しい思いをしているかなんて、想像に易いでしょう?  
 
「……リナリー」  
 
ようやく緩められた腕の力、けれども離れることを頑なに拒む彼の強い視線によって、私は動けなくなる。  
何を言うでもなく、自然と重なる唇。そのままゆっくりと、私と彼のふたつの体がベッドに沈み込んだ。  
私に覆いかぶさるようにして、尚もキスをやめない彼に脳内は半分思考を停止していたけれど、  
彼の腕が私の服のボタンにかかったところでハッと理性が首をもたげた。  
 
「ちょ、ちょっと何してるのアレンくん!」  
「なにって……」  
「ほ、ほら、怪我、こんなにたくさんしてるんだから! 変なこと考えないのっ!!」  
「……リナリー、いつもいつも適当に言い訳つけてそうやって逃げますよね」  
「そ、そんなこと……! それにこれは言い訳じゃなくて本当のことでしょ!?」  
 
正直、図星だけれど。巧みに言いくるめられるのが悔しくて、咄嗟に彼の頬に当てられているガーゼを軽く叩いてしまった。  
けれど、アレンくんは表情一つ変えない。それはもう、怖いくらいに。  
 
「い……痛く、ないの?」  
「ぜーんぜん。リナリーを目の前にしたら、このくらい屁でもないですね」  
「……もう……っ! アレンくんのバカ!」  
「なんとでもどうぞ。それとも、僕とじゃ……嫌?」  
 
ほら、また。分かりきったことを、この人はあえて訊くんだ。  
正直、緊張して緊張して、錯乱状態に陥る寸前だったけれど。必死に自分を落ち着かせて、私は静かに首を横に振った。  
 
「……嫌じゃ、ない……むしろ、アレンくん以外となんて、考えられない、から」  
 
恥ずかしさを隠すように、私はきつく両目を閉じて、彼の首に腕を回した。  
 
「……その代わり、無理しないでね。怪我、ひどくしちゃダメだよ?」  
「僕の心配は要らないよ。リナリーこそ、しんどかったら言って」  
「う、ん」  
 
直前になって、結局はいつもの優しくてあたたかい笑顔を見せられる。その笑顔に、私が抵抗できないのを知ってるくせに……  
 
「……あっ、ん」  
「リナリ……ここ、気持ちいい?」  
 
執拗に乳房の先端を舌先で弄ばれて、私は今まで感じたことのない不思議な感覚に捕われていた。  
これが彼の言う「気持ちいい」という感覚かどうかは、正直わからなかった。  
返事に戸惑っていると、もう何度目になるかも分からない濃厚なキスが降ってくる。乱れた呼吸を整える隙もない。  
 
「リナリー、可愛い」  
「ばか……っ、変なこと、言わないの……」  
「変じゃないよ、本当に思っただけ」  
「ん……は、あっ!」  
 
今度は首筋に舌を這わせながら、両手でやんわりと胸を包み込み、揉みしだかれる。  
硬くなった先端を指で摘むと、その感触を楽しむようにくりくりと動かされた。  
 
「や……っ、アレン、くん……!」  
「ね、リナリー。気持ちいい?」  
「わ、わかんな、あっ……んっ」  
「……それじゃあ」  
 
失礼します、と彼が耳元で囁いたかと思うと、下半身に刺激を感じた。  
 
「ひゃ……! な、なに!? あ、っん!」  
「大丈夫だよ、ゆっくりするから」  
 
彼の指が、私の秘部を下着の上からなぞっているのだとわかると、途端に全身に緊張が走る。  
くちづけをしながら彼の指がそこで動くと、もう抗う術は何一つ残っていないような気がして、急に恐怖心が湧き上がってきた。  
 
「……っ! アレ、く……」  
「リナリ……?」  
 
声が震える。視界が白くぼやけて、自分が泣いているのがわかった。  
それに気付いたアレンくんは手の動きを止めて、ゆっくり私へ顔を近づけた。  
ぴた、と頬に触れたのは、アレンくんの頬。私の涙がふたりの頬を濡らした。  
 
「……ごめん、怖かった?」  
 
指で涙を拭ってくれて、優しく髪を撫でられると、強張っていた体からふっと力が抜ける。  
心配そうに私の顔を窺うアレンくんの顔が次第にくっきりと見えてきて、私は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。  
こんなにも彼は私を想ってくれている。怖がる必要なんて、なかったのに。  
ごめん、ごめんね、アレンくん。謝らなきゃいけないのは私の方だね。  
 
「大丈夫……なんでも、ないから」  
「本当? 無理してたら怒りますよ」  
 
私は無言で、ただ彼に笑顔を向けた。安心して、もう大丈夫だから、と。  
彼の頬を両手で包んで引き寄せると、そっと唇にキスをおくる。  
思いがけない私からのアプローチにちょっと驚いた表情を浮かべるアレンくんは、やっぱり歳相応に見えた。  
 
「……本当に、平気だよ……。ごめんね、その、初めて、だから……ちょっと、緊張して」  
「そっ、か……驚かせてすみません」  
「ううん、いいから……続けて……」  
 
どちらからともなく笑いあって、やがてまた、何度も唇を重ねた。  
お互いのはだけた胸元が触れ合って、徐々に体が汗ばんでくる。  
肌の上を彼の舌が滑る感触や、私の中心部に割り込んでくる彼の指の慎重な動き、その優しさ全てがいとおしい。  
今までに経験したことのない奇妙な、けれど決して不快感とは言い難いものが、彼が触れている部分から指の先端までを駆け、貫いていく。  
ますます荒くなった息を抑えることなどとうの昔に諦めて、喘ぐ声もそのままに私は彼の愛撫を受け止めた。  
いつしか濡れそぼっていた私のそこは、彼の指の動きを更にヒートアップさせていく。  
 
「ひあっ……あ、アレンく……!」  
「リナ、リ」  
「……う、ん」  
「大切に、するから」  
「うん……」  
「最後まで……いい……?」  
 
ここまできたら、もう戻れないということは、きっとふたりとも分かっていた。  
それでも律儀な彼のことだから、一応訊かずにはいられなかったんだろう。  
私としては、恥ずかしいからわざわざ質問しなくてもいいんだけれど、彼の誠意を無視することはできない。  
 
「うん……私は、大丈夫だから……きて……アレンくん」  
 
顔を寄せ合い、交わすくちづけ。  
隙間を縫って入り込んでくる彼の舌に誘われるように、私も舌を動かした。  
激しい水音が脳内を満たす。指と指を絡ませあった手は、上からシーツに押さえつけられていて身動きは出来ないけれど  
今となってはそれすらも甘いものに感じていた。  
 
「……いくよ、リナリ……っ」  
「ん……う、あっ!」  
 
皮膚と皮膚の間を割って、彼の熱いものの先端が体内に入り込んでくる。  
 
「っ、あ……リナ、リー……!」  
「は、あ、っ……! ア、アレンく、ん……っ! んあぁっ!」  
 
私の愛液が潤滑油となって、思ったよりも順調にアレンくんは私の中に収まった。  
けれどそこから少しでも動こうとすると鋭い痛みが下半身を貫いて、私は短く悲鳴にも似た声を上げる。  
 
「いっ……! あ、あっ……アレン、くん……!」  
「……っ、リナリ……大、丈夫……ちょっとずつ、動くから……」  
「ア、アレンく、んあっ……い、いた、い……っ!」  
「リナリ……落ち着いて……ほら、僕を、見て……」  
 
気がつけば、ぎゅっと瞑ったままの瞼。彼に促されて、私はゆるゆるとその力を抜く。  
睫毛を濡らすのは自然と流れていた涙。そこにアレンくんの唇がそっと押し当てられて、  
舌先で頬をくすぐるように涙を掬い取られた。彼もまた、苦しいはずなのに。  
額にぽつりぽつりと汗を浮かべながらも、私のために笑顔を見せてくれた。  
その優しさに、余計に涙が溢れてくる。泣いてる場合じゃ、ないのに。どうしても抑えられなかった。  
 
「は……っ、リナリ……ごめん、最初は、苦しいかも、しれないけど」  
「う……っん」  
「だんだん、よく、なるから……ちょっとだけ、我慢、してくれる……?」  
「っ……わかっ、た……っん、あ!」  
 
ずる、と僅かに彼が後退すると、それだけで強い刺激に脳が支配された。  
そしてすぐにまた、彼は奥へと進入してくる。  
それを、緩慢なテンポで繰り返すうち、徐々に痛みが薄れてきて……なんだろう、この感じは――  
 
「は……はっ……リナリー……まだ、痛い……?」  
「……んっ……う、ううん……もう、ほとんど、痛くは、ないんだけど……っ」  
「どうか、した?」  
「なんか……変な感じ……っ、んあっ、な、何も、考え、られなく、なっ……ひゃ、うっ!」  
「……感じてくれてるんだね……嬉しいです、リナリー」  
 
私の支離滅裂な言葉に、ひどく嬉しそうに甘い顔をして、アレンくんは私をぎゅっと抱きしめた。  
肌と肌が隙間なく重なる。熱い、けれど……なんだか、心地いい。  
 
「ん……ね、アレン、くん」  
「はい」  
「もっと……動いて、いい、よ」  
 
掠れる声で彼を促す。するとアレンくんは切なく微笑んで、私の濡れた頬に静かにキスをした。  
 
「リナリー……愛してるよ」  
「わ、たしも……っ、あっ! んっ、ひゃあぅっ!」  
 
甘い言葉のすぐ後で、激しい律動が始まった。  
粘膜の擦れあう音が嫌というほど耳まで届き、それがますます私たちを駆り立てる。  
お腹の奥まで、アレンくんが入ってくるのが鮮明にわかる。  
恥らう感情は次第に掻き消え、もはや今はただひたすらに彼を感じ、共に堕ちていこうという想いがひとつ残っているのみだった。  
 
「あ、っああっ! アレ、く、ん、あ、はぁっ!」  
「く……っ、リナリ……、リナリー……!」  
「も、だめぇっ……や、ああぁっ!!」  
「僕、も……っ! う、あぁっ!」  
 
一度ひときわ大きく彼が膨張したかと思うと、ずるり、とそれは勢いよく引き抜かれた。  
直後、お腹や胸の辺りに生暖かい液体が降りかかる。白濁のそれは、アレンくんの――  
 
「っ、はぁ、はぁ……っ、ごめん、リナリ……」  
「んっ……何で、謝る、の……?」  
「汚しちゃったし、それに……ちょっと、間に合わなかった、かも……」  
 
その言葉が何を意味するのか、すぐに理解はできたけれど。  
それに対して、彼を非難する気は更々なかった。  
それよりも、達した後でも尚、微かに震える腕で必死に体勢を保っている彼を懸念して、  
私は彼の背中に腕を回した。しっとりとした肌が吸い付くように触れ合って、生々しくも愛しい感触。  
 
「構わないよ……それより、怪我、大丈夫?」  
「ん……全然、心配ないよ……」  
 
荒い呼吸を整えながら、アレンくんはゆっくり肘を曲げて体を落とす。  
額と額でキスをして、微笑みあう。ふと、視界に入った彼の腕に巻かれた包帯や、体のあちこちにあてられたガーゼ。  
汗によって乱れてしまったそれらは、もうあまり役割を果たせそうもなかった。  
 
「包帯……あとで、もう一回直そうね。ガーゼも」  
「あ…はい……ごめんなさい、せっかく、手当てしてくれたのに」  
「しょうがないよ。今日は、大目に見てあげる」  
「ありがと……リナリー」  
 
汗で額に張り付いた私の前髪を、彼が優しい手つきで掻き分け、整えてくれた。  
そのまま顔の輪郭をするするとなぞり、指先が唇へ触れる。  
 
「リナリー……」  
「なに?」  
「ただいま、リナリー」  
「……うん。おかえりなさい、アレンくん」  
 
こうしてふたり、また生きて出会えただけで、こんなにも幸せ。  
全てを見失っても、あなたさえ居てくれれば――私は、まだ歩いていける。  
 

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