「あっ、いたいた神田。おフロ行こうよー」
通路で『彼女』を見つけたリナリーが嬉しそうに駆けてくる。手には、これから行くのか風呂道具一式が抱えられていた。
教団一の美少女に声を掛けられた長身優美な美女(元青年)は不気味なほど静かに振り返る。
その流れる黒髪と眉間の深く険しい皺は男性当時と寸分も変わっていない。
「…ブッ殺されてえか?つーか二度とテメーとなんざ風呂なんか入るかよ」
前回屈辱を受けたらしい神田が舌打ち寸前の顔でリナリーを睨む。
元から女性のリナリーには神田に不興を買った理由は今ひとつ分かっていなかった。
「何で…?洗いっこ楽しくなかった?神田が恥ずかしがるから今日もお風呂貸し切りにして貰ったよ?」
「『洗いっこ』じゃねえ!あれはテメーが勝手に俺を……クソッ、思い出しちまった…」
忌々しげに呻く神田。
その表情は本気の嫌悪に見て取れた。
「ごめん…神田は女の子になって間もないから勝手が分からないかなって。…ホントに嫌だったなんて知らなかったの」
「……」
「何だか妹ができたつもりになっちゃって…バカね私。…そんなに私と一緒におフロしたり寝たりするの…嫌だった?」
嫌じゃなかったから、むしろ大問題なんだろうが。
不器用な神田は不貞腐れるより他なかった。
「…大体何で俺が妹なんだよ。今だって背もテメェよりずっと俺の方が高いだろうが」
「?だって神田は私の弟みたいなものだし。弟が女の子になったら普通妹でしょ…?」
「………」
単にリナリーにとっては、実の兄はコムイがいるからというだけの理由なのだが、神田には当然届かない。
「神田は今は女の子だし、しかも美人なんだから。私が色々守ってあげなきゃね!」
がし、とリナリーが神田の手を掴む。
「な?てめ…」
「ふふ、心配しないで。女の子のコトなら私が全部教えてあげる」
「!」
時として自覚がない事ほど罪なことはない。
「どいつもこいつも……身体が戻ったら…覚えとけよ」
女のような、というか女の手で神田がリナリーの頬を包み込む。
「…神田?」
口紅を塗ったような綺麗すぎる血色の唇は自分でも気色悪くて適わないが、今は仕方ないだろう。
「科学班の奴ら…俺の治療薬が出来るまで睡眠=死だと教えてやる…」
神田の顔が重なる瞬間呟いた言葉は、リナリーの耳には聞こえなかった。