私はきっと。  
 あなたのためになにひとつしてあげられないけど。  
 
 
 
 黒の教団本部が居を構えるこのグレート・ブリテン島は、西の大洋から吹き付ける温和な風の恩恵を受け、年間を通じて安定した気候に恵まれている。  
 例え夏の最中でも、睡眠を妨げる熱帯夜なんてものとはほとんど無縁で過ごす事ができる。  
 けれども私は……熱く眠れない一夜の宴を求めて、今宵も白髪の青年の元を訪れている……  
 
 重ねていた唇がゆっくりと離れる。眼を開くと、頬をわずかに染めて微笑するアレン君。  
 胸の昂りの命ずるまま、今度は私から、向かい合って座るアレン君の唇を奪った。唇を押し当て、しっとりと食み、わずかに舌を差し出してちろちろと舐める。  
 柔らかな触れ心地。熱くて、火傷してしまいそうで。何度味わっただろう、こんなにも甘いキス。甘くて甘くて、蕩けてしまう───  
「ん…」  
 アレン君が、強張った吐息を漏らして、その温い風が私の顔を優しく撫でていった。それだけで、身体の奥から込み上げてくる愉悦が抑えられなくなって。  
 もっとアレン君の温もりが欲しい、もっとアレン君の可愛い声が聴きたい、もっと……  
「んは、んぅ……ふっ……」  
 ぴちゃぴちゃと厭らしい音を立ててアレン君の唇を犯しながら、もどかしく彼のシャツのタイを解き、ボタンを外していく。もう手慣れたもので、瞼を閉じていながら彼の上半身を剥くまでに1分とかからなかった。  
 留めるものを失った真っ白なシャツが、アレン君の細身の躯を滑り落ちていく。その衣擦れの音。僅かに遅れて、衣服によって遮られていた彼の体温とにおいが、空気に溶けて私の五感へと届いた。  
(…ああ)  
 たまらない。彼の温もり、彼の体臭、彼が身じろぐ度に、耳朶をくすぐる囁く様な音。この手のひらに感じる、確かな肌の感触。眼を開ければ、温かな微笑み。  
 大好きな人とこれから愛し合うという事への期待に、狂おしく胸が高鳴る……  
 
「リナリー」  
「アレンく、…んっ…」  
 三度目のキスは、アレン君から。甘く、優しく私の唇を愛してくれる。  
 同時に、少女のそれであるかのように線の細い右手と、それとは対照的に、無骨という言葉も不足なぐらいに無骨な、神からの賜り物を宿す赤黒い左手で、私の上体を包む衣服を取り去っていく。  
 胸当てに手が掛かる。……アレン君、ちょっと興奮したね? 一瞬、キスに力が入ったから分かった。  
 紳士的で荒っぽさなんて微塵も感じさせない、穏やかなその微笑みの奥に、アレン君もけものじみた欲望を秘めているってこと。それを垣間見ることの出来る人間は、きっと私だけ。  
 ちょっぴり誇らしい想いに浸っている間に、私はアレン君とお揃いの格好になっていた。少し汗ばんでいた身体に、夜の空気はほんのり肌寒い。  
「リナリー、寒い?」  
「…ん、大丈夫」  
 アレン君の両の掌が、温める様に私の身体を愛撫してくれる。それに応えて、私も彼の身体にそっと手を這わせた。指の腹から先の部分で、彼の身体の表面のなだらかな起伏を辿る。  
 こういう時、男のコの身体って、やっぱり女の子と全然違うなって思う。体格は勿論だけど、触れた時の確かな手触りとか、ギュッて抱き締めた時に腕に感じる温度とか。  
 女の子が無条件に甘えたくなってしまうように出来ているんだ。これも、彼と抱き合う様になってから知ったこと。  
「…っふ、ぅん…」  
 アレン君の手は時折、ささやかな悪戯を働く。首筋や脇の下、乳房の付け根のあたり、肝心な所に触れるか触れないかと言う場所を、殊更緩やかに通過してゆく。何とももどかしい……  
「ふ……うんっ………ん、はぁっ…」  
 本格的な愛撫では無く、けれど明らかに私を焦らす意思を込めて。あの、穏やかな微笑を浮かべながら。  
「やっ、アレンくんっ…」  
「? どうかしましたか、リナリー?」  
 ああ、こうやってわざとらしくキョトンとした顔を作って。つくづくこの人は意地悪だと思う。その何倍、いや何十倍も優しいから、みんな気付かないけど……  
「もう、そういうの、んっ…ズルイと思うよっ…」  
「あはは」  
 ごめんなさい、と素直に謝るアレン君。でも絶対に本気で悪いとは思ってないということは、眼を見ればわかる。まあ、私もそれほど強く怒っている訳じゃないんだけど。  
 
「それではもう一度、お口を拝借」  
「え? ぁ……んむっ」  
 おもむろに唇を塞がれ、アレン君の舌が口内に侵入してくる。ゆっくりと、しかし抵抗を許さない力で。  
 
 チュ……チュル……クチッ……  
 
 粘膜と粘膜のぬめる音が頭のなかに充満する。こう言う風に、たまにアレン君の方から強引に事を進められると、私は硬直して何も出来なくなってしまう。  
 怖い、という程じゃないけど、有無を言わさぬ無言の迫力、みたいなものに対しては、私は自分で思っているほど打たれ強くないみたいだ。  
「んふ……んっ、んん」  
 半開きになった口腔内で、二人の舌が触れ合い、絡み合った。アレン君の舌遣いは巧みだ。固まってしまった私の舌を器用に絡めとり、捏ねる様に舐め回して、一緒に踊ろう、と催促してくる。それでようやく、私の呪縛は解けた。  
 
 クチュル……チュグッ……クチュ、クチュ……  
 
「ふぁ、ん……んふ、んん……」  
 口の中で、アレン君と絡み合ったり、追いかけっこしたり、押しくらまんじゅうをしたり。  
 あふれる液体をお互いに交換して。その生臭みに酔いしれる。  
「ふぁ……んあ!」  
 アレン君の両手が、露になっていた私の乳房に伸びてきた。  
 力を込めず、下から持ち上げる様に包み込んで、ゆっくりと、円を描くように……  
 
「あ…っ、ふぁ、んんんっ…!」  
 キスだけで頭の中はいっぱいになってたのに、こなれた手付きで胸に触れられて。何も考えられなくなりそう……  
「ぷぁ……あっ」  
 アレン君の唇が離れる。ちょっと名残惜しいな、と思う間もなく、首もとに口づけが落とされた。  
「ん、ん、んぁっ」  
 ちゅっ、ちゅっ、と音を立てて、首筋や鎖骨の廻りにキスの雨を降らせるアレン君。私の息遣いも次第に荒くなる。アレン君の唇が触れる首周りと、柔らかく揉まれている両の乳房から、痺れに似た快感がじわじわと広がって……  
 
 はむっ  
 
「きゃあ」  
 不意にアレン君が右の乳首に吸い付いてきて、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いきなりなんだから、もう。  
「ん…んちゅ」  
「や、はっ……あんっ……」  
 乳首だけでなく、乳房全体を、両の掌と口を使って。アレン君は取り憑かれた様に私の胸を愛撫している。  
 上から見下ろしていると、赤ん坊が母親に甘えている様な仕草にも見えた。彼は母性というものに対して、無自覚に深い深い渇望を抱いている。こうして抱き合う関係となった私にはよく分かる。  
 だから私は、無心で柔らかな膨らみに吸い付くアレン君を、私に出来る精一杯の優しい眼差しで見つめながら、色素の抜けた髪の毛をさらさらと撫でてあげる……  
 
「あ……ごめんなさい、ちょっと一人で夢中になっちゃいました」  
 少しばつの悪そうにアレン君は苦笑した。我にかえって照れるアレン君もたまらなく可愛くて、愛おしい……  
「ううん、いいよ。私も気持ちよかったから」  
 アレン君が私の胸の中で甘えてくれることが、私はとても嬉しいし、誇らしくも思う。  
 私は、少しでも貴方の心の隙間を埋めてあげたいと思っているんだからね……?  
 ちょっとはにかむ様に見上げるアレン君が可愛らしくてたまらなくなって。  
 私は彼の顔を両手で覆って、沢山のキスを贈る。目元に触れると、くすぐったそうにアレン君は微笑った。  
 
 そっと寝台に寝かせられて、覆い被さってくるアレン君と抱き合った。優しい温もりに包まれる。大好きな、アレン君の温もり。  
 露になった乳房が、アレン君の胸板に密着して、彼の体温が直に伝わって。私は本当に幸せな気持ちになる。泣きたくなってしまうほどに……  
「リナリー……」  
 アレン君が耳元で囁く。  
「大好きだよ」  
 ああ、そんなこと言われたら……涙が滲んじゃう。  
 彼の身体をぎゅうっと抱き締め返して、応えた。私も大好きだよ、ってきちんと言葉で応えてあげかったけど、涙声になっちゃいそうだったから。  
 アレン君が母親の温もりを求めるように、私は私で、父性への希求が心の奥底にあるんだと思う。抱き締められただけで、こんな簡単に泣いちゃうなんて。  
 何も言わずに私の頭を撫でてくれるアレン君は、私の涙もろさも虚勢を張りたい心の内も、ぜんぶ見抜いているんだろう…… 申し訳なさと恥ずかしさと、そしてこんな私を包み込んでくれる事への嬉しさが、涙腺の緩みに拍車をかける。  
 ごめんね。そして、ありがとう。  
「私も、大好き、だよ。アレンくん」  
 私が平静な声でそう答えられるようになるまで、アレン君は私をじっと抱き締めていてくれた。  
 
 私が落ち着くのを見てとって、アレン君の左手が、そっと私のスカートの裾にかかる。  
「脱がせても、いいですか?」  
「うん。アレン君が、脱がせて、ね?」  
 今夜はもう、思い切りアレン君に甘えてしまおうと思うから。  
「では、お許しに甘えて」  
 にっこりと、子供みたいな笑顔で笑って───こういう時、彼が自分より年下の男の子であることを思い出す───、私のスカートを降ろしていくアレン君。  
 …そのまま下着まで脱がされてしまった。なんだか年下とは思えないなぁ、この手際の良いところは。  
 下腹部が外気に触れる。羞恥心と妙な開放感の板挟みになる瞬間。露になった陰部を注視する視線を感じ、私は大腿をむずむずと摺り合わせた。  
「あんまり見ないでよ、恥ずかしいんだから……」  
「うぁ、すみません」  
 少し見とれてたみたいで、アレン君はちょっと慌てた風に視線を外した。本心を言うと、別に見て欲しくない訳じゃない。それでも、じっと見られるのはやっぱり恥ずかしいから……  
 仰向けの私と並んで寝台に横になるアレン君と、視線が合う。彼の無言の問いかけに、私は首を縦に振る。  
「…あ」  
 アレン君の手が、私の身体の上を滑る。大腿やお腹、胸のあたりを、さわさわと軽く撫でられる感じ。くすぐったいけど、妙に気持ちがよくて、私はされるがままになる。  
 穏やかな愛撫。でも、はぁーっ、と思わず出てしまう吐息にはもうかなりの熱がこもっていて。  
「リナリー、気持ちいい?」  
「……うん、気持ち、イイ」  
 心の底から信頼する人に触れられるこの幸福感に、ただ、ただ、浸っていたい……  
「んぅ……あぁっ……は……アレン、くぅん…」  
 頭がぼうっとしちゃう。アレン君の手が敏感な陰部や脇腹に触れる度に、静電気の様な刺激が走って、それが少しずつ蓄積される様な感覚……  
 でも、私ばかりが気持ちいい思いをしている事に、ふつふつと罪悪感が沸いてくる。  
「あ……リナリー……?」  
 アレン君が戸惑ったような声を上げる。私が、アレン君のズボンの留め具に手を触れたから。  
「ね…………私にも、させて?」  
 いいんですか? 戸惑った風にそう言うアレン君の顔は上気していて……とっても可愛い。  
 淑女にあるまじき台詞だったかもしれないけど……それでも、アレン君にも、この嬉しさを感じて欲しくて。  
 
 
「うん。……それにアレン君、もうさっきからずっと大っきくしてるでしょ?」  
「あぁー……ばれてました?」  
 照れくさそうなアレン君に、私を甘く見ないでよ、と言って、二人で笑い合った。  
 
 
「……わぁ」  
 思わず感嘆のため息が出てしまうくらい、露にしたアレン君の男性器は張りつめてそこにあった。  
「ぁ……リナリー……」  
 そうっと、壊れ物を扱う様な手つきで触れると、アレン君の顔が悩ましげに歪む。指先に感じるそれは、とても硬くて、何より、あつい……  
 さわさわと指を上下して、アレン君の顔を見上げる。目尻を下げて、何かに耐えるような表情。思わず胸に熱く込み上げるものがあった。可愛いよ、アレン君。もっと、気持ち良くしてあげるね?  
 怒張の先端にくちびるを寄せ、僅かに舌を出して、唾液をぬめぬめと塗り付けていく。舌先に感じる、しょっぱさと苦みの混じった奇妙な味。鼻腔を突く強烈な生臭さも、今は気にしない。  
「う……はぁ……」  
 アレン君の口から、ため息の様な喘ぎが漏れる。仰向けに臥すアレン君の股間から、天を仰ぐ様にして屹立するそれを宥めるように、ぬらぬらと舌を押し当て、舐める。根元の部分を、指先で優しく擦りながら。  
「あ、…うっ、…リ、ナリー…」  
 切ない声。それに後押しされて、私の愛撫もがぜん熱っぽくなる。笠のようになった部分の裏側を、なめくじが這う速度でじっくりと刺激して、かと思えば笠の表面でせわしなく舌を蠢かして、ぴちゃぴちゃと音を立てさせる。  
 茎の部分の皮をくちびるで軽く食んで引っ張り、剥き出しになった部分の割れ目に舌をなぞらせると、いっそう苦みが濃くなってきて、それがアレン君が感じている証拠なんだと思うと、心が躍った。  
「あっ……ぅん……んん……くっ…」  
 ああ、なんてかわいい声……もっと、もっと聴かせて?  
 口を大きく開けて……びくびくと痙攣を始めた熱い塊を、柔らかな粘膜の中に包み込む……  
 おっきい……  
「うぅっ! …はぁぁっ」  
 ひときわ大きな、アレン君の喘ぎ声。背筋がぞくぞくする。限界まで口の中に含むと、青臭い空気がつんと鼻から抜けていく。歯を立てないように口腔に収めておくのは結構辛いんだけど、可愛いアレン君の為なら苦にもならない。  
 
「んんー……ん……」  
 ゆっくりと頭を上げ、頬の裏側の粘膜と舌を擦りつけながら、唾液でてらてらと光るそれを解放していく。先端が唇の内側に当たったところで、再び呑み込んでゆく……その、繰り返し。  
「うく……う、あぁ、………は、」  
 頭を上下するたび、アレン君は何かを堪えるように、シーツをぎゅっと握りしめる。上目遣いに表情を窺うと、銀灰色の眼をうっすらと潤ませて、私に何か懇願するかの様な眼差しを向けている。  
 ふふ、そんな瞳で見られたら─────もっと可愛がってあげたくなっちゃうよ?  
 小刻みに頭を振り、様々に角度を変えて陰茎を擦りたてる。竿の部分だけを口腔に含んで、細やかに舐め転がしてあげる。  
 唾液をたっぷり塗り付けて、いよいよ苦みの増すアレン君の味を溶かしこんで、飲み込む。嚥下するたびに口の中がきゅっと収縮して、アレン君は腰を浮かせた。  
「は、んむ…ちゅ……ちゅく……んん…ふ……はぁ、はぁっ、は…ん……ん、んちゅ……」  
 口がアレン君で一杯になっているから、息苦しい。ずっと動かし続けている舌の付け根や首の筋肉も辛い。それでも……  
「あ、あ……あっ……うぅ、リナリー、…す、凄い……ね…」  
 甲高い声を上げて、涙を浮かべて、肩を震わせて。こんなにもアレン君が悦んでくれているから、大丈夫。  
 いよいよ、アレン君の痙攣が小刻みになってきたのを察して、私は口腔を窄め、含んだ陰茎をきゅううっと吸い上げた。  
「……っ! は…っ!」  
 一度、二度、三度と、きつく吸引して、少し間を空けてから、またきつく吸い込む。  
「ま、待って、リナリー、これじゃ」  
 私の口の中に出してしまうのに抵抗があるようで、アレン君は必死に終わるのを堪えている。  
 私は首を横に振る。ね、飲ませて? 一層吸引を強くして、催促する。  
 
「……〜〜〜っ!」  
 五度目に、口内を何かが通り抜ける感触があって、次の刹那には、形容し難い味が私の口の中一杯に広がった。  
「ふっ! んぐ、……ふ…」  
 限界までせき止められていたんだろう、濃度も、量も凄まじいもので。びゅっ、びゅっと音が聞こえそうな勢いで放たれたアレン君の獣液は、喉にまで達した。  
「んぐ、…ぐ、うぐ……」  
 咳き込みそうになるのを懸命に堪え、込み上げてくる吐き気や、内側から鼻を突く強烈な異臭と闘いながら、断続的に震えて濁流を吐き出すそれをただじっと銜えて、彼が全てを放出し終えるのを待つ……  
   
「リ、リナリー、ごめんなさい」  
 慌てた様子で私の顔を覗き込むアレン君に比べて、私はひどく高揚した気分だった。口の中に溜め込んだ唾液に、苦い濁液を溶かし込み、何度かに分けて飲み込んでしまう。  
 お世辞にも美味しい味とは言えないけれど、この命の種子を通じて、大切な人ともっと深く繋がることが出来たような気がして、私は嬉しくなる。  
 申し訳なさそうにしゅんと眼を伏せるアレン君。叱られた子犬みたいで、可愛らしい。気にしなくてもいいんだよ? 私が望んだ事なんだから。  
 彼の頬を掌で包んで、私にまっすぐ向けさせると。  
「んっ…?」  
 未だ痺れるような苦みの残る舌をアレン君のくちびるに割り込ませて、彼の舌と遊ばせる。  
「ん……くちゅ……んふ…」  
「んむ……ん……ちゅ…は」  
 苦みが消えてしまうまで、お口とお口で交歓する。そっと離れると、あっけにとられた顔のアレン君に、私は悪戯っぽく笑った。  
「……アレン君の味。苦かったでしょ?」  
「はい……」  
 そう答えてアレン君は、この上なく苦い笑みを浮かべた。  
 
 
「じゃあ、今度は僕の番ですからね?」  
 私の頬っぺたにキスして、耳元でアレン君が囁く。その意味を理解しきる前に、私はベッドに押し倒されていた。  
「え、や、ちょっと、アレン君?」  
 ニコニコニコニコ…という擬音が聞こえんばかりの満面の笑み。……もしかして、ちょっと怒ってる? 何だか、あなたの背後に虎みたいなオーラが浮かんで見えるんだけど……  
「リナリー」  
「あ、ん……」  
 そっと口づけ。私の顔にたくさんのキスを落として、それから首もと、肩、胸、お腹と、少しずつ下っていく。  
「ん、…ふ、ううん」  
 内心、もの凄い意地悪をされるんじゃないかと思っていたので、少し拍子抜けしながらも、彼の優しい行為に身を委ねる。  
 そろそろ大事なところに差し掛かると予想していたところで、不意に大腿に触れられた。アレン君の繊細な掌が、ゆったりと往復する。  
「やっぱり、綺麗ですね、リナリーの脚」  
「ん……ありがと」  
 同じ褒め言葉は何度もアレン君から貰っているけど、やっぱり嬉しい。褒められること自体も嬉しいけど、当たり前の事で済ませないでくれる事が、大切にされてる証拠に思えるから。  
「……じゃ、もっと綺麗にしてあげますね」  
「え?」  
 どういう意味? 言葉の意味を掴みかねる私を尻目に、アレン君の腕が私の右脚をぐいと持ち上げる。それに私がおたおたしている間に、大腿の裏側をひんやりとした感触が走った。  
「ひゃんっ」   
 一瞬、何が起こったのか分からなかったけど、すぐにそこを舐められたんだと気付いた。ぬらぬらと彼の舌が這いずる感触に、背筋が震える。  
「やんっ……く、くすぐった…はっ……あん、はぁ…は……」  
 お尻、太腿、膝裏、脹らはぎ、脛、かかと、そして、脚の指。それこそ、指と指の間まで。角度を変え位置を変え、丹念に、丹念に舐められていく。  
 ここに来る前に念入りに洗っておいて良かった、なんて胸を撫で下ろす余裕は、数分と持たずに霧散していた。性感帯としてはそんなに敏感な場所じゃないと思っていたのに、なんだろう、これは。  
 
「んん…あっ……んふ…っ…そ、そこ、気持ち…っ……はぁっ」  
 脚が、ジンジンと熱い。アレン君が触れているところなんて、まるで燃えているよう……  
「うう、んぁ、はぁっ、あ、あぁ……はぁぁ、んあ、はぅん」  
 感じちゃう。それこそ、性器を慰撫されるのと同じくらいのレベルで。いつしかアレン君の責めは左脚にも向けられていた。右脚と同じように、丁寧に、どこまでも丁寧に快美へと融かしていく……  
 脚先からじわじわと身をよじ上ってくる熱い快感に、私は腰砕けになる。なんだか、とろ火でぐつぐつと煮込まれているみたい……  
「んぅぅんっ! んはっ、はっ…! はぁん……あぁぁっ」  
 アクマと闘う武器として、鍛え、磨きあげてきた自分の脚に、まさかこんな弱点があったなんて。  
 今や私の両脚は、二基の快感発生装置となって、所有者である私を緩やかに蕩けさせている。身体の震えが止まらない。断続的な痺れが頭の中に走り、そして……  
「ん! ……っ……っ! ……ふぁぁぁぁっ!」  
 そして一瞬の空白……これって、この感覚って、まさか。  
(……う…そ、脚だけで、イッちゃった…の……?)  
 信じられない……胸も、性器にも触れられていないのに、軽いエクスタシーに上りつめて……  
「…………っ………はぁっ!」  
 宙に浮いた感覚が戻ってくる。強張った上体から力が抜けて、私はベッドに沈んだ。  
 脚だけで達してしまったという事実をどう受け入れればいいんだろう。はしたないと恥じ入るべきか、性的に一歩成熟したと喜ぶべきか、アレン君の手管手練に感動すべきか……アレン君?  
 はっとしてアレン君に視線を向けた時には、彼は既に私の両脚を抱え広げて、その付け根と付け根の間に存在する器官へ今にも口を付けようとしているところだった。  
 
 ちゅく……  
 
「…ぁ、あああぁぁぁぁっっ!」  
 脊椎を、電流が駆け抜けた……取り戻していた五感が、先程とは比べ物にならない衝撃に揺さぶられる。私を脚からぐずぐずに蕩かした愛欲の高まりは、とっくの昔に私の性器を浸食して、信じ難いまでの激烈な刺激を私にもたらしていた。  
「もう、こんなにいっぱい濡れちゃってます……気持ちいいですか?」  
「うぅぅっ……んふぅぅ…っ」  
 返事する余裕もない。気を抜くと、すぐにでもイってしまいそう……  
 
「返事してくれなきゃ、わからないですよ? リナリー」  
 ニコニコしながら私の腿をなでなでするアレン君。ああ、なんて嬉しそうな顔……さっき垣間見せた妙な迫力は、どうもこの状況を狙っていたものだったみたい。  
「んっ…ふぅ、き、きもち……いい、けどっ…」  
「良かった。じゃあ、もっとしてあげますね」  
「ま、まって、まっ…」  
 こんな状態でいつものように、敏感なところを弄られたら。私は狂ってしまうんじゃないだろうか。  
 でも、力の抜けきった私にアレン君を止める術はなくて。  
 
 ちゅ……ちゅるっ……ちゅ…くちゅ…  
 
「んはぁぁぁぁっ! …はぅぅぅぅ、あぁっ、やあぁぁっ!」  
 彼の舌の、ざらついた感触が私のお腹の中を熱く浸食する。いやらしい音が妙にはっきりと聞こえるけれど、それに気を取られている余裕は、私には既になかった。  
「んはっ! あ…あ、あ! んああぁぁぁぁっ」  
 剥き出しの性感を、じっくりと犯される……せめて力の入らない手でシーツを握りしめ、アレン君の責めに抗う。  
 
 ちゅるちゅる……じゅく…じゅぷ……ちゅ……  
 
「ひうぅぅぅっ、ひ! ア、アレン、く……ふあぁぁぁん、あぁっ、あっ、んはあぁぁぁん」  
 より情動的に、より深く、よりねちっこく。陰唇を食み、膣壁を味わい、陰核を転がし、あふれる愛液をすする。アレン君の愛撫に一切の手抜きはなかった。それどころか、私をより遥かな高みへ押し上げようとばかりに、徐にその熱情を増していく。  
 
 ちゅぷぷぷ…ぐじゅ……じゅ…ちゅぷ、ちゅぷ……くちゅる…  
 
「やあっ! あぁ、あぁっ、んはぁぁっ! も、もう、いやぁぁぁ…」  
 普段ならとっくに達している状態なのに、すぐにでもイっちゃうと思っていたのに、まだ終わることが出来ない。それとも、もう既にイきっぱなしになっているのかも? 何れにしても、この快感は、私には激しすぎる────  
「んんんんんっ! はぁ、んぁ、あうぅぅぅん!」  
 私にはもう、咽び泣く事しか出来なくて。頭を振りたくって、黒髪が躍るように散らばる。  
 
「凄いですね、こんなに感じて……可愛いですよ、リナリー」  
「んんん、んはぁぁ、はっ、はっ、はぁ……………あ、あの、ねぇ、この状況で、可愛いって言われ、ても……んん…喜べないん、だけど……」  
 がんばって怒った顔を作ってみたつもりだけど、きっと情けない顔にしかなってないんだろうな。  
「でも、とっても可愛いんですよ? リナリーが感じてるところ」  
「もう……恥ずかしいこと、言わないの」  
 アレン君の笑みはどこまでも優しくて……私は少し安堵して、笑った。  
「でも、本当に可愛いから……  
 
 だから────────いかせてあげる」  
 
 ちゅうぅぅぅぅっ……  
 
「っ!!! んあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」  
 雷に撃たれたのかと錯覚してしまう程の、衝撃的な快感……全身が弓なりに反り、ぶるぶると、まるで壊れかけのアクマのように激しく痙攣する。  
 クリトリスを責められた、と理解出来たのは、たっぷり数秒後のこと。こりこりに勃った私の陰核を、アレン君はそこから何かを吸い出そうとするかのように唇にくわえ、舌で舐め擦りながら、きつく吸い上げていた。  
「ちゅく…ん…ふ……ちゅ」  
「は、は! あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっ!!!」  
 さっき、私がアレン君の性器にしてあげたように、二回、三回と強弱をつけて、吸われる。  
 狂っちゃう……本当に、お、か、し、く……な…る……  
「いやっ! も、もう、許して……ゆるし……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」  
 私の懇願なんて聞き入れてはくれない。主導権は完全に、彼に移っているから。私は彼の、なすがままに、悶え狂う……   
「んちゅ……っ……」  
「はぁっ、はぁ! あぁぁぁぁぁぁぁ」  
 バチバチと、瞼の裏に火花が咲いては、散る。鼓膜の奥で、半鐘のような音がやかましく鳴り響いていた。意識が遠のき、手足から感覚が失われて……  
 
「ぁ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっっっっっ!!!!!」  
 
 叫び過ぎて、喉が、熱い…………その思考を最後に、私は深い昏がりと眩い輝きの混濁の中へと堕ちていった──────  
 
 
「…ナ…、…ナリー、リナリー」  
「ん……」  
 ぼんやりと、霧が晴れるように、意識が戻ってくる。  
 すぐ目の前、銀色の瞳が私を心配そうに見つめていた。  
「ア…レン、君……?」  
 身体を起こそうとしたけど、腰に力が入らない。  
「もしかして、私……失神してた?」  
 そうみたいですね、と言って、アレン君はほっと微笑を浮かべた。  
 急に恥ずかしさが込み上げてきて、眼を背けた。前戯だけで意識を失うまでに感じてしまったのは初めての経験で。  
 失神させた張本人に文句の一つも言ってやりたいところだけど、それ以上に恥ずかしくて、顔を見られたくなくて。私は枕で自分の顔を隠した。  
「ちょっと、きつかったみたいですね」  
「………うぅー…」  
 人ごとみたいに言うから、私は枕から顔の上半分だけを覗かせて、じー、と睨みつける。  
「ごめんね? リナリー……」  
 ああ、もう、そんな困った様な笑顔で────私の大好きな笑顔で謝るから……いろいろと考えていた抗議の文句を忘れちゃったじゃない。本当に、あなたは狡いんだから。狡くて、意地悪で、表裏が激しくて……  
「ん……」  
 呆れるくらい、優しくて。だから、大好き。  
   
 交わした甘い口づけには、ちょっと酸っぱさと苦みが残っていて。それが自分の味だと思うと、恥ずかしくてたまらなかった。  
 
 アレン君を腕の中に抱きとめて、見つめる。  
「ね、そろそろ……来て?」  
「……リナリー、大丈夫なんですか?」  
 気遣いの眼差し。確かに、身体は疲れきっていたけど、でも。  
「うん。…だって、ちゃんと最後まで、したいもん」  
 まだアレン君と一つになっていない。それじゃ、あなたと本気で愛し合ったことにはならないから。  
「…辛かったら、言ってくださいね?」  
「うん」  
 ゆっくりと覆い被さってくるアレン君。その肩を、私は想いを込めて抱き締めた。  
 
「あ……はぁぁっ!」  
 ずるり。灼熱の心棒が打ち込まれる。私の深い、深いところを目指して。  
 侵入してくるアレン君を、私は出来るだけ力を抜いて、受け入れる。  
「う、くぅ…」  
「あぁぁぁ……」  
 胎内に、彼が入ってくる……たまらなく幸福だと思える瞬間……  
 奥深くまで達して、一息ついて。ぎゅうぅぅっ、と抱き合って、身体と身体の隙間をぴったりと埋めてしまう。顔を横に向けると、何かに耐える様なアレン君の顔があって。見つめ合い、そっと笑みを交わす。  
 ああ、なんて幸せな気持ち。  
 アレン君の肩に顔を埋めて、思い切り息を吸い込む。アレン君のにおいが、麻薬のように私の頭を満たして。私はくすくすと笑う。  
「どうか、しました?」  
「…ん、アレン君って、いいにおいがするから」  
 そうなんですか? アレン君は得心が行かないのを誤魔化す様に笑って、私の黒髪をさらさらと撫でてくれた。  
「そろそろ、動いてもいいですか?」  
「…うん」  
 躊躇うことなんかないから。一緒に行こう、私たちだけが行くことのできる、幸福な世界へ。  
 
 ず……グチュ……ちゅぐっ……  
 
 ゆっくりと、アレン君が私の胎内で往復を始める。  
「んぁ、はぁ…っ……あん、あっ……ふぁっ……」  
 熱い、とても熱いかたまり。それが私の身体を内側から少しずつ加熱して、真っ赤に爛れさせてゆく……  
「あぁん……んっ…ふ……くちゅ…ふぁん」  
 合間、合間にアレン君がくれるキスに、酔いしれて。  
 はぁ……はぁ…… アレン君の荒い息遣いを、直に感じて。  
「やっ…あ、あん……は、はぅ…んんん…んふ…」  
 自然と漏れる声は、まるで自分のそれとは思えないくらい、淫らで、いやらしい……  
 
 ずちゅ……くぷ……じゅっ……くちゅちゅ……  
 
 淫靡な、音…  
「はぁ…ふ……リナリー、凄い…気持ち……いい…」  
 アレン君、とっても気持ち良さそう。うれしい……  
 眉根を寄せて、息を荒げて、汗を飛ばして。快感を求めて、アレンくんの腰は動き続ける。  
 私も彼に合わせて、自分の腰をくねらせて、応える。  
 ああ、熱い……あついよ…アレン君……とけちゃいそう……  
「んく…ふぁん……あっ…はっ……はぁぁん」  
 気持ちよくて気持ちよくて……視界が涙で滲む。  
「ふあんっ!」  
 不意に、いちばん深いところを突かれて。後頭部に痺れが奔る。  
「あぁ……は……んんん!…あん…」  
 一定のリズムで行われていたアレン君の前後動に、変化が起こっていた。  
 緩やかに押し込んだかと思えば、勢いを付けて引き抜いて。浅いところを軽く幾度も小突き、奥深くまで貫いて。  
 様々に向きを変えて、膣内の様々な場所を剛棒で刺激して、火を焼べる……  
 
 にちゅ……ぐちゅぅ……じゅっ…ずりゅっ……  
 
「あぁぁっ!…はっ……んあああっ……」  
 無意識に、逃れるように身を捩っていた。けれどその行為は、むしろアレン君の興奮を高めるものでしかなくて。  
「リナリー…!」  
 私の両手首を掴んでベッドに押し付けるや、猛然と腰を振るい始めた。  
 
 ずっ! ずちゅっ ぐじゅっ  
 
「んんああぁぁぁっ! はっ、あ、ああ!」  
 大きなストロークで内部を擦られる感覚。頭が、おかしくなりそう……  
 どこかに堕ちてゆく錯覚が私を苛む。怖い。こわいよ……。必死で両脚をアレン君に絡めた。  
「…えと、リナリー? これじゃ上手く、動けないんですけど」  
「だ…て、だっ……てっ」  
「……もう、しょうがないですね」  
 業を煮やしてか、アレン君は動きを止めて、ゆっくりと身を起こすと、  
「きゃぁっ」  
 絡み付いていた私の両脚の膝裏に腕を通して、ぐい、と持ち上げてしまう。  
 そのまま、上にのしかかってくる。両脚を大きく広げているから、彼の心棒が今まで以上に深々と胎内に突き刺さった。  
「あ、くぅぅぅぅぅっ!」  
 これまでとは比べ物にならない力で、最奥が刺激される。ものすごい、圧迫感。上手く息が、出来ない……  
「あぁぁぁっ!」  
 そして、律動を再開する……いちばん深いところをじくじくと小突かれて、淫欲が四肢を駆け巡った。  
「ひっ! はぁっ! んんんぅっ!」  
「はぁ、はあっ…か、可愛いです、リナリー……っ」  
「はくぅっ! やっ、やぁぁっ! あぁ、あぁぁっ、んあぅぅぅっ!」  
 気持ちいい、けど、あまりに刺激が強すぎて。私は子供のようにいやいやをする。  
 
「……ちょっ、と、辛いみたいですね。……じゃあ」  
 アレン君は身体を起こして、私の左脚を跨ぎ、右脚を持ち上げて、肩に担ぐように両手で抱える。自然、私の身体は横倒しになり……  
「んぅ……」  
「動きますよ」  
「……っ…うっ、あん、は、はぁっ、ああっ」  
 普通とは違う角度での、交愛。突いて欲しい処をなかなか突いてもらえないもどかしさもあるけれど、それでも大分、負担は軽くなった。  
「はぁっ、は、…楽に、なりました?」  
「う…ん、んっ……だいじょう…ぶ……あぁっ、はぁん」  
 太腿の裏側とアレン君の腹筋がぶつかって、ぱん、ぱんと鳴る音。生臭いこの行為の淫らな添え物となって、私たちを深みへと誘う。  
「リナリー、後ろ、向いてもらえますか?」  
「うん……」  
 後背位を求められるということは、アレン君の興奮がそろそろ抑えられなくなってきたということ。これまでの経験で、それはよく知っている。  
 一度離れて、もぞもぞと起き上がり、四つん這いの姿勢をとった。手足に力が入らないかも、と心配したけれど、案外しっかりと働いてくれた。  
「………」  
「ねえ、アレン君………見てないで、早く」  
 いかにアレン君相手と言っても、無防備なお尻を向け続けているのは抵抗があるんだから。  
「これは失礼しました、お嬢さん」  
 悪びれるでもなく、にこやかに笑んで、アレン君は私の背筋に唇を寄せた。  
 彼の掌がお尻を撫で擦る。殊更いやらしい手つきで、何かを塗り付けるみたいに……相変わらず、好きなんだから。  
 ……でも、私も彼のことは言えないな。私の大腿を滔々と伝い落ちている、淫らな欲望の溶けた液体。卑猥な期待にうち震える秘裂から次々と溢れて、止まらない─────  
「……入れますね?」  
 こくり。  
 頷いて、自分から腰を高々と上げた。ここに来て、と促すように。  
 
 ずぷ…ぐちゅぅぅぅぅ…………  
 
「ん…はあぁぁぁぁぁ……」  
 また、私の胎内が満たされる。アレン君でいっぱいに。  
 心まで満たされるよう……ああ、この熱を、いつまでも感じていられれば、どんなにいいことだろう。  
 そんな切ない想いと裏腹に、私は腰をいやらしく振る。このはしたない孔は、アレン君をもっと欲しいと言って、止まらないの。  
 
 ずりゅ、ずっ、ずちゅっ、ぐちゅ、ぐちゅ…  
 
「あっ、あっ、あぁっ! はぁっ…あん! ん、んあっ!」  
 アレン君が動く。欲しがって止むことのないこの私に、惜しみなく愛を注いでくれる。  
 私のお尻をアレン君の腰が叩いて、さっきよりもはっきりとした音を静まり返った部屋の中に響かせる。他に聞こえるものは、絡み合う男女の艶に満ちた息遣いと、粘膜の擦れ合いの音だけ。  
「ああっ! はぁ、はっ! あぁぁぁん! んぁっ! あ、はぁぁぁっ」  
 シーツを掴んで、もみくちゃにして。長い黒髪を振りたくって。だらしなく涎を振りまいて。上気した肌を擦り寄せて。アレン君の悦びを誘うかのように、姑息に蠢く私の身体……  
 私を後ろから犯すアレン君の汗が、私の背中に冷たい雫となって飛び散る。いやらしい行為をたしなめられているようでもあり、もっと足掻いてみろと促されているようでもあって。  
「あぁぁ、はっ! やっ、あぁっ、んふぁぁっ!」  
 機械のように一定のリズムを保ち、息の合った動作で私たちは快楽を貪る。後ろから覆い被さって来たアレン君は、左腕で上体を支え、律動を保ったまま右手を私の下に潜り込ませて、器用に乳房を揉みしだいた。  
「やぁっ! アレン、く……そ、それ、いいっ…いいよ……!」  
 先端をクリクリといじる手捌きに、意識を奪われて。がくがくと頼りなく引き攣る自分の両腕両脚を叱咤して、この悦びを少しでも長引かせようとする。  
 
「…はっ! はっぁ! …は! はぁっ…!」  
 アレン君の熱い喘ぎ。ほとんど密着する距離で浴びて、胸がきゅうんと締め付けられる。ああ、アレン君、私は、あなたが──────  
「あぁぁっ、あ、アレンくん、好き、好きっ!」  
 思わず口をついて出た言葉。けものじみた行為の最中には少し場違いにも思えるけど、どうしても伝えたくて。  
「好き……あぁぁぁっ! す、すき……なの……っ!」  
「リナリー………」  
 想いが、想いの奔流が、止まらない。  
「アレンくん、アレンくぅん……っ」  
 愛しい気持ちを持て余して、涙が零れる。そっと拭ってくれる、アレン君。彼の優しさに、ますます胸が詰まる……  
 最後は、抱き合いましょう。アレン君はそう言って、私を仰向けにした。  
 分った性器をもう一度ひとつに繋いで、肌を重ねる。  
「リナリー……」  
「アレン、くん……」  
 名前を呼び合い、口づけをかわし、そして──────  
「あっ、あっ! はぁぁっ、んぁっ、ぁあああぁぁぁぁぁ」  
 この交わりの終わりに向けて、二人で走り始める。  
 熱い血潮と欲望を滾らせた自身を、狂おしい衝動に駆られるままに私に打ち付けるアレン君。迸る想いを律動に変えて、私を荒々しく蹂躙する。  
 それに歓迎するように絡み付き、未練がましく縋り付いて離そうとしない、私の陰部。淫蕩な体液を撒き散らし、どこまでも淫らに、我侭にアレン君を貪ろうとする。  
「んああぁぁぁぁぁっ! ふあ、ふあぁぁぁぁぁんっ!」  
 嬉しいのと、気持ちいいのと、ほんのちょっぴりの罪悪感を胸に、私は悦びの声を上げる。  
 アレンくん、アレンくん、アレンくん……  
 彼の名を心の中で呼ばうたび、甘い疼きが広がって。  
 繋がった処からもたらされる熱い波動と混濁して、私の頭の中を真っ白にする。  
 
「んあぁぁぁぁっ! ふぅううぅぅっ! は、はあぁぁぁぁぁん!!!」  
 アレン君の背中に爪を立てんばかりにしがみつき、蕩けきった花洞を大きく広げて、彼を包み込み、食い締める……  
 ああ、アレンくん……私をもっと、愛して。あなたの事しか考えられなくなるまで、犯して──────  
「んううぅぅ! ふくぅうぅぅぅぅぅっ! ふぁ、ああああぁぁぁぁぁーーーっ!」  
「はっ…! はぁ、はっ…! あぁっ、…リ、ナリーっ、リナリーっ」  
 切羽詰まった、アレン君の声……もう、終わりが近い。  
「あ、アレンくんっ、アレンくんっ! アレン、くぅんっっっ!!!」  
 夢中でアレン君にしがみつきながら、私は懸命に、鳴くように、惜しむように彼の名を呼び続ける。  
 
 どうかあなたの深いところにまで、この声が届きますように────────  
 
「アレンくぅぅぅぅぅん!!」  
「あ、あぁ……っ……うあぁぁぁっ!!!」  
 
 どくん、どくっ、どくっ、どくっ……………  
 
 胎内で、アレン君の種子が、弾けて……  
 
「ふあ…………ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー…………っっっっっっっ!!!!!」  
 
 その熱が、私の意識を焼き尽くす………  
 
 後から後から、私の胎内に注ぎ込まれてくる、生命……  
 お腹の中に満ちて……どろどろに融けた意識を、僅かに呼び覚ましてくれる。  
 抱き締めた温もりと、胎内に穿たれた熱さを噛み締めながら。  
「ふぁああぁぁぁ………あ……ん……」  
 私は瞳を閉じ……力尽き倒れ込んでくるアレン君の腕の中で、もう一度、果てた……  
 
 逢い引きを終えて、私はアレン君の腕を枕にして、緩やかに微睡んでいた。  
 私たちを包む月の光は、とても優しくて。  
 私をそっと抱くアレン君の腕は、それよりももっと優しくて……  
 
 見上げれば、アレン君の穏やかな笑み。  
 左目の深紅の傷痕が、青みがかった陰影の中で、鮮やかに浮かんでいる。   
 思わず手を伸ばすと、アレン君はそっと眼を閉じて、目蓋に触れさせてくれた。  
 
 傷痕を撫でながら、思う。  
 この人は……あとどれだけの傷を負えば、背負わされた運命から解放されるんだろう。  
 
 いつか、ティムキャンピーが見せてくれた光景が、脳裏をよぎる。  
 
 ─────破壊された大地に、たった一人残された、アレン君の姿。  
 眼前には、神に背いた咎で、命尽きようとする、私たちの仲間の成れの果て。  
 右手は砕かれ、頼みの左腕は酷使の末に崩れ落ちて。  
 七転八倒の苦痛に身を捩りながら、それでもアレン君は立ち上がって、微笑った。  
 
 「がんばるよ」  
 
 そう言って、微笑った。  
 
 その笑みが、私の脳裏に焼き付いて、離れない。  
 それは、私が想像出来るどんな笑顔よりもきれいで、優しくて、強くて─────────そして、悲しい、笑顔だった。  
 
 きっとこの人は、自分が命尽きる時にも、こうして微笑うんだと思った。  
 傍にいる人に、守るべき人にこうして笑いかけて。そして、たった独りで明けない朝へと旅立ってしまうのだろうと、思った─────  
 
 ─────何度でもあなたを助ける、と誓った。  
 でも、私はきっと、あなたを助けられないんじゃないかと思う。  
 もし、私があなたの代わりに傷付くと言ったら。もし、私があなたと共に死ぬと言ったなら。  
 あなたはきっと、あの悲しい笑顔を浮かべて、私の手を離すのだろう─────  
 
 ─────あなたはきっと、神さまから運命を与えられた存在。  
 この世の痛みや悲しみを一身に背負って、それでもなお、救い続けろ、と。  
 その命に代えて、救い続けろ……と、神さまが決めた存在─────  
 
 
「……どうしたんですか? リナリー」  
 怪訝そうに、アレン君の声がかけられる。  
 私が、アレン君の胸板に口づけを落としたから。  
「……なんでもないよ。ただの、おまじない」  
「? 何を、おまじないするんです?」  
 心の準備をする。私の胸の内が、この勘の鋭い人に悟られないように。  
「……………アレン君が、他の誰かになびきませんように、って」  
「ええー、何ですか、ソレ……」  
 ちょっと不満げに口を尖らすアレン君。冗談だよ。そっと頬にキスした。  
 
 
 ─────でもね。私は、諦めの悪い私は、神さまに抗うの。  
 何度も肌を重ねて、あなたの身体に、私の印をたくさん残して。  
 抱き合った熱やこの痕を通して、私の穢れをあなたの身体に染み込ませるの。  
 もし、あなたが、きれいで特別な存在でなくなったなら。私と同じ、穢れを背負いながらも生きる、普通の人間になれたなら。  
 神さまはあなたを諦めて、あなたを運命から解放してくれるんじゃないかって、思うから─────  
 
 ─────わかってる。こんなことは無意味だって。  
 私はきっと、あなたのためになにひとつしてあげられない。  
 誰かを救うために走り出すあなたに、私はきっと永遠に追いつけない。  
 『黒い靴』の速さを以てしても、あなたには追いつけない─────  
 
 
「……リナリー」  
「なぁに? アレン君……きゃっ」  
 ぎゅうううっ……とアレン君に抱き竦められる。  
「よろしければ……僕ともう一曲、お付き合い願えますか?」  
 私の大好きな笑顔を見せて、大好きな声で囁く、アレン君。  
 
 
 ─────それでも私は、あなたと一緒にいたい。  
 あなたの傍で、同じ景色を見て、一緒に笑っていたい─────  
 
「……お誘いに乗らせて頂くわ、アレン君」  
 
 ─────ああ、私の愛しいひと。こんな無力な私を、こんな卑怯な私を、どうか、許して─────  
 
 
 零れ落ちた涙。口づけに溶けて、幽かに煌めいた……  
 

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