『ゲヘヘ…今の一撃、
本当にエクソシストの誇りとやらを懸けたのか?
だとしたら…随分と安い魂だな、ケケケッ』
「…撤回はしなくていい。
所詮はアクマの戯言、僕の心には響かない」
某ハンタ的展開を迎えつつ、アレンとアクマの闘いは続く。
イノセンス探索中に例によって例の如く、またロードにまんまと罠にハメられたアレンとリナリー。
奇妙な擬似空間に閉じ込められての混戦は、限りなくアレン達に不利な状況…。
「カッコつけてる場合じゃないよ、アレンくん!」
「確かに…ふぅ、どうしましょうか?」
既にアレンとリナリー、両者ともに
イノセンスを長時間発動させているため、体力の消耗が著しい。
特にアレンは朝方、朝食を食べ忘れてしまたために尚更ヤバかった。
「やっぱり、食べておけばよかったかな…ハハ」
「無事に帰れたら美味しいもの、いっぱい食べさせてあげるから…今は――――――」
ドン!!!
また1体、リナリーの蹴りでアクマが消し飛んだ。
リナリーも体力を消費している分、できるだけ敵の脆そうな部分を攻撃することで
余計な運動を極力避けようとしているのはさすが、と言ったところか。
「闘いに集中して!」
「…ですね」
「“十字架ノ墓(クロスグレイヴ)”で大したダメージを与えられないとなると…」
アレンの左手は脆い、この前もリナリーにそう言われたばかりだ。
これ以上彼女を心配させる訳にもいかないし、彼女を失う訳にもいかない。
だったら闘うしかない。自分はまだ、立ち止まるには早すぎる。
「…一か八か、賭けるしかない!」
どうせロードはこのやり取りをどこかで見ているはず。
未完成の新技を敵に見せたくはなかったが、もうそんなことも言っていられない。
何とかリナリーとともに、ここを出ないことには。
「リナリー…今から約30秒だけ、僕を守ってくれませんか」
「何かの技を発動させるつもり?」
「えぇ、まぁ」
「…分かった、やってみるね」
リナリーは賢い。
すぐさま気持ちを切り替え、アレンの盾となって守備につく。
群がるアクマを次々とカマイタチで切り刻みつつ、寄せ付けるのを許さない。
「よし…!」
残った力を左腕に集中し、同時に左眼でこの空間内に存在する
全てのアクマを捕捉、ロックオン…神経を集中し過ぎるため、無防備になるのが欠点。
だがリナリーが懸命に守ってくれている…彼女の努力は、無にしたくない。
「(こんなところで、僕達は死ねない!)」
砲状に変化したイノセンスが共鳴を始め、空間が震える。
アクマらもアレンがやろうとしていることの異常さに気づいたのか、
猛攻とも呼ぶべきラッシュでリナリーを追い詰めてゆく。
しかしリナリーは怯まない。アレンを信じているから。彼ならきっと、何とかしてくれると―――――。
「(…よしっ!)」
もう十分だった。
これ以上イノセンスを昂らせると、シンクロ率の影響で逆に威力が落ちかねない。
リナリーがこちらを向いた瞬間、アレンは声高く叫んだ。
「リナリー、僕の方へ!」
「…うんッ!!!」
瞬間、リナリーが空を駆けてアレンに飛びつく。
と、同時にアレンがイノセンスを発動、自分ら目掛けて迫り来るアクマらに
砲状の左手を向け、一気に溜め込んだ力を解放する!
「哀れなアクマに…魂の救済を!!!」
“十字架ノ烙印(クロスヴランド)!!!!!”
『あべしっ!』
『ひでぶっ!?』
『ち、ちくしょぉぉぉ…!!!』
イノセンスから解き放たれた十字の刻印が、群がるアクマ共に刻まれてゆく。
それと同時に刻まれた十字から凄まじい熱が発せられ、魂ともどもアクマの身体を浄化してゆく。
彼らは咎人ではなく、魂の囚人。だが、この烙印が彼らを牢獄から解放してくれるだろう…。
***
「すごい、アクマが全部…消滅しちゃった」
「はぁっ、はぁっ…な、何とかなった、かなぁ?」
この“十字架ノ烙印(クロスヴランド)”はともかく心的疲労が大きい。
空間内に存在するアクマをロックオンするために左目、
烙印を打ち付けるためのイノセンスのエネルギー調整と、かなり疲れる。
しかも攻撃準備のために約30秒…誰かに守ってもらわない限り、使いものにならないから。
「すごいよ、アレンくん!
いつの間にあんな技、使えるようになったの!?」
「えへへ…神田と一緒にララのイノセンスを回収した時、
イノセンスが進化してから…それからです。遠距離用にもっと強力な技が欲しい、って」
とは言え、まだ構想段階だった。
実戦で使うには早すぎたし、現実世界ならまだしも、ここはロードの作った世界。
敵に新たな技を見せ付けてしまうのは愚かなこと…が、どうしようもなかった。
「約束ですよ、リナリー」
「えっ?」
「帰ったら、美味しいものいっぱい食べさせてくれる…ってヤツです」
「…うん!」
ともかく助かった。一緒に抱き合い、喜びを分かち合う2人。
どちらのコートも闘いでボロボロ、また科学班に新調してもらわないといけない。
でも、何か忘れていないだろうか?
「…アレンくん?」
「妙だ、ロードが出てこない…!?」
ロード・キャメロットが出て来ない。
あれだけのアクマを刺客として放っておきながら、出て来ない。
もしや自分達をこの空間にずっと閉じ込めておく気なのだろうか?
それとも新たにアクマの援軍をこの空間に差し向けるきだろうか?
いずれにせよ、もうアレン達には体力はほとんど残っていない。
特にアレンはもう指1本動かすのがやっとな程…こんな状況で、もし襲われたら…?
「ヤヴァイよねぇ?」
「!」
「…っ!?」
声がした。
幼いけれど、心臓を鷲掴みにする亡者の様な低い女の声。
気配は感じなかった。いや、感じることが出来たのかもしれない。
その少女は最初からそこに居て、また最初からそこに居なかった。
「やぁ」
「くっ、ロードォ…!」
針山の如く逆立った黒髪と、褐色の肌。
胸元の大きなリボン、ミニスカート、細くも肉つきの良い脚を包むスニーソックス。
そして洒落たパラソルと、板チョコを頬張る唇…他でもない、ロード・キャメロットだ。
「元気ィ?…ってんなワケないかぁ」
「っ…今日はキャンディーじゃなくて…板チョコか?
メロにでもなったつもりか、ロード…!」
「んー、どっちかって言うとニアの方が僕は好きかなァ」
デスノ談義に花を咲かせながら、ロードはまたパキリと板チョコを噛み砕いてゆく…。
「貴女、アレンくんに手を出したら…っ!」
「あれぇ、僕のお人形だったリナリーじゃん。
どぉ〜? その後、アレンとはうまくヤってる〜?」
【黒い靴(ダークブーツ)】の使用過多でロクに脚も動かせなかった
リナリーだが、何とか不屈の精神でロードをこれでもかと睨みつける。
ミランダの時計型イノセンスの事件の時、ロードには随分と大きな借りを
作ってしまったのもあるが、何よりアレンを苦しめる彼女をリナリーは許せなかった。
「あーぁ、ボロボロになっちゃって。
あのまま人形でいた方が良かったんじゃないのぉ〜?」
「リナリー、乗せられちゃダメだ!」
「アレンくん、でもっ!」
「もう、僕達に闘う力は残ってないんです!」
「…くっ」
悔しいが、アレンの判断は正しい。
2人で100体以上のアクマと数時間に及ぶ死闘を繰り広げたのだ…無理もない。
だがこんな最悪の状況下で諦めねばならない…リナリーは、それが悔しかった。
「あはは、ケンカしちゃダメっしょ。
ま、安心しなってば…今日のは単なる暇つぶしだからさぁ」
「…何だと」
「ここでアレンを殺しちゃったら、これからの楽しみが減っちゃうしぃ。
千年公もアレンのコト、結構気に入ってるしぃ。今日の所は見逃してやろ〜って言ってんだよ」
つまり、最初から自分達はロードの道楽に付き合わされていただけ。
理不尽極まりない話だが、つまるところはそういうことになる。
本当に見逃すつもりなのか? ノアの一族はそれ程までに寛大なのか?
「信じられないぃ?」
パキリ、と最後の板チョコが割れた。
もぐもぐと口を動かしながら、ロードはアレンに近づいてゆく。
その足取りの一歩一歩は、さながらスローモーションの様に非道くゆっくりに思えた。
「っ…アレンくん!」
「リナリー、邪魔ぁ」
バン!!!
「きゃあっ!」
「リナリー!」
何とか脚を奮い立たせてアレンを守ろうとしたリナリーの健闘も虚しく、
パラソルの一振りで軽々と吹き飛ばされてしまう…やはり、イノセンス使用による弊害か。
「クスクス…リナリーに非道いことした、僕が憎い?」
「…あぁ!」
「そぅ、良かった♪」
グイッと襟首を掴まれた。
また以前の様に、左目を潰されるのだろうか?
怖い。人でありながら人でない、目の前の少女が怖い。
「アレン、死の味って知ってるぅ?」
「…知らない!」
「ん、じゃあ教えてあげる…」
「…! ア、レン、くん…!?」
リナリーは絶句し、青ざめる。
だってそうだろう、愛しい少年とノアの一族の少女が眼前で口付けたのだから。
ここは地獄に一番近い場所と思っていたけど…目の前のあれは、地獄以上の光景だった。
「んっ…んぅ…っ!」
「ちゅ…ん〜…ちゅはぁ…」
それはとても少女がやるとは思えない程に卑猥で、官能的なもの。
抵抗するアレンを押さえつけ…いや、もう押し倒したか。
ともかく、獲物を貪る肉食獣の様に、音を立てながらその接吻は続き、やがて終わる。
「っぁ! はぁっ、はぁっ…ゲホッ、ゲホッ!!!」
「は〜い、正解はチョコレートの味でしたぁ〜♪」
唇の周りにこびりついた自身の唾液と、
口内から溢れたチョコレートを拭いながら、ロードはケラケラと笑う。
が、口付けられた方のアレンは、最早ゾッとすることすら忘れていた。
口の中に広がる、チョコレートの味とロードの唾液の味…もう、吐き気すら起こらない。
ただひたすらに残った僅かな力で口元を抑え、震えることしかできない。
「ロード、貴女ぁ…っ!」
「ふふ、怒ったぁ? 大事なアレンと僕がキスするの見てさぁ」
「…許さない、絶対っ!!!」
「おっと、怖いなぁ。怖いお姉さんがいるから、今日は退散〜」
『ろ、ろーとタマ! レロのセリフ、今回はコレだけレロッ!?』
例のどこでもドアを召喚し、ニヤリとロードは微笑む。
リナリーを挑発するかの如く、アレンと口付けを交わした唇を指でゆっくりとなぞりながら…。
***
「はい、最後のリンゴ」
「ふぅ、ごちそうさまでした〜」
1週間が経過した。
イノセンスは無事回収することが出来、救援に来た探索部隊に託した2人。
今は宿を借りて、闘いによって失った体力と傷を癒すことに専念している。
「…リナリー?」
「あ、な、何?」
何となく、気まずい。
すでに深い関係になってからかなり日が経っている2人だが、最近は特に。
やはりアレンとロードのキスが原因か…。
「…イノセンスは回収できました。任務は成功したんですよ」
「そう…だね」
リナリーはあまり外傷も無く、
体力の回復を待つだけだったので本来なら探索部隊と共にホームに帰ってもよかった。
が、どうしてもアレンの看病がしたいと譲らず、1週間、彼に付き添っていたのだ。
「…リナリー」
「あ、うん?」
「どうか、しましたか?」
「…」
言葉が出ない。
「…アレンくん、さ」
「?」
「その…ロードとキス、した時…どんな気分だった?」
「…」
何と馬鹿なことを聞いてしまったのか、とリナリーは後悔する。
何もそんな傷を抉る様なこと、聞かなくてもいいのに、と。
リナリー的には、あの光景は早く忘れてしまいたいものなのに…何故、今更?
「…言葉では、ちょっと表現できません」
「い、いいの! 言わなくて…いいよ…ごめん…」
アレンも困惑していた。
ロードが抱きついてきたことはミランダのイノセンス事件の時にはあったが、
まさかキスされるなんて…正直、呪いをかけられたんじゃないか、という不安さえある。
が、すでに呪われてしまっている自分に、これ以上の呪いは無意味だ。
「(…気まぐれ、か)」
そういうことにしておきたい。
それにこれ以上、思い出したくもないし。
「私はね」
「えっ」
「私は…すごく嫌だった」
腰掛けたベッドの上で震えながら、リナリーは吐露する。
嫌悪感。自分の好きなアレンが、自分のアレンが、他の女と、よりにもよってロードと。
もしあの場で体を動かす体力が残っていたなら、きっと自分で両眼を潰していた程に。
「アレンくんとロードがキスするのなんか…見たくなかった…」
「…」
愛しているからこそ、許せないこともある。
でもそんな感情を抱いてしまう自分はもっと許せない。
嫉妬してしまった、ロードに。そんな自分が非道く惨めで、滑稽だった。
「私、最低だよね。
敵だって分かってるのに…ロードに嫉妬しちゃったんだ」
「…」
「馬鹿だね…ホント。馬鹿みたい…私…」
震える肩を、そっと支えてやることしかできないアレン。
それがもどかしい、でも、他にかけるべき言葉がなかなか見つからない。
気にするな、と言っても気にしてしまうのだろう、きっと。
「リナリーは…馬鹿なんかじゃありません」
「でもっ、だって、私っ…!」
「…僕を愛してくれているから、嫉妬してくれたんでしょう?」
自惚れていると思われても構わない。
ゆっくりと向かい合って、徐々に顔と顔の間合いを詰めてゆく。
「…僕も、貴女が好きです。
リナリーを愛しています…心の底から。だから、例え歪んだ想いでも……嬉しいです」
「アレ、ン、く…っ…ぅっ…うぅ…!」
穢れてしまったとしても、赦してあげることはできる。
彼女の想いは尊く、また儚い。だからこそ、誰かが彼女を赦してあげなければ。
嫉妬、羨望、妬み…確かに醜い感情。でも、リナリーの涙はこんなにも美しい。
少なくとも、アレンにはそう見えた…これが、“恋は盲目”と言うやつなのかもしれない。
***
コンコン
「どうぞ」
「アレンくん、調子どう?」
また幾日かが過ぎた。
さすがにアレンの体力も回復し、傷もほとんど治りかけている。
そろそろ日課の椅子筋トレ(KC2巻8P参照)を再会したいところだが
リナリーが断固としてそれを許してくれない…まだ安静にしておく必要がある、からと。
「ずっとベッドに居るのも退屈になってきましたねぇ」
「ダメだよ、ちゃんと養生しないと」
「んー。まぁ、それはそうですけど…」
「アレンくんのイノセンスは寄生型だし、余計に養分取られちゃうんだから。
かと言って大食いして宿の食材を食いつぶすワケにもいかないでしょ。
私達以外にもお客さん、いるんだよ?」
「うっ、それを言われると」
事実、大食いのアレンがこの10日程、普通の食事をとっている。
イノセンスの力を維持するには、成人男性が一日に摂取するカロリーの何十倍もの
熱量が必要とされるだけに、アレンにとってはまさに空腹の日々…自分の腹の音で眠れない程に。
「小さい頃は、ほんの少しの食事でお腹いっぱいだったのにな」
「…イノセンスが覚醒してからだよね、
アレンくんがいっぱい食べるようになっちゃったのって」
「えぇ…まぁ」
アクマとなったマナ・ウォーカーを壊した後、
アレンが飢え死にをしなかったのはどう考えてもクロス神父のおかげに相違ない。
諸国漫遊の結果、幼いアレン少年が食通になってしまったくらいだから。
まぁ、その他にもギャンブルやらちょっと危ないことも多々覚える羽目になってしまったが。
「えと、何か御用でしたか?」
「あ、うん。
ちょっとアレンくんと一緒にお茶しようかな、って」
「お茶?」
「飲茶だよ。
イギリスで言うところのティータイム。
お茶請けも厨房を借りて作ってみたんだけど…ど、どうかな?」
リナリーが大事そうに持っていたのは、ティーセットと何かの料理。
そう言えばクロス神父と何度か中国地方に足を運んだ際にも、同じものを食べた記憶がある。
いや、微妙に違うだろうか? ともかくリナリーの手作りらしいのだが。
「お茶はプーアル茶、お茶請けの点心は金魚餃」
「師匠と中国に行った時、似た様なものを食べた記憶があります。
リナリー、こういうのも得意だったんですね?」
「そ、そんなことないよ…小さい頃にお母さんが
作ってくれたのを見よう見まねで作ってみただけだもん」
プーアル茶は程良く甘い香りが心地良く、
金魚餃はその名の如く金魚の形をしており、目を楽しませてくれる。
リナリーの故郷の人達が食に芸術性を求めている現れ、ともとれるだろう。
何だか、食べるのが勿体無い気がしてきた。
「金魚餃には豚肉と人参、剥き海老が入ってるの。
本当は蒸し器で蒸したり、目の部分に蟹の卵を添えるともっと美味しいんだけどな」
「そんな、作ってくれただけでも嬉しいですよ」
「約束したもん。
“無事に帰れたら美味しいもの、いっぱい食べさせてあげる”って…」
「…そうでしたね」
さすがにこれだけでは腹いっぱいにはならない。
でもアリナリーの心遣いだけでも十分過ぎる程だった。
自分のために料理を作ってくれる女性がいる…こんなに幸福なことがあるだろうか?
「さ、食べよう。
せっかく作ったんだからさ…感想、聞かせてほしい」
「ん、じゃあ…いただきます」
「あ、アレンくん、お箸使えた?」
「はい、大丈夫です」
まずはプーアル茶を一口。
甘い香りの他に、わずかに酸味を舌に感じる。
恐らくは茶葉を醗酵させた年数によって生じるものかもしれない。
が、悪くない。口の中がスーッとして、金魚餃を食べる際にも困らないだろう。
「金魚、って小さな魚ですよね? 赤とか白とか黒の…」
「うん。私の国だと富とか繁栄の象徴ってことで、おめでたい生き物なの」
「師匠と食べた時はそんなの気にしなかったからなぁ…勉強になります」
「しっかり中身を蒸せてればいいんだけど…どう?」
言うまでもなく、美味い。
弾力があるし、中の具材もちゃんと蒸せている。
皮も柔らかく、中身の海老や豚肉も満足できる味だった。
やはり、リナリーには料理の才もあるのかもしれない。
「(もっと上達すればジェリーさんよりも上手くなるかも…)」
よく噛みつつ、アレンはそんなことを考える。
両親が事故で死んだり、イノセンスの適合者として黒の教団に入らなければ
今頃はリナリーも普通の女の子だったのかもしれない…そう思うと、何だか切ない。
「アレンくん?」
「あ…はい」
「どうしたの?
お、美味しくなかった?」
「あ、そんなんじゃないです。
美味しすぎてボーッとしてたって言うか…あはは」
と、お茶を飲んでいたリナリーも箸を取り、徐に金魚餃を抓んだ。
そして半分程の大きさに沸け、手を添えてアレンの口にまで近づけてくる。
…えーっと、これはもしかしてアレですか? アレか?
「リ、リナリー?」
「あーんして、アレンくん」
「えっ…!?」
「あーんだよ」
「あ、あーん…」
拒否できず、口を開けて金魚餃を頬張ることに。
いや、2人きりだし、何よりも付き合っているのだから別に恥ずかしがることはない。
でもまだアレンはそういうのに慣れていないと言うか…結構、純情なのかもしれない。
***
「とっても美味しかったです…また作ってもらえますか?」
「今度は他の点心も作るね。
点心は全部で1000種類以上あるって言われるだよ、知ってた?」
「それはまた…全種類コンプリートするのに何年かかるのやら」
「ふふ、そうだね」
漸くリナリーにも笑顔が戻った。
ロードとの件で塞ぎこんでしまった様にも見えたが、持ち直してくれたみたいだった。
彼女はよく泣く。その泣き顔も美しいけれど、やはりリナリーは笑顔が一番可愛らしい。
「ふぁぁ、食べ終わったら…眠くなってきました」
「もう、アレンくんったら。お行儀悪いなぁ」
「久しぶりにアレ、してもらえませんか…?」
「…うん」
夕方までまだ時間はたっぷりある。
このままアレンと共に過ごすのも悪くない、とリナリーは判断する。
と言うよりは彼の言葉を待っていたのかもしれない。
嬉々として、彼のベッドに上がり込んでしまう自分を感じてしまうから。
***
「あー、やっぱりリナリーの膝枕は気持ち良いです」
「こら、調子に乗らない。私だってちょっと前まで脚、痛めてたんだからね」
「あ、すいません…」
675 名前:アレリナで飲茶タイム こ〜へん 投稿日:2005/06/15(水) 01:02:22 ID:ubDo3hAQ
リナリーの膝は、とても柔らかくて気持ちがよい。
白髪を撫でてくれる手の感触も心地が良く、至福の時と言える瞬間。
コムイあたりがこの光景を見たら、きっと発狂してしまうくらいの…。
「何てね、いいよ。
アレンくん、ずっとベッドで寝たきりだったし…今日くらいは」
最初からそのつもりだったし、たまにはこちらが意地悪するのも悪くない。
前線で頑張っているエクソシストでもまだ15歳足らずの子供なのだから、無理はさせたくない。
一応は恋人のつもりだったけれど、今はどちらかと言うと姉や母の感情に近いものがある。
「元気になったら、街に買い物に行こうね。
ね、アレンくん……アレンくん?」
返事なし。
どうやら少し語りかけるのが遅かったらしい。
アレン・ウォーカーはリナリーの膝の上で、規則正しい寝息を立てていた。
「寝ちゃった、んだ…?」
せっかくデートに誘ってあげようと思ったのに、何と間の悪い。
でもまぁ、この幸せそうな寝顔を見る限り、さっきの飲茶に満足してくれた様だ。
彼が言う通り、また作ってあげたい。いつか、絶対に。
「アレンくん、言ってくれたよね。心の底から私のこと、愛してる…って」
そっと、彼の耳元で呟いてみる。
もっとも寝ているアレンには聞こえないだろう。でも、それでも。
「我从、内心深処也愛…永遠、一直
(私もね、心の底から愛してるよ…いつまでも、ずっと)」