「ただいま戻りました、リーバーさん」  
「お、帰ってきたか」  
 
 相変わらず、アレン・ウォーカーらエクソシスト達の  
アクマ救済とイノセンス探求の任務は続き、多忙を極めていた。  
 特にアレンに至ってはノアの一族の1人、  
ロード=キャメロットにちょっかいを出されるようになってしまい、  
必要以上に強大な力を持つアクマとの闘いを強いられるようになり…。  
 
「…アレン、お前」  
「はい?」  
「いや、しばらく見ない間に何かやつれたよな」  
「あー、やっぱりそう見えます?」  
 
 イノセンスの使用による体力疲労や心労も影響しているのだろう。  
黒の教団に任務を終えて戻ってきたアレンは明らかに疲れきっていた。  
 今日はさっさと部屋に戻ってぐっすりとベッドで眠りたい。  
頭上で世話しなく飛び回るティムキャンピーをあやしながら、アレンはそんなことを考える。  
 
「最近、アクマがまた強くなってきたみたいで…」  
「現場組は大変だな…っと、忘れるとこだった」  
「?」  
「コムイ室長が呼んでたぜぇ…何か、アレンで試したいことがあんだとよ」  
「はぁ、コムイさんが」  
 
 
***  
 
 
「おかえりぃ、アレンくぅん!」  
「た、ただいま戻りました…(な、何? 何?)」  
 
 リーバーの言う通り、就寝前にコムイの元を訪れたアレン。  
科学班のメンバーはいつもの如く、給料にならない残業に負われて  
書類と睨めっこ、リナリーは眠気覚ましのコーヒーを配り歩くという光景。  
 
「リナリー、ただいま戻りました」  
「おかえりなさい、アレンくん。ごめんね、兄さんに付き合せちゃって」  
「構いませんよ。ついでですから…リナリーこそ、寝不足なんじゃ?」  
「私はヘーキ。それにアレンくんが戻って来るまで、起きてるつもりだったし」  
 
 コーヒーを配り終わったリナリーがアレンに寄り添い、2人して笑う。  
ここ最近、この2人は仲が良い。エクソシストとしてのコンビネーションも完成しつつある。  
 所謂、公私共に仲良きことかな…と言う状態、と表現するのが妥当か。  
 
「で、僕に試して欲しいことって何なんですか、コムイさん?」  
「うん、実はねぇ…」  
 
 少しもったいぶりながらメガネのずれを直しつつ、コムイが呟く。  
 
「報告は聞いている。  
 今回のアクマ、かなり強力だったそうじゃないか。  
 アレンくん自身、かなり消耗した…と」  
「えっ、えぇ…まぁ」  
 
「今の君を見れば一目瞭然だな。  
 アクマとの戦闘とイノセンスの使用による心身の疲労が  
 ピークに近い…違うかい?」  
「(…兄さん?)」  
 
 確かに、コムイの言っていることは的を得ている。  
アレン自身もこれまでの戦いでかなりレベルアップしているはずなのに、  
アクマ達は更に邪悪に、醜悪に進化して人間を襲い、エクソシストを襲う。  
 神田やラビらも頑張っているが、一向にその数は減ることがないのだ。  
 
「そこでボクは考えた!  
 君達エクソシストの負担を少しでも減らそうと、ナイスなサポートアイテムを開発したんだ!」  
「サポート…アイテムですか?」  
「またコムリンみたいなガラクタじゃないでしょうね?」  
「ノンノン、今回はメカじゃない。食べ物だよ」  
 
 さすがにこの前のコムリン騒動でコムイも懲りたらしい。  
何しろ黒の教団をあやうく壊滅寸前まで追い込んだのだから(リナリーの活躍で未遂に終わる)。  
 が、コムイの開発したアイテムだけに、油断はできない…。  
 
「それで、そのサポートアイテムというのは…」  
「じゃーん! コレコレ、“ドーピングコーンスープ”だよ、アレンくん!」  
 
        ゴ シ カ ァ ン ! ! !   ク シ カ ツ ! ! !  
 
「(今…)」  
「(何か聴こえたね…)」  
「(うん…)」  
 
「どうだい、美味しそうだろう!」  
「何なんですか、ドーピングコーンスープって…」  
「(ネ○ロ…?)」  
 
 アレンとリナリーの眼前に現れたのはスープ皿に盛られたスープ(らしきもの)。  
見た目は確かに、ごく一般的なコーンスープのよう見えなくもない。見えなくもないが…。  
 
「コレ、兄さんが作ったの?」  
「て言うか、本当にコーンスープなんですか? …匂いは良いみたいですケド」  
「もう2人とも疑り深いなぁ。  
 これはねぇ、エクソシストの新陳代謝を向上させる秘薬なのだよ!  
 これさえ飲めば疲れは吹っ飛び、身体は健康そのものに!」  
   
 まるっきりTVショッピングみたいなノリだった。  
コムイによると、最近多忙を極めるアレンを見かねた彼は  
何かこの事態を打開する有効な方法はないかと手がかりを求めて書庫を探索中、  
エクソシスト専用健康フードについて記載された書物【食の千年帝国】を  
発見、そこに「ドーピングコーンスープ」なる疲労回復の秘薬の記載を見つけた、と言うのだ。  
 
「…僕に試してほしいこと、ってコレだったんですね」  
「兄さん、アレンくんを実験に使わないでよ!」  
「いや、ボクは純粋にアレンくんの心配をだね…」  
「そーいうのを、余計なお世話って言うの!」  
「リナリー、そこまで言わなくても…コムイさんの気持ちも考えてあげましょうよ」  
 
 と、言うよりもアレンとしては早く部屋に引き上げたかった。  
早くベッドに飛び込んで眠りたい…どうにも帰りの汽車でも寝付けなかった反動が  
今日は一段と強い。  
 
「コムイさん、いただきます」  
「ちょっ、アレンくんっ!?」  
「はいはい、さぁ、飲んで飲んで!」  
 
 まぁ、死にはしないだろう…そう思いつつ、  
アレンはスプーンでスープを一さじ掬い、ついにその口へと運んだ。  
 さぁて、そのお味は?  
 
「マズかったら吐き出していいからね」  
「…何気に酷いねぇ」  
 
 リー兄弟や他の科学班メンバーが見守る中、白髪の少年の吟味は続く。  
よほどマズくて飲み込むのをためらっているのだろうか…それとも?  
 そもそもコムイが作るものはコムリンにしろ露天風呂の入浴剤にしろ、ロクなものがない。  
どうせこのドーピングコーンスープも失敗作に決まって…。  
 
 ガタンッ  
 
「ア、アレンくん!?」  
「え、ど、どうしたんだいっ!?」  
「…フゥ〜〜〜…フゥ〜〜〜…クワッ」  
 
 突然、スープを飲んでいたアレンの身体が震え出した。  
やはりあまりのマズさに気が触れてしまったのだろうか?  
 リナリーは思う、こんなことなら自分が彼の代わりに毒見をすれば良かったと。  
今、彼女の目の前でアレンはその疲れ切った身体をブルブルと震わせ、今にも…。  
 
「お、美味しいっ!!!!!!」  
 
「へっ?」  
「お、美味しいです! すごく美味しいですよ、コレ!  
 ジェリーさんの作ったスープより美味しいかも、ってくらい!  
 こ、こんな美味しいスープ、僕…生まれて初めて飲みました!」  
 
 皆の予想は裏切られた。  
アレン・ウォーカーは確かに今、こう言ったのだ…「美味しい」と。  
 つまり、先程、全身を震わせていたのはマズイからではなく…あまりの美味さに感動していたのだ!  
 
「ほ、本当なの?」  
「いや〜、良かったぁ。  
 アレンくんならそう言ってくれると信じてたよ、ボクはぁ〜!」  
「ゴクッ、ゴクッ…!」  
 
 もうスプーンを使うのもまどろっこしいのか、  
アレンは皿ごとスープを胃袋へと凄まじい勢いで飲み干した。  
 元々、寄生型イノセンス装着のエクソシストは皆、  
その充填のために大食いになってしまう傾向が強いと言われ、アレンも例に漏れない。  
 が、彼をここまでさせるドーピングコーンスープの魔力…恐るべし。  
 
「ぷはぁ、ごちそうさまでした!」  
「そう言って貰えるとボクも嬉しいなぁ〜。  
 ね、美味しかったでしょ? 疲れもふっ飛んだでしょ?」  
「はい、もうバッチリです! コムイさん、ありがとうございます!」  
「うそぉ…」  
 
 コムイの言ったことは本当だった。  
スープの味も素晴らしいが、飲んだ瞬間に全身の細胞という細胞が活性化するかのような  
感覚と爽快感に襲われ、アレンの身体に溜まっていた疲れは一気に吹き飛んでしまったのである!  
 
「おかわりとかないんですかっ!?」  
「あ、ゴメン。その一杯だけなんだよ。  
 何しろ材料が高価だし、ちょっと手に入りにくいものも結構あったからねぇ。  
 でも正式にサポートフードとして認められれば、エクソシストの君らにとって  
 最高の健康食品になること間違いなし、ということがこれで証明されたワケだっ!」  
 
 2人ともハイである。  
が、リナリーの胸中は穏やかではない。  
 どうしてって、何が悲しくて兄のコムイの作ったスープであそこまで  
アレンが感動しているのか、全く理解できないからだ。  
 と言うより…この感情は嫉妬に近いかもしれない。  
 
「(何よ…アレンくんのバカ)」  
 
 
***  
 
 
「あー、本当に美味しかったなぁ」  
「…」  
「リナリー? どうかしたんですか?」  
「別に」  
「?」  
 
 ようやく自室への帰路につくアレン。  
リナリーもコムイが迷惑をかけた、とういうことで部屋まで見送ることに。  
 アレンはあのドーピングコーンスープの味が忘れられないのか、  
「また味見したいなぁ」とか「あんな美味しいものがこの世にあるなんて!」などと呟いている。  
 …何か、ムカツク。  
 
「あ、ここまででいいですから」  
「…」  
「じゃあリナリー、おやすみなさ…」  
 
 ガゴッ  
 
 アレンが軽く会釈してドアを閉めようとした矢先、  
リナリーのつま先が部屋とドアの間に割り込み、それを阻止する。  
 普段の彼女ならばこんなことはしないはず…一体、何のつもりなのか?  
 
「リ、リナリー?」  
「ちょっと、お話しようよ」  
「え、で、でも(これから寝たいんですけど…)」  
「いいよね、アレンくん?」  
 
 ニコッ(怒)  
 
「ど、どうぞ」  
「お邪魔しま〜す」  
 
 
***  
 
 
「今度部屋の掃除、しといてあげようか?」  
「えっ?」  
「アレンくん、最近忙しいみたいだし」  
「まぁ、それはそうなんですけど…」  
 
 リナリーの言うことも正しい。  
ロードと出会って以来、何故か執拗にアクマらにマークされている気がしてならないのだ。  
 さすがにアレンでもここ数日の間にかなりの数のアクマと闘い、  
嫌でも自分が狙われていることに気づかされてしまう程に…何が起こり始めているのか。  
 
「(とにかく、もうちょっと探る必要がありそうだな)」  
「アレンくん?」  
「あ、はい。すみません」  
 
 2人一緒にベッドに腰を下ろし、壁を見つめていた。  
団服を脱いですっきりしたアレンは、先程のドーピングコーンスープで  
疲労が回復したのか、時折、ポキポキと腕や肩を鳴らして調子を確かめている。  
 
「今度、さ」  
「何ですか?」  
「今度、仕事が無い時に…買い物に行かない?」  
 
 リナリーとて、寂しい時がある。  
兄や科学班の仲間達、その他の教団のメンバーらが傍に居ても、寂しい時は寂しい。  
 …アレンでなくては、ダメなのだ。  
 
「買い物ですか…たまには悪くないかも」  
「それでね、私の作ったお弁当とか持っていくの。  
 私の分とアレンくんの分、2人分。一緒に色んなもの、見て回ったりして…」  
「いいですねぇ(…あれ、でも?)」  
 
 アレン・ウォーカーは捨て子である。  
育ての親と共に大道芸をしながら、世界各地を回った。  
 珍しいものをこれまでに幾つも見聞し、様々な知識を得てきている。  
が、ここで一つ誤算発生…よくよく考えると、重要なコトを見落としていたのだ。  
 
「(僕…女の人とデートとか…したことあったっけ?)」  
 
 師のクロス元帥が愛人と共に夜の街に繰り出したり、  
借金取りから逃れるためにデートと称した追跡撃を演じたことなら幾度とある。  
 が、冷静になって考えてみると、アレン・ウォーカー(推定年齢15歳)はデート未経験者だったのだ。  
 
「(リナリーはそういうの、詳しそうだもんなぁ)」  
 
 彼女についてはまだ知らないことが多い。  
例えばエクソシストである、という事実もコムリン暴走時に初めて知った程だ。  
 それに彼女がかつて、孤独のあまり心を病んだことも。  
知っているようで、自分は全然リナリー・リーという女性を知らない。  
 いや、彼女が教えてくれようとしているのに、自分が気づかなかっただけなのかもしれない。  
 
「(人一倍優しい反面、寂しがり屋)」  
 
 リナリーの気遣いはいつも嬉しく思う。  
教団のメンバーらが彼女を慕うのも理解できるし、アレン自身が惹かれるのも当然。  
 ただ、彼女に心に触れるのが極端に怖くて。  
彼女を傷つけるのが怖くて、今まで彼女とちゃんと接していなかった気もする。  
 
「リナリー」  
「何?」  
「…寂しい思いをさせてしまいましたか?」  
 
 男の方からこんなことを言うと女々しいと思われるかもしれない。  
が、意思表示をしなければこちらの気持ちもあちらに伝わらないだろうし、  
何よりもリナリーがわざわざ部屋にまで見送りに来てくれたことを思えば、安易に予想できたこと。  
 
「あの、ここ最近、あまり話とかできなかったし…」  
「…そうだね」  
 
 軽く首を振りつつ、リナリーはそっと目尻の涙を払う。  
何か泣かせるようなことを、知らず知らずのうちに言ってしまっていただろうか?  
 自分で言うのもなんだが、アレンは少し異性の気持ちに鈍いところがある…。  
 
「アレンくん、やっと私のこと…見てくれた」  
「え…」  
「やっぱり、アレンくんに“おかえり”って言えないのは…寂しいよ」  
「リナリー…」  
 
 ぎゅっと抱きしめられた。  
やわらかい胸の感触も心地良いけれど、首に回された腕や  
触れ合った場所から伝わってくる体温も、本当に久しぶりな気がする。  
 長い間、自分が彼女の傍にいなかったのだと実感せざるを得ない…。  
 
「ただいま戻りました、リナリー」  
「…おかえり、アレンくん」  
 
 向かいあって、いつものように。  
でもそうしている間も、アレンの指はリナリーの黒髪の毛先を弄ぶ。  
 よく手入れしてあって、やわらかくて…よく指に馴染む。  
 
「あ」  
「どうしました?」  
「背、また伸びたね」  
 
 いつも見ている彼だから判る。いつも想っているから。  
いつの間にか白髪の少年は自分の知らない間に、少しだけ大人に近づいていた。  
 
「私が知らない街で浮気とかしてないでしょうね」  
「し、してませんよ」  
 
 いきなり何を言い出すのか。彼女、リナリーは意外と嫉妬深い。  
一途なのは嬉しいのだが、時々変な勘ぐりを起こすこともある。  
 …それ程に、大切なものを手放したくない、奪われたくない、とい気持ちが強いのだろうか。  
 
「冗談よ」  
「リ、リナリー?」  
「私の知ってるアレンくんなら…そんなコトしないもん」  
「んっ…ちょ…っ」  
 
 追い討ちをかけるように、唇で唇を塞がれた。  
考えようによっては、あれ以上アレンを喋らせないようにした、とも思える。  
 そんなこと、考えるだけ野暮なのかもしれないけれど。  
 
「っ…んっ…アレ…くっ…」  
「(うわ、今日はすごいなぁ)」  
 
 求めてくる、彼女の方から。  
ここのところはすれ違うことも少なくなかったし、彼女なりに寂しさを埋めたいらしい。  
 本当ならもう寝てしまいたいのだが…ここは彼女に応えるのが礼儀だろう。  
適度に唇を味わいながら徐々に体位をずらしつつ、  
滑らせるようにリナリーをベッドに押し倒して…この動作も、随分と久しぶりな気がする、  
 
「…寝るんじゃなかったの?」  
「前言は撤回します。  
 今夜は久しぶりに…貴女と夜更かしをしてみたい気分なので」  
「お手柔らかに、ね」  
 
「シーツとか、新しくなってますね」  
「留守の間、換えといたから。…迷惑だった?」  
「そんなことは…ありがたいです」  
 
 リナリーはこういうところに気が効くと思う。  
元々アレンの部屋は彼が使用する様になる前から空室扱いだったし、  
越してきてからも任務続きでロクに使っていなかったのが現状…こういう配慮は普通に嬉しい。  
 不肖の師が愛人宅に入り浸っていたのも、こういう理由からだろうか。  
 
「(…まさかなぁ)」  
 
 考えすぎか。  
でもこんな所帯染みたのもいいかもしれない。  
無論、リナリーの善意の気持ちだということは分かってはいるけれど。  
 
「リナリーは良い奥さんになりますね、きっと」  
「そ、そぅ?」  
「師匠の影響で女の人を見る目だけは確かなんですよ、僕」  
「…アクマを見る目も?」  
「えぇ、まぁ」  
 
 アレンの左眼を彼女は嫌う。  
この呪われた左眼のせいで、アレンは全てを背負ってしまおうとするから。  
 リナリーにはそれが赦せない。どうしてもこれだけは、譲れなかった。  
 
「アレンくんは好きだけど、アレン君の左眼は…やっぱりキライ」  
「…僕にとっては、唯一の遺産です」  
 
 コムイの作ってくれたスープのおかげか…まだ眠くはない。  
彼女が満足してくれるかは分からないが、この分なら多少無理しても大丈夫そうだ。  
 わざわざ彼女の方から部屋に来てくれたのだから…あちらも最初から、そのつもりだったのだろう。  
 
「左手…怖いですか?」  
「ん、大丈夫」  
 
 寄生型イノセンス。  
アレン・ウォーカーの両親が彼を捨てた原因でもある、もう一つの呪い。  
いつか千年伯爵らを倒した時、この腕に寄生したイノセンスも消えるのだろうか。  
 いや、そんな保証は何処にもない。やはり、一生これと共に生きなければならないのか…?  
 
「大丈夫」  
「リナリー…」  
「怖くない」  
 
 十字架が穿たれ、不気味に変色した左手を  
リナリーは物怖じすることもなく握り締めてくれる。  
 神田でさえ「呪われてる奴と握手なんかするかよ」と言ったのに(あの時は右手だったが…)。  
 
「この手だって、アレン君だもん…怖くなんかない」  
「すみません…」  
「アレンくんが謝る必要なんて、これっぽっちもないんだよ」  
 
 できるだけ体重をかけない様にして覆いかぶさっていたのに、  
いつの間にかリナリーの方から抱き寄せられ、彼女の手中に納まっていることにアレンは気づく。  
 母親の愛を知らない彼にとって心休まる瞬間でもあるし、逆に不思議な感覚を覚える瞬間でもある。  
 
「…どうかした?」  
「いえ、リナリーに見惚れてただけですので」  
「へぇ…私、本気にしちゃうよ?」  
「えへへ」  
 
 以前、ミランダのイノセンス絡みでロードに抱かれた時とは違う。  
あの何とも言えない得体の知れぬ類の暖かさとは違い、リナリーの身体は  
華奢で、軟らかくて、良い匂いがして…一度も目にしたことのない母のイメージを思い起こさせる。  
 だから無性に求めたくなる、彼女の全部を。  
 
「あの、先に謝っておいていいですか?」  
「何を…?」  
「えと、久しぶりなものなので…ちょっと張り切っちゃうかもしれません」  
 
 平静を装っても身体は正直だ。  
現に今でも胸の奥が熱いし、衝動に駆られそうになる。  
久しぶりに彼女との時間を得られたことは、アレンにとっても嬉しいことに変わりはない。  
 そのため、一応は許可をもらった方が良いのかな…などと考えてしまう。  
 
「いいでしょうか?」  
「…うん」  
 
 リナリーは抵抗しない。  
その気になれば、その脚で蹴り飛ばすことだってできる。  
でもアレンにそんなこと、絶対にしない。する理由もない。  
 
「今日は僕が…そのぉ、脱がしても?」  
「どうしたい?」  
 
 少し意地悪された。  
彼女は曖昧な返事をして、困らせるのを好む。姉が弟を嗜めるように、愛しそうに笑いながら。  
 
***  
 
「アレンくんってさ」  
「ハイ?」  
「私の服を脱がす時、生き生きした顔してる…」  
「そ、そうですか?」  
 
 そんなつもりはないのだが、どうも表情に出てしまうらしい。  
リナリーの団服を脱がせるのには慣れているのだが、その作業過程の中で  
気が緩むのか、彼女に指摘されてしまう様な顔になっているとのこと。  
   
「そういうところはアレン君も男の子だよね」  
「ハ、ハハ……申し開きもございません」  
 
 だってリナリーが綺麗過ぎるから。  
欧州圏内の女性らとはまた違った東洋系の色味が強いけれど、  
文句のつけようのないこの身体を目にできるのならば、少しくらいは気が緩んでも良いと思う程に。  
 
「触っていいですか?」  
「…いつも触ってるのにそれはないんじゃない?」  
「えっと、じゃあ…」   
 
 歳相応の大きさの膨らみに触れ、その感触を確かめる。  
人体学的な解釈をすれば単なる脂肪の塊にすぎないソレは、アレンの手に良く馴染む。  
 時折、触れる指先に強弱をつけてやると、彼女から漏れる声の変化も楽しめるし…。  
 
「もうっ、アレンくんの手つき…いやらしい…っ」  
「だって久しぶりだから」  
 
 このぷよぷよな感触が心地良い。  
触れる箇所が増すごとに顔を徐々に真っ赤にしてゆくリナリーも可愛く、  
自分の行為によって悦んでくれている…と、アレンは心の中で安心する。  
 …師のクロスの様な女好きにだけはなりたくはないけれど。  
 
「いただきます」  
「んっ、ぁ…っ!」  
 
 頃合を見計らって、乳房の先端を口に含む。  
無論、リナリーは妊娠などしてはいないので母乳など出るはずがない。  
 でもアレンは何故か、口内に甘い味が広がる様な錯覚を同時に覚える。  
母親の記憶を一切持たない彼にとって、これは妙なデジャヴだった。  
 
「アレ…くっ…そんなに強く、吸っちゃ…!」  
「ふぉおふぇすふぁ(そうですか)?」  
 
 胸の先端以外にも、もうリナリーの胸にはかなりの痕跡がある。  
どれもアレンの唇によって刻まれたもので、アクマウィルスの五芒星の如く彼女の身体に浮かぶ。  
 千年伯爵がアクマに人間の魂を囲う様に、自分も彼女をそうやって手元に置きたい…そんな欲求。  
 
「っ…ふぅ〜」  
「もう、ひどいっ!」  
「これからもっとひどくなりますよ。その前にやめますか?」  
 
 さっきのお返しとばかりに、今度はこっちが意地悪。  
あえてこういう感じでカマをかけて見ると、リナリーは意外とひっかかってくれる。  
年上と言っても1つしか違わないし、異性経験が少ないのは両者同じこと。  
 
「…やめちゃ、ヤダ」  
 
***  
 
 何と言っても久々の抱擁、思い切り甘えたい。  
アレンは決して神田の言う様な“モヤシ”などではないことを、リナリーは知っている。  
 最近では更に身体つきが逞しくなってきたし、小柄ながらも凛々しく見えると思う。  
 
「アレンくん、カッコよくなった」  
「えぇ〜、そうですかぁ?」  
「ホームを訪ねて来た時と今とじゃ全然違うもん」  
 
 服を脱ぎ始めたアレンを眺めながら、リナリーが呟く。  
先日のアクマとの闘いで負ったであろう傷が数箇所見受けられるが…大丈夫なのだろうか?  
 何気にアレンは苦痛を口にしないタイプなので、やや心配になってしまう。  
 
「ケガ、平気?」  
「たいしたことないです。リナリーが暴れたりしない限りは…多分」  
「わ、私、暴れたりなんかしないよ!」  
「この前、思い切り背中に爪を立てられましたが」  
「うっ」  
   
 そう言えばそんなこともあった気がする。  
まだ関係が始まった頃もそういうことがあったのだが  
アレンを抱きしめた時、背中に爪を立ててしまうクセがリナリーにはある。  
 気持ちいいのと恥ずかしいのが半々で、こればっかりはどうも調節が効かない。  
 
「その節は大変お世話に…」  
「も、もうしないもん!」  
「…まぁ、そう仰るのなら」  
 
 一応は部屋の明かりを消して事に及んでいる。  
リナリーはもうずっと恥ずかしさのためか目を瞑ったままなのに対し、  
アレンは終始目を見開いて、彼女の一挙一動を食い入る様にして見ていた。  
 その仕草はどれも可愛らしく、歳上であることも忘れてしまう。  
 
「…いいですか?」  
「うん…来て」  
 
 コムイの作った例のスープのおかげか  
あれだけ疲れでダルかった身体は元気を取り戻し、  
アレン自身も久々にリナリーからのお誘いとあってか、内心張り切っている。  
 彼女と身体を重ね始めたのはここ最近だが、  
それでも彼女がどうやったら悦んでくれるか…くらいは把握済み。  
 
「じゃあ」  
「あっ、くっ…ぅ…!」  
 
 少しだけ彼女の顔が歪む。  
もう慣れたつもりだったし、最近だとコレが気持ちよくてたまらない。  
 なのに今夜は、少し痛い。妙なことに、いつもより大きくて太くなった様な…。  
 
「今日の…アレンくんの…何か変だよ…っ!」  
「コムイさんが飲ませてくれたスープのせいかも。  
 ほら、新陳代謝がどうのこうのって言ってましたし」  
 
 どちらかと言うと、新陳代謝回復剤よりも精力剤の間違いではなかろうか。  
リナリーの故郷では精力をつけるためにスッポンの首を切り落として  
生き血を飲む習慣が今でも存在するし…兄はもしや、また失敗作を作ってしまったのでは?  
 
「ん、とりあえず動きますね」  
「ぅ…はっ…あぁ…っ!」  
 
 もはや言葉にならなかった。  
アレン自身もそれなりに昂っていたみたいだが、リナリーはその比じゃない。  
 彼のは、こんなにも大きく太かっただろうか?  
 
「(すごい…頭、変になりそう…っ!)」  
 
 彼が動くたびに伝わってくる振動、それが溜まらない。  
貞淑な女を気取るともりは毛頭無かったものの、自然とこちらから腰を動かして彼を求めてしまう。  
初期の頃は互いにキスをしたり抱き合ったりするくらいが丁度良い、  
と思っていたのに…いつからだろう、こんなに深みにはまってしまったのは。  
 
「リナリー、っ…どうして…目、瞑ったままなんです…っ?」  
「えっ…」  
 
 繋がってまだ1分も経たないのに、  
もうリナリーはちょっとした切っ掛けで何時絶頂を迎えてもおかしくない状態だった。  
 やはり今夜のアレンはいつもと違う。  
リナリーが久々に彼に抱かれたことによる過度の興奮…と言うレベルではなくて。  
 
「だって…っ、気を抜くと…イっちゃい…そうだから…」  
「そんな遠慮しなくても…」  
「ダメっ、アレンくんと…一緒が、いい…っ!」  
 
 最後の方はもう涙声。  
痛いのと気持ち良いのと嬉しいのと怖いのと…正直、頭の中がごっちゃ。  
途切れそうな意識を、何とか繋ぎとめて彼をひたすら待つのが、彼女なりの悦びだから。  
 
「アレンくんと一緒じゃなきゃ…ヤダよぉ…!」  
「…分かりました」  
 
 この懇願を、アレンとしても無視するワケにはいかない。  
何とかしてリナリーに悦んでもらいたいし、アレン自身としても久々に彼女の中で果てたい。  
 スープのおかげでまだ体力は持っているが、さっきから心臓がドキドキして煩いのも気になる。  
 
「アレ…くっ、アレンくん…アレンくぅん!」  
「(こういうリナリーも、可愛くていいかも…)」  
 
 そろそろ背中が痛くなってきた。  
案の定、やはりと言うべきかどうかは定かではないが、  
リナリーが耐え切れずに爪を立ててきたのだ…この前とは事情が異なるみたいだったが。  
 
「僕も…もう、少しでっ…今日は、くっ…中で、も…?」  
「中でも…大丈夫…だから…っ!」  
   
 さすがにこっちも我慢が限界に近い。  
アクマ退治ばかりで疲れていた反動が、一気に出たのだろうか?  
 …と言うよりは、ベッドの中で鳴くリナリーが可愛すぎるせいかもしれないが。  
 
「はっ…く…ぅ…リナ、リィ…!」  
「あっ…あっ、はっ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁ…っ!」  
 
 両者共にベッドの上で痙攣を起こす様にしながら、ブルブルと震える。  
普段では考えられない量だと、出す側・出される側ともに洗い息遣いの中、密かに驚く。  
 下腹部が徐々に熱くなってくる感覚に、リナリーは蕩ける寸前。  
こうなってしまった後は、どちらの頭の中も真っ白になってしまい何も考えられない。  
 ただ、何かをやり遂げた達成感みたいなものが後になってジワジワと浸透してゆく…。  
 
***  
 
「スゴかったね…。  
やっぱり、兄さんの作ったドーピングコンソメスープのせいだったのかな?」  
「ドーピングコーンスープですよ、リナリー」  
 
 一戦交えた後、互いにベッドに寝転んで、シーツだけを纏って見つめ合っていた。  
灯りはとうに消してしまったけれど、この暗闇でもアレンはリナリーの真っ赤な顔が  
ハッキリと見える…自分がどういう顔をしているかは、この際だけは置いといて。  
 
「でもホント、今日は今までで一番良かったよ」  
「代償として、また背中に傷が出来ましたけどね」  
「…ゴメンナサイ」  
 
 今度はリナリーの方が謝ってきた。  
まぁ、彼女がそうしてしまったことの原因はアレンなのだし、自業自得か。  
 逆に考えれば、それほどまでに今日の彼女は感じていたことにもなるし。  
 
「リナリーが悦んでくれれば、僕はそれでいいですから」  
「でも」  
「だから貴女が謝る必要なんて、無いんです」  
 
 抱き寄せて、長い黒髪ごと腕の中にしまい込む。  
今更こういうことを言うのもアレな気がするが、本当に軟らかくて気持ち良い。  
 抜き終わった後も、何度も何度もキスをした。どれだけ好きか、証明したくて。  
 
「私ね、夢があるの」  
「夢?」  
 
 アレンの胸に顔を埋めたまま、リナリーが小さく口を開く。  
 
「私、兄さんしか家族がいないでしょ?  
 小さい頃から、家族に憧れてた…家族が欲しいなぁ、って思ってた」  
 
 リナリーの両親がアクマに殺された、というのは知っている。  
【黒い靴(ダークブーツ)】の適合者であることが判明し、事実上の監禁処理、  
コムイと3年間離れ離れだったことも…その時間は、幼い彼女にとってどれだけの苦痛だったのか…。  
 
「アレンくんとなら…作れるかな、って」  
「そ…それってつまり…?」  
 
 実際のところ、アレンも心の何処かで家族の愛に飢えていた。  
父親代わりのマナ・ウォーカーが死に、千年伯爵にアクマとしての復活を  
誘われた際、迷うことなく彼を現世へと引き戻そうとした程に、その飢えは黒く、強く。  
 
「私…子供、欲しい。  
 アレンくんの子供だよ…?」  
「リナリー…」  
 
 子供、つまりは自分が父親になるということ。  
正直、実感が沸かない…考えたこともない。生まれながらにイノセンスに  
寄生され、実の両親からも忌み嫌われて捨てられてしまった自分でも、家族が持てるなんて。  
 
「…いいんですか?」  
「えっ?」  
 
「その…僕、そんなこと言われるのはじめてで…」  
「…アレンくん?」  
「僕、家族を持ってもいいんですか?  
 持てるんですか? 僕みたいな奴でも…家族、作れるんですか?」  
 
 半分彼女に問い、もう半分は自分に問う。  
呪われた自分に、家族を作れる資格などあるのか?  
 いや、例え作れたとしても果たして幸せにすることができるだろうか?  
それで無くとも、今は千年伯爵やらノアの一族やらとの闘いが激しさを増すばかりなのに。  
 
「大丈夫だよ」  
「…」  
「私、アレンくんと一緒に歩きたい…ずっと」  
 
 こんな自分なのに、リナリーは一緒に歩きたいと言ってくれる。  
「立ち止まるな」「歩き続けろ」…かつて、ウォーカーの名をくれた養父もそう言っていた。  
 今までの自分は、独りきりで歩き続けることを前提としていたはず。  
でも今は違う。大勢の仲間がいるし…リナリーも居てくれる。  
 もう、独りで歩く必要はない…それに気づくのが、ちょっと遅かっただけ。  
 
「リナリー」  
「…」  
「僕は立ち止まれません…そう誓ったから。  
 僕と一緒に歩くということは、貴女にとっても辛いことになると思う。  
 …それでも、僕と一緒に居たいって…そう言ってくれるんですか?」  
「……うん」  
 
 強く手を握り返された。  
今はただ、自分が独りきりでないことに、傍に居てくれる人の存在に、  
こんな自分でも家族を持つことができるということに、人知れず感謝したい…。  
 
 
 
 後日…。  
 
「結局ボツですか」  
「ま、そんなことだろうと思ったケド」  
「やっぱり材料に貴重なモノが多かったからかなぁ…うーん」  
 
 結局、コムイの提案したエクソシスト用サポートフード、  
ドーピングコーンスープの採用案は上層部の命令により、却下された。  
 確かに新陳代謝は良くなって疲労回復の効果も大きいものの、  
コストが多くて実用化に至らない…というのが概ねの見解らしい。  
 
***  
 
「また飲みたかったのに…残念」  
「もう、アレンくんったら」  
 
 何となく、名残惜しい。  
でも今はこうやてリナリーの淹れてくれたコーヒーを飲んでいられる、という幸せがある。  
 いつまでこの幸せが続くのか…それも千年伯爵を倒さない限り、誰にも分からない。  
 
「リナリー」  
「ん?」  
「こういう日が毎日続くのも…良いですよね」  
「…うん」  
 
 自分独りでは大きすぎて背負いきれないものでも、2人ならきっと背負える。  
自分独りで歩き続けなければならない道でも、2人ならきっと寂しさも苦しさも分かち合える。  
 時に仮想19世紀末…アレン・ウォーカーとリナリー・リーの物語は、まだ始まったばかり。  
物語を彩るのは製造者とAKUMA…そして神に魅入られた者達…黒き聖職者、エクソシスト。  
 
 

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